地獄の使者
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著者名:海野十三 

「もちろん、それに残っている指紋のことだよ、鑑識を頼んでおいたから、今に分る」
「それも興味のあることでしょう」
 帆村はちょっと肯いて
「しかし私が面白いと感じたのは別のことです」
「別のことというと……」
 警部の顔面が硬くなった。
「それはですね、その空缶の中はきれいだという点です。なぜきれいであるか。すっかり中身を喰べて洗い清めたものであるか。それとも中に何もつかないようなものが缶の中に入っていたのであるか。それならば、それは一体どんなものだったろうか。中身を喰べたのち洗い清めたものなら、なぜそうすることの必要があったのだろうか……」
「また君の十八番を辛抱して聞いていなきゃならないのかね」
 警部は煙草を出して、燐寸をすって火をつけた。その燐寸の燃えかすは、うっかり小卓子の灰皿の中へ投ぜられかけた。が、途中で彼は気がついて、元の燐寸箱の中へ収いこんだ。
「ははは。やっぱり私は当分しずかにしていることにしましょう」
 帆村はそういって、後方の壁際へ下った。
 そのとき表がざわついた。屍体を解剖のためにこの邸から搬び出す車が到着したのであった。

   家政婦

 屍体が搬び出されてしまうと、惨劇のあった現場は、なんだかがらんとした感じになった。そして警戒の刑事巡査たちの面前にも、ほっとした気の弛みが浮び出た。
 だが、主脳の検察官たちは、いずれもむずかしい顔を解こうとはしなかった。
「大寺君。現場について、特別に取上げて問題にしておく事項はもう残っていないかね。もしあるなら、今のうちにやって置こう」
 長谷戸検事は、小卓子の前まで出て来て、大寺警部に向き合った。
「さあ。もうありませんね。……それに、現場は屍体の無い外はこのままにして置きますから、もし気がつけば、後から補充すればいいわけです。それよりは、どんどん容疑者を取調べて、早く犯人を決定したいですなあ。ぐずぐずしていると、また新聞にいいなぶりものにされてしまいますよ」
 警部は、刑事巡査拝命以来この畑に十八年も勤めているので、今までに事件について新聞の報道やその扱いぶりに、少からぬ不満を持っていた。そして今のような世の中になっても、彼は一向その気持を変更するつもりはなかった。
 自信の強い彼は、長谷戸検事に対しても仕事の上での不満を持っていた。もちろん彼は、それを面と向って検事に訴えはしなかった。彼とは違い大学を出て検事試補となり、それからとんとん拍子に検事になり重要なポストに送りこまれた若僧――といっては失礼だが、とにかく警部とは年齢がひとまわり以上違うのであった。そういう若い検事から万事指揮を受けなければならぬことは、あまり愉快なことではなかったし、それに長谷戸のやり方というのが、彼大寺警部とは全く違った道を行くので、一層気がいらいらして来た。
 大寺警部をして率直にいわせると、若い長谷戸検事の捜査法と来たら、非常にまどろっこしい。彼は臆病に近いほど、あらゆる事物に対して気を配る。その気の配り方も、警部ならちらりと一目見ただけで事件に関係があるかないかが分るのに、長谷戸と来たらいちいち石橋を金槌で叩きまわるような莫迦丁寧な検べ方をして、貴重な時間を空費するのだ。だから長谷戸だけに委せておいたら捜査は何時間経とうが何日過ぎようが、同じ所で足踏みをしているばかりで、かねて手ぐすねひいている新聞記者からは「事件迷宮入り」という香しくない烙印をたちまち捺されてしまわねばならない。その間に立って、自分が苦心さんたんして進行係をつとめるから、とにかく曲りなりにでも事件の真相がわりあい手取早く判明して来るのである。なんのことはない、自分は店の婿養子の引立て役の古顔の番頭みたいなものである、と大寺警部はいつも心の中でひそかにぼやいていた。だからこの事件だってそうだ。検事は現場をまごまごしているだけで、まだ容疑者の只一人をも指名していないし、関係者の訊問すらまだやっていない。
 それに反し自分は既にかずかずの手配をしている。ハンドバグを、この部屋の、しかも殺された旗田鶴彌のお尻の下に残しておいたその持主の土居三津子を逸早く逮捕し、容疑者第一号として保護を加えてある。この事件は土居三津子がやったことは十中八九までは確かであり、他の者は殆んど調べる必要がないと警部は睨んでいる。自分のやり方としては、この際土居三津子をどんどん取調べていって犯行を自白させるのが一番早い。
 しかし現場には検事たちも来ているし、なんだかんだと面倒な取調べや手続がくりかえされているので、こうして温和しくその片附くのを待っているわけだ。並々ならぬこの辛抱づよさというものを、自分は十八年の勤続によって仕入れたのである。
 しかしこれは愉快なことではない。自分としては、あまり多きを望まないけれど、せめて長谷戸検事のような人物とのコンビが解かれ、若いとき自分を引廻してくれたあの雁金検事のような人と仕事をしたいものだ。そうすれば、今の自分ならてきぱきと超人的な捜査をやってみせられるのだがなあ――と、大寺警部は人柄にもなくはかない夢を抱いている。
