趣味の遺伝
是非お友達にも!
★暇つぶし何某★

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著者名:夏目漱石 

          一

 陽気のせいで神も気違(きちがい)になる。「人を屠(ほふ)りて餓(う)えたる犬を救え」と雲の裡(うち)より叫ぶ声が、逆(さか)しまに日本海を撼(うご)かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応(こた)えて百里に余る一大屠場(とじょう)を朔北(さくほく)の野(や)に開いた。すると渺々(びょうびょう)たる平原の尽くる下より、眼にあまる□狗(ごうく)の群(むれ)が、腥(なまぐさ)き風を横に截(き)り縦に裂いて、四つ足の銃丸を一度に打ち出したように飛んで来た。狂える神が小躍(こおど)りして「血を啜(すす)れ」と云うを合図に、ぺらぺらと吐く□(ほのお)の舌は暗き大地を照らして咽喉(のど)を越す血潮の湧(わ)き返る音が聞えた。今度は黒雲の端(はじ)を踏み鳴らして「肉を食(くら)え」と神が号(さけ)ぶと「肉を食え! 肉を食え!」と犬共も一度に咆(ほ)え立てる。やがてめりめりと腕を食い切る、深い口をあけて耳の根まで胴にかぶりつく。一つの脛(すね)を啣(くわ)えて左右から引き合う。ようやくの事肉は大半平げたと思うと、また羃々(べきべき)たる雲を貫(つら)ぬいて恐しい神の声がした。「肉の後には骨をしゃぶれ」と云う。すわこそ骨だ。犬の歯は肉よりも骨を噛(か)むに適している。狂う神の作った犬には狂った道具が具(そな)わっている。今日の振舞を予期して工夫してくれた歯じゃ。鳴らせ鳴らせと牙(きば)を鳴らして骨にかかる。ある者は摧(くじ)いて髄(ずい)を吸い、ある者は砕いて地に塗(まみ)る。歯の立たぬ者は横にこいて牙(きば)を磨(と)ぐ。
 怖(こわ)い事だと例の通り空想に耽(ふけ)りながらいつしか新橋へ来た。見ると停車場前の広場はいっぱいの人で凱旋門(がいせんもん)を通して二間ばかりの路を開いたまま、左右には割り込む事も出来ないほど行列している。何だろう?
 行列の中には怪(あや)し気(げ)な絹帽(シルクハット)を阿弥陀(あみだ)に被(かぶ)って、耳の御蔭で目隠しの難を喰(く)い止(と)めているのもある。仙台平(せんだいひら)を窮屈そうに穿(は)いて七子(ななこ)の紋付を人の着物のようにいじろじろ眺(なが)めているのもある。フロック・コートは承知したがズックの白い運動靴をはいて同じく白の手袋をちょっと見たまえと云わぬばかりに振り廻しているのは奇観だ。そうして二十人に一本ずつくらいの割合で手頃な旗を押し立てている。大抵は紫(むらさき)に字を白く染め抜いたものだが、中には白地に黒々と達筆を振(ふる)ったのも見える。この旗さえ見たらこの群集の意味も大概(たいがい)分るだろうと思って一番近いのを注意して読むと木村六之助君の凱旋(がいせん)を祝す連雀町(れんじゃくちょう)有志者とあった。ははあ歓迎だと始めて気がついて見ると、先刻(さっき)の異装紳士も何となく立派に見えるような気がする。のみならず戦争を狂神のせいのように考えたり、軍人を犬に食われに戦地へ行くように想像したのが急に気の毒になって来た。実は待ち合す人があって停車場まで行くのであるが、停車場へ達するには是非共この群集を左右に見て誰も通らない真中をただ一人歩かなくってはならん。よもやこの人々が余の詩想を洞見(どうけん)しはしまいが、たださえ人の注視をわれ一人に集めて往来を練(ね)って行くのはきまりが悪(わ)るいのに、犬に喰い残された者の家族と聞いたら定めし怒(おこ)る事であろうと思うと、一層調子が狂うところを何でもない顔をして、急ぎ足に停車場の石段の上まで漕(こ)ぎつけたのは少し苦しかった。
