鳥影
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著者名:石川啄木 

   其四

      一

 遠くから見ただけの人は、智惠子をツンと取濟した、愛相のない、大理石の像の樣に冷い女とも思ふ。が、一度近づいて見ては、その滑(なめら)かな美しい肌の下に、ぱつちりとした黒味勝の眼の底の、温かい心を感ぜずには居られぬ。
 同情の深い智惠子は、宿の子供――十歳になる梅ちやんと五歳の新坊――が、もう七月になつたのに垢染みた袷を着て暑がつてるのを、例(いつ)もの事ながら見るに見兼ねた。今日は幸ひ土曜日なので、授業が濟むと直ぐ歸つた。そして、歸途(かへり)に買つて來た――一圓某の安物ではあるが――白地の荒い染の反物を裁(た)つて、二人の單衣を仕立に掛つた。
 障子を開けた格子窓の、直ぐ下から青い田が續いた。其青田を貫いて、此家の横から入つた寺道が、二町許りを眞直に、寶徳寺の門に隱れる。寺を圍んで蓊鬱(こんもり)とした杉の木立の上には、姫神山が金字塔(ピラミット)の樣に見える。午後の日射は青田の稻のそよぎを生々照して、有るか無きかの初夏の風が心地よく窓に入る。壁一重の軒下を流れる小堰(こぜき)の水(みづ)に、蝦を掬ふ子供等の叫び、さては寺道を山や田に往き返りの男女の暢氣(のんき)の濁聲(にごりごゑ)が手にとる樣に聞える――智惠子は其聞苦しい訛にも耳慣れた。去年の秋轉任になつてから、もう十ヶ月を此村に過したので。
 隣室からは、床に就いて三月にもなる老女の、幽かな呻き聲が聞える。主婦(あるじ)のお利代は盥を門口に持出して、先刻(さつき)からパチャ/\と洗濯の音をさしてゐる。智惠子は白い布(きれ)を膝に披げて、餘念もなく針を動かしてゐた。
 子供の衣服(きもの)を縫ふ――といふ事が、端なくも智惠子をして亡き母を思出させた。智惠子は箪笥の上から、葡萄色天鵞絨の表紙の、厚い寫眞帖を取下して、机の上に展(ひら)いた。
 何處か俤の肖通(にかよ)つた四十許りの品の良い女の顏が寫されてゐる。智惠子はそれに懷し氣な眼を遣り乍ら針の目を運んだ。亡き母!……智惠子の身にも悲しき追憶はある。生れたのは盛岡だと言ふが、まだ物心附かぬうちから東京に育つた……父が長いこと農商務省に技手をしてゐたので……十五の春御茶の水女學校に入るまで、小學の課程は皆東京で受けた。智惠子が東京を懷しがるのは、必ずしも地方に育つた若い女の虚榮と同じではなかつた。十六の正月、父が俄かの病で死んだ。母と智惠子は住み慣れた都を去つて、盛岡に歸つた。――唯一人の兄が縣廳に奉職してゐたので。――浮世の悲哀といふものを、智惠子は其の時から知つた。間もなく母は病んだ。兄には善からぬ行ひがあつた。智惠子は學校にも行けなかつた。教會に足を入れ初めたのは其頃で。
 長患ひの末、母は翌年になつて遂に死んだ。程なく兄は或る藝妓を落籍(ひか)して夫婦になつた。智惠子は其賤き女を姉と呼ばねばならなかつた。遂に兄の意に逆つて洗禮を受けた。
 智惠子は堅くも自活の決心をした。そして、十八の歳に師範學校の女子部に入つて、去年の春首尾克く卒業したのである。兄は今青森の大林區署に勤めてゐる。
 父は嚴しい人で、母は優しい人であつた。その優しかつた母を思出す毎に智惠子は東京が戀しくてならぬ。住居は本郷の弓町であつた。四室か五室の廣からぬ家ではあつたが、……玄關の脇の四疊が智惠子の勉強部屋にされてゐた。衡門(かぶきもん)から筋向ひの家に、それは/\大きい楠が一株、雨も洩さぬ程繁つた枝を路の上に擴げてゐた。――靜子に訊けば、それが今猶殘つてゐると言ふ。
『那の邊の事を、怎(ど)う變つたか詳しく小川さんの兄樣に訊いて見ようか知ら!』とも考へてみた。そして、『訊いた所で仕方がない!』と思返した。
 と、門口に何やら聲高に喋る聲が聞えた。洗濯の音が止んだ。『六錢。』といふ言葉だけは智惠子の耳にも入つた。

      二

 すると、お利代の下駄を脱ぐ音がして、輕い跫音(あしおと)が次の間に入つた。
 何やら探す樣な氣勢(けはひ)がしてゐたが、鏗(がちや)りと銅貨の相觸れる響。――霎時(しばし)の間何の物音もしない、と老女の枕元の障子が靜かに開いて、窶(やつ)れたお利代が顏を出した。
『先生、何とも……。』と小聲に遠慮し乍ら入つて來て、『あの、これが來まして……。』と言ひにくさうに膝をつく。
『何です!』と言つて、見ると、それは厚い一封の手紙、(濱野お利代殿)と筆太に書かれて、不足税の印が捺してある。
『細かいのが御座んしたら、あの、一寸二錢だけ足りませんから……。』
『あ、然う?』と皆まで言はせず輕く答へて、智惠子はそれを出してやる。お利代は極り惡氣にして出て行つた。
 智惠子は不圖針の手を留めて、『子供の衣服(きもの)よりは、お錢で上げた方が好かつたか知ら!』と、考へた。そして直ぐに、『否(いゝや)、まだ有るもの!』と、今しも机の上に置いた財布に目を遣つた。幾何かの持越と先月分の俸給十三圓、その内から下宿料や紙筆油などの雜用の拂ひを濟まし、今日反物を買つて來て、まだ五圓許りは殘つてるのである。
 お利代は直ぐ引返して來て、櫛卷にした頭に小指を入れて掻き乍ら、
『眞箇(ほんたう)に何時も/\先生に許り御迷惑をかけて。』と言つて、潤みを有つた大きい眼を氣の毒相に瞬く。左の手にはまだ封も切らぬ手紙を持つてゐた。
『まあ其□(そんな)こと!』と事も無げに言つたが、智惠子は心の中で、此女にはもう一錢も無いのだと考へた。
『今夜あの衣服(きもの)を裁縫(こしら)へて了へば、明日幾何(いくら)か取れるので御座んすけれど……唯(たつた)四錢しか無かつたもんですから。』
『小母さん!』と智惠子は口早に壓附(おしつ)ける樣に言つた。そして優しい調子で、
『私小母さんの家の人よ。ぢやなくつて?』
 初めて聞いた言葉ではないが、お利代は大きい眼を瞠(みは)つて昵と智惠子の顏を見た。何と答へて可いか解らないのだ。
 母は早く死んだ。父は家産を倒して行方が知れぬ。先夫は良い人であつたが、梅といふ女兒(こども)を殘して之も行方知れず(今は凾館にゐるが)二度目の夫は日露の戰に從つて歸らずなつた。何か軍律に背いた事があつて、死刑にされたのだといふ。七十を越した祖母一人に子供二人、己が手一つの仕立物では細い煙も立て難くて、一昨年から女教師を泊めた。去年代つた智惠子にも居て貰ふことにした。この春祖母が病み附いてからは、それでも足らぬ。足らぬ所は何處から出る? 智惠子の懷から!
 言つて見れば赤の他人だ。が、智惠子の親切は肉身の姉妹も及ばぬとお利代は思つてゐる。美しくつて、優しくつて、確固(しつかり)した氣立、温かい情……かくまで自分に親しくしてくれる人が、またと此世にあらうかと、悲しきお利代は夜更けて生活の爲の裁縫をし乍らも、思はず智惠子の室に向いて手を合せる事がある。智惠子を有難いと思ふ心から、智惠子の信ずる神樣も有難いものに思つた。
『あの……小母さん。』と智惠子は稍躊躇(ためら)ひ乍ら、机の上の財布を取つて其中から紙幣を一枚、二枚、三枚……若しや輕蔑したと思はれはせぬかと、直ぐにも出しかねて右の手に握つたが、
『あの、小母さん、私小母さんの家の人よ。ね。だからあの毎日我儘許りしてるんですから惡く思はないで頂戴よ。ね。私小母さんを姉さんと思つてゐるんですから。』
『それはもう……』と言つて、お利代は目を落して疊に片手をついた。
『だからあの、惡く思はれる樣だと私却つて濟まないことよ。ね。これはホンのお小遣よ。祖母さんにも何か……』と言ひ乍ら握つたものを出すと、俯いたお利代の膝に龍鍾(はら/\)と霰の樣な涙が落ちる。と見ると智惠子はグッと胸が迫つた。
『小母さん!』と、出した其手で矢庭に疊に突いたお利代の手を握つて、『神よ!』と心に叫んだ。『願はくば御惠を垂れ給へ!』と瞑ぢた其眼の長い睫毛を傳つて、美しい露が溢れた。