「じゃあ、関係者の訊問に移ろう」
 長谷戸検事がいい出した。
 大寺警部は、それを確めるように検事の顔を見直した。
「まず、事件の当時同じ屋根の下にいた家政婦を呼んで来たまえ」
「家政婦ですか。小林トメですね」
「そうだ、小林トメだ」
 警部は心得て、一人の警官に目配せをした。その警官はいそいで部屋を出ていった。
 帆村は隅っこの椅子に腰を下して煙草に火をつけた。
 やがて和服を着た中年の婦人が、警官に伴われて入って来た。丸顔の、肉付の豊かであるが、顔色のすぐれてよくない婦人であった。年齢の頃は五十歳に二つ三つ手前というところらしかった。警部は、婦人を招いて検事の前へ立たせた。
「小林トメさんだったな」
「はい、さようでございます」
 家政婦はそう応えながら、警部の前に首を垂れた。
「検事さんが聞かれるから、正直に応えなければいかん」
「はい」
「小林さんはこの邸に住み込みなんだってね」
 検事がまずやさしい訊問から始めた。
「はい。さようでございます」
「そして昨日は、夕方以来どこへも外出せず今朝までこの邸の中にいたそうだね」
「はい」
「亡くなった御主人に最後に会ったのは何時かね。そしてそれは何処であったかね」
「こちらの方にも申上げたのでございますけれど」
 と家政婦は警部の方へちらと目を走らせ、
「いつものように、私は昨夜九時五分過ぎにお夜食の皿やコップなどを盆にのせました。それが最後でございました」
「御主人はいつも夜食をとるのかね」
「はい。ちょうどその頃までに旦那様はお仕事をお切上げになります。そして一日の疲れを、洋酒と夜食とでお直しになるのでございます。この日課は毎日同じようにつづいて居りました」
 そういった家政婦は、そこでちょっと唇を噛んだ。
「この小卓子の上に並んでいるものが、そうなんだね」
「はあ、さようでございます」
「そのとき御主人は、この室内に居られたのかね」
「はい」
「どこに居られたかね」
「私が扉をノックしますと、室内からご返事がありました。そこで私は扉を開いて中に入りましてございます。すると旦那様は、あそこの洗面器のあるところのカーテンを分けてこっちへ出ていらっしゃいました。……それから私は、あの小卓子の上に、盆の上に載せてきたものをいつものように並べたのでございます。その間に旦那様は、窓の方へいらっしゃいまして、両手をうしろに組み、なんだか考え事をなさっている様子で、窓のこっちを往ったり来たりなさっていました。それは私がこの部屋を退りますときまで続いていました」
 検事は、そのとき家政婦の言葉が切れるのを待っていたように声をかけた。
「そのとき、この窓は明いていたかどうか、君ははっきり憶えているかしら」
「窓は両方とも、ぴったり閉って居りましてございます」
「じゃあカーテンはどうだろう。今のカーテンの位置と、どこか違っているかね」
 窓は二つあった。現在右の窓のカーテンも左の窓のそれも共にいっぱいに開かれていた。
「カーテンは両方とも閉って居りましたのですが……」
 家政婦がそういったとき大寺警部の大きな声がした。一人の警官が右の窓へとんでいってカーテンを閉めた。警部は左のカーテンを自らの手で閉めた。
「検事さん。実はカーテンは両方とも閉っていたんですが、部屋の中が暗いものですからさっき私が開放させたのです。しかし現場見取図や写真などには、ちゃんとカーテンが閉っているところが記録してあります。ただ、そのことをちょっと検事さんにお話することを失念していました。どうか一つ……」
 警部は軽く頭を下げた。検事は苦がい顔になって、警部を一瞥した。
「私が来るまでは、現場はすべてそのままにしておいて貰いたいね」
「はあ。失礼しました。しかしカーテンを開かないと取調べにあまり暗かったものでございますから……」
 警部は弁解をしながら顔をふくらませている。
「するとあの窓はどうだね。開いていたのか閉っていたのか」
 検事は色をなして開いている左の窓を指した。
「私は窓には指一本触れていません。さっきごらんになりました現場見取図にも、あの窓があの通り明いていたことはちゃんと出て居ります」
「図面は見ているが、ちょっと君に確めてみたかっただけのことだ」
 その家政婦が、突然きゃっと叫んで、後へ飛びのいた。同時に驚いた検事と警部の鼻さきへ、紐に結えて吊下げられた大きなどぶ鼠がゆっくりと出て来た。帆村荘六が指さきに紐をひっかけて、検事と警部の間へ鼠の死骸をさしだしたのである。
「検事さん、この鼠を頂いて、持出してもようございますかね。裁判医の古堀先生が、この鼠にもう一度ゆっくり逢いたいといって居られるもんですから、先生の方へお届けしたいと思います」
 濡れている鼠の死骸の尻尾からぽたぽたと水が垂れている。
「いいです、いいです、早くそちらへ片づけて……」
 検事は身体をうしろへそらせ、手まねで早くむこうへやれと促した。傍にいた警部は指で自分の鼻孔をおさえた。帆村はいんぎんに一礼をして、鼠の死骸を指先に吊り下げたままゆっくりと戸口の方へ歩いていった。
 鼠の死骸が割込んだために検事と警部との間にあった鋭いものが解け去った。両人は互いに顔を見合わせて、苦が笑いをした。そして家政婦の訊問が再び進められたのだった。

