藤村詩抄
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著者名:島崎藤村 

常盤樹の枯れざるは
百千(もゝち)の草の落つるより
傷ましきかな
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 寂寥


岸の柳は低くして
羊の群の繪にまがひ
野薔薇の幹は埋もれて
流るゝ砂に跡もなし
蓼科山(たでしなやま)の山なみの
麓をめぐる河水や
魚住む淵に沈みては
鴨の頭の深緑
花さく岩にせかれては
天の鼓の樂の音
さても水瀬はくちなはの
かうべをあげて奔るごと
白波高くわだつみに
流れて下る千曲川

あした炎をたゝかはし
ゆふべ煙をきそひてし
駿河にたてる富士の根も
今はさびしき日の影に
白く輝く墓のごと
はるかに沈む雲の外
これは信濃の空高く
今も烈しき火の柱
雨なす石を降らしては
みそらを焦す灰けぶり
神夢さめし天地の
ひらけそめにし昔より
常世につもる白雪は
今も無間の谷の底
湧きてあふるゝ紅の
血潮の池を目にみては
布引に住むはやぶさも
翼をかへす淺間山

あゝ北佐久の岡の裾
御牧が原の森の影
夢かけめぐる旅に寢て
安き一日もあらねばや
高根の上にあかあかと
燃ゆる炎をあふぐとき
み谷の底の青巖に
逆まく浪をのぞむとき
かしこにこゝに寂寥(さびしさ)の
その味ひはにがかりき

あな寂寥(さびしさ)や其の道は
獸の足の跡のみか
舞ひて見せたる大空の
鳥のゆくへのそれのみか
さてもためしの燈火に
若き心をうかゞへば
人の命の樹下蔭
花深く咲き花散りて
枝もたわゝの智慧の實を
味ひそめしきのふけふ
知らずばなにか旅の身に
人のなさけも薄からむ
知らずばなにか移る世に
假の契りもあだならむ
一つの石のつめたきも
萬の聲をこゝに聽き
一つの花のたのしきも
千々の涙をそこに觀る
あな寂寥(さびしさ)や吾胸の
小休(をやみ)もなきを思ひみば
あはれの外のあはれさも
智慧のさゝやくわざぞ是

かの深草の露の朝
かの象潟の雨の夕
またはカナンの野邊の春
またはデボンの岸の秋
世をわびびとの寢覺には
あはれ鶉の聲となり
うき旅人の宿りには
ほのかに合歡(ねむ)の花となり
羊を友のわらべには
日となり星の數となり
夢に添ひ寢の農夫には
はつかねずみとあらはれて
あるは形にあるは音(ね)に
色ににほひにかはるこそ
いつはり薄き寂寥(さびしさ)よ
いづれいましのわざならめ

さなりおもては冷やかに
いとつれなくも見ゆるより
深き心はあだし世の
人に知られぬ寂寥(さびしさ)よ
むかしいましが雪山の
佛の夢に見えしとき
かりに姿は花も葉も
根もかぎりなき藥王樹
むかしいましが□湘の
水のほとりにあらはれて
楚に捨てられしあてびとの
熱き涙をぬぐふとき
かりにいましは長沙羅の
鄂渚(がくしょ)の岸に生ひいでて
ゆふべ悲しき秋風に
香ひを送る□(けい)の草
またはいましがパトモスの
離れ小島にあらはれて
歎き仆るゝひとり身の
冷たき夢をさますとき
かりに面(おもて)は照れる日や
首はゆふべの空の虹
衣はあやの雲を着て
足は二つの火の柱
默示をかたる言の葉は
高きらつぱの天の聲

思へばむかし北のはて
舟路侘しき佐渡が島
雲に戀しき天つ日の
光も薄く雪ふれば
毘藍の風は吹き落ちて
梵音聲(おんじやう)を驚かし
岸うつ波は波羅密の
海潮音をとゞろかし
朝霜ふれば袖閉ぢて
衣は凍る鴛鴦の羽
夕霜ふれば現し身に
八つのさむさの寒古鳥
ましてや國の罪人の
安房の生れの栴陀羅(あま)が子を
あな寂寥(さびしさ)や寂寥(さびしさ)や
ひとりいましにあらずして
天にも地にも誰かまた
そのかなしみをあはれまむ

げに晝の夢夜の夢
旅の愁にやつれては
日も暖に花深き
空のかなたを慕ふとき
なやみのとげに責められて
袖に涙のかゝるとき
汲みて味ふ寂寥(さびしさ)の
にがき誠の一雫

秋の日遠しあしたにも
高きに登りゆふべにも
流れをつたひ獨りして
ふりさけ見れば鳥影の
天の鏡に舞ふかなた
思ひを閉す白雲の
浮べるかたを望めども
都は見えず寂寥(さびしさ)よ
來りてわれと共にかたりね
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 千曲川旅情の歌


