怪星ガン
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著者名:海野十三 

 この号令が各艇にとどくと、九台の救援艇の全身は光りにかがやいて明かるく巨体をあらわした。つまり艇の外側が、つよい照明によって光りをうけて輝きだしたのである。
 九台の救援艇の編隊群は三つにわかれていたが、このときあざやかに美しくその姿を見せた。各艇の乗組員は、それを見ようとして丸窓のところへ集まり、かわるがわる外をのぞいて僚艇の姿をなつかしがった。
 ああ、もしいま六号艇もこの編隊のなかに姿を見せていたら、どんなにうれしいことだろうかと、ゲーナー少佐をはじめ遭難の六号艇の乗組員だった者は、おなじおもいに胸をいためた。
 それにしてもにくいのは、艇内に時限爆弾を仕掛けていった謎の悪漢(あっかん)だ。きゃつは、どうやら社会事業家ガスコ氏に変装し、松葉杖をつき、緑色のスカーフで顔をかくして、テッド隊長たちをあざむいたのだ。『宇宙の女王(クィーン)』号を助けにゆく救援隊のじゃまするなんて、その悪漢はいったいどんな身柄の人物なのであろうか。
 いま、司令艇のテレビジョンの映写幕のうえには、ギンネコ号のすがたが豆つぶほどの大きさにうつっている。ギンネコ号も、このうちの救援隊のほうへ艇首をむけて走っているのだが、あと一時間しないとそうほうは出会えない。
 映写幕を見あげている人びとの中に、三根夫少年もまじっていた。そばに帆村荘六も、しずかに椅子に腰をおろしていた。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は宇宙採取艇なんですってね」
 三根夫が帆村に話しかけた。
 帆村は、少年のほうへふりむいて、だまってうなずいた。
「その宇宙採取艇というのは、どんなことを仕事にするロケットなんですか」
「ああ、それはね」
 と帆村はひくいが、しっかりした声で甥(おい)のほうへ口を近づけて語りだした。
「この宇宙には、わが地球にない鉱物などをふくんだ星のかけらが無数に浮かんでいるんだ。その星のことを、宇宙塵(うちゅうじん)と呼んでいる学者もあるがね、とにかく名は塵(ちり)でも、わが地球にとってはとうといもので、宇宙に落ちている宝と呼んでもいいほどだ。ギンネコ号のような宇宙採取艇はそういう宇宙塵をひろいあつめるのを仕事にしているロケット艇なんだ。これは商売としてもなかなかいいもうけになるし、われわれ地球人にとっては、たいへん利益をあたえるものなんだ。つまり地球にない資源が、宇宙採取艇のおかげで手にはいるわけだからねえ」
「じゃあ、隕石(いんせき)を拾うのですね」
「いや、隕石だけではない。もっといいものがいく種類もある。なかには、まだわれわれ地球人のぜんぜん知らない物質にめぐりあうこともある。たとえばカロニウムとかガンマリンなどは、地球にないすごい放射能物質で、ともにラジウムの何百万倍の放射能をもっている。こんな貴重な物質がどんどん採取できれば、じつにありがたいからね。それを使って人類はすごい動力を出し、すごいことができる」
「そんなら国営かなんかで、うんと宇宙採取艇をだすといいですね」
「うん。だがね、そういう貴重な宇宙塵は、なかなか、かんたんには手に入らないんだ、何千か何万かの宇宙塵のなかに、ひとかけら探しあてられると、たいへんな幸運なんだからね。宇宙採取艇で乗り出すのは、昔でいうと、金鉱探しやダイヤモンド探しいじょうに、成功する率はすくないんだ。宇宙塵採取やさんは、世界一のごろつき連中だと悪口をいわれるのも、このように貴重な宇宙塵を見つけだすことがたいへんむずかしいからだ。まあ、そんなところで話はおわりさ」
 帆村荘六の説明は、三根夫をかなり、ふあんにおとしいれたようであった。三根夫は、眉(まゆ)をよせていった。
「じゃあ、おじさん、これからぼくたちが出会うことになっているギンネコ号も、やっぱり宇宙のごろつきなんですね。すごい連中が乗組んでいるんですね」
 そういうすごい連中と、こんなさびしい宇宙でであうなんて気持のいいことではないと、三根夫は思ったのだ。
 すると帆村がいった。
「いや、宇宙採取艇のみながみな、ごろつきだというわけではない。それにギンネコ号なら、たぶんこのおじさんの知っている鴨(かも)さんという艇長が乗組んでいるはずで、あの人は、けっしてごろつきではない」
 それを聞いて三根夫は、やっと安心した。