   奇妙な錠前

「昨夜の九時五分に、君は主人の居間へ夜食を持って行った、と君はいった。それから今朝になって主人の死が発見されるまで、君はどうしていたか」
 長谷戸検事の訊問が、家政婦小林トメに再び向けられた。
「はい」
 小林トメは返事をしただけで、下を向いて後を続けない。
「どうしたんだ、昨夜の九時五分以後は……」
「はい。私は自分の部屋へ引取りまして、そして睡りましてございます。あのウ……」
 家政婦は途中でいい淀んだ。
「隠さないで、はっきりいわなきゃいけないね。たとえ誰に迷惑が懸りそうなことであっても」
「はい」家政婦は検事の言葉にぴくりと肩を動かしてから「あのウ、旦那様の弟御さまの亀之介さまが二時にお帰りになりまして、玄関のベルをお押しになりました。そのときだけ私は起き出しまして、亀之介さまを家へお入れいたしました。その後は又寝床に入りまして朝までぐっすり寝込みましてございます」
「それから……」
「それから朝になりまして、五時半に起きましていつものように朝食の用意にかかりましてございます。すると誰か入って来まして声を私にかけた者がございます。見ますと、それが……それが例の娘さんなのでございました」
「ふん、土居三津子だったのか」
「はい」
「それは何時かね」
「六時過ぎだと思いますが、正確には憶えて居りません」
「土居三津子は、君に何といったか」
「昨夜ハンドバグを御主人の部屋に置き忘れて帰ったので、それを返してもらいたいと仰有(おっしゃ)いました」
「土居三津子がはっきりそういったのだね、昨夜主人に会ったことも、自分が主人の居間へ通ったことも認めたんだね」
「さようでございます」
「で、君はどういったのか」
「それはお気の毒ですが、旦那さまは只今おやすみ中ですから、お目覚めになるまでお待ちになって下さいと申上げました」
「ふむ。すると……」
「すると娘さんは、すぐ戻して欲しいのだが、鍵で扉をあけて居間へ入れてくれといいました。もちろん私はそれを断りました。居間の扉を開く鍵は私が持って居りませんので」
「娘はどうしたかね」
「では仕方がないから、御主人がお起きになるまで待たせて下さいといいました。私はそれではどうぞ御随意にと申して、あとは私の仕事にかかりました」
「それから……」
「それから……そのうちに芝山宇平さん――爺やさんです――芝山が出て来る、お手伝いのお末さんが出て来るで、賑やかになりましたが、そのうちに爺やさんが、どうも旦那さまの居間がおかしいぞということになり、それから……」
「ちょっと待った、それからのことは大寺警部に話したとおりだろうから、よろしい。ところで、ちょっと腑に落ちないことがあるんだ、小林さん」
 検事はそういって、家政婦の顔をじっと見詰めた。家政婦はこのとき不用意に検事と視線を合わせたが、慌てて目を下に伏せた。
「例の娘が、昨夜この邸へ来たことを自分で告白しているが、君はそのことについて何にも述べていないね。つまり何時来て、何時帰ったとかいうことを述べていないじゃないか。これはどうしたのかね」
 検事からそういわれたとき、家政婦の面が急に和らいだ。
「それは私が全く存じないことでございました。娘さんが、昨夜来たと仰有ったので、始めて知りましたようなわけで……何しろ私が玄関の錠を外しませんでも、その娘さんは玄関を開けて入って来る方法をご存じなんでございます、現に今朝も私の傍へ来て愕ろかせましたが、そのときも娘さんは同じ方法で勝手に入って来たんでございますよ」
 家政婦は意外なことをべらべらと喋った。
「それは一体どういうわけだい」
 と、検事もこれには目をぱちくりとやった。
「さあ、私は少しも存じませんでございます。そのことは旦那さまにお聞き下さるか、その娘さんが正直に申すようならその娘さんにお聞きになれば分ると思います」
 そういった家政婦の表情には、意味ありげな笑いさえ浮んでいた。彼女が始めて見せる笑いの表情だった。
 検事は大きく目玉を動かして、大寺警部の方を見た。警部はさっきから退屈げに煙草をふかし続けていたわけであるが、このとき椅子の上に腰を揺り直して、
「検事さん。土居三津子は昨夜九時三十分頃この邸へ来て、そして十一時にこの邸を出ていったと申立てています。この間、実に一時間半です。そこに冷くなっていた先生も仲々大した手際ですよ」
 といった。
「ふうん、十一時に帰ったというんだね」
 検事は家政婦の方へ向いて「ねえ小林君。その娘は、十一時にこの邸を出ていったそうだが、そのとき娘は一旦外へ出てから扉に鍵をかけることが出来るのかね」
「いいえ、それは出来ませんです。……私ははっきりしたことを存じませんですけれど」
「だが、君はそれだけ知っているじゃないか、外から玄関を明ける方法のあること、内から外へ出るときは内側から錠を下ろさねばならないこと。それだけ知っているんなら、その方法を知らない筈はない」
「いいえ、私は誓って申します。そんなからくりは存じません」
「じゃあ、さっきいったことを知っているのは、どうしたわけだ」
「はい、それは……」家政婦は苦しそうに目を瞬いて「実は、私が旦那様に内緒で、奥から隙見して居りますと、ちゃんと外から女が入って参りますし、またその女が帰るときは旦那様が玄関までお送りになって錠を開いて女をお出しになり、それから旦那様が錠をおかけになりました。一度私は、女が旦那様の居間へ入りました直後に、玄関の扉の把手に手をかけて、開くかどうか験してみましてございますが、それは駄目でございました。開きませんでございました、はい」
「おいおトメさん。じゃあお前は、あの土居三津子がこの邸へ入って来るところも、出て行くところも見て知っていたんだな」
 と、大寺警部が立腹して怒鳴った。
「いいえ、いいえ。私が見ましたのは昨夜のことではなく、あの娘さんのことではございません。もっと前のこと、そして外の女のことでございました。昨夜のことは全く存じません」
 家政婦は小さくなって激しく弁解した。
 すると検事が、また口を開いた。
「玄関の扉にそういう仕掛があるとしたら、主人の弟の亀之介は、いつでも外から自分で扉を開いて邸の中へ入って来られるわけだね。そうじゃあないか」
「いえいえ、旦那様は弟御さまに、そんな秘密な扉のあけ方をお教えになっていませんのでございます。というのは、旦那様は弟御さまを……」
 と、そこまでいったとき、突然そこへ大声をあげて入って来た姿のいい紳士があった。
「やあお呼び下っていたのに、とんだ失礼を。すっかり寝坊をしてしまって、何から何まで申訳ないことばかり……僕が亀之介です。小林にはどうも評判のよろしくない人物です。どうぞよろしく」
 彼はそういって、検事の前まで割りこんでいって、
「ああ、私はここで煙草を吸っていて、さしつかえありませんでしょうか」
 と、葉巻をきざな恰好で指で摘んで、検察官たちをぐるぐるっと見渡したものである。

