坊っちゃん
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著者名:夏目漱石 

     五

 君釣(つ)りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪(わ)るいように優しい声を出す男である。まるで男だか女だか分(わか)りゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅(こうめ)の釣堀(つりぼり)で鮒(ふな)を三匹(びき)釣った事がある。それから神楽坂(かぐらざか)の毘沙門(びしゃもん)の縁日(えんにち)で八寸ばかりの鯉(こい)を針で引っかけて、しめたと思ったら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜(お)しいと云(い)ったら、赤シャツは顋(あご)を前の方へ突(つ)き出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、まだ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をうけるものか。一体釣や猟(りょう)をする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくって、殺生(せっしょう)をして喜ぶ訳がない。魚だって、鳥だって殺されるより生きてる方が楽に極(き)まってる。釣や猟をしなくっちゃ活計(かっけい)がたたないなら格別だが、何不足なく暮(くら)している上に、生き物を殺さなくっちゃ寝られないなんて贅沢(ぜいたく)な話だ。こう思ったが向(むこ)うは文学士だけに口が達者だから、議論じゃ叶(かな)わないと思って、だまってた。すると先生このおれを降参させたと疳違(かんちが)いして、早速伝授しましょう。おひまなら、今日どうです、いっしょに行っちゃ。吉川(よしかわ)君と二人(ふたり)ぎりじゃ、淋(さむ)しいから、来たまえとしきりに勧める。吉川君というのは画学の教師で例の野だいこの事だ。この野だは、どういう了見(りょうけん)だか、赤シャツのうちへ朝夕出入(でいり)して、どこへでも随行(ずいこう)して行(ゆ)く。まるで同輩(どうはい)じゃない。主従(しゅうじゅう)みたようだ。赤シャツの行く所なら、野だは必ず行くに極(きま)っているんだから、今さら驚(おど)ろきもしないが、二人で行けば済むところを、なんで無愛想(ぶあいそ)のおれへ口を掛(か)けたんだろう。大方高慢(こうまん)ちきな釣道楽で、自分の釣るところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘(さそ)ったに違いない。そんな事で見せびらかされるおれじゃない。鮪(まぐろ)の二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手(へた)だって糸さえ卸(おろ)しゃ、何かかかるだろう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だから行かないんだ、嫌(きら)いだから行かないんじゃないと邪推(じゃすい)するに相違(そうい)ない。おれはこう考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校をしまって、一応うちへ帰って、支度(したく)を整えて、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜(はま)へ行った。船頭は一人(ひとり)で、船(ふね)は細長い東京辺では見た事もない恰好(かっこう)である。さっきから船中見渡(みわた)すが釣竿(つりざお)が一本も見えない。釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣(おきづり)には竿は用いません、糸だけでげすと顋を撫(な)でて黒人(くろうと)じみた事を云った。こう遣(や)り込(こ)められるくらいならだまっていればよかった。
 船頭はゆっくりゆっくり漕(こ)いでいるが熟練は恐(おそろ)しいもので、見返(みか)えると、浜が小さく見えるくらいもう出ている。高柏寺(こうはくじ)の五重の塔(とう)が森の上へ抜(ぬ)け出して針のように尖(とん)がってる。向側(むこうがわ)を見ると青嶋(あおしま)が浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると石と松(まつ)ばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望(ちょうぼう)していい景色だと云ってる。野だは絶景でげすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いい心持ちには相違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹(ふ)かれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見たまえ、幹が真直(まっすぐ)で、上が傘(かさ)のように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野だに云うと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙(だま)っていた。舟は島を右に見てぐるりと廻(まわ)った。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平(たいら)だ。赤シャツのお陰(かげ)ではなはだ愉快(ゆかい)だ。出来る事なら、あの島の上へ上がってみたいと思ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられん事もないですが、釣をするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だがどうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかと余計な発議(ほつぎ)をした。赤シャツはそいつは面白い、吾々(われわれ)はこれからそう云おうと賛成した。この吾々のうちにおれもはいってるなら迷惑(めいわく)だ。おれには青嶋でたくさんだ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマドンナを置いちゃ。いい画が出来ますぜと野だが云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホホホホと赤シャツが気味の悪るい笑い方をした。なに誰も居ないから大丈夫(だいじょうぶ)ですと、ちょっとおれの方を見たが、わざと顔をそむけてにやにやと笑った。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだろうが、小旦那(こだんな)だろうが、おれの関係した事でないから、勝手に立たせるがよかろうが、人に分らない事を言って分らないから聞いたって構やしませんてえような風をする。下品な仕草だ。これで当人は私(わたし)も江戸(えど)っ子でげすなどと云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染(なじみ)の芸者の渾名(あだな)か何かに違いないと思った。なじみの芸者を無人島の松の木の下に立たして眺(なが)めていれば世話はない。それを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
 ここいらがいいだろうと船頭は船をとめて、錨(いかり)を卸した。幾尋(いくひろ)あるかねと赤シャツが聞くと、六尋(むひろ)ぐらいだと云う。六尋ぐらいじゃ鯛(たい)はむずかしいなと、赤シャツは糸を海へなげ込んだ。大将鯛を釣る気と見える、豪胆(ごうたん)なものだ。野だは、なに教頭のお手際じゃかかりますよ。それになぎですからとお世辞を云いながら、これも糸を繰(く)り出して投げ入れる。何だか先に錘(おもり)のような鉛(なまり)がぶら下がってるだけだ。浮(うき)がない。浮がなくって釣をするのは寒暖計なしで熱度をはかるようなものだ。おれには到底(とうてい)出来ないと見ていると、さあ君もやりたまえ糸はありますかと聞く。糸はあまるほどあるが、浮がありませんと云ったら、浮がなくっちゃ釣が出来ないのは素人(しろうと)ですよ。こうしてね、糸が水底(みずそこ)へついた時分に、船縁(ふなべり)の所で人指しゆびで呼吸をはかるんです、食うとすぐ手に答える。――そらきた、と先生急に糸をたぐり始めるから、何かかかったと思ったら何にもかからない、餌(え)がなくなってたばかりだ。いい気味(きび)だ。教頭、残念な事をしましたね、今のはたしかに大ものに違いなかったんですが、どうも教頭のお手際でさえ逃(に)げられちゃ、今日は油断ができませんよ。しかし逃げられても何ですね。浮と睨(にら)めくらをしている連中よりはましですね。ちょうど歯どめがなくっちゃ自転車へ乗れないのと同程度ですからねと野だは妙(みよう)な事ばかり喋舌(しゃべ)る。よっぽど撲(なぐ)りつけてやろうかと思った。おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じゃあるまいし。広い所だ。鰹(かつお)の一匹ぐらい義理にだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘と糸を抛(ほう)り込んでいい加減に指の先であやつっていた。
 しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。おれは考えた。こいつは魚に相違ない。生きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰(たぐ)り寄せた。おや釣れましたかね、後世恐(おそ)るべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほどしか、水に浸(つ)いておらん。船縁から覗(のぞ)いてみたら、金魚のような縞(しま)のある魚が糸にくっついて、右左へ漾(ただよ)いながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと跳(は)ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れない。捕(つら)まえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。面倒だから糸を振(ふ)って胴(どう)の間(ま)へ擲(たた)きつけたら、すぐ死んでしまった。赤シャツと野だは驚ろいて見ている。おれは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭(なまぐさ)い。もう懲(こ)り懲(ご)りだ。何が釣れたって魚は握(にぎ)りたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲いてしまった。
 一番槍(いちばんやり)はお手柄(てがら)だがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、ゴルキと云うと露西亜(ロシア)の文学者みたような名だねと赤シャツが洒落(しゃれ)た。そうですね、まるで露西亜の文学者ですねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝(しば)の写真師で、米のなる木が命の親だろう。一体この赤シャツはわるい癖(くせ)だ。誰(だれ)を捕(つら)まえても片仮名の唐人(とうじん)の名を並べたがる。人にはそれぞれ専門があったものだ。おれのような数学の教師にゴルキだか車力(しゃりき)だか見当がつくものか、少しは遠慮(えんりょ)するがいい。云(い)うならフランクリンの自伝だとかプッシング、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいい。赤シャツは時々帝国文学とかいう真赤(まっか)な雑誌を学校へ持って来て難有(ありがた)そうに読んでいる。山嵐(やまあらし)に聞いてみたら、赤シャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
 それから赤シャツと野だは一生懸命(いっしょうけんめい)に釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人(ふたり)で十五六上げた。可笑(おか)しい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手腕(しゅわん)でゴルキなんですから、私(わたし)なんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野だが答えている。船頭に聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ肥料(こやし)には出来るそうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。おれは一匹(ぴき)で懲(こ)りたから、胴の間へ仰向(あおむ)けになって、さっきから大空を眺めていた。釣をするよりこの方がよっぽど洒落(しゃれ)ている。
 すると二人は小声で何か話し始めた。おれにはよく聞(きこ)えない、また聞きたくもない。おれは空を見ながら清(きよ)の事を考えている。金があって、清をつれて、こんな奇麗(きれい)な所へ遊びに来たらさぞ愉快だろう。いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。清は皺苦茶(しわくちゃ)だらけの婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥(は)ずかしい心持ちはしない。野だのようなのは、馬車に乗ろうが、船に乗ろうが、凌雲閣(りょううんかく)へのろうが、到底寄り付けたものじゃない。おれが教頭で、赤シャツがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞を使って赤シャツを冷(ひや)かすに違いない。江戸っ子は軽薄(けいはく)だと云うがなるほどこんなものが田舎巡(いなかまわ)りをして、私(わたし)は江戸っ子でげすと繰り返していたら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こんな事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切(とぎ)れ途切れでとんと要領を得ない。
「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタを……本当ですよ」
 おれは外の言葉には耳を傾(かたむ)けなかったが、バッタと云う野だの語(ことば)を聴(き)いた時は、思わずきっとなった。野だは何のためかバッタと云う言葉だけことさら力を入れて、明瞭(めいりょう)におれの耳にはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。おれは動かないでやはり聞いていた。
「また例の堀田(ほった)が……」「そうかも知れない……」「天麩羅(てんぷら)……ハハハハハ」「……煽動(せんどう)して……」「団子(だんご)も?」
 言葉はかように途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、団子だのというところをもって推し測ってみると、何でもおれのことについて内所話(ないしょばな)しをしているに相違ない。話すならもっと大きな声で話すがいい、また内所話をするくらいなら、おれなんか誘わなければいい。いけ好かない連中だ。バッタだろうが雪踏(せった)だろうが、非はおれにある事じゃない。校長がひとまずあずけろと云ったから、狸(たぬき)の顔にめんじてただ今のところは控(ひか)えているんだ。野だの癖に入らぬ批評をしやがる。毛筆(けふで)でもしゃぶって引っ込んでるがいい。おれの事は、遅(おそ)かれ早かれ、おれ一人で片付けてみせるから、差支(さしつか)えはないが、また例の堀田がとか煽動してとか云う文句が気にかかる。堀田がおれを煽動して騒動(そうどう)を大きくしたと云う意味なのか、あるいは堀田が生徒を煽動しておれをいじめたと云うのか方角がわからない。青空を見ていると、日の光がだんだん弱って来て、少しはひやりとする風が吹き出した。線香(せんこう)の烟(けむり)のような雲が、透(す)き徹(とお)る底の上を静かに伸(の)して行ったと思ったら、いつしか底の奥(おく)に流れ込んで、うすくもやを掛(か)けたようになった。
 もう帰ろうかと赤シャツが思い出したように云うと、ええちょうど時分ですね。今夜はマドンナの君にお逢(あ)いですかと野だが云う。赤シャツは馬鹿(ばか)あ云っちゃいけない、間違いになると、船縁に身を倚(も)たした奴(やつ)を、少し起き直る。エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞いたって……と野だが振り返った時、おれは皿(さら)のような眼(め)を野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそうに引っ繰り返って、や、こいつは降参だと首を縮めて、頭を掻(か)いた。何という猪口才(ちょこざい)だろう。