   宇宙のめぐりあい


 はてしれぬ広々とした暗黒の宇宙だ。その宇宙のなかの一点においてめぐりあう二組の宇宙旅行者だった。
 救援艇隊では、テッド隊長の命令によって、各艇の外側に照明をうつくしい七色の虹のような照明にかえた。各艇は輪になって、そのまん中にギンネコ号を迎える隊形をとった。
 相手のギンネコ号の方は、そんなはでなことをしなかった。艇首に三つばかりの色のついた灯火(とうか)をつけ、『ワレ、貴隊ニアウヲ喜ブ』という信号をしめしただけであった。そしてひどく型の古い艇身に、救援隊側からのサーチライトをあびながら、輪形編隊(りんけいへんたい)のなかにとびこんできたが、そのかっこうはなんとなくきまり悪そうに見えた。
 ギンネコ号が、いったん救援艇の輪のまん中を通りぬけると、こんどは救援隊はあざやかに大きく百八十度の大旋回をして、ギンネコ号のあとを追った。そしてやがてそれに追いついて、再びまえのようにギンネコ号をまん中にはさみ、救援艇九台がそのまわりをとりかこんだ。
 そうほうのスピードは、ずんと低いところにたもたれた。こういうかっこうでゆっくりと暗黒の宇宙をただよいながら話をしようというのであった。
 隊長テッド博士は礼儀正しい人物であったから、ギンネコ号の艇長にたいし無電をもってていちょうなあいさつを送ったうえ、失踪(しっそう)した『宇宙の女王(クィーン)』号のことについていろいろと貴艇の知っておられるところをおうかがいしたいから、こちらから副隊長のロバート大佐外四名の隊員を貴艇へ派遣することをゆるされたい。そのように申し送った。
 これにたいするギンネコ号からの返事はかなり手間どった。救援隊の若い者は、ギンネコ号にたいし、なぜはやく返事をよこさないのかとさいそくの無電を打ちたがったことは一度や二度ではなかったが、テッド隊長は、まあ、まあ、そう相手をいそがせないほうがよかろうと、さいそくの無電を打たせなかった。
 三十分もしてから、やっとギンネコ号からの返事がきた。
「本艇は、有力な資料をほとんど持っていない。貴隊から使者のくるのはさしつかえない。ただし五名は多すぎるから、三名にしてもらいたい」
 この返事を記した受信紙の周囲にあつまった若い者は、ギンネコ号の無礼にふんがいし、こちらから送る使者のかずに制限をくわえるのはどういうわけかと、ねじこもうと叫んだ者もあったほどだ。だがこれもテッド隊長のことばによってようやくしずまって、それから三名の使者の人選が発表された。
 それによると、第一は副隊長のロバート大佐、第二にポオ助教授。この人は、『宇宙の女王』号の艇長であるサミユルの門下生のひとりだ。それから第三に、みんなを意外におもわせたが、帆村記者がえらばれた。
 これを聞いた三根夫少年は、帆村荘六の横(よこ)っ腹(ぱら)をつっつき、
「おじさんはいいなあ。うらやましいなあ」
 といったが、帆村は笑いもせず怒りもせず、無神経な顔つきで、首を微動もさせなかった。
「それではこれから三名にでかけてもらおう。なにかお土産(みやげ)を持っていってあげたがいいね。新聞と雑誌と、それから果物をいく種類か」
 テッド隊長は、こまかく気をつかった。
 一行はでかけた。
 司令艇の側壁(そくへき)の一部が、するすると動きだしたと思うと、それは引戸のように艇の外廓(がいかく)のなかにかくれ、あとに細長い楕円形(だえんけい)の穴がぽっかりとあいた。
 するとまもなくその穴から、円板(えんばん)のようなものがとびだした。それは周囲から黄色い光りを放ちまるで南京花火(ナンキンはなび)のようにくるくるまわって、闇をぬって飛んだ。
 これは円板式の軽ロケットで、汽船が積んでいるボートにあたるものだ。くるくるまわっているのはその周囲のタービンの羽根のような形をしたところだけで、まん中のかなり厚味のあるところは廻らない。その中にこの円板軽ロケットの乗組員たちや三名の使者がはいっているのだった。
 ぱっぱっと黄色い光りの輪のまわるのを見せながら、円板ロケットは大きい弧(こ)をえがいたあとで、調子よくギンネコ号のうしろから近づいていった。ギンネコ号は知らん顔をして飛びつづけている。しばらくの間、円板ロケットはギンネコ号の下に平行になって飛んでいたが、そのうちに円板ロケットからは、ぽんと引力いかりがうちだされた。
 それは円板の中央あたりからとびだしたものであるが、樽(たる)のような形をし、うしろに丸い紐(ひも)のようなものをひっぱっていた。
 しかしこれを見ると、紐ではなくて伸びちぢみのする螺旋(らせん)はしごであった。その先についている大樽みたいなものは、艇内から送られる電気力によって、相手のギンネコ号の艇壁(ていへき)にぴったり吸いついた。この引力いかりは、すごい吸引力を持っていて、艇内で電気を切らないかぎり、けっして相手から放れはしないという安心のできる宇宙用のいかりであった。
 これでギンネコ号は、側壁の扉を開かないわけにゆかなかった。
 すると円板ロケットの中から、三人の人影があらわれ、やや横に吹き流れた螺旋(らせん)はしごの中を上へのぼっていった。そしてはしごをのぼりつめると、ギンネコ号の横っ腹にあいた穴の中へもぐりこんでいった。
 このありさまは、救援隊の僚艇から集中するサーチライトによって、はっきりと見えた。そしてその三人の人影が、ものものしい宇宙服に身をかためていることも、双眼鏡でのぞいた人々の目にはうつった。


   よくばり事務長


「ものものしいかっこうですが、お許しください」
 円板ロケットから、ギンネコ号の中へ乗り移ったロバート大佐は、うしろにしたがうポオ助教授と帆村とのほうへ手をふりながら、ギンネコ号の人々にあいさつをした。
 そこは三重の扉を通りぬけたあとの、ふつうの大気圧の部屋であったから、ギンネコ号の人たちはふつうのかっこうをしていた。かれらは日本人ばかりではなかった。むしろ日本人はすくなく、その他の国々の人が多く、まるで人種の展覧会のようにも見えた。
「そのきゅうくつなカブトをおぬぎなさい。それからその服も……」
 そういったのは、やせて背の高い白毛の多い東洋人だった。どこからくだに似ている。
「いや、はなはだ勝手ですが、このままの服装でお許しねがいます。脱いだり着たりするのには、はなはだやっかいな宇宙服ですから」
 と、ロバート大佐は釈明(しゃくめい)をしてから、じぶんの名を名乗り、ふたりの随員(ずいいん)を紹介した。そして、
「あなたは艇長でいらっしゃいますか」と聞いた。
 するとらくだに似た東洋人は、首を左右にふって、
「いや、わしは艇長ではありません。事務長のテイイです」
「ははあ、事務長のテイイさんですか。それで艇長に、お目にかかりたいのですが……」
「艇長はこのところ病床(びょうしょう)についていまして、お目にかかれんです。それで艇長はその代理をわたしに命じました。ですからなんなりとわたしにいってください」
 そういうテイイ事務長のことばに、ロバート大佐はふまんの面持でうしろの随員のほうへふりかえった。
「すると、ご持病で苦しんでいられるのですか」
 そういって聞いたのは帆村だった。
「ええ、そうなんです」
 事務長は、するどい目でちらりと帆村の顔をぬすんで答えた。
「胆石病なんですね」
「胆石病――ああ、そうです、胆石病です。あの病気、なかなか苦しみます」
 事務長のことばに、なぜかあわてたようなところがあった。
 そこでロバート大佐は『宇宙の女王』号のことについて、事務長の知っているかぎりのことを話してくれとたのんだ。
「当局からの依頼の無電によって、わがギンネコ号は、ばくだいなる損失をかえり見ず、指定されたその現場へ急行したのです。それには正味(しょうみ)三十五日かかりましたよ。しかもそれからこっちずっとこのあたりを去らないで、あなたがたのおいでを待ったわけですから、本艇はじつに二百日に近いとうとい日数を、なんにもしないでむだにおくったのです。この大きな損失は『宇宙の女王』号の持主か当局かがかならず弁償(べんしょう)してくれるんでしょうね」
 テイイ事務長の話は、女王号のことから離れて、じぶんの艇のうけた損失にたいするつぐないを要求する強い声にかわった。
 ロバート大佐は、不快をしのんで、それはとうぜん弁償されるでありましょうと答え、そしてこのギンネコ号が現場へきて何を見たかについて話してくれるよう頼んだ。
「それは話さんでもないがね、弁償のことが気になってならんのだ」
 と事務長はうたがいぶかい目で大佐を見すえてから、
「この現場へきたが、わたしたちは『宇宙の女王』号の姿を発見することができなかったし、そのほか、その遺留品(いりゅうひん)らしい何物をも見つけることができなかったのです。といって、けっして捜査の手をぬいたわけではない。いく度もいく度も、おなじところをくりかえし探したのだが、さっぱり手がかりなしだ。まことにお気の毒です」
 この話によると、ギンネコ号は何の手がかりをもつかんでいないことになる。大佐の失望は大きかったが、気をとりなおし、
「レーダー(無電探知器)で探してみられなかったですか」と聞いた。
 すると事務長は、ぴくりと口のあたりを動かし、ちょっといいよどんだ風に見えた。
「レーダーによっても手がかりなしだった。しかし大佐どの。われわれはレーダーを倹約したのではなく、当局から捜査依頼のあった日からきょう貴隊にあうまでの二百日ほどの長期間にわたって、レーダーを一秒間たりとも休めないで捜査をつづけたのですぞ。そのけっか、本艇では高価なるブラウン管を二十何本、いや三十何本かを、とにかくたくさんのブラウン管をだめにしてしまった。この代価もぜひとも払ってもらわねばしょうちできんです」
 どこまでいっても、よくばった話ばかりであった。


   黒バラの目印(めじるし)


