地球要塞
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著者名:海野十三 

   怪放送――お化(ば)け地球事件とは?


 西暦一九七〇年の夏――
 折から私は、助手のオルガ姫をつれて、絶海(ぜっかい)の孤島(ことう)クロクロ島にいた。
 クロクロ島――というのは、いくら地図をさがしても、決して見つからないであろう。
 クロクロ島の名を知っている者は、この広い世界中に、まず五人といないであろう。クロクロ島は、その当時、西経(せいけい)三十三度、南緯(なんい)三十一度のところに、静かに横たわっていた。
 そこは、地図のうえでみて、ざっと、南米ブラジルの首都リオを、南東へ一千三百キロほどいったところだった。
「その当時……横たわっていた」といういい方は、どうもへんないい方だ、と読者は思われるであろうが、決してへんないい方ではない。そのわけは、いずれだんだんと、おわかりになることであろう。
 さて私は今、そのクロクロ島のことについて、自慢らしく読者に吹聴(ふいちょう)しようというのではない。私が今、ぜひとも、ここに記しておかなければならないと思うのは、或る夜、島のアンテナに感じた奇怪きわまる放送についてである。
 その夜、私は例によって、只ひとり食事をすませると、古めかしい籐椅子(とういす)を、崖(がけ)のうえにうつした。
 海原(うなばら)を越えてくる涼風(りょうふう)は、熱っぽい膚(はだ)のうえを吹いて、寒いほどであった。仰(あお)げば、夜空は気持よく晴れわたり、南十字星は、ダイヤモンドのようにうつくしく輝いて、わが頭上にあった。
 私は、いささかわびしい気もちであった。
 その気もちを、ぶち破ったのは、オルガ姫の疳高(かんだか)い悲鳴だった。
「あッ、大変、大変よ」
 疳高い叫び声と同時にオルガ姫は、とぶように駈けてきた。
「どうした、オルガ姫!」
「怪放送がきこえていますのよ。六万MC(エムシー)のところなんですの」
 姫は流暢(りゅうちょう)な日本語で、早口に喋る。
「六万MC、するとこの間も、ちょっと聴(きこ)えた怪放送だね。――録音器は、廻っているだろうね」
「ええ、始めから廻っています」
「ああ、よろしい。では、五分ほどたって、そっちへいく」
 姫は、にっこりとうなずいて、地下室へつづく階段の下り口の方へ、戻っていった。
 六万MCの怪放送!
 この怪放送をうまくとらえたのは、これで二度目だ。前回は、惜しくも目盛盤(めもりばん)を合わせているうちに、消え去った。いずれそのうちまた放送されるものと思い、このたびは、自動調整に直しておき怪放送が入ると同時に、オルガ姫が活躍するようにしておいたのである。
 さて今夜は、録音器が、どんな放送を捕えたであろうか。
 私は、階段を下りていった。
 オルガ姫は、録音テープを捲きとって、発声装置にかけているところであった。
 私は、すぐ始めるように命じた。
 モートルが動きだすと、壁の中にはめこんだ高声器から声がとびだした。
「――器械が捕えたものであって、時は西暦一九九九年九月九日十九標準時、発信者は、金星に棲(す)むブブ博士……」
 そこまでは、明瞭(めいりょう)にきき取れたが、そのあとが、空電(くうでん)とおぼしきはげしい雑音のため、全く意味がとれなくなってしまった。私は、舌打をせずにいられなかった。
 しかし聴取不能(ちょうしゅふのう)の時間は、わずか三十秒で終り、それから先は、またはっきり聴(きこ)えだした。
「……ところが、昨夜(ゆうべ)の観測によると、地球の表面は一変してしまった。なによりも驚かされたことは、陸地の形がすっかり違ってしまったことである。
 地球に特有な逆三角形の陸地の形は、どこにも見られなくなり、それから、こまかな海岸線も全く消失し、只有るのは、掴(つかま)えどころのない、のっぺりした曲線で区切られた海岸線が見えるだけである。ことに、記憶すべきは、陸地の面積が、わが金星から見える範囲内でも、約五分の一消失してしまった。
 まことにふしぎな地球の異変現象であるといわなければならない。この現象を、一括して吾れブブ博士の感じをいいあらわすならば、地球は、この三十年の間を、化けてしまった。すなわち『お化(ば)け地球事件』と呼びたい。
 なぜ、地球はかくもふしぎな化け方をしたのであろうか。それは今後の研究に俟(ま)って、明らかになるであろう――これがブブ博士の報告である。
 西暦一九九九年といえば、今から約三十年後のことである。果してわが地球は、そのころ、左様(さよう)な異変を起すであろうか。もしそのような異変を起すものとせば、その原因は、如何なることであろうか。
 金星のブブ博士でなくとも、われわれこの地球に棲んでいる者として、たいへん気になることである。もしやそれは、例の大陰謀(だいいんぼう)……」
 というところで、放送者の声は、惜しくもまた空電に遮(さえぎ)られてしまった。その後は、ついに、聴くことができないでしまった。空電が消えたときには、その怪放送も、空間から消えていた。


   汎米連邦(はんべいれんぽう)――いよいよ第三次世界大戦か?


