三十年後の世界
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著者名:海野十三 

 キンちゃんは正吉の手をひっぱって、無理やりに逃げだした。キンちゃんは大力(だいりき)だったから正吉はいっしょに退却(たいきゃく)する外なかった。
 池の水面からは、怪魚たちがおたがいの肩へのっていよいよのびあがりながら、逃げていく正吉とキンちゃんの方を熱心に見送っていた。


   水棲魚人(すいせいぎょじん)


「たいへんだ、たいへんだ。むこうの池の中に、お化け魚がうじゃうじゃいるんだ」
 キンちゃんは宇宙艇のところへかけこむと、大声をたててさわぎだした。
 このさわぎに、マルモ隊長以下が、何事だろうと思って出て来た。
 正吉は、さっき見て来た池の中の怪魚について、くわしく話をした。
「なるほど。それは重大発見だ」とマルモ隊長がいった。
「火星には、植物は生(は)えているが、動物はいないという学者もあるが、君たちは、火星に動物のいることを発見したんだ。お手柄だ」
「ところがですね、隊長。その魚はじつにへんてこりんの形をしているんですよ。そして魚にしては、気味(きみ)のわるいほど、じろじろとこっちを見るのです。ですから、あの怪魚は、地球の魚よりも頭脳が発達していると思うんです。
 しかしぼくは、あんな魚よりも、火星人にあいたいのです。隊長さん。火星人探検には、いつお出かけになりますか」
 正吉は、思っていることを、ぶちまけた。
「火星にわれわれ人間以上の高等な生物が住んでいるというのは、伝説にすぎないのではないかね。ねえ、カンノ君」
 マルモ隊長は、かたわらのカンノ博士をふりかえった。
「そうです。私もそう思います。たとえ火星人というものが住んでいるにせよ、われわれ地球人類よりは下等なものであろうと思いますね」
 カンノ博士は神秘(しんぴ)な火星人説を信じないと明言(めいげん)した。
「おやおや、それでは、せっかく火星人と仲よしになって握手しようと思って来たのに、がっかりしちまったなあ」
 正吉は、ほんとにがっかりした。するとカンノ博士が、正吉を元気づけるようにいった。
「しかし君がさっき見た他の中の怪魚は、たいへん興味がある生物だ。おそらくそれが、火星に住んでいる一番高等な生物ではないかと思うね。先年ガーナー博士がテレビジョン装置をつんだ無人ロケットを飛ばし、火星の上空から三週間観測したが、そのときの報告に、「水中にやや高等なる動物がいるらしい。注意を要する」と書いてある。火星の生物については、ガーナー博士はこのことだけを記している。だから君たちの発見した怪魚はよほど値打(ねうち)のあるものだ。私たちも準備をしておいたものがあるから、それを持って、池のところへ行ってみよう」