 大佐は随員と協議した。
 とにかく、きょうはこれで引きあげることにしようではないかと決まった。
 そこで帆村から、お土産の贈り物である新雑誌[#「新雑誌」は底本のママ。文脈からは「新聞と雑誌」と思われる。]と果物のかごとを事務長にわたして、席を立った。
 このとき事務長は、喜びの顔をするまえに、ふあんな目つきで新聞のページをぱらぱらとめくった。
「では事務長。またおじゃまにあがるかもしれませんから、よろしく。なお、今から二十四時間は、ぜひともいっしょに漂泊(ひょうはく)していただきたいのですが、――これは国際救難法にもとづいての申し入れなんですが、もちろんごしょうちねがえましょうね」
 ロバート大佐は、最後の重要事項をあいてに申し入れた。
「本艇の行動は自由です。しかしいまの件は、わたしがしょうちしました。二十四時間たったあとは、どうするかわかりませんよ。もっとも本艇はできるだけ貴隊の捜査に協力する決心ですから安心してください」
 テイイ事務長は、このように答えた。
 これで会見はおわって、三人の使者は引きあげたのだが、そのとちゅうで、どうしたわけかポオ助教授が「あっ」と声をあげた。
 すると、帆村が、
「これは失礼。うっかりして足を踏んで、すみません。どうもすみません」
 と、助教授のからだを抱えるようにして、ひらあやまりにあやまった。
 まもなく三重扉であった。それを一つ一つ開いてもらい、気圧の階段を通りぬけて三名は外に出、螺旋はしごを下りて円板ロケットの中へかえりついた。
 機関員たちは、螺旋はしごの電気を切り、はしごを中へとりこんだ。そのときには、円板ロケットはすでにギンネコ号の艇壁からはなれて、また周囲に火花のような光りを散らしながら、暗黒の空を大きく切って飛んでいた。
 円板ロケットのなかで、三人の使者がめいめいの席についたとき、
「帆村君。さっきはどうしたの。ぼくのほうがおどろいたよ」
 と、ポオ助教授が、待ちかねたという顔つきで、そういった。
 帆村はにやりと笑った。
「あのようにしないと、相手にかんづかれるおそれがあったからです。ポオ助教授。あなたは、あのときギンネコ号の室内に意外なものを発見して、おどろきの声をあげられたのですね」
「ほう。これは気がつかなかったが、いったいどういうことかね」
 ロバート大佐が、からだをまえに乗りだしてきた。そのときポオ助教授は、椅子にふかくもたれて、さっきのことを思い出そうとつとめるのか、しばらく目をとじていたが、やがて目を開いて、意外なことを語りだした。
「まったく帆村君の想像のとおり、ぼくは意外なものをあの部屋のなかで見つけたのです。それは発光式の空間浮標(ブイ)です。はじめその上にカンバス布(ぬの)がかけてあって見えなかったのですが、ぼくたちが帰るとき、テイイ事務長の身体がカンバスにさわって、その布が動いて横にずれた。それで下にあった空間浮標が見えたんです」
「ほう。それはもしや『宇宙の女王(クィーン)』号のものじゃなかったのか」
 大佐は先をいそいで、質問の矢をはなつ。
「そうなんです、あの器具は、ぼくが五十箇だけ用意をして女王号にとどけたんです。そしてそれに書きこんでおいたしるしは、黒いバラの花でした。さっきぼくが見たとき、カンバスの下から出ているあの浮標のうえに、たしか、その黒いバラのしるしのあるのをみとめました」
 この話は、大佐をおどろかした。
「すると、ギンネコ号は、女王号の空間浮標をひろって、知らぬ顔をしているんだな」
「そうなりますね。ごしょうちでしょうが、あの空間浮標は、宇宙の一点にいかりをおろしたように動かないで、その一点をしめす浮標なんですが、しかしもう一つの使い道があります。それは遭難したときなど、その遭難現場を後からきた者に教える役もします。そういうときには、艇から外へほうりだすまえに、重大な遺書を中へ入れるのがれいになっています」
「では、ギンネコ号は、女王号の遺書をぬすんで、知らん顔をしているのか。じつにけしからんことだ。いったい、なぜこんなことをするのか。よし、これから引き返して持ってこよう」
「まあ、お待ちなさい、ロバート大佐」と、帆村は大佐をとめた。
「だが、このまま本艇へもどっては、わたしの責任がはたせない」
「いやいや、相手はとってもすなおにもどすとは思われません。というのは、あのギンネコ号にはゆだんのならぬ連中が乗組んでいると思われるからです。とても一筋縄(ひとすじなわ)ではゆきますまい」
「しかし帆村君。きみの知っている人格者が艇長をしているという話だったじゃないか」
「そうなんですが、その鴨(かも)艇長がきょうは姿を見せなかったのですから、ふしぎです。かれは病気でも、こんな重大なときには、われわれを病床へでも迎えて、会うほどの責任感の強い人物なんです。それがきょうはでてこないのですから、ゆだんはなりません」
 帆村のことばが、たしかめられる時がまもなくくるのだ。あやしむべきギンネコ号の行動。
 ギンネコ号と怪星ガンとは、なにか関係があるのであろうか。


