胡氏
著者名:田中貢太郎
「先生が僕を見棄てないなら、僕の家に十五になる男の児があります、先生の方にどなたかありますなら、迎えたいと思いますが、先生の方に年比(としごろ)の方がないでしょうか」
胡は喜んで言った。
「僕に年のゆかない妹があります、公子より一つ年下です、ひどく馬鹿でもありませんから、さしあげたいと思いますが、如何でしょうか」
主人は起って拝礼した。胡も答礼した。そこで新たに杯を交換して歓び、前の仲違いは忘れてしまった。そして主人は酒肴をならべて胡の従者一同をねぎろうた。主人はそれから胡の住居を訊いて結納をおくろうとしたが胡が辞退した。そして胡は夜になって酔って帰って往った。
それから狐の害もなくなって富豪の家も安心した。そして一年あまりになったが、胡はこなかった。ある人は胡が嘘を言ったのではないかと言ったが、主人は疑わないで待っていた。
また半年ばかりして胡が不意にきて、暑い寒いの挨拶をしてから、
「妹が大きくなりました、佳い日を定めて御夫婦に事(つか)えさしたいと思います」
と言った。主人は喜んだ。そこで期日を打ち合わして胡は帰って往った。
その日がきて夜になると果して輿馬(よば)の一行が新婦を送ってきた。嫁入り道具が非常に多くて、室の中に陳(なら)べてみると室の中に一ぱいになった。
新婦は舅姑(しゅうと)に逢った。その新婦の容色(きりょう)がきれはなれて美しかったので、主人は喜んだ。胡は一人の弟と妹を送ってきていたが、二人とも話すことが風雅で、それでまた二人ともよく飲んだ。そして、夜明けになって帰って往った。
新婦は豊年と凶年を知っていた。生活上のことは新婦の言葉に従ってやった。胡の兄弟及び母親は、時どき女に遇いにきたので村の人は皆それを見た。
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