藤村詩抄
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著者名:島崎藤村 

あゝうつくしき花草は
咲く間を待たで萎(しぼ)むらむ
消(き)えはてにけり吾戀は
藝術(たくみ)諸共(もろとも)消えにけり

そは何故のうき世にて
人に誠はありながら
戀路の末はとこしへの
冬を生命(いのち)に刻(きざ)むらむ

黒髮われを覆ふとも
血潮はわれを染むるとも
花口脣(くちびる)を飾るとも
思は胸を傷(いた)ましむ

繪筆うちふる吾指は
歎きのために震ふかな
涙に濡るゝ吾紙は
象(かたち)空(むな)しく消(き)ゆるかな

かはりはてたる吾命
かはりはてたる吾思
かはりはてたる吾戀路
かはりはてたる吾藝術(たくみ)

この世はあまり實(み)にすぎて
あたら吾身は夢ばかり
なぐさめもなき幻(まぼろし)の
境に泣きてさまよふわれは
[#改ページ]

 縫ひかへせ


縫ひかへせ縫ひかへせ
膩(あぶら)に染みし其袂
涙に濡れし其袂
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
君が衣を縫ひかへせ
愁(うれひ)は水に汗は瀬に
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
捨てよ昔の夢の垢(あか)
やめよ甲斐なき物思
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
腐れて何の袖かある
勞(つか)れて何の道かある
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
薄き羽袖の蝉すらも
歌うて殼を出づる世に
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
君がなげきは古(ふ)りたりや
とく新しき世に歸れ
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな




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