   残念がる助教授


 ポオ助教授は、司令艇へ帰ってきても、こうふんをつづけていた。
 帆村荘六は、助教授をなだめるのに一生けんめいだった。三根夫少年は、三人の使者がかえったと知って帆村のところへとんできたが、その場のようすに、三根夫自身も息のつまるような緊張をおぼえたことであった。この息づまるような空気は、救援隊長テッド博士をまん中にした幹部会議の席にまでもちこまれた。
 三人の使者のなかで、一番上席のロバート大佐が、ギンネコ号に使いにいったけっかわかったことについて、一通りの説明をし、そのあとでポオ助教授の肩へ手をおいて、
「……そこでポオ助教授から、見おぼえのある『宇宙の女王(クィーン)』号の空間浮標(ブイ)がギンネコ号の隅にあったことについて、くわしく話をしてもらおう。ポオ君、おちついて話したまえ」
 と、助教授に発言をうながした。
 待っていましたとばかり、助教授の長身が席からぬっくと立ちあがった。
「あれは、わたしが試験して『宇宙の女王』号へ届けた空間浮標にちがいないのです。形も見おぼえがあり、塗りの色もそうでしたし、さらにまちがいないことは黒バラの目印がついている。黒バラは、『宇宙の女王』号のマークなんですからねえ」
 助教授はそういって、卓子(テーブル)のうえを、とんと一つたたいた。ならんでいる人たちの中には、大きくうなずく者もあった。隊長テッド博士は上半身をまえへのりだした。
「そういうたしかな証拠があるかぎりは………」
 とポオ助教授はいよいよこうふんの色をしめし、
「ギンネコ号はうそをついていると断定しないわけにはいかない。ギンネコ号は、現場へかけつけたが『宇宙の女王』号を一度も見なかったといっている。うそです、それは。……ギンネコ号はたしかにわが『宇宙の女王』号に出会っている。あるいはその漂流物かもしれないが、それを手に入れている。しかし相手はそれを白状しないのです。まったく、許しておけないゴロツキどもです」
 幹部たちには、助教授のことばの中にある重大性がよくわかった。
「だからです」とこのときポオ助教授はロバート大佐のほうを指し、
「なぜわれわれがギンネコ号のなかにいる間に、あなたはそのてんについて、相手に質問してくださらなかったのか。まったく、大事な機会を逃がしたと思う。あのとき問いただせば、なまずみたいにぬらりくらりしたテイイ事務長といえども、顔色をかえて、泥をはくしかなかったと思う。しかるに大佐は、それをしなかった」
 助教授のとなりにいた帆村が立って、隊長に発言の許可をえたのち、口をひらいた。
「いまポオ助教授が大佐にたいしふまんをのべられましたが、それについて、じつはわたしも責任があります。それはわたしは『空間浮標』のことは、われわれが知らないでギンネコ号を引きあげていったと、相手に思わせる必要があると思ったからであります。もし、それをいいだせばギンネコ号の連中は、ロバート大佐をはじめわたしたち三名を、やすやすと引きあげさせなかったでしょう。わたしはギンネコ号が、秘密をもったいやな宇宙艇であることを、艇内にはいると同時にさとったのです」
 帆村は、横の椅子に腰をおろしたポオ助教授を気の毒そうにながめながら、
「ですから、ポオ助教授が、あの黒バラ印の空間浮標を見つけて、おどろきのあまり声をたてようとされたとき、それをさせてはたいへんと、わたしは失礼をもかえりみず、ポオさんの足を踏み、それをわたしがおわびするさわぎでもって、ポオさんがおどろきの声をあげたのをごまかしてしまったのです。いや、助教授、あのときは失礼いたしました」
 そういって帆村はわびた。
「……それからわたしはいそいでこのことを大佐に知らせ、そしてこの場は、知らんふりをして引きあげるのがいいと思うと申しあげようとしたんですが、さすがに大佐は、さっきからのことも、またわたしの申しあげようとしたこともさとっておられ、余(よ)にまかせておけと合図をされたのです。ですからポオ助教授のふんがいされることはもっともながら、いま申しあげた事情によって、どうかわかっていただきたい」
 と、帆村はあいさつをして、席にもどった。
 助教授は、まだじゅうぶんにのみこめないといった顔だ。
 そのとき隊長テッド博士は、あらたまった口調になって、次のとおりのべた。
「このたびの処置は正しかったと思う。そしてギンネコ号にたいしては、いろいろと対策をかんがえておかなければならない。そして黒バラ印の空間浮標の一件については本国へ向かっての報道を禁止する。事態は重大である」
 この部屋の隅で傍聴をしていた三根夫も、このとき思わず身ぶるいがでた。たがいに助けあう友だちの艇と思ったギンネコ号が、意外にもゆだんのならないゴロツキ艇であるらしく、それが身ぢかにいる間は、いつこっちに害をくわえるかもしれず、ほかに警察力もないこの宇宙の一角において、生き残りの九台の救援艇隊にふりかかる運命は、どんなにきびしいものであろうかと心配されるのだった。


   ギンネコ号離脱(りだつ)


 その夜、帆村と上下のベッドにはいった三根夫は、上のほうから下へ声をかけた。
「ねえ、帆村のおじさん。ギンネコ号はゆだんのならないゴロツキ艇だってね」
「まあ、そうとしか思えないね」
 帆村の返事は、ぶっきら棒だ。なにか帆村は考えごとをしていたにちがいない。そこへ三根夫が声をかけて、じゃまをしたから、帆村はぶっきら棒の返事をしたのであろう。
「でも、まえにおじさんは、あの船には鴨(かも)艇長がのっている。鴨艇長はいい人だから、あの宇宙艇はいい人ばかり乗っているんだろうといったでしょう。おぼえているでしょう。その話とゴロツキ艇の話とは正反対ですね」
「そのことだ」と帆村は低くうなるようにいった。
「とにかく鴨艇長が乗っているかぎり、正義と親切の艇であるはずだ。だからおかしい。艇長は病気をしているとテイイ事務長の話だったが、病気をしているくらいで、乗組員があんなゴロツキみたいに悪くなるはずはないんだがなあ」
「ギンネコ号は、『宇宙の女王(クィーン)』号の遺留品をしこたまひろって、知らん顔をしているんじゃないですか。そういうことをするのを、『猫ばばをきめる』というでしょう。なまえがギンネコだから、きっとネコばばをするのはじょうずなんだろう」
「ははは。ギンネコだからネコばばはじょうずか。これは三根夫クン[#「三根夫クン」は底本のママ。文脈上からは「ミネ君」(前出)もしくは「三根クン」(後出)が妥当と思われる。]、考えたね。ははは」
 笑わないことひさしい帆村がかるく笑ったので、三根夫もうれしかった。
「とにかくもうすこしギンネコ号のようすを見たうえで、『宇宙の女王』号とどんな関係にあるかをつきとめるしかない。そうだ、もう一度テッド博士にご注意をお願いしてこよう」
 そこで帆村は、またベッドから起きあがると、服を着かえて、隊長のところへでかけた。
 さてその夜のことであるが、救援艇隊はひそかにギンネコ号の行動を監視していた。
 監視といってもテレビジョンでのぞいているのを主とし、そのほかに、ほんのわずかだけ弱いレーダー電波をギンネコ号にむけて、その位置を注意していた。レーダー電波を、あまり強くかけると相手が気をわるくする。ことにギンネコ号をおこらせ、現場から遠くへ離脱(りだつ)するこうじつを相手にあたえてはこっちの大損であるから、電波でギンネコ号をさぐることはなるべく目だたないようにしていた。
 夜にはいって一時間ほどすると、(時計の針のうえだけでの夜だ、その時間には当直のほかはみんな睡(ねむ)ることにしていた)当直の監視員がさわぎだした。
「たいへんです。ギンネコ号がわれらの艇団からはなれてゆきます」
 まずはじめに、テレビジョンでそれを見つけた。すぐさまレーダーでも探知してみると、なるほどギンネコ号は、さっきまでこっちの九艇の中心あたりにいたのに、いまはどんどん前進してそこからはなれていく。
「うむ。たしかにギンネコ号は動きだした。国際救難法により二十四時間は救援隊から離脱できないことになっているのに、ギンネコ号は、法規をやぶるつもりか」
 このことは、すぐさま幹部にまで報告された。隊長テッド博士をはじめ、みんな起きてきた。そして協議がはじまった。
「法規にはんするから、ギンネコ号に反省をもとめようか」
「まあ、もうすこしようすを見てからにしたほうがいい」
 隊長は、そういって、ふんがいする部下たちをおさえた。
 ところがギンネコ号は、だんだんに速度をはやめて、はなれてゆく。刻々おたがいの距離はひらいていった。
 時計をじっと見ていた隊長は、三十分して無電でもってギンネコ号に連絡させた。
 それにたいしてギンネコ号は、返事をうってこなかった。
 それから三十分して、テッド隊長は、いよいよたがいの距離を大きくしたギンネコ号にたいし法規をたてに、警告をこころみた。
 ところが、それにたいしてもギンネコ号は返事をしてこなかった。そしてますます速度をまして、こっちの救援隊の位置からはなれていった。
 救援隊員のなかには、ひどくおこりだして隊長はすぐ全艇に命令をだし、最高速度でギンネコ号のあとを追わせるべきだと論じた。最高速度で追いかけるなら、追いつける自信がじゅうぶんにあった。
 だが隊長は、それを命令しなかった。
 ギンネコ号が、こっちへ返事の無電をうってきたのは、五回目の警告のあとだった。その返事は、人をばかにしたようなものだった。
「本艇は、貴艇団のまん中において安眠することができない。また、いうまでもなく、本艇の行動は自由である。されど貴艇団にやくそくする、明日九時、本艇はふたたび、貴艇団のまん中へ引きかえすであろう。ギンネコ号艇長」
 貴艇団のなかでは安眠することができないとは、よくもぬけぬけといえたものである。