「ぼくも連れていって下さい」
「もちろん、案内に立ってもらいましょう」
 それからしばらくして、カンノ博士はスミレ女史と連れ立って、艇内から携帯式(けいたいしき)の無電装置のようなものを背負って出てきた。正吉は目を丸くして、それは何をする機械かとたずねた。
「この装置でもって、例の怪魚のことばや、頭脳の働きを記録してくるんだ。これをあとで分析研究して、怪魚がどんな程度の能力(のうりょく)を持った生物であるか、また、さらに分かれば、その怪魚たちは、どんなことを考えていたか、どんなことをしゃべっていたかなど調べてくるのだ」
「ははあ。それはおもしろいですね」
「ああ、そうだ」
 とカンノ博士は、忘れていたことを思い出したらしく、手をうった。
「正吉君。例の怪魚のごきげんをとるために、なにか彼らの喜びそうな食べ物をもっていってやる必要がある。何がいいかね」
「ああ。怪魚にやるごちそうのことですね。それならキンちゃんにまかせるのが一番いいですよ」
 キンちゃんが呼ばれた。そしてカンノ博士の話が伝えられた。キンちゃんは、
「おっと、そのことなら合点(がってん)だ。あっしにすっかりまかせておきなさい」
 キンちゃんは、それから料理部屋へかけこむと、バックにいっぱい食べ物をつめて、提(さ)げて出て来た。
 そこで一行は、例の池へ出かけた。
 正吉とキンちゃんの組と、カンノ博士とスミレ女史との組に分れ、仕事にかかった。正吉とキンちゃんとは、おそるおそる池のそばへ近よって、怪魚(かいぎょ)のごきげんをとりむすぶのであった。キンちゃんの持って来た食べ物は、怪魚たちをよろこばせた。ことに、ソーダ、クラッカーは、怪魚たちをよろこばせた。ソーダ、クラッカーをなげるたびに、数百ぴきの怪魚たちは水面から宙にはねあがり、落ちてくるクラッカーを途中で自分の口に入れようと争った。そのときに初めて怪魚の全身を見ることができた。それは、じつに怪奇というかグロテスクというか、すさまじい格好(かっこう)と色合(いろあい)のものであった。全長は一メートルよりすこし長いくらいで太短かい。上半身は大きいが、下半身が発達していない。皮膚の色はうす桃色と緑色とのまだらで、腹部は白かった。上下一対ずつの四つのヒレがよく働き、まだ身体のわりに小さい丸い尾ヒレはプロペラのように動いた。
 このふしぎな魚に対し、カンノ博士は「水棲魚人(すいせいぎょじん)」という名をつけた。
 正吉たちが、水棲魚人ともみあっている間に、カンノ博士とスミレ女史は、装置を草むらにすえ、脳波と音波の集録(しゅうろく)をした。


