超人間X号
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:海野十三 

いや、まだぼくが、死刑囚の足の台をひかない前のことだ」「いいえ。私は上の準備をすると、ここへおりまして、今までずっとここにいました」「ええッ。ずっと君はここにいたのか」 執行官はおどろいて、なにげなく教誨師の方をふりかえった。と、そこで教誨師の不安な目とかちあった。教誨師は、小首をかしげて見せた。「おかしいね。たしかに死刑囚の横あいから一つの人影が近づいたんだ。死刑執行のすぐまえのことだった。そうだねえ、君」 そういって執行官は、教誨師の同意をもとめた。「そうでした。頭のいやにでっかいやつの影でした。私は、地獄から、閻魔(えんま)の使者(ししゃ)として大入道が迎えに来たのかと思いました」「ははは、なにをいうですか、おどかしっこなしですよ」 補助官は、二人にかつがれているんだと思って、笑ってしまった。 とにかくその場は、それで一まずおさまった。執行官たちは念のために構内(こうない)を見まわったが、べつに怪しい者を見かけなかったから。もっとも夜もふけていたし、死刑執行もすんだことゆえ、みんな早くその場を引きあげたくて、気がいそいだせいもあろう。 そこで死刑となった火辻軍平の死体は、棺桶(かんおけ)におさめられたのち、そこから遠くないところにある阿弥陀堂へ、はこびいれられた。 この阿弥陀堂は、やはり塀ぎわに建っている独立のかんたんな堂であって、お寺のお堂のような形はしていなかった。しかし中にはいってみると、お寺の本堂そっくりだった。奥の正面には、西をうしろにして木像の阿弥陀如来(あみだにょらい)が立っており、その前に、にぎやかな仏壇(ぶつだん)がこしらえてあった。電灯を利用したみあかしが、古ぼけた銀紙製(ぎんがみせい)の蓮(はす)の造花を照らしていた。線香立(せんこうたて)や焼香台(しょうこうだい)もあった。 火辻軍平のなきがらのはいった棺桶は、この前にはこびこまれ、北向きに安置(あんち)された。それから太い線香に火が点ぜられ、教誨師が焼香し、鉦(かね)をたたき、読経(どきょう)した。この儀式はまもなく終り、一同はこの阿弥陀堂から退出した。 あとは阿弥陀さまと棺桶ばかりとなった。夜はいたくふけ、あたりはいよいよしずかになり、ただ一つの生命があるかのように燃えていた線香も、ついに最後の白い煙をゆうゆうと立てると、灰がぽとりとくずれ、消えてしまった。こうして堂の中は死の世界と化した……。 めりめりッ。とつぜん仏壇の横手の鉄格子(てつごうし)が、外からむしりとられた。太いまっ黒な手が、外から窓へさしいれられた。人間の腕ではない。くろがねの巨手(きょしゅ)だ。 と思うまもなく、醤油樽(しょうゆだる)ほどある機械人間(ロボット)の首がぬっと窓からはいって来た。そしてするすると阿弥陀堂の中へとびこんだ。ああ、あいつだ。例の、怪しい機械人間だ。ダムを破壊した恐ろしい機械人間だった。 なぜあいつは、とつぜんこんなところへ姿をあらわしたのか。 怪物は、電灯を消し、室内をまっ暗にした。その暗がりの中に、めりめりと、板のはがれる音がした。それにつづいて、なんだか知らないが、かちゃかちゃと、金具(かなぐ)のふれあう音がした。ときには、ぱっと火花が一瞬間、室内を明かるくすることがあった。そのとき、ほんの一目であったが、室内のありさまが見られた。 それは異様な光景だった。かの機械人間が、仏壇の方へ前かがみになって、何かしているのだった。壇の上には青白い人間のようなものが横たわっていた。棺桶は片隅(かたすみ)によせられ、蓋(ふた)があいているようであった。それから小一時間のちのこと、ぱっと電灯がついた。ゆれる電灯の灯影(ほかげ)にうつったものは、世にも奇妙な光景だった。 頭部に、まっ白な繃帯(ほうたい)をぐるぐる巻つけた人間と、黒光りの巨大な機械人間とがからみあっていた。そして両者は、例の破られた窓のところへ近づいたと思うと身軽(みがる)にそれにとびつき、すばやく外へ出てしまったのであった。あとに残るは、あらされたる仏壇と、死体のなくなって空っぽになった棺桶だけであった。火辻軍平の死体は、どこにあるのだろう。まことに奇々怪々(ききかいかい)なる事件!   犯人は何者か 火辻の死体が紛失(ふんしつ)したことは、その夜のうちに知れわたり、さっそくこの怪事件の捜査(そうさ)がはじまったが、その解決はなかなか困難だった。 読者諸君は、この犯人なるものの正体を、だいたい察しておられる。しかし当局にはそれがなかなか分からなかった。 分かっていることは、犯人が大力(だいりき)であることだ。そうでなくては、あの丈夫(じょうぶ)な鉄格子のはいった窓をやぶることはできない。 そのほかに何もはっきりした証拠(しょうこ)はない。犯人の足あとを見つけようと思って、ずいぶん探したのであるけれど、それは発見されなかった。もっとも刑務所内は、どこもかしこも舗装(ほそう)されていて、足あとがつかないようにできていたし、塀の外もまた舗装の道路だから、足あとはのこらなかった。 事務所の高い監視塔(かんしとう)にいつも見張りをしていて、脱獄者(だつごくしゃ)があれば、すぐ見つけるようになっている監視員がいる。この監視員も犯人らしいものが、この事務所から脱出していくところを見かけなかった。 監視員の目にふれないで、脱獄することはできない仕事だ。だから犯人はどうして出てしまったのか。あるいはまだ所内にかくれているのではないかと、念入りの捜査が行われた。 その結果、やっと分かったことは、絞首台の下に、死刑囚の死体がおりてくを地下室があるが、その地下室の板壁(いたかべ)の一部がぶらぶらしており、怪しく思ってその板壁のうしろをのぞいてみたところ、そこは、がらんどうになっていた。つまり狭(せま)い地下道みたいなものがあったのだ。それがどこへつづいているのかと、奥へすすんでいくと、やがて地上へ出た。まっくらな場所であるが、たしかに家の中だ。はいあがってよく見れば、なんのこと、それは農家(のうか)の物置(ものおき)だった。その農家の物置は、刑務所から道路をへだてた場所に建っていた。 この抜け道から、犯人は事務所へ出はいりしたことが分かった。 だが、農家でも、こんな抜け道がいつ掘られたのか、だれも知らなかった。それはほんとうと思われた。とにかく犯人がうまくこの抜け道を掘ったのであろう。 犯人は、頭のいいやつにちがいない。事務所の内部で、あまり人の立ちいりがはげしくないところをうまく利用したのだ。死刑は毎日あるわけではない。一年に何回しかないのである。犯人は、そこに目をつけたものと思われる。また、地下道にはやわらかい土がむきだしになっていたので、犯人の足あとは、たくさん残っているものと思われたが、調べた結果は、一つも発見することができなかった。犯人は、そこを引きあげるとき、うしろ向きになって、完全に足あとを消していったのだ。 こういうわけで、犯人は何一つ目ぼしい証拠を残していなかった。何も証拠を残していかないということが、犯人の素性(すじょう)を推理するただ一つの手がかりだと思えた。 いやもう一つ、推理のタネがある。それは火辻の死体を盗んでいったのはなぜかという疑問だ。火辻の遺族の者であろうか。それとも、遺族ではなく、あの火辻の死体が入用であるために盗んだのか。 