   庶子何処

 玉蜀黍(とうもろこし)の毛みたいな赤っぽい派手な背広に大きな躰を包んだ旗田亀之介だった。頭髪はポマードで綺麗になでつけてあるが、瞼も頬も腫れぼったく、血の気のない青い顔をしているのは、彼が相当の呑み助であることを語っている。時々胸のポケットから若い婦人が持つような柄のハンカチーフを取出して顔の下半分に当て、その中で変な声を立てる。昨夜来の痛飲でよほど胃の工合が変だと見える。
「煙草はお吸いになって居て結構です。どうぞ、そこへお掛け下さい。そしてお話を伺いましょう」
 長谷戸検事は警官に目配せして、空いた椅子を前に搬ばせた。亀之介は一礼したが、すぐに椅子には掛けず、すたすたと足早にそこを離れて向うへ行った。どうしたのかと思っていると、彼は飾棚の上から、同型の真鍮製の積み重ねてある古風な灰皿の一つを取り、それを持って引返して来た。そして検事の前の席についたが、持って来た灰皿は窓枠のところに置いた。そこは彼の席から手を伸ばせば十分に届くところだった。
 部屋の隅っこには、さっき鼠の屍骸を持って出て警官へ何かを頼んでいた帆村荘六が最早戻って来て、ゆっくりと煙草をくゆらしていたが、彼はこのとき亀之介を細い目で透かして見ながら、鼻を低く長く鳴らした。
(きちんとした男らしい。死んだ彼の兄の方はだらしない人物らしいが……)
 帆村は心の中で思ったが、果してそれは当っているかどうか。――
「御実兄の異変を、いつ知られましたかな」
 検事は、亀之介へ訊いた。
「ほう。そのことですが……」と亀之介は葉巻の煙が目にしみるか瞬きをして「雇人たちはずいぶん早くから私の室の戸の外まで来てそれを知らせたそうですが、実のところ私はそれを夢心地に聞いていまして――昨夜は呑みすぎましてな――本当にはっきりとそのことを知って目が覚めたのは、今から一時間ほど前なんです。すぐ起きようと思ったが、躰の節々[#「節々」は底本では「筋々」]が痛くてどうにもならず、それでこんなに遅く現われたという次第です。どうぞ御賢察を煩わしたい」
 そういうと亀之介は慌ててハンカチーフを左手で取出して、自分の口へ当て、変な声を出した。
「昨夜から今朝までの間、あなたは何をして居られたか、一応ご説明願いましょう」
 検事は落着いた同じ調子で訊いた。
「昨夜から今朝までの私の行状ですな。それなら至極簡単ですよ。昨夜は東京クラブで君島総領事の歓送会がありましてね、ご存じでしょうが君島君は学校の先輩でして……それでクラブはすごく賑かなことになりましてね、結局私がクラブを出たのが午前一時半頃でしたよ。いやあ呑みましたね、六七時間呑みつづけでしたからね。さすがの私も二度ばかり尾籠なことをやって伸びていましたがね、今日は躰が私のもののようじゃないようです」
 亀之介は、たびたびハンカチーフを口へやった。
「それで帰宅せられたのは何時でしたか」
「さあ、私はそんなことを気にしなかったもんで正確なことは覚えていませんが、家政婦の小林が玄関の戸を開けて私を中へ入れたから、小林が覚えているでしょう」
 そういって亀之介は、家政婦の姿を見つけようとして首をぐるりと廻した。だが家政婦の姿はなかった。既に彼女は警官によって別間へ連れ去られた後であった。
「クラブを午前一時半に出たと仰有ったが、それを立証する道はありますか」
「ありますとも。クラブには徹夜の玄関番が居ますからね、会員が帰ればちゃんとしるしを付けることになっています」
「あなたは夕方から翌日の午前一時半まで、ずっとクラブに居られたんですか。その間、外へ出たようなことはありませんか」
「ありません。始終クラブに沈澱していました。嘘と思ったら玄関番と携帯品預り係に聞いて下さい」
「しかし玄関からでなくとも外出する方法はあるでしょうからね」
 検事がこういうと、亀之介さっと顔を赭くして、葉巻を叩いて灰をぽんと絨毯の上に落とした。
「異なことを伺うもんだ。すると貴官(あなた)がたは、私がクラブから脱けだしてこの邸へ帰って来て兄貴を殺した、それを白状しろというんですか」
「いや、そんな風に意味を取って貰っては困る……」
 と検事は急いで弁解したが、しかし検事の態度は言葉ほど困っているようには見えなかった。
「だって、そういう風に感じるじゃないですか、貴官の訊問のやり方は……。私は呑ン兵衛で馬鹿で簡単な人間なんですからね、廻りくどい言い方をされても理解が出来ない。真正直にいって貰うことを歓迎するんです。誘導訊問だとか、今のような訊き方は断然やめて下さい」
 そういった亀之介の態度には、兄亡き後の今、この邸の主権者は自分だぞという気配が匂うようでもあった。――帆村は、新しい煙草の箱をポケットから出して口をあけた。
「そう気になさることはないと思うんだが……」と長谷戸検事は相変らず冷静そのものという顔でいった。「じゃあ、こう伺いますか。確かにあなたはその日の夕刻から翌日の午前一時半までクラブから一歩も外に出られなかったんですか」
「そうです。そういう工合に訊いて下さい。――答は、然りです」
「被害者――あなたの御実兄は何故殺されたか、その原因についてお心当りはありませんか」
 検事はずんずん核心に触れた訊問を進めた。
「さあ、はっきりとは知りませんね」
「はっきりでない程度では何か思い当ることがありますか」
「さあそのことだが……」といいかけて亀之介は消えかかった葉巻を口に啣えて何回もすぱすぱやり、やがて多量の紫煙をそのあたりにまきちらした果に「弟である私の口からいうのは厭なことなんだが、兄貴と来たら昔からだらしがないんでしてね。殊に婦人のこととなると、世間様の前には出せないことがいろいろあるようですテ。とにかくこの邸宅をめぐって、猥雑な百鬼夜行の体たらくで……でしょうな。まあよく調べてごらんになるといい。あの家政婦の小林でもですよ、どこかを探せば男の指紋がついていないともいえないんですよ。あの女は五十に近いくせに、寝るときにゃ化粧なんかしているんですからね。正に百鬼のうちの一鬼たるを失わずですよ、はははははは」
 亀之介の口から家政婦に対しての不利な言葉が吐かれた。長谷戸検事は、予ねて待っていた筋にぶっつかったような気がした。彼は土居三津子を真犯人と決定することについてどうも乗気でないのであった。その理由は判然(はっきり)しないが、もちろん確たる反証があるわけではなく、ただ漠然たる感じとして、三津子を犯人に択ぶには物足りなさがあったのである。この点は大寺警部とは全然反対であったが、さりとて三津子を容疑者外として扱うつもりはない。証拠さえ集って来るなら、いつでも三津子を見直す用意があった。しかしながら今も述べたように三津子という女を真犯人として扱うにはどうも物足りない感じがしてならない。この事件の底には、もっともっとねばっこいものが存在しているように思われてならなかった。折よくというか、亀之介の申立によって、そのねばっこいものが水面から頭を出し始めたように思う。つまり亡くなったこの邸の主人鶴彌と家政婦小林とそして亀之介の三角関係というようなものが存在し得るのではないか――。
「すると、婦人関係の怨恨でもって御実兄は、殺害されたとお考えなんですね」
「いや、それは私の臆測の一つです。私がちょっと気がついたのはそれだというだけのことです。私は兄貴の事業のことや社交のことを全く知らんですが、もしその方を知っていれば何かお話出来るかもしれませんが、まことにお気の毒です。兄貴は全然そういうことを私に窺わせなかったのですからね」
「遺産のこともですか」
 検事のこの訊問は亀之介の胸を貫いたと見え、彼は大きく口を開いて喘いだ。だが間もなく彼は口を閉じ、苦がり切った。
「遺産がいくらあるか、そんなことを私が知るものですか」
「遺産は、誰方が相続することになっていますか」
 検事の追及は急だ。
「知りませんね。ひとつ兄貴と関係のある弁護士の間を聞き廻って下さいませんか。そうすれば遺言状があるかも知れませんからね」
「戸籍面から見ると、あなたが相続されるのじゃないですか」
 検事は、悪いことではあったけれど、ちょっと知らないことだが鎌をかけて訊いた。
「私じゃないです。兄貴の庶子に伊戸子という女の子が出ていますよ。よくお調べになったがいいでしょう」
「なるほど」検事は失敗(しま)ったと思って冷汗をかいた。「そのイト子さんは、今どこに居られますか」
 転んでも只は起きない性分の長谷戸検事であった。
「知らんですなあ、兄貴の痴情を監視するつもりはなかったもんですからね」
 検事は亀之介から連打されている恰好であった。すると傍にいた大寺警部が、横合から亀之介に声をかけた。警部は検事の痛打を見るに見かねて、ここで一発亀之介に喰らわさねばと飛び出したわけである。
「あんたはそのイト子という婦人を見たこともないんですか」
「さあ、どうですかねえ」
「見たか見ないか、はっきり答えて下さい」
「見たかも知れず、見ないかも知れない――おっと怒鳴るのは待って下さい。私はこれが伊戸子だと正面から紹介されたことはない。しかしいつどっかで、その伊戸子という婦人を見たかも知れませんからね。例えば兄貴のところへ忍んで来る女の中に伊戸子が交っている場合もあり得るわけですからね」
「ずいぶんひねくれたいい方をするのが好きなんだねえ」
 と、警部は忌々(いまいま)しげにいった。
「ひねくれているわけではありません。私は何事もはっきりさせたいから、正しいいい方をしているわけです。しかるに……」
「ああ、もうそのへんで結構です」と検事がいった。「また後で伺うことがあると思いますから、今日はこの家の中だけでお暮し下さい」
 そういって検事は、警官のひとりに合図を送った。
 亀之介は、火の消えた葉巻煙草にライターの火を移した上で、悠々と椅子から立上って警官のうしろについて広間を出た。