 場内へ這入って見るとここも歓迎の諸君で容易に思う所へ行けぬ。ようやくの事一等の待合へ来て見ると約束をした人は未(ま)だ来ておらぬらしい。暖炉の横に赤い帽子を被った士官が何かしきりに話しながら折々佩剣(はいけん)をがちゃつかせている。その傍(そば)に絹帽(シルクハット)が二つ並んで、その一つには葉巻の煙(けむ)りが輪になってたなびいている。向うの隅に白襟(しろえり)の細君が品(ひん)のよい五十恰好(かっこう)の婦人と、傍(わ)きの人には聞えぬほどな低い声で何事か耳語(ささや)いている。ところへ唐桟(とうざん)の羽織を着て鳥打帽を斜めに戴(いただ)いた男が来て、入場券は貰えません改札場の中はもういっぱいですと注進する。大方(おおかた)出入(でいり)の者であろう。室の中央に備え付けたテーブルの周囲には待(ま)ち草臥(くたび)れの連中が寄ってたかって新聞や雑誌をひねくっている。真面目に読んでるものは極(きわ)めて少ないのだから、ひねくっていると云うのが適当だろう。
 約束をした人はなかなか来(こ)ん。少々退屈になったから、少し外へ出て見ようかと室の戸口をまたぐ途端に、背広(せびろ)を着た髯(ひげ)のある男が擦(す)れ違いながら「もう直(じき)です二時四十五分ですから」と云った。時計を見ると二時三十分だ、もう十五分すれば凱旋(がいせん)の将士が見られる。こんな機会は容易にない、ついでだからと云っては失礼かも知れんが実際余のように図書館以外の空気をあまり吸った事のない人間はわざわざ歓迎のために新橋までくる折もあるまい、ちょうど幸(さいわい)だ見て行こうと了見(りょうけん)を定めた。
 室を出て見ると場内もまた往来のように行列を作って、中にはわざわざ見物に来た西洋人も交っている。西洋人ですらくるくらいなら帝国臣民たる吾輩(わがはい)は無論歓迎しなくてはならん、万歳の一つくらいは義務にも申して行こうとようやくの事で行列の中へ割り込んだ。
「あなたも御親戚を御迎いに御出(おいで)になったので……」
「ええ。どうも気が急(せ)くものですから、つい昼飯を食わずに来て、……もう二時間半ばかり待ちます」と腹は減ってもなかなか元気である。ところへ三十前後の婦人が来て
「凱旋の兵士はみんな、ここを通りましょうか」と心配そうに聞く。大切の人を見はぐっては一大事ですと云わぬばかりの決心を示している。腹の減った男はすぐ引き受けて
「ええ、みんな通るんです、一人残らず通るんだから、二時間でも三時間でもここにさえ立っていれば間違いっこありません」と答えたのはなかなか自信家と見える。しかし昼飯も食わずに待っていろとまでは云わなかった。
 汽車の笛(ふえ)の音を形容して喘息(ぜんそく)病(や)みの鯨(くじら)のようだと云った仏蘭西(フランス)の小説家があるが、なるほど旨(うま)い言葉だと思う間もなく、長蛇のごとく蜿蜒(のた)くって来た列車は、五百人余の健児を一度にプラットフォームの上に吐き出した。
「ついたようですぜ」と一人が領(くび)を延(のば)すと
「なあに、ここに立ってさえいれば大丈夫」と腹の減った男は泰然として動(どう)ずる景色(けしき)もない。この男から云うと着いても着かなくても大丈夫なのだろう。それにしても腹の減った割には落ちついたものである。