このことは、すぐには結論をきめるわけにいかなかった。死刑囚火辻軍平の身のまわりをひろく調べあげたうえでなくては分からないことであった。係官は、もちろんこの仕事をその日からはじめた。だがこれは、日数のかかる大仕事であった。 そこで、今のところ、この犯罪事件についてすぐ手をくだす必要がある捜査は、火辻の死体を探しだすこと、犯人らしい怪しい者を見つけることだった。 ところが、紛失した火辻の死体は、どこへ持っていったのか、いつまでたっても発見されなかった。また、手とか足とか、その死体の一部分さえ、どこからも見いだすことができなかったのである。「どうしているかなあ、このごろの警察は……。迷宮入(めいきゅうい)り事件ばかりじゃないか」 町では、警察の無能(むのう)を非難(ひなん)する声が、日ましにふえて来た。 戸山君たち五少年も残念がって、土曜日や日曜日になると、警視庁へ様子を聞きにいった。少年たちは、ダムこわしの機械人間の行方を早くつきとめて取りおさえないと、これから先、たいへんな事件が起こるであろうと心配しているのだった。しかし五少年は、火辻の死体紛失事件の方の重要性には、まだ気がついていないようであった。 だが、やがてそのことについて五少年がびっくりさせられる日が近づきつつあるのであった。   帰ってきた博士 死刑囚の死体紛失事件があってから、二カ月ばかりたった後のことである。 三角岳附近(さんかくだけふきん)は、急に秋もふかくなった。附近の山々は、早くも衣がえにうつり、今までの緑一色の着物を、明かるい黄ばんだ色や目のさめるような赤い色でいろどった美しい模様のものに変えはじめた。 そのころのある日。 とつぜん谷博士が、この研究所へ戻って来た。 もちろんこの三角岳の研究所は、すぐる日の大爆発でなかば崩壊(ほうかい)し、それにつづいて怪(あや)しい機械人間のさわぎでもって、この研究所はいよいよ気味のわるい危険なものあつかいされ、村人たちもだれ一人ここには近づかず、雨風にさらされ、荒れるにまかされていたのであった。 ただ、この方面の登山者たちの目に、谷研究所の半崩壊の塔(とう)が、怪しくうつらないではすまなかった。「あのすごい塔は、どうしたんだね」「へえ、あれは谷博士さまの研究所でございましたがね。なんでも雷(かみなり)さまを塔の上へ呼ぶちゅう無茶(むちゃ)な実験をなさっているうちに、ほんとに雷さまががらがらぴしゃんと落ちて、天にとどくような火柱(ひばしら)が立ちましたでな、それをまあ、ようやく消しとめて、あれだけ塔の形が残ったでがす。博士さまの方は、目が見えなくなって、それから後はどうなったことやら。おっ死んでしまったといううわさもあるが、いやはやとんでもねえことで、そもそも雷さまなんかにかかりあうのが、まちがいのもとでがす」 山の案内人は、こんなふうに説明するのであった。「それはすごい話だ。時間があれば、ちょっとよって見物したいが、あいにく行く余裕がない。せめてあのすごい塔を、カメラへおさめていこう」 と、写真機を塔へ向ける。「よし、君が写真をとるあいだ、ぼくは、双眼鏡(そうがんきょう)でちょっくら見物しよう」 一人は八倍の双眼鏡を目にあてて、塔に焦点(しょうてん)をあわせる。「ほほう、双眼鏡で見ると、いよいよすごい塔だ。……おや、あの塔にだれかいるね。人間がひとり、塔の中を歩いているよ」 双眼鏡の男が、そういう。すると案内人がぴくんと肩をふるわせた。「だんな、ほんとうですかい。ほんとに人間があの塔の中にいますか」「いるとも。ちゃんと見える」「はて、何者かしらん。このあたりの衆(しゅう)はだれひとり近づかないはず。だんな、その人はどんな姿をしていますか」「ちゃんと服を着ているよ。頭のところに白い布で鉢巻(はちま)きをしている。鉢巻きではなくて繃帯(ほうたい)かもしれんが……。ちょいと君、これで見てごらん」 そこで案内人は、双眼鏡を貸してもらって目にあてた。ようやく視野(しや)に、その疑問の人物がはいって来た。「やあ、あれは谷博士さまだ。博士さまは、ご無事だったのけえ」「幽霊(ゆうれい)かもしれんよ」「待った、だんな。このお山の中で幽霊なんていっちゃならねえ。お山が、けがれますからね」「でも、君が塔の中の人を見て、あまりふしぎがっているからさ」「いや、博士さまにまちがいはねえ。これは土産ばなしができたわ」 たしかにその人物は、ほんとに生きている人間であって、幽霊ではなかった。 谷博士さまが研究所の中を歩いていなさった――というニュースは、たちまちそのあたりの村々へ伝わった。「博士さまは、これからどうするつもりかの」「金になるものは売って金にかえ、三角岳から引きあげるのじゃなかろうか。あんなにこわれては、直しようもないからねえ」「もう、それに、こんどというこんどは、雷さまの天罰(てんばつ)にこりなさったろう」 村人たちがそんなうわさをしているとき、谷博士が村へひょっくり姿をあらわしたので、みんなびっくり仰天(ぎょうてん)。「みなさん、しばらくごぶさたをしました。あのときはたいへん心配をかけて、すまんことじゃった。こんどは一つみなさんにお礼をしたいと思って、研究所へ帰って来ましたから、どうぞよろしく」 博士は繃帯を巻いている頭をさげた。「まあまあ、博士さま、なにをおっしゃいます。そんなごていねいな挨拶(あいさつ)じゃ、みんなおそれいります。あのときは大してお役にもたてず、すみませんでした」「いや、それどころじゃない。えらいことみなさんにごめいわくをかけました。ところでこんどわしは雷(らい)を使う研究はぷっつりやめて、あの研究所からべんりな機械を製造しますわい。そこで職工(しょっこう)さんを二十名と雑役(ざつえき)さんを十名雇(やと)いたいのじゃ。給料は思いきって出しますから、希望の人は、どんどんわしのところへ申しでてくだされ。その製造事業がさかんになると、しぜんこのへんの村々へも大きな金が流れこむことになりますわい。ぜひとも力を貸してくだされや」 博士は、そういって、みんなに協力を頼んだ。   機械人間(ロボット)の生産 博士が、こんど製造工場を起こすについて人を雇うからどうぞ来てくださいと頼んだのは、一カ村ではなく、そのあたり四里四方の全部の村々であった。 昔の博士を知っている者の中には、めんくらった者がすくなくない。というのは、博士はその昔、研究所長として、はなはだ横柄(おうへい)であった。たまに博士と行きあって、こっちからあいさつの声をかけても、博士はじろりと、けわしい目を一度だけ相手に向けるだけで、礼をかえしもしなかった。 じろりと見られるのは、まだいい方で時には博士はまったく知らぬ顔で行きすぎることさえあった。だから村人は、博士のえらいことを尊敬していても、博士をしたう心を持つ者はいなかった。 学者という者は、こんなにごうまんなものであって、農夫(のうふ)や炭焼(すみや)きなどを相手にしないものだと、昔からのいいつたえで、そう思っていたのだ。 ところが、こんど博士は、いやに腰がひくくなった。だから、昔を知っている者たちはおどろいたのである。おどろいて、顔を見あわせた。ものはいわなかったけれど、目つきでもって、村人はおたがいにいいたいことを察(さっ)した。(博士さまは、えらくかわったでねえか。えらく腰がひくくなっただ)(ほんに、そのことだ。