「お化け地球事件」をつたえた怪放送の謎!
 私は、只ひとり苛々し、呻吟(しんぎん)した。
 その怪放送者は、何処の何者であるかわからないが、たしかに、この地球のうえの、どこかに棲んでいる者にちがいない。彼は、どうして、その「お化け地球事件」のことを知ったのであろうか。
 いや、それは兎(と)も角(かく)としても、もしその放送が、真実をつたえているものであるとしたら、地球は、今から三十年後に、たいへんな変り方をするわけである。
 なぜ、そんなことが起るのであろうか。なぜ地球は、そんな風に化けるのであろうか。
 これを報告したのは、金星のブブ博士であるという。博士は、三十年後に、地球の表面にあのような変化がおこることを予言したのである。
 いや、予言ではない。博士は三十年後の、そのお化け地球を、はっきり見たというのである。
 電信の文句の始めが、空電のため、邪魔をされて、文意がはっきりしないが、兎に角、三十年後のことがよく分る器械があるらしい。
 察するところ、それは、ウェルズという科学小説家が空想したことのある「時間器械」というような種類のものであるかもしれない。これは油断(ゆだん)のならぬ世の中になったものである。
 私は、こうして考えているうちに、なんだかその怪放送者が、私の敵であるように思われて仕方がなかった。
 つまり、その怪放送者は、自分のところにある「時間器械」らしいものを、ひけらかせ、そのうえ、われわれが現にこうして棲んでいる地球が、三十年後には、不思議なる変り方をするんだぞと、われわれを嚇(おど)しているのだ。
 全く、夢のようにふしぎな話だ。「三十年先が分る器械」のことにしろ、「お化け地球」のことにしろ、どっちも、われわれの想像を越えた話である。
 そういう話をもちだして放送するとは、われわれを嚇すことを目当てにやったものに、ちがいない。いよいよ油断ならないのは、その怪放送者である。
 私は、沈思黙考(ちんしもくこう)すること一時間あまり、ついに肚(はら)をきめるに至った。
(よオし、たとえいかなる犠牲を払おうとも、怪放送者の正体をつきとめないではおかないぞ!)
 私は、オルガ姫に命じて、再び怪放送を自動的に受信する装置を、仕掛けておくように命じた。
 それがすむと、私は、自ら秘密中継送信機の前に立ってまず真空管に火を点じた。
 その大きな硝子球(ガラスきゅう)は、器械囲いの中で、ぼーっと明るくなった。異状なしである。私は、送信機全体に、スイッチを入れた。そして、マイクを手にとったのである。
「やあ、久慈(くじ)君か。こっちは私だが、なにか変った話はないか」
「おお、お待ち申していました。たいへんなことを、聞きこんだのです。いよいよ汎米連邦(はんべいれんぽう)は戦争を決意したそうです。連邦の最高委員長ワイベルト大統領は、今から一時間ほど前に、極秘のうちに、動員令に署名を終ったそうです」
「そうか。とうとう、開戦か」
「そうです。またまた世界戦争にまで発展することは、火をみるより明らかです。ああ、今度はじまれば、実に第三次の世界大戦ですからね」
 と、久慈のこえは、興奮のあまり、慄(ふる)えを帯びている。
「一体、汎米連邦には、一切の戦備ができ上っているのかね」
 と、私はたずねた。
「もちろんですとも。この二十幾年、汎米連邦は、ばかばかしいほど大仕掛けの戦備をととのえているのです。
 近来(きんらい)汎米人以外のいかなる外国人も、入国を許可しませんから従って、どんなに大仕掛けの戦備ができているか、あまり外へは、洩(も)れないのです。しかし、こうして、国内に居る者には、たえず目にふれています。全くばかばかしいの一語につきますよ。
 旧北米合衆国のワシントン州のごときは州全体が、一つの要塞のように見えるのです。欧弗同盟(おうふつどうめい)国にとっては、相当手強い敵ですよ」
 大西洋をはさんで、東に欧弗同盟国、西に汎米連邦――この二つの国家群は、二十余年以来睨み合いをつづけているのであった。
「そうか。今度は、いよいよ本当に始まるのか」
 私は、眩暈(めまい)に似たものを感じた。いよいよ大戦争だ。そして、待ちに待っていた機会は、ついに来たのである。
「おお、今、知らせが入りました。――ああ、いけません。この通信が、軍の方向探知隊によって発見されたらしいです。うむ、たしかにこの家を狙っているのだ。監察隊が、サイレンを鳴らしつつ、オートバイに乗って、表通りへ練りこんできました。いや、裏通りにも、サイレンが鳴っている。さあ、たいへんだ……」
 私は、おどろいた。心臓がとまったかと思った。ぐずぐずはしていられない。
「おい、久慈、最後の始末をして、すぐ地下道へ逃げろ」
「はい。――おや、地下道もだめです。機銃と毒瓦斯(ガス)弾をもった監察隊員が、テレビジョンの送像器(そうぞうき)の前を、うろうろしています。ああ、困った。仕方がない、あれを使います」
「あれを使うか。――いよいよ仕方がなくなったときにつかえ。できるなら、使うな」
「そっちは、大丈夫ですか。この調子では、そっちへも、監察隊が、重爆撃機(じゅうばくげきき)にのって、急行するかもしれませんですよ」
「こっちのことは、心配するな」
「あッ、来ました。もうだめだ。どうか気をつけてくださいッ!」
 久慈の、悲痛(ひつう)なる叫びごえは、そこではたと杜絶(とだ)えた。通信機の前を彼が離れたのであった。


   黄いろい煙――怖(おそ)るべし超溶解弾(ちょうようかいだん)


 久慈が、ワシントンの監察隊によって襲撃されたのだ!
 汎米連邦からは、一人の外国人も余(あま)さず追放されたのに、久慈は、大胆にも、ひそかにワシントンの或る場所に、停(とどま)っていたのである。私の無電通信が、運わるく、警備軍のために発見されてしまった。彼は果して、無事に逃げ終せるであろうか。私は、胸に新たな痛みをおぼえた。
 高声器(こうせいき)が、がくがくと、ひどい雑音をたてた。
「おや、まだ、向うのマイクは、生きているな!」
 と、私は、思わず目をみはった。
 とたんに、高声器の中から、久慈ではない別人の声がとびだした。
「おや、誰もいない。たしかに、この部屋の中に怪しい奴がいたんだが……」
「おかしいなあ。逃げられるわけはないのですがねえ」
 と、これは、また別のこえだった。
 久慈は、監察隊の眼から、のがれているらしい。どこにひそんでいるのか、それともうまく逃げ終せたのか。
「もっと探せ。おや、その書棚(しょだな)のうしろが、おかしいぞ。黄いろい煙が出ている。やっ、くさい!」
「書棚のうしろですか。よろしい、書棚をのけてみましょう」
 二人のこえが、遠のいた。
 数秒後、二人の驚いたこえが、再び高声器の中に入ってきた。
「あっ、ここから逃げたんだ。鉄筋コンクリートの壁に、こんな大きな穴が開いている。これは、今開けた穴だ。それにしては、この黄いろい煙がへんだ。合点がいかない」
「わかったわかった。もっと奥の方の壁に、穴を開けているんだ。よオし、二人して、とび込もう」
「待て! とびこむのは、あぶない。この穴の開け方は尋常(じんじょう)でない。相手はたいへん強力な利器(りき)をもっているぞ。とびこんではあぶない」
「だが、もう一息というところだ。では、自分が入る!」
「よせ、あぶないぞ」
「なあに、これしきのこと!」
「あっ、とびこんでしまった!」
 と、穴の開き方に、疑いをもらしていた一人の監察隊員は、絶望の叫びをあげた。
 それから、更に数分後――
「おっ、この煙は何だ。やや彼奴(きゃつ)の声らしい。ただならぬ声だ。さては、やられたか。――おお、そこに足が見える。待て、今、ひっぱり出してやる。うーんと……」
 残った隊員は、力を入れて、同僚の足をとって、穴から曳きだす様子!
「ややッこれは……。首が、とけてしまった! やっぱりそうだ。これはたいへん。噂にきいた超溶解弾(ちょうようかいだん)を使っているらしい。これは危い、すぐ本隊へ知らせなくては……」
 隊員の声が、引込むと、とたんに、高声器が割れたかと思うほどの、ひどい雑音がとび出し、そのまま高声器は鳴らなくなってしまった。
 私は、深い溜息(ためいき)をついた。
(久慈の奴、ついに超溶解弾を使ったか。使ったのはいいが、一切の証拠(しょうこ)を、あそこに残してこなければいいが……)
 私は、心配であった。
 だが、いくらこっちで、心配をしてみても、向うのことが、どうなるものでもなかった。私は、一切をあきらめるしかなかった。
 私は、スイッチを切った。そしてまた階段をのぼって、夜空の下に立った。
 美しい夜だ。
 星明りばかりで、他に、なんの灯火(あかり)も見えない。視界のうちには、人工的な一切の光が、存在しないのであった。そしてこのクロクロ島のうえでは、自然はかくも美しいのであった。
 光ばかりではない。音さえない。
 浪の音さえ、聞えないのである。この島では、打ちよせる浪の音は、たくみに、補助動力(ほじょどうりょく)に使われ、そして音を消してあった。だから、時折、頬のあたりをかすめる微風(そよかぜ)が、蜜蜂の囁(ささや)くような音をたてるばかりだった。――この島では、光と音と、そして電磁波(でんじは)とが、すこぶる鋭敏(えいびん)に検出されるようになっていた。――
 かく物語る私とは、何者であろうか?
 名乗るべきほどの人物でもないが、もう暫く、読者の想像に委(まか)せておこう。