   光る円筒(えんとう)


 カンノ博士とスミレ女史は、集録してきた水棲魚人のことばと脳波の分析研究のため、艇内の実験室に引きこもった。
 複雑な装置を働かせ、めんどうな分析をつづけていった結果ついに博士たちは、予定していた以上の収穫を得た。
 ちょうど、正吉が、その部屋へはいったときは、輝かしい結果が出た直(す)ぐあとだったので、カンノ博士とスミレ女史は、疲れ切った顔に、興奮の色を浮かべながら、正吉にこの研究の成功を話した。
「水棲魚人のことばが、分ったんだ。水棲魚人の脳の働きも分った。やっぱり、水棲魚人は、普通の魚ではなく、高等生物だということが分った。おそらくこの水棲魚人こそ『火星人』の正体であろう。つまり、火星では、あの水棲魚人が一番高級な生物だということになる」
「じゃあ、あの怪魚は、地球でいうと、人類の位置を占めているわけですね」
「そうだ。そしてあの水棲魚人は、やがて水中から陸上へはいあがり、陸で暮らすようになるんだと思う。それから、空を飛ぶことも上手になるんではないかと思う。なにしろ火星は重力が小さいから、飛ぶということはわりあい楽にできるんだ。とにかく進化論の筆法(ひっぽう)でもって、これから水棲魚人が進化発達した姿を想像すると、われわれ人間に似た身体に翼(つばさ)を生やしたようなものになるのではないかと思う」
「おもしろいですね。それは、今から何年のちのことでしょうか」
「さあ、どのくらいあとのことか。早くて二十万年かな、いやもっとだ。三十万年もかかるかもしれない」
「すると、ずいぶん先のことですね。しかし火星に地球人類がどしどし来て、文化を移していくことでしょうから、水棲魚人も、早くかしこくなるでしょうね」
「まあ、そうだろうね」
「でも、地球人類は、常に火星魚人よりかしこいのだから、火星や火星人は、結局わが地球や地球人類の保護をうけて行くことになるんでしょうね」
「それもそうだと思うね。地球人類は火星を植民地とすることだろう。そしてどんどん地球文化を植えつけて、火星の文化水準をできるだけ向上させる必要があるね。火星や火星の生物たちは、地球と地球人類のおかげで、たいへんとくをするわけだ」
「火星には、地球人類よりもえらい生物がすんでいるといううわさがあったので、胸をどきどきさせて火星へ着陸したんですが、もうこのようなことが分ってみると、ぼくたちは不安からのがれたけれど、気がゆるんでしまって、すこしがっかりしましたね」
「ははは、お気の毒さまだったね。それはそれとして、私たちは、火星魚人と話が出来る機械を急いで設計し、それをつくりあげて役に立てたいと思う」
「えッ、火星魚人と話のできる機械ですって。それはすばらしいなあ。いつになったら、それは出来上りますか」
「早くても一週間はかかるだろうね」
「もっと早く出来るといいんだがなあ、ぼくも手伝わせて下さい」
「よしよし。手伝ってもらいましょう」
 正吉にはあと一週間が待どおしくて、仕方がなかった。
 ところが、その一週間がたたないうちに、思いがけないことが起った。
 というのは、それから四日目の夜のこと、大空に何とも知れず大怪音がひびきわたった。ごうごうというあらしに似てもっとすごいひびきだった。空気はひどく震動し、やがては地ひびきまで起った。
 マルモ探検隊員の多くは起き出して、戸外(こがい)を見た。その怪音の正体は、目に見えた。それは空から落ちてくる「光る円筒」であった。それは天空から無数に落ちて来て、今マルモ探検隊が宿営(しゅくえい)しているとことから二キロばかりはなれた地点に落下した。おどろいたことには、その「光る円筒」は地面の上に、規則正しい角度でずぶりずぶりと突きささり、そして見る見るうちに、竹でこしらえた垣のような形となった。
「なんだろう、あれは……」
「ふしぎな。宇宙艇でもないし、いったいなんだろう」
 そういっているうちに、あとから落ちてくる「光る円筒」は垣みたいなものの一段上に規則正しく並びだした。さらにまたその上に積みあげられたようになっていって、やがて「光る円筒」でもって、巨大な塔が出来た。すばらしい建築だ。あのすばらしい力を、だれが支配しているのであろう。とても、われわれには出来そうもないことだ。カンノ博士もスミレ女史もすっかり青ざめて、無言で「光る円筒」のはなれ業(わざ)をじっと見つめている。