  一

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(いうし)悲しむ
緑なす□□(はこべ)は萌えず
若草も藉くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡邊
日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど
野に滿つる香(かをり)も知らず
淺くのみ春は霞みて
麥の色わづかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮れ行けば淺間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飮みて
草枕しばし慰む

  二

昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪(あくせく)
明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか榮枯の夢の
消え殘る谷に下りて
河波のいざよふ見れば
砂まじり水卷き歸る

嗚呼古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
過(いに)し世を靜かに思へ
百年(もゝとせ)もきのふのごとし

千曲川柳霞みて
春淺く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて
この岸に愁(うれひ)を繋(つな)ぐ
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 鼠をあはれむ


星近く戸を照せども
戸に枕して人知らず
鼠古巣を出づれども
人夢さめず驚かず

情の海の淡路島
通ふ千鳥の聲絶えて
やじりを穿つ盜人の
寢息をはかる影もなし

長き尻尾をうちふりつ
小踊りしつゝ軒づたひ
煤のみ深き梁(うつばり)に
夜をうかがふ古鼠

光にいとひいとはれて
白齒もいとど冷やかに
竈の隅に忍びより
ながしに搜る鰺の骨

闇夜に物を透かし視て
暗きに遊ぶさまながら
なほ聲無きに疑ひて
影を懼れてきゝと鳴き鳴く
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 勞働雜詠


 一 朝

朝はふたゝびこゝにあり
朝はわれらと共にあり
埋れよ眠行けよ夢
隱れよさらば小夜嵐

諸羽(もろは)うちふる鷄は
咽喉(のんど)の笛を吹き鳴らし
けふの命の戰鬪(たゝかひ)の
よそほひせよと叫ぶかな

 野に出でよ野に出でよ
 稻の穗は黄にみのりたり
 草鞋とく結(ゆ)へ鎌も執れ
 風に嘶く馬もやれ

雲に鞭(むち)うつ空の日は
語らず言はず聲なきも
人を勵ます其音は
野山に谷にあふれたり

流るゝ汗と膩(あぶら)との
落つるやいづこかの野邊に
名も無き賤のものゝふを
來りて護れ軍神(いくさがみ)

