三十年後の世界
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著者名:海野十三 

 それにより、さっそく全員を動員して、すぐ真下を掘りはじめた。
 あった。出て来た。おびただしい貴重燃料のルナビゥム!
 莫大(ばくだい)な量にのぼるものだったが、それをわずか一時間あまりで、全部艇内に取りこむことができた。これだけあれば火星を訪問して、地球へ戻るには十分すぎる。マルモ隊長はじめ全隊員は、どのくらい心丈夫になったかしれない。
「おや、来たらしいぞ。あの地ひびきは、月人の大軍が近づく音にちがいない」
 モウリ博士は月世界に住みなれたせいで敏感(びんかん)だった。
 すわこそ、月人の大襲来だ。
 マルモ隊長は、急ぎ出発用意の命令を下した。全隊員は、ルナビゥム運搬(うんぱん)で疲れ切った身体を自ら叩きはげまして配置につき、死力をつくして急ぎ出発準備をととのえにかかる。これには、まだいささか時間が必要であった。
「用意よろし」の報告を待つマルモ隊長は、ついにそれを待かねて、探照灯の点火を命じた。
 青白い数條の光が、さっと巨艇からとび出した。その光が、でこぼこの月面を照しつけ、左右に掃(は)いた。おどろいたことに、どの光も、ものものしい月人部隊の進撃姿をいっぱいに捕えていた。
 その数は何十万とも知れぬ月の大軍だ。
「出発用意よろし」の報告は、まだマルモ隊長のところへはとどかない。そばに立っている正吉は、気が気でなかった。
 はたして月人の襲撃前に、わが「新月号」は月世界を離れることができるかどうか?


   アブラ虫競走


 マルモ探検隊員をのせて、ロケット新月号は今や大宇宙を矢よりも早く進む。
 暗黒の月世界をだんだんはなれ、その向こう側の昼の面が、大きな三日月の弧(こ)となって動きあがって来る。
 これからロケットは、いよいよ火星のあとをおいかけることになったのだ。
 ここ当分は、たいくつな航空がつづく。いかに希有燃料(きゆうねんりょう)ルナビゥムをたくさん使っても、火星においつくまでには、約三ヶ月の日数がかかる計算になっていた。
 乗組員たちは、今からたいくつになってはたいへんだと、たいくつをまぎらすための、いろいろな工夫をこらす。
 将棋のトーナメント競技を計画して、入会をすすめる者がある。
 卓上ベースボールのリーグ戦をするメンバーを募集してまわる者がある。
 おとなしいところでは、地球から放送されるテレビジョンによって、これから三ヶ月間に、編物講習を勉強しようと決心する者もあった。
 正吉少年が通路を歩いていると、料理番のキンちゃんに、ばったり出会った。キンちゃんとは、しばらく顔をあわせなかった。二人は別に働いていたからだ。そのキンちゃんはにこにこしている。
「キンちゃん、どうしたの。たいへんうれしそうだね」
 と、正吉が声をかけると、キンちゃんはいよいよ顔をくずしてげらげら笑い。
「うふッ。ちび旦那(だんな)。わしんところが、えらい人気なんですぜ」
 ちび旦那などと、キンちゃんは失敬なことをいう。が、なかなかごきげんよろしい。どうしたわけだろう。
「なにが大人気だというの」
「いや、実は、わしのところで、ちょっとした競走をはじめたんですがね。それが大繁昌(だいはんじょう)なんで。みなさんがどっとおしかけてきてね、部屋の中がぎゅうぎゅうで、たいへんなんですよ」
「どういうわけで?」
「どういうわけでといって、つまり、わしの考えだした競争に人気がすっかり集まってしまったんですよ」
「誰が競争するの」
「誰って、つまりアブラ虫ですよ」
「アブラ虫だって? アブラ虫かい」
 正吉は、おどろき、そしてあきれた。
 キンちゃんの方は、どうですといいたげに、にやにや笑って、
「食堂に出てくるアブラ虫を、大切にして飼っておいたのです。かなり大きいのがいますよ。横綱というのは、一番大きくて、腹が出っぱっているのです。そのかわり、競走させると案外おそいのでねえ」
「なんだって、アブラ虫なんか飼っておいたの」
「たいくつだからですよ。アブラ虫だって、生きてうごいていれば友だちのかわりになりますからねえ。それにバターをなめさせたり、ジャガイモをくわせたりしていると、アブラ虫もだんだんわしになついてくるんでね。そりゃとてもかわいいですよ」
 キンちゃんは目を細くして笑う。
 そのキンちゃんが、ぜひコック部屋へ見にきてくれというので、正吉はそのあとについてのぞきにいった。
 すると、部屋の外まで、人間のお尻がたくさんはみ出している。みんなアブラ虫競走に賭(か)けて夢中になっている連中だった。
 キンちゃんのかわりに、散髪夫(さんぱつふ)の虎(とら)さんというのが、ちゃんとアブラ虫を指揮して競走をやらせていた。経営者側のキンちゃんも虎さんも、だいぶんもうかっているらしい。しかし、かんじんのアブラ虫は、そうたびたびは競走をくりかえさない。つまり競走をするのも、バターやジャガイモをなめに行くためであるから、一回なめると腹がふくれる。二度目、三度目といううちに、すっかりたべあきてしまって、ゴールのところでバターがにおっても、あぶら虫はかけださないのだ。
「ねえ、ちび旦那。あんた一つ、あぶら虫を飼って、数をふやす係をやってくれませんか。そうしたら、うんと手当を払いますぜ」
 キンちゃんは、大まじめでそんなことを正吉に申し入れた。
 正吉は、アブラ虫にくいつかれたことがあって、アブラ虫はきらいだからと、キンちゃんにことわりをいった。