      三

『あゝ。』といふ力無い欠伸が次の間から聞えて、『お利代、お利代。』と、嗄れた聲で呼び、老女が目を覺まして、寢返りでも爲たいのであらう。
 智惠子はハッとした樣に手を引いた。お利代は涙に濡れた顏を擧げて、『は、只今。』と答へたが、其顏に言ふ許りなき感謝の意を湛へて、『一寸』と智惠子に會釋して立つ。急がしく涙を拭つて、隔ての障子を開けた。
 其後姿を見送つた目を其處に置いて行つた手紙の上に[#「上に」は底本では「上を」]移して、智惠子は眤と呼吸を凝した。神から授つた義務を果した樣な滿足の情が胸に溢れた。そして、『私に出來るだけは是非して上げねばならぬ!』と自分に命ずる樣に心に誓つた。
『あゝゝ、よく寢た。もう夜が明けたのかい、お利代?』と老女(としより)の聲が聞える。
『ホホヽヽ、今午後の三時頃ですよ祖母さん。お氣分は?』
『些(ちつ)とも平生(ふだん)と變らないよ。ナニか、先生はもうお出掛けか?』
『否、今日は土曜日ですから先刻にお歸りになりましたよ。そしてね祖母さん、あの、梅と新坊に單衣を買つて來て下すつて、今縫つて下すつてるの。』
『呀(おや)、然うかい。それぢやお前、何か御返禮に上げなくちや不可(いけ)ないよ。』
『まあ祖母さんは! 何時でも昔の樣な氣で……。』
『ホヽヽ。然(さ)うだつたかい。だがねお利代、お前よく氣を附けてね、先生を大事にして上げなけれや不可(いけ)ないよ。今度の先生の樣に良い人はお前、何處へ行つたつて有るものぢやないよ。』と子供にでも訓(をし)へる樣に言ふ。
 智惠子はそれを聞くと、又しても眼の底に涙の鍾(あつま)るを覺えた。
『ア痛、ア痛、寢返りの時に限つてお前は邪慳(ぢやけん)だよ。』と、今度はお利代を叱つてゐる。智惠子は氣が附いた樣に、また針を動かし出した。
 五分許り經つてお利代が再び入つて來た時は、何を泣いてか其頬に新しい涙の痕が光つてゐた。
『お氣分が宜い樣ね?』
『は。もう夜が明けたかなんて恍(とぼ)けて……。』と少し笑つて、『皆先生のお蔭で御座います。』
『まあ小母(をば)さんは!』と同情深い眼を上げて、『小母(をば)さんは何だわね、私を家の人の樣にはして下さらないのね?』
『ですけれど先生、今もあのお祖母さんが、先生の樣な人は何處に行つても無いと申しまして……。』
と、流石は世慣れた齡(とし)だけに厚く禮を述べる。
『辛いわ、私!』と智惠子は言つた。
『何も私なんかに然(さ)う被仰(おつしや)る事はなくてよ、小母さんの樣に立派な心掛を有つてる人は、神樣が助けて下さるわ。』
『眞箇(ほんと)に先生、生きた神樣つたら先生の樣な人かと思ひまして。』
『まあ!』と心から驚いた樣な聲を出して、智惠子は涼しい眼を瞠(みは)つた。『其□事(そんなこと)被仰(おつしやる)るもんぢやないわ。』
『は。』と言つてお利代は俯いた。今の言葉を若しやお世辭とでも取られたかと思つたのだらう。手は無意識に先刻の手紙に行く。
『あら小母さん、お手紙御覽なさいよ。何處から?』
『は。』と目を上げて、『凾館からですの。……あの梅の父から。』と心持極り惡氣に言ふ。
『ま、然う?』と輕く言つたが、惡い事を訊いたと心で悔(くや)んだ。
『あの、先月……十日許り前にも來たのを、返事を遣らなかつたもんですから……』
と言つてる時、門口に人の氣勢。
『日向さんは?』
『靜子さんですよ。』と□(さゝや)いたお利代は急いで立つ。
『小母さん、これ。』と智惠子は先刻の紙幣を指さしたのでお利代は『それでは!』と受取つて室を出た。

      四

 挨拶が濟むと、靜子は直ぐ、智惠子が片附けかけた裁縫物に目をつけて、『まあ好い柄ね。』
『でも無いわ。』
『貴女(あなた)ンの?』
『まさか! 這□(こんな)小さいの着られやしないわ。』と、笑ひ乍ら縫掛けのそれを抓(つま)んで見せる。
『梅ちやんの?』と少し聲を潜めた。
『え、新坊さんと二人の。』
『然う?』と言つて、靜子は思ひあり氣な眼附をした。無論、智惠子が買つてくれたものと心に察したので。
 智惠子は身の周圍(まはり)を取片附けると、改めて嬉しげな顏をして、『よく被來(いらし)つたわね!』
『貴女は些(ちつ)とも被來(いらし)つて下さらないのね?』
『濟まなかつたわ。』と何氣なく言つたが、一寸目の遣場(やりば)困つた。そして、微笑(ほゝえ)んでる樣な靜子の目と見合せると色には出なかつたが、ポッと顏の赧(あから)むを覺えた。靜子清子の外には友も無い身の(富江とは同僚乍ら餘り親しくなかつた。)小川家にも一週に一度は必ず訊ねる習慣であつたのに、信吾が歸つてからは、何といふ事なしに訪ねようとしなかつた。
『今日はお忙しくつて?』
『否(いゝえ)。土曜日ですもの、緩(ゆつく)りしてらつしつても可いわね?[#「可いわね?」は底本では「可いわね」]』
『可けないの。今日は私、お使ひよ。』
『でもまあ可いわ。』
『あら、貴女のお迎ひに來たのよ。今夜あの、宅で歌留多會を行(や)りますから母が何卒(どうぞ)ッて。……被來(いらつしや)るわね?』
『歌留多、私取れなくつてよ。』
『まあ、貴女御謙遜ね?』
『眞箇(ほんと)よ。隨分久しく取らないんですもの。』
『可いわ。私だつて下手(へた)ですもの。ね、被來(いらつしや)るわね?』
と靜子は姉にでも甘える樣な調子。
『然うね?』と智惠子は、心では行く事に決めてゐ乍ら、餘り氣の乘らぬ樣な口を利いて、
『誰々? 集るのは?』
『十人許(ばか)しよ。』
『隨分大勢ね?』
『だつて、宅許りでも選手(チャンピオン)が三人ゐるんですもの。』
『オヤ、その一人は?』と智惠子は調戲(からか)ふ樣に目で笑ふ。
『此處に。』と頤で我が胸を指して、『下手組の大將よ。』と無邪氣に笑つた。
 智惠子は、信吾が歸つてからの靜子の、常になく生々と噪(はしや)いでゐることを感じた。そして、それが何かしら物足らぬ樣な情緒を起させた。自分にも兄がある。然し、その兄と自分との間に、何の情愛がある?
 智惠子は我知らず氣が進んだ。『何時(なんじ)から? 靜子さん。』
『今直ぐ、何にも無いんですけど晩餐(ごはん)を差上げてから始めるんですつて。私これから、清子さんと神山さんをお誘ひして行かなけやならないの。一緒に行つて下すつて? 濟まないけど。』
『は。貴女となら何處までゞも。』と笑つた。
 軈て智惠子は、『それでは一寸。』と會釋して、『失禮ですわねえ。』と言ひ乍ら、室の隅で着換へに懸つたが、何を思つてか、取出した衣服は其儘に、着てゐた紺絣の平常着(ふだんぎ)へ、袴だけ穿いた。
 其後姿を見上げてゐた靜子は、思出す事でもあるらしく笑を含んでゐたが少し小聲で、
『あの、山内樣ね。』
『え。』と此方へ向く。
『アノウ……』と、智惠子の眞面目な顏を見ては惡いことを言出したと思つたらしく、心持極り惡氣に頬を染めたが、『詰らない事よ。……でも神山さんが言つてるの。あの、少し何してるんですつて、神山さんに。』
『何してるつて、何を?』
『あら!』と靜子は耳まで紅くした。
『まさか!』
『でも富江さん自身で被仰(おつしや)つたんですわ。』と、自分の事でも辯解する樣に言ふ。
『まあ彼の方は!』と智惠子は少し驚いた樣に目を瞠(みは)つた。それは富江の事を言つたのだが、靜子の方では、山内の事の樣に聞いた。
 程なくして二人は此家を出た。