   ぼう然自失(ぜんじしつ)


 カンノ博士の顔色が変わった。
 スミレ女史も、息をつめて光る怪塔の方へ、大きな両眼をくぎづけにしている。
 探検隊長のマルモ・ケンだけは、さすがに探検の場かずをふんでにやにや笑いながら怪塔を見まもっている。
「隊長。私は夢を見ているんではないでしょうね」
 マルモ・ケンのところへ、よろよろとよろけて走ったのはカコ技師だった。
「夢じゃないよ。カコ君、しっかり目を開いて、よく見ておくんだな」
「隊長。いったい、あれはなんですか。何事があそこで起りつつあるんですか」
 カコ技師は、かん高い声を隊長にぶっつける。
「わしには分らない。わしよりも、君の方が専門じゃないか」
「なんとおっしゃいます」
「宇宙弾(うちゅうだん)――といったようなものではないかね。とにかく、この火星の外から飛んで来たものにちがいない」
「宇宙弾といいますと、どんなものですか」
「おいおい、わしに聞くのはだめだよ。それよりも君の専門の眼でもって。あれをよく観察した上で、早くわしに報告してもらいたいな」
 宇宙弾の説明を、マルモ隊長は、それ以上しないで、笑いにまぎらせた。カコ技師は、ようやく気がおちついてくるのをおぼえた。
(そうだ。技術者たるものが、こんな場合にあわてるのははずかしい。よろしい。あれはなんだか正体を見やぶってやろう)
 彼は、双眼鏡(そうがんきょう)をとりあげ、光る怪塔へぴったりとつけた。
 正吉とキンちゃんが、肩をならべて、光る怪塔をぽかんとながめている。
「あれあれ、すごいぞ、また一段高くなった」
「カン詰の塔みたいだよ。あの中に、なにがはいっているのかしらん」
 光の塔は、だんだん高くなる。次々に円柱(えんちゅう)のようなものが落下して来て、すでにつみあげられた塔の上につきたち、塔をだんだん高くしていくのであった。
 正吉には、塔がだんだん上へのびあがっていくのがふしぎで、おもしろかったし、キンちゃんは、あの円筒の中に何がはいっているのか気になった。
「いよいよ、これは奇怪至極(きかいしごく)じゃ」
 二人のうしろで、老人の声がした。正吉がふりかえってみると伯父のモウリ博士であった。正吉は、いいときに伯父がそばに来てくれたので、よろこんだ。
「おじさん。あのすばらしい塔は、なんですか。何を火星人がこしらえているんですか」
 正吉は、知りたいことをモウリ博士にたずねた。
 すると博士は、首をちょっとかしげて、
「火星人といえば、例の水棲魚人のことだ。あれが火星で一番かしこい生物だという話だから、そうなると、水棲魚人の力で、あんなりっぱな塔が建つとは思われないね」
「じゃあ、あれを建てているのは何者ですか」
「さあ、それが分かれば、みんな分かるんだが、何者の仕業か見当がつかない。しかし人間業(にんげんわざ)とは思われないね」
「それでは、だれなんでしょうか。火星人でもなく、人間でもないとすると、いったい何者ですか」
「そばへ行って、よく調べてみないと、はっきりしたことは分からないが、ひょっとすると他の星から飛んできた生物の群れかもしれないね」
「ええっ、他の星から飛んできた生物ですって。そんな生物がいるんですか」
「いないと断言(だんげん)はできない。現にわしは月世界の生物を発見しとる。火星の生物は、水棲魚人という幼稚な生物にしても、他の星には、もっと高等な生物がすんでいて、それが火星へ飛来(ひらい)したのかもしれないね」
「地球と火星のほかに、生物のすめる星があるんですか。あれば金星ぐらいのもので、土星だの水星だの、海王星や天王星や冥王星(めいおうせい)なんか、生物がすんでいない星だということを、本で読んだことがありますねえ」
「わしが、さっき考えたのは、そういうわが太陽系の遊星に住んでいる生物のことではないのだ。もっと遠いところに住んでいる生物じゃないかと思うんだ。知ってのとおり、この大宇宙にはわが太陽と同じようなものが何億もあって、そのまわりには、わが地球や火星と同じような遊星がぐるぐるまわっているのが、ずいぶんたくさんあると推定されている。その中には、生物が住んでいる星がもちろんあるはずだ。そしてその生物が人間のようにかしこいものもあればまた人間以上にかしこいのもあろう。そういうかしこい生物は、人間が想像することのできないほど大仕掛(じかけ)の仕事をやってのけるだろう、と思うね」
「あっ、そうか。するとおじさんは、あの光る怪塔をこしらえているのは、わが太陽系以外の星に住んでいて、人間よりもずっとかしこい生物だというんですね」
「いや、わしはまだそこまで、はっきり断定(だんてい)してないよ。とにかく、もっとそばへいって、よく調べた上でないと、なんともいえないが、そういうことも、頭の片すみにおぼえておくといいね」
「えらいことになったぞ」
 と、キンちゃんが、目をまるくして、ため息をついた。


