虞美人草
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著者名:夏目漱石 

「母が帰って来たのです」と女は坐(すわ)ったまま、何気なく云う。
「ああ、そうですか」と男も何気なく答える。心を判然(はっき)と外に露(あら)わさぬうちは罪にはならん。取り返しのつく謎(なぞ)は、法庭(ほうてい)の証拠としては薄弱である。何気なく、もてなしている二人は、互に何気のあった事を黙許しながら、何気なく安心している。天下は太平である。何人(なんびと)も後指(うしろゆび)を指(さ)す事は出来ぬ。出来れば向うが悪(わ)るい。天下はあくまでも太平である。
「御母(おっか)さんは、どちらへか行らしったんですか」
「ええ、ちょっと買物に出掛けました」
「だいぶ御邪魔をしました」と立ち懸(か)ける前に居住(いずまい)をちょっと繕(つく)ろい直す。洋袴(ズボン)の襞(ひだ)の崩れるのを気にして、常は出来るだけ楽に坐る男である。いざと云えば、突(つ)っかい棒(ぼう)に、尻を挙げるための、膝頭(ひざがしら)に揃(そろ)えた両手は、雪のようなカフスに甲(こう)まで蔽(おお)われて、くすんだ鼠縞(ねずみじま)の袖の下から、七宝(しっぽう)の夫婦釦(めおとボタン)が、きらりと顔を出している。
「まあ御緩(ごゆっ)くりなさい。母が帰っても別に用事はないんですから」と女は帰った人を迎える気色(けしき)もない。男はもとより尻を上げるのは厭(いや)である。
「しかし」と云いながら、隠袋(かくし)の中を捜(さ)ぐって、太い巻煙草(まきたばこ)を一本取り出した。煙草の煙は大抵のものを紛(まぎ)らす。いわんやこれは金の吸口の着いた埃及産(エジプトさん)である。輪に吹き、山に吹き、雲に吹く濃き色のうちには、立ち掛けた腰を据(す)え直して、クレオパトラと自分の間隔を少しでも詰(つづ)める便(たより)が出来んとも限らぬ。
 薄い煙りの、黒い口髭(くちひげ)を越して、ゆたかに流れ出した時、クレオパトラは果然、
「まあ、御坐り遊ばせ」と叮嚀(ていねい)な命令を下した。
 男は無言のまま再び膝(ひざ)を崩(くず)す。御互に春の日は永い。
「近頃は女ばかりで淋(さむ)しくっていけません」
「甲野君はいつ頃(ごろ)御帰りですか」
「いつ頃帰りますか、ちっとも分りません」
「御音信(おたより)が有りますか」
「いいえ」
「時候が好いから京都は面白いでしょう」
「あなたもいっしょに御出(おいで)になればよかったのに」
「私(わたし)は……」と小野さんは後を暈(ぼ)かしてしまう。
「なぜ行らっしゃらなかったの」
「別に訳はないんです」
「だって、古い御馴染(おなじみ)じゃありませんか」
「え?」
 小野さんは、煙草の灰を畳の上に無遠慮に落す。「え?」と云う時、不要意に手が動いたのである。
「京都には長い事、いらしったんじゃありませんか」
「それで御馴染なんですか」
「ええ」
「あんまり古い馴染だから、もう行く気にならんのです」
「随分不人情ね」
「なに、そんな事はないです」と小野さんは比較的真面目(まじめ)になって、埃及煙草(エジプトたばこ)を肺の中まで吸い込んだ。
「藤尾、藤尾」と向うの座敷で呼ぶ声がする。
「御母(おっか)さんでしょう」と小野さんが聞く。
「ええ」
「私(わたし)はもう帰ります」
「なぜです」
「でも何か御用が御在(おあ)りになるんでしょう」
「あったって構わないじゃありませんか。先生じゃありませんか。先生が教えに来ているんだから、誰が帰ったって構わないじゃありませんか」
「しかしあんまり教えないんだから」
「教わっていますとも、これだけ教わっていればたくさんですわ」
「そうでしょうか」
「クレオパトラや、何かたくさん教わってるじゃありませんか」
「クレオパトラぐらいで好ければ、いくらでもあります」
「藤尾、藤尾」と御母さんはしきりに呼ぶ。
「失礼ですがちょっと御免蒙(ごめんこうむ)ります。――なにまだ伺いたい事があるから待っていて下さい」
 藤尾は立った。男は六畳の座敷に取り残される。平床(ひらどこ)に据えた古薩摩(こさつま)の香炉(こうろ)に、いつ焼(た)き残したる煙の迹(あと)か、こぼれた灰の、灰のままに崩(くず)れもせず、藤尾の部屋は昨日(きのう)も今日も静かである。敷き棄てた八反(はったん)の座布団(ざぶとん)に、主(ぬし)を待つ間(ま)の温気(ぬくもり)は、軽く払う春風に、ひっそり閑(かん)と吹かれている。
 小野さんは黙然(もくねん)と香炉(こうろ)を見て、また黙然と布団を見た。崩(くず)し格子(ごうし)の、畳から浮く角に、何やら光るものが奥に挟(はさ)まっている。小野さんは少し首を横にして輝やくものを物色して考えた。どうも時計らしい。今までは頓(とん)と気がつかなかった。藤尾の立つ時に、絹障(きぬざわり)のしなやかに、布団(ふとん)が擦(ず)れて、隠したものが出掛ったのかも知れぬ。しかし布団の下に時計を隠す必要はあるまい。小野さんは再び布団の下を覗(のぞ)いて見た。松葉形(まつばがた)に繋(つな)ぎ合せた鎖の折れ曲って、表に向いている方が、細く光線を射返す奥に、盛り上がる七子(ななこ)の縁(ふち)が幽(かす)かに浮いている。たしかに時計に違ない。小野さんは首を傾けた。
 金は色の純にして濃きものである。富貴(ふうき)を愛するものは必ずこの色を好む。栄誉を冀(こいねが)うものは必ずこの色を撰(えら)む。盛名を致すものは必ずこの色を飾る。磁石(じしゃく)の鉄を吸うごとく、この色はすべての黒き頭を吸う。この色の前に平身せざるものは、弾力なき護謨(ゴム)である。一個の人として世間に通用せぬ。小野さんはいい色だと思った。
 折柄(おりから)向う座敷の方角から、絹のざわつく音が、曲(ま)がり椽(えん)を伝わって近づいて来る。小野さんは覗(のぞ)き込んだ眼を急に外(そ)らして、素知らぬ顔で、容斎(ようさい)の軸(じく)を真正面に眺めていると、二人の影が敷居口にあらわれた。
 黒縮緬(くろちりめん)の三つ紋を撫(な)で肩(がた)に着こなして、くすんだ半襟(はんえり)に、髷(まげ)ばかりを古風につやつやと光らしている。
「おやいらっしゃい」と御母(おっか)さんは軽く会釈(えしゃく)して、椽に近く座を占める。鶯(うぐいす)も鳴かぬ代りに、目に立つほどの塵もなく掃除の行き届いた庭に、長過ぎるほどの松が、わが物顔に一本控えている。この松とこの御母さんは、何となく同一体のように思われる。
「藤尾が始終(しじゅう)御厄介(ごやっかい)になりまして――さぞわがままばかり申す事でございましょう。まるで小供でございますから――さあ、どうぞ御楽(おらく)に――いつも御挨拶(ごあいさつ)を申さねばならんはずでございますが、つい年を取っているものでございますから、失礼のみ致します。――どうも実に赤児(ねんね)で、困り切ります、駄々ばかり捏(こ)ねまして――でも英語だけは御蔭(おかげ)さまで大変好きな模様で――近頃ではだいぶむずかしいものが読めるそうで、自分だけはなかなか得意でおります。――何兄がいるのでございますから、教えて貰えば好いのでございますが、――どうも、その、やっぱり兄弟は行(ゆ)かんものと見えまして――」