どうしたわけだんべ)(ああ、分かった。このまえ、ほら、あの研究所の塔(とう)さ、雷(かみなり)さまのためにぶっこわされてから、心がけがすっかりかわって、やさしくなったんだろう) 村人は、そのくらいのことを考え、その先を考えなかった。なぜ博士が急にこう物腰(ものごし)がひくくなったかについて、もっと深く考えることをしなかったのだ。素朴(そぼく)な村人たちは、博士が自分たちを友だちのように、したしげに話しかけてくれることにたいへん満足をおぼえた。そのうえに、こんど博士が、大きな金もうけをさせてくれるといったのにたいし、好感(こうかん)をよせたのだ。村人は、博士をとりまいて、遠慮(えんりょ)のない話をとりかわした。「博士さまは、この夏の爆発のとき、目が見えなくなったちゅうこんだが、今はどうでがす。よく見えなさるかの」 博士は、ぎくりとして、両手で自分の両眼をおさえた。「おお、そのことだ。……いや、心配をかけたが、わしの目も今はすっかり直(なお)って、よく見えるようになった。安心してください」「それはけっこうなこと。目が不自由だと、一番つらいからの」「そうじゃ、そうじゃ」 博士はうなずいた。「博士さまの、その頭の鉢巻(はちま)きは、どうしたのけえ」「作十(さくじゅう)よ。おまえ、ものを知らねえな。博士さまが頭に巻いているのは鉢巻きではない。あれは繃帯(ほうたい)ちゅうものだ」「繃帯ぐらい、わしは知っているよ。繃帯のことを略(りゃく)して鉢巻きというんじゃ」「強情(ごうじょう)だの、おまえは」「博士さま、その頭の繃帯は、どうしなすったのじゃ」 それにたいして、博士は次のように答えた。「この繃帯は、じつは悪性の腫物(はれもの)ができたので、そこへ膏薬(こうやく)をつけて、この繃帯で巻いているのです。悪いおできのことだから、いつまでも直らなくて、わしも困っていますわい」「そんなところへできるできものは、ほんとにたちがよくないから、くれぐれも気をつけなされや。そうだ。ふもと村の慈行院(じぎょういん)へいって、お灸(きゅう)をすえてもらうと、きっと直る」「うんにゃ、それよりも鎮守(ちんじゅ)さまのうしろに住んでいる巫女(みこ)の大多羅尊(だいだらそん)さまに頼んで、博士さまについている神様をよびだして、その神様に“早う、おできを直すよう、とりはからえ”と頼んでもらう方が、仕事が早いよ」「いや、みなさんのご親切はうれしいが、わしは十分の手あてをしているから、ご心配はいらん。それでは、雇人(やといにん)のことを頼みまするぞ」 そういって博士は、帰っていった。 博士の希望したとおりの雇人の人数は、まもなくそろった。「わしは職工(しょっこう)の仕事なんか、生まれてはじめてじゃが、それでも雇ってくれるかな」「わしも職工というがらではないが、ええのかね」「いや、けっこう。みなさん、けっこう。みんな雇います」 博士は、まず塔の壁を修理し、雨のはいらないようにした。それから地下室から、いろいろな工作機械るいを上へはこばせて、仕事のしよいように並べた。 それから素人職工(しろうとしょっこう)たちにたいし、博士は工作機械の使いかたをおしえた。 山の中の、まったく素人の農夫や炭焼きだった人たちが、博士の指導によって短い期間のうちにびっくりするほどりっぱな職工になった。「うれしいなあ。わしは、こんなりっぱな機械を使いこなせるようになった」「わしもうれしいよ。とにかくふしぎな気がする。わしは生まれつき不器用(ぶきよう)で、死んだ父親からさんざんと叱(しか)られたもんじゃったがのう」「なんだかしらんが、なにかがわしにのりうつって、うまく作業をこなしていってくれるような気がしてならん。わしの力だけとは、どうしても思われんな」「おれも、そういう気がする」「ばかをいえ。そんなことがあってたまるか。やっぱりおれたちの技術者としての腕があったんだ」 この会話の中には、なぞのことばが、ところどころ頭を出していた。そのなぞが持つ秘密が、やがてとける日が来たとき、この素人職工たちはびっくり仰天(ぎょうてん)しなくてはならなかった。 それはとにかく、谷博士が新しくつくったこの山の中の製造工場からは、まもなくりっぱな製品がどんどん出るようになった。その製品は、なんであっただろうか。 それは機械人間(ロボット)であった。「仕事をやらせるにべんりな機械人間をお買いなさい。畑の仕事でも、遠いところからの水くみでも、なんでもやります。しかも、人間の十人分は働きます。一台わずか五千円。二百円ずつの月賦販売(げっぷはんばい)も取りあつかいます。一週間のためし使用は無料です。三角じるしの機械人間工場」 こんな文句からはじまって、美しい絵ときをしてあるポスターが、ほうぼうの町や村にくばられた。 一週間ただで、ためしに使用してもよろしいと書いてあるので、それを申しこむ者がどの村でも一人や二人はあった。 申しこむと、機械人間工場(ロボットこうじょう)から、すぐさま機械人間がとどけられてきた。工場からは販売員がついて来て、使いかたをおしえる。そこで使ってみると、なかなかべんりでもあり、また人間の十倍も仕事をする。これはいいということになって、一度ためした人は、みんな機械人間を買う。 買えば、近所の人がめずらしがって、それを見物に集まってくる。なるほど、これは重宝(ちょうほう)だというので、こんどは何人もたくさん名まえをつらねて「買います」と申しこむ。 そんなわけで、谷博士の製造工場の経営は大あたりであった。 そのために、あたりの村や町の人は、博士さまをたいへんありがたく思い、もう昔のような悪口をいう者なんかいなかった。   怪(あや)しい谷博士 さて、ある日のこと。 ある日といっても、それは、日曜日の次の月曜日が祭日(さいじつ)で、土曜日の午後から数えると、二日半の休みがとれる日の、その日曜日のことだった。 秋の山をぜひ登ろうというので、例の戸山君、羽黒君、井上君ほか二名の、仲よし五人少年が三角岳(さんかくだけ)の方へのぼって来たのであった。 のぼる道々で、少年たちは、谷博士の経営している三角じるし機械人間工場のポスターを見た。博士の名まえは、はいっていなかったけれど、製品は機械人間だというし、それにその工場のあるところが、三角岳だということなので、少年たちは深い興味をわかした。「すると、谷博士の研究所あとで、だれかあんな工場をはじめたと見えるね」「博士は知っていられるのだろうか」「さあ、知らないだろうね。もっとも、知らせるといっても、博士はあれ以来、ずっと面会謝絶(めんかいしゃぜつ)で、意識がはっきりしないということだから、知らせようがないわけだね」「だれが経営しているんだろうか。まさか、例の機械人間の形をした怪物がやっているのではなかろうか」「そんなことはないだろう。だって、もしそんなことがあったら、大評判になるから、東京へもすぐ知れるよ」「とにかく、あの研究所を利用することを考えたところは、なかなか頭がいいや」 少年たちは、こんなことを話しながら、山を登っていった。 やがて少年たちの目にうつったのは、例の修理された塔であった。すっかりきれいになっている。そして大ぜいの人が出はいりし、トラックもひんぱんに、りっぱになった道路を走って、工場の製品をはこんでいる。 少年たちは、門の前まで来ると、真空管(しんくうかん)の中へ吸いこまれるように、塔の中へつかつかとはいっていった。