 野に出でよ野に出でよ
 稻の穗は黄にみのりたり
 草鞋とく結(ゆ)へ鎌も執れ
 風に嘶く馬もやれ

あゝ綾絹につゝまれて
爲すよしも無く寢ぬるより
薄き襤褸(つゞれ)はまとふとも
活きて起つこそをかしけれ

匍匐(はらば)ふ蟲の賤が身に
羽翼(つばさ)を惠むものや何
酒か涙か歎息(ためいき)か
迷か夢か皆なあらず

 野に出でよ野に出でよ
 稻の穗は黄にみのりたり
 草鞋とく結(ゆ)へ鎌も執れ
 風に嘶く馬もやれ

さながら土に繋がるゝ
重き鎖を解きいでて
いとど暗きに住む鬼の
笞(しもと)の責をいでむ時

口には朝の息を吹き
骨には若き血を纏ひ
胸に驕慢手に力
霜葉を履(ふ)みてとく來れ

 野に出でよ野に出でよ
 稻の穗は黄にみのりたり
 草鞋とく結(ゆ)へ鎌も執れ
 風に嘶く馬もやれ

 二 晝

誰か知るべき秋の葉の
落ちて樹の根の埋(うづ)むとき
重く聲無き石の下
清水溢れて流るとは

誰か知るべき小山田(をやまだ)の
稻穗のたわに實るとき
花なく香なき賤(しづ)の胸
生命(いのち)踊りて響くとは

 共に來て蒔き來て植ゑし
 田の面(も)に秋の風落ちて
 野邊の琥珀(こはく)を鳴らすかな
 刈り乾せ刈り乾せ稻の穗を

血潮は草に流さねど
力うちふり鍬をうち
天の風雨(あらし)に雷霆(いかづち)に
わが鬪(たゝか)ひの跡やこゝ

見よ日は高き青空の
端より端を弓として
今し父の矢母の矢の
光を降らす眞晝中

 共に來て蒔き來て植ゑし
 田の面(も)に秋の風落ちて
 野邊の琥珀(こはく)を鳴らすかな
 刈り乾せ刈り乾せ稻の穗を

左手(ゆんで)に稻を捉(つか)む時
右手(めて)に利鎌(とがま)を握る時
胸滿ちくれば火のごとく
骨と髓との燃ゆる時

土と塵埃(あくた)と泥の上(へ)に
汗と膩(あぶら)の落つる時
緑にまじる黄の莖に
烈しき息のかゝる時

 共に來て蒔き來て植ゑし
 田の面(も)に秋の風落ちて
 野邊の琥珀(こはく)を鳴らすかな
 刈り乾せ刈り乾せ稻の穗を

思へ名も無き賤(しづ)ながら
遠きに石を荷ふ身は
夏の白雨(ゆふだち)過ぐるごと
ほまれ短き夢ならじ

生命(いのち)の長き戰鬪(たゝかひ)は
こゝに音無し聲も無し
勝ちて桂の冠は
わづかに白き頬かぶり

 共に來て蒔き來て植ゑし
 田の面(も)に秋の風落ちて
 野邊の琥珀(こはく)を鳴らすかな
 刈り乾せ刈り乾せ稻の穗を

 三 暮

揚げよ勝鬨(かちどき)手を延べて
稻葉を高くふりかざせ
日暮れ勞(つか)れて道の邊に
倒(たふ)るゝ人よとく歸れ
彩雲(あやぐも)や
落つる日や
行く道すがら眺むれば
秋天高き夕まぐれ
共に蒔き
共に植ゑ
共に稻穗を刈り乾して
歌うて歸る今の身に
ことしの夏を
かへりみすれば
嗚呼わが魂(たま)は
わなゝきふるふ
この日怖れをかの日に傳へ
この夜望みをかの夜に繋ぎ
門に立ち
野邊に行き
ある時は風高くして
青草長き谷の影
雲に嵐に稻妻に
行先(ゆくて)も暗く聲を呑み
ある時は夏寒くして
山の鳩啼く森の下
たまたま虹に夕映(ゆふばえ)に
末のみのりを祈りてき
それは逝き
これは來て
餓と涙と送りてし
同じ自然の業(わざ)ながら
今は思ひのなぐさめに
光をはなつ秋の星
あゝ勇みつゝ踊りつゝ
諸手(もろて)をうちて笑ひつゝ
樹下(こした)の墓を横ぎりて
家路に通ふ森の道
眠る聖(ひじり)も盜賊(ぬすびと)も
皆な土くれの苔一重(ひとへ)
霧立つ空に入相の
精舍の鐘の響く時
あゝ驕慢と歡喜(よろこび)と
力を息に吹き入れて
勝ちて歸るの勢に
揚げよ樂しき秋の歌
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 爐邊雜興
   散文にてつくれる即興詩

あら荒くれたる賤の山住や顏も黒し手も黒しすごすごと林の中を歸る藁草履の土にまみれたるよ

こゝには五十路六十路を經つつまだ海知らぬ人々ぞ多き

炭燒の烟をながめつゝ世の移り變るも知らで谷陰にぞ住める

蒲公英(たんぽぽ)の黄に蕗の花の白きを踏みつゝ慣れし其足何ぞ野獸の如き

岡のべに通ふ路には野苺の實を垂るゝあり摘みて舌うちして年を經にけり

和布賣(わかめうり)の越後の女三々五々群をなして來(きた)る呼びて窓に倚りて海の藻を買ふぞゆかしき

大豆を賣りて皿の上に載せたる鹽鮭の肉鹽鮭何の磯の香もなき

年々の暦と共に壁に煤けたる錦繪を見れば海ありき廣重の筆なりき

爺(ぢゞ)は波を知らず婆(ばゞ)は潮の音を知らず孫は千鳥を鷄の雛かとぞ思ふ

たまたま伊勢詣のしるしにとて送られし貝の一ひらを見れば大わだつみのよろづの波を彫(きざ)めるとぞ言ひし言の葉こそ思ひいでらるれ

品川の沖によるといふなる海苔の新しきは先づ棚の佛にまゐらせて山家にありて遠く海草の香(か)をかぐとぞいふばかりなる
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 黄昏


つと立ちよれば垣根には
露草の花さきにけり
さまよひくれば夕雲や
これぞこひしき門邊なる

瓦の屋根に烏啼き
烏歸りて日は暮れぬ
おとづれもせず去(い)にもせで
螢と共にこゝをあちこち
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 枝うちかはす梅と梅


枝うちかはす梅と梅
梅の葉かげにそのむかし
鷄(とり)は鷄(とり)とし並び食ひ
われは君とし遊びてき

空風吹けば雲離れ
別れいざよふ西東
青葉は枝に契るとも
緑は永くとゞまらじ

水去り歸る手をのべて
誰れか流れをとゞむべき
行くにまかせよ嗚呼さらば
また相見むと願ひしか

遠く別れてかぞふれば
かさねて長き秋の夢
願ひはあれど陶磁(すゑもの)の
くだけて時を傷(いた)みけり

わが髮長く生ひいでて
額の汗を覆ふとも
甲斐なく珠(たま)を抱きては
罪多かりし草枕

雲に浮びて立ちかへり
都の夏にきて見れば
むかしながらのみどり葉は
蔭いや深くなれるかな

わかれを思ひ逢瀬をば
君とし今やかたらふに
二人すわりし青草は
熱き涙にぬれにけり
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 めぐり逢ふ君やいくたび