   月人(げつじん)の秘密


 それから正吉は、艇長室へいった。
 そこではマルモ隊長をはじめ、カンノ博士やスミレ女史、それからカコ技師もあつまっていた。
 もう一人、モウリ博士の白髪頭(しらがあたま)が交(まじ)っていた。博士は、さっきまで寝ていたはず。ここへ出てきたのは、疲れが直ったからであろう。思いのほか元気な老博士だった。
 みんなは、モウリ博士の話に熱心に聞き入っている。
「おお、正吉か。ここへおかけ」
 博士は、にこにこと正吉の方へ笑顔を見せて、すぐそばの椅子を動かした。
「今、みなさんに、月人の話をしていたところじゃ。お前も話が分かるなら、聞いていなさい。きっと参考になるからねえ」
 そういって老博士は、またみんなの方を向いて、手をふり顔をふりして、月人のふしぎな生活について語りだした。
「月人は、月の表面に、たくさんの出入口を作っている。そこから中へはいりこむと、もちろんそれはトンネルのようになっているんだが、斜(なな)めに掘ってある。左右は階段になっているが、まん中はよく滑(すべ)るように、磨(みが)いた岩石の舗道(ほどう)になっている。つまり、これが子供の遊び場にある『おすべり』と同じ作用をするのだ。滑(すべ)って、早く下へ行けるように考えてあるのじゃ。月人は、なかなか工夫をするのが上手だ」
 そこで老博士は、正吉の方へふりかえった。正吉が熱心に聞いているのをたしかめると、にっこり笑って、また顔を正面に向け直した。
「滑(すべ)り下りると、そこには一つの関所(せきじょ)がある。重い回転扉のはまった球形(きゅうけい)の大きい洞穴(どうけつ)みたいな部屋だ。つまりこの部屋は、空気の関所だ。それより奥は、空気が濃(こ)いのだ、手前の方は空気が薄い。その境界(きょうかい)になるのが、この回転扉だ。そこでこの回転扉をまわして中へはいると、その奥には、またもや下へ下りるトンネルがある。構造は、さっきのトンネルと同じことで、まん中のところは『おすべり』ができるようになっており、両側には階段がついている。なかなか大仕掛(おおじかけ)だ」
「すると月人は、土木工事に優秀な腕前を持っていると見えますね」
「そうだよ。わしもたしかにそれを認める。月人は、あの寒冷(かんれい)で空気のない地面を持っている月世界に、自分たちの生命をつなぐためには、土木工事に上達しないわけにはいかなくなったんだ。つまり、月人は、土地を掘って、地中へ、地中へ、と下りていったんだよ。表面は寒冷でも中はずっと暖かいからね。それに、空気は月の表面からとび散ってしまったが、地中にはいくらかそれが残っていたのだ。だから月人は、地中深く姿を消し、そしてその子孫が今もなお生命をつないでいるんだ。全くけなげな連中だ」
 モウリ博士は、力をこめて、そういった。月人を恐怖する博士も、これまでに月人がたどった運命と、忍耐(にんたい)づよい努力とには、同情し、敬意をもっているのだった。
「でも、おじさん。そればかりの空気ではたくさんの月人が暮らしていけないでしょう」
 正吉は、そういった。
「いや実際、地中にもぐってみると、案外に空気のたまっているところがたくさんあったのだ。もちろん、そのとき地中にもぐった月人の総数はそんなにたくさんではなかったらしい。数千の集落のうちのいくつかが、地中にもぐりこむことに成功したのだそうだ」
「すると、月世界の空気はある時機になって、急に月の表面から消えてしまったのですか」
「そうなんだ。どうしてそんなことが起ったかというと、そのとき、月のごく近くを、かなり大きい彗星(すいせい)がすれちがった。そのとき月の表面へ、はげしく彗星の一部分が衝突した。そのとき、たくさんの月人が死んだ。彗星が去った。そのときに、月世界の表面から空気がなくなったという話だ。これは月人が子孫にいいつたえている、いわゆる伝説なんだ。だが、これはたしかにほんとうのことらしく思われる」
 モウリ博士の話は、いよいよ奇怪味を増してくる。
「月人は、今いろいろな方法でもって、地中で空気を製造している。われわれ地球人が、水道の栓(せん)をひねって、水を出してのむように、月人たちは、自分の家――それはもちろん地下の穴倉式(あなぐらしき)のものなんだが、そこに住んでいて、部屋にひいてある管から、必要のときに空気を出して吸って生きている。そしてさっき話したように、空気が割れ目などを通って地面の外へにげることをおそれ、地表と地中との交通路は、空気をなるべく洩(も)らさないように、厳重な仕掛かりでふせいである」
「なるほど。それでさっきのトンネルや回転扉の話とつづくんですね」
 一座は感動して、みんな溜息(ためいき)をついた。有名な探検隊長として知られているマルモ・ケンさえ、モウリ老博士がしたほどの深い月人の秘密については、今まで知らなかったのだ。
「そうだ。さっき話したトンネルと回転扉の数珠(じゅず)つなぎだ。第一の回転扉の次に、またトンネルがあり、その先に、また第二の回転扉があるという風に、少なくとも第五の回転扉を経(へ)なければ、月人の居住区へは達しないのだ。わたしは、その居住区に永い間暮していたんだ」
「おお、モウリ博士」
「月人は空気をあまりに大切にするあまり、月世界の表面へ出ることも、たいへんいやがる。だから、知能は、われら地球人間よりもすぐれているところがあるし、地球にない貴重な資源を豊富に持っているのに、彼らは一台の飛行機さえ持っていないんだ。だからこのロケットが、月世界を離れて飛びだしさえすれば、あとは月人に追いかけられて危険な目にあうというようなことはないわけだ」
「ああ、そうですか。それを聞いて、たいへん安心しました」
 マルモ隊長も、はじめてにっこり笑った。


   見え出した火星


 火星へ、火星へ――
 ずんずんとロケット新月号は、大宇宙を進んで行く。
 月世界を離れたとき、火星への距離はだいたい七千万キロだった。
 三ヶ月ほどの進空(しんくう)ののち、火星に達する計算であるが、そのときは火星が地球や月に対して一番近くなっているときで、火星と地球との距離は五千六百万キロほどになっているはずだった。
 だから月世界を離れたロケット新月号は、当時の火星の距離七千万キロを飛ばなくてもすむのだった。つまり三ヶ月のうちに、火星の方が自分でこっちへ近づいてくれるから、それだけ新月号の方では行程(こうてい)を短縮(たんしゅく)することができるわけだった。
 貴重なる資源ルナビゥムを積みこむことが出来たので、新月号のスピードは予定のとおりにあがり、火星へ達(へ)する日も、予定日を狂わないだろうと思われた。
 万事が好調にいっている。
 一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、次の第三ヶ月目にはいった。
 新月号と地球との間には、たえず通信が交換されており、テレビジョンも受けたり、こっちから送ったりしていた。だが、この退屈(たいくつ)で平穏(へいおん)な暗黒(あんこく)の空の旅は、地球の方ではあまり歓迎しなかった。
 それにひきかえ、乗組員たちは、地球からの通信やラジオ放送やテレビジョンを、出来るだけ多く受信して、聞いたり見たりしたがった。むりもないことであった。もうほんとうに、いつも同じ新月号の中に起き伏しし、窓から外をのぞけば、いつも同じようにまっくらな空にダイヤモンドをちりばめたように星が光っているのであった。全くこの単調な生活には、どんな辛抱づよい人間でも、がまんがならなくなるのだ。
 そのころ、この唯一(ゆいつ)の、そして最も大きな慰(なぐさ)めである通信がどうも今までのように、工合よくはこばなくなった。
 通信局の連中は、ようやく仕事の種が発生したので、退屈からのがれると、大よろこびであった。
 だが、通信の不調の原因は、よく分からなかった。これが地球の上なら、磁気嵐(じきあらし)のせいであるとか、デリンジャー現象だとかいえる種類の不調だったが、こんな宇宙の一角で、そうした原因でこんな不調が起るはずはなかった。
「これは重大だ。ひょっとすると、一大椿事発生(ちんじはっせい)の先触(さきぶれ)かもしれない。みなさん、ゆだんなく気をつけて下さい」
 通信局長のスミレ女史は、とうとう全局員に対し、警戒を命じた。
 計算によると、あと二週間で、火星に達するあたりまで、新月号は近づいた。
 火星の姿が、地球から見る満月(まんげつ)の倍くらいの大きさに見えるようになった。
 しかし、火星の輪郭(りんかく)も、ぼんやりとしている。全体が赤橙(だいだい)色にぬられていて、なんだかうす汚い。黒緑色の線が、網(あみ)をかぶったように走りまわっているのも見える。極のところには白冠(はくかん)が、ひときわ明るく光っている。
 まちがいなく火星は、指呼(しこ)の間に見えているのだった。
 艇長室では、幹部の間に、火星のうわさがとび交(か)っている。
「モウリ博士。あなたは火星へ行かれたことがありますか」
「いや、こんどがはじめてですよ。しかしかねがね行ってみたくて、研究はしていましたよ。火星は、実に興味の深い星ですね」
「そうですとも。昔からさわがれ、そして今も一番人気のある星ですね」
「マルモさん。あなたは、火星へ何回ぐらい行ったんですかい」
「行ったというと、上陸したという意味ですか。それなら、二回だけです。そして、どっちの場合も大失敗でした。上陸する間もなく、生命からがら離陸しなくてはなりませんでした。火星は全く苦手(にがて)です」
「あんたでも、そうなのかね。これは意外だ」
「だから今度は、どうしてもうまく上陸して、火星人とも十分に話し合いたいと思います」
「火星人と話し合う。ふーん、そうかね」
 モウリ博士は、大きく目をむいた。