      五

 二人が醫院の玄關に入ると、藥局の椅子に靠(もた)れて、處方簿か何かを調べてゐた加藤は、やをら其帳簿を伏せて快活に迎へた。
『や、婦人隊の方は少々遲れましたね、昌作さんの一隊は二十分許り前に行きましたよ。』
『然(さ)うで御座いますか。あの愼次さんも被來(いらし)つて?』
『は。弟は歌留多を取つた事がないてんで弱つてましたが、到頭引つ張られて行きました。まお上がんなさい。こら、清子、清子。』
 そして、清子の行く事も快く許された。
『貴君も如何で御座いますか?』と智惠子が言つた。
『ハッハヽヽ、私は駄目ですよ、生れてから未だ歌留多に勝つた事がないんで……だが何です、負傷者でもある樣でしたら救護員として出張しませう。』
 清子が着換の間に、靜子は富江の宿を訪ねたが、一人で先に行つたといふ事であつた。
 三人の女傘(かさ)が後になり先になり、穗の揃つた麥畑の中を睦(むつま)し氣に川崎に向つた。丁度鶴飼橋の袂に來た時、其處で落合ふ別の道から山内と出會した。山内は顏を眞赤(まつか)にして會釋して、不即不離(つかずはなれず)の間隔をとつて、いかにも窮屈らしい足取で、十間許り前方をチョコ/\と歩いた。
 程近い線路を、好摩(かうま)四時半發の上り列車が凄じい音を立てゝ過ぎた頃、一行は小川家に着いた。噪いだ富江の笑聲が屋外までも洩れた。岩手山は薄紫に※(ぼ)[#「目+夢の夕に代えて目」、32-上-9]けて、其肩近く靜なる夏の日が傾いてゐた。
 富江の外に、校長の進藤、準訓導の森川、加藤の弟の愼次、農學校を卒業したといふ馬顏の沼田、それに巡囘に來た松山といふ巡査まで上り込んで、大分話が賑つてゐた。其處へ山内も交つた。
 女組は一まづ別室に休息した。富江一人は彼室(あちら)へ行き此室(こちら)へ行き、宛然(さながら)我家の樣に振舞つた。お柳は朝から口喧しく臺所を指揮(さしづ)してゐた。
 晩餐の際には、嚴めしい口髭を生やした主人の信之も出た。主人と巡査と校長の間に持上つた鮎釣(あゆかけ)の自慢話、それから、此近所の山にも猿が居る居ないの議論――それが濟まぬうちに晩餐は終つて巡査は間もなく歸つた。
 軈て信吾の書齋にしてゐる離室(はなれ)に、歌留多の札が撒(ま)かれた。明るい五分心の吊洋燈(つるしランプ)二つの下に、入交りに男女の頭が兩方から突合つて、其下を白い手や黒い手が飛ぶ。行儀よく並んだ札が見る間に減つて、開放した室が刻々に蒸熱(むしあつ)くなつた。智惠子の前に一枚、富江の前に一枚……頬と頬が觸れる許りに頭が集る。『春の夜の――』と山内が妙に氣取つた節で讀上げると、
『萬歳ツ。』と富江が金切聲で叫んだ。智惠子の札が手際よく拔かれて、第一戰は富江方の勝に歸した。智惠子、信吾、沼田、愼次、清子の顏には白粉が塗られた。信吾の片髭が白くなつたのを指さして、富江は聲の限り笑つた。一同もそれに和した。沼田は片肌を脱ぎ、森川は立襟の洋服の釦を脱して風を入れ乍ら、乾き掛つた白粉で皮膚が痙攣(ひきつ)る樣なのを氣にして、顏を妙にモグ/\さしたので、一同は又笑つた。
『今度は復讐しませう。』と信吾が言つた。
『ホホヽヽ。』と智惠子は唯笑つた。
『新しく組を分けるんですよ。』と、富江は誰に言ふでもなく言つて、急(いそが)しく札を切る。

      六

 二度目の合戰が始つて間もなくであつた。靜子の前の「たゞ有明」の札に、對合(むかひあ)つた昌作の手と靜子の手と、殆んど同時に落ちた。此方が先だ、否、此方が早いと、他の者まで面白づくで騷ぐ。
『敗(ま)けてお遣りよ。昌作さんが可哀想だから。』と見物してゐたお柳が喙(くちばし)を容れた。不快な顏をして昌作は手を引いた。靜子は氣の毒になつて、無言で昌作の札を一枚自分の方へ取つた。昌作はそれを邪慳に奪ひ返した。其合戰が濟むと、昌作は無理に望んで讀手になつた。そして到頭終ひまで讀手で通した。
 何と言つても信吾が一番上手であつた。上の句の頭字を五十音順に列べた其配列法が、最初少からず富江の怨みを買つた。しかし富江も仲々信吾に劣らなかつた。そして組を分ける毎に、信吾と敵になるのを喜んだ。二人の戰ひは隨分目覺ましかつた。
 信吾に限らず、男といふ男は、皆富江の敏捷(すばしこ)い攻撃を蒙つた。富江は一人で噪(はしや)ぎ切つて、遠慮もなく對手の札を拔く、其拔方が少し汚なくて、五囘六囘と續くうちに、指に紙片で繃帶する者も出來た。そして富江は、一心になつて目前の札を守つてゐる山内に、隙さへあれば遠くからでも襲撃を加へることを怠らなかつた。其度、山内は上氣した小さい顏を擧げて、眼を三角にして怨むが如く富江の顏を見る。『オホヽヽ。』と、富江は面白氣に笑ふ。靜子と智惠子は幾度か目を見合せた。
 一度、信吾は智惠子の札を拔いたが、汚なかつたと言つて遂に札を送らなかつた。次いで智惠子が信吾のを拔いた。
『イヤ、參りました。』と言つて、信吾は強ひて、一枚貰つた。
 其合戰の終りに、信吾と智惠子の前に一枚宛殘つた。昌作は立つて來て覗いてゐたが、氣合を計つて、
『千早ふる――』と叫んだ。それは智惠子の札で、信吾の敗となつた。
『マア此人は!』と、富江はしたゝか昌作の背を平手で擲(どや)しつけた。昌作は赤くなつた顏を勃(むつ)とした樣に口を尖らした。
 可哀想なは愼次で、四五枚の札も守り切れず、イザとなると可笑しい身振をして狼狽(まごつ)く。それを面白がつたのは嫂の清子と靜子であるが、其狼狽方(まごつきかた)が故意(わざ)とらしくも見えた。滑稽でもあり氣の毒でもあつたのは校長の進藤で、勝敗がつく毎に鯰髭を捻つては、『年を老ると駄目です喃。』と啣(こぼ)してゐた。一度昌作に代つて讀手になつたが、間違つたり吃つたりするので、二十枚と讀まぬうちに富江の抗議で罷(や)めて了つた。
 我を忘れる混戰の中でも、流石に心々の色は見える。靜子の目には、兄と清子の間に遠慮が明瞭(あり/\)と見えた。清子は始終敬虔(つゝまし)くしてゐたが、一度信吾と並んで坐つた時、いかにも極り惡氣であつた。その清子の目からは亦信吾の智惠子に對する擧動が、全くの無意味には見えなかつた。そして富江の阿婆摺(あばず)れた調子、殊にも信吾に對する忸々(なれ/\)しい態度は、日頃富江を心に輕んじてゐる智惠子をして多少の不快を感ぜしめぬ譯にいかなつた。
 九時過ぎて濟んだ、茶が出、菓子が出る。殘りなく白粉の塗られた顏を、一同は互ひに笑つた。消さずに歸る事と誰やらが言出したが、智惠子清子靜子の三人は何時の間にか洗つて來た。富江が不平を言ひ出して、三人に更めて附けようと騷いだが、それは信吾が宥(なだ)めた。そして富江は遂に消さなかつた。森川は上衣の釦(ボタン)をかけて、乾いた手巾(ハンケチ)で顏を拭いた。宛然(さながら)厚化粧した樣になつて、黒い齒の間に一枚の入齒が、殊更らしく光つた。妖怪の樣だと言つて一同がまた笑つた。
 軈てドヤ/\と歸路についた。信吾兄妹も鶴飼橋まで送ると言つて一同と一緒に戸外に出た。雲一つなき天に片割月が傾いて、靜かにシットリとした夜氣が、相應に疲れてゐる各々の頭腦に、水の如く流れ込んだ。