めぐり逢ふ君やいくたび
あぢきなき夜を日にかへす
吾命暗(やみ)の谷間も
君あれば戀のあけぼの

樹の枝に琴は懸けねど
朝風の來て彈(ひ)くごとく
面影に君はうつりて
吾胸を靜かに渡る

雲迷ふ身のわづらひも
紅の色に微笑(ほゝゑ)み
流れつゝ冷(ひ)ゆる涙も
いと熱き思を宿す

知らざりし道の開けて
大空は今光なり
もろともにしばしたゝずみ
新しき眺めに入らむ
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 あゝさなり君のごとくに


あゝさなり君のごとくに
何かまた優しかるべき
歸り來てこがれ侘ぶなり
ねがはくは開けこの戸を

ひとたびは君を見棄てて
世に迷ふ羊なりきよ
あぢきなき石を枕に
思ひ知る君が牧場(まきば)を

樂しきはうらぶれ暮し
泉なき砂に伏す時
青草の追懷(おもひで)ばかり
悲しき日樂しきはなし

悲しきはふたゝび歸り
緑なす野邊を見る時
飄泊(さまよひ)の追懷(おもひで)ばかり
樂しき日悲しきはなし

その笛を今は頼まむ
その胸にわれは息(いこ)はむ
君ならで誰か飼ふべき
天地(あめつち)に迷ふ羊を
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 思より思をたどり


思より思をたどり
樹下(こした)より樹下(こした)をつたひ
獨りして遲く歩めば
月今夜(こよひ)幽かに照らす

おぼつかな春のかすみに
うち煙(けぶ)る夜の靜けさ
仄白き空の鏡は
俤の心地こそすれ

物皆はさやかならねど
鬼の住む暗にもあらず
おのづから光は落ちて
吾顏に觸(ふ)るぞうれしき

其光こゝに映りて
日は見えず八重(やへ)の雲路に
其影はこゝに宿りて
君見えず遠の山川

思(おも)ひやるおぼろおぼろの
天の戸は雲かあらぬか
草も木も眠れるなかに
仰ぎ視て涕を流す
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 吾戀は河邊に生ひて


吾戀は河邊に生ひて
根を浸(ひた)す柳の樹なり
枝延びて緑なすまで
生命(いのち)をぞ君に吸(す)ふなる

北のかた水去り歸り
晝も夜も南を知らず
あゝわれも君にむかひて
草を藉き思を送る
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 吾胸の底のこゝには


吾胸の底のこゝには
言ひがたき祕密(ひめごと)住めり
身をあげて活(い)ける牲(にへ)とは
君ならで誰かしらまし

もしやわれ鳥にありせば
君の住む□に飛びかひ
羽を振りて晝は終日(ひねもす)
深き音に鳴かましものを

もしやわれ梭(をさ)にありせば
君が手の白きにひかれ
春の日の長き思を
その絲に織らましものを

もしやわれ草にありせば
野邊に萌(も)え君に踏まれて
かつ靡きかつは微笑(ほゝゑ)み
その足に觸れましものを

わがなげき衾に溢れ
わがうれひ枕を浸す
朝鳥に目さめぬるより
はや床は濡れてたゞよふ

口脣(くちびる)に言葉ありとも
このこゝろ何か寫さむ
たゞ熱き胸より胸の
琴にこそ傳ふべきなれ
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 君こそは遠音に響く


君こそは遠音に響く
入相の鐘にありけれ
幽かなる聲を辿りて
われは行く盲目(めしひ)のごとし

君ゆゑにわれは休まず
君ゆゑにわれは仆れず
嗚呼われは君に引かれて
暗き世をわづかに搜る

たゞ知るは沈む春日の
目にうつる天(そら)のひらめき
なつかしき聲するかたに
花深き夕を思ふ

吾足は傷つき痛み
吾胸は溢れ亂れぬ
君なくば人の命に
われのみや獨(ひとり)ならまし

あな哀(かな)し戀の暗には
君もまた同じ盲目(めしひ)か
手引せよ盲目(めしひ)の身には
盲目(めしひ)こそうれしかりけれ
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 こゝろをつなぐしろかねの


