二人の兄弟
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:島崎藤村 

「なんとこの榎木の下には好(い)い実が落ちて居ましょう。沢山お拾いなさい。序(ついで)に、私も一つ御褒美(ごほうび)を出しますから、それも拾って行って下さい。」と言いながら青い斑(ふ)の入った小さな羽を高い枝の上から落してよこしました。
 二人の兄弟は榎木の実ばかりでなく、橿鳥の美しい羽を拾い、おまけにその大きな榎木の下で、「丁度好い時」までも覚えて帰って来ました。

      二 釣りの話

 ある日、お爺(じい)さんは二人の兄弟に釣りの道具を造って呉(く)れると言いました。
 いかにお爺さんでも釣りの道具は、むずかしかろう、と二人の子供がそう思って見て居(い)ました。この兄弟の家(うち)の周囲(まわり)には釣竿(つりざお)一本売る店がありませんでしたから。
 お爺さんは何処(どこ)からか釣針を探(さが)して来ました。それから細い竹を切って来まして、それで二本の釣竿を造りました。
「針と竿が出来ました。今度は糸の番です。」とお爺さんは言って、栗(くり)の木に住む栗虫から糸を取りました。丁度お蚕(かいこ)さまのように、その栗虫からも白い糸が取れるのです。お爺さんは栗虫から取れた糸を酢に浸(つ)けまして、それを長く引延しました。その糸が日に乾(かわ)いて堅くなる頃(ころ)には、兄弟の子供の力で引いても切れないほど丈夫で立派なものが出来上りました。
「さあ、釣りの道具が揃(そろ)いました。」と言って兄弟に呉れました。
 二人の子供はお爺さんが造った釣竿を手に提(さ)げまして、大喜びで小川の方へ出掛けて行きました。小川の岸には胡桃(くるみ)の木の生(は)えて居る場所がありました。兄弟は鰍(かじか)の居そうな石の間を見立てまして、胡桃の木のかげに腰を掛けて釣りました。
 半日ばかり、この二人の子供が小川の岸で遊んで家(うち)の方へ帰って行きますと、丁度お爺さんも木を一ぱい背負(しょ)って山の方から帰って来たところでした。
「釣れましたか。」とお爺さんが聞きますと、兄弟の子供はがっかりしたように首を振りました。賢いお魚は一匹(ぴき)も二人の釣針に掛(かか)りませんでした。
 その時、兄弟の子供はお爺さんに釣りの話をしました。兄はゆっくり構えて釣って居たものですから釣針にさした餌(えさ)は皆(みん)な鰍に食(たべ)られてしまいました。
 弟はまたお魚の釣れるのが待遠しくて、ほんとに釣れるまで待って居られませんでした。つい水の中を掻廻(かきまわ)すと、鰍は皆(みん)な驚いて石の下へ隠れてしまいました。
 お爺さんは子供の釣りの話を聞いて、正直な人の好さそうな声で笑いました。そして二人の兄弟にこう申しました。
「一人はあんまり気が長過ぎたし、また、一人はあんまり気が短過ぎました。釣りの道具ばかりでお魚は釣れません。」




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:5094 Bytes

担当:undef