   意外な発見

「いやにひねくれた奴ですなあ」
 大寺警部は戸口の方をちょっと流し目で見て、呆れたような声を出した。
「ああいう態度は損なんだがねえ……」
 と、検事は忘れていた煙草を今思い出したという風にポケットから出して口に啣えた。だが燐寸が見つからない。
 後ろにいた帆村が立って、燐寸の箱を検事に手渡した。
「私は他にも持っていますから、その燐寸は検事さんに差上げます」
「あ、それはありがとう。……どうだね帆村君。今の人物の印象は……」
「ははは、あの人はどうかしていますね」帆村は軽く笑って「几帳面なのか放縦なのか、はっきりしませんね。そして欲がないようでもあり、またしみったれのようでもある。精神分裂症の初期なんじゃありませんか」
「まさかね」と検事は首をひねった。「しかし戸籍に被害者の庶子のイト子というのがあったとは意外だね。私がそれについて警視庁側から報告を受けたのによると、庶子のイト子なんてなかったんだからね」
「ああそれについては私が弁明します」と大寺警部が口を挾んだ。「高橋刑事をやって調べさせたんですが、とにかく現在の在籍者は、被害者とあの亀之介の両名だけだったそうです。もちろん庶子のイト子なんて見当らんです。しかし高橋の調べて来たのは本籍のある蒲田区役所のもので、あれは戦災で原簿が焼けて新しく申告したものに拠っているんです。ですから厳密にいえば、ちょっと疑問の余地があるわけです。とにかくこの件については、もっと徹底的に調査させましょう」
「ぜひそうして貰いたいね、重要な問題だからねえ」
 検事は熱心な語調でそういった。
「それで、次はどうしますか」
 警部が帳面をひろげて、次の段取にとりかかった。
「雇人の取調べを一通りやりあげたいね。あとは誰と誰だったかね」
「爺やの芝山宇平とお手伝いのお末です」
「じゃあ芝山の方から始めよう」
 警部が手をあげて、警官に芝山をここへ連れて来るようにいいつけた。
 間もなく芝山はこの広間へ入って来た。しきりに頭をぺこぺこ下げて大いに恐れ入っているという風を示した。彼は爺やらしい汚れたカーキー服を着て、帽子を手に持っていた。力士のような良い体格の男であった。
「君が芝山宇平さんか」
「はい。さようでございます」
「君は通勤しているのかね」
「はい。さようでございます」
「昨夜は、君はどこにどうしていたかね」
「はあ。家に居りました。夕方六時にお邸からいつものようにお暇を頂きまして、家へ帰りついたのが六時半頃、それから本を読みまして十時頃に寝てしまいました。そして今朝はいつものように六時頃お邸へ参りました」
「それは確かかね」
「はい、確かでございます。なんなら家内にお聞き下されば、よく知れますで……」
「君の住所はどこだっけな」
 芝山は市ヶ谷合羽坂の傍にある住所をいった。
「それから、ここの主人が死んでいるのに一番早く気がついた者は君だってね」
 芝山は、黙って首を二三度縦にうち振った。
「どうして気がついたか、話してみなさい」
「ええ、ええとそれは……今朝参りまして、庭に出ました。すると旦那様の御居間に電灯が点いています上に、窓の硝子戸(ガラスど)が、一応閉っちゃいますが、いつものように掛金がかかって居りません。つまり硝子戸が平仮名のくの字なりに外へはみ出して居りました。これはふしぎなことでございます。旦那様は戸締を厳重においいつけなさる方で、後にも先にもそんな不要慎な戸の閉め方をなさる方ではありませんでな、わしはたいへんふしぎに思いました」
「なるほど、それで……」
「それでわしは家へ入って、小林さんに、何だか旦那様の御居間の様子が変だぞやと申しましてな、騒ぎだしたようなわけでございます。御居間の戸を開けるのはどうかと思いましたので、一応庭に脚立梯子を立てまして、硝子窓越しに覗いてみました。わしは腰が抜けるほどびっくりしましたよ。なぜって旦那様が首のうしろを真赤にして死んでいらっしゃるんですからなあ、いや、そのときわしは身体が慄えだして、脚立の上から地面へとび下りたものでございますよ」
「それからどうした」
「そこでわしと小林さんは、家へ入ってお手伝いのお末さんも呼び、どうしようかと相談しました。その結果、二階にお休みになっている旦那様の弟御さま――亀之介さまのことでございます――弟御さまを先ずお起ししにかかったんですが、はあどうも、弟御さまは御返事はなさるが一向起きておいでがない。そして段々時間も経ちますので、わしらは困っちまいましてな、そこでとうとう三人で戸にぶつかって錠をこわして中へ入ってみましたんで。あとはごらんになったあの通りでございます」
 語り終った芝山は、汗をかいていた。
「主人の死んだことについて、何か心当りはないかね。なんでも正直に申立てるように。誰に遠慮することもいらんから、どんなことでもいってみたまえ」
「はあ」芝山はしばしうなだれていたが「さあ、わしは通勤者じゃで、お邸の夜の出来事にはさっぱり見当がつきませんので……」
「土居三津子という若い婦人を見たことがないかね」
「今朝見ましてございますが、それが初めてでな、前には見たことがございません」
「あの娘が主人を殺した犯人だとは思わないか」
「存じません。全く存じません」
「亀之介という人は怪しいとは思わないか。なんかそれに関して知らないか」
「存じませんです。何にも存じません」
「じゃあ家政婦の小林はどうだ」
「おトメさん? おトメさんは大丈夫です。そんなことの出来るような女じゃありません」
「君はどうだ。犯人じゃないか」
「と、とんでもない……」
「お手伝いのお末というのは怪しくないか」
「あれは真面目な感心な娘で、これも間違いございません」
「亀之介と小林との間に、何か睨み合うような事情があるのを知っているか」
「ええっ、何と仰有る……」と芝山は顔を固くして聞きかえしたが、「そんなことは、ないと思いますよ。とにかくわしの存じませんことで……」と答えたが、なぜかその返答には不透明なものが交っているように思われた。
「いや、ご苦労。そのへんで結構。まあ引取って、あっちで休んでいるように」
 検事はそういって芝山宇平を退らせた。
 さてそのあとに、お手伝いのお末が警官につき添われて、検事たちの前に現れた。
 お末は年齢からいえば二十二歳という娘ざかりであったが、しかし一同の前に現われたお末なる女は予想に反して、もっと年をとった、そして黄色く乾涸びたような貧弱な暗い女性だった。痩せた顔は花王石鹸の商標のように反りかえっていて、とびだしたような大きな目の上には、厚いレンズの近視鏡をかけていた。
 だが、検事たちの前に立ったお末の態度はすこしもおどおどしたところがなく、むしろ検事達の方が圧倒されるくらいのものであった。
 型の通りの訊問があった後、昨夜のお末の動静を訊ねたところ、
「夕刻の六時にお暇を頂きまして、それから河田町にございますミヤコ缶詰工場へ出勤いたしました。そこで私は九時まで勤めました。仕事は缶詰の衛生度の抜き試験でございます。九時十五分頃工場を出まして、電車で新宿に出、それから旭町のアパートへ帰りました。昨夜は疲れて居りましたので、いつもの勉強はやめて、入浴して十時半に寝ました。それから今朝は六時すこし廻ったころに、この邸へ着きましてございます」
 そういい終えるとお末は丁寧にお辞儀をした。
 検事たちは愕いた。この女は昼間はこの邸で働きをし、夜は夜で工場で働いているとは、なんとよく働く女だろう。一体何故そんなに働かねばならないのか――。
 ちょうどそのときだった。この部屋へつかつかと足早に入って来た者があった。部長刑事の佐々という三十男で、主任大寺警部の腕の一本といわれる腕利きだった。
「お話中ですが……」と彼は断った後、大寺警部の前へ白い布に包んだものを出して拡げてみせた。それは一挺のピストルだった。
「ピストル? どこにあった? 一件のか……」
 と警部は昂奮して早口に訊いた。
「そうらしいです。一発発射しています。このピストルを見付けたのは、家政婦の部屋の中です」
「なに家政婦の部屋の中に、このピストルが……」
 期せずして大寺警部と長谷戸検事の視線とがぴったりと抱き合った。
 そのうしろでは、さっきまで睡むそうな顔をして欠伸を噛み殺していた帆村荘六が、今は別人のようなしっかりした表情になって、室内の誰からも一時忘れられているお手伝いのお末の、しなびた顔にじっと見入っていた――。