こゝろをつなぐ銀(しろかね)の
鎖も今はたえにけり
こひもまこともあすよりは
つめたき砂にそゝがまし

顏もうるほひ手もふるひ
逢うてわかれををしむより
人目の關はへだつとも
あかぬむかしぞしたはしき

形となりて添はずとも
せめては影と添はましを
たがひにおもふこゝろすら
裂きて捨つべきこの世かな

おもかげの草かゝるとも
古(ふ)りてやぶるゝ壁のごと
君し住まねば吾胸は
つひにくだけて荒れぬべし

一歩に涙五歩に血や
すがたかたちも空の虹
おなじ照る日にたがらへて
永き別れ路見るよしもなし
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 罪なれば物のあはれを


罪なれば物のあはれを
こゝろなき身にも知るなり
罪なれば酒をふくみて
夢に醉ひ夢に泣くなり

罪なれば親をも捨てて
世の鞭を忍び負ふなり
罪なれば宿を逐はれて
花園に別れ行くなり

罪なれば刃に伏して
紅き血に流れ去るなり
罪なれば手に手をとりて
死の門にかけり入るなり

罪なれば滅び碎けて
常闇(とこやみ)の地獄のなやみ
嗚呼二人(ふたり)抱(いだ)きこがれつ
戀の火にもゆるたましひ
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 風よ靜かにかの岸へ


風よ靜かに彼(か)の岸へ
こひしき人を吹き送れ
海を越え行く旅人の
群(むれ)にぞ君はまじりたる

八重の汐路をかき分けて
行くは僅に舟一葉
底白波(しらなみ)の上なれば
君安かれと祈るかな

海とはいへどひねもすは
皐月(さつき)の野邊と眺め見よ
波とはいへど夜もすがら
緑の草と思ひ寢よ

もし海怒り狂ひなば
われ是岸(このきし)に仆れ伏し
いといと深き歎息(ためいき)に
其嵐をぞなだむべき

樂しき初(はじめ)憶(おも)ふ毎
哀(かな)しき終(をはり)堪へがたし
ふたゝびみたびめぐり逢ふ
天(あま)つ惠みはありやなしや

あゝ緑葉の嘆(なげき)をぞ
今は海にも思ひ知る
破れて胸は紅き血の
流るゝがごと滴るがごと
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 椰子の實


名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の實一つ

故郷(ふるさと)の岸を離れて
汝(なれ)はそも波に幾月(いくつき)

舊(もと)の樹は生ひや茂れる
枝はなほ影をやなせる

われもまた渚を枕
孤身(ひとりみ)の浮寢の旅ぞ

實をとりて胸にあつれば
新(あらた)なり流離の憂(うれひ)

海の日の沈むを見れば
激(たぎ)り落つ異郷の涙

思ひやる八重の汐々(しほ/″\)
いづれの日にか國へ歸らむ
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 浦島


浦島の子とぞいふなる
遊ぶべく海邊に出でて
釣すべく岩に上りて
長き日を絲垂れ暮す

流れ藻の青き葉蔭に
隱れ寄る魚かとばかり
手を延べて水を出でたる
うらわかき處女(をとめ)のひとり

名のれ名のれ奇(く)しき處女(をとめ)よ
わだつみに住める處女(をとめ)よ
思ひきや水の中にも
黒髮の魚のありとは

かの處女(をとめ)嘆きて言へる
われはこれ潮(うしほ)の兒なり
わだつみの神のむすめの
乙姫といふはわれなり

龍(たつ)の宮荒れなば荒れね
捨てて來し海へは入らじ
あゝ君の胸にのみこそ
けふよりは住むべかりけれ
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 舟路


海にして響く艫の聲
水を撃つ音のよきかな
大空に雲は飄(たゞよ)ひ
潮分けて舟は行くなり

靜なる空に透かして
青波の深きを見れば
水底(みなそこ)やはてもしられず
流れ藻の浮きつ沈みつ

緑なす草のかげより
湧き出づる泉ならねど
おのづから滿ち來る汐は
海原のうちに溢れぬ

さながらに遠き白帆は
群をなす牧場(まきば)の羊
吹き送る風に飼はれて
わだつみの野邊を行くらむ

雲行けば舟も隨ひ
舟行けば雲もまた追ふ
空と水相合ふかなた
諸共にけふの泊(とまり)へ
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 鳥なき里