 御母さんの弁舌は滾々(こんこん)としてみごとである。小野さんは一字の間投詞を挟(さしはさ)む遑(いと)まなく、口車(くちぐるま)に乗って馳(か)けて行く。行く先は固(もと)より判然せぬ。藤尾は黙って最前小野さんから借りた書物を開いて続(つづき)を読んでいる。
「花を墓に、墓に口を接吻(くちづけ)して、憂(う)きわれを、ひたふるに嘆きたる女王は、浴湯(ゆ)をこそと召す。浴(ゆあ)みしたる後(のち)は夕餉(ゆうげ)をこそと召す。この時賤(いや)しき厠卒(こもの)ありて小さき籃(かご)に無花果(いちじく)を盛りて参らす。女王の該撒(シイザア)に送れる文(ふみ)に云う。願わくは安図尼(アントニイ)と同じ墓にわれを埋(うず)めたまえと。無花果(いちじく)の繁れる青き葉陰にはナイルの泥(つち)の□(ほのお)の舌(した)を冷やしたる毒蛇(どくだ)を、そっと忍ばせたり。該撒(シイザア)の使は走る。闥(たつ)を排して眼(まなこ)を射れば――黄金(こがね)の寝台に、位高き装(よそおい)を今日と凝(こ)らして、女王の屍(しかばね)は是非なく横(よこた)わる。アイリスと呼ぶは女王の足のあたりにこの世を捨てぬ。チャーミオンと名づけたるは、女王の頭(かしら)のあたりに、月黒き夜(よ)の露をあつめて、千顆(せんか)の珠(たま)を鋳たる冠(かんむり)の、今落ちんとするを力なく支う。闥を排したる該撒の使はこはいかにと云う。埃及(エジプト)の御代(みよ)しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと、チャーミオンは言い終って、倒れながらに目を瞑(ねむ)る」
 埃及の御代しろし召す人の最後ぞ、かくありてこそと云う最後の一句は、焚(た)き罩(こ)むる錬香(ねりこう)の尽きなんとして幽(かす)かなる尾を虚冥(きょめい)に曳(ひ)くごとく、全(まった)き頁(ページ)が淡く霞(かす)んで見える。
「藤尾」と知らぬ御母(おっか)さんは呼ぶ。
 男はやっと寛容(くつろい)だ姿で、呼ばれた方へ視線を向ける。呼ばれた当人は俯向(うつむい)ている。
「藤尾」と御母さんは呼び直す。
 女の眼はようやくに頁を離れた。波を打つ廂髪(ひさしがみ)の、白い額に接(つづ)く下から、骨張らぬ細い鼻を承(う)けて、紅(くれない)を寸(すん)に織る唇が――唇をそと滑(すべ)って、頬(ほお)の末としっくり落ち合う□(あご)が――□を棄(す)ててなよやかに退(ひ)いて行く咽喉(のど)が――しだいと現実世界に競(せ)り出して来る。
「なに?」と藤尾は答えた。昼と夜の間に立つ人の、昼と夜の間の返事である。
「おや気楽な人だ事。そんなに面白い御本なのかい。――あとで御覧なさいな。失礼じゃないか。――この通り世間見ずのわがままもので、まことに困り切ります。――その御本は小野さんから拝借したのかい。大変奇麗(きれい)な――汚(よご)さないようになさいよ。本なぞは大事にしないと――」
「大事にしていますわ」
「それじゃ、好いけれども、またこないだのように……」
「だって、ありゃ兄さんが悪いんですもの」
「甲野君がどうかしたんですか」と小野さんは始めて口らしい口を開(ひら)いた。
「いえ、あなた、どうもわがまま者(もの)の寄り合いだもんでござんすから、始終(しじゅう)、小供のように喧嘩(けんか)ばかり致しまして――こないだも兄の本を……」と御母さんは藤尾の方を見て、言おうか、言うまいかと云う態度を取る。同情のある恐喝(きょうかつ)手段は長者(ちょうしゃ)の好んで年少に対して用いる遊戯である。
「甲野君の書物をどうなすったんです」と小野さんは恐る恐る聞きたがる。
「言いましょうか」と老人は半ば笑いながら、控えている。玩具(おもちゃ)の九寸五分を突き付けたような気合である。
「兄の本を庭へ抛(な)げたんですよ」と藤尾は母を差し置いて、鋭どい返事を小野さんの眉間(みけん)へ向けて抛(な)げつけた。御母さんは苦笑(にがわら)いをする。小野さんは口を開(あ)く。
「これの兄も御存じの通り随分変人ですから」と御母(おっか)さんは遠廻しに棄鉢(すてばち)になった娘の御機嫌をとる。
「甲野さんはまだ御帰りにならんそうですね」と小野さんは、うまいところで話頭を転換した。
「まるであなた鉄砲玉のようで――あれも、始終(しじゅう)身体(からだ)が悪いとか申して、ぐずぐずしておりますから、それならば、ちと旅行でもして判然(はきはき)したらよかろうと申しましてね――でも、まだ、何だかだと駄々を捏(こ)ねて、動かないのを、ようやく宗近に頼んで連れ出して貰(もら)いました。ところがまるで鉄砲玉で。若いものと申すものは……」
「若いって兄さんは特別ですよ。哲学で超絶しているんだから特別ですよ」
「そうかね、御母さんには何だか分らないけれども――それにあなた、あの宗近と云うのが大の呑気屋(のんきや)で、あれこそ本当の鉄砲玉で、随分の困りものでしてね」
「アハハハ快活な面白い人ですな」
「宗近と云えば、御前(おまい)さっきのものはどこにあるのかい」と御母さんは、きりりとした眼を上げて部屋のうちを見廻わす。
「ここです」と藤尾は、軽く諸膝(もろひざ)を斜(なな)めに立てて、青畳の上に、八反(はったん)の座布団(ざぶとん)をさらりと滑(す)べらせる。富貴(ふうき)の色は蜷局(とぐろ)を三重に巻いた鎖の中に、堆(うずたか)く七子(ななこ)の蓋(ふた)を盛り上げている。
 右手を伸(の)べて、輝くものを戛然(かつぜん)と鳴らすよと思う間(ま)に、掌(たなごころ)より滑る鎖が、やおら畳に落ちんとして、一尺の長さに喰(く)い留(と)められると、余る力を横に抜いて、端(はじ)につけた柘榴石(ガーネット)の飾りと共に、長いものがふらりふらりと二三度揺れる。第一の波は紅(くれない)の珠(たま)に女の白き腕(かいな)を打つ。第二の波は観世(かんぜ)に動いて、軽く袖口(そでくち)にあたる。第三の波のまさに静まらんとするとき、女は衝(つ)と立ち上がった。
 奇麗な色が、二色、三色入り乱れて、疾(と)く動く景色(けしき)を、茫然(ぼうぜん)と眺(なが)めていた小野さんの前へぴたりと坐った藤尾は
「御母(おかあ)さん」と後(うしろ)を顧(かえり)みながら、
「こうすると引き立ちますよ」と云って故(もと)の席に返る。小野さんの胴衣(チョッキ)の胸には松葉形に組んだ金の鎖が、釦(ボタン)の穴を左右に抜けて、黒ずんだメルトン地を背景に燦爛(さんらん)と耀(かが)やいている。
「どうです」と藤尾が云う。
「なるほど善(よ)く似合いますね」と御母(おっか)さんが云う。
「全体どうしたんです」と小野さんは煙(けむ)に巻かれながら聞く。御母さんはホホホと笑う。
「上げましょうか」と藤尾は流し目に聞いた。小野さんは黙っている。
「じゃ、まあ、止(よ)しましょう」と藤尾は再び立って小野さんの胸から金時計を外(はず)してしまった。

        三

