虞美人草
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著者名:夏目漱石 

縫うて行く糸の行方(ゆくえ)は、一針ごとに春を刻(きざ)む幽(かす)かな音に、聴かれるほどの静かさを、兄は大きな声で消してしまう。
 腹這(はらばい)は弥生(やよい)の姿、寝ながらにして天下の春を領す。物指(ものさし)の先でしきりに敷居を敲(たた)いている。
「糸公。こりゃ御前の座敷の方が明かるくって上等だね」
「替えたげましょうか」
「そうさ。替えて貰ったところで余(あんま)り儲(もう)かりそうでもないが――しかし御前には上等過ぎるよ」
「上等過ぎたって誰も使わないんだから好いじゃありませんか」
「好いよ。好い事は好いが少し上等過ぎるよ。それにこの装飾物がどうも――妙齢の女子には似合わしからんものがあるじゃないか」
「何が?」
「何がって、この松さ。こりゃたしか阿父(おとっさん)が苔盛園(たいせいえん)で二十五円で売りつけられたんだろう」
「ええ。大事な盆栽よ。転覆(ひっくりかえし)でもしようもんなら大変よ」
「ハハハハこれを二十五円で売りつけられる阿爺(おとっさん)も阿爺だが、それをまた二階まで、えっちらおっちら担(かつ)ぎ上げる御前も御前だね。やっぱりいくら年が違っても親子は爭われないものだ」
「ホホホホ兄さんはよっぽど馬鹿ね」
「馬鹿だって糸公と同じくらいな程度だあね。兄弟だもの」
「おやいやだ。そりゃ私(わたし)は無論馬鹿ですわ。馬鹿ですけれども、兄さんも馬鹿よ」
「馬鹿よか。だから御互に馬鹿よで好いじゃあないか」
「だって証拠があるんですもの」
「馬鹿の証拠がかい」
「ええ」
「そりゃ糸公の大発明だ。どんな証拠があるんだね」
「その盆栽はね」
「うん、この盆栽は」
「その盆栽はね――知らなくって」
「知らないとは」
「私大嫌よ」
「へええ、今度(こんだ)こっちの大発明だ。ハハハハ。嫌(きらい)なものを、なんでまた持って来たんだ。重いだろうに」
「阿父(おとう)さまが御自分で持っていらしったのよ」
「何だって」
「日が中(あた)って二階の方が松のために好いって」
「阿爺(おやじ)も親切だな。そうかそれで兄さんが馬鹿になっちまったんだね。阿爺親切にして子は馬鹿になりか」
「なに、そりゃ、ちょっと。発句(ほっく)?」
「まあ発句に似たもんだ」
「似たもんだって、本当の発句じゃないの」
「なかなか追窮するね。それよりか御前今日は大変立派なものを縫ってるね。何だいそれは」
「これ? これは伊勢崎(いせざき)でしょう」
「いやに光(ぴか)つくじゃないか。兄さんのかい」
「阿爺(おとうさま)のよ」
「阿爺(おとっさん)のものばかり縫って、ちっとも兄さんには縫ってくれないね。狐の袖無(ちゃんちゃん)以後御見限(おみかぎ)りだね」
「あらいやだ。あんな嘘(うそ)ばかり。今着ていらっしゃるのも縫って上げたんだわ」
「これかい。これはもう駄目だ。こらこの通り」
「おや、ひどい襟垢(えりあか)だ事、こないだ着たばかりだのに――兄さんは膏(あぶら)が多過ぎるんですよ」
「何が多過ぎても、もう駄目だよ」
「じゃこれを縫い上げたら、すぐ縫って上げましょう」
「新らしいんだろうね」
「ええ、洗って張ったの」
「あの親父(おとっさん)の拝領ものか。ハハハハ。時に糸公不思議な事があるがね」
「何が」
「阿爺は年寄の癖に新らしいものばかり着て、年の若いおれには御古(おふる)ばかり着せたがるのは、少し妙だよ。この調子で行くとしまいには自分でパナマの帽子を被って、おれには物置にある陣笠(じんがさ)をかぶれと云うかも知れない」
「ホホホホ兄さんは随分口が達者ね」
「達者なのは口だけか。可哀想(かわいそう)に」
「まだ、あるのよ」
 宗近君は返事をやめて、欄干(らんかん)の隙間(すきま)から庭前(にわさき)の植込を頬杖(ほおづえ)に見下している。
「まだあるのよ。一寸(ちょいと)」と針を離れぬ糸子の眼は、左の手につんと撮(つま)んだ合せ目を、見る間(ま)に括(く)けて来て、いざと云う指先を白くふっくらと放した時、ようやく兄の顔を見る。
「まだあるのよ。兄さん」
「何だい。口だけでたくさんだよ」
「だって、まだあるんですもの」と針の針孔(めど)を障子(しょうじ)へ向けて、可愛(かわい)らしい二重瞼(ふたえまぶた)を細くする。宗近君は依然として長閑(のどか)な心を頬杖に託して庭を眺(なが)めている。
「云って見ましょうか」
「う。うん」
 下顎(したあご)は頬杖で動かす事が出来ない。返事は咽喉(のど)から鼻へ抜ける。
「あし。分ったでしょう」
「う。うん」
 紺の糸を唇(くちびる)に湿(しめ)して、指先に尖(とが)らすは、射損(いそく)なった針孔を通す女の計(はかりごと)である。
「糸公、誰か御客があるのかい」
「ええ、甲野の阿母(おっかさん)が御出(おいで)よ」
「甲野の阿母か。あれこそ達者だね、兄さんなんかとうてい叶(かな)わない」
「でも品(ひん)がいいわ。兄さん見たように悪口はおっしゃらないからいいわ」
「そう兄さんが嫌(きらい)じゃ、世話の仕栄(しばえ)がない」
「世話もしない癖に」
「ハハハハ実は狐の袖無(ちゃんちゃん)の御礼に、近日御花見にでも連れて行こうかと思っていたところだよ」
「もう花は散ってしまったじゃありませんか。今時分御花見だなんて」
「いえ、上野や向島(むこうじま)は駄目だが荒川(あらかわ)は今が盛(さかり)だよ。荒川から萱野(かやの)へ行って桜草を取って王子へ廻って汽車で帰ってくる」
「いつ」と糸子は縫う手をやめて、針を頭へ刺す。
「でなければ、博覧会へ行って台湾館で御茶を飲んで、イルミネーションを見て電車で帰る。――どっちが好い」
「わたし、博覧会が見たいわ。これを縫ってしまったら行きましょう。ね」
「うん。だから兄さんを大事にしなくっちゃあ行けないよ。こんな親切な兄さんは日本中に沢山(たんと)はないぜ」
「ホホホホへえ、大事に致します。――ちょっとその物指を借(か)してちょうだい」
「そうして裁縫(しごと)を勉強すると、今に御嫁に行くときに金剛石(ダイヤモンド)の指環(ゆびわ)を買ってやる」
「旨(うま)いのねえ、口だけは。そんなに御金があるの」
「あるのって、――今はないさ」
「いったい兄さんはなぜ落第したんでしょう」
「えらいからさ」
「まあ――どこかそこいらに鋏(はさみ)はなくって」
「その蒲団(ふとん)の横にある。いや、もう少し左。――その鋏に猿が着いてるのは、どう云う訳だ。洒落(しゃれ)かい」
「これ? 奇麗(きれい)でしょう。縮緬(ちりめん)の御申(おさる)さん」
「御前がこしらえたのかい。感心に旨(うま)く出来てる。御前は何にも出来ないが、こんなものは器用だね」
「どうせ藤尾さんのようには参りません――あらそんな椽側(えんがわ)へ煙草の灰を捨てるのは御廃(およ)しなさいよ。――これを借(か)して上げるから」
「なんだいこれは。へええ。板目紙(いためがみ)の上へ千代紙を張り付けて。やっぱり御前がこしらえたのか。閑人(ひまじん)だなあ。いったい何にするものだい。――糸を入れる? 糸の屑(くず)をかい。へええ」
「兄さんは藤尾さんのような方(かた)が好きなんでしょう」