   花活(はないけ)の中

 ピストルの発見は、検察官一同を総立ち同様にまで昂奮せしめる力があった。
 中にも、最も衝動を受けたのは主任警部の大寺だった。彼は、この事件の犯人を、今本庁に引いていって拘置してある土居三津子だと、自分の心の中には確信していた。只いささか満足するには欠けることは、三津子が旗田鶴彌を射撃するに使ったピストルが発見されないことであった。ところが今やそのピストルらしいものが、同じ惨劇の旗田邸の屋根の下に於て発見せられた。が、その場所がどうも気に入らない。家政婦小林の部屋の中に発見されたからである。
「一体このピストルは、どこに在ったのかね」
 と長谷戸検事は、ピストルの発見者の佐々部長刑事に尋ねた。
「それは家政婦の部屋を入ったすぐ右手に茶箪笥がありまして、その上に口の広い磁器の花瓶が載っていますが、その中に隠してあったのです」
 佐々は手真似もして、それを証明した。
「花が活けてある花瓶かね」
「いえ、花は挿してありません」
「じゃあ空かね」
「はい。今ここへ持って参りましょう」
「いや、こっちから行くよ」
 検事は腰を上げた。
 そのときお末を監視していた巡査がお末はこのままにして置くのか、元の部屋へ帰らせていいのかを検事に尋ねた。
「ああ、元の部屋へ行って貰おう。やっぱり外出は厳禁だよ」
 検事はそう言い置いて、家政婦の部屋へ行った。小林の部屋は一階の右の奥で、勝手より手前であった。狭い廊下を入ると、左側に入口があって、一坪の板の間があり、扉がこれへ開く。その奥は、床が高くなっていて、障子を開くと六畳の間と二畳の間があり、二畳の間は、一坪の板の間の右隣となっている。また六畳の間には二間の押入がある。問題の花瓶は、その二畳の間に置いてある茶箪笥の上に載っていたが、なるほど花は活かっていない。
 検事の外、二三名が上へ上る。後からついて来た帆村は、花瓶の方にはあまりに興味がないらしく見え、その代り広い二間の押入の襖をあけてみる。
 中は、きちんと片づいていた。赤い友禅模様の夜具が、この部屋の主には少し不釣合なほど艶(なまめ)かしい。帆村の手が伸びて、下段の端に置かれてある小型の茶箪笥の扉を開いた。するとその中には徳利や猪口が入っていた外に、清酒の一升壜が半分ほどの酒を残しているのが収ってあった。ついでに帆村の手が、その隣りの、臙脂色の塗箱の引出の一つ一つに掛けられた。帆村の記憶にはっきり残ったのは、袋入りの秘戯画と、沢山の上質のみす紙とであった。
「おい帆村君。これを見なくてもいいのかね」
 長谷戸検事の声に、帆村は押入の襖を閉めてから検事の傍へ行った。
「この花瓶なんだが、底に深さ一糎(センチ)ばかりの水が残っていた。ピストルは、銃口を下にして入っていたそうだ。ところがピストルの銃口を虫眼鏡でよく調べたが、錆(さび)はまだ全然発生していない。だからこのピストルが花瓶の中へ隠されたのはこの一両日のことだということが推察される。それだけのことなんだが……」
「どうもありがとうございました」
 と、帆村は丁重に礼をいった。
 検事は真面目な顔で肯いた。それから主任警部の大寺にいった。
「このピストルをすぐ鑑識の人に調べて貰って呉れたまえ。指紋と、弾丸にどんな条跡を与えるか写真に撮ることを、すぐに頼む。十五分もあれば分るだろう。その間われわれはちょっと休憩をしようじゃないか。お茶は呑めないだろうからね」

   袋小路

 休憩時間が過ぎると、几帳面な検事は、早速取調べの続行を宣した。
「ピストルの指紋はどうだったね」
 検事の声に、鑑識課員が立って来て、
「指紋は一つもついていません。手袋をはめて使ったんでしょうね」
 と応えた。
「ああ、そうか」
 検事は格別失望の色も見せなかった。そして鑑識課員から、ピストルの条跡の拡大写真を二三枚うけとった。
「このピストルは誰のものかね。それから調べて行きたい。まず家政婦の小林をここへ……」
 検事の命令で、小林トメは襟元を合わせながら広間へ入って来た。そして設けの椅子の上に、はちきれるようなお臀を据えた。彼女の目は、わざと検事がすぐ目の前の卓上に置いたピストルに注がれて、一瞬はっと胸をすくめたが、間もなく元に戻った。
「このピストルに見覚えはないですか」
 と、検事の訊問が始まった。
「いいえ、存じません」
 家政婦の声音は、尋常であった。
「亡くなったこの家の主人の所有物ではないのかね」
「旦那さまがピストルをお持ちになっていたかどうか、わたくしは存じません」
「そうか。それならそれとして……」と検事は鋭い瞳を家政婦の面につけた上で「このピストルは君の居間にあったのを見付けたんだがねえ」
「ええッ、このピストルがわたくしの部屋に?」
 と、家政婦の顔色はさっと変った。
「一発だけ発射してあるんですよ。そして発射してから間もない。それが君の部屋に隠してあった。どういうわけですかね、説明をして貰いたい」
 検事はじりじりと家政婦に肉迫する。
「そのピストルは、わたくしの部屋のどこに隠してあったんでしょうか。全くわたくしの知らないことなんです。そんなことがあれば、誰か……誰かがわたくしに罪をなすりつけるためにそのような恐ろしいことを――」
「他人の陰謀だというんですね。それならそれは一体誰です。誰だと思いますか」
「……はい」家政婦の目は混乱した。
「それは申上げられません」
「言えない。何故言えないのですか」
「…………」
「死んだ主人の弟の亀之介氏ですか」
 検事は、先に亀之介が家政婦を誹謗したことを思出したから、このように訊いてみた。
「いいえ、亀之介さまの事ではございません」
 と、家政婦は言下に否定した。検事は困惑を感じた。すると家政婦がつけ加えた。
「このお邸に出入りしている人達は、何かというと、わたくしを利用して悪いことをなさるのです。この年齢になるのに、こんなお邸に家政婦として温和しく朽ちて行くわたくしを、なんだって御自分の野心に利用したり、悪いことのはきだめにしたりなさるんでしょう。ああ、もっと早くそれが分っていたら、わたくしはこんなお邸へ家政婦などとして入るのじゃなかったんです」
 家政婦は昂奮の極、大きな涙をぽたぽたと膝の上に落とした。
 帆村は、このとき煙草の灰の落ちるのも気がつかない風で、家政婦の一挙一動に気を奪われていた。
「具体的にいって貰いたいですね。お手伝いのお末のことですか、それともあの土居三津子のことですか」
「それは申上げられません。今は何もいいたくないのです。しかしそのピストルは、決してわたくしが使ったものではございません。わたくしはこれまでにピストルというものに触ったこともなければ、ピストルで射撃したことも勿論ございません」
「そんなことは言訳にならないねえ。誰でも引金を引きさえすれば、弾丸は銃口から真直に飛びだすんだから……」と、検事は軽く一蹴して置いて、
「もう一つ伺うが、あなたの部屋を入ったすぐ右手の茶箪笥の上に花瓶が載っているが、花は活けてない。あの花瓶はいつから空になっているんですか」
 妙な質問に、家政婦は警戒の色を浮べながら、
「あのう、あの花活から花を捨てましたのは昨日の朝のことでございます。その花活がどうかいたしましたか」
「その中に、このピストルが隠してあったのですよ」
「まあ……」
「それについてどういう感想をお持ちですかな」
「何にもございません。全くわたくしの知らないことでございますから……」
「昨夜深更にこのピストルで主人を射殺しそれからこれをあなたの部屋の花瓶の中に隠した。なかなかいい隠し場所ですね。そういうことをなし得る立場にある人物は、極めて数が少いのですぞ。その当時この邸に居合わせたのは、実にあなたひとりである。そうでしょう。だからあなたは、もっとはっきり自分の立場を明らかにする必要がある。そう思いませんか」
 家政婦の顔から血の色がなくなった。しかし彼女は懸命になって叫んだ。
「わたくしがしたことではありません。それに唯わたくしひとりがこの家にいたように仰有いますが、外にも人が出入りしました。あの土居三津子という女のお客さまもそうですし、それから亀之介さまもそうでございました。わたくしだけじゃございません」
「それはそうですが、昨夜土居三津子はあなたの部屋へ入りはしなかったのでしょう。あなたは先に、それを証言している」
「それはそうですけれど……」
「亀之介氏はこの家の主人が殺されてから二三時間後に帰って来た。午前二時頃だったそうですね。あなたもそれを認めている。そうでしょう。」
「は、はい。ですけれど、旦那さまを殺したのはわたくしではありません……」
 家政婦は検事のために、遂に袋小路に追込まれてしまった感がある。彼女は滂沱たる涙を押えて、声を放って泣き出した。
 検事は当惑の顔で、家政婦を一時引下らせるように命じた。
 巡査に護られて家政婦の小林が、広間から出ていくと、帆村が何を思ったかその後を追って廊下へ出た。
 二三分経つと帆村は、元の広間へ戻って来た。そのとき広間では、誰も皆、煙草をぷかぷかふかして、すっかり緊張を解いていた。と、長谷戸検事が、帆村の方を振返っていった。
「今、本庁へそういって、土居三津子をここへ呼ぶように手配しました。土居がここへ来るまで、外にする仕事もないから、暫く取調べは中止します。解剖の方も、今やっているところでしょうから、この報告もずっと先のことになりましょうからねえ。あなたも、ちと散歩でもして来たらどうです」