   宇宙塵(うちゅうじん)


「通信がさっぱりだめになったんですって」
 正吉は、そのうわさを聞くと、心配になって無電室へ行き局長のスミレ女史(じょし)にあって様子をたずねた。
「ええ、その原因が分かりましたから、もう安心しています」
 スミレ局長は朗(ほが)らかにいった。
「すると、通信能力はもう前のように回復したんですか」
「さっぱりだめなのよ」
 通信がうまくできないのに、朗らかに笑っているスミレ局長の気持ちが、正吉にはよくのみこめなかった。
「それじゃ困るですね」
「でも仕方がないのよ。あたしたちの力ではどうにもならないことなんです。火星のまわりには、宇宙塵(うちゅうじん)がたくさんあつまっている層があるんです。本艇はいまその中を抜けているから、電波が宇宙塵にじゃまをされて、通信がうまくいかないのです」
 局長の説明で、正吉は「なるほど、そんなことか」と、はじめて分かった。
「宇宙塵て、正吉さんは知っているでしょう」
「宇宙にたまっている塵(ちり)のことでしょう」
「そんなことをおっしゃるようでは、本当にご存じないようね。いったい、どんな塵だと思っていらっしゃるの」
「さあ」
 正吉はそこまでたずねられると返答に困った。
「宇宙の塵というんだから、つまり宇宙旅行中に遭難してこわれたロケット艇なんかの破片や、その中からとび出した人間の死骸(しがい)や机や、イスや、そんなものが塵みたいになっているのを指していうのでしょう」
「いいえ、ちがいますわ。宇宙塵というのは宇宙をとんでいる星のかけらのことです。つまり隕石(いんせき)も宇宙をとんでいるときは宇宙塵といえるわけです」
「ああ、そうか。なるほど宇宙の塵ですね」
「火星のまわりをとりまいている宇宙塵は、隕石の集まりではなく、大昔に火星のまわりをまわっていた火星の衛星の一つがこわれたものだともいわれ、また、そうではなくて、いまのところその宇宙塵はどうしてできたかその原因は分からないのだともいわれます。とにかく火星のまわりを無数の星のかけらが包んでいるものにちがいありません。そういうものがあると、電波は宇宙塵に吸いとられてしまって、達しにくくなるのです」
「ああ、やっと通信の調子のわるいわけが、ぼくに分りました」
「そして、宇宙塵のあるかぎり通信がうまくいかないわけですね」
「そうです。だから、火星は、地球人とちがって、電波を利用することがあまり上手でないかもしれませんね」
 正吉とスミレ女史がこうして話をしていたとき、ガーンとだしぬけに大きな音がした。それと同時に、ロケット艇はばらばらになるのではないかと思うほど、ひどく震動(しんどう)し、そして正吉もスミレ女史も床の上にたたきつけられた。室内の器具で、ひっくりかえったものは数をしらず、機械の間から花火は出、警報ベルは鳴りだすというえらいさわぎであった。そして停電になった。
「あ、痛い」
「な、なんでしょう」
 電気が来た。それと同時に高声器が大きく鳴りだした。
「火災が起った。中部倉庫だ。必要配置員を残して、全員は中部消火区へ集まれ」
 さあ、たいへんだ。
 宇宙をとんでいる間に火災を起したくらい不安な出来ごとはない。なぜそんな火災を出したのか。
 正吉は、どこの部屋の必要配置員でもなかったから、すぐに中部消火区へかけつけなくてはならなかった。でも、あまり不安が大きかったので、かけだす前にスミレ女史にたずねた。
「どうして火事なんか、ひき起したのでしょうか」
「それはきっと、大きな宇宙塵が本艇の中部倉庫の付近へ衝突(しょうとつ)して、中部倉庫にしまってあった燃料が発火したのでしょう」
 女史は、そう答えた。
「へえーツ。そんな大きな宇宙塵があるのですか」
「大きさが富士山くらいある宇宙塵は決して少なくないと、今まで知られています」
「富士山くらいですか。そんな大きなものも、塵(ちり)とよぶのですか」
「宇宙の塵だから、大きいのですよ」
「そんな大きな塵にぶっつかられたら、本艇(ほんてい)なんかひとたまりもなくこわれてしまうじゃありませんか」
「そうですとも。幸いにも、さっき本艇に衝突したのは、小さい岩くらいのものだったのでしょう。あ、信号灯がついた。わたしをよび出しています。めんどうな仕事がはじまるのでしょう。あなたも早く、消火区へ行ってお働きなさい」
 スミレ女史は正吉にそういって、受話器を頭にかけた。