「あ、あそこに谷博士がいるよ」「どこに。ああ、あれか。なるほど、谷博士さんそっくりだ。しかしおかしいぞ。博士は重病(じゅうびょう)なんだから、こんなところにいるわけはない。だれかにたずねてみよう」 戸山少年がそばを通りかかった職工(しょっこう)のひとりをよびとめて、たずねてみると、「あれがこの工場主の谷博士ですよ」 と答えたから、少年たちは、あッとおどろいた。 そのおどろきの声が、博士に聞こえたらしく、博士はきつい顔になって、ずかずかと少年たちの方へやって来た。「君たちは、こんなところでなにをさわいでいます」 そこで戸山が出て、「谷博士に目にかかりたいと思って来たのですが、博士はどこにいらっしゃいますか」 というと、「谷博士は、わしです」「いいえ、あなたではない」「わしが自分で谷だといっているのに、なにをうたがいますか」「それなら申しますが、谷博士は、目をわるくして、今も病院で目を繃帯(ほうたい)し、まったくなにも見えないのです。あなたは、谷博士に似ているが、目はよくお見えになるようです。すると、あなたはほんとうの谷博士ではないということになりますねえ」「あっはっはっは。なにをいうか、君たち。なにも知らないくせに。まあ、こっちへ来たまえ」「いやです。おい、みんな早く、外へ出よう」 戸山のことばに、少年たちはすばやく博士ののばす手の下をくぐり、塔から外へとびだした。そして足のつづくかぎりどんどん走って、山をおりた。 一軒の警官の家の前へ出ると、その中へとびこんだ。「たいへんです。大事件なんですから。東京の警視庁へ電話をかけてください」「だめだねえ。この電話は、一週間まえから故障で、どこへも通じないんじゃよ」「ちぇッ。しょうがないなあ」 少年たちは、そこをあきらめて、またふもとの方へ走った。そして東京への電話の通ずる家を探したが、なかなか思うようにいかなかった。 少年たちが目的を達して、警視庁と話のできたのは、その翌朝(よくちょう)のことだった。「せっかく知らせてくれたが、おしいことに、まにあわなかったねえ」 と、電話口に出た捜査課長(そうさかちょう)はいった。「どうしたんですか。まにあわなかったとは」「というわけは、きのうの真夜中のことだが、雷鳴(らいめい)の最中に柿(かき)ガ岡病院(おかびょういん)に怪人がしのびこんで、谷博士の病室をうちやぶり、博士を連れて、逃げてしまったのだ。追いかけたが、姿を見うしなったそうだ。こっちは、その報告をうけて、すぐに手配をしたが、今もって犯人もつかまらなければ、谷博士も発見されない。困ったことになってしまったよ」 これを聞いて少年たちは、色を失った。 博士の保護(ほご)を頼もうとしたのに、それはまにあわず、博士は何者にか連れさられたというのだ、怪また怪。   怪漢(かいかん)の正体 盲目の谷博士を、柿ガ岡病院から連れだしたのは、超人間(ちょうにんげん)X号のしわざであった。連れだしたというよりも、X号が谷博士を病院からさらっていったという方が正しいであろう。 なぜ、そんなことをしたか? X号は、自分をまもるために、そうすることが必要だった。つまり戸山君などの五少年のために、にせの谷博士であることを見やぶられてしまった今日(こんにち)、あいかわらず博士が柿ガ岡病院にいたのでは、X号は三角岳研究所で大きな顔をして、もうけ仕事をつづけていられない。 だから、彼は谷博士をさらって、博士の行方を、わからないようにしてしまったのだ。それが第一段だった。さらった博士は、彼が肩にかついで、三角岳研究所へ連れこんだ。そしてこの研究所の一番下の地階(ちかい)へおしこめてしまった。この地階は、かねて谷博士が、だれにもじゃまをされないように、秘密に作ったもので、実験室も特別にこしらえてあり、居間や寝室(しんしつ)や料理をつくるところや、浴室(よくしつ)なんかも、ちゃんとできていて、この最地階だけでも、不自由なく実験をしたり起きふしができるようになっていた。しかもこの最地階へおりる入口は、極秘(ごくひ)中の極秘になっていて、博士以外の者には分からないはずだった。 それは、その一階上にある図書室の奥の外国の学術雑誌の合本を入れてある本棚を、開き戸をあけるように前へ引くと、その本棚のうしろは壁をくりぬいてあって、そこには地階へおりる階段が見える、これが秘密通路(ひみつつうろ)だった。 谷博士だけしか知らないこの秘密通路をX号はちゃんと知っていた。なにしろX号はなかなかするどい観察力を持っていたから、いつのまにか、この秘密通路や、その下にある秘密の部屋部屋を見つけてしまったのであろう。 X号は博士の世話を、ほかの者にはさせず、みんな自分がした。 博士は、病院から連れだされるとまもなく、この誘拐者(ゆうかいしゃ)がX号であることを知って、おどろいた。 博士は、それ以来、X号にさからわないようにつとめた。また、なるべく口をきかないことにきめた。X号は博士がこしらえたものであるから、博士はX号の性格についてよく知っていた。智力(ちりょく)の点ではX号は人間以上である。いわゆる「超人(ちょうじん)」だった。そのかわり、人間らしい愛とか人情にはかけていた。それがおそろしいのである。博士は、X号のために、これからどんな目にあわされるかと、大危険を感じているのだった。 目の不自由な博士のことであるから、こうしてX号と同居していて、自分の身をまもることに大骨(おおぼね)が折れた。だが忍耐(にんたい)づよい博士は、そのあいだにも、X号が何を考え、何を計画しているか、それを知ろうとして、目が見えないながらも、しょっちゅう気をくばっていた。 博士は、ある日、この研究所の建物の中で急にさわがしい声がし、多くの足音が入りみだれ、階段をかけあがったり、器物が大きな音をたてて、こわれたりするのを耳にした。 そのときは、博士のそばにX号がいなかったが、やがてX号は、ぜいぜい息を切って博士のそばへもどってきた。「ああ、苦しい。せっかく死刑囚のからだを手に入れてこうして使っているが、このからだは悪い病気にかかっていて、心臓も悪いし、腎臓(じんぞう)もいけないし、いろいろ悪いところだらけだ。これじゃあ思うように活動ができやしない。ああ、苦しい」 X号は腹を立てて、寝椅子(ねいす)の上にころがり、ふうふうぶつぶついうのだった。 博士は、隅(すみ)っこの破れ椅子に腰をうずめ、息をひそめて、X号のつぶやきに聞き耳をたてている。「きっとやって来るだろうと思ったが、やっぱりやって来やがった」と、X号はひとりごとをつづける。「このあいだのちんぴら少年どもが、警察に知らしたのにちがいない。あの少年どもはうるさいやつらだ、早くかたづけてしまいたい。おれをにせものだといっぺんで見やぶりやがった」 X号はぷりぷり怒っている。 遠くで、自動車のエンジンをかける音がした。つづいて警笛(けいてき)がしきりに鳴る。「ははあ、とうとう警察のやつらは、捜査をあきらめて引きあげていくな。ばかな連中だ。ここに最地階があるとは知らないで、引きあげていくぞ、もっとも、やつらも手こずったことだろう。ようやく研究所の中へおし入ってみると、いるのは金属で作った機械人間(ロボット)ばかりで、ふつうの人間はひとりもいない。何をきいても、『私は知りません』の返事ばかり。