蟹の怪
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著者名:田中貢太郎 

 それは十二一重(じゅうにひとえ)を着て緋の袴を穿いた美しい官女の姿であった。大胆な伝蔵は今晩は不思議なこともあるものだとおもって衝立ったなりにそれを見ていた。と、官女の姿は消えて甲冑をつけた武人の姿が現れた。武人の姿はやがて内裏のような金光燦然とした宮殿にかわった。と、宮殿は不動明王のような体の四方に炎の燃えている仏像にかわった。
 伝蔵は嘲り笑いをして立っていた。と、仏像はみるみる消えて甲良(こうら)が十二畳敷以上もありそうに思われる大きな蟹の姿が現れて来たが、その背には伝蔵の忘れることのできないお種が腰をかけていた。伝蔵は猪作の死ざまから連想して、お種をみいれて殺したのは彼の蟹であると思った。伝蔵は火のように怒って拳を固めて蟹に飛びかかって往こうとすると、体がしびれて判らなくなってしまった。
 そして、気が注いて眼を開けてみると、己(じぶん)は巫女ヶ奈路の草の上で寝て夜が明けたところであった。そこで伝蔵は静(しずか)に起きて家へ帰って来たが、それ以後は不思議なことにも逢わなかった。




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