   錫箔(すずはく)のかべ


 それにしても、この返事がギンネコ号から発せられたので、救援隊としては、これいじょうに文句がいえない。で、そのままにして、引きつづきギンネコ号の位置に気をつけていることにした。
 そしてテッド博士以下の幹部も、またベッドへかえった。
 帆村荘六はベッドにかえらなかった。そして監視班の当直がつめている部屋の中へはいった。三根夫少年も、帆村につよくねだって、そのうしろへついていった。
 四名で当直をしていた。
 テレビジョンへ一人、レーダーへ一人ついていた。あとの二人のうち、一人は電源などに気をつけていたし、もう一人は記録をとっていた。
「たいへんですね。なにかあれば、ぼくと三根夫が伝令になって、隊長でも誰でも起こしてきますからね」
 と、帆村は当直の人びとにいった。
 あいかわらずギンネコ号は、遠くへはなれつつあった。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は、うまいことをいって、にげてしまうんじゃない」
 三根夫は心配でしかたがなかった。
「さあ、何ともはっきりしたことはいえないが、さっきあのように返事をよこしたんだから、まさかほんとうににげはしまい」
 そう答えた帆村も、レーダー手が新しい距離を測定してそれを曲線図にかいたのを見るたびに心配に胸がいたんだ。
 それは十二時近くであった。
「あッ、たいへんだ」
 と、レーダー手が、おどろきの叫び声をあげた。
 帆村はすぐ椅子からとびあがって、レーダー手のところへいった。
「どうしたんですか」
 するとレーダー手は、ブラウン管の膜面におどるエコーの映像を指してダイヤルをまわしながら、
「これごらんなさい、ギンネコ号がおびただしい電波妨害用の金属箔(きんぞくはく)をまきちらしたようです。このへんいったい、そうとうひろく、エコーがもどってきます」
「なるほど。とうとうみょうなことをはじめたな」
 ギンネコ号がまきちらしたらしい電波妨害用の金属箔というのは、よく飛行機などが敵の戦闘機に追いかけられたとき空中にまきちらす錫箔(すずはく)などをいう。これをまくと、レーダーの電波は錫箔にあたって反射し、レーダー手のところへかえってくる。そしてそのむこうにいるかんじんの飛行機は、空中にひろがる錫箔のかげを利用して、うまくにげてしまうのである。
 だからギンネコ号がそれをまけば、かなりひろい空間にわたって錫箔のかべができてしまい、ギンネコ号はそのかべの向うでにげてしまうことができる。つまり、こっちがその錫箔のかべをむこうへつきぬけないかぎり、とうぶんレーダーは何のやくもしなくなるのだった。
 テレビジョンの方も、視界がうんと悪くなって、ギンネコ号の姿を見うしなってしまった。
 まさに一大事である。
 やっぱりギンネコ号はにげるつもりだったんだな。
 帆村は隊長テッド博士のところへとんでいって、きゅうをつげた。
「ふーむ。これはもうほうっておけない」
 隊長はついに命令を発し、救援艇の第三号と第五号と第七号の三台に、全速力をもってギンネコ号のあとを追いかけ、電波妨害用の金属箔のむこうへ出、状況をよく見て報告するようにと伝えた。
 そこで三台のロケット艇は、隊列からぬけると、うつくしい編隊を組んで、ギンネコ号のあとを追いかけた。
 だが、彼(かれ)と我(われ)との距離は、いまはもうかなりへだたっていた。だからこの三台の追跡隊が、金属箔のかべのところまでいくには、四時間もかかって、午前五時となった。
 ようやく金属箔のかべをつきぬけたのはいいが、そのむこうにまた金属箔のかべがあった。何重にも、それがあったのである。だからそのうるさいかべの全部をつきぬけるには、それからまた二時間もかかった。
「何かご用でもありますか。いそいで本艇を追っかけておいでになったようだが……」
 とつぜん追跡隊へ無電がかかってきて、ギンネコ号からのいやみたっぷりな問いあわせであった。
「ええッ」
 といって、追跡隊の人たちも、この返事にはつまった。じつに間のわるい話であった。
 こっちをからかいながら、ギンネコ号は、いぜんとはうってかわって、いやにきげんがいい。
 ふしぎなことであった。


   覆面(ふくめん)の怪人物


 さすがのテッド博士以下の救援隊幹部も、また名探偵といわれたことのある帆村荘六も、ギンネコ号がひそかにやってのけたはなれ業(わざ)には、まだ気がついていない。
 そのはなれ業のことを、ここですこしばかり読者諸君にもらしておこうと思う。
 ギンネコ号が金属箔のかべを作ったあとのことであるが、流星かと見まごうばかりの快速ロケットが、救援隊とは反対の方向からギンネコ号にむかってどんどん距離をちぢめてくるのが、ギンネコ号にわかった。
 テイイ事務長などは、そのしらせを受けると、大満悦(だいまんえつ)であった。そしてギンネコ号を、そのほうへ最高速力で近づけるとともに、うしろにはたえずレーダー妨害用の金属箔の雲をまきちらした。
 快速ロケットはだんだん接近し、午前三時半頃には、ついにギンネコ号といっしょになった。たくみなる操縦によって、その快速ロケットは、ひらかれたるギンネコ号の横腹(よこはら)のなかに収容されたのであった。
 見かけは古くさいギンネコ号には、意外に高級な仕掛けがあったのだ。
 そしてこの快速ロケットは、銀色の葉巻のような形をしたもので、全長はギンネコ号の十何分の一しかなく、せいぜい一人か二人乗りのロケットらしかった。
 テイイ事務長に迎えられて、快速ロケットのコスモ号から姿をあらわしたのは、身体の大きな緑色のスカーフで顔をかくした人物だった。
「間にあったんだろうな」
 その覆面の人物は、きいた。
「はあ、見事におまにあいになりました。やっぱり親分はたいしたお腕まえで……」
「これこれ、親分だなんていうな。きょうからスコール艇長とよべ。おおそうだ。艇長室はきれいになっているだろうな」
「はいはい。それはもうおいでを待つばかりになっております。ええと……スコール艇長」
 スコール艇長はマフラーの中で顔をゆすぶって笑った。
「よし、満足だ。安着祝(あんちゃくいわ)いに、みんなに一ぱいのませてやれ」
「え、みんなに一ぱい?」
「おれの乗ってきたコスモ号のなかに、酒はうんとつんできてやったわい」
「うわッ、それはなんとすばらしい話でしょう。さっそくみんなに知らせてやりましょう」
「ちょっと待て。顔の用意をするから、おまえもうしろを向いてくれ」
 やがて、もうよろしいと、スコールの声に、テイイ事務長がふりかえってみると、そこには顔全部が灰色の髭(ひけ)にうずまったといいたいくらいの人のよい老艇長がにこにこして立っていた。
「あッ」と事務長はおどろいた。
「ふふふ、これならおれだという事はわかるまい。重宝(ちょうほう)なマスクがあるものだ」
 このへんでおさっしがついたことであろうが、快速ロケットのコスモ号で今ここについたスコール艇長こそ、社会事業家のガスコ氏によく似ており、またスミス老人が宇宙の猛獣使いと呼んだ怪人物にもよく似ていた。
 いや似ているどころか、まさにその人であったのである。
 素性(すじょう)ははっきりわからないが、どうやらすごい悪漢(あっかん)らしい。救援隊の第六号艇を爆破させたのも、またほかの僚艇に時限爆弾をなげ入れていったのも、この人物のやったことである。
 何故(なにゆえ)に、かれスコール艇長は、そのようなひどいことをするのか。またかれのいまかぶっている仮面(マスク)の下には、どんな素顔があるのか。それはともに一刻もはやく知りたいことではあるが、もうすこし先まで読者のごしんぼうをお願いしなくてはならない。
 さて、朝の午前九時から、ギンネコ号は針路をぎゃくにして、救援艇隊の主力が向かってくるほうへ引っかえしていった。
「なあんだギンネコ号はやくそくどおり、ちゃんと引っかえしてきたじゃないか」
 テッド隊長も、気ぬけがしたように、近づくギンネコ号の姿を見て、指先をぴちんと鳴らした。
「きょうはひとつわしがギンネコ号へでかけて、れいの空間浮標の件をかたづけてしまう。帆村君、きみもついてきてくれ」
 なにも知らないテッド博士は、そんなことをいって、きげんがよかった。その日こそ、じつは驚天動地(きょうてんどうち)の一大事件が救援艇隊のうえに襲いかかろうとしているのに、まだ誰もその運命に気がついていないらしい。あぶない、あぶない。