   火星に着陸


 正吉は、中部消火区へ急いだ。
 もうみんな集まっていた。
 なるほど燃料倉庫の一つから、ものすごく火をふきだしている。
 きいてみると、やっぱりスミレ女史のいったとおり、宇宙塵のでかいやつが衝突して発火したのだという。
「火事は消せますか。本艇は爆発しませんか」
 正吉は心配のあまり、消火区長として指揮をとっているトモダ学士にたずねた。
「火事はなんとか片づくと思うがね。しかし困ったのは宇宙塵が本艇にぶつかって横腹(よこっぱら)へあけた大穴の始末だ。そこからどんどん艇内の空気がもれてしまうんだ。そうなると本艇が貯えている酸素をどんどん放出しなくてはならない。困ったよ」
 トモダ学士は、頭を左右にふる。
「このへんに気密扉(きみつとびら)があるでしょう。その扉をおろして、空気が外へもれないようにしたらいいでしょう」
 正吉は、意見をのべた。気密扉というのは艇内が小さな区画(くかく)に分かれていて、その境(さかい)のところに、下りるようになっている扉だ。それを下ろすと空気は通わない。だから気密扉を下ろして空気が外へもれることは防げるわけだと、正吉は考えたのだ。
「それは正しい考えだ。しかしねえ正吉君、不幸なことに、さっきの宇宙扉の衝突で、こっち例の気密扉を下ろすモーターの配線が切断(せつだん)してしまってね、かんじんの気密扉が下りなくなったのだよ」
 どこまで運がわるいのだろうと、正吉は失望した。しかしよく考えてみる。それは運がわるいのではなくて、そういう場合も考えにいれてこのロケット宇宙艇の設計をしておかねばならなかったのではなかろうか。つまり設計の不完全だ。失敗だ。いく隻(せき)もロケット宇宙艇をこしらえても、完全なそれをこしらえ上げるには、技師たちはまだ勉強をしなくてはならないのだろう。ことに、机のうえで頭をひねるだけではなく宇宙旅行の経験をつんだマルモ・ケン氏のような人から、実地の話をよく聞いて、それを土台にして設計をしないと完全なものは出来ない。
 乗組員の煙の中をくぐっての一生けんめいな努力によって、モーターの配線が、あたらしく張られた。それで気密扉が下りるようになった。
 それが下りると、火災の方もやや下火となった。しかしまだときどき小爆発をするので安心はならなかった。
 幸いにも、火星への距離はいよいよ近くなり、着陸まではまず持ちこたえられることが分かって乗組員たちの顔も大分明るくなった。
 ロケット宇宙艇新月号が、火星に着陸したのは、月世界をとびだしてから、ちょうど三ヶ月と二日目だった。火災のために到着がすこしくるって遅くなったが、だいたい予定どおりであった。
 着陸のときは、まだ火災は消え切っていないし、宇宙塵にやられてこわれた部分はそのままであったから、はたして無事に着陸できるかと案じられた。
 だが万事うまくいった。艇の下側から、着陸用のソリがひきだされる。そして火星の表面に着陸地帯として、もってこいの平らな砂漠(さばく)を探しあてると、一気にそれへまい下ったのであった。
 新月号が火星のふしぎな巨木(きょぼく)の林を横にながめながら、まっ白い砂漠の上に砂煙をうしろへまきあげつつ着陸したところは、実に壮観であった。
 月世界へ着陸したときの感じと、こんど火星へ着陸したときの感じとでは、たいへんちがう。
 月世界は空気のない冷たい死の世界、氷の国であった。火星はそうではない。すくないながら空気もある。温かくもある。死の世界ではなく、形こそ怪異(かいい)であるが、植物も繁茂(はんも)している。
 また、どこかに火星人がすんでいるとも考えられる。火星の方が月世界よりも、ずっと住みよい。
 そういうことが、探検隊員たちをほっとさせたが。
 マルモ隊長は、着陸と同時に乗組員総がかりで、火災を完全に消すことを命じた。なるほど、まだ重大な仕事が残っていたのだ。乗組員の多数は、艇外(ていがい)へとび出して宇宙塵に損傷(そんしょう)した穴の方から消火につとめた。このとき彼らは、やはり空気かぶとをかぶらなくてはならなかった。そのわけは、火星の表面には、月世界とはちがって空気はあるけれどもその空気はたいへん、き薄(はく)であるから、人間はやはり酸素を自分で補給しないと息ぐるしくて平気ではいられないのであった。だが、例のいかめしい空気服は着なくてもよかった。空気かぶとは、頭にすっぽりとはいる円筒形のもので、肩のところで、ぴったりと身体についていた。そして空気かぶとの大部分は、透明な有機(ゆうき)ガラスでできていたから、すこしはなれて見ると、そういうかぶとをかぶっているのかいないのか、区別がつかないほどだった。この中へ送りこむ酸素タンクは背中にとりつけてあった。
 艇外へ出た作業員たちは、みんな火星がはじめてであったから、火星の引力になれていなかった。そのために彼らは、意外な失敗をくりかえした。つまり、火星では重力が地球の重力の三分の一しかない。だから一メートル高くとびあがるつもりでとびあがると、それより三倍高く三メートル上まで身体があがってしまうのだ。これは愉快なことでもあったが、同時によけいなこぶをこしらえる原因ともなった。
 火災は完全に消えた。マルモ隊長は、それにつづいて、損傷した穴の修理作業に、すぐ取りかかることを命じた。隊員たちは休みなしに働かなくてはならなかった。そうであろう。ここで損傷個所をそのままにしておいたら、どんな突発事故によって、さあ火星から離陸だといったときに、たいへん困る。だから火災が消えたら、こんどは何をおいても、艇に穴のあいた個所を修理しておかねばならないのであった。


   林の中の怪(かい)


 正吉とキンちゃんとが火星の砂漠の上に立って、空気かぶとを両方からよせあって、なにかしきりに話をしている。
 二人とも、専門技術者ではないので、本艇の修理には役に立たない。だからいまちょっとひまなわけである。
 ちょっと二人の話を、聞いてみよう。
「ねえ、ちょいと。あっしといっしょに、あそこまで行って下さいな。いいじゃないかね」
 キンちゃんが正吉にねだっている。
「いってやっでもいいが、そんな気味のわるい林のところへいって、なにをするつもりだい」
 正吉が、うしろの巨木の林をさしていう、その巨木は、地球の木とはちがい、ぼそぼそしたやわらかい下等な植物のように見えた。それはどことなくスギナやシダるいに似ていた。しかもその幹はたいへん太いものがあって、人間が四、五人手をつないでも抱ききれないほどのものもあった。キンちゃんは、その木のそばへ行ってみたいというのだ。
「あっしゃね、あの木が、料理をすれば、けっこう食べられるように思うんだ。ちょいとそれを調べてみたくてね。もし、うまく火星料理ができたら、第一番にお前さんに食べさせてあげるよ。だから、ちょっと行って下さい」
「ひとりで行くのは、こわいのかい」
「こわいことはないさ。しかし気味がわるいんでね」
「じゃあやっぱりこわいんじゃないか。おかしいなあ、大人のくせに」
 正吉はキンちゃんについて、林の方へ歩いていった。ほんとうは、正吉も気味がわるくてしかたがない。
「ねえ。あっしゃどういうわけか、身体がふわふわしてしょうがないんだがね」
「それは重力が小さい関係だよ」
「そうですかねえ。なんだか水の中を歩いているような気がするよ。さっき、石につまずいてひっくりかえったが、そのときね、からだはふわッと地面へあたりやがるんだ。ちっとも痛かないんだから、妙(みょう)てけりんだ」
「地球の上なら、さっそく鼻血を出したところだろうね」
「おっと、さあ来たよ。なるほど、この大木め、いやにぶかぶかしているよ。これなら料理すれば食えるね。すこし切って持っていこう」
 キンちゃんは、小刀(こがたな)をだして巨木の幹(みき)を切り取ったり、枝や葉を切り落したりして、料理に使うだけのものを集めだした。正吉は、それを見ているのには退屈して、林の中へどんどんはいっていった。すると、池のふちへ出た。池というよりは、沼地といった方がいいかもしれない。それは正吉にとって、めずらしい風景だった。
 巨木が重なりあって生えている。池のふちには、きみょうな形の葉がはえしげっている。水はどんよりと赤い。その水の中に、何か泳いでいる。小さな魚のようでもあり、そうでなく両棲類(りょうせいるい)か爬虫頚(はちゅうるい)のようでもある。それがモの下から出たりはいったりしている。
「おやッ」
 正吉は、とつぜん声をあげた。彼はあやしい大きな魚を見つけたのである。大きさは正吉ぐらいある魚が、大きな頭を他の中からぬっともたげたのである。二つのぎょろぎょろ目玉。ほっそりした肩には、うろこが光っていた。肩のそばに左右に生えているヒレをぶるぶるとふるわせると、大きな口をあいて、正吉の方をにらんだ。口の中は、まっ赤であった。
 こんどは正吉の方がぶるぶるッとふるえて、その場に立ちすくんだ。いったいその奇魚(きぎょ)はなんであったろうか。