   つのる恐怖


 光る怪塔はピラミッド型に十五階まで出来てようやくおさまった。
 おそろしさをしばらくおあずけにしておくと、まことに見事な建築物に見えた。
 マルモ探検隊では、基地に双眼鏡や望遠鏡をすえて、一秒といえども、怪塔から監視の目をはなさなかった。
 カコ技師などは、すぐにも怪塔のところへ近づいて調査をしたがった。しかしマルモ隊長は、それをゆるさなかった。
「もうすこし遠くから様子を見てからのことにしないと、危険だ。君たちは、われわれの宇宙旅行に必要な人なんだから、そういう危険が考えられるとき、行くのはやめてもらいたい」
 隊長は、そういった。
 これには、カンノ博士とスミレ女史の進言(しんげん)が、一つの力になっていた。
 この二人の科学技術者は、光る怪塔に対して、強い警戒心をおこしていた。とにかく、探検隊の一大危機が来たと考えるのが正しいと、マルモ隊長にいったほどだ。
 そのために、マルモ隊長は、宇宙艇がいつでもこの火星から離陸し、宇宙へとびだすことができる用意をして、待機(たいき)していることを命じた。
「あの怪塔の中から、何者が出てくるか、それが問題の別れ目です」
 とカンノ博士はいう。
「いままで観察して来たところによれば、あのような怪塔をあのような方法で組み立てるというのは、人類に近い生物でないと出来ないことです。そして、人類よりもずっと高級な生物にちがいありません。われわれよりも、すこしでも高級であるならわれわれは非常に不利な立場におかれるわけで、これからは怪塔の主に、あたまをおさえられていなくてはならんですからねえ。こんなところへ来て、われわれが捕虜(ほりょ)か奴隷(どれい)のようになるのはいやなことです」
「わたくしは、あの怪塔が、急に大爆発を起すのではないかと思いますの」
 とスミレ女史が語る。
「なんのための爆発かといいますと、火星の地質をしらべるためだと思います。あれを発射した者は、遠くから爆発のおこったときにどんな色の火が出るか、どのくらいの時間燃えるかなどと、いろんなことを観測しようと思って、用意しているんだと思いますわ。もちろんそれは、やがて彼らが、この火星へ移住して来るための準備作業だと思いますわ」
「なんとかして、一刻も早く、相手の正体をたしかめる方法はないものかなあ」
 マルモ隊長は、隊員をひきいている責任上、そのことを知りたいのだった。危険ならば、一刻も早く隊員をまとめてこの火星を去ることにしたい。あの怪塔を探検して、こんどの宇宙旅行のおみやげをふやしたい。
「そうだ。いいことがあります」
 とカンノ博士が、目をかがやかした。
「いいこととは、なにかね」
「隊長。あの水棲魚人と問答をしてみたいと思います。つまり、水棲魚人は、あのような怪塔をはじめて見たかどうか、それをきいてみましょう。たびたび、あんなものが落下して来たのならそれがどんな仕掛のものであるか、どんなことをするものであるか。それが知れると思います」
「それは名案だ。さっそくきいてみるがいいが、そんなことが出来るのかね」
「それはできます。私とスミレ女史(じょし)とで、この間から水棲魚人と、思っていることを話し合う研究を完成していますから、大丈夫です」
 そこでカンノ博士とスミレ女史とは、装置をかついで、水棲魚人の大ぜい集まっている沼のところへ出かけた。正吉も、このことを聞いて、おじさんのモウリ博士といっしょに、一行に加わって行った。
 その会見の光景は、ふしぎなものであったし、また記録すべきものであった。
 人類と水棲魚人の頭脳の中におこる脳波をとらえて、装置が、相手に分るような脳波に直して、相手に伝えるのであった。だから、口をきかなくても、ただ、相手に聞きたいことを、頭の中で思うだけでその質問は相手に通じた。
 相手の方でも、それをことばで返事を頭の中で思えば、それで通じるのであった。
 水棲魚人は、人類よりもずっと劣等(れっとう)な生物だったから、こみいったことを返事することはできなかった。それだから、水棲魚人から返事をとることには成功したが、人間同士の話のようには、はっきり通じなかったのは、やむを得ない。ともかくも、水棲魚人がこたえた要点を、次にしるしておこう、
「あんなものは、はじめて見た……空を、あんなものが一つか二つとぶのを見たことはあるが、あんなにたくさんとんできたのは、はじめてだ……いつまでも、全体があんなに光っているものを、今まで見たことはない……一つか二つでとんできて、その中から生物がぞろぞろ出てきたことは、今までにもある。君たちも、その一例だが君たちではなく、もっと身体の形のちがった者が来たこともある。彼らは、ながくいなかった。みんな帰ってしまった……彼らは、われわれの仲間をつれていった。それっきり、帰ってこない。君たちは、そういうわるいことをしないようにしてくれ……めずらしい、うまいたべものをたくさん、われわれにくれ……」
 水棲魚人からはこんなことしかきくことができなかった。
 しかしこのかんたんな返事の中からも、重大な発見がいくつかあった。
 すなわち、光る怪塔は、はじめて見るものであるということ。
 人類以外の生物が、今までに、この付近へ着陸したことがあること。
 この二つは、非常な重大なことであった。大警戒が必要となった。あの怪塔から、人類以外の生物がとびだしてくる可能性は十分にあるのだ。そのときマルモ探検隊が最悪の危機をむかえることは、今さら覚悟をあたらしくするまでもないことだった。
 このへんで、マルモ隊長は、はらをきめなくてはならない。