 柳(やなぎ)□(た)れて条々(じょうじょう)の煙を欄(らん)に吹き込むほどの雨の日である。衣桁(いこう)に懸(か)けた紺(こん)の背広の暗く下がるしたに、黒い靴足袋(くつたび)が三分一(さんぶいち)裏返しに丸く蹲踞(うずくま)っている。違棚(ちがいだな)の狭(せま)い上に、偉大な頭陀袋(ずだぶくろ)を据(す)えて、締括(しめくく)りのない紐(ひも)をだらだらと嬾(ものうく)も垂らした傍(かたわ)らに、錬歯粉(ねりはみがき)と白楊子(しろようじ)が御早うと挨拶(あいさつ)している。立て切った障子(しょうじ)の硝子(ガラス)を通して白い雨の糸が細長く光る。
「京都という所は、いやに寒い所だな」と宗近(むねちか)君は貸浴衣(かしゆかた)の上に銘仙(めいせん)の丹前を重ねて、床柱(とこばしら)の松の木を背負(しょっ)て、傲然(ごうぜん)と箕坐(あぐら)をかいたまま、外を覗(のぞ)きながら、甲野(こうの)さんに話しかけた。
 甲野さんは駱駝(らくだ)の膝掛(ひざかけ)を腰から下へ掛けて、空気枕の上で黒い頭をぶくつかせていたが
「寒いより眠い所だ」
と云いながらちょっと顔の向(むき)を換えると、櫛(くし)を入れたての濡(ぬ)れた頭が、空気の弾力で、脱ぎ棄てた靴足袋(くつたび)といっしょになる。
「寝てばかりいるね。まるで君は京都へ寝(ね)に来たようなものだ」
「うん。実に気楽な所だ」
「気楽になって、まあ結構だ。御母(おっか)さんが心配していたぜ」
「ふん」
「ふんは御挨拶だね。これでも君を気楽にさせるについては、人の知らない苦労をしているんだぜ」
「君あの額(がく)の字が読めるかい」
「なるほど妙だね。※雨※風(せんうしゅうふう)[#「にんべん+孱」、51-3][#「にんべん+愁」、51-3]か。見た事がないな。何でも人扁(にんべん)だから、人がどうかするんだろう。いらざる字を書きやがる。元来何者だい」
「分らんね」
「分からんでもいいや、それよりこの襖(ふすま)が面白いよ。一面に金紙(きんがみ)を張り付けたところは豪勢だが、ところどころに皺(しわ)が寄ってるには驚ろいたね。まるで緞帳芝居(どんちょうしばい)の道具立(どうぐだて)見たようだ。そこへ持って来て、筍(たけのこ)を三本、景気に描(か)いたのは、どう云う了見(りょうけん)だろう。なあ甲野さん、これは謎(なぞ)だぜ」
「何と云う謎だい」
「それは知らんがね。意味が分からないものが描(か)いてあるんだから謎だろう」
「意味が分からないものは謎にはならんじゃないか。意味があるから謎なんだ」
「ところが哲学者なんてものは意味がないものを謎だと思って、一生懸命に考えてるぜ。気狂(きちがい)の発明した詰将棋(つめしょうぎ)の手を、青筋を立てて研究しているようなものだ」
「じゃこの筍も気違の画工(えかき)が描いたんだろう」
「ハハハハ。そのくらい事理(じり)が分ったら煩悶(はんもん)もなかろう」
「世の中と筍といっしょになるものか」
「君、昔話(むかしばな)しにゴージアン・ノットと云うのがあるじゃないか。知ってるかい」
「人を中学生だと思ってる」
「思っていなくっても、まあ聞いて見るんだ。知ってるなら云って見ろ」
「うるさいな、知ってるよ」
「だから云って御覧なさいよ。哲学者なんてものは、よくごまかすもので、何を聞いても知らないと白状の出来ない執念深(しゅうねんぶか)い人間だから、……」
「どっちが執念深いか分りゃしない」
「どっちでも、いいから、云って御覧」
「ゴージアン・ノットと云うのはアレキサンダー時代の話しさ」
「うん、知ってるね。それで」
「ゴージアスと云う百姓がジュピターの神へ車を奉納(ほうのう)したところが……」
「おやおや、少し待った。そんな事があるのかい。それから」
「そんな事があるのかって、君、知らないのか」
「そこまでは知らなかった」
「何だ。自分こそ知らない癖に」
「ハハハハ学校で習った時は教師がそこまでは教えなかった。あの教師もそこまではきっと知らないに違ない」
「ところがその百姓が、車の轅(ながえ)と横木を蔓(かずら)で結(ゆわ)いた結び目を誰がどうしても解(と)く事が出来ない」
「なあるほど、それをゴージアン・ノットと云うんだね。そうか。その結目(ノット)をアレキサンダーが面倒臭いって、刀を抜いて切っちまったんだね。うん、そうか」
「アレキサンダーは面倒臭いとも何とも云やあしない」
「そりゃどうでもいい」
「この結目を解いたものは東方の帝(てい)たらんと云う神託(しんたく)を聞いたとき、アレキサンダーがそれなら、こうするばかりだと云って……」
「そこは知ってるんだ。そこは学校の先生に教わった所だ」
「それじゃ、それでいいじゃないか」
「いいがね、人間は、それならこうするばかりだと云う了見(りょうけん)がなくっちゃ駄目だと思うんだね」
「それもよかろう」
「それもよかろうじゃ張り合がないな。ゴージアン・ノットはいくら考えたって解けっこ無いんだもの」
「切れば解けるのかい」
「切れば――解けなくっても、まあ都合がいいやね」
「都合か。世の中に都合ほど卑怯(ひきょう)なものはない」
「するとアレキサンダーは大変な卑怯な男になる訳だ」
「アレキサンダーなんか、そんなに豪(えら)いと思ってるのか」
 会話はちょっと切れた。甲野さんは寝返りを打つ。宗近君は箕坐(あぐら)のまま旅行案内をひろげる。雨は斜(なな)めに降る。
 古い京をいやが上に寂(さ)びよと降る糠雨(ぬかあめ)が、赤い腹を空に見せて衝(つ)いと行く乙鳥(つばくら)の背(せ)に応(こた)えるほど繁くなったとき、下京(しもきょう)も上京(かみきょう)もしめやかに濡(ぬ)れて、三十六峰(さんじゅうろっぽう)の翠(みど)りの底に、音は友禅(ゆうぜん)の紅(べに)を溶いて、菜の花に注(そそ)ぐ流のみである。「御前(おまえ)川上、わしゃ川下で……」と芹(せり)を洗う門口(かどぐち)に、眉(まゆ)をかくす手拭(てぬぐい)の重きを脱げば、「大文字(だいもんじ)」が見える。「松虫(まつむし)」も「鈴虫(すずむし)」も幾代(いくよ)の春を苔蒸(こけむ)して、鶯(うぐいす)の鳴くべき藪(やぶ)に、墓ばかりは残っている。鬼の出る羅生門(らしょうもん)に、鬼が来ずなってから、門もいつの代にか取り毀(こぼ)たれた。綱(つな)が□(も)ぎとった腕の行末(ゆくえ)は誰にも分からぬ。ただ昔しながらの春雨(はるさめ)が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園(ぎおん)では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降っている。
 甲野さんは寝ながら日記を記(つ)けだした。横綴(よことじ)の茶の表布(クロース)の少しは汗に汚(よ)ごれた角(かど)を、折るようにあけて、二三枚めくると、一頁(ページ)の三(さん)が一(いち)ほど白い所が出て来た。甲野さんはここから書き始める。鉛筆を執(と)って景気よく、
「一奩(いちれん)楼角雨(ろうかくのあめ)、閑殺(かんさつす)古今人(ここんのひと)」
と書いてしばらく考えている。転結(てんけつ)を添えて絶句にする気と見える。