      七

 淡い夜霧が田畑の上に動くともなく流れて、月光が柔かに濕(うるは)うてゐる。夏もまだ深からぬ夜の甘さが、草木の魂を蕩かして、天地は限りなき靜寂の夢を罩(こ)めた。見知らぬ郷の音信の樣に、北上川の水瀬の音が、そのしつとりとした空氣を顫はせる。
 男も女も、我知らず深い呼吸をした。各々の疲れた頭腦は、今までの華やかな明るい室の中の樣と、この夜の村の靜寂の間の關係を、一寸心に見出しかねる……と、眼の前に歌留多の札がちらつく。歌の句が片々に混雜(こんがらが)つて、唆(そゝ)るやうに耳の底に甦(よみがへ)る。『あの時――』と何やら思出される。それが餘りに近い記憶なので却つて全體(みな)まで思出されずに消えて了ふ。四邊は靜かだ。濕(しめ)つた土に擦(す)れる下駄の、音が取留めもなく縺(もつ)れて、疲れた頭が直ぐ朦々(もう/\)となる。霎時(しばし)は皆無言で足を運んだ。
 田の中を逶(うね)つた路が細い。十人は長い不規則な列を作つた。最先に沼田が行く。次は富江、次は愼次、次は校長……森川山内と續いて、山内と智惠子の間は少し途斷(とぎ)れた。智惠子のすぐ後ろを、丈高い信吾が歩いた。
 智惠子は甘い悲哀を感じた。若い心はウットリとして、何か恁(か)う、自分の知らなんだ境を見て歸る樣な氣持である。詰らなく騷いだ! とも思へる。樂しかつた! とも思へる。そして、心の底の何處かでは、富江の阿婆摺(あばず)れた噪(はしや)ぎ方が、不愉快でならなかつた。そして、何といふ譯もなしに直ぐ後ろから跟(つ)いて來る信吾の跫音が心にとまつてゐた。
 其姿は、何處か、夢を見てゐる人の樣に悄然とした[#「とした」はママ]、髮も亂れた。
 先づ平生の心に歸つたのは富江であつた。『ね、沼田さん。あの時そら貴方の前に「むべ山」があつたでせう? あれが私の十八番(おはこ)ですの。屹度拔いて上げませうと思つて待つてると、信吾さんに札が無くなつて、貴方が「むべ山」と「流れもあへぬ」を信吾さんへ遣つたでせう? 私厭になつちまひましたよ。ホホヽヽ。』と、先刻(さつき)の事を喋(しやべ)り出した。『ハハヽヽ。』と四五人一度に笑ふ。
『森川さんの憎いつたらありやしない。那□(あんな)に亂暴しなくたつて可いのに、到頭「聲きく時」を裂(さ)いちまつた……。』
と、富江は氣に乘つて語り繼(つ)ぐ。
 信吾は、間隔を隔(へだた)つてゐる爲か、何も言はなかつた。笑ひもしなかつた。其心は眼前の智惠子を追うてゐた。そして、其後の清子の心は信吾を追うてゐた。其又後ろの靜子の心は清子を追うてゐた。そして、四人共に何も言はずに足を運んだ。
 路が下田路に合つて稍廣くなつた。前の方の四五人は、甲高い富江の笑聲を圍んで一團になつた。町歸りの醉漢(よひどれ)が、何やら呟(つぶや)き乍ら蹣跚(よろ/\)とした歩調(あしどり)で行き過ぎた。
 と、信吾は智惠子と相並んだ。
『奈何(どう)です、此靜かな夜の感想は?』
『眞箇(ほんと)に靜かで御座いますねえ。』と、少し間(ま)をおいて智惠子は答へる。
『貴女は何でせう、歌留多なんか餘りお好きぢやないでせう?』
『でもないんで御座いますけれど……然し今夜は、眞箇(ほんと)に樂しう御座いました。』と遠慮勝に男を仰いだ。
『ハハヽヽ。』と笑つて信吾は杖の尖でコツ/\石を叩(たゝ)き乍ら歩いたが、
『何ですね。貴女は基督教信者(クリスチャン)で?』
『ハ。』と低い聲で答へる。
『何か其方の本を貸して下さいませんか? 今迄つい宗教の事は、調べて見る機會も時間もなかつたんですが、此夏は少し遣つて見ようかと思ふんです。幸ひ貴女の御意見も聞かれるし……。』
『御覽になる樣な本なんぞ……あの、私こそ此夏は、靜子さんにでもお願ひして頂いて、何か拜借して勉強したいと思ひまして……。』
『否(いや)、別に面白い本も持つて來ないんですが、御覽になるなら何時でも……。すると何ですか、此夏は何處にも被行(いらつしや)らないんですか?』
『え。まあ其積りで……。』
 路は小さい杜に入つて、月光を遮つた青葉が風もなく、四邊(あたり)を香(にほ)はした。

      八

 仄暗(ほのくら)い杜を出ると、北上川の水音が俄かに近くなつた。
『貴女(あなた)は小説はお嫌ひですか?』と、信吾は少し唐突に問うた。其の時はもう肩も摩れ/\に並んでゐた。
『一概には申されませんけれど、嫌ひぢや御座いません。』と落着いた答へをして閃(ちら)と男の横顏を仰いだが、智惠子の心には妙に落着がなかつた。前方の人達からは何時しか七八間も遲れた。後ろからは清子と靜子が來る。其跫音も何うやら少し遠ざかつた。そして自分が信吾と並んで話し乍ら歩く……何となき不安が胸に萠(きざ)してゐた。
 立留つて後の二人を待たうかと、一歩毎に思ふのだが、何故かそれも出來なかつた。
『あれはお讀みですか、風葉の「戀ざめ」は?』と信吾はまた問うた。
『あの發賣禁止になつたとか言ふ……?』
『然(さ)うです。あれを禁止したのは無理ですよ。尤もあれだけじや無い、眞面目な作で同じ運命に逢つたのが隨分ありますからねえ。折角拵へた御馳走を片端から犬に喰はれる樣なもんで……ハハヽヽ。「戀ざめ」なんか別に惡い所が無いぢやないですか?』
『私はまだ讀みません。』
『然うでしたか。』と言つて、信吾は未だ何か言はうと唇を動かしかけたが、それを罷(や)めてニヤ/\と薄笑を浮べた。月を負うて歩いてるので、無論それは女に見えなかつた。
 信吾は心に、何ういふ連想からか、かの「戀ざめ」に描かれてある事實――否あれを書く時の作者の心持、否、あれを讀んだ時の信吾自身の心持を思出してゐた。
 五六歩歩(ある)くと、智惠子の柔かな手に、男の手の甲が、木の葉が落ちて觸る程輕く觸つた。寒いとも温(あつた)かいともつかぬ、電光の樣な感じが智惠子の腦を掠めて、體が自ら剛くなつた。二三歩すると又觸つた。今度は少し強かつた。
 智惠子は其手を口の邊へ持つて來て輕く故意とらしからぬ咳をした。そして、礑(はた)と足を留めて後ろを振返つた。清子と靜子は肩を並べて、二人とも俯向いて、十間も彼方から來る。
 信吾は五六歩歩いて、思切り惡さうに立留つた。そして矢張り振返つた。目は、淡く月光を浴びた智惠子の横顏を見てゐる。コツ/\と、杖(ステッキ)の尖(さき)で下駄の鼻を叩いた。其顏には、自ら嘲る樣な、或は又、對手を蔑視(みくび)つた樣な笑が浮んでゐた。
 清子と靜子は、霎時(しばし)は二人が立留つてゐるのも氣附かぬ如くであつた。清子は初めから物思はし氣に俯向いて、そして、物も言はず、出來るだけ足を遲くしようとする。
『濟まなかつたわね、清子さん、恁□(こんな)に遲くしちやつて。』と、も少し前に靜子が言つた。
『否。』と一言答へて清子は寂しく笑つた。
『だつて、お宅ぢや心配してらつしやるわ、屹度。尤も愼次さんも被來(いらし)たんだから可いけど……。』
『靜子さん!』と、稍あつてから力を籠めて言つて、昵と靜子の手を握つた。
『恁(か)うして居たいわ、私。……』
『え?』
『恁うして! 何處までも、何處までも恁うして歩いて……。』
 靜子は譯もなく胸が迫つて、握られた手を強く握り返した。二人は然し互ひに顏を見合さなかつた。何處までも恁うして歩く! 此美しい夢の樣な言葉は華かな歌留多の後の、疲れて※乎(ぼうつ)[#「目+夢の夕に代えて目」、38-上-5]として、淡い月光と柔かな靄に包まれて、底もなき甘い夜の靜寂の中に蕩(とろ)けさうになつた靜子の心をして、譯もなき咄嗟の同情を起さしめた。
『此女(ひと)は兄に未練を有つてる!』といふ考へが、瞬(またゝ)く後に靜子の感情を制した。厭はしき怖れが、胸に湧いた。然しそれも清子に對する同情を全くは消さなかつた。女は悲しいものだ! と言ふ樣な悲哀が、靜子に何も言ふべき言葉を見出させなかつた。
『怎うです。少し早く歩いては?』と信吾が呼んだ。二人は驚いて顏を擧げた。