「御前のようなのも好きだよ」
「私は別物として――ねえ、そうでしょう」
「嫌(いや)でもないね」
「あら隠していらっしゃるわ。おかしい事」
「おかしい? おかしくってもいいや。――甲野の叔母(おばさん)はしきりに密談をしているね」
「ことに因(よ)ると藤尾さんの事かも知れなくってよ」
「そうか、それじゃ聴きに行こうか」
「あら、御廃しなさいよ――わたし、火熨(ひのし)がいるんだけれども遠慮して取りに行かないんだから」
「自分の家(うち)で、そう遠慮しちゃ有害だ。兄さんが取って来てやろうか」
「いいから御廃しなさいよ。今下へ行くとせっかくの話をやめてしまってよ」
「どうも剣呑(けんのん)だね。それじゃこっちも気息(いき)を殺して寝転(ねころ)んでるのか」
「気息を殺さなくってもいいわ」
「じゃ気息を活かして寝転ぶか」
「寝転ぶのはもう好い加減になさいよ。そんなに行儀がわるいから外交官の試験に落第するのよ」
「そうさな、あの試験官はことによると御前と同意見かも知れない。困ったもんだ」
「困ったもんだって、藤尾さんもやっぱり同意見ですよ」
 裁縫(しごと)の手を休(や)めて、火熨に逡巡(ためら)っていた糸子は、入子菱(いりこびし)に縢(かが)った指抜を抽(ぬ)いて、□色(ときいろ)に銀(しろかね)の雨を刺す針差(はりさし)を裏に、如鱗木(じょりんもく)の塗美くしき蓋(ふた)をはたと落した。やがて日永(ひなが)の窓に赤くなった耳朶(みみたぶ)のあたりを、平手(ひらて)で支えて、右の肘(ひじ)を針箱の上に、取り広げたる縫物の下で、隠れた膝(ひざ)を斜めに崩(くず)した。襦袢(じゅばん)の袖に花と乱るる濃き色は、柔らかき腕を音なく滑(すべ)って、くっきりと普通(つね)よりは明かなる肉の柱が、蝶(ちょう)と傾く絹紐(リボン)の下に鮮(あざや)かである。
「兄さん」
「何だい。――仕事はもうおやめか。何だかぼんやりした顔をしているね」
「藤尾さんは駄目よ」
「駄目だ? 駄目とは」
「だって来る気はないんですもの」
「御前聞いて来たのか」
「そんな事がまさか無躾(ぶしつけ)に聞かれるもんですか」
「聞かないでも分かるのか。まるで巫女(いちこ)だね。――御前がそう頬杖(ほおづえ)を突いて針箱へ靠(も)たれているところは天下の絶景だよ。妹ながら天晴(あっぱれ)な姿勢だハハハハ」
「沢山(たんと)御冷(おひ)やかしなさい。人がせっかく親切に言って上げるのに」
 云いながら糸子は首を支(ささ)えた白い腕をぱたりと倒した。揃(そろ)った指が針箱の角を抑(おさ)えるように、前へ垂れる。障子に近い片頬は、圧(お)し付けられた手の痕(あと)を耳朶(みみたぶ)共にぽうと赤く染めている。奇麗に囲う二重(ふたえ)の瞼(まぶた)は、涼しい眸(ひとみ)を、長い睫(まつげ)に隠そうとして、上の方から垂れかかる。宗近君はこの睫の奥からしみじみと妹に見られた。――四角な肩へ肉を入れて、倒した胴を肘(ひじ)に撥(は)ねて起き上がる。
「糸公、おれは叔父さんの金時計を貰う約束があるんだよ」
「叔父さんの?」と軽く聞き返して、急に声を落すと「だって……」と云うや否や、黒い眸は長い睫の裏にかくれた。派出(はで)な色の絹紐(リボン)がちらりと前の方へ顔を出す。
「大丈夫だ。京都でも甲野に話して置いた」
「そう」と俯目(ふしめ)になった顔を半ば上げる。危ぶむような、慰めるような笑が顔と共に浮いて来る。
「兄さんが今に外国へ行ったら、御前に何か買って送ってやるよ」
「今度(こんだ)の試験の結果はまだ分らないの」
「もう直(じき)だろう」
「今度は是非及第なさいよ」
「え、うん。アハハハハ。まあ好いや」
「好(よ)かないわ。――藤尾さんはね。学問がよく出来て、信用のある方(かた)が好きなんですよ」
「兄さんは学問が出来なくって、信用がないのかな」
「そうじゃないのよ。そうじゃないけれども――まあ例(たとえ)に云うと、あの小野さんと云う方があるでしょう」
「うん」
「優等で銀時計をいただいたって。今博士論文を書いていらっしゃるってね。――藤尾さんはああ云う方が好なのよ」
「そうか。おやおや」
「何がおやおやなの。だって名誉ですわ」
「兄さんは銀時計もいただけず、博士論文も書けず。落第はする。不名誉の至(いたり)だ」
「あら不名誉だと誰も云やしないわ。ただあんまり気楽過ぎるのよ」
「あんまり気楽過ぎるよ」
「ホホホホおかしいのね。何だかちっとも苦(く)にならないようね」
「糸公、兄さんは学問も出来ず落第もするが――まあ廃(よ)そう、どうでも好い。とにかく御前兄さんを好い兄さんと思わないかい」
「そりゃ思うわ」
「小野さんとどっちが好い」
「そりゃ兄さんの方が好いわ」
「甲野さんとは」
「知らないわ」
 深い日は障子を透(とお)して糸子の頬を暖かに射る。俯向(うつむ)いた額の色だけがいちじるしく白く見えた。
「おい頭へ針が刺さってる。忘れると危ないよ」
「あら」と翻(ひるが)える襦袢(じゅばん)の袖(そで)のほのめくうちを、二本の指に、ここと抑(おさ)えて、軽く抜き取る。
「ハハハハ見えない所でも、旨(うま)く手が届くね。盲目(めくら)にすると疳(かん)の好い按摩(あんま)さんが出来るよ」
「だって慣(な)れてるんですもの」
「えらいもんだ。時に糸公面白い話を聞かせようか」
「なに」
「京都の宿屋の隣に琴(こと)を引く別嬪(べっぴん)がいてね」
「端書(はがき)に書いてあったんでしょう」
「ああ」
「あれなら知っててよ」
「それがさ、世の中には不思議な事があるもんだね。兄さんと甲野さんと嵐山(あらしやま)へ御花見に行ったら、その女に逢ったのさ。逢ったばかりならいいが、甲野さんがその女に見惚(みと)れて茶碗を落してしまってね」
「あら、本当? まあ」
「驚ろいたろう。それから急行の夜汽車で帰る時に、またその女と乗り合せてね」
「嘘(うそ)よ」
「ハハハハとうとう東京までいっしょに来た」
「だって京都の人がそうむやみに東京へくる訳がないじゃありませんか」
「それが何かの因縁(いんねん)だよ」
「人を……」
「まあ御聞きよ。甲野が汽車の中であの女は嫁に行くんだろうか、どうだろうかって、しきりに心配して……」
「もうたくさん」
「たくさんなら廃(よ)そう」
「その女の方(かた)は何とおっしゃるの、名前は」
「名前かい――だってもうたくさんだって云うじゃないか」
「教えたって好いじゃありませんか」
「ハハハハそう真面目(まじめ)にならなくっても好い。実は嘘(うそ)だ。全く兄さんの作り事さ」
「悪(にく)らしい」
 糸子はめでたく笑った。

        十一

 蟻(あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存(せいそん)のうちに無聊(ぶりょう)をかこつ。立ちながら三度の食につくの忙(いそがし)きに堪(た)えて、路上に昏睡(こんすい)の病を憂(うれ)う。生を縦横に託して、縦横に死を貪(むさぼ)るは文明の民である。文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃(かみそり)に削(けず)って、人の精神を擂木(すりこぎ)と鈍くする。刺激に麻痺(まひ)して、しかも刺激に渇(かわ)くものは数(すう)を尽くして新らしき博覧会に集まる。