 船は静かな海を岸へ漕(こ)ぎ戻(もど)る。君釣(つり)はあまり好きでないと見えますねと赤シャツが聞くから、ええ寝(ね)ていて空を見る方がいいですと答えて、吸いかけた巻烟草(まきたばこ)を海の中へたたき込んだら、ジュと音がして艪(ろ)の足で掻き分けられた浪(なみ)の上を揺(ゆ)られながら漾(ただよ)っていった。「君が来たんで生徒も大いに喜んでいるから、奮発(ふんぱつ)してやってくれたまえ」と今度は釣にはまるで縁故(えんこ)もない事を云い出した。「あんまり喜んでもいないでしょう」「いえ、お世辞じゃない。全く喜んでいるんです、ね、吉川君」「喜んでるどころじゃない。大騒(おおさわ)ぎです」と野だはにやにやと笑った。こいつの云う事は一々癪(しゃく)に障(さわ)るから妙だ。「しかし君注意しないと、険呑(けんのん)ですよ」と赤シャツが云うから「どうせ険呑です。こうなりゃ険呑は覚悟(かくご)です」と云ってやった。実際おれは免職(めんしょく)になるか、寄宿生をことごとくあやまらせるか、どっちか一つにする了見でいた。「そう云っちゃ、取りつきどころもないが――実は僕も教頭として君のためを思うから云うんだが、わるく取っちゃ困る」「教頭は全く君に好意を持ってるんですよ。僕も及(およ)ばずながら、同じ江戸っ子だから、なるべく長くご在校を願って、お互(たがい)に力になろうと思って、これでも蔭ながら尽力(じんりょく)しているんですよ」と野だが人間並(なみ)の事を云った。野だのお世話になるくらいなら首を縊(くく)って死んじまわあ。
「それでね、生徒は君の来たのを大変歓迎(かんげい)しているんだが、そこにはいろいろな事情があってね。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢(がまん)だと思って、辛防(しんぼう)してくれたまえ。決して君のためにならないような事はしないから」
「いろいろの事情た、どんな事情です」
「それが少し込み入ってるんだが、まあだんだん分りますよ。僕(ぼく)が話さないでも自然と分って来るです、ね吉川君」
「ええなかなか込み入ってますからね。一朝一夕にゃ到底分りません。しかしだんだん分ります、僕が話さないでも自然と分って来るです」と野だは赤シャツと同じような事を云う。
「そんな面倒(めんどう)な事情なら聞かなくてもいいんですが、あなたの方から話し出したから伺(うかが)うんです」
「そりゃごもっともだ。こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね。それじゃこれだけの事を云っておきましょう。あなたは失礼ながら、まだ学校を卒業したてで、教師は始めての、経験である。ところが学校というものはなかなか情実のあるもので、そう書生流に淡泊(たんぱく)には行(ゆ)かないですからね」
「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」
「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏(とぼ)しいと云うんですがね……」
「どうせ経験には乏しいはずです。履歴書(りれきしょ)にもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」
「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」
「正直にしていれば誰(だれ)が乗じたって怖(こわ)くはないです」
「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないといけないと云うんです」
 野だが大人(おとな)しくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫(とも)の方で船頭と釣の話をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。
「僕の前任者が、誰(だ)れに乗ぜられたんです」
「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠(しょうこ)のない事だから云うとこっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等(ぼくら)も君を呼んだ甲斐(かい)がない。どうか気を付けてくれたまえ」
「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好(い)いんでしょう」
 赤シャツはホホホホと笑った。別段おれは笑われるような事を云った覚えはない。今日(こんにち)ただ今に至るまでこれでいいと堅(かた)く信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励(しょうれい)しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋(じゅんすい)な人を見ると、坊(ぼ)っちゃんだの小僧(こぞう)だのと難癖(なんくせ)をつけて軽蔑(けいべつ)する。それじゃ小学校や中学校で嘘(うそ)をつくな、正直にしろと倫理(りんり)の先生が教えない方がいい。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のためにも当人のためにもなるだろう。赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。
「無論悪(わ)るい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らなくっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落(らいらく)なように見えても、淡泊なように見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄(もや)でセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶(きぜつ)ですね。時間があると写生するんだが、惜(お)しいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。
 港屋の二階に灯が一つついて、汽車の笛(ふえ)がヒューと鳴るとき、おれの乗っていた舟は磯(いそ)の砂へざぐりと、舳(へさき)をつき込んで動かなくなった。お早うお帰りと、かみさんが、浜に立って赤シャツに挨拶(あいさつ)する。おれは船端(ふなばた)から、やっと掛声(かけごえ)をして磯へ飛び下りた。

     六

 野だは大嫌(だいきら)いだ。こんな奴(やつ)は沢庵石(たくあんいし)をつけて海の底へ沈(しず)めちまう方が日本のためだ。赤シャツは声が気に食わない。あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せてるんだろう。いくら気取ったって、あの面じゃ駄目(だめ)だ。惚(ほ)れるものがあったってマドンナぐらいなものだ。しかし教頭だけに野だよりむずかしい事を云(い)う。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応もっとものようでもある。はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐(やまあらし)がよくない奴だから用心しろと云うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい、男らしくもない。そうして、そんな悪(わ)るい教師なら、早く免職(めんしょく)さしたらよかろう。教頭なんて文学士の癖(くせ)に意気地(いくじ)のないもんだ。蔭口(かげぐち)をきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな男だから、弱虫に極(き)まってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違(ちが)う。それにしても世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気のあった友達が悪漢(わるもの)だなんて、人を馬鹿(ばか)にしている。大方田舎(いなか)だから万事東京のさかに行くんだろう。物騒(ぶっそう)な所だ。今に火事が氷って、石が豆腐(とうふ)になるかも知れない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらをしそうもないがな。一番人望のある教師だと云うから、やろうと思ったら大抵(たいてい)の事は出来るかも知れないが、――第一そんな廻(まわ)りくどい事をしないでも、じかにおれを捕(つら)まえて喧嘩(けんか)を吹き懸(か)けりゃ手数が省ける訳だ。おれが邪魔(じゃま)になるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してくれと云や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向(むこ)うの云い条がもっともなら、明日にでも辞職してやる。ここばかり米が出来る訳でもあるまい。どこの果(はて)へ行ったって、のたれ死(じに)はしないつもりだ。山嵐もよっぽど話せない奴だな。