   宇宙線レンズ


 ギンネコ号の事務長テイイは、じぶんの机のまえで、うつらうつらしていた。昨夜らいのガスコ氏いや、いまではスコール艇長のもってきたふるまい酒をのみすぎて、ねむくてたまらないのだった。
「事務長。ちょっとこっちへきてもらいたいね。相談したいことがある」
 いきなり戸があいて、ひげだらけの老人がはいってきた。スコール艇長だった。
「はい。ただ今」
 事務長テイイは、ともかくもへんじだけをして椅子からとびあがったが、よろよろとよろけて足を机の角(かど)でうって、ひっくりかえった。
「事務長。だらしがないね。きょうはさっそく重大行動をとらねばならないのに、そんなふらふらじゃ困るね。よろしいわしがすぐなおしてやる」
 そういったかと思うと、スコール艇長はいきなり事務長のえりがみをつかんでかるがると宙吊(ちゅうづ)りにした。そしてとなりの浴室の戸をあけて、中へつれこんだ。
 それからしばらく、生理的なテイイの声がげえげえと聞こえていたが、そのあとで水がばちゃばちゃはねる音がした。と、戸があいて艇長が事務長を猫の子のようにぶらさげてあらわれ、長椅子のうえにほうりだした。
 テイイが死にかかっているようにぐったりしていると艇長はどこから取り出したか、いばらの冠(かんむり)みたいなものを手に持って事務長の頭にかぶせた。そしてその冠のうえについている目盛盤をうごかした。すると事務長は、電気にふれたように、ぴくッとなり、棒立ちになってとびあがった。かれの頭髪は箒(ほうき)のように一本一本逆立ち、かれの目は、皿のように大きく見ひらかれている。
「あ、あ、あ、あ、あッ」
 かれは唇をぶるぶるふるわせたあとで大きいくしゃみを一つした。するとかれの頭から冠がぽんとはねあがった。スコール艇長はそれをすばやくじぶんの服の中にかくしてしまった。
「ふふふ。人間というやつは、あわれなもんだて、脳や神経の生理について、なんにも知っていない。ふふふ」
 艇長ははや口で、ひとりごとをいった。
「艇長、いまなにかおっしゃいました」
「おお、きみの気分はよくなったかと聞いたんだ」
「そうでしたか。おかげさまで、気分がはっきりしました」
 事務長は、そういって満足してしまった。もしスコール艇長のあのひとりごとを、他の人間が聞いていたら、さぞふしんに思ったことであろうに。
 そこで事務長は、怪艇長のうしろにしたがって、艇長室へはいった。ふたりは、せまいが、ふかぶかとした弾力のつよい椅子に腰をおろして向きあった。その椅子は重力に異常のあったときに、からだを椅子にしばりつけるための丈夫なバンドがひじかけのところについているものだった。
「さて、事務長。あのテッド博士のひきいる残りの九台の救援ロケットは、すこしもはやく破壊してしまわなくてはならない」
「はあ、なるほど」
 あんまりはっきりした話なので、さすがの古狸(ふるだぬき)のテイイ事務長も、かんたんな返事しかいえなかった。
「わしがこんど持ってきた器械に、宇宙線レンズというのがある。これは太陽をはじめ、他の大星雲などからもとんでくる強烈な宇宙線を、みんな集めてたばにするんだ。そうしてたばにした宇宙線を、地球じょうで一番かたい金属材料としてしられているハフニウムG三十番鋼(こう)にかけると、どんな場合でも、まず百分の一秒間に、まっ赤に熱し、たちまち形がくずれてどろどろになり、そしてつぎの瞬間に全体が一塊のガス体となって消え失(う)せる。どうだ、宇宙線レンズはすごい力を持っているだろう」
「へへえッ、それがほんとうなら、大した破壊力を持っていますね」
「破壊力だけで感心してはいけない。またかなり遠方まできくんだ。原則からいうと、無限大の距離でもとどくんだが、まだすこし集めて一本にする技術が完全というところまでいっていないので、まず、四、五千メートル以内なら有効にはたらく」
「四、五千メートルまでなら、じゅうぶん使い道がありますよ。やくに立ちます」
「やくに立たないものなんか、わしは持ってこない。そこでだ、この宇宙線レンズの力を借りて、きょうはテッド博士のひきいる九台のロケットを全部焼いて、九つの煙のかたまりにしてしまおうと思うんだ。しっかりやってくれよ」
「きょうのうちにですか。それはどうも」
 と、事務長が艇長の気ばやいのにおどろいてるおりしも、外から電話がかかってきた。
「艇長ですか、テッド博士外一名が、これから二十分後に、こっちへきて、面会したいといって無電をかけてきました。どう返事をしましょうか」
「ふん、そうか」と艇長はちょっと考えて、
「わしのほうからうかがいますといってくれ。なにしろきのうは失礼しましたから、きょうはわしのほうがでかけますというんだぞ」
 艇長は、電話を切ったあとで、
「ちょうど、都合がいい。これから向うへいって、相手のようすをよく見てきてやろう。うまくゆけば、テッドのやつの頭を変にしてやろう」
 と、平気な顔で、そういった。
 いよいよ救援隊にとってゆだんのならない事態になってきた。あやしい、あやしい。