 狗(いぬ)は香(か)を恋(した)い、人は色に趁(はし)る。狗と人とはこの点においてもっとも鋭敏な動物である。紫衣(しい)と云い、黄袍(こうほう)と云い、青衿(せいきん)と云う。皆人を呼び寄せるの道具に過ぎぬ。土堤(どて)を走る弥次馬(やじうま)は必ずいろいろの旗を担(かつ)ぐ。担がれて懸命に櫂(かい)を操(あやつ)るものは色に担がれるのである。天下、天狗(てんぐ)の鼻より著しきものはない。天狗の鼻は古えより赫奕(かくえき)として赤である。色のある所は千里を遠しとせず。すべての人は色の博覧会に集まる。
 蛾(が)は灯(とう)に集まり、人は電光に集まる。輝やくものは天下を牽(ひ)く。金銀、□□(しゃこ)、瑪瑙(めのう)、琉璃(るり)、閻浮檀金(えんぶだごん)、の属を挙げて、ことごとく退屈の眸(ひとみ)を見張らして、疲れたる頭を我破(がば)と跳(は)ね起させるために光るのである。昼を短かしとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤(ちりばめ)たる宝石が独(ひと)り幅を利(き)かす。金剛石(ダイアモンド)は人の心を奪うが故(ゆえ)に人の心よりも高価である。泥海(ぬかるみ)に落つる星の影は、影ながら瓦(かわら)よりも鮮(あざやか)に、見るものの胸に閃(きらめ)く。閃く影に躍(おど)る善男子(ぜんなんし)、善女子(ぜんにょし)は家を空(むな)しゅうしてイルミネーションに集まる。
 文明を刺激の袋の底に篩(ふる)い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜(よ)の砂に漉(こ)せば燦(さん)たるイルミネーションになる。いやしくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚かざるべからず。文明に麻痺したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きているなと気がつく。
 花電車が風を截(き)って来る。生きている証拠を見てこいと、積み込んだ荷を山下雁鍋(やましたがんなべ)の辺(あたり)で卸(おろ)す。雁鍋はとくの昔に亡(な)くなった。卸された荷物は、自己が亡くならんとしつつある名誉を回復せんと森の方(かた)にぞろぞろ行く。
 岡は夜(よ)を掠(から)めて本郷から起る。高き台を朧(おぼろ)に浮かして幅十町を東へなだれる下(お)り口(くち)は、根津に、弥生(やよい)に、切り通しに、驚ろかんとするものを枡(ます)で料(はか)って下谷(したや)へ通す。踏み合う黒い影はことごとく池(いけ)の端(はた)にあつまる。――文明の人ほど驚ろきたがるものはない。
 松高くして花を隠さず、枝の隙間(すきま)に夜を照らす宵重(よいかさ)なりて、雨も降り風も吹く。始めは一片(ひとひら)と落ち、次には二片と散る。次には数うるひまにただはらはらと散る。この間中(あいだじゅう)は見るからに、万紅(ばんこう)を大地に吹いて、吹かれたるものの地に届かざるうちに、梢(こずえ)から後を追うて落ちて来た。忙がしい吹雪(ふぶき)はいつか尽きて、今は残る樹頭に嵐もようやく収(おさま)った。星ならずして夜を護(も)る花の影は見えぬ。同時にイルミネーションは点(つ)いた。
「あら」と糸子が云う。
「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾が云う。
 薄(すすき)の穂を丸く曲げて、左右から重なる金の閃(きらめ)く中に織り出した半月(はんげつ)の数は分からず。幅広に腰を蔽(おお)う藤尾の帯を一尺隔てて宗近(むねちか)君と甲野(こうの)さんが立っている。
「これは奇観だ。ざっと竜宮だね」と宗近君が云う。
「糸子(いとこ)さん、驚いたようですね」と甲野さんは帽子を眉(まゆ)深く被(かぶ)って立つ。
 糸子は振り返る。夜の笑は水の中で詩を吟ずるようなものである。思う所へは届かぬかも知れぬ。振り返る人の衣(きぬ)の色は黄に似て夜を欺(あざむ)くを、黒いものが幾筋も竪(たて)に刻んでいる。
「驚いたかい」と今度は兄が聞き直す。
「貴所方(あなたがた)は」と糸子を差し置いて藤尾(ふじお)が振り返る。黒い髪の陰から颯(さっ)と白い顔が映(さ)す。頬の端は遠い火光(ひかり)を受けてほの赤い。
「僕は三遍目だから驚ろかない」と宗近君は顔一面を明かるい方へ向けて云う。
「驚くうちは楽(たのしみ)があるもんだ。女は楽が多くて仕合せだね」と甲野さんは長い体躯(からだ)を真直(ますぐ)に立てたまま藤尾を見下(みおろ)した。
 黒い眼が夜を射て動く。
「あれが台湾館なの」と何気なき糸子は水を横切って指を点(さ)す。
「あの一番右の前へ出ているのがそうだ。あれが一番善く出来ている。ねえ甲野さん」
「夜見ると」甲野さんがすぐ但書(ただしがき)を附け加えた。
「ねえ、糸公、まるで竜宮のようだろう」
「本当に竜宮ね」
「藤尾さん、どう思う」と宗近君はどこまでも竜宮が得意である。
「俗じゃありませんか」
「何が、あの建物がかね」
「あなたの形容がですよ」
「ハハハハ甲野さん、竜宮は俗だと云う御意見だ。俗でも竜宮じゃないか」
「形容は旨(うま)く中(あた)ると俗になるのが通例だ」
「中(あた)ると俗なら、中らなければ何になるんだ」
「詩になるでしょう」と藤尾が横合から答えた。
「だから、詩は実際に外(はず)れる」と甲野さんが云う。
「実際より高いから」と藤尾が註釈する。
「すると旨(うま)く中った形容が俗で、旨く中らなかった形容が詩なんだね。藤尾さん無味(まず)くって中らない形容を云って御覧」
「云って見ましょうか。――兄さんが知ってるでしょう。聴(き)いて御覧なさい」と藤尾は鋭どい眼の角(かど)から欽吾(きんご)を見た。眼の角は云う。――無味くって中らない形容は哲学である。
「あの横にあるのは何」と糸子が無邪気(むじゃき)に聞く。
 □(ほのお)の線を闇(やみ)に渡して空を横に切るは屋根である。竪(たて)に切るは柱である。斜めに切るは甍(いらか)である。朧(おぼろ)の奥に星を埋(うず)めて、限りなき夜を薄黒く地ならししたる上に、稲妻(いなずま)の穂は一を引いて虚空を走った。二を引いて上から落ちて来た。卍(まんじ)を描(えが)いて花火のごとく地に近く廻転した。最後に穂先を逆に返して帝座(ていざ)の真中を貫けとばかり抛(な)げ上げた。かくして塔は棟(むね)に入り、棟は床(とこ)に連(つら)なって、不忍(しのばず)の池(いけ)の、此方(こなた)から見渡す向(むこう)を、右から左へ隙間(すきま)なく埋めて、大いなる火の絵図面が出来た。
 藍(あい)を含む黒塗に、金を惜まぬ高蒔絵(たかまきえ)は堂を描き、楼を描き、廻廊を描き、曲欄(きょくらん)を描き、円塔方柱(えんとうほうちゅう)の数々を描き尽して、なお余りあるを是非に用い切らんために、描ける上を往きつ戻りつする。縦横に空(くう)を走る□の線は一点一劃を乱すことなく整然として一点一劃のうちに活きている。動いている。しかも明かに動いて、動く限りは形を崩(くず)す気色(けしき)が見えぬ。