 やがて一二丁向うのプラットフォームの上で万歳! と云う声が聞える。その声が波動のように順送りに近づいてくる。例の男が「なあに、まだ大丈……」と云(い)い懸(か)けた尻尾(しっぽ)を埋(うず)めて余の左右に並んだ同勢は一度に万―歳! と叫んだ。その声の切れるか切れぬうちに一人の将軍が挙手の礼を施しながら余の前を通り過ぎた。色の焦(や)けた、胡麻塩髯(ごましおひげ)の小作(こづく)りな人である。左右の人は将軍の後(あと)を見送りながらまた万歳を唱(とな)える。余も――妙な話しだが実は万歳を唱えた事は生れてから今日(こんにち)に至るまで一度もないのである。万歳を唱えてはならんと誰からも申しつけられた覚(おぼえ)は毛頭ない。また万歳を唱えては悪(わ)るいと云う主義でも無論ない。しかしその場に臨んでいざ大声(たいせい)を発しようとすると、いけない。小石で気管を塞(ふさ)がれたようでどうしても万歳が咽喉笛(のどぶえ)へこびりついたぎり動かない。どんなに奮発しても出てくれない。――しかし今日は出してやろうと先刻(さっき)から決心していた。実は早くその機がくればよいがと待ち構えたくらいである。隣りの先生じゃないが、なあに大丈夫と安心していたのである。喘息病みの鯨が吼(ほ)えた当時からそら来たなとまで覚悟をしていたくらいだから周囲のものがワーと云うや否や尻馬(しりうま)についてすぐやろうと実は舌の根まで出しかけたのである。出しかけた途端に将軍が通った。将軍の日に焦(や)けた色が見えた。将軍の髯(ひげ)の胡麻塩(ごましお)なのが見えた。その瞬間に出しかけた万歳がぴたりと中止してしまった。なぜ?
 なぜか分るものか。なにゆえとかこのゆえとか云うのは事件が過ぎてから冷静な頭脳に復したとき当時を回想して始めて分解し得た智識に過ぎん。なにゆえが分るくらいなら始めから用心をして万歳の逆戻りを防いだはずである。予期出来ん咄嗟(とっさ)の働きに分別が出るものなら人間の歴史は無事なものである。余の万歳は余の支配権以外に超然として止(と)まったと云わねばならぬ。万歳がとまると共に胸の中(うち)に名状しがたい波動が込み上げて来て、両眼から二雫(ふたしずく)ばかり涙が落ちた。
 将軍は生れ落ちてから色の黒い男かも知れぬ。しかし遼東(りょうとう)の風に吹かれ、奉天の雨に打たれ、沙河(しゃか)の日に射(い)り付けられれば大抵なものは黒くなる。地体(じたい)黒いものはなお黒くなる。髯(ひげ)もその通りである。出征してから白銀(しろがね)の筋は幾本も殖(ふ)えたであろう。今日始めて見る我らの眼には、昔の将軍と今の将軍を比較する材料がない。しかし指を折って日夜に待(まち)佗(わ)びた夫人令嬢が見たならば定めし驚くだろう。戦(いくさ)は人を殺すかさなくば人を老いしむるものである。将軍はすこぶる瘠(や)せていた。これも苦労のためかも知れん。して見ると将軍の身体中(からだじゅう)で出征前(ぜん)と変らぬのは身の丈(たけ)くらいなものであろう。余のごときは黄巻青帙(こうかんせいちつ)の間(あいだ)に起臥(きが)して書斎以外にいかなる出来事が起るか知らんでも済む天下の逸民(いつみん)である。平生戦争の事は新聞で読まんでもない、またその状況は詩的に想像せんでもない。しかし想像はどこまでも想像で新聞は横から見ても縦から見ても紙片(しへん)に過ぎぬ。だからいくら戦争が続いても戦争らしい感じがしない。その気楽な人間がふと停車場に紛(まぎ)れ込んで第一に眼に映じたのが日に焦けた顔と霜(しも)に染った髯である。戦争はまのあたりに見えぬけれど戦争の結果――たしかに結果の一片(いっぺん)、しかも活動する結果の一片が眸底(ぼうてい)を掠(かす)めて去った時は、この一片に誘われて満洲の大野(たいや)を蔽(おお)う大戦争の光景がありありと脳裏(のうり)に描出(びょうしゅつ)せられた。
 しかもこの戦争の影とも見るべき一片の周囲を繞(めぐ)る者は万歳と云う歓呼の声である。
◇ピンチです!◇
◇暇つぶし何某◇

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