ははは、困ったろう」 三角岳の研究所に谷博士と名のる、にせ者がいて、怪(あや)しい工場をつくっていることを、五人の少年たちが東京の検察庁へ知らせたので、警官隊がここへ乗りこんできたわけである。ところが、中にはたくさんの機械人間ががんばっていて、警官隊を中に入れまいとした。そこで衝突が起こった。 だが引きさがるような警官隊ではない。ついに、すきを見つけて、そこからはいってきたのだ。それから家(や)さがしをして、この建物のあらゆるところを調べてまわった。ところが、にせ博士の超人間X号を発見することはできなかった。またその所在もわからなかった。 ひょっとしたら、誘拐された谷博士がここにいるのではないかと、それも気をつけて調べたのであるが、博士の姿もなかった。 そして事実は、さっきのX号のひとりごとでお分かりのとおり、X号も博士も最地階にひそんでいたのである。 警官隊は、小人数の見張(みは)りの者をのこして、あとはみんな、ふもとの町へ引きあげていった。   X号の新計画(しんけいかく)「はっはっはっ、みんなあきらめて帰ってしまった。そのうちに、見張りのやつらも引きあげていくだろう」 X号は、窓から外をのぞいていて、あざ笑った。 それはいいが、X号の方にも、重大な問題があった。それは、また、いつ警官隊がおしかけてくるかも知れず、うるさくてしようがない。そしてこんな死刑囚火辻軍平(ひつじぐんぺい)の病気だらけのからだを借りていると、いつ頓死(とんし)するか知れたものではないし、そうかといって、まただれかのからだを手に入れ、その中にはいったとしても、また追いかけられるにきまっている。そこで彼は、そういうことの絶対にないからだを手に入れるとともに、そのからだでいれば世の中へ顔を出しても、絶対に怪しまれず、疑われずにすむものでなくてはならないと考えた。なお、そのうえにお金がどんどんもうかって、思うように仕事ができ、そして不自由のない生活ができることが、必要だ。 これだけの条件を満足させるには、いったいどうしたらいいだろうか。 頭脳のいいX号のことだから、半日ばかり考えると、一つの案ができた。 それはどんなことかというと、人造人間(じんぞうにんげん)をつくることである。 ここでいう人造人間とは、機械人間のことではない。機械人間は、外がわも、中も主として金属でできているが、人造人間というのは、人造肉、人造骨などを集めて組みあわせ、その上に人造皮膚(ひふ)をかぶせ、だれが見ても生きているほんものの人間と、すこしもちがわないからだをしているものをいうのだ。 もちろん、そのからだの中にかくれている内臓(ないぞう)のあるものや、神経系統(しんけいけいとう)のものなどは金属で作ってもいいのだ。外から見て、へんだなと気づかれなければいいのだから。「よし、それを作ることにしよう」 なにしろ、この研究所では、谷博士が長年にわたって、人造皮膚や人造肉や人造骨の製作を研究して成功し、それからさらに研究は深くなって人造細胞(さいぼう)を作りあげた。また、人造神経系統を作ることにも成功した。それからそれらをまとめて人造脳髄(のうずい)ができたのだ。そして最後に谷博士独特の新製品であるところの、いわゆる「電臓(でんぞう)」が完成されたのだ。そしてX号の正体こそ、その「電臓」にほかならないのである。そういうわけだから、この研究所にある設備を利用すれば、人造人間をこしらえることはそんなにむずかしくないはずである。 X号はまず手はじめに、試験的に二つの人造人間をこしらえることにした。甲号は男体(だんたい)であり、乙号は女体(にょたい)に作りあげることになった。 仕事は、さっそくはじめられた。谷博士の研究ノートを見、そして番号をひきあわせてその器械器具を出して動かしてみれば、人造人間製作のやりかたは、だんだん分かって来るのだった。X号はこの仕事にかかるとき、谷博士に手つだえと命令したが、博士は首をふって、頑強(がんきょう)にこばんだ。それでX号はやむなく彼ひとりで仕事をはじめたのであった。 その仕事は一週間かかった。 X号としては、ずいぶんの時日がかかったように思ったが、もし人間がすると、それが谷博士であっても、すくなくともその三倍の日数がかかったことであろう。 とにかく、二体の人造人間ができあがった。いや、できあがったというには、まだ早い。人造人間の形だけができあがったという方が正しいであろう。 男の方は四十歳ぐらいの、肩はばのひろいりっぱな体格の人間だった。女の方は、十六七歳の少女だった。 そこまではうまくいったが、その先の仕事にX号は困って、さじをなげだした。すなわち、人造人間は、形だけは本物の人間とちがわないくらいにみごとにできあがったのであるが、それは死んだようになっていて、呼吸もしなければ、目も動かさず、もちろん歩きもしなかった。「これは困った。その先のことは、谷博士の研究ノートにも、あまりくわしく書いてないんだから、いよいよ困った」 困ったままで、おいておくことはできない。そこでX号は最地階に監禁してある谷博士の前へやって来て、その問題をくわしく話をし、それから先どうすればよいかについて博士に教えを乞(こ)うた。 X号の方で頭をさげんばかりにして博士に頼んだのであるから、それを見てもX号がよほど困ったことが分かる。「わしは、いやだ」 やつれはてた博士は、頑強にこばんだ。 X号は博士を一撃(いちげき)のもとにたたき殺そうとして拳(こぶし)をふりあげた。が、そのときひどい神経痛(しんけいつう)のようなものがX号の右半身に起こったので、腕がしびれて動かなくなった。 博士は、あぶないところで、難(なん)をまぬかれた。 神経痛がおさまるころには、X号は気もしずまって、別のことを考えだした。「そうだ。博士の知識を脳波受信機(のうはじゅしんき)で引きぬいてやろう」 脳波受信機というのは、人間の頭の中にあることを知る機械だ。これも谷博士が完成して地階の器械置場(きかいおきば)に備えつけてある。 この器械の原理は、人間の脳髄が考えごとをはじめると、脳波と名づける一種の電波が出てくるから、それを受信するのである。受信した脳波は増幅(ぞうふく)して別の人間の脳髄の中に入れる。するとはじめの人間が考えていることが、第二の人間の脳髄に反映して分かるのである。その反映したことがらを第二の人間にしゃべらせることもできるし、書きとらせることもできる。 X号は、これを使うことを決心したのであった。ただし、これをするには、一人の人間がいる。生きた人間を見つけてこなくてはならない。それをどうするか。 X号は、そこでちょっと行きづまって、椅子(いす)を立ちあがると窓のところへ行った。 窓から外を見ると、研究所の塀(へい)のかげにひとりの怪しい男が身をひそめて、しきりにこっちをうかがっているのを発見した。それは今回の事件のために命令をうけて、この研究所を監視している山形(やまがた)警部の私服姿(しふくすがた)であった。「あの男を連れてこよう。すぐ手近に見つかったのは、ありがたい」 X号は、機械人間たちを呼びだして、山形警部逮捕(たいほ)の命令を出した。 警部は、かんたんに逮捕せられた。機械人間の大力と快速にあってはかなわない。   神を恐れぬ者 山形警部は、失心状態(しっしんじょうたい)になったままX号の前へ連れてこられた。 X号は警部を生きかえらせた。 警部はわれにかえった。そして目の前に怪しい人物を見たので、「あっ、君はだれか」 と、叫んだ。