   猫かぶりの客


 救援隊ロケットの司令艇では、とつぜんのお客さんをむかえる準備にいそがしい。
 なにしろあの傲慢で、やくそくもなんにも平気でやぶって、かってなふるまいをしてはばからないゴロツキ艇ギンネコ号の首脳部が、きのうとはうってかわり、わざわざこっちへくるというのであるから、テッド隊長以下の面くらったのはあたりまえだ。
「ギンネコ号から、形の小さいロケットが発射されました。大きくまわって、こっちへ近づきます」監視員が、艇内へ放送した。
 なるほどテレビジョンの幕面(まくめん)に、それがうつっている。石油やガソリンを積む貨車に似たロケットだった。背中に、こぶのようなものがとびだしているのが、かわっていた。あっというまに三度ばかり司令艇のまわりをまわったが、あとになるほどスピードをおとして、四回目には母艇(ぼてい)ギンネコ号の探照灯をうけて胴中(どうなか)をきらきら輝かしながら、司令艇の出入り口のうえに、こぶのようなものがすいついていた。あざやかな投錨(とうびょう)ぶりだ。
 それから五分すると、そうほうの打ち合わせがうまくいって通路が開かれ、ギンネコ号の乗組員が五名、どかどかと司令艇のなかへはいってきた。
 先発は、ひげの老艇長スコール。そのあとに長身でやせぎすの事務長テイイがらくだのような顔をこうふんにふりたててしたがった。そのあとに空気服とかぶとをつけた武装いかめしい三人の部下がついていた。三人とも目ばかりぎょろつかせ、みょうな形の機銃らしいものをかまえている。
 テッド隊長は、副隊長のロバート大佐をしたがえて出迎えた。そのうしろにポオ助教授の神経質な顔と帆村荘六の面白い顔とがのぞいていた。
「わしがギンネコ号の艇長だ、テッド博士はあなたかね」
 スコール艇長は、ぶっきら棒にものをいう。
「わたしがテッド隊長です。よくおいでくださいました。部下の一部を紹介します」
 と、テッド博士は礼儀ただしく副隊長以下の接伴員(せっぱんいん)たちを紹介した。そして、こちらへと客間にみちびいた。
 帆村はスコール艇長を迎えたときに、大きいおどろきにぶつかった。ギンネコ号の艇長といえば、かれがなじみの鴨(かも)艇長だとばかり思っていたのに、それが意外にも、別人の髭(ひげ)もじゃの老人だったので、もうすこしで「あッ」と叫ぶところだった。
 その帆村は、一番おくれて客間にはいった。そのまえにかれは、いつも影のようにかれについている三根夫少年の手をにぎり、指先を使ってなにごとかを三根夫に伝えたのであった。
 三根夫は、帆村からの信号をりょうかいすると、さっと青くなり、それからこんどはぎゃくに赤くなった。そして目立たないように帆村のそばをはなれて、どこかへいってしまったのである。
 客間では、テッド博士が、スコール艇長にむかい、きのう部下たちが訪問して親切にあつかわれたことについて礼をのべ、また目下の運命の知れない『宇宙の女王(クィーン)』号について情報をもたらしたことを感謝した。
「なあに、助けあうのはあたりまえのことだ。ましてや外に生物もいないこの宇宙のはてにおいて、人間同志はしたしくするほかない。仲よくしましょう」
 スコール艇長のことばはよかった。しかしかれの本心からでているかどうか、うたがわしい。
 これにたいしてテッド隊長は、どこまでもまじめに相手に礼をいった。そしてこっちもギンネコ号のためにできるだけのべんぎをはかりたいが、もし水や食糧品でもたりなければ、もっとおゆずりしてもいいといった。
「そんなものは、じゅうぶん持っている。おお、そうだ。協力で思い出したが、わしはこのロケットのなかを見たことがない。いいきかいだ。これから案内して、見せてもらいましょう」
 ロバート大佐が、スコール艇長の申し出にあるふあんをおぼえ、テッド隊長に注意をしたとき隊長はにっこり笑って、むぞうさにスコール艇長に答えた。
「ええ、それはおやすいご用です。さあわたしがご案内します」
 といって立ちあがった。
 これはたいへんと、ロバート大佐が隊長に耳うちしようとするのを、しっかり抱きとめた者があった。ふりかえると、それは帆村だった。
「いいのです。そのままにしてお置きなさい」
 と、帆村は目で大佐に知らせた。
 そこでギンネコ号の五名のお客さんを案内して、テッド博士をはじめ、ロバート大佐、ポオ助教授、帆村の四名が、その部屋をでた。まず操縦室から案内することになった。
 スコール艇長は、ひげだらけの顔を上きげんにゆすぶりながら、上下左右へしきりに目をくばり、このロケットの構築(こうちく)ぶりをほめるのであった。それは、かりそめにも害心(がいしん)のある人物に見えなかった。
 しかし帆村はもちろん、ロバート大佐もポオ助教授も、ゆだんはしていなかった。だがこの三人がスコール艇長、じつは怪人ガスコ氏の兇暴(きょうぼう)なる陰謀を知りつくしているわけではないから、危険は刻一刻とせまってくる。


   三根夫の活躍


 艇内を案内されてスコール艇長のガスコ氏が、とくに目を向けていたのは、このロケットの壁の厚さと材料と、その構造についてであった。宇宙レンズで、強力なる宇宙線の奔流(ほんりゅう)をこのロケットにあびせかけたとき、どうなるかをひそかに診察しているわけだった。
(ふむ。だいたいわかったぞ。あとは、一番艇内でたいせつな機関室の金属の壁のぐあいを調べることができれば、それで下調べはすむ)
 怪人ガスコは、ほくそ笑んで、足をいよいよ機関室にうつした。
(よし。この部屋がすんだら、あとはすきを見て、まえにゆくこのテッド博士の脳を電波でかきみだしてやろう。ふふふ、もうしばらくだて……)
 一同の一番最後から、帆村が機関室にはいった。テッド博士は、そこにならんでいるたくさんの器械器具について非常にくわしく説明をはじめた。
「ああ、どうも暑い。この部屋は暑いですなあ」
 そういったのは、テイイ事務長で、ハンカチをだして、額に玉のようにうかびでた汗をぬぐうにいそがしい。
 事務長の外のお客さんは、そんなに暑がっていない。スコール艇長も、平気である。
 このとき三根夫少年は、たいへんいそがしかった。かれは作業服を着て、一段高い配電盤のまえに立って、一同のほうに背中を見せ、しきりに計器を見ながらハンドル型の調整器をまわしているのだった。誰が見てもそうとしか見えないが、じつは三根夫は反射鏡でお客さんたちのほうを見ながら、エンジンの間にすえつけてある赤外線放射器から、かなり強烈な熱線をだして、スコール艇長の顔へあびせかけているのだった。その熱線のおこぼれが、うしろについているテイイ事務長にあたり、それで事務長は「暑い、暑くてかなわん」とさわいでいるのだ。
 しかるにスコール艇長は、平気のへいざでテッド博士の話に注意力のはんぶんをさき、のこりの注意力を機関室の壁や床や天井のほうへそそいでいるのだった。――と、とつぜんみょうなことが起こった。スコール艇長の長い髯(ひげ)がばさりと下に落ちた。つづいて右の頬ひげが脱落した。それから右の口ひげも、顔からはなれて足許(あしもと)に落ちた。
 赤外線の熱で、つけひげの糊(のり)がとけはじめたのである。ひげの下から現われた顔は、画にも文章にもかけない醜悪な顔だった。どんな悪魔もこれほどのすごい顔を持っていまい。
「おや、ひげがこんなところに落ちている」
 と事務長テイイが、やっと気がついた。そしてぎくりとしてスコール艇長に追いついて、その顔をのぞきこむと、さあたいへん、秘密にしておかねばならないはずの恐ろしい地顔(じがお)がはんぶんほど現われているではないか。
「艇長。あなたの顔が――」
 と、テイイの叫ぶ声に、はっとしてスコール艇長は気がついた。かれは「しまった」とうなると、手をポケットに突込み、それから緑色のマフラーをつかみだし、くるくるッと自分の顔にまきつけた。
 まえばかり向いて説明をつづけていたテッド博士が、このとき気がついて、うしろにふりむいた。
「どうかされましたか。おや、あなたはガスコ氏!」
 博士は、ガスコ氏をいいあてた。が、博士の声は、あんがいあわてていなかった。あわてているのは、当の怪人ガスコだった。
「なにをいう。わしはガスコなんて者ではない」
 緑色のマフラーのなかで怪人の口が大きく動いた。と、とつぜんかれは、服の下から、針金を輪にしたようなものをとりだし、頭上高くあげた。そしてそれを高く持ったかれの右手はねらいをつけるためか前後へゆれた。その輪こそ、かれがテッド博士の顔めがけて発狂電波を投げかけようとするおそろしい発射器であった。と、かれの左手が服の下へはいった。そこには電波をだすためのスイッチがあった。
 かれはそのスイッチをおした。ああ、博士があぶない。