 旅行案内を放(ほう)り出して宗近君はずしんと畳を威嚇(おどか)して椽側(えんがわ)へ出る。椽側には御誂向(おあつらえむき)に一脚の籐(と)の椅子(いす)が、人待ち顔に、しめっぽく据(す)えてある。連□(れんぎょう)の疎(まばら)なる花の間から隣(とな)り家(や)の座敷が見える。障子(しょうじ)は立て切ってある。中(うち)では琴の音(ね)がする。
「忽(たちまち)※(きく)[#「耳+吾」、56-1]弾琴響(だんきんのひびき)、垂楊(すいよう)惹恨(うらみをひいて)新(あらたなり)」
と甲野さんは別行に十字書いたが、気に入らぬと見えて、すぐさま棒を引いた。あとは普通の文章になる。
「宇宙は謎(なぞ)である。謎を解くは人々の勝手である。勝手に解いて、勝手に落ちつくものは幸福である。疑えば親さえ謎である。兄弟さえ謎である。妻も子も、かく観ずる自分さえも謎である。この世に生まれるのは解けぬ謎を、押しつけられて、白頭(はくとう)に□□(せんかい)し、中夜(ちゅうや)に煩悶(はんもん)するために生まれるのである。親の謎を解くためには、自分が親と同体にならねばならぬ。妻の謎を解くためには妻と同心にならねばならぬ。宇宙の謎を解くためには宇宙と同心同体にならねばならぬ。これが出来ねば、親も妻も宇宙も疑である。解けぬ謎である、苦痛である。親兄弟と云う解けぬ謎のある矢先に、妻と云う新しき謎を好んで貰うのは、自分の財産の所置に窮している上に、他人の金銭を預かると一般である。妻と云う新らしき謎を貰うのみか、新らしき謎に、また新らしき謎を生ませて苦しむのは、預かった金銭に利子が積んで、他人の所得をみずからと持ち扱うようなものであろう。……すべての疑は身を捨てて始めて解決が出来る。ただどう身を捨てるかが問題である。死? 死とはあまりに無能である」
 宗近君は籐(と)の椅子(いす)に横平(おうへい)な腰を据えてさっきから隣りの琴(こと)を聴いている。御室(おむろ)の御所(ごしょ)の春寒(はるさむ)に、銘(めい)をたまわる琵琶(びわ)の風流は知るはずがない。十三絃(じゅうさんげん)を南部の菖蒲形(しょうぶがた)に張って、象牙(ぞうげ)に置いた蒔絵(まきえ)の舌(した)を気高(けだか)しと思う数奇(すき)も有(も)たぬ。宗近君はただ漫然と聴(き)いているばかりである。
 滴々(てきてき)と垣を蔽(おお)う連□(れんぎょう)の黄(き)な向うは業平竹(なりひらだけ)の一叢(ひとむら)に、苔(こけ)の多い御影の突(つ)く這(ば)いを添えて、三坪に足らぬ小庭には、一面に叡山苔(えいざんごけ)を這(は)わしている。琴の音(ね)はこの庭から出る。
 雨は一つである。冬は合羽(かっぱ)が凍(こお)る。秋は灯心が細る。夏は褌(ふどし)を洗う。春は――平打(ひらうち)の銀簪(ぎんかん)を畳の上に落したまま、貝合(かいあわ)せの貝の裏が朱と金と藍(あい)に光る傍(かたわら)に、ころりんと掻(か)き鳴らし、またころりんと掻き乱す。宗近君の聴いてるのはまさにこのころりんである。
「眼に見るは形である」と甲野さんはまた別行に書き出した。
「耳に聴(き)くは声である。形と声は物の本体ではない。物の本体を証得しないものには形も声も無意義である。何物かをこの奥に捕(とら)えたる時、形も声もことごとく新らしき形と声になる。これが象徴である。象徴とは本来空(ほんらいくう)の不可思議を眼に見、耳に聴くための方便である。……」
 琴の手は次第に繁くなる。雨滴(あまだれ)の絶間(たえま)を縫(ぬ)うて、白い爪が幾度か駒(こま)の上を飛ぶと見えて、濃(こまや)かなる調べは、太き糸の音(ね)と細き音を綯(よ)り合せて、代る代るに乱れ打つように思われる。甲野さんが「無絃(むげん)の琴を聴(き)いて始めて序破急(じょはきゅう)の意義を悟る」と書き終った時、椅子(いす)に靠(もた)れて隣家(となり)ばかりを瞰下(みおろ)していた宗近君は
「おい、甲野さん、理窟(りくつ)ばかり云わずと、ちとあの琴でも聴くがいい。なかなか旨(うま)いぜ」
と椽側(えんがわ)から部屋の中へ声を掛けた。
「うん、さっきから拝聴している」と甲野さんは日記をぱたりと伏せた。
「寝ながら拝聴する法はないよ。ちょっと椽(えん)まで出張を命ずるから出て来なさい」
「なに、ここで結構だ。構ってくれるな」と甲野さんは空気枕を傾けたまま起き上がる景色(けしき)がない。
「おい、どうも東山が奇麗(きれい)に見えるぜ」
「そうか」
「おや、鴨川(かもがわ)を渉(わた)る奴(やつ)がある。実に詩的だな。おい、川を渉る奴があるよ」
「渉ってもいいよ」
「君、布団(ふとん)着て寝たる姿やとか何とか云うが、どこに布団を着ている訳かな。ちょっとここまで来て教えてくれんかな」
「いやだよ」
「君、そうこうしているうちに加茂の水嵩(みずかさ)が増して来たぜ。いやあ大変だ。橋が落ちそうだ。おい橋が落ちるよ」
「落ちても差(さ)し支(つか)えなしだ」
「落ちても差し支えなしだ? 晩に都踊が見られなくっても差し支えなしかな」
「なし、なし」と甲野さんは面倒臭くなったと見えて、寝返りを打って、例の金襖(きんぶすま)の筍(たけのこ)を横に眺(なが)め始めた。
「そう落ちついていちゃ仕方がない。こっちで降参するよりほかに名案もなくなった」と宗近さんは、とうとう我(が)を折って部屋の中へ這入(はい)って来る。
「おい、おい」
「何だ、うるさい男だね」
「あの琴を聴いたろう」
「聴いたと云ったじゃないか」
「ありゃ、君、女だぜ」
「当り前さ」
「幾何(いくつ)だと思う」
「幾歳(いくつ)だかね」
「そう冷淡じゃ張り合がない。教えてくれなら、教えてくれと判然(はっきり)云うがいい」
「誰が云うものか」
「云わない? 云わなければこっちで云うばかりだ。ありゃ、島田(しまだ)だよ」
「座敷でも開(あ)いてるのかい」
「なに座敷はぴたりと締ってる」
「それじゃまた例の通り好加減(いいかげん)な雅号なんだろう」
「雅号にして本名なるものだね。僕はあの女を見たんだよ」
「どうして」
「そら聴(き)きたくなった」
「何聴かなくってもいいさ。そんな事を聞くよりこの筍(たけのこ)を研究している方がよっぽど面白い。この筍を寝ていて横に見ると、背(せい)が低く見えるがどう云うものだろう」
「おおかた君の眼が横に着いているせいだろう」
「二枚の唐紙(からかみ)に三本描(か)いたのは、どう云う因縁(いんねん)だろう」
「あんまり下手だから一本負けたつもりだろう」
「筍の真青(まっさお)なのはなぜだろう」
「食うと中毒(あた)ると云う謎(なぞ)なんだろう」
「やっぱり謎か。君だって謎を釈(と)くじゃないか」
「ハハハハ。時々は釈いて見るね。時に僕がさっきから島田の謎を解いてやろうと云うのに、いっこう釈かせないのは哲学者にも似合わん不熱心な事だと思うがね」
「釈きたければ釈くさ。そうもったいぶったって、頭を下げるような哲学者じゃない」
「それじゃ、ひとまず安っぽく釈いてしまって、後(あと)から頭を下げさせる事にしよう。――あのね、あの琴の主はね」
「うん」
「僕が見たんだよ」
「そりゃ今聴いた」
「そうか。それじゃ別に話す事もない」
「なければ、いいさ」