   哨戒艦隊(しょうかいかんたい)――テレビジョンに映った影


 時間は流れた。
 クロクロ島の夜は、いたく更(ふ)け過ぎて、夜光時計は、今や二十一時を指している。
 待っている第三回目の怪放送は、まだアンテナに引懸らないらしい。オルガ姫は、ずっと下に入りきりで報告に上ってこないのであった。
 いつもなら、もう疾(とっ)くの昔にベッドに入る頃だが、今宵(こよい)は、なかなか睡られそうもない。
 久慈から聞いた遂(つい)に汎米連邦に動員令が出たとの飛報は、私を強く興奮させてしまった。なかなかベッドに入るどころではない。首(こうべ)を巡(めぐ)らせば、今オリオン星座が、水平線下に没しつつある。私は、暫く、星の世界の俘虜(とりこ)となっていた。
 階段を駈けあがってくる足音が聞えた。
 オルガ姫だ。
(さては、遂に、第三回目の怪放送が、キャッチされたか)
 と、私は、古びた籐椅子から、体を起した。
 やっぱり、それはオルガ姫だった。
「大至急、下へお下りになってください。この方面へ、怪しい艦艇が近づいてまいります」
「なに、怪しい艦艇が……」
 このクロクロ島のあるところは、各種の航路をさけた安全地帯なのである。ところが今、怪しい艦艇が近づきつつありと、オルガ姫は、報告してきたのであった。
 怪しい艦艇とは、いずくの国のものぞ。
 その詮議(せんぎ)はあとまわしだ。今は、なには兎(と)もあれ、待避(たいひ)しなければならない。私は、椅子から腰をあげた。
「姫、籐椅子(とういす)を、下にもってきてくれ」
「はあ」
「それから、後を頼むぞ」
「はい」
 私は階段を、駈(か)け下(くだ)った。
 つづいて、オルガ姫が椅子を持って、階段を駈け下りてきたと思うと、彼女はその足ですぐ配電盤のところへ、とんでいった。
 複雑なスイッチが、つぎつぎに入れられた。赤や白や緑やの、色とりどりのパイロット・ランプが、点いたり消えたりした。防音壁をとおして、隣室の機械室に廻っている廻転機のスピード・アップ音が、かすかに聞える。
 私たちの体は、なんの衝動(しょうどう)も感じなかったけれど、深度計(しんどけい)の指針は、ぐんぐん右へ廻りだした。
 室内の空気の臭(にお)いが、すっかりちがってきた、薬品くさい。もちろん、それは濾過層(ろかそう)を一杯にうずめている薬品の臭いであった。
「三隻よりなる哨戒艦隊、東四十度、三万メートル!」
 オルガ姫は、すきとおる声で、近づく艦艇を測量した結果を、報告した。
「どこの国の艦(ふね)だか分らないか」
「艦籍不明(かんせきふめい)!」
 と、オルガ姫は、すぐに応えた。
「艦籍不明か。どうせ汎米連邦の艦隊だろうが、なんの用があって、こっちへ出動したのかな」
 まさか、このクロクロ島が見つかったためではあるまい。
 だが、先刻、久慈は、私に向って警告した。
(この調子では、そっちへも、監察隊が重爆撃機(じゅうばくげきき)に乗って急行するかもしれませんよ!)
 という意味のことを云った。今、近づいてくるのは、哨戒艦であって、重爆撃機ではないから、話はちとちがう。といって、もちろん、安心はならない。
「二万メートル!」
 と、オルガ姫が叫んだ。私は、哨戒艦との距離二万メートルの声を待っていたのだ。
「おお、そうか。では――テレビジョン、点(つ)け! 吸音器(きゅうおんき)開け!」
 私は、命令した。
 壁間(へきかん)に、ぽッと四角な窓があいた。窓ではない、テレビジョンの映写幕である。静かな海面、すこし弯曲(わんきょく)した水平線、そして、そのうえに、ぽつぽつと浮かぶ三つの黒点――それこそ、近づく三隻の哨戒艦であった。このテレビジョンは、赤外線を受けているので、映写された夜景は、まるで昼間の景色と同様に明るく見えるのだった。
 その横では、吸音器が、はたらきだした。ざざざーッと、いそがしそうに鳴るのは、全速力の哨戒艦が、後へ曳(ひ)く波浪(はろう)のざわめきであろう。
 映写幕のうえの艦影(かんえい)は、刻々に大きくなってくる。
 その三点の黒影は、ぽつぽつぽつと並んでいたと思うと、しばらくすると、どっちからともなく寄って一緒になってしまう。そしてまた暫くすると、離れる。そのとき、一番艦が、左から右へ移り替る。――艦隊は、ジクザク行進をつづけているのだ。
 私は、この様子を、じっと眺めていたが、艦隊が、わがクロクロ島の方位を、完全におさえていることを知った。一体、どこで、うまく見当をつけられてしまったのであろうか。
「こいつは、油断(ゆだん)がならないぞ!」
 私は、万一の用意をした。
 そのうちに、艦影は、映写幕一杯になった。4と記した赤灯(せきとう)が、ふっと消えて、その隣りの3と書いた赤灯が点いた。映写幕上の艦影は、とたんに小さくなった。
 が、こんどは、艦影は、どんどん大きくなっていった。赤灯は2が点き、遂に1が点いた。そのころ吸音器から、ぼそぼそと、人の話ごえが聞えてきた。
「一番艦の艦橋(かんきょう)のこえを採(と)れ!」
 私は、号令をかけた。
 オルガ姫は、どこの国の機関部員にも負けない敏捷(びんしょう)さでもって、しきりに目盛(めもり)を合わせた。――吸音器からのこえが、急に大きく、明瞭(めいりょう)になってきた。
「司令、たしかにこの方位にちがいないのですがなあ」
 と、アメリカ訛(なま)りのある英語が!