   帆村の余興

 帆村は、検事に礼をいって、卓上に並んでいる茶呑茶碗を一つを[#「茶呑茶碗を一つを」はママ]取上げ、温い番茶を一口啜(すす)った。
 一座は大寺警部を中心に、トマトの栽培方法について、話に花を咲かせている。
 そのとき帆村が、長谷戸検事に声をかけた。
「検事さん、この休憩時間に、僕にすこし訊問をやらせてくれませんか」
 帆村は今までにない積極的な申出をした。
「訊問を? 一体誰に訊問をするんですか」
「とりあえず二人あるんです。一人は亡くなった主人の弟の亀之介氏。そのあとが芝山宇平という爺さんですがね」
「亀之介と芝山の二人をね」検事はちょっと首をかしげたが、やがて肯いた。
「いいでしょう。許可します。しかしここで訊問をして下さい」
「はい、承知しました。じゃあ皆さんの御座興に、僕がちょっと余興をやらせてもらいます」
 帆村の申出に、一座には顔をしかめる者もあったが、長谷戸検事はすぐ警官を手招きして、亀之介をここへ連れてくるように命じた。
 暫くすると、二階の居間を出た亀之介が、のっそりとこの広間へ入って来た。
「何の用ですか」
 機嫌はよろしくない。
「お聞きしたいことがある。そこへ掛けて下さい。この帆村が訊きます」
 検事は親切に帆村のために段取を整えてやった。亀之介は、椅子をこの前と同じく、窓の傍へ引張っていって腰を下ろした。そしてまだ先刻のままに窓枠のところに載っている灰皿へ、葉巻の灰を指先で叩いて落とした。しかし灰は、まだいくらも先についていなかった。
「簡単なことをお訊ねいたしますが」
 と帆村は丁重に口を切った。
「昨夜この邸へお戻りになったとき、玄関の扉を開けてあなたをお入れしたのは、家政婦さんだったそうですね」
「そのとおり」
「家政婦さんはどんな服装をしていましたでしょうか」
「はははは」と亀之介が突然笑った。
「醜態でしたよ。上に錆色のコートを着、裾から太い二本の脚がにゅっと出ていました。そして当人は気がつかないらしいが、後から赤い腰紐が、ぶらんとぶら下って床に垂れているんです」
 家政婦の寝呆け姿が目に見えるようであった。他の人々も、帆村の訊問に興味を持って耳を欹(そばだ)てる。喋り手はますます得意になって、
「よく見ればね、小林はコートの下に長襦袢を高くからげて、腰紐で結えていたんですよ。なぜそんなことをしているか。はははは、これが面白いんだ。僕はこの目でちゃんと見てやったですがね、小林の婆さん、年齢甲斐もなく、下に娘のような派手な長襦袢を着ているんですよ。しかもどうやら長襦袢の下はノー……いや、もう他人の話はその位にして置きましょう。恨まれるといやだから。はははは」
 聴き手たちは、もっとその上の話を聞きたそうな顔であった。帆村は、それをくそ真面目な顔で、一々肯いていたが、そこでいった。
「なるほど。それからあなたはどうしなすったんですか」
「それから? それから僕は二階へ上って自分の部屋へ入り、ぐっすり寝ましたね」
「ああ、ちょっと。その間になにか、なさったことはありませんか」
「その間にですか? ありませんね、何にも……」
「お忘れになっているんでしょうね、あなたは家政婦に冷い水を大きなコップに一杯持ってくるようにお命じになった」
「ああ、そんなことですか」と、亀之介は歯牙にもかけないような顔をしたが、しかし彼の語調に狼狽の響きがあった。「ひどく酔っていたもんで、咽喉がからからなんです。ですから小林に水を貰って呑んだように思います」
「腰紐がぶら下っていることや、なまめかしい長襦袢のことはよく覚えていらっしゃるのに、水を貰って呑んだことは記憶がぼんやりしているのですね」
「それは皮肉ですか、こっちは正直に話をしているのに……」
「いや、あまり気にしないで下さい。そして家政婦が水を大きなコップに入れてくるまで、どこで待っていましたか?」
「二階へ上る階段の下です」
「お待ちになっている間、そこからどこへも動かれなかったんですか、例えば小林の後を追いかけて勝手元へ行ってみるとか、或いは又、小林の部屋へ入ってみるとか、そんなことはなかったですか」
「失敬なことをいい給うな。僕が――この邸の主人の弟が、なんであんな婆さんの後を追うんです。僕は色情狂ではない…………」
「いや、よく分りました。これで伺いたいことはすみました。どうぞお引取り下さい」
 亀之介はなおもぷりぷり憤慨して、帆村を睨みつけていたが、やがて火の消えた葉巻煙草をぽんと絨毯の上に叩きつけると、すたすたと部屋を出ていった。監視の警官が、あわててその後を追いかけた。
「いかがです、余興の第一幕は……」帆村はにやりと笑って一座へ軽く会釈した。「もうすこし御辛抱を願って、第二幕を開くことにいたします。じゃあどうぞ、下男の芝山宇平をここへお連れ下さい」