「わしか。わしは君が探している者だよ」 X号は、顔をぬっと前につきだした。彼の頭部にある手術のあとのみにくい縫目(ぬいめ)が、警部をふるえあがらせた。「ややッ、君は死刑囚の火辻軍平だな」「正確にいうと、それはちがうんだがね」 と、X号はつい興(きょう)に乗ってからかい半分、そういった。「火辻のからだを借りている者さ。よくおぼえておくがいい。わしはX号だよ。谷博士がわしを作ったのだ。超人間のX号さ。うわははは」「ええッ、X号は君か」「おどろいたか。よく顔を見て、おぼえておくがいい」「うぬ。そのうちにきっと君を捕縛(ほばく)してみせるぞ」「それは成功しないから、よしたがいい。とにかく、それでは早く仕事にかかろう。君とはもう口をきかないことにする」「早く、私のからだを自由にせよ。君には、私を捕(と)らえる権限(けんげん)がないじゃないか」「そのうちに、君を自由にしてやるよ。当分(とうぶん)ここにいて、わしの仕事に協力してもらうのだ」「いやだ。X号の仕事のお手つだいをさせられてたまるものか」「吠(ほ)えるのはよしたほうがいいよ。わしは、だれがなんといおうと、計画したことはやりとげるのだ」 X号は、それからのちは山形警部の怒号(どごう)にはとりあわなかった。彼は仕事にかかった。彼は、機械人間に命じて、山形警部をおさえつけ、その頭に脳波受信機(のうはじゅしんき)の出力回路(しゅつりょくかいろ)を装置してある冠(かんむり)をかぶせた。そして警部を大きな脳波受信機の函(はこ)の中へ押しこんで、ぱたんと蓋(ふた)をした。警部は冠をかぶせられたときから後は、別人のようにおとなしくなってしまった。それは彼が麻痺状態(まひじょうたい)に陥(おちい)ったがためであった。彼は、もう自分で考えることもしゃべることもできず、一個の機械とかわらぬ生体(せいたい)となってしまったのである。「よしよし、それでその方はよし。こんどは博士の方にかかろう。ちょっと手ごわいかもしれないが、なあに、やっつけてしまうぞ」 X号は、機械人間に命じて、谷博士をこの実験室に引っぱって来させた。博士は、目は見えないながら、危険を感じて、しきりに抵抗した。しかし、やつれきった博士が、機械人間に勝つはずはない。ついに博士はX号が持ちだした椅子にしばりつけられ、そして脳波受信機の収波冠(しゅうはかん)を頭にしっかりと鉢巻(はちま)きのようにかぶせられた。博士はそれをふり落とそうと、しきりに頭を振ったが、それは空(むな)しい努力であった。収波をあつめる収波冠は、博士の頭部にくいついたように、しっかり取りついていて、はなれなかった。 それからX号は、みずから長い電線を引っぱり収波受信機の接続を一つ一つ仕上げていった。「これでいい。これでわしの知りたいことは、みんな分かるのだ。さあ、それでは谷博士に質問をはじめるかな」 そこでX号は、谷博士に質問をはじめた。「こういう問題がある。この研究所の機械を使い、谷博士の研究ノートの示すとおりにして、人造人間を作りあげた。ところがその人間は眠ったようになって、目がさめないのだ、どこに欠点があるか、それを考えなさい」 と、X号は椅子にしばりつけた谷博士に向かってたずねた。 すると谷博士は、口をかたく結んで、それは絶対に答えないぞという態度(たいど)を示した。しかるに、そのとき、山形警部の押しこめられている函の、上部についている高声器から、はっきりした声がとびだした。「それには二つの欠陥(けっかん)がある。一つは、研究ノートにまだくわしく書きいれてないが、その人造人間に高圧電気で電撃(でんげき)をあたえることが必要なのだ。それがために、この研究所には百万ボルトの高圧変圧器(こうあつへんあつき)があるが、百万ボルトでは十分効果をあげない場合がある。もっともいい方法は、落雷(らくらい)の高圧電気を利用することだ。しかしいつでも雷雲(らいうん)が近くにあるわけではないから、おいそれとすぐにはまにあわない場合がある。もう一つの欠点は、人造人間の脳髄を作る研究がなかなかむずかしいことだ。百個作っても五個しか成功しない。だからむしろほんとうの人間の脳髄を移植(いしょく)する方がらくである。おそらくこんど造った人造人間の脳も失敗作なのであろう」 谷博士の頭の中に浮かんだ考えが、そのまま山形警部の声になって、部屋中にひびきわたった。 X号はよろこんだ。谷博士は、くやしがって歯がみをし、身もだえして、椅子をがたがたいわせた。 そんなことで、X号は手をひかえるようなことはなかった。つぎの質問に移っていった。 すると博士の頭の中に浮かんだ回答が、山形警部の声で出て来た。こんなことを繰(く)りかえしたものだから、博士はついに悶絶(もんぜつ)してしまった。「ははは、弱いやつだ」 X号は笑って、脳波受信の実験を一時中止することにした。 しかしさしあたり、彼が知りたいと思っていたことは、知ることができたので、こんどは、例の死んだようになっている人造人体を生かす実験にとりかかった。 彼は男性人造人間の頭蓋(ずがい)をひらいて、その中につめてあった人造脳髄を切開(せっかい)して取りだした。「きれいなんだが、やっぱりこれではだめなのか」 彼は、それをガラス器に入れて、棚(たな)の上においた。 それから彼は、函の中から山形警部を引っぱりだすと、まるで魚を料理するように警部の頭蓋をひらいてその脳髄を取りだし、急いでそれを人造人間の頭の中に押しこんだ。そして手ぎわよく頭蓋を縫(ぬ)ってしまった。このへんの手術の手ぎわはじつにみごとなものだ。「それから高圧電気で、電撃を加えるのだ」 山形警部の脳を移植した人造人間のからだは電圧電気室にはこび入れられた。 百万ボルトの高圧変圧器のスイッチは入れられ、おそろしい火花が飛んだ。 電撃が、人造人間の上に加えられたが、その結果は失敗だった。どういうわけか、その途中で、人造人間のからだが、ぷすぷす燃えだした。強い電流が、人造人間のからだの一部に流れたためであった。「これはいけない。困ったぞ、困ったぞ。どうすればいいか」 X号は、しばらくうなっていたが、そのうちに心がきまった。彼は、一部分黒々と焼けた男性の人造人体を電撃台から引きおろすと、電気メスを手にとって頭蓋をひらき、さっき移植した山形警部の脳髄を取りだした。そしてそれを持って、大急ぎで、もう一つの女体の人造人間のところへ走った。 彼は、非常な速さでもって、今引っぱりだして来た警部の脳髄を女体の人造人間の頭蓋の中へ移植した。そしてほっと一息ついた。「こんどは、うまくやりたいものだ」 ふたたび電撃が行われた。 そのあいだ、さすがのX号も、深刻(しんこく)な顔つきになって今にも脳貧血(のうひんけつ)を起こしそうになった。が、こんどは、女体からは黒い煙もあがらず、その電撃操作(でんげきそうさ)は成功し、女体はかすかに目をひらいて、台の上で動きはじめた。「しめた。こんどは成功したらしい」 X号は、大よろこびで、スイッチをひらくと、電撃台にとびついて、生(せい)を得た女体人造人間を抱きおろした。「よう、みごとだ、みごとだ。もしもしお嬢さん。わしの話が分かるでしょう」「なにが、お嬢さんだ。私は山形警部だ」 と、その女体の人造人間は怒ったような口調(くちょう)で答えた。   娘と警部 さすがの超人間X号も、その日はすっかりくたびれてしまい、ベッドにもぐりこむと、正体もなく深いねむりに落ちこんだ。 