 ここへ来た時第一番に氷水を奢(おご)ったのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢ってもらっちゃ、おれの顔に関わる。おれはたった一杯(ぱい)しか飲まなかったから一銭五厘(りん)しか払(はら)わしちゃない。しかし一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師(さぎし)の恩になっては、死ぬまで心持ちがよくない。あした学校へ行ったら、一銭五厘返しておこう。おれは清(きよ)から三円借りている。その三円は五年経(た)った今日までまだ返さない。返せないんじゃない。返さないんだ。清は今に返すだろうなどと、かりそめにもおれの懐中(かいちゅう)をあてにしてはいない。おれも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしないつもりだ。こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるようなもので、清の美しい心にけちを付けると同じ事になる。返さないのは清を踏(ふ)みつけるのじゃない、清をおれの片破(かたわ)れと思うからだ。清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶(あまちゃ)だろうが、他人から恵(めぐみ)を受けて、だまっているのは向うをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。割前を出せばそれだけの事で済むところを、心のうちで難有(ありがた)いと恩に着るのは銭金で買える返礼じゃない。無位無冠でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊(たっ)といお礼と思わなければならない。
 おれはこれでも山嵐に一銭五厘奮発(ふんぱつ)させて、百万両より尊とい返礼をした気でいる。山嵐は難有(ありがた)いと思ってしかるべきだ。それに裏へ廻って卑劣(ひれつ)な振舞(ふるまい)をするとは怪(け)しからん野郎(やろう)だ。あした行って一銭五厘返してしまえば借りも貸しもない。そうしておいて喧嘩をしてやろう。
 おれはここまで考えたら、眠(ねむ)くなったからぐうぐう寝(ね)てしまった。あくる日は思う仔細(しさい)があるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。ところがなかなか出て来ない。うらなりが出て来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。しまいには赤シャツまで出て来たが山嵐の机の上は白墨(はくぼく)が一本竪(たて)に寝ているだけで閑静(かんせい)なものだ。おれは、控所(ひかえじょ)へはいるや否や返そうと思って、うちを出る時から、湯銭のように手の平へ入れて一銭五厘、学校まで握(にぎ)って来た。おれは膏(あぶら)っ手だから、開けてみると一銭五厘が汗(あせ)をかいている。汗をかいてる銭を返しちゃ、山嵐が何とか云うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握った。ところへ赤シャツが来て昨日は失敬、迷惑(めいわく)でしたろうと云ったから、迷惑じゃありません、お蔭で腹が減りましたと答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱(ひじ)を突(つ)いて、あの盤台面(ばんだいづら)をおれの鼻の側面へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれたまえ。まだ誰(だれ)にも話しやしますまいねと云った。女のような声を出すだけに心配性な男と見える。話さない事はたしかである。しかしこれから話そうと云う心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているくらいだから、ここで赤シャツから口留めをされちゃ、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さないにしろ、あれほど推察の出来る謎(なぞ)をかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめて鎬(しのぎ)を削(けず)ってる真中(まんなか)へ出て堂々とおれの肩(かた)を持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている主意も立つというもんだ。
 おれは教頭に向(むか)って、まだ誰にも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと云ったら、赤シャツは大いに狼狽(ろうばい)して、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕(ぼく)は堀田(ほった)君の事について、別段君に何も明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑する。君は学校に騒動(そうどう)を起すつもりで来たんじゃなかろうと妙(みょう)に常識をはずれた質問をするから、当(あた)り前(まえ)です、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼(いらい)に及(およ)ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合った。君大丈夫(だいじょうぶ)かいと赤シャツは念を押(お)した。どこまで女らしいんだか奥行(おくゆき)がわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄(つじつま)の合わない、論理に欠けた注文をして恬然(てんぜん)としている。しかもこのおれを疑ぐってる。憚(はばか)りながら男だ。受け合った事を裏へ廻って反古(ほご)にするようなさもしい了見(りょうけん)はもってるもんか。
 ところへ両隣(りょうどな)りの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤シャツは歩(あ)るき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てないように靴(くつ)の底をそっと落(おと)す。音を立てないであるくのが自慢(じまん)になるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒(どろぼう)の稽古(けいこ)じゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭(らっぱ)がなった。山嵐はとうとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛(でか)けた。
 授業の都合(つごう)で一時間目は少し後(おく)れて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話をしている。山嵐もいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻(ちこく)したんだ。おれの顔を見るや否や今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰金(ばっきん)を出したまえと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を出して、これをやるから取っておけ。先達(せんだっ)て通町(とおりちょう)で飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外真面目(まじめ)でいるので、つまらない冗談(じょうだん)をするなと銭をおれの机の上に掃(は)き返した。おや山嵐の癖(くせ)にどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁(いんえん)がないから、出すんだ。取らない法があるか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと云った。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣(ひれつ)をあばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなに真赤(まっか)になってるのにふんという理窟(りくつ)があるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」