鳥なき里の蝙蝠や
宗助(そうすけ)鍬をかたにかけ
幸助(かうすけ)網を手にもちて
山へ宗助海へ幸助

黄瓜花さき夕影に
蝉鳴くかなた桑の葉の
露にすゞしき山道を
海にうらやむ幸助のゆめ

磯菜遠近(をちこち)砂の上に
舟干すかなた夏潮の
鰺藻に響く海の音を
山にうらやむ宗助のゆめ

かくもかはれば變る世や
幸助鍬をかたにかけ
宗助網を手にもちて
山へ宗助海へ幸助

霞にうつり霜に暮れ
たちまち過ぎぬ春と秋
のぞみは草の花のごと
砂に埋れて見るよしもなし

さながらそれも一時(ひととき)の
胸の青雲いづこぞや
かへりみすれば跡もなき
宗助のゆめ幸助のゆめ

ふたゝび百合はさきかへり
ふたゝび梅は青みけり
深き緑の樹の蔭を
迷うて歸る宗助幸助
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 藪入


  上
朝淺草を立ちいでて
かの深川を望むかな
片影冷(すゞ)しわれは今
こひしき家に歸るなり

籠の雀のけふ一日(ひとひ)
いとまたまはる藪入や
思ふまゝなる吾身こそ
空飛ぶ鳥に似たりけれ

大川端を來て見れば
帶は淺黄の染模樣
うしろ姿の小走りも
うれしきわれに同じ身か

柳の並樹暗くして
墨田の岸のふかみどり
漁(すなど)り舟の艫の音は
靜かに波にひゞくかな

白帆をわたる風は來て
鬢の井筒(ゐづゝ)の香を拂ひ
花あつまれる浮草は
われに添ひつゝ流れけり

潮わきかへる品川の
沖のかなたに行く水や
思ひは同じかはしもの
わがなつかしの深川の宿

  下
その名ばかりの鮨つけて
やがて一日(ひとひ)は暮れにけり
いとまごひして見かへれば
蚊遣(かやり)に薄き母の影

あゆみは重し愁ひつゝ
岸邊を行きて吾宿の
今のありさま忍ぶにも
忍ぶにあまる宿世(すぐせ)かな

家をこゝろに浮ぶれば
夢も冷たき古簀子(ふるすのこ)
西日悲しき土壁(つちかべ)の
まばら朽ちたる裏住居

南の廂(ひさし)傾きて
垣に短かき草箒
破(や)れし戸に倚る夏菊の
人に昔を語り顏

風吹くあした雨の夜半(よは)
すこしは世をも知りそめて
むかしのまゝの身ならねど
かゝる思ひは今ぞ知る

身を世を思ひなげきつゝ
流れに添うてあゆめばや
今の心のさみしさに
似るものもなき眺めかな

夕日さながら畫のごとく
岸の柳にうつろひて
汐みちくれば水禽の
影ほのかなり隅田川

茶舟を下す舟人の
聲遠近(をちこち)に聞えけり
水をながめてたゝずめば
深川あたり迷ふ夕雲
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 惡夢


少年の昔よりかりそめに相知れるなにがし、獄に繋がるゝことこゝに三とせあまりなりしが、はからざりき飛報かれの凶音を傳へぬ。今春獄吏に導かれて、かれを巣鴨の病床に訪ひしは、舊知相見るの最後にてありき、かれ學あり、才あり、西の國の言葉にも通じ、宗教の旨をも味はひ知り、おほかたの藝能にもつたなからず、人にも侮られまじき程の品かたちは持てりしに、其半生を思ひやれば實に慘苦と落魄との連鎖とも言ふべかりき。かれは春の日の長閑に暖かなる家庭に生ひたちて、希望と幸福とを一身に荷ひたりしかど、やがて獄窓に呻吟せしの日は人生流離の極みを盡したる後なりき。あはれむべし、死と狂と罪とを除きて他にかれの行くべき道とてはあらざりしなり。われは今、かれが惡夢を憐むの餘り、一篇の蕪辭囚人の愁ひをとりて、みだりに花鳥の韻事を穢す、罪の受くべきはもとよりわが期する所なり。