彼は、すこしの心配もなくねむった。というのは、この秘密の最地階のことは外部には知られていないし、またこの最地階からそとへ出ていく出入り口は、彼がしっかり錠(じょう)をおろし、その鍵(かぎ)はだれも気のつかない薬品戸棚(やくひんとだな)の裏にうちつけてある釘(くぎ)へひっかけてあるので、何者もこの最地階から外へ出られないと信じていた。 ところが、その翌朝七時に彼が目をさましてみると、その秘密の出入り口があいているので、びっくりした。錠は、内がわから鍵がさしこまれたまま、みごとにひらかれてあった。「しまった。何者のしわざか」 X号は、おどろくやら、腹をたてるやらで、そこにふたたび錠をかけると、急いで引きかえした。 彼は、実験室の戸をおして、中へはいった。「おお、谷博士は、ちゃんといるぞ」 谷博士は、椅子にしばりつけられたまま、首をがっくり前にたれていた。死んでいるようでもあり、まだ死んではいないようでもあった。とにかく博士がそこに残っているので、X号はまず安心した。 そばによってみると、博士は、心臓が衰弱(すいじゃく)しているようで、脈(みゃく)がわるいが、しかしちゃんと生きていた。X号はよろこんだ。博士はこんこんとねむっているらしい。 もうひとりの人造人間の女の子の姿を、X号は探しまわった。が、これはどの部屋にも見つからなかった。「ふふん、すると、あの人造人間が、錠をあけで逃げだしたとみえる。はてな、最後にあの人造人間を、どう始末(しまつ)しておいたかしら」 X号は記憶を一生けんめいによびおこしてみた。「そうだ。あの少女の姿をした人造人間は、男のような声を出して、あばれだしたんだ。それでおれはあの少女をおさえつけ、綱でぐるぐる巻きにして、組立室の起重機(きじゅうき)につるしておいた。たしかにそうだ」 そのような状態では、少女の人造人間は逃げることができないはず。とにかく組立室へ行ってみれば分かると、X号はそちらへ小走りに走っていった。 そこでは、起重機から、だらりと綱がぶらさがっているだけだった。 少女が逃げたことは、いよいよたしかであった。あのかぼそい身で、このように綱をほどき、それからあの秘密の出入り口の鍵をさがしだして、うまうまと逃げてしまったんだ。なんという、すばしこいやつだろう。「ああ、そうか。あの娘の頭蓋の中に、警官の脳髄(のうずい)をいれたのが、こっちの手落ちだったな。よほど頭のきく警官らしい」 それにちがいない。検察庁(けんさつちょう)の特別捜査隊にその人ありと聞こえた、名警部山形だったから。 少女のからだを持った山形警部は、たいへんなかっこうで、研究所の外にのがれでた。それはやっと夜が明けはなれたばかりの時刻だった。研究所からすこしいったところで、彼は非常線をはっている警官を見つけて、その方へとんでいった。 その警官は、夜明けとともに、眠気(ねむけ)におそわれ、すこしうつらうつらしているところだった。その鼻先へ、とつぜん裸の少女がとびだして来て、わッと抱きつかれたものだから、その警官は、きもをつぶして、その場に尻餅(しりもち)をついた。「おお、足柄(あしがら)君。わしは山形警部だが、大至急そのへんの家から、服を借りて来て、わしに着せてくれ。風邪(かぜ)をひきそうだ。はァくしょん!」 と、少女姿の山形警部は、相手が部下の足柄君であることをたしかめ、うれしくなって、急ぎの仕事を頼んだ。 足柄警官の方は、抱きついた裸の娘が、しゃがれた男の声を出したので、ますますおどろいて、うしろへさがるばかり。山形警部は、ここで、足柄に逃げられてはたいへんと、ますます力を入れて抱きつく。足柄警官はいよいよあわてる。 が、ようやく山形警部が、「君は、この寒い山の中で裸の娘をいつまでも裸でほうっておくのか。それは人道(じんどう)に反するじゃないか。早く服を探してやらないのか」と、人道主義をふりまわしたので、若き人道主義の足柄警官は、ようやくわれにかえって、すぐ前の農家(のうか)から借りてくることを約束した。 こんなことがあって、ようやく山形警部は服にありついた。しかしそれは少女の服であった。その農家の、今は嫁入った娘が、小さいとき着ていた服であった。警部は男の服を借りてもらうつもりだったので、そのことを足柄警官にいった。すると足柄は、山形警部を見おろしてにが笑いをしながらいった。「だって、大人の服は、あなたには大きすぎて、着ても歩けませんよ。ねえ、分かったでしょう、娘さん」 このことばに、山形警部は、うむとうめいてかえすことばを知らなかった。   うそかまことか 足柄警官は、娘にさんざん手をやいて――彼は山形警部が少女姿になったことを、いくど聞いても信じない。――おりから、ちょうど交替(こうたい)の警官が来たのをさいわい、娘をつれ、出張中の捜査本部のある竹柴村(たけしばむら)へおりていった。 知らせを聞いて、奥から氷室検事(ひむろけんじ)がとびだしてきた。この氷室検事は、X号を捜査(そうさ)する警官隊の隊長だった。「やあ、氷室検事、私はこんななさけない姿になってしまいました。同情してください」 みじかい少女服を着た女の子が、いきなり検事にとりすがって、顔に似合わぬ男の声を出したので、検事はびっくりして顔色をかえたが、さすがに隊長の任務の重いことを思いだして、落ちつきをすこしとりもどした。「いいよ、いいよ。ぼくは君に深い同情をしている」 でまかせなことを、氷室検事はのべた。「えッ、同情していてくださいますか。ありがたいです。氷室検事。あなたのほかにはだれもわしを山形警部だと思ってくれないのです」「えッ、なんだと」 検事は、目をパチクリ。 すると少女のうしろから、足柄警官がさかんに手まねでもって、「検事さん、この娘は気が変ですよ」と知らせている。「ふーん、そうか……」 山形の方は、検事がそういったのを、自分をみとめてくれたんだと思いちがいし、泣きつかんばかりに検事にすがりつく。「わしには、さっぱりわけが分からんですが、きのうわしは研究所に近づいて塀(へい)の破れから中を監視(かんし)していますと、いきなり脳天(のうてん)をなぐりつけられたんです。気が遠くなりました。 次に気がついてみると、わしは見たこともない部屋の中に、裸になって寝ていたのです。その部屋には器械がおそろしくたくさん並んでいました。わしはおどろいて起きあがりました。ところがそのときえらいことを発見してびっくり仰天(ぎょうてん)、ぼーッとなってしまいました。なぜといって、わしのからだはいつのまにか少女のからだになっていたんですからねえ……」 と、山形警部は、今これをしんじてもらわねばとうてい救われる時は来ないものと考え、手まねもいれてくどくどと身のうえを説明したのだった。 まわりに、これを聞いていた一同は、いよいよこれは気が変な娘だわい。とほうもない奇怪味(きかいみ)のあるでたらめをいうものだと、あきれてしまった。 氷室検事だけは、心をすこしばかり動かした。この娘はたしかに変に見える。しかし彼女が娘らしくない、がらがら声でしゃべっているのを聞いていると、どこかに山形警部らしい話しかたのひびきもある。また、この娘のいっていることがらは、ほとんど信じられないほど奇怪であるけれど、辻(つじ)つまが合っている。気の変な娘が辻つまの合っている話をするわけはない。