「一銭五厘受け取ればそれでいい。下宿を出ようが出まいがおれの勝手だ」
「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主(ていしゅ)が来て君に出てもらいたいと云うから、その訳を聞いたら亭主の云うのはもっともだ。それでももう一応たしかめるつもりで今朝(けさ)あすこへ寄って詳(くわ)しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の云う事が何の意味だか分らない。
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけで極めたって仕様があるか。訳があるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方がもっともだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余(あ)まされているんだ。いくら下宿の女房だって、下女たあ違うぜ。足を出して拭(ふ)かせるなんて、威張(いば)り過ぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」
「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物(かけもの)を一幅(ぷく)売りゃ、すぐ浮(う)いてくるって云ってたぜ」
「利いた風な事をぬかす野郎(やろう)だ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸(がか)りを云うような所へ周旋(しゅうせん)する君からしてが不埒(ふらち)だ」
「おれが不埒か、君が大人(おとな)しくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣(おと)らぬ肝癪持(かんしゃくも)ちだから、負け嫌(ぎら)いな大きな声を出す。控所に居た連中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋(あご)を長くしてぼんやりしている。おれは、別に恥(は)ずかしい事をした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡(みま)わしてやった。みんなが驚(おど)ろいてるなかに野だだけは面白そうに笑っていた。おれの大きな眼(め)が、貴様も喧嘩をするつもりかと云う権幕で、野だの干瓢(かんぴょう)づらを射貫(いぬ)いた時に、野だは突然(とつぜん)真面目な顔をして、大いにつつしんだ。少し怖(こ)わかったと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれも喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始めてだからとんと容子(ようす)が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纏(まと)めるのだろう。纏めるというのは黒白(こくびゃく)の決しかねる事柄(ことがら)について云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰(ひまつぶ)しだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座(そくざ)に校長が処分してしまえばいいに。随分(ずいぶん)決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮(に)え切(き)らない愚図(ぐず)の異名だ。
 会議室は校長室の隣(とな)りにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子(いす)が二十脚(きゃく)ばかり、長いテーブルの周囲に並(なら)んでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。そのテーブルの端(はじ)に校長が坐(すわ)って、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操(たいそう)の教師だけはいつも席末に謙遜(けんそん)するという話だ。おれは様子が分らないから、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込(こ)んだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔はどう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥(はる)かに趣(おもむき)がある。おやじの葬式(そうしき)の時に小日向(こびなた)の養源寺(ようげんじ)の座敷(ざしき)にかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主(ぼうず)に聞いてみたら韋駄天(いだてん)と云う怪物だそうだ。今日は怒(おこ)ってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇(おど)かされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好(かっこう)はよくないが、大きい事においては大抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ。
 もう大抵お揃(そろ)いでしょうかと校長が云うと、書記の川村と云うのが一つ二つと頭数を勘定(かんじょう)してみる。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは足りないはずだ。唐茄子(とうなす)のうらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどう云う宿世(すくせ)の因縁かしらないが、この人の顔を見て以来どうしても忘れられない。控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中(とちゅう)をあるいていても、うらなり先生の様子が心に浮(うか)ぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼(あお)い顔をして湯壺(ゆつぼ)のなかに膨(ふく)れている。挨拶(あいさつ)をするとへえと恐縮(きょうしゅく)して頭を下げるから気の毒になる。学校へ出てうらなり君ほど大人しい人は居ない。めったに笑った事もないが、余計な口をきいた事もない。おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に逢(あ)ってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。
 このくらい関係の深い人の事だから、会議室へはいるや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ気がついた。実を云うと、この男の次へでも坐(す)わろうかと、ひそかに目標(めじるし)にして来たくらいだ。校長はもうやがて見えるでしょうと、自分の前にある紫(むらさき)の袱紗包(ふくさづつみ)をほどいて、蒟蒻版(こんにゃくばん)のような者を読んでいる。赤シャツは琥珀(こはく)のパイプを絹ハンケチで磨(みが)き始めた。この男はこれが道楽である。赤シャツ相当のところだろう。ほかの連中は隣り同志で何だか私語(ささや)き合っている。手持無沙汰(てもちぶさた)なのは鉛筆(えんぴつ)の尻(しり)に着いている、護謨(ゴム)の頭でテーブルの上へしきりに何か書いている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向応じない。ただうんとかああと云うばかりで、時々怖(こわ)い眼をして、おれの方を見る。おれも負けずに睨(にら)め返す。