      九

 其夜、人々に別れて智惠子が宿に着いた時はもう十時を過ぎてゐた。
 ガタピシする入口の戸を開けると、其處から見通しの臺所の爐邊に、薄暗く火屋(ほや)の曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈の下で、物思はし氣に悄然と坐つて裁縫(しごと)をしてゐたお利代は、『あ、お歸りで御座いますか。』と忙しく出迎へる。
『遲くなりまして、新坊さんももうお寢(やす)み?』
『は、皆寢みました。先生もお泊りかと思つたんですけれど……。』と言ひ乍ら先に立つて智惠子の室に入つて、手早く机の上の洋燈を點(とも)す。臥床が延べてあつた。
 お泊りかと思つたといふ言葉が、何故か智惠子の耳に不愉快に響いた。今迄お利代の坐つてゐた所には、長い手紙が擴げたなりに逶□(のたく)つてゐた。ちらとそれを見乍ら智惠子は室に入つて、『マア臥床(おとこ)まで延べて下すつて、濟まなかつたわ、小母(をば)さん。』
『何の、先生。』と笑顏を見せて、『面白う御座んしたでせう?』
『え……。』と少し曖昧に濁して、『私疲れちやつたわ。』と邪氣(あどけ)なく言ひ乍ら、袴も脱がずに坐る。
『誰方が一番お上手でした?』
『皆樣お上手よ。私なんか今迄餘り歌留多も取つた事がないもんですから、敗けて許り。』と莞爾(につこり)する。ほつれた髮が頬に亂れてる所爲か、其顏が常よりも艶に見えた。
 成程智惠子は遊戯などに心を打込む樣な性格でないと思つたので、お利代は感心した樣に、『然うでせうねえ!』と大きい眼をパチ/\する。
 それから二人は、一時間前に漸々(やう/\)寢入つたといふ老女の話などをしてゐたが、お利代は立つて行つて、今日凾館から來たといふ手紙を持つて來た。そして、
『先生、怎うしたものでせうねえ?』と愁はし氣な、極り惡氣な顏をして話し出した。其手紙はお利代の先夫からである。以前にも一度來た。返事を出さなかつたので又來た。梅といふ子が生れた翌年不圖行方知れずになつてからもう九年になる。其長い間の詫を細々書いて、そして、自分は今凾館の或商會の支店を預る位の身分になつたから、是非共過去の自分の罪を許して、一家を擧げて凾館に來てくれと言つて來たのである。そして、自分の家出の後に二度目の夫のあつた事、それが死んだ事も聞知つてゐる。生れた新坊は矢張り自分の子と思つて育てたいと優しくも言葉を添へた。――
 身を入れて其話を聞いてゐた智惠子は、愼(つゝま)しいお利代の口振りの底に、此悲しい女の心は今猶その先夫の梅次郎を慕つてゐる事を知つた。そして無理もないと思つた。
 無理もないと思ひつゝも、智惠子の心には思ひもかけぬ怪しき陰翳(かげ)がさした。智惠子は心から此哀れなる寡婦に同情してゐた。そして自己に出來るだけの補助をする――人を救ふといふことは樂しい事だ。今迄お利代を救ふものは自己一人であつた。然し今は然うでない!
 誰しも恁□(こんな)場合に感ずる一種の不滿を、智惠子も感ぜずに居れなかつた。が、すぐにそれを打消した。
『で御座いますからね。』お利代は言葉をついだ。『まあ何方(どつち)にした所で、祖母さんの病氣を癒すのが一番で御座いますがね。……何と返事したものかと思ひまして。』
『然うね。』と云つて、智惠子は睫毛の長い眼を瞬(しばたゝ)いてゐたが、『忝(かたじけ)ないわ、私なんかに御相談して下すつて。……あの小母さん、兎も角今のお家の事情を詳しく然(さ)う言つて上げた方が可かなくつて? 被行(いらつしや)る方が可いと、まあ私だけは思ふわ。だけど怎(ど)うせ今直ぐとはいかないんですから。』
『然うで御座いますねえ。』とお利代は俯向いて言つた。實は自分も然う思つてゐたので。