   クロクロ島の秘密――驚くべし十万トンの怪物


 さすがの私も、その話ごえを耳にしたときには、背筋(せすじ)がすーっと、寒くなった。
(ふん、やっぱり、そうだったか。汎米連邦(はんべいれんぽう)の軍艦だな)
 艦の位置は、今や、ほぼクロクロ島の真上(まうえ)にあるのだ!
「先任参謀(せんにんさんぼう)、測量班へもう一度、注意をうながせ」
「はい」
 司令が、命令を出したようだ。
「――測量班、深度測定(しんどそくてい)をやっとるか」
「はい、やっております」
 と、崩(くず)れたこえだ。艦底に陣取っている測量班が応(こた)えた電話のこえであろう。高声器が、潮風に湿(しめ)っているようだ。
「やっているか。まだ深度異常は認められないのか」
「はい、一向変化がありません。この辺の海底は、三十メートル内外で、殆んど平らであります」
 哨戒艦は、しきりに、水深を測っているらしい。
「島影も見えず、沈下した様子もないとは、変だなあ。――どうだ、水中聴音器で、立体的にも測ってみたか」
「もちろんですとも。しかしお断りするまでもなく、水平方向は一万メートル以上は、指度(しど)があやしいのです」
「そうか。じゃ、引続き測量を行え。――司令、お聞きのとおりです。一向(いっこう)予期した海底異状がないそうであります」
 と、先任参謀が、情けなさそうなこえを出した。
 私は、深度計を見た。
 深度計の指針は、ずっと右に傾いて、深度三十一メートル!
「ふふふ、この辺の海底は、三十メートル内外で、殆んど平らであります――か。なるほど、そのような報告では、お気の毒ながら、宝探しは無駄骨(むだぼね)だろうよ。ははは」
 私は、腹の底から、笑いがこみ上げてきた。オルガ姫は笑いもせず、あいかわらず、黙々として、配電盤の前に立っていた。
 吸音器からは、また話ごえが洩れていた。
「司令、予定された地点は、もう後になってしまいました。そうです、只今、一キロばかり、行き過ぎました」
「そうか。やっぱり駄目か」
 と、今度は、司令が、元気のないこえを出した。
「僚艦(りょうかん)からも、かくべつ、ちがった報告はないんだね」
「そうであります。本艦と全く同様の結果を得ております」
「方向探知局の測定に誤差(ごさ)があったのかな。今まで、そんなへまをやったことはないのだがねえ」
「測定の誤差というよりも、測定方法がいけないのじゃないか」
「そんな筈はないのですが……たしかに、こっちの専門家が、苦心して三つの中継局を探しだし、確信のうえに立っているといわれたものですが……」
「とにかく、もう一度、連合艦隊旗艦(きかん)へ連絡をとってみることにしよう。旗艦を呼び出したまえ」
「は」
 それから、小一時間も、哨戒艦隊は、なおも、そのあたりをうろうろしていたようである。だが、私は、彼等の会話を、盗聴(とうちょう)して、これなれば、こっちは安全であるとの自信を高め得た。
 なぜなれば、その付近の海底を、いくら探してみても、海底から、とび出したものなどは、発見されないのであった。もちろん、海面を見わたしたところで、クロクロ島の姿が見えるわけのものでもなかった。わがクロクロ島は、完全に、彼等の感覚の外にあったのである。
 ――というと、まるで魔法使いの杖の下に、かき消すように消えてしまった兎(うさぎ)のように思われるであろうが、そのような、いかさま現象ではない。わがクロクロ島は、ちゃんと現存しているのであった。私が、こうして島内の有様を記しているのを見ても、それは肯(うなず)かれるであろう。これには、訳があるのであった。
 わがクロクロ島の現在の位置は、先刻(さっき)も、深度計や指針が示していたとおり、水深三十一メートルの海中にあるのだ。その水深は、私が籐椅子を置いていた岩のあるところの水深であって、私やオルガ姫が今いる席のごときは、更にもっと下であることは、いうまでもない。これは、早くいえば、わがクロクロ島は、本当の島にあらずして、島の形をした大きな潜水艦だと思ってもらえばいいのである。
 クロクロ島の、階段上の出入り口を閉めて、そのまま海底に沈降すると、その直下に、丁度クロクロ島が、そのままぴったり嵌(は)まるだけの穴が開いているのだ。
 だからクロクロ島が、ぴったりその穴に入ってしまえば、海底は、真っ平(たい)らになる。つまりこれが水深三十メートル内外の海底ということになって、どこにも異状が発見されないのである。哨戒艦は、しきりに沈下したわがクロクロ島の屋根を打診(だしん)していたことになるのだ。
 クロクロ島は、約十万トンもある大きな潜水艦である。
 十万トンの潜水艦!
 昔の人は、聞いただけで、びっくりするであろう。いや信じないかもしれない。
 だが、昔の人は、動力として、油や電気や瓦斯(ガス)などを使うことしか知らなかったから、こんな大きな潜水艦のことや、その潜水艦のもつ数々の驚嘆すべき性能について、信ずることが出来ないのも無理はない。
 しかし、ちゃんと本艦は存在しているのである!
 潜水艦クロクロ島は、新動力の発見発明から、かくもりっぱに、生れ出でたのである。その新動力というのは、ちょっと他言(たごん)を憚(はばか)るが、要するに、物質を壊して、物質の中に貯わえられている非常に大きなエネルギーを取り出し、これを利用するのである。わが機関部にあるサイクロ・エンジンというのが、それである。
 私は、遂に、余計なお喋りまでしてしまったようである。私は、潜水艦クロクロ島の偉力(いりょく)を、真に天下無敵と信ずる者である。そして、敵艦は遂に、わが艦(ふね)を発見することが出来ないのである。
 ――と、今の今まで思っていたが、どうしたわけか、私は、とつぜん、非常な眩暈(めまい)に襲われた。目の前がまっ暗(くら)になった。そして、はげしい吐瀉(としゃ)が始まった。頭は、今にも割れそうに、がんがん鳴りだしたのであった。私は、自信を一度に失ってしまった。
「あっ、苦しい」
 私は、オルガ姫を呼ぼうとして、うしろをふりかえった。
「あっ、姫!」
 配電盤の前に立っている筈のオルガ姫が、床のうえに、長くなって倒れている。
 姫は、いつの間に倒れたのであろう。見ると、姫の首が肩のところから放れて、ころころと私の足許に転がっている。さすがの私も、嘆きのあまり腰をぬかしてしまった。
 一体、どうしたというのだろうか。そのとき、階段に、ことんことんと足音が聞えた。私とオルガ姫との二人の外に、誰もいない筈(はず)の艦内に、とつぜん聞える足音の主は、一体何者ぞ!


   意外なる闖入者(ちんにゅうしゃ)――触覚(しょくかく)をもった謎の男


 私は、夢を見ているのではなかろうかと疑った。
 至極(しごく)古い方法であるが、私は、震(ふる)える指先で自分の頬をつねった。
(痛い!)
 痛ければ、これは夢ではない。いや、そんなことを試みてみないでも、これが夢でないことは、よく分っていたのだ。
 夢でないとすれば――近づくあの足音の主は、誰であろうか?
 絶対不可侵(ふかしん)を誇っていたクロクロ島に、私の予期しなかった人物が、いつの間にか潜入していたとは、全くおどろいたことである。そんな筈はないのだが……。
 だが、足音は、ゆっくりゆっくり、階段を下りてくる。私の体は、昂奮のため、火のように熱くなった。
 こっとン、こっとン、こっとン!
 ついに、階段下で、その足音は停った。
 ついで、扉(ドア)のハンドルが、ぐるっと廻った。
(いよいよ、この室へはいってくるぞ!)
 何者かしらないが、はいって来られてはたまらない。私は、扉を内側から抑えようと思って立ち上ろうとした。
 だが私は、体の自由を失っていた。
 上半身を起そうと思って、床を両手で突っ張ったが、私の肩は、床の上に癒着(ゆちゃく)せられたように動かなかった。
「畜生!」
 私は思わずうめいた。うめいても、所詮(しょせん)、だめなものはだめであった。
「あまり、無理なことをしないがいいよ」
 とつぜん私の頭の上で、太い声がした。
(あっ、彼奴(あいつ)の声だ。怪しい闖入者(ちんにゅうしゃ)の声だ!)
 私は歯をくいしばった。
「無理をしないがいいというのに、君は、分らん男だなあ」
 闖入者は、腹立たしいほど落着き払っていた。
「き、貴様は、何者か!」
「ふふん、わしの姿を見たいというのか。よし、今そっちへ廻って、わしの姿を、見せてあげよう」
 闖入者は、そういうと、また重々しい足を曳きずって私の顔の方へ廻った。
「どうだ、これで、見えるだろうね、わしの姿が……」
 見えた!
 同時に、私は、愕(おどろ)きのあまり、気が遠くなりかけた。
 怪異の姿の人物!
 私は、これまで、そのような怪異な姿の人物を見たことがない。だから、何といって、これを説明してよいか分らない。――全身を高圧潜水服と中世紀時代の鎧(よろい)とをつきまぜたようなもので包んでいる。頭のところには、非常に大きな球状の潜水帽のようなものがある。但(ただ)し、潜水兜(せんすいかぶと)とちがっているのは、その頂天(てっぺん)のところに、赤い一本の触角(しょくかく)のようなものが出ていて、これがたえず、ぷりぷりと厭(いや)な顫動(せんどう)をつづけているのだ。
 球形の兜の中にある顔は、どうしたわけか、すこしも見えない。要するに、すこぶる厳重(げんじゅう)な、そして風変りの潜水服を着ている人間といった方が、早わかりがするであろう。
 だがこの怪異な人物は、流暢(りゅうちょう)な日本語を喋るのであった。
「貴様は、誰だ。何者か! 案内もなしに入ってきて、ちゃんと、名乗ったらどうだ」
 私は、重ねて叫んだ。
「そんなに、わしの名が聞きたいか。わしには名前はないのだ。しかしそうはいっても、君は本当にしないだろう。では、気のすむようにX大使と称することにしよう。それでは改めて、御挨拶(ごあいさつ)申し上げよう。吾輩(わがはい)は、X大使である。クロクロ島の酋長(しゅうちょう)黒馬博士(くろうまはかせ)に、恐悦(きょうえつ)を申し上げる!」
 X大使と名乗る怪異な人物は、すこぶる丁重(ていちょう)な挨拶をした。私は、自尊心を傷つけられること、これより甚だしきはなかった。