「あの横に見えるのは何」と糸子が聞く。
「あれが外国館。ちょうど正面に見える。ここから見るのが一番奇麗だ。あの左にある高い丸い屋根が三菱館。――あの恰好(かっこう)が好い。何と形容するかな」と宗近君はちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。
「あの真中だけが赤いのね」と妹が云う。
「冠(かんむり)に紅玉(ルビー)を嵌(は)めたようだ事」と藤尾が云う。
「なるほど、天賞堂の広告見たようだ」と宗近君は知らぬ顔で俗にしてしまう。甲野さんは軽く笑って仰向(あおむ)いた。
 空は低い。薄黒く大地に逼(せま)る夜の中途に、煮え切らぬ星が路頭に迷って放下(ぶらさ)がっている。柱と連(つら)なり、甍と積む万点の□は逆(さか)しまに天を浸(ひた)して、寝とぼけた星の眼(まなこ)を射る。星の眼は熱い。
「空が焦(こ)げるようだ。――羅馬(ロウマ)法王の冠かも知れない」と甲野さんの視線は谷中(やなか)から上野の森へかけて大いなる圜(けん)を画(えが)いた。
「羅馬法王の冠か。藤尾さん、羅馬法王の冠はどうだい。天賞堂の広告の方が好さそうだがね」
「いずれでも……」と藤尾は澄ましている。
「いずれでも差支(さしつかえ)なしか。とにかく女王(クイーン)の冠じゃない。ねえ甲野さん」
「何とも云えない。クレオパトラはあんな冠をかぶっている」
「どうして御存じなの」と藤尾は鋭どく聞いた。
「御前の持っている本に絵がかいてあるじゃないか」
「空より水の方が奇麗(きれい)よ」と糸子が突然注意した。対話はクレオパトラを離れる。
 昼でも死んでいる水は、風を含まぬ夜の影に圧(お)し付けられて、見渡す限り平かである。動かぬはいつの事からか。静かなる水は知るまい。百年の昔に掘った池ならば、百年以来動かぬ、五十年の昔ならば、五十年以来動かぬとのみ思われる水底(みなそこ)から、腐った蓮(はす)の根がそろそろ青い芽(め)を吹きかけている。泥から生れた鯉(こい)と鮒(ふな)が、闇(やみ)を忍んで緩(ゆる)やかに□(あぎと)を働かしている。イルミネーションは高い影を逆(さかし)まにして、二丁余(あまり)の岸を、尺も残さず真赤(まっか)になってこの静かなる水の上に倒れ込む。黒い水は死につつもぱっと色を作(な)す。泥に潜(ひそ)む魚の鰭(ひれ)は燃える。
 湿(うるお)える□は、一抹(いちまつ)に岸を伸(の)して、明かに向側(むこうがわ)へ渡る。行く道に横(よこた)わるすべてのものを染め尽してやまざるを、ぷつりと截(き)って長い橋を西から東へ懸(か)ける。白い石に野羽玉(ぬばたま)の波を跨(また)ぐアーチの数は二十、欄に盛る擬宝珠(ぎぼしゅ)はことごとく夜を照らす白光の珠(たま)である。
「空より水の方が奇麗よ」と注意した糸子の声に連れて、残る三人の眼はことごとく水と橋とに聚(あつま)った。一間ごとに高く石欄干を照らす電光が、遠きこちらからは、行儀よく一列に空(くう)に懸って見える。下をぞろぞろ人が通る。
「あの橋は人で埋(うま)っている」
と宗近君が大きな声を出した。
 小野さんは孤堂(こどう)先生と小夜子(さよこ)を連れて今この橋を通りつつある。驚ろかんとあせる群集は弁天の祠(やしろ)を抜けて圧(お)して来る。向(むこう)が岡(おか)を下りて圧して来る。東西南北の人は広い森と、広い池の周囲(まわり)を捨ててことごとく細長い橋の上に集まる。橋の上は動かれぬ。真中に弓張を高く差し上げて、巡査が来る人と往く人を左へ右へと制している。来る人も往く人もただ揉(も)まれて通る。足を地に落す暇はない。楽に踏む余地を尺寸(せきすん)に見出して、安々と踵(かかと)を着ける心持がやっと有ったなと思ううち、もう後(うし)ろから前へ押し出される。歩くとは思えない。歩かぬとは無論云えぬ。小夜子は夢のように心細くなる。孤堂先生は過去の人間を圧し潰(つぶ)すために皆(みんな)が揉むのではないかと恐ろしがる。小野さんだけは比較的得意である。多勢(たぜい)の間に立って、多数より優(すぐ)れたりとの自覚あるものは、身動きが出来ぬ時ですら得意である。博覧会は当世である。イルミネーションはもっとも当世である。驚ろかんとしてここにあつまる者は皆当世的の男と女である。ただあっと云って、当世的に生存(せいそん)の自覚を強くするためである。御互に御互の顔を見て、御互の世は当世だと黙契して、自己の勢力を多数と認識したる後(のち)家に帰って安眠するためである。小野さんはこの多数の当世のうちで、もっとも当世なものである。得意なのは無理もない。
 得意な小野さんは同時に失意である。自分一人でこそ誰が眼にも当世に見える。申し分のあるはずがない。しかし時代後れの御荷物を丁寧に二人まで背負(しょ)って、幅の利(き)かぬ過去と同一体だと当世から見られるのは、ただ見られるのではない、見咎(みとが)められるも同然である。芝居に行って、自分の着ている羽織の紋の大(おおき)さが、時代か時代後れか、そればかりが気になって、見物にはいっこう身が入らぬものさえある。小野さんは肩身が狭い。人の波の許す限り早く歩く。
「阿爺(おとうさん)、大丈夫」と後(うしろ)から呼ぶ。
「ああ大丈夫だよ」と知らぬ人を間に挟んだまま一軒置いて返事がある。
「何だか危なくって……」
「なに自然(じねん)に押して行けば世話はない」と挟(はさ)まった人をやり過ごして、苦しいところを娘といっしょになる。
「押されるばかりで、ちっとも押せやしないわ」と娘は落ちつかぬながら、薄い片頬(かたほ)に笑(えみ)を見せる。
「押さなくってもいいから、押されるだけ押されるさ」と云ううち二人は前へ出る。巡査の提灯(ちょうちん)が孤堂先生の黒い帽子を掠(かす)めて動いた。
「小野はどうしたかね」
「あすこよ」と眼元で指(さ)す。手を出せば人の肩で遮(さえ)ぎられる。
「どこに」と孤堂先生は足を揃(そろ)える暇もなく、そのまま日和下駄(ひよりげた)の前歯を傾けて背延(せいのび)をする。先生の腰が中心を失いかけたところを、後ろから気の早い文明の民が押(の)しかかる。先生はのめった。危うく倒れるところを、前に立つ文明の民の背中でようやく喰い留める。文明の民はどこまでも前へ出たがる代りに、背中で人を援(たす)ける事を拒まぬ親切な人間である。
 文明の波は自(おのず)から動いて頼(たより)のない親と子を弁天の堂近く押し出して来る。長い橋が切れて、渡る人の足が土へ着くや否や波は急に左右に散って、黒い頭が勝手な方へ崩(くず)れ出す。二人はようやく胸が広くなったような心持になる。
 暗い底に藍(あい)を含む逝(ゆ)く春の夜を透(す)かして見ると、花が見える。雨に風に散り後(おく)れて、八重に咲く遅き香(か)を、夜に懸(か)けん花の願を、人の世の灯(ともしび)が下から朗かに照らしている。朧(おぼろ)に薄紅(うすくれない)の螺鈿(らでん)を鐫(え)る。鐫ると云うと硬過(かたすぎ)る。浮くと云えば空を離れる。この宵(よい)とこの花をどう形容したらよかろうかと考えながら、小野さんは二人を待ち合せている。
「どうも怖(おそ)ろしい人だね」と追いついた孤堂先生が云う。怖ろしいとは、本当に怖ろしい意味でかつ普通に怖ろしい意味である。