   意外な正体


 ついに、決死の偵察隊が、光る怪塔のところへ派遣(はけん)されることになった。
 その人選は、マルモ隊長がした。
 カンノ博士が偵察隊員に任ぜられた。
 それからカコ技師に、タクマ機関士、それに正吉少年の四名だった。
 ところがコックのキンちゃんが、ぜひつれていってくれといってきかない。ことに、彼は正吉少年の身の上を心配して、正吉が行くところへは、ぜひ自分を護衛者(ごえいしゃ)としてやってくれと、隊長へ熱心にねがった。
 そのあげく、キンちゃんの願いは、ついにゆるされた。正吉とキンちゃんとは大よろこびで抱(だ)きあった。
「それでは、行ってきます」
 と、カンノ博士は、さすがに顔をかたくして、マルモ隊長以下に別れのことばをのべた。
「成功をいのる。みんなの運命が、君たちの行動にかかっているんだから、自重(じちょう)してくれたまえ」
 マルモ隊長は、そういって、目をまたたいた。
 一行五名は出発した。
 のこる隊員は、やはり怪塔への監視をゆるめなかった。もし塔内から何者かあらわれた場合にはすぐ信号をもって、カンノ偵察隊へ知らせることに、手はずができていた。
 だが、怪塔はしずまりかえっていた。いつまでたっても、ネズミ一匹も出てこなかった。それだけにますます気味がわるくてしょうがなかった。
 あまり遠い道のりでもないので、カンノ博士一行は、やがて光る怪塔に近づくことができた。
 そばへよって見ると、いっそうすばらしい建造物であった。
 しーんとしている。ただ塔は、青白く光っている。
 塔のまわりをまわった。塔には、窓もないし、入口らしいものもない。ただ円柱(えんちゅう)がより集まって、高い塔をつくっているだけだ。
「文字みたいなものがありますね。一階が二階につくところですよ。たしかに文字だ」
 そういったのは、正吉だった。
 それは装飾(そうしょく)のように見えた。しかし、正吉のいったように、文字だと思ってみると、文字のようでもあった。アルファベットなのである。
「なるほど、これはふしぎだわい」
 カンノ博士も、急に目をかがやかせて、それを見上げた。
 文字は、へこんでいた。それが熱のために摩滅(まめつ)したと見え、文字として残っていたのだ。
「なんの文字? 人間の使う文字かい」
 キンちゃんが正吉の腕をゆすぶる。
「アルファベットだよ。人間の使う文字だ」
「そうかい。なんだ、おどろかされたね。それじゃ、この塔は地球からとんで来たものじゃないか。中には、うんとごちそうが入っているんだろう」
 キンちゃんは、ずばりといった。
 まさか――と、正吉は思ったし、カンノ博士たちも、そこまでは考えなかった。
 ところがキンちゃんのいったことはだいたい的中したのだった。
 文字を読んでみると、次のような文章になった。
「マルモ探検隊に贈る。この資材を有効に使って、大探検に成功せられるよう祈る。ニューヨーク市マンハッタン街、世界連盟本部科学局より」
 読み終って、カンノ博士たちは、へたへたとその場にしりもちをついた。それは緊張の頂上から、安心の谷へ、一度に落ちたからであった。
 他の遊星と出会いおそろしい争闘がはじまるものと覚悟して、おそるおそる近づいた光る怪塔は、そのような恐怖すべき危険なものではなく、そのあべこべのものだったのである。まったくそんなことを予期もしていなかったのに、マルモ探検隊のことを心配して地球上から見まもってくれていた世界連盟本部からの温かい貴重な贈物だったのである。救済物資(きゅうさいぶっし)がいっぱいはいっている塔だったのである。食糧、衣料、燃料、機械工具などいっぱいつまっている。飛ぶ倉庫だったのである。アメリカの持つすぐれた科学技術だ。一本一本の円筒(えんとう)の中に、それらのものがていねいにはいっていた。もちろんそれを開く方法も記されてあった。
 キンちゃんの第六感は、するどく命中したのであった。
「キンちゃんは、すごいんだね。見直したよ」
 と正吉はキンちゃんの手を握って振った。
 マルモ探検隊は、これらの物資を十分に有効に使い、それから三ヶ月間火星に踏みとどまって火星の探検を十二分に果たし、その翌年早々無事に地球へ帰還した。
 もちろん一行は大歓迎を受けたが、隊長以下は休むひまもなく探検報告のため、各地を訪問した。
 正吉もキンちゃんも、いつも一行に加わっていた。正吉はマルモ隊長の秘書をつとめ、キンちゃんはあいかわらず、一行のためにおいしくて栄養たっぶりな食事を用意するのを仕事にしていた。
 マルモ隊長は、報告の最後のところを、かならず次のようなことばで結ぶのであった。
「われわれ地球人類は、このさい急いで大宇宙探検計画をたて、一日も早くそして一人でも多くその探検に出発するのでなければ、やがて他の遊星生物のためにお先まわりをされてしまって、地球人類の発展はきゅうくつになるおそれがあると信じます。
 世界の人々は今すぐにも手をとりあって、この重大なる仕事にかかりたいものです」
 さすがにマルモ隊長は、未来をよく見ている。地球人類の繁栄は、たしかにマルモ隊長の指し示す方向にある。それを早くさとって実行にうつすのが、世界人だ。少年少女たちは、やがてかならずこの重大な仕事につくのだから、今からいっそう勉強しておかなくてはならない。




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