「いや好くない。それじゃ話す。昨日(きのう)ね、僕が湯から上がって、椽側(えんがわ)で肌を抜いで涼んでいると――聴きたいだろう――僕が何気なく鴨東(おうとう)の景色(けしき)を見廻わして、ああ好い心持ちだとふと眼を落して隣家を見下すと、あの娘が障子(しょうじ)を半分開けて、開けた障子に靠(も)たれかかって庭を見ていたのさ」
「別嬪(べっぴん)かね」
「ああ別嬪だよ。藤尾さんよりわるいが糸公(いとこう)より好いようだ」
「そうかい」
「それっきりじゃ、余(あん)まり他愛(たあい)が無さ過ぎる。そりゃ残念な事をした、僕も見ればよかったぐらい義理にも云うがいい」
「そりゃ残念な事をした、僕も見ればよかった」
「ハハハハだから見せてやるから椽側(えんがわ)まで出て来いと云うのに」
「だって障子は締ってるんじゃないか」
「そのうち開(あ)くかも知れないさ」
「ハハハハ小野なら障子の開くまで待ってるかも知れない」
「そうだね。小野を連れて来て見せてやれば好かった」
「京都はああ云う人間が住むに好い所だ」
「うん全く小野的だ。大将、来いと云うのになんのかのと云って、とうとう来ない」
「春休みに勉強しようと云うんだろう」
「春休みに勉強が出来るものか」
「あんな風じゃいつだって勉強が出来やしない。一体文学者は軽いからいけない」
「少々耳が痛いね。こっちも余まり重くはない方だからね」
「いえ、単なる文学者と云うものは霞(かすみ)に酔ってぽうっとしているばかりで、霞を披(ひら)いて本体を見つけようとしないから性根(しょうね)がないよ」
「霞の酔(よ)っ払(ぱらい)か。哲学者は余計な事を考え込んで苦(にが)い顔をするから、塩水の酔っ払だろう」
「君見たように叡山(えいざん)へ登るのに、若狭(わかさ)まで突き貫(ぬ)ける男は白雨(ゆうだち)の酔っ払だよ」
「ハハハハそれぞれ酔っ払ってるから妙だ」
 甲野さんの黒い頭はこの時ようやく枕を離れた。光沢(つや)のある髪で湿(しめ)っぽく圧(お)し付けられていた空気が、弾力で膨(ふく)れ上がると、枕の位置が畳の上でちょっと廻った。同時に駱駝(らくだ)の膝掛(ひざかけ)が擦(ず)り落ちながら、裏を返して半分(はんぶ)に折れる。下から、だらしなく腰に捲(ま)き付けた平絎(ひらぐけ)の細帯があらわれる。
「なるほど酔っ払いに違ない」と枕元に畏(かしこ)まった宗近君は、即座に品評を加えた。相手は痩(や)せた体躯(からだ)を持ち上げた肱(ひじ)を二段に伸(のば)して、手の平に胴を支(ささ)えたまま、自分で自分の腰のあたりを睨(ね)め廻していたが
「たしかに酔っ払ってるようだ。君はまた珍らしく畏(かしこ)まってるじゃないか」と一重瞼(ひとえまぶた)の長く切れた間から、宗近君をじろりと見た。
「おれは、これで正気なんだからね」
「居住(いずまい)だけは正気だ」
「精神も正気だからさ」
「どてらを着て跪坐(かしこまっ)てるのは、酔っ払っていながら、異状がないと得意になるようなものだ。なおおかしいよ。酔っ払いは酔払(よっぱらい)らしくするがいい」
「そうか、それじゃ御免蒙(ごめんこうむ)ろう」と宗近君はすぐさま胡坐(あぐら)をかく。
「君は感心に愚(ぐ)を主張しないからえらい。愚にして賢と心得ているほど片腹(かたはら)痛い事はないものだ」
「諫(いさめ)に従う事流るるがごとしとは僕の事を云ったものだよ」
「酔払っていてもそれなら大丈夫だ」
「なんて生意気を云う君はどうだ。酔払っていると知りながら、胡坐をかく事も跪坐る事も出来ない人間だろう」
「まあ立ん坊だね」と甲野さんは淋(さび)し気に笑った。勢込(いきおいこ)んで喋舌(しゃべ)って来た宗近君は急に真面目(まじめ)になる。甲野さんのこの笑い顔を見ると宗近君はきっと真面目にならなければならぬ。幾多の顔の、幾多の表情のうちで、あるものは必ず人の肺腑(はいふ)に入る。面上の筋肉が我勝(われが)ちに躍(おど)るためではない。頭上の毛髪が一筋ごとに稲妻(いなずま)を起すためでもない。涙管(るいかん)の関が切れて滂沱(ぼうだ)の観を添うるがためでもない。いたずらに劇烈なるは、壮士が事もなきに剣を舞わして床(ゆか)を斬(き)るようなものである。浅いから動くのである。本郷座の芝居である。甲野さんの笑ったのは舞台で笑ったのではない。
 毛筋ほどな細い管を通して、捕(とら)えがたい情(なさ)けの波が、心の底から辛(かろ)うじて流れ出して、ちらりと浮世の日に影を宿したのである。往来に転(ころ)がっている表情とは違う。首を出して、浮世だなと気がつけばすぐ奥の院へ引き返す。引き返す前に、捕(つら)まえた人が勝ちである。捕まえ損(そこ)なえば生涯(しょうがい)甲野さんを知る事は出来ぬ。
 甲野さんの笑は薄く、柔らかに、むしろ冷やかである。そのおとなしいうちに、その速(すみや)かなるうちに、その消えて行くうちに、甲野さんの一生は明(あきら)かに描(えが)き出されている。この瞬間の意義を、そうかと合点するものは甲野君の知己(ちき)である。斬(き)った張(は)ったの境に甲野さんを置いて、ははあ、こんな人かと合点(がてん)するようでは親子といえどもいまだしである。兄弟といえども他人である。斬った張ったの境に甲野さんを置いて、始めて甲野さんの性格を描(えが)き出すのは野暮(やぼ)な小説である。二十世紀に斬った張ったがむやみに出て来るものではない。
 春の旅は長閑(のどか)である。京の宿は静かである。二人は無事である。ふざけている。その間に宗近君は甲野さんを知り、甲野さんは宗近君を知る。これが世の中である。
「立ん坊か」と云ったまま宗近君は駱駝(らくだ)の膝掛(ひざかけ)の馬簾(ばれん)をひねくり始めたが、やがて
「いつまでも立ん坊か」
と相手の顔は見ず、質問のように、独語(ひとりごと)のように、駱駝の膝掛に話しかけるように、立ん坊を繰り返した。
「立ん坊でも覚悟だけはちゃんとしている」と甲野さんはこの時始めて、腰を浮かして、相手の方に向き直る。
「叔父さんが生きてると好いがな」
「なに、阿爺(おやじ)が生きているとかえって面倒かも知れない」
「そうさなあ」と宗近君はなあを引っ張った。
「つまり、家(うち)を藤尾にくれてしまえばそれで済むんだからね」
「それで君はどうするんだい」
「僕は立ん坊さ」
「いよいよ本当の立ん坊か」
「うん、どうせ家を襲(つ)いだって立ん坊、襲がなくったって立ん坊なんだからいっこう構わない」
「しかしそりゃ、いかん。第一叔母(おば)さんが困るだろう」
「母がか」
 甲野さんは妙な顔をして宗近君を見た。
