客居偶録
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著者名:北村透谷 

     其九 晩食

 詩客元来淡菜を愛す。酢味糟(すみそ)あらば、と吟じたる俳客の意、自から分明なり。爰(こゝ)に鮮魚あり、又た鮮蔬(せんそ)あり、都城の豊肉何ぞ思ひ願ふことを要せむ。市ヶ谷の詩人、今如何。「三籟」紙面の趣味、之を此の清淡に比して如何。

     其十 漁獲

 今朝、漁師急馳して海に出で、村媼(そんあう)囂々(がう/\)として漁獲を論ず。午(ひる)を過ぐる頃、先づ回(かへ)るの船は吉報を齎(もた)らし来る。之に次ぐものは鰹魚を積んで帰り、村中の老弱海浜に鳩(あつ)まる。此日は之れ当年第一の夏漁、頓(やが)て見る村童頻々として来往し、人々一尾を携へざるなく、家々鮮肉を味はざるなし。漁家にあらざるもの僅かに三戸、而して村情隣を捨てず、価なくして亦た挙家の鼓腹あり。全邑(ぜんいふ)今日鮮魚に飽く、之を東都の平等先生に告げて、与にこの歓喜の情を讃めなば、如何にぞや。

     其十一 言語

 村家に就きて言語を査するに、親子兄弟一様なる語調あり。われは平生、我が国語の自から階級的なるを厭ふもの。之を思ひて私(ひそ)かに悟るところあり。

     其十二 蝉声

 ゆふべの風に先(さきだ)ちて簾(すだれ)を越え来るものは、ひぐらしの声、寂々として心神を蕩(とか)す、之を聴く時自(おのづ)から山あり、自から水あり。家にありて自から景致の裡にあり。団扇(うちは)を握つて□前(さうぜん)に出れば、既に声を収めて他方に飛べり。
(明治二十六年七月)



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