      一〇

『然うなすつた方が可いわ、小母さん。』と智惠子は俯向いたお利代の胸の邊を昵(ぢつ)と瞶(みつ)めた。
『然うで御座いますねえ。』と同じ事を繰返して、稍あつてお利代は思ひ餘つた樣な顏をあげたが、『怎うせ行くとしましても、それやまあ祖母さんが何(ど)うにか、あの快癒(なほ)つてからの事で御座いますから、何時の事だか解りませんけれども、何だかあの、生れ村を離れて北海道あたりまで行つて、此先何(ど)うなることかと思ふと……。』
『それやね、決めるまでにはまあ、間違ひはないでせうけれど、先方の事も詳しく何して見てから……』
『其處(そこ)ンところはあの、確乎(たしか)だらうと思ひますですが……今日もあの、手紙の中に十圓だけ入れて寄越して呉れましたから……。』
『おや然うでしたか。』と言つたが、智惠子はそれに就いての自分の感想を成るべく顏に現さぬ樣に努めて、
『兎も角お返事はお上げなすつた方が可いわ。矢張り梅ちやんや新坊さんの爲には……。』と、智惠子はお利代の思つてゐる樣な事を理を分けて説いてみた。説いてるうちに、何か恁う、自分が今善事をしてると云つた樣な氣持がして來た。
『然うで御座いますねえ。』と、お利代は大きい眼を屡叩(しばたゝ)き乍ら、未だ瞭(はつき)りと自分の心を言出しかねる樣で、『恁うして先生のお世話を頂いてると、私はもう何日までも此儘で居た方が幾ら樂しいか知れませんけれども。』
『私だつて然う思うわ、小母さん、眞箇(ほんと)に……。』と言ひかけたが、何かしら不圖胸の中に頭を擡(もた)げた思想があつて言葉は途斷(とぎ)れた。『神樣の思召よ。人間の勝手にはならないんですわね。』
『先生にしたところで、』と、お利代は智惠子の顏をマヂマヂと瞶(みつ)め乍ら、『怎うせ、御結婚なさらなけれやなりませんでせうし……。』
『ホヽヽヽ。』と智惠子は輕く笑つて、『小母さん、私まだ考へても見た事が無くつてよ。自分の結婚なんか。』
 話題はそれで逸(そ)れた。程なくしてお利代が出てゆくと、智惠子はやをら立つて袴を脱いで、丁寧にそれを疊んでゐたが、何時か其の手が鈍つた。そして再び机の前に坐ると、昵(ぢつ)と洋燈の火を瞶めて、時々氣が附いた樣に長い睫毛を屡叩(しばた)いてゐた。隣室では新坊が眼を覺まして何かむづかつてゐたが、智惠子にはそれも聞えぬらしかつた。
 智惠子の心は平生になく混亂(こんがらが)つてゐた。お利代一家のことも考へてみた。お利代の悲しき運命、――それを怎うやら恁うやら切拔けて來た心根を思ふと、實に同情に堪へない、今は加藤醫院になつてる家、あの家が以前お利代の育つた家、――四年前にそれが人手に渡つた。其昔、町でも一二の濱野屋の女主人として、十幾人の下女下男を使つた祖母が、癒る望みもない老の病に、彼樣(あゝ)して寢てゐる心は怎うであらう! 人間の一生の悲痛が時あつて智惠子の心を脅かす。……然し、此悲しきお利代の一家にも、思懸けぬ幸福が湧いて來た! 智惠子は神の御心に委ねた身乍らに、獨(ひとり)ぼツちの寂しさを感ぜぬ譯にいかなかつた。
 行末怎うなるのか! といふ眞摯な考への横合から、富江の躁(はしや)いだ笑聲が響く。つと、信吾の生白い顏が頭に浮ぶ、――智惠子は嚴肅な顏をして、屹と自分を譴(たしな)める樣に唇を噛んだ。『男は淺猿(あさま)しいものだ!』と心で言つて見た。青森にゐる兄の事が思出されたので。――嫂の言葉に返事もせず、竈の下を焚きつけ乍らも聖書を讀んだ頃が思出された。亡母(はゝ)の事が思出された。東京にゐる頃が思出された。
 遂に、あの頃のお友達は今怎(ど)うなつたらうと思ふと、今の我身の果敢なく寂しく頼りなく張合のない、孤獨の状態を、白地(あからさま)に見せつけられた樣な氣がして、智惠子は無性に泣きたくなつた。矢庭に兩手を胸の上に組んで、長く/\祈つた。長く/\祈つた。……
 侘(わび)しき山里の夜は更けて、隣家の馬のゴト/\と羽目板を蹴る音のみが聞えた。

   其五

      一

 何日しか七月も下旬になつた。
 かの歌留多會の翌日信吾は初めて智惠子の宿を訪ねたのであつた。其時は、イプセンの飜譯一二册に、『イプセン解説』と題して信吾自身が書いた、五六頁許りの評論の載つてゐる雜誌を態々持つて行つて貸して、智惠子からはルナンの耶蘇傳の飜譯を借りた。それを手初めに信吾は五六度も智惠子を訪ねた。
 信吾は智惠子に對して殊更に尊敬の態度を採(と)つた。時としては、もう幾年もの親しい友達の樣な口も利くが、概して二人の間に交換される會話は、恁□(こんな)田舎では聞かれた事のない高尚な問題で、人生(ライフ)とか信仰とか創作とかいふ語が多い。信吾は好んで其□(そんな)問題を擔(かつ)ぎ出し、對手に解らぬと知り乍ら六ヶ敷い哲學上の議論までする。氣をつけて聞けば、其謂ふ所に、或は一貫した思想も意見も無かつたかも知れぬ。又、其好んで口にする泰西の哲人の名に就いて彼自身の有つてゐる知識も疑問であつたかも知れぬ。それは兎も角、信吾が其□事を調子よく喋る時は、血の多い人のする樣に、大仰に眉を動したり、手を振つたり、自分の言ふ事に自分で先づ感動した樣子をする。
『僕は不思議ですねえ。恁うして貴女と話してると、何だか自然に眞面目になつて、若々しくなつて、平生考へてる事を皆言つて了ひたくなる。この二三年は何か恁う不安があつて、言はうと思ふこともつい人の前では言へなかつたりする樣になつてゐたんですが……實に不思議です。自分の思想を聞いてくれる人がある、否、それを言ひ得るといふ事が、既に一種の幸福を感じますね。』
と或時信吾は眞面目な口振で言つた。然しそれは、或は次の如く言ふべきであつたかも知れぬ。
『僕は不思議ですねえ。恁うして貴女と話してると、何だか自然に芝居を演(や)りたくなつて來て、つい心にない事まで言つて了ひます。』
 智惠子の方では、信吾の足繁き訪問に就いて、多少村の人達の思惑(おもわく)を心配せぬ譯にいかなかつた。狹い村だけに少しの事も意味あり氣に囃し立てるのが常である。萬一其□事があつては誠に心外の至りであると智惠子は思つた。それで成るべく寡言(ことばすくな)に、隙のない樣に待遇(あしら)つてゐるが、腑に落ちぬ事があり乍らも信吾の話が珍しい。我知らず熱心になつて、時には自分の考へを言つても見るが、其□時には、信吾は大袈裟に同感して見せる。歸つた後で考へてみると、男には矢張り氣障(きざ)な厭味(いやみ)な事が多い。殊更に自分の歡心を買はうとすることろが見える。『那(あゝ)した性質の人だ!』と智惠子は考へた。
 智惠子を訪ねた日は、大抵その足で信吾は富江を訪ねる。富江は例(いつ)に變らぬ調子で男を迎へる。信吾はニヤニヤ心で笑ひ乍ら川崎の家へ歸る。
 暑氣は日一日と酷(きび)しくなつて來た。殊にも今年は雨が少なくて、田といふ田には水が十分でない。日中は家の中でさへ九十度に上る。
 今朝も朝から雲一つ無く、東向の靜子の室の障子が、カッと眩(まぶ)しい朝日を受けて、晝の暑氣が思ひやられる。靜子は朝餐の後を、母から兄の單衣の縫直しを吩咐(いひつか)つて、一人其室に坐つた。
 ちらと鳥影が其障子に映つた。
『靜さん、其單衣はね……。』と言ひ乍ら信吾が入つて來た。
『兄樣、今日は屹度お客樣よ。』
『何故?』
『何故でも。』と笑顏を作つて、『そうら御覽なさい。』
 その時また鮮かな鳥影が障子を横ざまに飛んだ。
『ハハヽヽ。迷信家だね。事によつたら吉野が今日あたり着くかも知れないがね。』