 疑がえば己(おのれ)にさえ欺(あざ)むかれる。まして己以外の人間の、利害の衢(ちまた)に、損失の塵除(ちりよけ)と被(かぶ)る、面(つら)の厚さは、容易には度(はか)られぬ。親しき友の、わが母を、そうと評するのは、面の内側で評するのか、または外側でのみ云う了見(りょうけん)か。己にさえ、己を欺く魔の、どこにか潜(ひそ)んでいるような気持は免かれぬものを、無二の友達とは云え、父方の縁続きとは云え、迂濶(うかつ)には天機を洩(も)らしがたい。宗近の言(こと)は継母に対するわが心の底を見んための鎌(かま)か。見た上でも元の宗近ならばそれまでであるが、鎌を懸(か)けるほどの男ならば、思う通りを引き出した後(あと)で、どう引っ繰り返らぬとも保証は出来ん。宗近の言は真率(しんそつ)なる彼の、裏表の見界(みさかい)なく、母の口占(くちうら)を一図(いちず)にそれと信じたる反響か。平生(へいぜい)のかれこれから推(お)して見ると多分そうだろう。よもや、母から頼まれて、曇る胸の、われにさえ恐ろしき淵(ふち)の底に、詮索(さぐり)の錘(おもり)を投げ込むような卑劣な振舞はしまい。けれども、正直な者ほど人には使われやすい。卑劣と知って、人の手先にはならんでも、われに対する好意から、見損(みそく)なった母の意を承(う)けて、御互に面白からぬ結果を、必然の期程(きてい)以前に、家庭のなかに打(ぶ)ち開(ま)ける事がないとも限らん。いずれにしても入らぬ口は発(き)くまい。
 二人はしばらく無言である。隣家(となり)ではまだ琴(こと)を弾(ひ)いている。
「あの琴は生田流(いくたりゅう)かな」と甲野さんは、つかぬ事を聞く。
「寒くなった、狐の袖無(ちゃんちゃん)でも着よう」と宗近君も、つかぬ事を云う。二人は離れ離れに口を発いている。
 丹前の胸を開いて、違棚(ちがいだな)の上から、例の異様な胴衣(チョッキ)を取り下ろして、体(たい)を斜(なな)めに腕を通した時、甲野さんは聞いた。
「その袖無(ちゃんちゃん)は手製か」
「うん、皮は支那に行った友人から貰ったんだがね、表は糸公が着けてくれた」
「本物だ。旨(うま)いもんだ。御糸(おいと)さんは藤尾なんぞと違って実用的に出来ているからいい」
「いいか、ふん。彼奴(あいつ)が嫁に行くと少々困るね」
「いい嫁の口はないかい」
「嫁の口か」と宗近君はちょっと甲野さんを見たが、気の乗らない調子で「無い事もないが……」とだらりと言葉の尾を垂れた。甲野さんは問題を転じた。
「御糸さんが嫁に行くと御叔父(おじ)さんも困るね」
「困ったって仕方がない、どうせいつか困るんだもの。――それよりか君は女房を貰わないのかい」
「僕か――だって――食わす事が出来ないもの」
「だから御母(おっか)さんの云う通りに君が家(うち)を襲(つ)いで……」
「そりゃ駄目だよ。母が何と云ったって、僕は厭(いや)なんだ」
「妙だね、どうも。君が判然しないもんだから、藤尾さんも嫁に行かれないんだろう」
「行かれないんじゃない、行かないんだ」
 宗近君はだまって鼻をぴくつかせている。
「また鱧(はも)を食わせるな。毎日鱧ばかり食って腹の中が小骨だらけだ。京都と云う所は実に愚(ぐ)な所だ。もういい加減に帰ろうじゃないか」
「帰ってもいい。鱧ぐらいなら帰らなくってもいい。しかし君の嗅覚(きゅうかく)は非常に鋭敏だね。鱧の臭がするかい」
「するじゃないか。台所でしきりに焼いていらあね」
「そのくらい虫が知らせると阿爺(おやじ)も外国で死ななくっても済んだかも知れない。阿爺は嗅覚が鈍かったと見える」
「ハハハハ。時に御叔父さんの遺物はもう、着いたか知ら」
「もう着いた時分だね。公使館の佐伯(さえき)と云う人が持って来てくれるはずだ。――何にもないだろう――書物が少しあるかな」
「例の時計はどうしたろう」
「そうそう。倫敦(ロンドン)で買った自慢の時計か。あれは多分来るだろう。小供の時から藤尾の玩具(おもちゃ)になった時計だ。あれを持つとなかなか離さなかったもんだ。あの鏈(くさり)に着いている柘榴石(ガーネット)が気に入ってね」
「考えると古い時計だね」
「そうだろう、阿爺が始めて洋行した時に買ったんだから」
「あれを御叔父さんの片身(かたみ)に僕にくれ」
「僕もそう思っていた」
「御叔父さんが今度洋行するときね、帰ったら卒業祝にこれを御前にやろうと約束して行ったんだよ」
「僕も覚えている。――ことによると今頃は藤尾が取ってまた玩具にしているかも知れないが……」
「藤尾さんとあの時計はとうてい離せないか。ハハハハなに構わない、それでも貰おう」
 甲野さんは、だまって宗近君の眉(まゆ)の間を、長い事見ていた。御昼の膳(ぜん)の上には宗近君の予言通り鱧(はも)が出た。

        四

 甲野(こうの)さんの日記の一筋に云う。
「色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず」
 小野さんは色を見て世を暮らす男である。
 甲野さんの日記の一筋にまた云う。
「生死因縁(しょうしいんねん)無了期(りょうきなし)、色相世界(しきそうせかい)現狂癡(きょうちをげんず)」
 小野さんは色相(しきそう)世界に住する男である。
 小野さんは暗い所に生れた。ある人は私生児だとさえ云う。筒袖(つつそで)を着て学校へ通う時から友達に苛(いじ)められていた。行く所で犬に吠(ほ)えられた。父は死んだ。外で辛(ひど)い目に遇(あ)った小野さんは帰る家が無くなった。やむなく人の世話になる。
 水底(みなそこ)の藻(も)は、暗い所に漂(ただよ)うて、白帆行く岸辺に日のあたる事を知らぬ。右に揺(うご)こうが、左(ひだ)りに靡(なび)こうが嬲(なぶ)るは波である。ただその時々に逆(さか)らわなければ済む。馴(な)れては波も気にならぬ。波は何物ぞと考える暇(ひま)もない。なぜ波がつらく己(おの)れにあたるかは無論問題には上(のぼ)らぬ。上ったところで改良は出来ぬ。ただ運命が暗い所に生(は)えていろと云う。そこで生えている。ただ運命が朝な夕なに動けと云う。だから動いている。――小野さんは水底の藻であった。
 京都では孤堂(こどう)先生の世話になった。先生から絣(かすり)の着物をこしらえて貰った。年に二十円の月謝も出して貰った。書物も時々教わった。祇園(ぎおん)の桜をぐるぐる周(まわ)る事を知った。知恩院(ちおんいん)の勅額(ちょくがく)を見上げて高いものだと悟った。御飯も一人前(いちにんまえ)は食うようになった。水底の藻は土を離れてようやく浮かび出す。
 東京は目の眩(くら)む所である。元禄(げんろく)の昔に百年の寿(ことぶき)を保ったものは、明治の代(よ)に三日住んだものよりも短命である。余所(よそ)では人が蹠(かかと)であるいている。東京では爪先(つまさき)であるく。逆立(さかだち)をする。横に行く。気の早いものは飛んで来る。小野さんは東京できりきりと回った。
 きりきりと回った後(あと)で、眼を開けて見ると世界が変っている。眼を擦(こ)すっても変っている。変だと考えるのは悪(わ)るく変った時である。小野さんは考えずに進んで行く。友達は秀才だと云う。教授は有望だと云う。下宿では小野さん小野さんと云う。小野さんは考えずに進んで行く。進んで行ったら陛下から銀時計を賜(たま)わった。浮かび出した藻(も)は水面で白い花をもつ。根のない事には気がつかぬ。
 世界は色の世界である。ただこの色を味(あじわ)えば世界を味わったものである。世界の色は自己の成功につれて鮮(あざ)やかに眼に映(うつ)る。鮮やかなる事錦を欺(あざむ)くに至って生きて甲斐(かい)ある命は貴(とう)とい。小野さんの手巾(ハンケチ)には時々ヘリオトロープの香(におい)がする。