「随分出ます」
「早く家(うち)へ帰りたくなった。どうも怖(おそろ)しい人だ。どこからこんなに出て来るのかね」
 小野さんはにやにやと笑った。蜘蛛(くも)の子のように暗い森を蔽(おお)うて至る文明の民は皆自分の同類である。
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖しい所だ」
 数(すう)は勢(いきおい)である。勢を生む所は怖しい。一坪に足らぬ腐れた水でも御玉杓子(おたまじゃくし)のうじょうじょ湧(わ)く所は怖しい。いわんや高等なる文明の御玉杓子を苦もなくひり出す東京が怖しいのは無論の事である。小野さんはまたにやにやと笑った。
「小夜や、どうだい。あぶない、もう少しで紛(はぐ)れるところだった。京都じゃこんな事はないね」
「あの橋を通る時は……どうしようかと思いましたわ。だって怖(こわ)くって……」
「もう大丈夫だ。何だか顔色が悪いようだね。くたびれたかい」
「少し心持が……」
「悪い? 歩きつけないのを無理に歩いたせいだよ。それにこの人出じゃあ。どっかでちょいと休もう。――小野、どっか休む所があるだろう、小夜が心持がよくないそうだから」
「そうですか、そこへ出るとたくさん茶屋がありますから」と小野さんはまた先へ立って行く。
 運命は丸い池を作る。池を回(めぐ)るものはどこかで落ち合わねばならぬ。落ち合って知らぬ顔で行くものは幸である。人の海の湧(わ)き返る薄黒い倫敦(ロンドン)で、朝な夕なに回り合わんと心掛ける甲斐(かい)もなく、眼を皿に、足を棒に、尋ねあぐんだ当人は、ただ一重(ひとえ)の壁に遮(さえぎ)られて隣りの家に煤(すす)けた空を眺(なが)めている。それでも逢(あ)えぬ、一生逢えぬ、骨が舎利(しゃり)になって、墓に草が生えるまで逢う事が出来ぬかも知れぬと書いた人がある。運命は一重の壁に思う人を終古(しゅうこ)に隔てると共に、丸い池に思わぬ人をはたと行き合わせる。変なものは互に池の周囲(まわり)を回りながら近寄って来る。不可思議の糸は闇の夜をさえ縫う。
「どうだい女連(おんなれん)はだいぶ疲れたろう。ここで御茶でも飲むかね」と宗近君が云う。
「女連はとにかく僕の方が疲れた」
「君より糸公の方が丈夫だぜ。糸公どうだ、まだ歩けるか」
「まだ歩けるわ」
「まだ歩ける? そりゃえらい。じゃ御茶は廃(よ)しにするかね」
「でも欽吾(きんご)さんが休みたいとおっしゃるじゃありませんか」
「ハハハハなかなか旨(うま)い事を云う。甲野さん、糸公が君のために休んでやるとさ」
「ありがたい」と甲野さんは薄笑をしたが、
「藤尾も休んでくれるだろうね」と同じ調子でつけ加える。
「御頼みなら」と簡明な答がある。
「どうせ女には敵(かな)わない」と甲野さんは断案を下(くだ)した。
 池の水に差し掛けて洋風に作り上げた仮普請(かりぶしん)の入口を跨(また)ぐと、小(ちいさ)い卓に椅子(いす)を添えてここ、かしこに併(なら)べた大広間に、三人四人ずつの群(むれ)がおのおの口の用を弁じている。どこへ席をとろうかと、四五十人の一座をずっと見廻した宗近君は、並んで右に立っている甲野さんの袂(たもと)をぐいと引いた。後(うしろ)の藤尾はすぐおやと思う。しかし仰山(ぎょうさん)に何事かと聞くのは不見識である。甲野さんは別段相図を返した様子もなく
「あすこが空(あ)いている」とずんずん奥へ這入(はい)って行く。あとを跟(つ)けながら藤尾の眼は大きな部屋の隅から隅までを残りなく腹の中へ畳み込む。糸子はただ下を見て通る。
「おい気がついたか」と宗近君の腰はまず椅子に落ちた。
「うん」と云う簡潔な返事がある。
「藤尾さん小野が来ているよ。後(うし)ろを見て御覧」と宗近君がまた云う。
「知っています」と云ったなり首は少しも動かなかった。黒い眼が怪しい輝(かがやき)を帯びて、頬の色は電気灯のもとでは少し熱過ぎる。
「どこに」と何気(なにげ)なき糸子は、優(やさ)しい肩を斜(なな)めに捩(ね)じ向けた。
 入口を左へ行き尽くして、二列目の卓を壁際に近く囲んで小野さんの連中は席を占めている。腰を卸(おろ)した三人は突き当りの右側に、窓を控えて陣を取る。肩を動かした糸子の眼は、広い部屋に所択(ところえら)ばず散らついている群衆を端から端へ貫ぬいて、遥(はる)か隔たった小野さんの横顔に落ちた。――小夜子は真向(まむき)に見える。孤堂先生は背中の紋ばかりである。春の夜を淋しく交る白い糸を、顎(あご)の下に抜くも嬾(もの)うく、世のままに、人のままに、また取る年の積るままに捨てて吹かるる憂(う)き髯(ひげ)は小夜子の方に向いている。
「あら御連(おつれ)があるのね」と糸子は頸(くび)をもとへ返す。返すとき前に坐っている甲野さんと眼を見合せた。甲野さんは何にも云わない。灰皿の上に竪(たて)に挟んだ燐寸箱(マッチばこ)の横側をしゅっと擦(す)った。藤尾も口を結んだままである。小野さんとは背中合せのままでわかれるつもりかも知れない。
「どうだい、別嬪(べっぴん)だろう」と宗近君は糸子に調戯(からかい)かける。
 俯目(ふしめ)に卓布を眺(なが)めていた藤尾の眼は見えぬ、濃い眉だけはぴくりと動いた。糸子は気がつかぬ、宗近君は平気である、甲野さんは超然としている。
「うつくしい方(かた)ね」と糸子は藤尾を見る。藤尾は眼を上げない。
「ええ」と素気(そっけ)なく云い放つ。極(きわ)めて低い声である。答を与うるに価(あたい)せぬ事を聞かれた時に、――相手に合槌(あいづち)を打つ事を屑(いさぎよし)とせざる時に――女はこの法を用いる。女は肯定の辞に、否定の調子を寓する霊腕を有している。
「見たかい甲野さん、驚いたね」
「うん、ちと妙だね」と巻煙草(まきたばこ)の灰を皿の中にはたき落す。
「だから僕が云ったのだ」
「何と云ったのだい」
「何と云ったって、忘れたかい」と宗近君も下向(したむき)になって燐寸(マッチ)を擦(す)る。刹那(せつな)に藤尾の眸(ひとみ)は宗近君の額を射た。宗近君は知らない。啣(くわ)えた巻煙草に火を移して顔を真向(まむき)に起した時、稲妻はすでに消えていた。
「あら妙だわね。二人して……何を云っていらっしゃるの」と糸子が聞く。
「ハハハハ面白い事があるんだよ。糸公……」と云い掛けた時紅茶と西洋菓子が来る。
「いやあ亡国の菓子が来た」
「亡国の菓子とは何だい」と甲野さんは茶碗を引き寄せる。
「亡国の菓子さハハハハ。糸公知ってるだろう亡国の菓子の由緒(いわれ)を」と云いながら角砂糖を茶碗の中へ抛(ほう)り込む。蟹(かに)の眼のような泡(あわ)が幽(かす)かな音を立てて浮き上がる。
「そんな事知らないわ」と糸子は匙(さじ)でぐるぐる攪(か)き廻している。
「そら阿爺(おとっさん)が云ったじゃないか。書生が西洋菓子なんぞを食うようじゃ日本も駄目だって」
「ホホホホそんな事をおっしゃるもんですか」
「云わない? 御前よっぽど物覚がわるいね。そらこの間甲野さんや何かと晩飯を食った時、そう云ったじゃないか」
「そうじゃないわ。書生の癖に西洋菓子なんぞ食うのはのらくらものだっておっしゃったんでしょう」