   X大使の試問(しもん)――地球に資源がなくなったら


「おい、X大使。一体何用あって、無断で、クロクロ島へ闖入(ちんにゅう)したのか。はっきり、わけをいえ」
 私は、肺腑(はいふ)をしぼって呶鳴(どな)りつけた。
「あははは、そう無理をするなといっているのに、君は分らん男だなあ。その体で、わしに手向うことは出来ないではないか。そうすればわしは、君に代ってこのクロクロ島の実権を握っているようなものだ」
「こいつ、いったな」
「何をいおうと、わしの勝手だ。わしは、わしの欲することを、全部意のままにやるだけのことだ。しかし黒馬博士、わしはまだこのクロクロ島は、ほんの一目見ただけだが、人間業(わざ)としては、なかなか出来すぎたものだね」
 X大使は、お世辞(せじ)のつもりか、クロクロ島のことをほめあげた。私は、いいがたい口惜(くや)しさに黙りこくってただ唇を噛んだ。
「いずれ、クロクロ島の内部は、ゆるゆる拝見するとして、その前に、君に一つ意見を聞いておきたいことがあるんだが、答えてくれるだろうね」
 X大使の態度は、俄(にわ)かに妥協的(だきょうてき)になってきた。
「答えるかどうかしらんが、早く、それをいってみたまえ」
「うん、いおう。このたび、いよいよ地球の上に捲き起ることとなった第三次世界大戦は、どういう目的とするかね」
 X大使は、ふしぎな話題をとらえて、私に質問を発したのである。私はX大使が普通のテロ行為者(こういしゃ)とはちがって私の生命を断(た)とうとしているのではない様子にほっと胸をなでおろした。
「そんなことは常識の範囲で、誰でも知っていることだ。それはつまり、資源問題だ。汎米連邦(はんべいれんぽう)にしろ欧弗同盟(おうふつどうめい)国にしろ、自己の領土内の資源では足りないから、足りない資源を得るため相手国を攻略しようというのだ。こんなことは、私に聞くまでもない話だ」
 と私は、極(きわ)めて平明にのべた。
「ふむ、やっぱりそうか」
 と、X大使は声だけで肯き、
「そこで次の質問になるが、第三次世界大戦の結果、仮りに汎米連邦が欧弗同盟国を征服してヨーロッパとアフリカを自分の手におさめたとする。さて、そうしたことによって、この資源不足問題は、解決するだろうか。君はどう思う?」
 X大使の質問は、この方が本題だったらしい。事実私は、この質問には、答えることをちょっと躊躇(ちゅうちょ)しないわけに行かなかったが、さりとて答えないでいることは、相手に軽蔑(けいべつ)され、こっちの弱みになることだと思ったので、私はついにいった。
「そりゃ、解決するさ。勝者と敗者とができて、勝者は敗者のもっていた資源を利用する」
「あははは、そんな子供だましの答は御免(ごめん)蒙(こうむ)る。なるほど、一応解決するように見えるさ、見えることは見えるが、勝者は敗者のもっていた資源を奪って使うといっても、敗者は全然亡(な)くなったのではない。敗者といえども人間には相違ないので、ちゃんと生きているのだ。やっぱり喰わねばならない。しかも勝者も敗者も、人間であるからには、年と共に人口が殖えていく、だからいくら戦争をしてみても、資源の足りないことは、ついに蔽(おお)いがたい。つまり、人間の欲望を充たすためには、地球の資源では不足だという時代になっているのだ。そう思わないかね」
 X大使は、すこぶる筋(すじ)のとおったことをいったのには、私も内心、畏敬(いけい)の念をおこさずにはいられなかった。しかし、ここで、この無礼者(ぶれいもの)に負けてしまってはならない。
「まあ、そういう風にも考えられる。しかし、まだ、いろいろやってみることがある」
「もちろん、やってみることはあるだろう。空中窒素(くうちゅうちっそ)の固定(こてい)のように、空中から資源をとるのもいい。海水から金(きん)を採るのもいいだろう。海底を掘って鉱脈を探すのもいい。しかしやっぱり足りなくなる日が来るのだ。そのときはどうするつもりか」
「どうするかといって、いろいろやってみても資源がこれ以上出てこないということになれば、やむを得ないさ、仕方がないと、諦(あきら)めるより外(ほか)ない」
「諦めるより外ない。そりゃ本当かね、口では諦めるといっても、実際足りなきゃ人類は困るよ。喰べられなければ、生きてゆけないではないか。そこでどういう新手(しんて)をうつつもりか」
 X大使は、さかんに私を追いつめる。そんなことを聞くつもりなら、なにもクロクロ島を破って、私に聞くよりも、他に政治家はたくさんいるのに……。
「地球で解決がつかなきゃ、それまでだ。それとも外に名案があるのかね」
 と私は、逆に大使に質問した。
 すると大使は、
「私には云う資格がない。いや、ありがとう。そんなところで、諦めていると聞いて、わしは安心した。やあ、大きにお邪魔をした。いずれそのうち、また君のところへやってくるよ」
「えっ! 君は、帰るのか」
「どうして。用がすめば帰るさ。用があれば、又やってくるさ」
「おい、身勝手なことをいうと、許さんぞ。待て!」
 X大使は、室を悠々と出ていく。私は、その後に、すっくと立ち上った。私の気分はすでに癒(なお)っていた。そしてふしぎにも、ちゃんと立ち上れた。しかし、まだ少しふらふらする足を踏みしめて、あとを追いかけた。
 X大使は、階段をのぼっていく。私はその後を追いかけた。手を伸ばせば届くほどの距離でありながら、X大使は、すこしずつ私より先を歩いている。
 階段は、もうX大使の頭のところで、つかえている。私は、かなわぬまでも、ここでX大使を追いつめて、せめて足でも捕えて、曳(ひ)き摺(ず)りおろしたい考えだった。
 ところがX大使は、なおも悠々と、階段の上にのぼっていく。私は懸命に追いかけた。そして、ついに大使の足を捕えた。
 が、なんたる不思議! 私の手は、階段の上の防水扉(ドア)にいやというほどぶっつかった。見れば、X大使の姿は、そこになかった。有るのは防水扉だけであった。
 といって、防水扉は、決して開いたわけではなかった。もし防水扉が開けば、海水が、どっと下におちてくるだろう。しかし、只の一滴の海水も階段の上から降ってこなかった。だから防水扉は絶対に開かなかったのだ。しかもX大使の体は消えてしまったのだ。恰(あたか)も大使の体は防水扉を透過(とうか)して、クロクロ島の外に出た――と、そうとしか考えられないのであった。
 怪また怪!
 私は、階段に取り縋(すが)ったまま、大戦慄(だいせんりつ)の末、全身にびっしょり汗をかいた。


