工場細胞
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著者名:小林多喜二 

 ――ん?
 ――サイゴマデ……。
 ――ん。
 ――ガンバレ。
 ――分った!
 ――アノ……。
 その時、彼はギョッとして、身体を跳ね起した。廊下を歩いてくる靴音を聞いたと思ったからだ。
 そしてそれは本当に靴音だった。――何か騒がしい事が、向う端で急に起ったらしかった。
 形式だけの検束をうけて、留置場の中で特別の待遇をうけて居た鈴木が、この明け方、首を縊(くく)っていたのを、看守の巡査が発見したのだった。
        *        *
 次の日「H・S工場」の労働者たちは、予期していたように「工場委員会」の自主化を獲得した。たとえ、そのなかにはどんな専務の第二弾の魂胆が含められているとしても。――然し彼等は、次にくる今度こそは本物の闘争にたえるために「足場」を堅固に築いて置かなければならなかった。森本の後は残されていた。――
 初めて二人を結びつけた握手が、別れるためのものだったことをお君は思った。それを考えると、胸が苦しくなった。――然し彼が帰ってくる迄、自分たちのして置かなければならない仕事をお君は知っていた。
 お君は工場の帰り、お芳とそのことを話し合った。――お芳はそっと眼をぬぐった。
 ――泣くんじゃない! 泣いちゃ駄目(だめ)!
 お君は薄い彼女の肩に手をかけた。お芳は河田のことを考えていた。
 春が近かった。――ザラメのような雪が、足元でサラッ、サラッとなった。
(一九三〇・二・二四)



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