      二

『あら、四五日中にお立ちになるつて昨日の手紙ぢやなかつたの?』
『然(さ)うさ。だがあの男の豫定位あてにならないものは無いんだ。雷(かみなり)みたいな奴よ、雲次第で何時でも鳴り出す……。』と信吾は其處に腰を下して、
『オイ、此衣服は少し短いんだから、長くして呉れ。』
『然う?』と、靜子は解きかけたネルの單衣に尺(ものさし)を使つて見て、『七寸……六分あるわ。短かゝなくつてよ、幾何(いくら)電信柱さんでも。』
『否(いや)短い。本人の言ふ事に間違ひつこなしだ。そら、其處に縫込んだ揚(あげ)があるぢやないか。それ丈下して呉れ。』
『だつて兄樣、さうすれば九寸位になつてよ。可いわ、そんなら八寸にしときませう。』『吝(けち)だな。も少し負けろ。』
『ぢや八寸一分?』
『もつと負けろ、氣に合はないから着ないと言つたら怎うする?』
『それは御勝手。』
『其□風でお嫁に行かれるかい?』
『厭(いや)よ、兄樣。』と信吾を睨(にら)む眞似をして、『だつて一分にすると、これより五分長くなるわ。可いでせう? その吉野さんて方、この春兄樣と京都の方へ旅行なすつた方でせう?』
『うん。』と笑ひ乍ら、手を延ばして、靜子の机の上から名に高き女詩人の『舞姫』を取る。本の小口からは、橄欖(おりいぶ)色の栞の房が垂れた。
『長くお泊りになるんでせう?』
『八月一杯遊んで行く約束なんだがね。飽きれば何日(いつ)でも飛び出すだらう、彼奴(あいつ)の事だから。』と横になつて、
『オイ、此本は昌作さんのか?』と頁を飜(めく)る。
『え。兄樣何か持つてらつしやらなくつて、其方のお書きになつたの。』
『否(いや)、遂買はなかつたが、この「舞姫」のあとに「夢の華」といふのがあるし、近頃また「常夏(とこなつ)」といふのが出た筈だ。』
『あら其方のぢやなくつてよ。其方ンなら私も知つてるわ。……その吉野さんのお書きになつたの?』
『吉野が?』と妹の顏を見て、『彼奴の詩は道樂よ。時々雜誌に匿名で出したのだけさ。本職は矢張洋畫の方だ。』
『然う?』と靜子は鋏の鈴をころ/\鳴らし乍ら、『展覽會なんかにお出しなすつて?』
『一度出した。あれは美術學校を卒業した年よ。然うだ、一昨年の秋の展覽會――そうら、お前も行つて見たぢやないか? 三尺許りの幅の、「嵐の前」といふ畫があつたらう?』
『然うでしたらうか?』
『あれだ、夕方の暗くなりかゝつた室の中で、青白い顏をした女が、厭やな眼附をして、眞白い猫を抱いてゐたらう? 卓子の上には擴げた手紙があつて、女の頭へ蔽被(おつかぶ)さる樣に鉢植の匂ひあらせいとうが咲いてゐた。そして窓の外を不愉快な色をした雲が、變な形で飛んでゐた。』
『見た樣な氣もするわ。それでなんですの「嵐の前」?』
『然うよ、その畫の意味はあの頃の人に解らなかつたんだ。日本のコロウよ、仲々偉(えら)い男だ。』
『コロウつて何の事?』
『ハッハヽヽ。佛蘭西の有名な畫家だ。』
『然う!』と言ひは言つたが、日本のコロウと云ふ意味は無論靜子に解りつこはない。唯偉い事を言つたのだと思つて、『其□方なら何故其後お出しにならないのでせう?』
『然うさ、まあ自重してるんだらう。彼奴が今度描いたら屹度滿都の士女を驚かせる! 俺には近頃いろんな友人が出來たが、吉野君なんか其中でもまあ話せる男だ。』と、暗に自分の偉くなつた事を吹聽する樣な調子で言ふ。
『姉樣、姉樣。』と叫び乍ら、芳子といふ十二三の妹がどたばた驅けて來た。
『何ですねえ、其□(そんな)に驅けて!』
『でも。』不平相な顏をして、『日向先生が被來たんだもの!』
『おや!』と靜子は兄の顏を見た。先程障子に映つた鳥影を思ひ出したので。

      三

 二三日經てば小學校も休暇になる。平生宿直室に寢泊りしてゐる校長の進藤は、もう師範出のうちでも古手の方で、今年は盛岡に開かれた體操と地理歴史教授法の夏期講習會に出席しなければならなかつた。それで、休暇中の宿直は森川が引受ける事になつて、これは土地の者の齋藤といふ年老つた首席教員と智惠子と富江の三人は、それ/″\村内に受持を定めて、兎角亂れ易い休暇中の兒童の風紀の、校外取締をすることになつた。富江は今年も矢張盛岡の夫の家へは歸らないで。智惠子にも歸るべき家が無かつた。無い譯ではない。兄夫婦は青森にゐるけれど、智惠子にはそれが自分の家の樣な氣がしない。よしや歸つたところで、あたら一月の休暇を不愉快に過して了ふに過ぎぬのだ。同窓の親しい友から、何處かの温泉場にでも共同生活をして樂しい夏を暮さうではないか、と言つて來たのもあるが、宿のお利代の心根を思ふと、別に譯もなくそれが忍びなかつた。結局智惠子は、八月二日に大澤の温泉で開かれる筈の師範時代の同級會に出席する外には、何處にも行かぬことに決めた。
 それで智惠子は、誰しも休暇前に一度やる樣に、八月一日に自分の爲すべき事の豫定を立てたものだ。そのうちには色々の事に遮(さへぎ)られて何日となく中絶してゐた英語の獨修を續ける事や、最も好きな歴史を繰返して讀む事や、色々あつたが、信吾の持つて歸つた書を成るべく澤山借りて讀まうといふのも其一つであつた。
 今日は折柄の日曜日、讀み了へたのを返して何か別の書を借りようと思つてまだ暑くならぬ午前の八時頃に小川家を訪ねたのだ。
 直ぐ歸る筈だつたのが無理に引き留められて、晝餐も御馳走になつた。午後はまた餘り暑いといふので、到頭四時頃になつて、それでも留めるのを漸くに暇乞して出た。田舍の素封家などにはよくある事で、何も珍しい事のない單調な家庭では、腹立しくなるまで無理に客を引き留める、客を待遇(もてな)さうとするよりは、寧ろそれによつて自分らの無聊を慰めようとする。
 平生の例で靜子が送つて出た。糊も萎(な)えた大形の浴衣にメリンスの幅狹い平常帶、素足に庭下駄を突掛けた無雜作な扮裝で、己が女傘(かさ)は疊んで、智惠子と肩も摩れ摩れに睦しげに列んだ。智惠子の方も平常着ではあるが、袴を穿いてゐる。何時しか二人はモウ鶴飼橋の上に立つた。
 此處は村での景色を一處に聚(あつ)めた。北から流れて來る北上川が、觀音下の崖に突當つて西に折れて、透徹る水が淺瀬に跳つて此吊橋の下を流れる。五六町行つて、川はまた南に曲つた。この橋に立てば、川上に姫神山、川下は岩手山、月は東の山にのぼり、日は西の峰に落つる。折柄の傾いた赤い日に宙に浮んだ此橋の影を、虹の影の如く川上の瀬に横たへて。
 南岸は崖になつてゐるが、北の岸は低く河原になつて、楊柳(やなぎ)が密生してゐる。水近い礫の間には可憐な撫子(なでしこ)が處々に咲いた。
 二人は鋼線(はりがね)を太い繩にした欄干に靠(もた)れて西日を背に受け乍ら、涼しい川風に袂を嬲らせて。
『そうら、彼(あれ)は屹度昌作さんよ。』と、靜子は今しも川上の瀬の中に立つてゐる一人の人を指さした。鮎を釣(か)けてゐるのであらう、編笠を冠つた背の高い男が、腰まで水に浸つて頻りに竿を動かしてゐる。種鮎か、それとも釣(かゝ)つたのか、ヒラリと銀色の鰭が波間に躍つた。
『だつて、昌作さんが那□!』と智惠子も眸を据ゑた。
『あら、鮎釣には那□扮裝(なり)して行くわ、皆。……昌作さんは近頃毎日よ。』と言つてる時、思ひがけなくも礫々(ごろ/\)といふ音響が二人の足に響いた。
 一臺の俥が、今しも町の方から來て橋の上に差懸つたのだ。二人は期せずして其方に向いたが、
『あら!』と靜子は聲を出して驚いて忽ち顏を染めた。女心は矢よりも早く、己が服裝の不行儀なのを恥ぢたので。