   にらむ怪魚(かいぎょ)


 正吉のおどろきの声に、こんどはキンちゃんがおどろいてうしろの林の中からかけつけた。
「どうしたい、ちびだんな」
「しいッ」
 正吉は、キンちゃんにさわぐなと知らせた。
「ええッ。気味のわるいことだ」
 と、キンちゃんは、どろ棒ネコのように腰を低くし、草むらを分けてそろそろと正吉の方へ近づいた。
 キンちゃんの声が大きかったので、池の水面から顔を出していた奇妙な魚がびっくりして、どぶんと波紋(はもん)をのこして沈んでしまったのだ。
 その話を、正吉は、そばへ来たキンちゃんに話してやった。
「ええッ、大きな魚だって、そいつはめずらしいから、つりあげていって、焼くか煮るかして食ぜんへ出してみたい」
 キンちゃんは料理人だから、すぐそんなことを考える。しかし正吉はいった。
「ぼくはその魚料理はたべないよ」
「なぜだね」
「だって、気持のわるいほど大きくて、いやにこっちをぎょろぎょろ見る魚なんだもの。あんな魚の肉をたべると、きっと毒にあたるかもしれない」
「ははあ、毒魚(どくぎょ)だというのだね。よろしい。毒魚か毒魚でないかはこのキンちゃんが一目見りゃ、ちゃんとあててしまうんだ。こんど出て来たら、すぐあっしに知らせるんだよ」
「しいッ。また、水面から顔を出すようだ」
 しずかだった水面に、今はあちこちに、小さな波紋が見えている。いや、それは波紋ではなく、あの奇妙な魚が水面に自分の目を出して、岸にいる正吉たちの様子をうかがっているのだと分かった。
「しずかにしているんだよ。怪物どもがすっかり姿をあらわして、図々(ずうずう)しくなるまで、ぼくたちは石の像のようにしずかにしているんだよ」
 と、正吉はキンちゃんにくりかえし注意をあたえた。
 正吉の予想はあたった。
 その奇魚どもは間もなく水面に、大きな顔を出した。それは、正吉たちが見なれている魚のようにとがった顔をしていないで、こぶのような丸味をもっていた。そしてとび出した二つのぐりぐり目玉が、しきりに動いた。
「ふーン。あれでも魚かしらん」
 と、キンちゃんは、思わずうなった。
「それは魚にちがいないさ。水の中にすんでいるんだもの。そして、ほらひれみたいなものがあるし、顔だって魚に属する顔付きじゃないか」
 正吉が、ひそひそとささやいた。
「そうかなあ。しかし、あの魚はたべられそうもないよ。毒魚じゃないにしても、肉の味がとてもまずいにちがいない。がっかりだい」
 キンちゃんは、たべられないと判定した。
「そうれ、ごらんな。だが、キンちゃん。もっと辛抱して、あの魚どもがどうするか、見ているんだよ。たべないにしても、一ぴきぐらいはつっていこう。おみやげになるからね」
 怪魚は、だんだん姿をあらわしていった。水面からよほど身体をのりだした。なんとなくそれは、その怪物が胸から肩の方まで出したように思われた。しかしその怪魚の身体の下部はどれくらい長いのか、どんな形になっているのか分からないので、胸までのり出したように思うだけであった。
 そのうちに怪魚の数がふえた。二、三十ぴきにふえた。しかもその怪魚たちは、上半身(じょうはんしん)を水面からのりだしたまま、一ヶ所に集まってきた。そして、ひゅうひゅうというような奇妙な声をあげ、たがいに首をねじまげ、顔をくっつけあいする。
「あの魚は、声を出すよ。ああ気味が悪い」
 キンちゃんは、正吉にしがみつく。
「声を出すだけではないよ。あれは、話をしあっているんだよ」
「えッ。話をしあうって。魚と魚と話ができるのかい。いやあ、たいへんだ、いよいよお化け魚ときまった。とてもたべられるしろものじゃない」
 キンちゃんは青くなった。
「あの様子を見ると、あの怪魚はぼくらの知っている魚よりも、ずっと高等動物にちがいない。ほら、あの怪魚たちは[#「怪魚たちは」は底本では「怪魚たちに」]、さっきからぼくらのいるのを知っているんだよ。だから怪魚たちはスクラムをくんで、じわじわとこっちへ近づいて来る」
「なに、こっちへ近づいて来るって。それはたいへんだ。逃げよう」
「なあに、大丈夫。怪魚たちは、ぼくたちとなにか話をしたいのかもしれない」
「とんでもないことだ、ちびだんな。あっしゃあんなお化け魚にくい殺されるのはいやだ。なんでもいいから逃げよう。さあ逃げるよ」
 キンちゃんは正吉の手をひっぱって、無理やりに逃げだした。キンちゃんは大力(だいりき)だったから正吉はいっしょに退却(たいきゃく)する外なかった。
 池の水面からは、怪魚たちがおたがいの肩へのっていよいよのびあがりながら、逃げていく正吉とキンちゃんの方を熱心に見送っていた。


   水棲魚人(すいせいぎょじん)