   大戦慄(だいせんりつ)――夢かテレビジョンか


 私は、それから小一時間も、なにをする元気もなく、階段の下にうずくまっていた。
 おお、X大使!
 なんという恐ろしい人物にめぐりあったものだろう。これが太古であれば、天狗(てんぐ)さまに出会ったとでも記すところであろう。さすがの私も、すっかり頭の中が混乱してしまった。
 警鈴(けいれい)が、あまりに永いこと鳴り響くので、私はやっと正気(しょうき)づいたのであった。いや、全く、本当の話である。それほど、私はずいぶん永いこと放心の状態にあった。
(警鈴が鳴っているのに、オルガ姫は、なぜ出ないのであろう)
 そんなことを、いくどもくりかえし思っているうちに私は、正気にかえったのであった。
「そうだった。オルガ姫は、壊(こわ)れて、倒れていたっけ」
 私は、起き上って、元の室内へと、とってかえした。
 配電盤の前に、オルガ姫が前のとおりに倒れている。彼女の首は肩のところから離れて、私の机の下へ転がっている。
 私は、彼女の体を抱き起して、壁に凭(もた)せかけた。それからこんどは、首を拾いあげた。その首を彼女の肩のうえに嵌(は)めてやった。
 彼女は、死んだようになって、すこしも動かない。
 私は、オルガ姫の胸をあけた。
「ほう、こいつだな」
 真空管の一つが、消えていた。
 私は、新しい真空管を棚から下ろして、故障の真空管のあとに挿しこんだ。そして姫の胸を元どおりに閉じてやった。
 すると、姫は、いきなりぴょこんと立ち上ると、すぐさま、警鈴の鳴る配電盤の前へ走りよったのであった。――私の助手オルガ姫は、もう読者のお察しのとおり、これは本当の人間ではなくて、実は機械で組立てた人造人間であったのである。
 人造人間は、助手として、はなはだ好適(こうてき)であった。
 命令は、絶対にまちがいなくまもるし、食事をするわけではなく、人間らしいものぐさもなし、そして部分品をとりかえさえすれば、いくらでも使える。
 殊にオルガ姫の端麗(たんれい)さは、ちょっと人間界にも見あたらぬほどだ。私は有名なるミラノの美術館を一週間見て廻って、ようやくオルガ姫の原型(げんけい)を拾い出したのであった。それを私の理想とする婦人像であったのだ。
 オルガ姫を見ていると、私は母の懐(ふところ)に抱かれているような安心を覚える。
 そのオルガ姫は、配電盤のところに立って、しきりに録音された鋼鉄のワイヤを調べていたが、私の方に向き直り、
「警報信号が、しきりに入っているのですけれど、発信者の名前もなく、それに、本文もないのですが」
 オルガ姫は、報告だけをすると、また配電盤の方へ向いて忙しそうに手をうごかした。
「発信者の名前もなく、また本文もない……」
 私は、それはきっと逃亡中の久慈が、自分の安泰を知らせているのだと解釈したのであった。
 久慈は、このクロクロ島へ逃げこんでくるかも知れない。いや、どうもそういう気がする。
 もし、ここへ逃げこんでくるとすると、彼の到着は、早くも明日の朝になるであろう。
 私は、オルガ姫に命じて、なおもその警報信号に注意を払わせることとし、もしも、なにか本文らしいものを相手がうってきたら、すぐさま私に知らせろといいつけた。
 そうして置いて私は、X大使の闖入(ちんにゅう)以来、あまりに疲れたので、しばし長椅子に横たわって睡眠をとることにした。
 人間は不便だ。オルガ姫は、二十四時間働いていて、疲れることも知らなければ、睡眠をとる必要もないのだ。しかし私は、疲れもするし、食慾も起るし、また睡りもしなければならなかった。
 さて、睡ろうとはしたが、私の神経は、いやに昂(たかぶ)っていて、いつものように五分とたたないうちに睡りに入るなどということは不可能だった。私は、長椅子のうえにいくたびか苦しい寝がえりをうった。
 睡りかけると、急に心臓がどきどきし始める。そしてそれがきっかけのように、X大使の姿が目の前に浮かぶのだった。
(おい、どうだね、黒馬博士。わしのすばらしい透過(とうか)現象を見ただろうね。それから、君の脳細胞もまたオルガ姫の電気脳も、わしは、やっつけようと思えば、徹底的にやっつけられるのだが、それでは礼儀を失うと思ってあの程度に止めておいたのだよ。とにかく、気を付けなければいけない。これは、君への忠告だ。君たちは、自分の脳の働きについて、あまり自信がありすぎる。その辺をよく考えたまえ。地球の人間が、大宇宙で一番優秀な生物だと思っていると大まちがいだよ!)
 X大使が、はじめは夢の中にあらわれ、それからしばらくすると、だんだん夢ではなく、テレビジョン電話で話しかけられているような恰好になってきた。
 X大使は、あの超人的な力をもって、今もなお私の脳髄に、不思議な力を働かせているのではないか。私は胸元をしめつけられるような苦しさに襲われ、はっと目ざめて、長椅子からとび上った。――しかし、それは、やっぱり夢であった。
 おそるべきはX大使だ。彼は、私の強敵だ。そのとき私は、ふと或ることを思いついた。いつか、「地球お化け事件」のことについて、怪放送を行っていた疑問の人物があったが、あの人物こそ、このX大使と同一の人物なのではなかろうか。
 彼は、私に、奇妙な質問を発し、人類は、「地球に於ける資源不足を、どう解決するつもりか?」と迫ったが、彼は、なぜそんなことを、私に訊ねる必要があったのであろう。いよいよ勃発(ぼっぱつ)する形勢の、第三次世界大戦の舞台に、彼X大使は、いかなる重要な役割をもっているのであろうか。
 私の悩みは、大使の訪問以来急に二倍にも三倍にも増大していったのである。