      四

 近づく俥の音は遠雷の如く二人の足に響いて、吊橋は心持搖れ出した。
 洋服姿の俥上の男は、麥藁帽の頭を俯向けて、膝の上に寫生帖(スケッチブック)に何やら書いてゐる――一目見て靜子は、兄の話で今日あたり來るかも知れぬと聞いた吉野が、この人だと知つた。好摩(かうま)午後三時着の下り列車で着いて、俥だから線路傳ひの近道は取れず、態々本道を澁民の町へ廻つて來たものであらう。智惠子も亦、話は先刻聞いたので、すぐそれと氣が附いた。
『お孃樣、お孃樣許(とこ)のお客樣を乘せて來ただあ。』と、車夫の元吉は高い聲で呼びかけ乍ら轅を止めて、
『あれがはあ、小川樣のお孃樣でがんす。』と、車上の人に言ふ。顏一杯に流れた汗を小汚い手拭でブルリと拭つた。
 智惠子は、自分がその小川家の者でない事を現す樣に、一足後へ退(さが)つた。その時、傍の靜子の耳の紅くなつてゐた事に氣がついた。
『あ、然うですか。』と、車上の人は鉛筆を持つた手で帽子を脱(と)つて、
『僕は吉野滿太郎です。小川が――小川君が居ませうか?』と武骨な調子でいふ。
『は。』と靜子は塞(つま)つた樣な聲を出して、『あの、今日あたりお着き遊ばすかも知れないと、お噂致して居りました。』
『然うですか。ぢや手紙が着いたんですね?』と親しげな口を利いたが、些と俯向加減にして立つてゐる智惠子の方を偸(ぬす)み視て、
『失禮しました、俥の上で。……お先に。』と挨拶する。
『私こそ……。』と靜子は初心(うぶ)らしく口の中で言つて頭を下げた。
『どつこいしよ。』と許り、元吉は俥を曳出す。二人は其後を見送つて呆然(ぼんやり)立つてゐた。
 吉野は、中背の、色の淺黒い、見るから男らしく引緊つた顏で、力ある聲は底に錆を有つた。すぐ目に附くのは、眉と眉の間に深く刻まれた一本の皺で烈しい氣象の輝く眼は、美術家に特有の何か不安らしい働きをする。
 俥が橋を渡り盡すと、路は少し低くなつて、繁つた楊柳(やなぎ)の間から、新らしい吉野の麥藁帽が見える。橋はその時まで、少し搖(ゆ)れてゐた。
『私、甚□(どんな)に困つたでせう、這□(こんな)扮裝(なり)をしてゐて!』と靜子は初めて友の顏を見た。
『其□(そんな)に! 誰だつて平常(ふだん)には……』と慰め顏に言つて、
『貴女の許(とこ)は、これからまた賑かね。』
 其れはほんの、うつかりして言つたのだが、智惠子の眼は實際羨ましさうであつた。
『あら、だから貴女も毎日被來(いらつしや)いよ。これからお休みなんですもの。』
『有難う。』と言つて、『私もうお別れするわ。何卒皆樣に宜しく!』
『一寸。』とその袂を捉へて、『可(い)いわよ智惠子さん、も少し。』
『だつて。那□(あんな)に日が傾いちやつた。』と西の空を見る。眼は赤い光を宿して星の樣に若々しく輝いた。
『構はないぢやありませんか、智惠子さん。家へ被來(いらつしや)いな又!』
『この次に。』と智惠子は沈着(おちつ)いた聲で言つて、『貴女も早くお歸りなすつたが可いわ。お客樣が被來(いらし)つたぢやありませんか。』と妹にでも言ふ樣に。
『あら、私のお客樣ぢやなくつてよ。』と、靜子は少し顏を染めた。心では、吉野が來た爲に急いで歸つたと思はれるのが厭だつたので。
 それで、智惠子が袂を分つて橋を南へ渡り切るまでも、靜子は鋼線(はりがね)の欄に靠(もた)れて見送つてゐた。
 智惠子は考へ深い眼を足の爪先に落して、歸路を急いだが、其心にあるのは、例の樣に、今日一日を空(むだ)に過したといふ悔ではない。神は我と共にあり! と自ら慰め乍らも、矢張靜子が何がなしに羨まれた。が、宿の前まで來た頃は、自分にも解らぬ一種の希望が胸に湧いてゐた。
 で、家に入るや否や、お利代に泣き附いて何か強請(ねだ)つてゐる五歳の新坊を、矢庭に兩手で高く差上げて、
『新坊さん、新坊さん、新坊さん、何(ど)うしたんですよう。』と手荒く擽(くすぐ)つたものだ。
 新坊は、常にない智惠子の此擧動に喫驚(びつくり)して、泣くのは礑(はた)と止めて不安相に大きく目を□つた。

   其六

      一

 靜子の縁談は、最初、隨分性急に申込んで來て、兎に角も信吾が歸つてからと返事して置いたのが、既に一月、怎うしたのか其儘になつて、何の音沙汰もない、自然、家でも忘られた樣な形勢になつてゐた。
 結句それが、靜子にとつては都合がよかつた。母のお柳が、別に何處が惡いでなくて、兎角優れぬ勝の、口小言のみ喧(やかま)しいのへ、信吾は信吾で朝晩の惣菜まで、故障を言ふ性(たち)だから、人手の多い家庭ではあるが、靜子は矢張一日何かしら用に追はれてゐる。それも一つの張合になつて、兄が歸つてからというふもの、靜子はクヨ/\物を思ふ心の暇もなかつた。
 一體この家庭には妙な空氣が籠つてゐる。隱居の勘解由(かげゆ)はもう六十の阪を越して體も弱つてゐるが、小心な、一時間も空(むだ)には過されぬと言つた性(たち)なので、小作に任せぬ家の周圍の菜園から桑畑林檎畑の手入、皆自分が手づから指揮して、朝から晩まで戸外に居るが、その後妻のお兼とお柳との仲が兎角面白くないので、同じ家に居ながらも、信之親子と祖父母や其子等(信之には兄弟なのだが)とは、宛然(さながら)他人の樣に疎々(うと/\)しい。一家顏を合せるのは食事の時だけなのだ。
 それに父の信之は、村方の肝煎(きもいり)から諸附合、家にゐることとては夜だけなのだ。從つて、癇癪持のお柳が一家の權を握つて、其一顰(ぴん)一笑(せう)が家の中を明るくし又暗くする。見やう見まねで靜子の二人の妹――十三の春子に十一の芳子、まだ七歳にしかならぬ三男の雄三といふのまで、祖父母や昌作、その姉で年中病床にゐるお千世などを輕蔑する。其□(そんな)間に立つてゐる温なしい靜子には、それ相應に氣苦勞の絶えることがない。實際、信吾でも歸つて色々な話をしてくれたり、來客でもなければ、何の樂みもないのだ。尤も、靜子は譬へ甚□(どんな)事があつても、自分で自分の境遇に反抗し得る樣な氣の強い女ではないのだが。
 畫家の吉野滿太郎が來たのは、又しても靜子に一つの張合を増した。吉野の、何處か無愛相な、それでゐてソツのない態度は、先づ家中の人に喜ばれた。左程長くはないが、信吾とは隨分親密な間柄で(尤も吉野は信吾を寧ろ弟の樣に思つてるので)この春は一緒に畿内の方へ旅もした。今度はまた信吾の勸めで一夏を友の家に過す積りの、定つた職業とてもない、暢氣(のんき)な身上なのだ。
 言ふまでもなく信吾は、この遠來の友を迎へて喜んだ。それで取敢へず離室(はなれ)の八疊間を吉野の室に充てゝ、自分は母屋(おもや)の奧座敷に机を移した。吉野と兄の室の掃除は、下女の手傳もなく主に靜子がする。兎角、若い女は若い男の用を足すのが嬉しいもので。
 それ許りではない、靜子にはも一つ吉野に對して好感情を持つべき理由があつた。初めて逢つた時それは氣が附いたので。吉野は顏容(かほかたち)些(ちつ)とも似ては居ないが、その笑ふ時の目尻の皺が、怎うやら、死んだ浩一――靜子の許嫁――を思ひ出させた。
 生憎と、吉野の來た翌日から、雨が續いた。それで、客も來ず、出懸ける譯にもいかず、二日目三日目となつては吉野も大分退屈をしたが、お蔭で小川の家庭の樣子などが解つた。昌作も鮎釣にも出られず、日に幾度となく吉野の室を見舞つて色々な話を聞いたが、畫の事と限らず、詩の話、歌の話、昌作の平生飢ゑてる樣な話が多いので、もう早速吉野に敬服して了つた。
 降りこめた雨が三十一日(七月)の朝になつて漸く霽(あが)つた。と、吉野は、買物旁々、舊友に逢つて來ると言つて、其日の午後、一人盛岡に行くことになつた。

      二

 雨後の葉月空が心地よく晴れ渡つて、目を埋むる好摩(かうま)が原の青草は、緑の火の燃ゆるかと許り生々とした。
 小川の家では折角下男に送らせようと言つて呉れたのを斷つて、教へられた儘の線路傳ひ、手には洋杖(ステッキ)の外に何も持たぬ背廣扮裝(いでたち)の輕々しさ、畫家の吉野は今しも唯一人好摩停車場に辿り着いた。

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