 ところへ待ちかねた、うらなり君が気の毒そうにはいって来て少々用事がありまして、遅刻致(いた)しましたと慇懃(いんぎん)に狸(たぬき)に挨拶(あいさつ)をした。では会議を開きますと狸はまず書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締(とりしまり)の件、その他二三ヶ条である。狸は例の通りもったいぶって、教育の生霊(いきりょう)という見えでこんな意味の事を述べた。「学校の職員や生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳(かとく)の致すところで、何か事件がある度に、自分はよくこれで校長が勤まるとひそかに慚愧(ざんき)の念に堪(た)えんが、不幸にして今回もまたかかる騒動を引き起したのは、深く諸君に向って謝罪しなければならん。しかしひとたび起った以上は仕方がない、どうにか処分をせんければならん、事実はすでに諸君のご承知の通りであるからして、善後策について腹蔵のない事を参考のためにお述べ下さい」
 おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのと云うものは、えらい事を云うもんだと感心した。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎(とが)だとか、不徳だとか云うくらいなら、生徒を処分するのは、やめにして、自分から先へ免職(めんしょく)になったら、よさそうなもんだ。そうすればこんな面倒(めんどう)な会議なんぞを開く必要もなくなる訳だ。第一常識から云(い)っても分ってる。おれが大人しく宿直をする。生徒が乱暴をする。わるいのは校長でもなけりゃ、おれでもない、生徒だけに極(きま)ってる。もし山嵐が煽動(せんどう)したとすれば、生徒と山嵐を退治(たいじ)ればそれでたくさんだ。人の尻(しり)を自分で背負(しょ)い込(こ)んで、おれの尻だ、おれの尻だと吹き散らかす奴が、どこの国にあるもんか、狸でなくっちゃ出来る芸当じゃない。彼(かれ)はこんな条理(じょうり)に適(かな)わない議論を吐(は)いて、得意気に一同を見廻した。ところが誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根に烏(からす)がとまってるのを眺(なが)めている。漢学の先生は蒟蒻版(こんにゃくばん)を畳(たた)んだり、延ばしたりしてる。山嵐はまだおれの顔をにらめている。会議と云うものが、こんな馬鹿気(ばかげ)たものなら、欠席して昼寝でもしている方がましだ。
 おれは、じれったくなったから、一番大いに弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたら、赤シャツが何か云い出したから、やめにした。見るとパイプをしまって、縞(しま)のある絹ハンケチで顔をふきながら、何か云っている。あの手巾(はんけち)はきっとマドンナから巻き上げたに相違(そうい)ない。男は白い麻(あさ)を使うもんだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いてはなはだ教頭として不行届(ふゆきとどき)であり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったのを深く慚(は)ずるのであります。でこう云う事は、何か陥欠(かんけつ)があると起るもので、事件その物を見ると何だか生徒だけがわるいようであるが、その真相を極めると責任はかえって学校にあるかも知れない。だから表面上にあらわれたところだけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のためによくないかとも思われます。かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯(いたずら)をやる事はないとも限らん。でもとより処分法は校長のお考えにある事だから、私の容喙(ようかい)する限りではないが、どうかその辺をご斟酌(しんしゃく)になって、なるべく寛大なお取計(とりはからい)を願いたいと思います」
 なるほど狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんじゃない教師が悪るいんだと公言している。気狂(きちがい)が人の頭を撲(なぐ)り付けるのは、なぐられた人がわるいから、気狂がなぐるんだそうだ。難有(ありがた)い仕合せだ。活気にみちて困るなら運動場へ出て相撲(すもう)でも取るがいい、半ば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるものか。この様子じゃ寝頸(ねくび)をかかれても、半ば無意識だって放免するつもりだろう。
 おれはこう考えて何か云おうかなと考えてみたが、云うなら人を驚ろすかように滔々(とうとう)と述べたてなくっちゃつまらない、おれの癖として、腹が立ったときに口をきくと、二言か三言で必ず行き塞(つま)ってしまう。狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、まずい事を喋舌(しゃべ)って揚足(あげあし)を取られちゃ面白くない。ちょっと腹案を作ってみようと、胸のなかで文章を作ってる。すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。野だの癖に意見を述べるなんて生意気だ。野だは例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊(とっかん)事件は吾々(われわれ)心ある職員をして、ひそかに吾(わが)校将来の前途(ぜんと)に危惧(きぐ)の念を抱(いだ)かしむるに足る珍事(ちんじ)でありまして、吾々職員たるものはこの際奮(ふる)って自ら省りみて、全校の風紀を振粛(しんしゅく)しなければなりません。それでただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮(こうけい)に中(あた)った剴切(がいせつ)なお考えで私は徹頭徹尾(てっとうてつび)賛成致します。どうかなるべく寛大(かんだい)のご処分を仰(あお)ぎたいと思います」と云った。野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列(ちんれつ)するぎりで訳が分らない。分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。
 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起(た)ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓珍漢(とんちんかん)な、処分は大嫌(だいきら)いです」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全然悪(わ)るいです。どうしても詫(あや)まらせなくっちゃ、癖になります。退校さしても構いません。……何だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。すると右隣りに居る博物が「生徒がわるい事も、わるいが、あまり厳重な罰などをするとかえって反動を起していけないでしょう。やっぱり教頭のおっしゃる通り、寛な方に賛成します」と弱い事を云った。左隣の漢学は穏便説(おんびんせつ)に賛成と云った。歴史も教頭と同説だと云った。忌々(いまいま)しい、大抵のものは赤シャツ党だ。こんな連中が寄り合って学校を立てていりゃ世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つに極めてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、早速うちへ帰って荷作りをする覚悟(かくご)でいた。どうせ、こんな手合(てあい)を弁口(べんこう)で屈伏(くっぷく)させる手際はなし、させたところでいつまでご交際を願うのは、こっちでご免だ。学校に居ないとすればどうなったって構うもんか。また何か云うと笑うに違いない。だれが云うもんかと澄(すま)していた。