 世界は色の世界である、形は色の残骸(なきがら)である。残骸を論(あげつら)って中味の旨(うま)きを解せぬものは、方円の器(うつわ)に拘(かか)わって、盛り上る酒の泡(あわ)をどう片づけてしかるべきかを知らぬ男である。いかに見極(みきわ)めても皿は食われぬ。唇(くちびる)を着けぬ酒は気が抜ける。形式の人は、底のない道義の巵(さかずき)を抱(いだ)いて、路頭に跼蹐(きょくせき)している。
 世界は色の世界である。いたずらに空華(くうげ)と云い鏡花(きょうか)と云う。真如(しんにょ)の実相とは、世に容(い)れられぬ畸形(きけい)の徒が、容れられぬ恨(うらみ)を、黒※郷裏(こくてんきょうり)[#「甘+舌」、72-14]に晴らすための妄想(もうぞう)である。盲人は鼎(かなえ)を撫(な)でる。色が見えねばこそ形が究(きわ)めたくなる。手のない盲人は撫でる事をすらあえてせぬ。ものの本体を耳目のほかに求めんとするは、手のない盲人の所作(しょさ)である。小野さんの机の上には花が活(い)けてある。窓の外には柳が緑を吹く。鼻の先には金縁の眼鏡(めがね)が掛かっている。
 絢爛(けんらん)の域を超(こ)えて平淡に入(い)るは自然の順序である。我らは昔(むか)し赤ん坊と呼ばれて赤いべべを着せられた。大抵(たいてい)のものは絵画(にしきえ)のなかに生い立って、四条派(しじょうは)の淡彩から、雲谷(うんこく)流の墨画(すみえ)に老いて、ついに棺桶(かんおけ)のはかなきに親しむ。顧(かえり)みると母がある、姉がある、菓子がある、鯉(こい)の幟(のぼり)がある。顧みれば顧みるほど華麗(はなやか)である。小野さんは趣(おもむき)が違う。自然の径路(けいろ)を逆(さか)しまにして、暗い土から、根を振り切って、日の透(とお)る波の、明るい渚(なぎさ)へ漂(ただよ)うて来た。――坑(あな)の底で生れて一段ごとに美しい浮世へ近寄るためには二十七年かかった。二十七年の歴史を過去の節穴(ふしあな)から覗(のぞ)いて見ると、遠くなればなるほど暗い。ただその途中に一点の紅(くれない)がほのかに揺(うご)いている。東京へ来(き)たてにはこの紅が恋しくて、寒い記憶を繰り返すのも厭(いと)わず、たびたび過去の節穴を覗いては、長き夜(よ)を、永き日を、あるは時雨(しぐ)るるをゆかしく暮らした。今は――紅もだいぶ遠退(とおの)いた。その上、色もよほど褪(さ)めた。小野さんは節穴を覗く事を怠(おこ)たるようになった。
 過去の節穴を塞(ふさ)ぎかけたものは現在に満足する。現在が不景気だと未来を製造する。小野さんの現在は薔薇(ばら)である。薔薇の蕾(つぼみ)である。小野さんは未来を製造する必要はない。蕾(つぼ)んだ薔薇を一面に開かせればそれが自(おのず)からなる彼の未来である。未来の節穴を得意の管(くだ)から眺(なが)めると、薔薇はもう開いている。手を出せば捕(つら)まえられそうである。早く捕まえろと誰かが耳の傍(そば)で云う。小野さんは博士論文を書こうと決心した。
 論文が出来たから博士になるものか、博士になるために論文が出来るものか、博士に聞いて見なければ分らぬが、とにかく論文を書かねばならぬ。ただの論文ではならぬ、必(かなら)ず博士論文でなくてはならぬ。博士は学者のうちで色のもっとも見事なるものである。未来の管を覗くたびに博士の二字が金色(こんじき)に燃えている。博士の傍には金時計が天から懸(かか)っている。時計の下には赤い柘榴石(ガーネット)が心臓の焔(ほのお)となって揺れている。その側(わき)に黒い眼の藤尾さんが繊(ほそ)い腕を出して手招(てまね)ぎをしている。すべてが美くしい画(え)である。詩人の理想はこの画の中の人物となるにある。
 昔(むか)しタンタラスと云う人があった。わるい事をした罰(ばち)で、苛(ひど)い目に逢(お)うたと書いてある。身体(からだ)は肩深く水に浸(ひた)っている。頭の上には旨(うま)そうな菓物(くだもの)が累々(るいるい)と枝をたわわに結実(な)っている。タンタラスは咽喉(のど)が渇(かわ)く。水を飲もうとすると水が退(ひ)いて行く。タンタラスは腹が減る。菓物を食おうとすると菓物が逃げて行く。タンタラスの口が一尺動くと向うでも一尺動く。二尺前(すす)むと向うでも二尺前む。三尺四尺は愚か、千里を行き尽しても、タンタラスは腹が減り通しで、咽喉が渇き続けである。おおかた今でも水と菓物を追っ懸(か)けて歩いてるだろう。――未来の管を覗くたびに、小野さんは、何だかタンタラスの子分のような気がする。それのみではない。時によると藤尾さんがつんと澄ましている事がある。長い眉(まゆ)を押しつけたように短かくして、屹(きっ)と睨(にら)めている事がある。柘榴石がぱっと燃えて、□のなかに、女の姿が、包まれながら消えて行く事がある。博士の二字がだんだん薄くなって剥(は)げながら暗くなる事がある。時計が遥(はる)かな天から隕石(いんせき)のように落ちて来て、割れる事がある。その時はぴしりと云う音がする。小野さんは詩人であるからいろいろな未来を描(えが)き出す。
 机の前に頬杖(ほおづえ)を突いて、色硝子(いろガラス)の一輪挿(いちりんざし)をぱっと蔽(おお)う椿(つばき)の花の奥に、小野さんは、例によって自分の未来を覗いている。幾通りもある未来のなかで今日は一層出来がわるい。
「この時計をあなたに上げたいんだけれどもと女が云う。どうか下さいと小野さんが手を出す。女がその手をぴしゃりと平手(ひらて)でたたいて、御気の毒様もう約束済ですと云う。じゃ時計は入りません、しかしあなたは……と聞くと、私? 私は無論時計にくっ付いているんですと向(むこう)をむいて、すたすた歩き出す」
 小野さんは、ここまで未来をこしらえて見たが、余り残刻(ざんこく)なのに驚いて、また最初から出直そうとして、少し痛くなり掛けた□(あご)を持ち上げると、障子(しょうじ)が、すうと開(あ)いて、御手紙ですと下女が封書を置いて行く。
「小野清三様」と子昂流(すごうりゅう)にかいた名宛(なあて)を見た時、小野さんは、急に両肱(りょうひじ)に力を入れて、机に持たした体(たい)を跳(は)ねるように後(うしろ)へ引いた。未来を覗く椿(つばき)の管(くだ)が、同時に揺れて、唐紅(からくれない)の一片(ひとひら)がロゼッチの詩集の上に音なしく落ちて来る。完(まった)き未来は、はや崩(くず)れかけた。
 小野さんは机に添えて左(ひだ)りの手を伸(の)したまま、顔を斜(なな)めに、受け取った封書を掌(てのひら)の上に遠くから眺(なが)めていたが、容易に裏を返さない。返さんでもおおかたの見当(けんとう)はついている。ついていればこそ返しにくい。返した暁に推察の通りであったなら、それこそ取り返しがつかぬ。かつて亀(かめのこ)に聞いた事がある。首を出すと打たれる。どうせ打たれるとは思いながら、出来るならばと甲羅(こうら)の中に立て籠(こも)る。打たれる運命を眼前に控えた間際(まぎわ)でも、一刻の首は一刻だけ縮めていたい。思うに小野さんは事実の判決を一寸(いっすん)に逃(のが)れる学士の亀であろう。亀は早晩首を出す。小野さんも今に封筒の裏を返すに違ない。