其耳はいづこにありや
其胸はいづこにありや
激(たぎ)り落つ愁の思
この心誰に告ぐべき

秋蠅の窓に殘りて
日の影に飛びかふごとく
あぢきなき牢獄(ひとや)のなかに
伏して寢ねまたも目さめぬ

夜(よ)な/\の衾(ふすま)は濡れて
吾床は乾く間も無し
黒髮は霜に衰へ
若き身は歎きに老いぬ

春やなき無間の谷間
潮やなき紅蓮の岸邊
憔悴(うらがれ)の死灰の身には
熱き火の燃ゆる罪のみ

銀(しろかね)の臺(うてな)も碎け
戀の矢も朽ちて行く世に
いつまでか骨に刻みて
時しらず活(い)くる罪かも

空の鷲われに來よとや
なにかせむ自在なき身は
天の馬われに來よとや
なにかせむ鐵鎖(くさり)ある身は

いかづちの火を吹くごとく
この痛み胸に踊れり
なかなかに罪の住家(すみか)は
濃き陰の暗にこそあれ

いとほしむ人なき我ぞ
隱れむにものなき我ぞ
血に泣きて聲は呑むとも
寂寞(さびしさ)の裾こそよけれ

世を知らぬをさなき昔
香ににほふ妹(いも)を抱きて
すゝりなく恨みの日より
吾蟲は驕(たかぶ)るばかり

わがいのち戲(たはれ)の臺(うてな)
その惡を舞ふにやあらむ
わがこゝろ悲しき鏡
その夢を見るにやあらむ

人の世に羽を撃つ風雨(あらし)
天地(あめつち)に身(み)は捨小舟
今更に我をうみてし
亡き母も恨めしきかな

父いかに舊(もと)の山河
妻いかに遠(とほ)の村里
この道を忘れたまふや
この空を忘れたまふや

いかなれば歎きをすらむ
その父はわれを捨つるに
いかなれば忍びつ居らむ
その妻はわれを捨つるに

くろがねの窓に縋りて
故郷(ふるさと)の空を望めば
浮雲や遠く懸りて
履みなれし丘にさながら

さびしさの訪ひくる外に
おとなひも絶えてなかりし
吾窓に鳴く音を聽けば
人知れず涙し流る

鵯(ひよどり)よ翅を振りて
黄葉(もみぢば)の陰に歌ふか
幽囚(とらはれ)の笞(しもと)の責や
人の身は鳥にもしかじ

あゝ一葉(ひとは)枝に離れて
いづくにか漂ふやらむ
照れる日の光はあれど
わがたましひは暗くさまよふ
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 響りん/\音りん/\


響りん/\音りん/\
うちふりうちふる鈴高く
馬は蹄をふみしめて
故郷の山を出づるとき
その黒毛なす鬣(たてがみ)は
冷(すゞ)しき風に吹き亂れ
その紫の兩眼は
青雲遠く望むかな
枝の緑に袖觸れつ
あやしき鞍に跨りて
馬上に歌ふ一ふしは
げにや遊子の旅の情

あゝをさなくて國を出で
東の磯邊西の濱
さても繋がぬ舟のごと
夢長きこと二十年
たま/\ことし歸りきて
昔懷へばふるさとや
蔭を岡邊に尋ぬれば
松柏(しようはく)すでに折れ碎け
徑(みち)を川邊にもとむれば
野草は深く荒れにけり
菊は心を驚かし
蘭は思を傷ましむ
高きに登り草を藉き
惆悵として眺むれば
檜原(ひばら)に迷ふ雲落ちて
涙流れてかぎりなし

去(い)ね/\かゝる古里(ふるさと)は
ふたゝび言ふに足らじかし
あゝよしさらばけふよりは
日行き風吹き彩雲(あやぐも)の
あやにたなびくかなたをも
白波高く八百潮の
湧き立ちさわぐかなたをも
かしこの岡もこの山も
いづれ心の宿とせば
しげれる谷の野葡萄に
秋のみのりはとるがまゝ
深き林の黄葉(もみぢば)に
秋の光は履(ふ)むがまゝ

響りん/\音りん/\
うちふりうちふる鈴高く
馬は首(かうべ)をめぐらして
雲に嘶きいさむとき
かへりみすれば古里(ふるさと)の
檜原(ひばら)は目にも見えにけるかな
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 翼なければ


羽翼(つばさ)なければ繋がれて
朽ちはつべしとかねてしる
光なければ埋もれて
老いゆくべしとかねてしる

知る人もなき山蔭に
朽ちゆくことを厭はねば
牛飼ふ野邊の寂しさを
かくれがとこそ頼むなれ

埋(う)もるゝ花もありやとて
獨り戸に倚り眺むれば
ゆふべ空(むな)しく日は暮れて
牧場の草に春雨(はるさめ)のふる
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 罪人と名にも呼ばれむ


罪人(つみびと)と名にも呼ばれむ
罪人(つみびと)と名にも呼ばれむ
歸らじとかねて思へば
嗚呼涙さらば故郷(ふるさと)

駒とめて路の樹蔭に
あまたたびかへりみすれば
輝きて立てる白壁
さやかにも見えにけるかな

鬣(たてがみ)は風に吹かれて
吾駒の歩みも遲し
愁ひつゝ蹄をあげて
雲遠き都にむかふ

戰ひの世にしあなれば
野の草の露と知れれど
吾父の射る矢に立ちて
消えむとは思ひかけずよ

捨てよとや紙にもあらず
吾心燒くよしもなし
捨てよとや筆にもあらず
吾心折るよしもなし

そのねがひ親や古(ふ)りたる
このおもひ子や新しき
つくづくと父を思へば
吾袖は紅き血となる

靜息(やすみ)なく激(たぎ)つ胸には
柵(しがらみ)もなにかとゞめむ
洪水(おほみづ)の溢るゝごとく
海にまで入らではやまじ

はらからやさらば故郷(ふるさと)
去(い)ねよ去(い)ねよ去(い)ねよ吾駒
諸共(もろとも)に暗く寂しく
故(むかし)の園を捨てて行かまし
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 胡蝶の夢