「たいへんだ、たいへんだ。むこうの池の中に、お化け魚がうじゃうじゃいるんだ」
 キンちゃんは宇宙艇のところへかけこむと、大声をたててさわぎだした。
 このさわぎに、マルモ隊長以下が、何事だろうと思って出て来た。
 正吉は、さっき見て来た池の中の怪魚について、くわしく話をした。
「なるほど。それは重大発見だ」とマルモ隊長がいった。
「火星には、植物は生(は)えているが、動物はいないという学者もあるが、君たちは、火星に動物のいることを発見したんだ。お手柄だ」
「ところがですね、隊長。その魚はじつにへんてこりんの形をしているんですよ。そして魚にしては、気味(きみ)のわるいほど、じろじろとこっちを見るのです。ですから、あの怪魚は、地球の魚よりも頭脳が発達していると思うんです。
 しかしぼくは、あんな魚よりも、火星人にあいたいのです。隊長さん。火星人探検には、いつお出かけになりますか」
 正吉は、思っていることを、ぶちまけた。
「火星にわれわれ人間以上の高等な生物が住んでいるというのは、伝説にすぎないのではないかね。ねえ、カンノ君」
 マルモ隊長は、かたわらのカンノ博士をふりかえった。
「そうです。私もそう思います。たとえ火星人というものが住んでいるにせよ、われわれ地球人類よりは下等なものであろうと思いますね」
 カンノ博士は神秘(しんぴ)な火星人説を信じないと明言(めいげん)した。
「おやおや、それでは、せっかく火星人と仲よしになって握手しようと思って来たのに、がっかりしちまったなあ」
 正吉は、ほんとにがっかりした。するとカンノ博士が、正吉を元気づけるようにいった。
「しかし君がさっき見た他の中の怪魚は、たいへん興味がある生物だ。おそらくそれが、火星に住んでいる一番高等な生物ではないかと思うね。先年ガーナー博士がテレビジョン装置をつんだ無人ロケットを飛ばし、火星の上空から三週間観測したが、そのときの報告に、「水中にやや高等なる動物がいるらしい。注意を要する」と書いてある。火星の生物については、ガーナー博士はこのことだけを記している。だから君たちの発見した怪魚はよほど値打(ねうち)のあるものだ。私たちも準備をしておいたものがあるから、それを持って、池のところへ行ってみよう」
「ぼくも連れていって下さい」
「もちろん、案内に立ってもらいましょう」
 それからしばらくして、カンノ博士はスミレ女史と連れ立って、艇内から携帯式(けいたいしき)の無電装置のようなものを背負って出てきた。正吉は目を丸くして、それは何をする機械かとたずねた。
「この装置でもって、例の怪魚のことばや、頭脳の働きを記録してくるんだ。これをあとで分析研究して、怪魚がどんな程度の能力(のうりょく)を持った生物であるか、また、さらに分かれば、その怪魚たちは、どんなことを考えていたか、どんなことをしゃべっていたかなど調べてくるのだ」
「ははあ。それはおもしろいですね」
「ああ、そうだ」
 とカンノ博士は、忘れていたことを思い出したらしく、手をうった。
「正吉君。例の怪魚のごきげんをとるために、なにか彼らの喜びそうな食べ物をもっていってやる必要がある。何がいいかね」
「ああ。怪魚にやるごちそうのことですね。それならキンちゃんにまかせるのが一番いいですよ」
 キンちゃんが呼ばれた。そしてカンノ博士の話が伝えられた。キンちゃんは、
「おっと、そのことなら合点(がってん)だ。あっしにすっかりまかせておきなさい」
 キンちゃんは、それから料理部屋へかけこむと、バックにいっぱい食べ物をつめて、提(さ)げて出て来た。
 そこで一行は、例の池へ出かけた。
 正吉とキンちゃんの組と、カンノ博士とスミレ女史との組に分れ、仕事にかかった。正吉とキンちゃんとは、おそるおそる池のそばへ近よって、怪魚(かいぎょ)のごきげんをとりむすぶのであった。キンちゃんの持って来た食べ物は、怪魚たちをよろこばせた。ことに、ソーダ、クラッカーは、怪魚たちをよろこばせた。ソーダ、クラッカーをなげるたびに、数百ぴきの怪魚たちは水面から宙にはねあがり、落ちてくるクラッカーを途中で自分の口に入れようと争った。そのときに初めて怪魚の全身を見ることができた。それは、じつに怪奇というかグロテスクというか、すさまじい格好(かっこう)と色合(いろあい)のものであった。全長は一メートルよりすこし長いくらいで太短かい。上半身は大きいが、下半身が発達していない。皮膚の色はうす桃色と緑色とのまだらで、腹部は白かった。上下一対ずつの四つのヒレがよく働き、まだ身体のわりに小さい丸い尾ヒレはプロペラのように動いた。
 このふしぎな魚に対し、カンノ博士は「水棲魚人(すいせいぎょじん)」という名をつけた。
 正吉たちが、水棲魚人ともみあっている間に、カンノ博士とスミレ女史は、装置を草むらにすえ、脳波と音波の集録(しゅうろく)をした。


   光る円筒(えんとう)


 カンノ博士とスミレ女史は、集録してきた水棲魚人のことばと脳波の分析研究のため、艇内の実験室に引きこもった。
 複雑な装置を働かせ、めんどうな分析をつづけていった結果ついに博士たちは、予定していた以上の収穫を得た。
 ちょうど、正吉が、その部屋へはいったときは、輝かしい結果が出た直(す)ぐあとだったので、カンノ博士とスミレ女史は、疲れ切った顔に、興奮の色を浮かべながら、正吉にこの研究の成功を話した。
「水棲魚人のことばが、分ったんだ。水棲魚人の脳の働きも分った。やっぱり、水棲魚人は、普通の魚ではなく、高等生物だということが分った。おそらくこの水棲魚人こそ『火星人』の正体であろう。つまり、火星では、あの水棲魚人が一番高級な生物だということになる」
「じゃあ、あの怪魚は、地球でいうと、人類の位置を占めているわけですね」
「そうだ。そしてあの水棲魚人は、やがて水中から陸上へはいあがり、陸で暮らすようになるんだと思う。それから、空を飛ぶことも上手になるんではないかと思う。なにしろ火星は重力が小さいから、飛ぶということはわりあい楽にできるんだ。とにかく進化論の筆法(ひっぽう)でもって、これから水棲魚人が進化発達した姿を想像すると、われわれ人間に似た身体に翼(つばさ)を生やしたようなものになるのではないかと思う」
「おもしろいですね。それは、今から何年のちのことでしょうか」
「さあ、どのくらいあとのことか。早くて二十万年かな、いやもっとだ。三十万年もかかるかもしれない」
「すると、ずいぶん先のことですね。しかし火星に地球人類がどしどし来て、文化を移していくことでしょうから、水棲魚人も、早くかしこくなるでしょうね」
「まあ、そうだろうね」
「でも、地球人類は、常に火星魚人よりかしこいのだから、火星や火星人は、結局わが地球や地球人類の保護をうけて行くことになるんでしょうね」
「それもそうだと思うね。地球人類は火星を植民地とすることだろう。そしてどんどん地球文化を植えつけて、火星の文化水準をできるだけ向上させる必要があるね。火星や火星の生物たちは、地球と地球人類のおかげで、たいへんとくをするわけだ」
「火星には、地球人類よりもえらい生物がすんでいるといううわさがあったので、胸をどきどきさせて火星へ着陸したんですが、もうこのようなことが分ってみると、ぼくたちは不安からのがれたけれど、気がゆるんでしまって、すこしがっかりしましたね」
「ははは、お気の毒さまだったね。それはそれとして、私たちは、火星魚人と話が出来る機械を急いで設計し、それをつくりあげて役に立てたいと思う」
「えッ、火星魚人と話のできる機械ですって。それはすばらしいなあ。いつになったら、それは出来上りますか」
「早くても一週間はかかるだろうね」
「もっと早く出来るといいんだがなあ、ぼくも手伝わせて下さい」
「よしよし。手伝ってもらいましょう」
 正吉にはあと一週間が待どおしくて、仕方がなかった。
 ところが、その一週間がたたないうちに、思いがけないことが起った。
 というのは、それから四日目の夜のこと、大空に何とも知れず大怪音がひびきわたった。ごうごうというあらしに似てもっとすごいひびきだった。空気はひどく震動し、やがては地ひびきまで起った。
 マルモ探検隊員の多くは起き出して、戸外(こがい)を見た。その怪音の正体は、目に見えた。それは空から落ちてくる「光る円筒」であった。それは天空から無数に落ちて来て、今マルモ探検隊が宿営(しゅくえい)しているとことから二キロばかりはなれた地点に落下した。おどろいたことには、その「光る円筒」は地面の上に、規則正しい角度でずぶりずぶりと突きささり、そして見る見るうちに、竹でこしらえた垣のような形となった。
「なんだろう、あれは……」
「ふしぎな。宇宙艇でもないし、いったいなんだろう」
 そういっているうちに、あとから落ちてくる「光る円筒」は垣みたいなものの一段上に規則正しく並びだした。さらにまたその上に積みあげられたようになっていって、やがて「光る円筒」でもって、巨大な塔が出来た。すばらしい建築だ。あのすばらしい力を、だれが支配しているのであろう。とても、われわれには出来そうもないことだ。カンノ博士もスミレ女史もすっかり青ざめて、無言で「光る円筒」のはなれ業(わざ)をじっと見つめている。