「はああ、そうか。亡国の菓子じゃなかったかね。とにかく阿爺は西洋菓子が嫌(きらい)だよ。柿羊羹(かきようかん)か味噌松風(みそまつかぜ)、妙なものばかり珍重したがる。藤尾さんのようなハイカラの傍(そば)へ持って行くとすぐ軽蔑(けいべつ)されてしまう」
「そう阿爺(おとうさま)の悪口をおっしゃらなくってもいいわ。兄さんだって、もう書生じゃないから西洋菓子を食べたって大丈夫ですよ」
「もう叱られる気遣(きづかい)はないか。それじゃ一つやるかな。糸公も一つ御上(おあが)り。どうだい藤尾さん一つ。――しかしなんだね。阿爺(おとっさん)のような人はこれから日本にだんだん少なくなるね。惜しいもんだ」とチョコレートを塗った卵糖(カステラ)を口いっぱいに頬張(ほおば)る。
「ホホホホ一人で饒舌(しゃべ)って……」と藤尾の方を見る。藤尾は応じない。
「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗を口へ付けながら聞く。
「たくさん」と云ったぎりである。
 甲野さんは静かに茶碗を卸(おろ)して、首を心持藤尾の方へ向け直した。藤尾は来たなと思いながら、瞬(またたき)もせず窓を通して映(うつ)る、イルミネーションの片割(かたわれ)を専念に見ている。兄の首はしだいに故(もと)の位地に帰る。
 四人が席を立った時、藤尾は傍目(わきめ)も触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然(こうぜん)として入口まで出る。
「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と宗近君は洒落(しゃらく)に女の肩を敲(たた)く。藤尾の胸は紅茶で焼ける。
「驚ろくうちは楽(たのしみ)がある。女は仕合せなものだ」と再び人込(ひとごみ)へ出た時、何を思ったか甲野さんは復(また)前言を繰り返した。
 驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! 家(うち)へ帰って寝床へ這入(はい)るまで藤尾の耳にこの二句が嘲(あざけり)の鈴(れい)のごとく鳴った。

        十二

 貧乏を十七字に標榜(ひょうぼう)して、馬の糞、馬の尿(いばり)を得意気に咏(えい)ずる発句(ほっく)と云うがある。芭蕉(ばしょう)が古池に蛙(かわず)を飛び込ますと、蕪村(ぶそん)が傘(からかさ)を担(かつ)いで紅葉(もみじ)を見に行く。明治になっては子規(しき)と云う男が脊髄病(せきずいびょう)を煩(わずら)って糸瓜(へちま)の水を取った。貧に誇る風流は今日(こんにち)に至っても尽きぬ。ただ小野さんはこれを卑(いや)しとする。
 仙人は流霞(りゅうか)を餐(さん)し、朝□(ちょうこう)を吸う。詩人の食物は想像である。美くしき想像に耽(ふけ)るためには余裕がなくてはならぬ。美くしき想像を実現するためには財産がなくてはならぬ。二十世紀の詩趣と元禄の風流とは別物である。
 文明の詩は金剛石(ダイヤモンド)より成る。紫(むらさき)より成る。薔薇(ばら)の香(か)と、葡萄(ぶどう)の酒と、琥珀(こはく)の盃(さかずき)より成る。冬は斑入(ふいり)の大理石を四角に組んで、漆(うるし)に似たる石炭に絹足袋(きぬたび)の底を煖(あたた)めるところにある。夏は氷盤(ひょうばん)に莓(いちご)を盛って、旨(あま)き血を、クリームの白きなかに溶(とか)し込むところにある。あるときは熱帯の奇蘭(きらん)を見よがしに匂わする温室にある。野路(のじ)や空、月のなかなる花野(はなの)を惜気(おしげ)も無く織り込んだ綴(つづれ)の丸帯にある。唐錦(からにしき)小袖(こそで)振袖(ふりそで)の擦(す)れ違うところにある。――文明の詩は金にある。小野さんは詩人の本分を完(まっと)うするために金を得ねばならぬ。
 詩を作るより田を作れと云う。詩人にして産を成したものは古今を傾けて幾人もない。ことに文明の民は詩人の歌よりも詩人の行(おこない)を愛する。彼らは日ごと夜ごとに文明の詩を実現して、花に月に富貴(ふうき)の実生活を詩化しつつある。小野さんの詩は一文にもならぬ。
 詩人ほど金にならん商買(しょうばい)はない。同時に詩人ほど金のいる商買もない。文明の詩人は是非共他(ひと)の金で詩を作り、他の金で美的生活を送らねばならぬ事となる。小野さんがわが本領を解する藤尾(ふじお)に頼(たより)たくなるのは自然の数(すう)である。あすこには中以上の恒産(こうさん)があると聞く。腹違の妹を片づけるにただの箪笥(たんす)と長持で承知するような母親ではない。ことに欽吾(きんご)は多病である。実の娘に婿(むこ)を取って、かかる気がないとも限らぬ。折々に、解いて見ろと、わざとらしく結ぶ辻占(つじうら)があたればいつも吉(きち)である。急(せ)いては事を仕損ずる。小野さんはおとなしくして事件の発展を、自(おのずか)ら開くべき優曇華(うどんげ)の未来に待ち暮していた。小野さんは進んで仕掛けるような相撲(すもう)をとらぬ、またとれぬ男である。
 天地はこの有望の青年に対して悠久(ゆうきゅう)であった。春は九十日の東風(とうふう)を限りなく得意の額(ひたい)に吹くように思われた。小野さんは優(やさ)しい、物に逆(さから)わぬ、気の長い男であった。――ところへ過去が押し寄せて来た。二十七年の長い夢と背(そびら)を向けて、西の国へさらりと流したはずの昔から、一滴の墨汁(ぼくじゅう)にも較(くら)ぶべきほどの暗い小(ちさ)い点が、明かなる都まで押し寄せて来た。押されるものは出る気がなくても前へのめりたがる。おとなしく時機を待つ覚悟を気長にきめた詩人も未来を急がねばならぬ。黒い点は頭の上にぴたりと留(とどま)っている。仰ぐとぐるぐる旋転(せんてん)しそうに見える。ぱっと散れば白雨(ゆうだち)が一度にくる。小野さんは首を縮めて馳(か)け出したくなる。
 四五日は孤堂(こどう)先生の世話やら用事やらで甲野(こうの)の方へ足を向ける事も出来なかった。昨夜(ゆうべ)は出来ぬ工夫を無理にして、旧師への義理立てに、先生と小夜子(さよこ)を博覧会へ案内した。恩は昔受けても今受けても恩である。恩を忘れるような不人情な詩人ではない。一飯漂母(いっぱんひょうぼ)を徳とすと云う故事を孤堂先生から教わった事さえある。先生のためならばこれから先どこまでも力になるつもりでいる。人の難儀を救うのは美くしい詩人の義務である。この義務を果して、濃(こま)やかな人情を、得意の現在に、わが歴史の一部として、思出の詩料に残すのは温厚なる小野さんにもっとも恰好(かっこう)な優しい振舞である。ただ何事も金がなくては出来ぬ。金は藤尾と結婚せねば出来ぬ。結婚が一日早く成立すれば、一日早く孤堂先生の世話が思うように出来る。――小野さんは机の前でこう云う論理を発明した。
 小夜子を捨てるためではない、孤堂先生の世話が出来るために、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ。――小野さんは自分の考(かんがえ)に間違はないはずだと思う。人が聞けば立派に弁解が立つと思う。小野さんは頭脳の明暸(めいりょう)な男である。