すると、この娘は気が変であるといえないことになりはしないか。この答えはすぐに出ない。氷室検事の心は重かった。 そのとき戸山少年が、検事の前へ出て来て、「検事さん。この女のひとがいっていることは、ほんとだと思いますよ。谷博士が、研究所の最地階(さいちかい)は一等重要なところで、だれもいれないことにしていると、ぼくに話したことがありましたが、この女の人のいうことは合っていますよ」 戸山君をはじめ五少年は、捜査隊にしたがって、この竹柴村の本部に寝とまりしていたのである。さっきからのさわぎに、少年たちは寝台をけって起き、奇妙(きみょう)な少女を見物していたのであった。「それは、たしかだろうね」 検事は、するどい目つきで、戸山君を見つめた。「たしかですとも、それから、今この女のひとが話したところによると、その研究所の最地階には、三人の人がいたことが分かります。その三人とは、この女の人と、例の死刑囚火辻に似た怪人、それからもう一人は、目に繃帯(ほうたい)をした谷博士だと、この人はいっているのです。ああ、谷博士は、怪人のために病院から連れだされ、研究所の最地階に幽閉(ゆうへい)され、どんなに苦しめられていることでしょうか。博士が責めころされないまえに、一刻(いっこく)も早く救いだしてください。もちろんぼくたちも一生けんめいお手つだいいたします」「戸山君のいったとおりです。谷博士を早く助けてください」 と、他の少年たちも検事の前に出て並んだ。   月光の下に 五人の少年たちが、熱心に谷博士を救いだすことを検事に頼んだので、氷室検事の決心はようやくきまった。「よろしい。それでは今夜半を期して、研究所の最地階へ忍(しの)びこむことにしよう」 検事は、部下を集めて、手配のことを相談した。 このとき、気が変になった娘と思われていた少女姿の山形警部が、いろいろと研究所内の事情について、よい参考になることをしゃべった。ことに、最地階の出入り口の錠(じょう)のことと、それがその階上のどんなところへつづいているかということ、この二つはたいへん参考になった。(なぜこの娘に山形警部のたましいがのりうつっているのか分からんが……)と警官たちの多くは、そう思った。(しかしとにかく、今しゃべっているのは山形警部のたましいにちがいない) へんてこな気持だった。 でも、会議が進むにつれ、みじかい少女服を着た娘の発言は重視(じゅうし)され、そして彼女はだんだん山形警部としてのあつかいをうけるようになった。 会議が終ると、女体(じょたい)の山形警部は、食事をとってそのあと、ねむいねむいといって、寝床(ねどこ)をとってもらって、その中にもぐりこんだ。 そのあとは、本部の中は、怪少女の話でもちきりだった。若い警官も年をとった警官も、それぞれにいろいろな想像をして、議論をたたかわした。だがはっきりした証拠(しょうこ)は、どこにもないのだ。なにしろ、山形警部は依然(いぜん)として行方不明である。山形警部の肉体は今どこにどうしているのか、それが今も発見されないままなのだ。それが分からない以上、なぜ山形警部のたましいが、あの少女にのりうつったのか、それは解けない謎(なぞ)だった。そして決行の夜が来た。 研究所を見張っている警官隊からは、たえず報告が来る。目下、研究所の地上の各階では、機械人間(ロボット)が働いている。彼らは、研究所の動力や暖房(だんぼう)のことをまちがいなく管理していた。また、機械人間製造の方でも、たくさんの機械人間が働いていた。しかし生産された機械人間は、このところ売れゆきがよくないので、倉庫にたまる一方であった。夕方になると、製造工場はお休みとなる。あとは研究所の日常の生活を担当している機械人間だけが、用のあるときだけ働いている。研究所の灯火(とうか)は、夜のふけるにつれ、不用な部屋の分は一つ一つ消されていき、だんだんさびしさを増すのであった。夜中になって、東の山端(やまはし)から、片われ月がぬっと顔を出した。それを合図にして、氷室検事がひきいる捜査隊は、研究所をめがけて、じりじりと忍びよった。この隊には、五少年も加わっていたし、それからまた、女体の山形警部も、警官に取りまかれて厳重(げんじゅう)に保護されながら、ついてきていた。 ある一つの窓の警報器が故障になっていて、そこをあけてはいれば、研究所をまもっているくろがねの怪物どもを立ちさわがせることなく、忍びいれるという調べがついていた。 一行は、この窓にとりついた。すみきった月光がじゃまではあったが、警報器がならないかぎり、まず心配なしである。氷室検事は外に見張員(みはりいん)をのこすと、残りの者をひきつれて窓から中へすべりこんだ。 そこは一階だった。玄関と奥の中間のところにある窓だった。 それから先の案内は、女体の山形警部にまさる者はなかった。 警部は先に立ち、そのうしろに護衛の警官が三人つづいた。もしもこの怪女がへんな行動をしそうだったら、ただちにとりおさえる手はずになっていた。が、女体の山形警部はわるびれず、奥へすすんだ。そして秘密の出入り口を教えた。 ところがここに困難がひかえているものと予想された。というのは、最地階から山形警部が出てくるときには、この秘密の出入り口の鍵は内がわにあったから、探しだしてすぐ使うことができた。しかし今警官隊は、外がわからはいろうとしている。錠前(じょうまえ)も鍵も向こうがわにあるのだ。どうしたら、錠前や鍵に手がとどくだろうか。それを心配しながら、検事の命令で、警官の一人が、力いっぱい戸をおした。「あッ、開いた」 意外にも、戸は苦もなく開いた。錠がかかっていなかったのである。警官たちはよろこんだ。検事もよろこんだが、反射的に、(これは用心しなければいけない。相手はわなをしかけて待っているのかもしれない)と思った。 一同は、全身の注意力を目と耳にあつめ、足音をしのんで、最地階へはいっていった。警官の手ににぎられたピストルは、じっとりとつめたい汗にうるおっていた。だんだんと奥へ進む。 女体の山形警部が、いよいよどんづまりの場所へ来たことを手まねでしらせた。そして彼女は、声をしのんでいった。「この扉をひらけば実験室だ。そこに博士は椅子にしばられ、怪人はおそろしい顔をして、器械をあやつっているんだ。扉をやぶったら、どっと一せいにとびこむのだ。一度にかかれば、なんとか怪人をとりおさえることができるかもしれん」 警部は、やっぱり怪人の力をおそれていることが分かった。そこで彼女はうしろへさげられた。 運命を決する死の扉か[#「か」は底本では「が」と誤植]、望みかなう扉か、扉に力が加えられた。扉はかるくひらいた。「それッ」と一同はとびこんだ。あッと目を見はるほどの宏大(こうだい)な実験室だった。 その部屋のまん中に、谷博士が椅子に腰をかけている。「あ、谷博士だ!」 警官よりも少年たちが、先に博士の前へとんでいった。意外、また意外。 博士は荒縄(あらなわ)で椅子に厳重にしばりつけられていると思いのほか、博士をしばっているものは見えなかった。博士はしずかに椅子から立ちあがった。「おお、君たちはわしを心配して、とびこんできてくれたのか。うれしいぞ」 博士は少年たちをむかえて、なつかしそうにそういった。
次ページ
ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:184 KB

担当:undef