   宇平の苦悶

「帆村君がつっつくと、あの家政婦はだんだん色っぽくなって来るじゃないか。あれと亀之介と、これまでに何かあったんじゃないか」
 長谷戸検事が大寺警部を見て笑った。
「まさか、そうじゃないでしょう。亀之介は女に不自由するような人じゃないですからね」
 警部は、首を振った。
「しかし、あの兄にしてこの弟あり、ではないかねえ」
「兄は三津子のような若い美人を相手にしています、弟だって三津子ぐらいのところならいいでしょうが、まさかあの大年増の尻を追うことはないでしょう」
「まあ、もうすこし帆村君の演出を拝見していよう」
「そんなことよりも、ピストルの方を早く片づけたいものですがねえ」
「だから、今土居三津子がここへ来るじゃないか」
 そこへ芝山宇平が巡査に連れられておずおずと入って来た。そして亀之介がさっきまで座っていた椅子に腰を下ろした。
「へえ、何の御用でがすか」
 ぺこんと頭を下げる。五十歳をちょっと過ぎたというが、五分ぐらいに刈った短い頭髪が、額の両側のところですこし薄くなっている。血色のいい顔、大きな体の持主だ。
「これは特別に君の耳に入れて置くんですがねえ」と帆村が手帳を拡げて、仔細あり気に芝山の顔を見た。
「実は、ピストルが見つかったんです、一発だけ撃ってあるピストルがねえ」
「はあ。わしはピストルは見たこともねえでがす」
「いや、君のことじゃない。……そのピストルが隠してあったところが、ちょっと問題なんだがねえ。はっきりいうと、それは家政婦の小林さんの部屋なんだ」
「えっ、……」
 明らかに芝山は衝動を受けた様子。
「小林さんの部屋を入って右手に二畳の間がある。そこに茶箪笥があって、その上に花活が載っている。花は活けてない。水も殆んど入っていない。その花活の中に問題のピストルが、銃口を下にして隠してあったんだ。いいですか」
「へえへえ」
 芝山の眼は落着を失った。
「さあ、そこであなたに特に知らせて置くわけだが、そのピストルは小林さんが使って主人を撃ち殺し、そのあとで自分の部屋の花活の中に隠した――という嫌疑が小林さんに懸っているんだ」
「それは人違いです。おトメさんはそんな大それたことをするような女じゃあない」
 芝山は躍気になって否定した。
「だが、小林さんには、その嫌疑を否定する証拠がないんだ。つまり、自分がそのピストルを使わなかったことを証明することが出来ないんだ。また自分がピストルをその夜花活に隠さなかったことも証明できない。小林さんは今、あっちの部屋で気が変になったようになっている」
「残酷だ。おトメさんは人殺しをするような女じゃないです。そんな調べは間違っている」
「だがねえ宇平さん。そうでないという証拠が出て来ないのだよ。或いは小林さんの不運かも知れないが、証拠がないことには、小林さんは殺人容疑者として引かれることになるがね」
「それじゃ天道さまというものがありませんよ。おトメさんが人殺しをしないということは、わしが証人に立ちます」
「どういうことをいって証人に立ちます」
「日頃からよく交際っているが、決してそんな大それたことをする女じゃないと――」
「それだけでは役に立たない。もっとはっきりと証拠をあなたが出さないと駄目ですよ。例えばね、小林さんが部屋を出ていった留守に、或る男が入って来て、そっと上にあがり、花活の中にピストルを入れて、それからまたそっと出て行った。それをあなたがちゃんと見ていた――という風な証言が要るんだ」
「ははァ……」
「或いは又、あの晩、この邸へ来て主人を訪ねた土居三津子という若い女の客が、主人に送られて玄関から出て行った時刻――それは多分正十一時頃らしいが、小林さんがそのすこし前から始まって午前零時半頃までのこの一時間半[#「一時間半」は底本では「一時半」]ばかりの間、決して主人のところへ行って彼を殺さなかったという証明が出来てもいいんです。これにもいろいろの場合があるが、例えばですね、その一時間半に亙って、小林さんは自分の部屋から一歩も外へ出なかったということを、あなたが証明出来るなら、小林さんは晴天白日の身の上になれるんです。どうですか芝山さん」
 帆村のこの言葉は、芝山宇平を痛烈に突き刺したようであった。芝山は、いきなり腕を前に振ると、頭を両腕の中に抱えて俯伏した。そしてなかなか顔をあげなかった。
 このとき一座の視線は、この芝山と帆村とに集っていた。
 やや暫く経って、芝山は顔をあげた。真赤な顔をしていた。
「どうか、おトメさんに会わせて下さい」
 彼は切ない声でいった。
「小林さんは重大なる容疑者になっているから、今君を会わせることは出来ないですよ」
「そうですか」力なく彼は肯いた。
「じゃあもう仕様がない。何もかも申上げます。実はわしは昨夜十一時から今朝まで、おトメさんの部屋にいました。だからおトメさんが、今あなたが仰有った十一時から一時間半は、あの部屋から一寸も出たことがないのです。つまり、おトメさんの部屋で、わしがおトメさんの横に寝ていましたから……」
 芝山は遂にたいへんな[#「たいへんな」は底本では「たいへん」]ことを告白した。

   意外又意外

「すると、君は昨日夕方自宅へ帰って自宅に朝まで寝ていたというのは一体どうしたんですか」
 と、帆村は冷然として芝山に訊問を続ける。
「あれはわしが家内にそういって、嘘をいわせたんです。でないと、わしは御主人殺しの関係者と睨まれて、うちはたいへんなことになるから、わしは自宅に居たことにするんだぞと家内を説き伏せたわけです」
「それを妻君にいったのはいつですか」
「今朝のことです。旦那様がいけないと分ってから後で、ちょっと家へ帰って参ったんです」
 芝山の言葉つきが、始めは爺むさくそして要点の話になるとすっかりすっきりした言葉になることを、帆村は興深く聞きとめていた。それは兎に角、これで芝山宇平と小林トメとの秘密な情交関係が分ってしまった。芝山は小林を救うために、小林のアリバイを証明しなければならなくなったのだ。そのために五十男は全身びっしょり汗をかいて告白をしたが、小林トメはまだそんな秘事が洩れたとは知らないで居る。それと分ったときに、この家政婦は一体どんな顔をすることであろうか。
「君は、花活にピストルを入れに来た人間を見なかったのですか」
 帆村は、さっきもちょっと口にしたことを表立った問題として訊いた。
「いいえ、見ませんでした」
 芝山は否定した。
「君は、亀之介氏が帰って来たのを知っていますか」
「はい、存じて居ります」
「亀之介氏は、階段の下で、小林さんに冷い水を大きなコップに入れて持って来いと命じたが、その声を聞かなかったですか」
「はい、確かに聞きました。
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