   落下傘(らっかさん)見ゆ――果して同志の六名か


 黎明(れいめい)が来た。
 クロクロ島は、いつしか元のとおりに海面に浮かび上っていた。
 潮を含んだそよ風が、通風筒をとおり私の頸筋(くびすじ)を掠(かす)めていく。
 かん、かん。かん、かん。
 軍艦と同じように、時鐘が、冴々(さえざえ)と響きわたる。
(もう五時だ!)
 オルガ姫が、つかつかと近づいて、手提鞄を卓子(テーブル)のうえに置いた。
「これが昨夜中に蒐(あつ)まった録音です」
 人造人間との会話は、何を聞いても、こっちからは返事をする必要のないことであった。返事をしなくても人造人間は、私を高慢ちきな奴だと腹も立てず、また返事をしてやっても、悦(よろこ)ぶわけではない。私はただ必要なる命令だけを喋ればよかった。
 私は、録音器の入った鞄をもって、階段をのぼっていった。
 島の上に出ると、朝やけの空のもと、静かな海にはうねりもなかった。
 昨夜、この辺に、執拗(しつよう)な索敵(さくてき)行動をくりかえした汎米連邦の艦隊は、影も見えなかった。空と海と、そしてクロクロ島だ。原始時代の昔にかえったような、まことに単純な世界の中の一刻であった。戦争もない、資源問題もない。只有るのは、今もいったように、空と海と、そしてクロクロ島だけであった。
 私は、古ぼけた籐椅子(とういす)に、背をもたせかけた。それから、肘掛(ひじかけ)の裏をさぐって、釦(ボタン)を指先でさぐった。番号の4という釦を押すと、足許の岩がバネ仕掛けの蓋のように、ぽんと開いた。そして下から、西洋の郵便箱のような形をした録音発声器がせりあがってきた。
 私は発声器の後部をひらいて、鞄の中に入れてきた録音ワイヤを投げこんだ。ワイヤの一端を、スプールの一方の穴に止め、そして、蓋を閉じると、発声器は自然に録音を再発声しはじめた。
“――欧弗同盟(おうふつどうめい)側は、一切の戦闘準備を終了した。召集された兵員の数は、二千五百万、地下鉄道網(ちかてつどうもう)は、これらの兵員を配置につけるため、大多忙を極めている”
 これは汎米連邦のワシントン放送であった。
 ちょっと途切れてから、また次の録音が声にかわった。
“――ワイベルト大統領は、戦費の第一次支出として、千九百億弗(ドル)の支出案に署名をした”
“――欧弗同盟の元首ビスマーク将軍は、昨夜、会議からの帰途、ヒトラー街において、七名の兇漢(きょうかん)に襲撃され、電磁弾(でんじだん)をなげつけられて将軍は重傷を負った。犯人は、その場で逮捕せられたが、彼等は将軍の民族強圧に反対するアラビア人であった。今後、同国内におけるこの種の示威運動は、活溌になるであろうと識者は見ている”
“――汎米連邦における敵国スパイの跳梁(ちょうりょう)は、いよいよ甚(はなは)だしきものがあり、殊に昨日は、ワシントン市と南米方面とは互いに連絡をもつスパイの通信が受信せられ、警備隊は、これの検挙に出動した。ワシントン市におけるスパイの巣窟(そうくつ)はついに壊滅(かいめつ)し、スパイの大半は捕縛(ほばく)せられ、その一部は、自殺または逃走した。南米方面のスパイに対しては、厳重な包囲陣が敷かれて居り、彼等の検挙はもはや時間の問題である”
 こうした録音は、いずれも汎米連邦側のものばかりであった。
 これに対して、欧弗同盟側では、殆んど、何にも放送していないのが、甚だ奇妙な対照をなしていた。
 只一つ、最後に欧弗同盟側の簡単な放送があった。
“――元首ビスマーク将軍は、今、寝所に入ったばかりである。元首は一昨日以来、ベルリンにおいて閲兵(えっぺい)と議会への臨席とで寸暇もなく活動している。因(ちな)みに、ベルリン市には、数年前から一人のアラビア人もいない”
 この放送は、明らかに、ワシントン特電がデマ放送であることを指摘し、反駁(はんばく)しているものであった。その外(ほか)のことについては、ベルリン特電は、なにもいっていないし、欧弗同盟のいずこの地点よりも、一つの放送さえなかった。それは、非常にりっぱに統制が保たれているというか、或いは開戦にあたって、作戦の機密を洩(もら)させまいと努力しているのだというか、とにかく林の如く静かであることが、汎米連邦側にはすこぶる気味のわるいものであった。
 汎米連邦と欧弗同盟国との戦闘は、あと数日を出でないで、開始されるであろうと思われた。
「落下傘が六個、下りてきます! 頭上、千五百メートル付近を、下降中!」
 とつぜん、オルガ姫の声であった。
 私は、空を仰いだ。
 ああ、見える見える。灰色の爆弾のようなものが、ぐんぐん下におちてくる。もっとスピードが速ければ、爆弾と間違えたかもしれない。
 落下傘は、主傘(しゅさん)を開いていない。小さい副傘を、ぽつんぽつんと、開きながら、まだ相当のスピードで落ちてくるのが分った。
 主傘がぱっと、開いたのは、高度二百メートルのところであった。見事に拡がった主傘は無印であった。只、緑の煙が、すーっと後を曳いたので、
「あ、やっぱり、そうか。久慈たちだな」
 と、気がついた。
 落下傘は規則正しく、わがクロクロ島上に落下した。と同時に、主傘はたちまち焔と化し、一瞬に燃え尽きた。久慈たちは、まるで台の上から飛び下りたように、ふんわりと島の上に立った。