 すると今までだまって聞いていた山嵐が奮然として、起ち上がった。野郎また赤シャツ賛成の意を表するな、どうせ、貴様とは喧嘩だ、勝手にしろと見ていると山嵐は硝子(ガラス)窓を振(ふる)わせるような声で「私(わたくし)は教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。というものはこの事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏(ぼうし)を軽侮(けいぶ)してこれを翻弄(ほんろう)しようとした所為(しょい)とより外(ほか)には認められんのであります。教頭はその源因を教師の人物いかんにお求めになるようでありますが失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、まだ生徒に接せられてから二十日に満たぬ頃(ころ)であります。この短かい二十日間において生徒は君の学問人物を評価し得る余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら生徒の行為に斟酌(しんしゃく)を加える理由もありましょうが、何らの源因もないのに新来の先生を愚弄(ぐろう)するような軽薄な生徒を寛仮(かんか)しては学校の威信(いしん)に関わる事と思います。教育の精神は単に学問を授けるばかりではない、高尚(こうしょう)な、正直な、武士的な元気を鼓吹(こすい)すると同時に、野卑(やひ)な、軽躁(けいそう)な、暴慢(ぼうまん)な悪風を掃蕩(そうとう)するにあると思います。もし反動が恐(おそろ)しいの、騒動が大きくなるのと姑息(こそく)な事を云った日にはこの弊風(へいふう)はいつ矯正(きょうせい)出来るか知れません。かかる弊風を杜絶(とぜつ)するためにこそ吾々はこの学校に職を奉じているので、これを見逃(みの)がすくらいなら始めから教師にならん方がいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を厳罰(げんばつ)に処する上に、当該(とうがい)教師の面前において公けに謝罪の意を表せしむるのを至当の所置と心得ます」と云いながら、どんと腰(こし)を卸(おろ)した。一同はだまって何にも言わない。赤シャツはまたパイプを拭(ふ)き始めた。おれは何だか非常に嬉(うれ)しかった。おれの云おうと思うところをおれの代りに山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。おれはこう云う単純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて、大いに難有(ありがた)いと云う顔をもって、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん面(かお)をしている。
 しばらくして山嵐はまた起立した。「ただ今ちょっと失念して言い落(おと)しましたから、申します。当夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれたようであるが、あれはもっての外の事と考えます。いやしくも自分が一校の留守番を引き受けながら、咎(とが)める者のないのを幸(さいわい)に、場所もあろうに温泉などへ入湯にいくなどと云うのは大きな失体である。生徒は生徒として、この点については校長からとくに責任者にご注意あらん事を希望します」
 妙な奴だ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいている。おれは何の気もなく、前の宿直が出あるいた事を知って、そんな習慣だと思って、つい温泉まで行ってしまったんだが、なるほどそう云われてみると、これはおれが悪るかった。攻撃(こうげき)されても仕方がない。そこでおれはまた起って「私は正に宿直中に温泉に行きました。これは全くわるい。あやまります」と云って着席したら、一同がまた笑い出した。おれが何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等(やつら)だ。貴様等これほど自分のわるい事を公けにわるかったと断言出来るか、出来ないから笑うんだろう。
 それから校長は、もう大抵ご意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうと云った。ついでだからその結果を云うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、おれの前へ出て謝罪をした。謝罪をしなければその時辞職して帰るところだったがなまじい、おれのいう通りになったのでとうとう大変な事になってしまった。それはあとから話すが、校長はこの時会議の引き続きだと号してこんな事を云った。生徒の風儀(ふうぎ)は、教師の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、教師はなるべく飲食店などに出入(しゅつにゅう)しない事にしたい。もっとも送別会などの節は特別であるが、単独にあまり上等でない場所へ行くのはよしたい――たとえば蕎麦屋(そばや)だの、団子屋(だんごや)だの――と云いかけたらまた一同が笑った。野だが山嵐を見て天麩羅(てんぷら)と云って目くばせをしたが山嵐は取り合わなかった。いい気味(きび)だ。
 おれは脳がわるいから、狸の云うことなんか、よく分らないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の教師が勤まらなくっちゃ、おれみたような食い心棒(しんぼう)にゃ到底(とうてい)出来っ子ないと思った。それなら、それでいいから、初手から蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇(やと)うがいい。だんまりで辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令(ふれ)を出すのは、おれのような外に道楽のないものにとっては大変な打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元来中学の教師なぞは社会の上流にくらいするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。その方に耽(ふけ)るとつい品性にわるい影響(えいきょう)を及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽(ごらく)がないと、田舎(いなか)へ来て狭(せま)い土地では到底暮(くら)せるものではない。それで釣(つり)に行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚(こうしょう)な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
 だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖(おき)へ行って肥料(こやし)を釣ったり、ゴルキが露西亜(ロシア)の文学者だったり、馴染(なじみ)の芸者が松(まつ)の木の下に立ったり、古池へ蛙(かわず)が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑(の)み込むのも精神的娯楽だ。そんな下さらない娯楽を授けるより赤シャツの洗濯(せんたく)でもするがいい。あんまり腹が立ったから「マドンナに逢(あ)うのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互(たがい)に眼と眼を見合せている。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ。利いたろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、おれが、こう云ったら蒼い顔をますます蒼くした。

     七

 おれは即夜(そくや)下宿を引き払(はら)った。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房(にょうぼう)が何か不都合(ふつごう)でもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云(い)っておくれたら改めますと云う。どうも驚(おど)ろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃(そろ)ってるんだろう。出てもらいたいんだか、居てもらいたいんだか分(わか)りゃしない。まるで気狂(きちがい)だ。こんな者を相手に喧嘩(けんか)をしたって江戸(えど)っ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。