   ほえる怪人


 とつぜん、この機関室が鳴動した。
 電灯がすぅーと暗くなったかと思うと、天井につるしてあった二つの大きな金属球の間に、すごい音を発して、ぴかぴかッと電光がとんだ。
 その電光の一部は、ガスコ氏が高くさしあげた輪の上にもとんだ。
「あッ」
 と叫んで、ぱったりたおれた者がある。電光のとびつく輪を持って立っている怪人ガスコのうしろにいた事務長テイイが、悲鳴とともにたおれたのだ。
 たおれたと思ったテイイは、すぐはね起きた。そしてげらげらと、とめどもなく笑いだした。
「ちょッ、二度目の失敗だ」
 いまいましそうに怪人ガスコは舌打ちして、電波をだす輪を足許へなげすてた。
 すると、いままで部屋じゅうを荒れくるっていた電光がぱったりと停り、電灯がもとのように明かるくなった。
「わははは。これはいいおもてなしを受けたもんだ。稲妻(いなずま)のごちそうとは、親善の客にたいして無礼きわまる」
 電波が発射されるまえに、三根夫が大放電のスイッチを入れ電光をとばしたので、さしもの電波もテッド博士のほうへは向かわず、かえってあべこべに後へ吹きつけられ、テイイ事務長の頭をおかして、かれの頭を変にさせたのであった。
「おかえりになる道は、こっちであります」
 と、ロバート大佐が怪人ガスコにたいし、わざとていねいにいって腕をのばした。
「ふん。わしは礼をいう。いずれ後から、たんまりお礼をするよ。おい、事務長。みっともないじゃないか。さあ、早くこい。引きあげだ」
 怪人ガスコは、げらげら笑いの事務長を横にして抱えると機関室をでてどんどん走りだした。そのあとから三人の空気服を着た部下が、おくれまいと追いかける。
 帆村とポオ助教授も、それにつづいて走っていく。
 あとにはテッド博士とロバート大佐とが残っていて、顔を見合わせた。
「ロバート君。よくまあだんどりよく、あいつの仮面をはぎ、そしてあいつの害心を叩きつぶしてくれたね。お礼をいう」
「幸運でした、隊長。帆村君とポオ君とそれから三根夫少年が、すぐれたチームワークを見せてくれたのですよ。しかし、あれはやっぱりガスコ氏ですかな」
「それにちがいないと思う。あの緑色のマフラー、あの口のきき方、顔を見せないで、変装してきたことなど、ガスコ氏にちがいない。しかしふにおちないのは、飛行場に残ったはずのガスコ氏が、いつの間にギンネコ号にはいりこんだのか、それがわからない。
「怪しい人物ですね。あれはいったいどういう素性(すじよう)の人ですか」
「それは帆村君にも調べさせたんだがはっきりとはわからない。わかっていることは――」
 といいかけたとき、警鈴(けいれい)のひびきとともに壁の一方にとりつけてあったテレビジョンの幕面に本艇をはなれてゆく怪人ガスコの乗ったロケットがうつりだした。
「隊長、ごらんなさい」と、高声器の中から帆村の声が聞こえた。
「スコール艇長は、かれの部下のひとりが、最後に乗りこもうとして片足をかけたときに艇をだしたので、かわいそうに、かれはハッチから外へほうりだされて、あれあれ、あのとおり宙に浮いて流れています」
「おお、かわいそうに。非常警報をだして僚艇から救助ボートをだしてやれ」
 テッド隊長はむずかしいとは思ったが、いやなギンネコ号の乗組員ながら、ひとりの人命を救うために、重大命令を発した。
 怪人ガスコは、ぷんぷん怒って、ギンネコ号にもどってきた。出迎えた艇員の誰もが怪人ガスコのスコール艇長のそばに寄りつけない。
 ガスコは、艇長室へはいった。
 それからかれの部屋から、ベルがたびたび鳴った。入れかわりたちかわり、いろいろな人が呼ばれたが、いずれも頭や顔に大きなこぶをこしらえて、ほうほうのていで艇長室から逃げだしてきた。
「ちょッ。やくに立つやつはひとりもない。これっきりで、わしがぐずぐずしていた日には、女王(クィーン)から、どんなお叱りをうけるか、たいへんなことになる。こいつはなんでも早いところ、すぐさま宇宙線レンズで、テッド隊のロケット九台を焼き捨ててしまうにかぎる。そうだ。それしか手がない」
 怪人ガスコは、卓上のマイクを艇内全室へつなぐと、それに向かって命令のことばをどなった。
「砲員の全部は、宇宙線レンズのあるところへ集まれ。宇宙線レンズ係りは、すぐ使えるようにいそいでレンズを艇の外へ突きだせ。わかっているだろうが、これからテッド隊のロケットをぜんぶ焼きはらうんだ。わしはすぐ、そこへいく。それまでに用意をしておけ」
 マイクのスイッチを切ると、怪人ガスコは両の拳(こぶし)でじぶんの胸をたたきわらんばかりに打った。そしておそろしい声でうなった。それはどうしても野獣の叫び声としか思われなかった。


   大異変(だいいへん)


 ギンネコ号では怪人ガスコの命令により、宇宙線レンズ砲が、むくむくと動きだし、艇外へぬっと砲門をつきだした。
 あとは、ガスコの「焼け」という号令一つで、このレンズ砲が偉力(いりょく)を発し、たちどころに救援隊ロケット九台を火のかたまりとしてしまうことができるのだ。
 それぞれの宇宙線レンズ砲についている砲員たちは、ガスコの号令をいまやおそしと待ちうけた。
 ガスコは、レンズ砲の用意のできたという報告を受取った。よろしい、いまやテッド博士以下を赤い火焔(かえん)と化(か)せしめ、『宇宙の女王(クィーン)』号の救援隊をここに全滅せしめてやろうと、かれは覆面の間から、ぎょろつく目玉をむきだし、相手をにらんで「焼け」という号令をマイクにふきこむために、その方へ口を寄せた。
 ああ、テッド博士以下の救援隊員の生命は風前の灯である。全滅まえのたった一秒まえである。
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