   ぼう然自失(ぜんじしつ)


 カンノ博士の顔色が変わった。
 スミレ女史も、息をつめて光る怪塔の方へ、大きな両眼をくぎづけにしている。
 探検隊長のマルモ・ケンだけは、さすがに探検の場かずをふんでにやにや笑いながら怪塔を見まもっている。
「隊長。私は夢を見ているんではないでしょうね」
 マルモ・ケンのところへ、よろよろとよろけて走ったのはカコ技師だった。
「夢じゃないよ。カコ君、しっかり目を開いて、よく見ておくんだな」
「隊長。いったい、あれはなんですか。何事があそこで起りつつあるんですか」
 カコ技師は、かん高い声を隊長にぶっつける。
「わしには分らない。わしよりも、君の方が専門じゃないか」
「なんとおっしゃいます」
「宇宙弾(うちゅうだん)――といったようなものではないかね。とにかく、この火星の外から飛んで来たものにちがいない」
「宇宙弾といいますと、どんなものですか」
「おいおい、わしに聞くのはだめだよ。それよりも君の専門の眼でもって。あれをよく観察した上で、早くわしに報告してもらいたいな」
 宇宙弾の説明を、マルモ隊長は、それ以上しないで、笑いにまぎらせた。カコ技師は、ようやく気がおちついてくるのをおぼえた。
(そうだ。技術者たるものが、こんな場合にあわてるのははずかしい。よろしい。あれはなんだか正体を見やぶってやろう)
 彼は、双眼鏡(そうがんきょう)をとりあげ、光る怪塔へぴったりとつけた。
 正吉とキンちゃんが、肩をならべて、光る怪塔をぽかんとながめている。
「あれあれ、すごいぞ、また一段高くなった」
「カン詰の塔みたいだよ。あの中に、なにがはいっているのかしらん」
 光の塔は、だんだん高くなる。次々に円柱(えんちゅう)のようなものが落下して来て、すでにつみあげられた塔の上につきたち、塔をだんだん高くしていくのであった。
 正吉には、塔がだんだん上へのびあがっていくのがふしぎで、おもしろかったし、キンちゃんは、あの円筒の中に何がはいっているのか気になった。
「いよいよ、これは奇怪至極(きかいしごく)じゃ」
 二人のうしろで、老人の声がした。正吉がふりかえってみると伯父のモウリ博士であった。正吉は、いいときに伯父がそばに来てくれたので、よろこんだ。
「おじさん。あのすばらしい塔は、なんですか。何を火星人がこしらえているんですか」
 正吉は、知りたいことをモウリ博士にたずねた。
 すると博士は、首をちょっとかしげて、
「火星人といえば、例の水棲魚人のことだ。あれが火星で一番かしこい生物だという話だから、そうなると、水棲魚人の力で、あんなりっぱな塔が建つとは思われないね」
「じゃあ、あれを建てているのは何者ですか」
「さあ、それが分かれば、みんな分かるんだが、何者の仕業か見当がつかない。しかし人間業(にんげんわざ)とは思われないね」
「それでは、だれなんでしょうか。火星人でもなく、人間でもないとすると、いったい何者ですか」
「そばへ行って、よく調べてみないと、はっきりしたことは分からないが、ひょっとすると他の星から飛んできた生物の群れかもしれないね」
「ええっ、他の星から飛んできた生物ですって。そんな生物がいるんですか」
「いないと断言(だんげん)はできない。現にわしは月世界の生物を発見しとる。火星の生物は、水棲魚人という幼稚な生物にしても、他の星には、もっと高等な生物がすんでいて、それが火星へ飛来(ひらい)したのかもしれないね」
「地球と火星のほかに、生物のすめる星があるんですか。あれば金星ぐらいのもので、土星だの水星だの、海王星や天王星や冥王星(めいおうせい)なんか、生物がすんでいない星だということを、本で読んだことがありますねえ」
「わしが、さっき考えたのは、そういうわが太陽系の遊星に住んでいる生物のことではないのだ。もっと遠いところに住んでいる生物じゃないかと思うんだ。知ってのとおり、この大宇宙にはわが太陽と同じようなものが何億もあって、そのまわりには、わが地球や火星と同じような遊星がぐるぐるまわっているのが、ずいぶんたくさんあると推定されている。その中には、生物が住んでいる星がもちろんあるはずだ。そしてその生物が人間のようにかしこいものもあればまた人間以上にかしこいのもあろう。そういうかしこい生物は、人間が想像することのできないほど大仕掛(じかけ)の仕事をやってのけるだろう、と思うね」
「あっ、そうか。するとおじさんは、あの光る怪塔をこしらえているのは、わが太陽系以外の星に住んでいて、人間よりもずっとかしこい生物だというんですね」
「いや、わしはまだそこまで、はっきり断定(だんてい)してないよ。とにかく、もっとそばへいって、よく調べた上でないと、なんともいえないが、そういうことも、頭の片すみにおぼえておくといいね」
「えらいことになったぞ」
 と、キンちゃんが、目をまるくして、ため息をついた。