 出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾(つ)いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒(めんどう)だから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶(かな)ったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐる、閑静(かんせい)で住みよさそうな所をあるいているうち、とうとう鍛冶屋町(かじやちょう)へ出てしまった。ここは士族屋敷(やしき)で下宿屋などのある町ではないから、もっと賑(にぎ)やかな方へ引き返そうかとも思ったが、ふといい事を考え付いた。おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控(ひか)えているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違(そうい)ない。あの人を尋(たず)ねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかも知れない。幸(さいわい)一度挨拶(あいさつ)に来て勝手は知ってるから、捜(さ)がしてあるく面倒はない。ここだろうと、いい加減に見当をつけて、ご免(めん)ご免と二返ばかり云うと、奥(おく)から五十ぐらいな年寄(としより)が古風な紙燭(しそく)をつけて、出て来た。おれは若い女も嫌(きら)いではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大方清(きよ)がすきだから、その魂(たましい)が方々のお婆(ばあ)さんに乗り移るんだろう。これは大方うらなり君のおっ母(か)さんだろう。切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。まあお上がりと云うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人を玄関(げんかん)まで呼び出して実はこれこれだが君どこか心当りはありませんかと尋ねてみた。うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としばらく考えていたが、この裏町に萩野(はぎの)と云って老人夫婦ぎりで暮(く)らしているものがある、いつぞや座敷(ざしき)を明けておいても無駄(むだ)だから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋(しゅうせん)してくれと頼(たの)んだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあいっしょに行って聞いてみましょうと、親切に連れて行ってくれた。
 その夜から萩野の家の下宿人となった。驚(おどろ)いたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、翌日(あくるひ)から入れ違(ちが)いに野だが平気な顔をして、おれの居た部屋を占領(せんりょう)した事だ。さすがのおれもこれにはあきれた。世の中はいかさま師ばかりで、お互(たがい)に乗せっこをしているのかも知れない。いやになった。
 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並(せけんなみ)にしなくちゃ、遣(や)りきれない訳になる。巾着切(きんちゃくきり)の上前をはねなければ三度のご膳(ぜん)が戴(いただ)けないと、事が極(き)まればこうして、生きてるのも考え物だ。と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊(くく)っちゃ先祖へ済まない上に、外聞が悪い。考えると物理学校などへはいって、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、六百円を資本(もとで)にして牛乳屋でも始めればよかった。そうすれば清もおれの傍(そば)を離(はな)れずに済むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮(くら)される。いっしょに居るうちは、そうでもなかったが、こうして田舎(いなか)へ来てみると清はやっぱり善人だ。あんな気立(きだて)のいい女は日本中さがして歩いたってめったにはない。婆さん、おれの立つときに、少々風邪(かぜ)を引いていたが今頃(いまごろ)はどうしてるか知らん。先だっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。それにしても、もう返事がきそうなものだが――おれはこんな事ばかり考えて二三日暮していた。
 気になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋(たず)ねてみるが、聞くたんびに何にも参りませんと気の毒そうな顔をする。ここの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方(そうほう)共上品だ。爺(じい)さんが夜(よ)るになると、変な声を出して謡(うたい)をうたうには閉口するが、いか銀のようにお茶を入れましょうと無暗(むやみ)に出て来ないから大きに楽だ。お婆さんは時々部屋へ来ていろいろな話をする。どうして奥さんをお連れなさって、いっしょにお出(い)でなんだのぞなもしなどと質問をする。奥さんがあるように見えますかね。可哀想(かわいそう)にこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもしと冒頭(ぼうとう)を置いて、どこの誰(だれ)さんは二十でお嫁(よめ)をお貰(もら)いたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人(ふたり)お持ちたのと、何でも例を半ダースばかり挙げて反駁(はんばく)を試みたには恐(おそ)れ入った。それじゃ僕(ぼく)も二十四でお嫁をお貰いるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似(まね)て頼んでみたら、お婆さん正直に本当かなもしと聞いた。
「本当の本当(ほんま)のって僕あ、嫁が貰いたくって仕方がないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちは誰もそんなものじゃけれ」この挨拶(あいさつ)には痛み入って返事が出来なかった。
「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるに極(きま)っとらい。私はちゃんと、もう、睨(ね)らんどるぞなもし」
「へえ、活眼(かつがん)だね。どうして、睨らんどるんですか」
「どうしててて。東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ち焦(こ)がれておいでるじゃないかなもし」
「こいつあ驚(おどろ)いた。大変な活眼だ」
「中(あた)りましたろうがな、もし」
「そうですね。中ったかも知れませんよ」
「しかし今時の女子(おなご)は、昔(むかし)と違(ちご)うて油断が出来んけれ、お気をお付けたがええぞなもし」
「何ですかい、僕の奥さんが東京で間男でもこしらえていますかい」
「いいえ、あなたの奥さんはたしかじゃけれど……」
「それで、やっと安心した。それじゃ何を気を付けるんですい」
「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」
「どこに不たしかなのが居ますかね」
「ここ等(ら)にも大分居(お)ります。先生、あの遠山のお嬢(じょう)さんをご存知かなもし」
「いいえ、知りませんね」
「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪(べっぴん)さんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃけれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」
「いいえ、あなた。マドンナと云うと唐人(とうじん)の言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」
「そうかも知れないね。驚いた」
「大方画学の先生がお付けた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いいえ、あの吉川(よしかわ)先生がお付けたのじゃがなもし」
「そのマドンナが不たしかなんですかい」
「そのマドンナさんが不たしかなマドンナさんでな、もし」
「厄介(やっかい)だね。渾名(あだな)の付いてる女にゃ昔から碌(ろく)なものは居ませんからね。そうかも知れませんよ」
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神(きじん)のお松(まつ)じゃの、妲妃(だっき)のお百じゃのてて怖(こわ)い女が居(お)りましたなもし」
「マドンナもその同類なんですかね」
「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし――あの方の所へお嫁(よめ)に行く約束(やくそく)が出来ていたのじゃがなもし――」
「へえ、不思議なもんですね。
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