 ここまで考えた小野さんはやがて机の上に置いてある、茶の表紙に豊かな金文字を入れた厚い書物を開(あ)けた。中からヌーボー式に青い柳を染めて赤瓦の屋根が少し見える栞(しおり)があらわれる。小野さんは左の手に栞を滑(すべ)らして、細かい活字を金縁の眼鏡(めがね)の奥から読み始める。五分(ごふん)ばかりは無事であったが、しばらくすると、いつの間(ま)にやら、黒い眼は頁(ページ)を離れて、筋違(すじかい)に日脚(ひあし)の伸びた障子(しょうじ)の桟(さん)を見詰めている。――四五日藤尾に逢(あ)わぬ、きっと何とか思っているに違ない。ただの時なら四五日が十日(とおか)でもさして心配にはならぬ。過去に追いつかれた今の身には梳(くしけず)る間も千金である。逢えば逢うたびに願の的(まと)は近くなる。逢わねば元の君と我にたぐり寄すべき恋の綱の寸分だも縮まる縁(えにし)はない。のみならず、魔は節穴(ふしあな)の隙(すき)にも射す。逢わぬ半日に日が落ちぬとも限らぬ、籠(こも)る一夜(ひとよ)に月は入(い)る。等閑(なおざり)のこの四五日に藤尾の眉(まゆ)にいかな稲妻(いなずま)が差しているかは夢測(はか)りがたい。論文を書くための勉強は無論大切である。しかし藤尾は論文よりも大切である。小野さんはぱたりと書物を伏せた。
 芭蕉布(ばしょうふ)の襖(ふすま)を開けると、押入の上段は夜具、下には柳行李(やなぎこうり)が見える。小野さんは行李の上に畳んである背広(せびろ)を出して手早く着換(きか)え終る。帽子は壁に主(ぬし)を待つ。がらりと障子を明けて、赤い鼻緒(はなお)の上草履(うわぞうり)に、カシミヤの靴足袋(くつたび)を無理に突き込んだ時、下女が来る。
「おや御出掛。少し御待ちなさいよ」
「何だ」と草履から顔を上げる。下女は笑っている。
「何か用かい」
「ええ」とやっぱり笑っている。
「何だ。冗談(じょうだん)か」と行こうとすると、卸(おろ)し立ての草履が片方(かたかた)足を離れて、拭き込んだ廊下を洋灯(ランプ)部屋の方へ滑って行く。
「ホホホホ余(あん)まり周章(あわて)るもんだから。御客様ですよ」
「誰だい」
「あら待ってた癖に空っとぼけて……」
「待ってた? 何を」
「ホホホホ大変真面目(まじめ)ですね」と笑いながら、返事も待たず、入口へ引き返す。小野さんは気掛(きがかり)な顔をして障子の傍(そば)に上草履を揃(そろ)えたまま廊下の突き当りを眺(なが)めている。何が出てくるかと思う。焦茶(こげちゃ)の中折が鴨居(かもい)を越すほどの高い背を伸(の)して、薄暗い廊下のはずれに折目正しく着こなした背広の地味なだけに、胸開(むなあき)の狭い胴衣(チョッキ)から白い襯衣(シャツ)と白い襟(えり)が著るしく上品に見える。小野さんは姿よく着こなした衣裳(いしょう)を、見栄(みばえ)のせぬ廊下の片隅に、中ぶらりんに落ちつけて、光る眼鏡を斜めに、突き当りを眺めている。何が出てくるのかと思いながら眺めている。両手を洋袴(ズボン)の隠袋(かくし)に挿(さ)し込むのは落ちつかぬ時の、落ちついた姿である。
「そこを曲(まが)ると真直です」と云う下女の声が聞えたと思うと、すらりと小夜子の姿が廊下の端(はじ)にあらわれた。海老茶色(えびちゃいろ)の緞子(どんす)の片側が竜紋(りょうもん)の所だけ異様に光線を射返して見える。在来(ありきた)りの銘仙(めいせん)の袷(あわせ)を、白足袋(しろたび)の甲を隠さぬほどに着て、きりりと角を曲った時、長襦袢(ながじゅばん)らしいものがちらと色めいた。同時に遮(さえ)ぎるものもない中廊下に七歩の間隔を置いて、男女(なんにょ)の視線は御互の顔の上に落ちる。
 男はおやと思う。姿勢だけは崩(くず)さない。女ははっと躊躇(ためら)う。やがて頬に差す紅(くれない)を一度にかくして、乱るる笑顔を肩共に落す。油を注(さ)さぬ黒髪に、漣(さざなみ)の琥珀(こはく)に寄る幅広の絹の色が鮮(あざやか)な翼を片鬢(かたびん)に張る。
「さあ」と小野さんは隔たる人を近く誘うような挨拶(あいさつ)をする。
「どちらへか御出掛で……」と立ちながら両手を前に重ねた女は、落した肩を、少しく浮かしたままで、気の毒そうに動かない。
「いえ何……まあ御這入(おはい)んなさい。さあ」と片足を部屋のうちへ引く。
「御免」と云いながら、手を重ねたまま擦足(すりあし)に廊下を滑(すべ)って来る。
 男は全く部屋の中へ引き込んだ。女もつづいて這入(はい)る。明かなる日永の窓は若き二人に若き対話を促(うな)がす。
「昨夜は御忙(おいそが)しいところを……」と女は入口に近く手をつかえる。
「いえ、さぞ御疲でしたろう。どうです、御気分は。もうすっかり好いですか」
「はあ、御蔭(おかげ)さまで」と云う顔は何となく窶(やつ)れている。男はちょっと真面目になった。女はすぐ弁解する。
「あんな人込(ひとごみ)へは滅多(めった)に出つけた事がないもんですから」
 文明の民は驚ろいて喜ぶために博覧会を開く。過去の人は驚ろいて怖(こわ)がるためにイルミネーションを見る。
「先生はどうですか」
 小夜子は返事を控えて淋(さみ)しく笑った。
「先生も雑沓(ざっとう)する所が嫌(きらい)でしたね」
「どうも年を取ったもんですから」と気の毒そうに、相手から眼を外(はず)して、畳の上に置いてある埋木(うもれぎ)の茶托を眺(なが)める。京焼の染付茶碗(そめつけぢゃわん)はさっきから膝頭(ひざがしら)に載(の)っている。
「御迷惑でしたろう」と小野さんは隠袋(ポッケット)から煙草入を取り出す。闇(やみ)を照す月の色に富士と三保の松原が細かに彫ってある。その松に緑の絵の具を使ったのは詩人の持物としては少しく俗である。派出(はで)を好む藤尾の贈物かも知れない。
「いえ、迷惑だなんて。こっちから願って置いて」と小夜子は頭から小野さんの言葉を打ち消した。男は煙草入を開く。裏は一面の鍍金(ときん)に、銀(しろかね)の冴(さ)えたる上を、花やかにぱっと流す。淋しき女は見事だと思う。
「先生だけなら、もっと閑静な所へ案内した方が好かったかも知れませんね」
 忙しがる小野を無理に都合させて、好(す)かぬ人込へわざわざ出掛けるのも皆(みんな)自分が可愛いからである。済まぬ事には人込は自分も嫌である。せっかくの思に、袖(そで)振り交わして、長閑(のどか)な歩(あゆみ)を、春の宵(よい)に併(なら)んで移す当人は、依然として近寄れない。小夜子は何と返事をしていいか躊躇(ためら)った。相手の親切に気兼をして、先方の心持を悪くさせまいと云う世態(せたい)染みた料簡(りょうけん)からではない。小夜子の躊躇ったのには、もう少し切ない意味が籠(こも)っている。
「先生にはやはり京都の方が好くはないですか」と女の躊躇った気色(けしき)をどう解釈したか、小野さんは再び問い掛けた。
「東京へ来る前は、しきりに早く移りたいように云ってたんですけれども、来て見るとやはり住み馴(な)れた所が好いそうで」
「そうですか」と小野さんはおとなしく受けたが、心の中(うち)ではそれほど性(しょう)に合わない所へなぜ出て来たのかと、自分の都合を考えて多少馬鹿らしい気もする。
「あなたは」と聞いて見る。