   つのる恐怖


 光る怪塔はピラミッド型に十五階まで出来てようやくおさまった。
 おそろしさをしばらくおあずけにしておくと、まことに見事な建築物に見えた。
 マルモ探検隊では、基地に双眼鏡や望遠鏡をすえて、一秒といえども、怪塔から監視の目をはなさなかった。
 カコ技師などは、すぐにも怪塔のところへ近づいて調査をしたがった。しかしマルモ隊長は、それをゆるさなかった。
「もうすこし遠くから様子を見てからのことにしないと、危険だ。君たちは、われわれの宇宙旅行に必要な人なんだから、そういう危険が考えられるとき、行くのはやめてもらいたい」
 隊長は、そういった。
 これには、カンノ博士とスミレ女史の進言(しんげん)が、一つの力になっていた。
 この二人の科学技術者は、光る怪塔に対して、強い警戒心をおこしていた。とにかく、探検隊の一大危機が来たと考えるのが正しいと、マルモ隊長にいったほどだ。
 そのために、マルモ隊長は、宇宙艇がいつでもこの火星から離陸し、宇宙へとびだすことができる用意をして、待機(たいき)していることを命じた。
「あの怪塔の中から、何者が出てくるか、それが問題の別れ目です」
 とカンノ博士はいう。
「いままで観察して来たところによれば、あのような怪塔をあのような方法で組み立てるというのは、人類に近い生物でないと出来ないことです。そして、人類よりもずっと高級な生物にちがいありません。われわれよりも、すこしでも高級であるならわれわれは非常に不利な立場におかれるわけで、これからは怪塔の主に、あたまをおさえられていなくてはならんですからねえ。こんなところへ来て、われわれが捕虜(ほりょ)か奴隷(どれい)のようになるのはいやなことです」
「わたくしは、あの怪塔が、急に大爆発を起すのではないかと思いますの」
 とスミレ女史が語る。
「なんのための爆発かといいますと、火星の地質をしらべるためだと思います。あれを発射した者は、遠くから爆発のおこったときにどんな色の火が出るか、どのくらいの時間燃えるかなどと、いろんなことを観測しようと思って、用意しているんだと思いますわ。もちろんそれは、やがて彼らが、この火星へ移住して来るための準備作業だと思いますわ」
「なんとかして、一刻も早く、相手の正体をたしかめる方法はないものかなあ」
 マルモ隊長は、隊員をひきいている責任上、そのことを知りたいのだった。危険ならば、一刻も早く隊員をまとめてこの火星を去ることにしたい。あの怪塔を探検して、こんどの宇宙旅行のおみやげをふやしたい。
「そうだ。いいことがあります」
 とカンノ博士が、目をかがやかした。
「いいこととは、なにかね」
「隊長。あの水棲魚人と問答をしてみたいと思います。つまり、水棲魚人は、あのような怪塔をはじめて見たかどうか、それをきいてみましょう。たびたび、あんなものが落下して来たのならそれがどんな仕掛のものであるか、どんなことをするものであるか。それが知れると思います」
「それは名案だ。さっそくきいてみるがいいが、そんなことが出来るのかね」
「それはできます。私とスミレ女史(じょし)とで、この間から水棲魚人と、思っていることを話し合う研究を完成していますから、大丈夫です」
 そこでカンノ博士とスミレ女史とは、装置をかついで、水棲魚人の大ぜい集まっている沼のところへ出かけた。正吉も、このことを聞いて、おじさんのモウリ博士といっしょに、一行に加わって行った。
 その会見の光景は、ふしぎなものであったし、また記録すべきものであった。
 人類と水棲魚人の頭脳の中におこる脳波をとらえて、装置が、相手に分るような脳波に直して、相手に伝えるのであった。だから、口をきかなくても、ただ、相手に聞きたいことを、頭の中で思うだけでその質問は相手に通じた。
 相手の方でも、それをことばで返事を頭の中で思えば、それで通じるのであった。
 水棲魚人は、人類よりもずっと劣等(れっとう)な生物だったから、こみいったことを返事することはできなかった。それだから、水棲魚人から返事をとることには成功したが、人間同士の話のようには、はっきり通じなかったのは、やむを得ない。ともかくも、水棲魚人がこたえた要点を、次にしるしておこう、
「あんなものは、はじめて見た……空を、あんなものが一つか二つとぶのを見たことはあるが、あんなにたくさんとんできたのは、はじめてだ……いつまでも、全体があんなに光っているものを、今まで見たことはない……一つか二つでとんできて、その中から生物がぞろぞろ出てきたことは、今までにもある。君たちも、その一例だが君たちではなく、もっと身体の形のちがった者が来たこともある。彼らは、ながくいなかった。みんな帰ってしまった……彼らは、われわれの仲間をつれていった。それっきり、帰ってこない。君たちは、そういうわるいことをしないようにしてくれ……めずらしい、うまいたべものをたくさん、われわれにくれ……」
 水棲魚人からはこんなことしかきくことができなかった。
 しかしこのかんたんな返事の中からも、重大な発見がいくつかあった。
 すなわち、光る怪塔は、はじめて見るものであるということ。
 人類以外の生物が、今までに、この付近へ着陸したことがあること。
 この二つは、非常な重大なことであった。大警戒が必要となった。あの怪塔から、人類以外の生物がとびだしてくる可能性は十分にあるのだ。そのときマルモ探検隊が最悪の危機をむかえることは、今さら覚悟をあたらしくするまでもないことだった。
 このへんで、マルモ隊長は、はらをきめなくてはならない。


   意外な正体


 ついに、決死の偵察隊が、光る怪塔のところへ派遣(はけん)されることになった。
 その人選は、マルモ隊長がした。
 カンノ博士が偵察隊員に任ぜられた。
 それからカコ技師に、タクマ機関士、それに正吉少年の四名だった。
 ところがコックのキンちゃんが、ぜひつれていってくれといってきかない。ことに、彼は正吉少年の身の上を心配して、正吉が行くところへは、ぜひ自分を護衛者(ごえいしゃ)としてやってくれと、隊長へ熱心にねがった。
 そのあげく、キンちゃんの願いは、ついにゆるされた。正吉とキンちゃんとは大よろこびで抱(だ)きあった。
「それでは、行ってきます」
 と、カンノ博士は、さすがに顔をかたくして、マルモ隊長以下に別れのことばをのべた。
「成功をいのる。みんなの運命が、君たちの行動にかかっているんだから、自重(じちょう)してくれたまえ」
 マルモ隊長は、そういって、目をまたたいた。
 一行五名は出発した。
 のこる隊員は、やはり怪塔への監視をゆるめなかった。もし塔内から何者かあらわれた場合にはすぐ信号をもって、カンノ偵察隊へ知らせることに、手はずができていた。
 だが、怪塔はしずまりかえっていた。いつまでたっても、ネズミ一匹も出てこなかった。それだけにますます気味がわるくてしょうがなかった。
 あまり遠い道のりでもないので、カンノ博士一行は、やがて光る怪塔に近づくことができた。
 そばへよって見ると、いっそうすばらしい建造物であった。
 しーんとしている。ただ塔は、青白く光っている。
 塔のまわりをまわった。塔には、窓もないし、入口らしいものもない。ただ円柱(えんちゅう)がより集まって、高い塔をつくっているだけだ。
「文字みたいなものがありますね。一階が二階につくところですよ。たしかに文字だ」
 そういったのは、正吉だった。
 それは装飾(そうしょく)のように見えた。しかし、正吉のいったように、文字だと思ってみると、文字のようでもあった。アルファベットなのである。
「なるほど、これはふしぎだわい」
 カンノ博士も、急に目をかがやかせて、それを見上げた。
 文字は、へこんでいた。それが熱のために摩滅(まめつ)したと見え、文字として残っていたのだ。
「なんの文字? 人間の使う文字かい」
 キンちゃんが正吉の腕をゆすぶる。
「アルファベットだよ。人間の使う文字だ」
「そうかい。なんだ、おどろかされたね。それじゃ、この塔は地球からとんで来たものじゃないか。中には、うんとごちそうが入っているんだろう」
 キンちゃんは、ずばりといった。
 まさか――と、正吉は思ったし、カンノ博士たちも、そこまでは考えなかった。
 ところがキンちゃんのいったことはだいたい的中したのだった。
 文字を読んでみると、次のような文章になった。
「マルモ探検隊に贈る。この資材を有効に使って、大探検に成功せられるよう祈る。ニューヨーク市マンハッタン街、世界連盟本部科学局より」
 読み終って、カンノ博士たちは、へたへたとその場にしりもちをついた。それは緊張の頂上から、安心の谷へ、一度に落ちたからであった。
 他の遊星と出会いおそろしい争闘がはじまるものと覚悟して、おそるおそる近づいた光る怪塔は、そのような恐怖すべき危険なものではなく、そのあべこべのものだったのである。まったくそんなことを予期もしていなかったのに、マルモ探検隊のことを心配して地球上から見まもってくれていた世界連盟本部からの温かい貴重な贈物だったのである。救済物資(きゅうさいぶっし)がいっぱいはいっている塔だったのである。食糧、衣料、燃料、機械工具などいっぱいつまっている。飛ぶ倉庫だったのである。アメリカの持つすぐれた科学技術だ。
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