 良(やや)しばらく眺めていると今度は掌がむず痒(が)ゆくなる。一刻の安きを貪(むさぼ)った後(あと)は、安き思(おもい)を、なお安くするために、裏返して得心したくなる。小野さんは思い切って、封筒を机の上に逆(ぎゃく)に置いた。裏から井上孤堂(いのうえこどう)の四字が明かにあらわれる。白い状袋に墨を惜しまず肉太に記した草字(そうじ)は、小野さんの眼に、針の先を並べて植えつけたように紙を離れて飛びついて来た。
 小野さんは障(さわ)らぬ神に祟(たたり)なしと云う風で、両手を机から離す。ただ顔だけが机の上の手紙に向いている。しかし机と膝(ひざ)とは一尺の谷で縁が切れている。机から引き取った手は、ぐにゃりとして何だか肩から抜けて行きそうだ。
 封を切ろうか、切るまいか。だれか来て封を切れと云えば切らぬ理由を説明して、ついでに自分も安心する。しかし人を屈伏させないととうてい自分も屈伏させる事が出来ない。あやふやな柔術使は、一度往来で人を抛(な)げて見ないうちはどうも柔術家たる所以(ゆえん)を自分に証明する道がない。弱い議論と弱い柔術は似たものである。小野さんは京都以来の友人がちょっと遊びに来てくれればいいと思った。
 二階の書生がヴァイオリンを鳴らし始めた。小野さんも近日うちにヴァイオリンの稽古を始めようとしている。今日はそんな気もいっこう起らぬ。あの書生は呑気(のんき)で羨(うらやま)しいと思う。――椿の花片(はなびら)がまた一つ落ちた。
 一輪挿(いちりんざし)を持ったまま障子を開(あ)けて椽側(えんがわ)へ出る。花は庭へ棄(す)てた。水もついでにあけた。花活(はないけ)は手に持っている。実は花活もついでに棄てるところであった。花活を持ったまま椽側に立っている。檜(ひのき)がある。塀(へい)がある。向(むこう)に二階がある。乾きかけた庭に雨傘が干(ほ)してある。蛇(じゃ)の目の黒い縁(ふち)に落花(らっか)が二片(ふたひら)貼(へばり)ついている。その他いろいろある。ことごとく無意義にある。みんな器械的である。
 小野さんは重い足を引き擦(ず)ってまた部屋のなかへ這入(はい)って来た。坐らずに机の前に立っている。過去の節穴(ふしあな)がすうと開(あ)いて昔の歴史が細長く遠くに見える。暗い。その暗いなかの一点がぱっと燃え出した。動いて来る。小野さんは急に腰を屈(かが)めて手を伸ばすや否や封を切った。
「拝啓柳暗花明(りゅうあんかめい)の好時節と相成候処いよいよ御壮健奉賀(がしたてまつり)候(そうろう)。小生も不相変(あいかわらず)頑強(がんきょう)、小夜(さよ)も息災に候えば、乍憚(はばかりながら)御休神可被下(くださるべく)候(そうろう)。さて旧臘(きゅうろう)中一寸申上候東京表へ転住の義、其後(そのご)色々の事情にて捗(はか)どりかね候所、此程に至り諸事好都合に埓(らち)あき、いよいよ近日中に断行の運びに至り候はずにつき左様御承知被下度(くだされたく)候(そうろう)。二十年前(ぜん)に其地を引き払い候儘、両度の上京に、五六日の逗留(とうりゅう)の外は、全く故郷の消息に疎(うと)く、万事不案内に候えば到着の上は定めて御厄介の事と存候。
「年来住み古(ふ)るしたる住宅は隣家蔦屋(つたや)にて譲り受け度旨(たきむね)申込(もうしこみ)有之(これあり)、其他にも相談の口はかかり候えども、此方(こちら)に取り極め申候。荷物其他嵩張(かさば)り候ものは皆当地にて売払い、なるべく手軽に引き移るつもりに御座候。唯小夜所持の琴(こと)一面は本人の希望により、東京迄持ち運び候事に相成候。故(ふる)きを棄てがたき婦女の心情御憐察可被下(くださるべく)候(そうろう)。
「御承知の通(とおり)小夜は五年前(ぜん)当地に呼び寄せ候迄、東京にて学校教育を受け候事とて切に転住の速(すみや)かなる事を希望致し居候。同人行末(ゆくすえ)の義に関しては大略御同意の事と存じ候えば別に不申述(もうしのべず)。追て其地にて御面会の上篤(とく)と御協議申上度と存候。
「博覧会にて御地は定めて雑沓(ざっとう)の事と存候。出立の節はなるべく急行の夜汽車を撰(えら)みたくと存じ候えども、急行は非常の乗客の由につき、一層(いっそ)途中にて一二泊の上ゆるゆる上京致すやも計りがたく候。時日刻限はいずれ確定次第御報可致(いたすべく)候(そうろう)。まずは右当用迄匆々(そうそう)不一」
 読み終った小野さんは、机の前に立ったままである。巻き納めぬ手紙は右の手からだらりと垂れて、清三様……孤堂とかいた端(はじ)が青いカシミヤの机掛の上に波を打って二三段に畳まれている。小野さんは自分の手元から半切れを伝わって机掛の白く染め抜かれているあたりまで順々に見下して行く。見下した眼の行き留(どま)った時、やむを得ず、睛(ひとみ)を転じてロゼッチの詩集を眺(なが)めた。詩集の表紙の上に散った二片(ふたひら)の紅(くれない)も眺めた。紅に誘われて、右の角(かど)に在るべき色硝子の一輪挿も眺めようとした。一輪挿はどこかへ行ってあらぬ。一昨日(おととい)挿した椿(つばき)は影も形もない。うつくしい未来を覗く管(くだ)が無くなった。
 小野さんは机の前へ坐った。力なく巻き納める恩人の手紙のなかから妙な臭が立ち上(のぼ)る。一種古ぼけた黴臭(かびくさ)いにおいが上る。過去のにおいである。忘れんとして躊躇(ちゅうちょ)する毛筋の末を引いて、細い縁(えにし)に、絶えるほどにつながるる今と昔を、面(ま)のあたりに結び合わす香(におい)である。
 半世の歴史を長き穂の心細きまで逆(さか)しまに尋ぬれば、溯(さかのぼ)るほどに暗澹(あんたん)となる。芽を吹く今の幹なれば、通わぬ脈の枯れ枝(え)の末に、錐(きり)の力の尖(とが)れるを幸(さいわい)と、記憶の命を突き透(とお)すは要なしと云わんよりむしろ無惨(むざん)である。ジェーナスの神は二つの顔に、後(うし)ろをも前をも見る。幸なる小野さんは一つの顔しか持たぬ。背(そびら)を過去に向けた上は、眼に映るは煕々(きき)たる前程のみである。後(うしろ)を向けばひゅうと北風が吹く。この寒い所をやっとの思いで斬り抜けた昨日今日(きのうきょう)、寒い所から、寒いものが追っ懸(か)けて来る。今まではただ忘れればよかった。未来の発展の暖く鮮(あざ)やかなるうちに、己(おの)れを捲(ま)き込んで、一歩でも過去を遠退(とおの)けばそれで済んだ。生きている過去も、死んだ過去のうちに静かに鏤(ちりばめ)られて、動くかとは掛念(けねん)しながらも、まず大丈夫だろうと、その日、その日に立ち退(の)いては、顧みるパノラマの長く連なるだけで、一点も動かぬに胸を撫(な)でていた。ところが、昔しながらとたかを括(くく)って、過去の管(くだ)を今さら覗いて見ると――動くものがある。われは過去を棄てんとしつつあるに、過去はわれに近づいて来る。逼(せま)って来る。静かなる前後と枯れ尽したる左右を乗り超(こ)えて、暗夜(やみよ)を照らす提灯(ちょうちん)の火のごとく揺れて来る、動いてくる。小野さんは部屋の中を廻り始めた。
 自然は自然を用い尽さぬ。極(きわ)まらんとする前に何事か起る。単調は自然の敵である。
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