 小夜子はまた口籠(くちごも)る。東京が好いか悪いかは、目の前に、西洋の臭(におい)のする煙草を燻(くゆ)らしている青年の心掛一つできまる問題である。船頭が客人に、あなたは船が好きですかと聞いた時、好きも嫌(きらい)も御前の舵(かじ)の取りよう一つさと答えなければならない場合がある。責任のある船頭にこんな質問を掛けられるほど腹の立つ事はないように、自分の好悪(こうお)を支配する人間から、素知らぬ顔ですきかきらいかを尋ねられるのは恨(うら)めしい。小夜子はまた口籠る。小野さんはなぜこう豁達(はきはき)せぬのかと思う。
 胴衣(チョッキ)の隠袋(かくし)から時計を出して見る。
「どちらへか御出掛で」と女はすぐ悟った。
「ええ、ちょっと」と旨(うま)い具合に渡し込む。
 女はまた口籠る。男は少し焦慮(じれった)くなる。藤尾が待っているだろう。――しばらくは無言である。
「実は父が……」と小夜子はやっとの思で口を切った。
「はあ、何か御用ですか」
「いろいろ買物がしたいんですが……」
「なるほど」
「もし、御閑(おひま)ならば、小野さんにいっしょに行っていただいて勧工場(かんこうば)ででも買って来いと申しましたから」
「はあ、そうですか。そりゃ、残念な事で。ちょうど今から急いで出なければならない所があるもんですからね。――じゃ、こうしましょう。品物の名を聞いて置いて、私(わたし)が帰りに買って晩に持って行きましょう」
「それでは御気の毒で……」
「何構いません」
 父の好意は再び水泡(すいほう)に帰した。小夜子は悄然(しょうぜん)として帰る。小野さんは、脱いだ帽子を頭へ載(の)せて手早く表へ出る。――同時に逝(ゆ)く春の舞台は廻る。
 紫を辛夷(こぶし)の弁(はなびら)に洗う雨重なりて、花はようやく茶に朽(く)ちかかる椽(えん)に、干(ほ)す髪の帯を隠して、動かせば背に陽炎(かげろう)が立つ。黒きを外に、風が嬲(なぶ)り、日が嬲り、つい今しがたは黄な蝶(ちょう)がひらひらと嬲りに来た。知らぬ顔の藤尾は、内側を向いている。くっきりと肉の締った横顔は、後(うし)ろからさす日の影に、耳を蔽(おお)うて肩に流す鬢(びん)の影に、しっとりとして仄(ほのか)である。千筋(ちすじ)にぎらついて深き菫(すみれ)を一面に浴せる肩を通り越して、向う側はと覗(のぞ)き込むとき、眩(まば)ゆき眼はしんと静まる。夕暮にそれかと思う蓼(たで)の花の、白きを人は潜むと云った。髪多く余る光を椽にこぼすこなたの影に、有るか無きかの細(ほっそ)りした顔のなかを、濃く引き残したる眉の尾のみがたしかである。眉の下なる切長の黒い眼は何を語るか分らない。藤尾は寄木(よせき)の小机に肱(ひじ)を持たせて俯向(うつむ)いている。
 心臓の扉を黄金(こがね)の鎚(つち)に敲(たた)いて、青春の盃(さかずき)に恋の血潮を盛る。飲まずと口を背(そむ)けるものは片輪である。月傾いて山を慕い、人老いて妄(みだ)りに道を説く。若き空には星の乱れ、若き地(つち)には花吹雪(はなふぶき)、一年を重ねて二十に至って愛の神は今が盛(さかり)である。緑濃き黒髪を婆娑(ばさ)とさばいて春風(はるかぜ)に織る羅(うすもの)を、蜘蛛(くも)の囲(い)と五彩の軒に懸けて、自(みずから)と引き掛(かか)る男を待つ。引き掛った男は夜光の璧(たま)を迷宮に尋ねて、紫に輝やく糸の十字万字に、魂を逆(さかしま)にして、後(のち)の世までの心を乱す。女はただ心地よげに見やる。耶蘇教(ヤソきょう)の牧師は救われよという。臨済(りんざい)、黄檗(おうばく)は悟れと云う。この女は迷えとのみ黒い眸(ひとみ)を動かす。迷わぬものはすべてこの女の敵(かたき)である。迷うて、苦しんで、狂うて、躍(おど)る時、始めて女の御意はめでたい。欄干(らんかん)に繊(ほそ)い手を出してわんと云えという。わんと云えばまたわんと云えと云う。犬は続け様にわんと云う。女は片頬(かたほ)に笑(えみ)を含む。犬はわんと云い、わんと云いながら右へ左へ走る。女は黙っている。犬は尾を逆(さかしま)にして狂う。女はますます得意である。――藤尾の解釈した愛はこれである。
 石仏(せきぶつ)に愛なし、色は出来ぬものと始から覚悟をきめているからである。愛は愛せらるる資格ありとの自信に基(もとづ)いて起る。ただし愛せらるるの資格ありと自信して、愛するの資格なきに気のつかぬものがある。この両資格は多くの場合において反比例する。愛せらるるの資格を標榜(ひょうぼう)して憚(はば)からぬものは、いかなる犠牲をも相手に逼(せま)る。相手を愛するの資格を具(そな)えざるがためである。□(へん)たる美目(びもく)に魂を打ち込むものは必ず食われる。小野さんは危(あやう)い。倩(せん)たる巧笑にわが命を托するものは必ず人を殺す。藤尾は丙午(ひのえうま)である。藤尾は己(おの)れのためにする愛を解する。人のためにする愛の、存在し得るやと考えた事もない。詩趣はある。道義はない。
 愛の対象は玩具(おもちゃ)である。神聖なる玩具である。普通の玩具は弄(もてあそ)ばるるだけが能である。愛の玩具は互に弄ぶをもって原則とする。藤尾は男を弄ぶ。一毫(いちごう)も男から弄ばるる事を許さぬ。藤尾は愛の女王である。成立つものは原則を外(はず)れた恋でなければならぬ。愛せらるる事を専門にするものと、愛する事のみを念頭に置くものとが、春風(はるかぜ)の吹き回しで、旨(あま)い潮の満干(みちひき)で、はたりと天地の前に行き逢(あ)った時、この変則の愛は成就する。
 我(が)を立てて恋をするのは、火事頭巾(かじずきん)を被(かぶ)って、甘酒を飲むようなものである。調子がわるい。恋はすべてを溶(と)かす。角張(かどば)った絵紙鳶(えだこ)も飴細工(あめざいく)であるからは必ず流れ出す。我は愛の水に浸して、三日三晩の長きに渉(わた)ってもふやける気色(けしき)を見せぬ。どこまでも堅く控えている。我を立てて恋をするものは氷砂糖である。
 沙翁(シェクスピア)は女を評して脆(もろ)きは汝が名なりと云った。脆きが中に我を通す昂(あが)れる恋は、炊(かし)ぎたる飯の柔らかきに御影(みかげ)の砂を振り敷いて、心を許す奥歯をがりがりと寒からしむ。噛(か)み締めるものに護謨(ゴム)の弾力がなくては無事には行かぬ。我の強い藤尾は恋をするために我のない小野さんを択(えら)んだ。蜘蛛の囲にかかる油蝉(あぶらぜみ)はかかっても暴れて行かぬ。時によると網を破って逃げる事がある。宗近(むねちか)君を捕(と)るは容易である。宗近君を馴(な)らすは藤尾といえども困難である。我(が)の女は顋(あご)で相図をすれば、すぐ来るものを喜ぶ。小野さんはすぐ来るのみならず、来る時は必ず詩歌(しいか)の璧(たま)を懐(ふところ)に抱(いだ)いて来る。夢にだもわれを弄(もてあそ)ぶの意思なくして、満腔(まんこう)の誠を捧げてわが玩具(おもちゃ)となるを栄誉と思う。彼を愛するの資格をわれに求むる事は露知らず、ただ愛せらるべき資格を、わが眼に、わが眉(まゆ)に、わが唇(くちびる)に、さてはわが才に認めてひたすらに渇仰(かつごう)する。藤尾の恋は小野さんでなくてはならぬ。

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