   怪力線砲(かいりきせんほう)――壮絶(そうぜつ)燃える六十機


「おお、久慈か。よく、脱出できたね」
「や、ありがとう」
 飛行服に身を固めた久慈は、いそぎ私に近づき感激の握手をした。
「もういけないかと思った。なにしろ、戦友が、ばたりばたりとやられるのだ……でも、集るだけは集って、抵抗した。そして、皆で智慧をしぼって試験中の成層圏飛行機で、とびだしたものだ」
「ほう、成層圏飛行機! それじゃ、たいへん高空へ逃げたというわけだな」
「エスエス一〇三型という奴で、こいつがまた素晴らしい高速を出す試験中の飛行機なんだ。だから、これを追跡できる飛行機は、外にはないというわけだ。――そしてクロクロ島の緯度(いど)経度(けいど)を測って、うまく飛び下りた」
「すると、何者にも、追跡せられていないというのだね」
「そうだ。まず、九割九分まで、大丈夫だ」
「乗ってた飛行機は、どうした」
「ああ、あれか。あれは、操縦者なしで、いまだにどんどん飛行をつづけているだろうよ。そのうち、どこかの海へ墜ちてわからなくなるだろう」
「それはよかった。実は昨日、君のところからの通信以来、このクロクロ島も、すこし安心ならなくなった形だ」
 と、私がいえば、
「そんなことは、ないだろう。これほど高性能をもったクロクロ島が、敵のためにやっつけられてたまるものか」
 久慈も、かつて、このクロクロ島設計集団の一員だったことがある。だから彼は、クロクロ島に対する信仰が篤(あつ)かった。
「そうか。追跡している者がないと決ったら、まあ、下へ下りて休憩したまえ。食料も豊富だ。酒もある……」
 と、私がいっているとき、オルガ姫の声が、するどく響いた。
「超攻撃機六十機編隊が、北北東より、こっちへ来ます、高度四千五百……」
 私は、それをきいて、どきっとした。久慈の顔を見ると、彼も色を失っている。
「や、やっぱり、後をつけてきやがったか! 畜生!」
「仕方がない。戦闘だ! 手荒なことはしたくないがクロクロ島の秘密を知られては、面倒(めんどう)だ。さあ、君たちいそいで、そこの階段を下りたまえ」
 私は、脱出してきた久慈の一行を、いそいで下に下ろした。
 そして私は、籐椅子をもって、下に下りていった。
「潜水始め、深度十メートル」
 私は、オルガ姫に、命令を伝えた。
 姫はあざやかに、並ぶスイッチを間違いなく入れた。
 掩蓋(えんがい)兼防水扉は、直ちに、閉った。そして深度計の指針は、もう右へ傾き出した。
 壁のテレビジョンの幕面には、すでに、追跡中の超攻撃機編隊が、うつっている。その画面の左右には、しきりに数字が消えては、また現われた。距離と高度とが、忙しく、示されているのであった。
 久慈は、心配げに、私の傍に、ぴったり体をつけていた。
「怪力線砲で、やっつけるだろうね。もう撃ってもいい頃じゃないか。ぐずぐずしていると、間に合わない」
 と、久慈は、やきもきしている。
「いや、まだ早い。こいつらを一挙に墜落させないと、都合がわるいのだ。もし一機でも二機でも残っていると本隊へ連絡してこの戦闘情況を報告するだろうから、それじゃ、こっちの秘密が分ってしまう」
 私は作戦をのべた。
「それは尤(もっと)もだが、戦闘に時期を失っては、たいへんだぞ」
「もうすこしだ。殿(しんが)りの敵機が、せめてもう二十キロばかり、近くなったときに……」
 といっているうちに、またもオルガ姫の声だ。
「敵の司令機が、無電を打ち始めました」
「えっ、無電を……さては、見つかったか。もう、猶予(ゆうよ)はならん」
 私は、決心すると、オルガ姫を待たずに、配電盤のところへとんでいった。そして、怪力線砲発射の釦(ボタン)を押したのであった。
 とたんに、機械室のエンジンは、ぐぐッと鳴って、ひどい衝撃をうけた。電灯は、今にも消えそうに光力を失った。
 一秒、二秒、三秒!
「ああ、燃える、燃える、燃える……」
 久慈が、テレビジョンの幕面を指して、歓喜の声を放った。
 同じことを、私は、照準鏡(しょうじゅんきょう)の中に認めていた。
 洋上高く、翼を揃えて襲来した六十機の超攻撃機は、一せいに火焔に包まれてしまったのであった。そして雨のように、煙の筋を引きながら、大空から墜落していくところは言語に絶した壮観だった。
 やがて洋上には、真白な水柱(すいちゅう)が奔騰(ほんとう)した。攻撃機が一つ一つ、濤(なみ)に呑まれてしまったのであった。
「おお、敵機全滅! ばんざーい!」
 久慈たちは双手(もろて)をあげて、凱歌(がいか)をあげた。
 しかし、私は、別に嬉しくも感じなかった。こんなことは、クロクロ島の偉力の一つとして、なんでもないことだ。だが、汎米連邦の軍用機を撃墜したことによってやがて困難な事態が必ず向うからやってくるであろう。それを考えると、私は、迚(とて)もばんざいを唱える気にはなれなかったのだ。


   別れの盃(さかずき)――本国からの呼び出し


 クロクロ島にあがる凱歌!
 米連の追撃隊は、わが怪力線砲のため、悉(ことごと)くやっつけられてしまった。
「祝盃だ、祝盃だ!」
「なんという、すばらしい戦闘だったろうか。ああ、思いだしても、胸がすく!」
 久慈たちは、クロクロ島に備付けの怪力線砲の偉力を、今更(いまさら)のように知って乱舞(らんぶ)のかたちである。
「よかろう。おい、オルガ姫、灘(なだ)の生(き)一本を、倉庫から出してこい」
「はい、はい」
 私は、なおも、島の付近の海と空との一面に、油断なき監視の触手を張りおわってのち、ようやく安心して、皆のところへ戻ってきた。
 せまい機械台のうえが、とり片付けられ、一枚の白い布が敷かれていた。そこへ、オルガ姫が、酒の壜(びん)をもってきた。
「ああ、灘の生一本か。こんなところで、灘の酒がのめるなんて、夢のようだな」
 皆は、子供のようにうれしそうな顔をして、小さい盃にくみわけられた灘の酒をおしいただいた。
「ばんざーい、クロクロ島!」
 私はいった。
「ばんざい、黒馬博士のために……」
 と、久慈が、音頭をとった。
「ありがとう」
 と私はいって、
「――だが、この盃をもって、皆さんに対し、お別れの盃を兼ねさせていただきたい」
「なんだって」
 久慈が、おどろいて、私の顔をみた。
 私はここで、皆に、説明をしなければならなかった。
「実は、さっき、本国から、至急戻ってくるようにと、命令があったのだ。だから私は、お別れして、いそぎ東京へ戻らなければならない」
「ほんとうかね。われわれをからかっているのではないかね。クロクロ島の主人公が、ここを離れるなんて」
「いや、クロクロ島は、依然としてここにおいておく。久慈君に、後を頼んでおく。もちろん本国から君あてに、辞令が無電で届くことだろうが……」
「ほんとうかね。黒馬博士が、クロクロ島を離れるなんて、そいつはちょっと困ったなあ」
「困るって、なにが……」
「僕には、このクロクロ島が、つかいこなせないと思うのだ。なにしろ、このとおり、複雑な働きをする大潜水艦だからなあ」
「複雑だといっても、殆んどみんな機械が自動式にやってくれるのだから、君は、司令マイクに、命令をふきこむだけでも、かまわないんだよ」
「それはそうかも知れんが、このふかい意味のある西経三十三度、南緯三十一度付近においてクロクロ島本来の使命を達成するには、僕では、器(うつわ)が小さすぎる」
 久慈は、いやに謙遜(けんそん)をする。
「ははあ、臆病風(おくびょうかぜ)に吹かれたね」
 と、私がいえば、彼は、
「臆病風? とんでもない。そんな風なんかに吹かれてはいない。しかし、只これだけのりっぱな大潜水艦を、君から拍手をもらうほど、僕にうまく使いこなせるかとそこが心配なんだ。その一方僕は、このクロクロ島を、自分の思うように使ってみたくて、たまらないのだ。臆病風に吹かれているわけじゃない」
 と、久慈は、ぴーんと胸をはっていった。
 私は、うなずいた。久慈なら、たしかに、このクロクロ島をうまく使いこなせるだろう。
 だが、そのとき私は、一つ心配なことを思い出した。
 それは外でもない。昨夜あらわれた怪人X大使のことだった。あのような大胆不敵な曲者に、このクロクロ島を再訪問されては困ってしまう。なにかいい方法はないか。
 私は、しばらく考えた結果、一つのことを思いついた。それは、クロクロ島の入口に、強烈な磁石砲(じしゃくほう)をおくことだ。あのX大使が、入って来ようとすると、この磁石砲の磁場(じば)が自動的に働いて、X大使の身体を、その場に竦(すく)ませる。そのとき一方から、ヘリウム原子弾を雨霰(あめあられ)のようにとばせて、X大使の身体の組織をばらばらにしてしまう。そうすれば、いかなる怪人X大使であろうと、たいてい参ってしまうであろう。

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