胡蝶の夢の人の身を
旅といふこそうれしけれ
常世(とこよ)に長き天地(あめつち)を
宿といふこそをかしけれ

青き山邊は吾枕
花さく野邊は吾衾(わがしとね)
星縫ふ空は吾帳(わがとばり)
さかまく海は吾緒琴(わがをごと)

 いづこよりとは告げがたし
 いづこまでとは言ひがたし

いま日の光いま嵐
來る歡樂(たのしみ)哀傷(かなしみ)の
人のさかりをかりそめに
夏といはむもおもしろや

あゝわれひとの知らぬ間に
心の色は褪せ易し
胸うち掩ふ緑葉(みどりば)の
若き命もいくばくぞ

 かんばせの花紅き子も
 あはれや早く翁顏

あるひは高く撃てれども
翅碎けて八重葎(むぐら)
あるひは遠く舞へれども
望は落ちて塵埃(あくた)

譽も聲も浮ける雲
すぐれし才はいづこぞや
涙も夢も草の雨
流れて更に音も無し

 思うて誰か傷まざる
 歩みて誰か迷はざる

人の命を兒童(わらはべ)の
□戲(たはれ)と言ふは誰が言葉
賤も聖(ひじり)も丈夫(ますらを)も
兒童(わらはべ)ならぬものやある

晝には晝に遊ぶべし
夜には夜に遊ぶべし
破りはつべき世ならねば
身は狂ふこそ悲しけれ

 捨てつ拾ひつこの命
 行きつ運(めぐ)りつこの環(たまき)
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 落葉松の樹


落葉松(からまつ)の樹はありとても
石南花(しやくなげ)の花さくとても
故郷(ふるさと)遠き草枕
思はなにか慰まむ
旅寢は胸も病むばかり
沈む憂は醉ふがごと
獨りぬる夜の夢にのみ
たゞ夢にのみ山路を下る
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 ふと目はさめぬ


ふと目は覺めぬ五とせの
心の醉に驚きて
若き是身(このみ)をながむれば
はや吾春は老いにけり

夢の心地(こゝち)も甘かりし
昔は何を知れとてか
清(すず)しき星も身を呪ふ
今は何をか思へとや

剛愎(かたくな)なりし吾さへも
折れて泣きしは戀なりき
荒き胸にも一輪の
花をかざすは戀なりき

勇める馬の狂ひいで
鬣(たてがみ)長く嘶きて
風こゝちよき青草の
野邊を蹄に履(ふ)むがごと

又は眼(まなこ)も紫に
胸より熱き火を吹きて
汲めど盡きせぬ眞清水の
泉に喘(あへ)ぎよるがごと

若き心の躍りては
軛(くびき)も綱も捨てけりな
こがれつ醉ひつ筆振れば
筆神ありと思ひてき

あゝうつくしき花草は
咲く間を待たで萎(しぼ)むらむ
消(き)えはてにけり吾戀は
藝術(たくみ)諸共(もろとも)消えにけり

そは何故のうき世にて
人に誠はありながら
戀路の末はとこしへの
冬を生命(いのち)に刻(きざ)むらむ

黒髮われを覆ふとも
血潮はわれを染むるとも
花口脣(くちびる)を飾るとも
思は胸を傷(いた)ましむ

繪筆うちふる吾指は
歎きのために震ふかな
涙に濡るゝ吾紙は
象(かたち)空(むな)しく消(き)ゆるかな

かはりはてたる吾命
かはりはてたる吾思
かはりはてたる吾戀路
かはりはてたる吾藝術(たくみ)

この世はあまり實(み)にすぎて
あたら吾身は夢ばかり
なぐさめもなき幻(まぼろし)の
境に泣きてさまよふわれは
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 縫ひかへせ


縫ひかへせ縫ひかへせ
膩(あぶら)に染みし其袂
涙に濡れし其袂
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
君が衣を縫ひかへせ
愁(うれひ)は水に汗は瀬に
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
捨てよ昔の夢の垢(あか)
やめよ甲斐なき物思
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
腐れて何の袖かある
勞(つか)れて何の道かある
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
薄き羽袖の蝉すらも
歌うて殼を出づる世に
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな

縫ひかへせ縫ひかへせ
君がなげきは古(ふ)りたりや
とく新しき世に歸れ
濯(すゝ)げよさらば嘆かずもがな




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