小熊秀雄全集-22
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:小熊秀雄 


ぢや 君たちも僕(ぼく)といつしよに火星(くわせい)へ行く どう?
ピチクン あんたどう
あんまり気が進(すゝ)まないな


やあい 君たちだつて弱虫(よわむし)だい
行けても 帰(か)へれなくなつたら困(こま)るわ


ニャンちやんは大きくなつたら何になるの
大きくなつても 猫(ねこ)よりほかに何にもなれなくてつまらないわ
そんなことをいへば 僕だつて犬より出世(しゆつせ)はできないや


それでもいいの 鼠(ねずみ)を上手(じやうず)にとれるやうになれば……
さうだ さうだ
みんな本分(ほんぶん)をつくせばいいんだ


あ! 天文台(もんだい)の庭でお父さんがこつちを見てゐる
早く行かう
走れ! 走れ!


ほう よく来た、何にをみんなでしやべつてゐたんだ
ニャンちやんとピチ君が天文学者(もんがくしや)になれないつて悲観(ひくわん)してゐたんです


アハハハ それは考(かんが)へちがひぢや
ニャン子 お前のヒゲは何のためにある
このヒゲですか 鼠(ねずみ)をとるために大切(せつ)なものです


では どういう風(ふう)に使ふか やつてごらん
ハイ 世間(せけん)では猫(ねこ)はどんな暗(くら)やみでも見えるといひますが嘘(うそ)です
少しも光のない暗(くら)い所では目は見えませんから


さういふ時にかういふ格構(かくかう)でヒゲをかうして床(ゆか)にさはつて歩いて鼠の居(ゐ)さうな所をさがすのです


だから人間(げん)はわたしたち猫のヒゲを切つてはいけません


そらごらん 猫のヒゲはそんな立派(りつぱ)な使ひ道がある
ところで この人間のヒゲは何のために生へてゐるか
あゝわかつた 威張(いば)るためについてゐるんだ
ハハハおかしいな


ハハハ その通りぢや それからニャン子は足(あし)をなめたり 耳や鼻(はな)を何度(ど)も洗ふときがあるね
ええ それは雪降(ふ)りや嵐(あらし)がやつて来る前 お天気が変(かは)りさうになるからです


それごらん 天気の変(かは)り目をちやんと知るのは天文学者(もんがくしや)より偉(えら)いんだよ
猫(ねこ)だつて 偉いんだなア
ほんとだ
そんなにほめられるとあたし恥(はづ)かしいわ


やあ ニャン子がほめられてすつかり恥かしがつてゐるよ
ニャンちやん そんな顔(かほ)をするとこつちが恥かしくなつてしまふよ
あれ、こんどはピチ君が恥かしがつてゐらア


(火星実験室(くわせいぢつけんしつ))
ここが特別研究室(とくべつけんきうしつ)だ さあ みんなお入り
へんな建物(たてもの)だなあ


やあ おかしいなあ 中ががらんどうだ
なんだか薄気味(うすきみ)がわるいわ
さあ そこに丸窓(まるまど)や扉(とびら)があるから のぞいてごらん


やあ おどろいた ここの部屋(へや)は二重(ぢゆう)になつてゐる
機械(きかい)がぎつしりあるわ
ここは何にをするところです
いま いろいろの実験(じつけん)をやつて見せやう


さあ みんなマスクをかけ給(たま)へ
ニャンちやん マスクのかけ方がさかさまだよ
あら さう


マスクつて変(へ)んな格好(かくかう)のものね
そのマスクは酸素吸入器(さんそきふにふき)にもなつてゐるんだ
みんなタコのお化(ば)けのやうだ


おや お父(とう)さんだけマスクをかけないんですね
わしは次(つぎ)の室(へや)だ 最初(さいしよ)この部屋(へや)を火星(くわせい)の状態(じやうたい)にする


何が始(はじ)まるんだらう
お父さん あんまり恐(こわ)いことをしないでね
なんぢや 科学者(くわがくしや)の子がそんな弱音(よわね)を吐(は)いて


もし危険(きけん)なことが起(お)きたら 扉(ドア)をあけてそとに出たらいい


説明(せつめい)はその壁(かべ)にうつる仕掛(しかけ)になつてゐる
みんな用意(い)はいいか
イイデス……
なんだ 情(なさ)けない声(こゑ)を出すね


あれ お父(とう)さんが隠(かく)れてしまつた
やあ 機械(きかい)のうなる音がしだした
(ブルン ブルン ブルン)
テン太郎さん 大丈夫(だいぢやうぶ)かしら


(ブルルン ブルルン ブルブル ピューキャタ キャタ キャタ ホホホヽ)


あれまあ 機械が笑(わら)ひ出したわ


や 映写板(えいしやばん)に何にか映(うつ)つた
やあ これは面(おも)白い
(これからこの部屋(へや)の空気(くうき)をかき出(だ)してしまふ。)


(ガッタン ガッタン ガッタン)
(火星(くわせい)の直径(ちよっけい)は四千二〇〇哩(まいる)ある 地球(ちきゆう)の半分(はんぶん)よりちよっと長(なが)いくらいだ。)


あら? わたし体(からだ)が軽(かる)くなつてきた
おかしいなあ しやぼん玉(だま)のやうに軽いぞ
やあ 面(おも)白い 面白い


飛(と)んだり 跳(は)ねたり 愉快(ゆくわい)だなあ!
やあ 面(おも)白いなあ
いくらでも跳(と)べるわ
(火星(くわせい)の重力(じゆうりよく)は 地球(ちきゆう)の五分(ぶん)ノ二しかない。だから君達(きみたち)の重(おも)さも五分(ぶん)ノ二にへった。)


体(からだ)が軽(かる)くて気持ちがいい
(地球(ちきゆう)で百五〇封度(ポンド)の重(おも)さの人間も、火星(くわせい)では六〇封度(ポンド)になる。人は地球(ちきゆう)にゐるときよりも二倍半(ばいはん)高(たか)くとべる。)


(いま実験室(ぢつけんしつ)は火星(くわせい)のやうになってゐる。酸素(さんそ)・窒素(ちつそ)・水蒸気(すいじやうき)なんどは有(あ)ってもとても少い。)
あれ酸素(さんそ)が少いんだつて マスクがとれたらみんな死んでしまふぞ
まあ おそろしい
それぢや火星(くわせい)には人間(げん)なんかゐないや


酸素がなくちや猫(ねこ)だつて住めないわ
(火星(くわせい)には水(みづ)も少(すくな)い。もし海(うみ)があるとすれば、春(はる)の雪(ゆき)どけのときだけできる浅(あさ)い海だ(うみ)だ。)


(地球(ちきゆう)から見(み)える火星(くわせい)の黒(くろ)いところは、だから海(うみ)といふよりも沼(ぬま)か 小(ちい)さな沼(ぬま)の集(あつま)ったのか、川(かわ)だ。)
火星(くわせい)といふところは 寂(さび)しいところなんだなあ


(これが想像(さうざう)した火星(くわせい)の表面(へうめん)で一面(めん)の砂原(すなはら)で植物(しよくぶつ)もある。)
やあ 寂しいところに来てしまつたぞ
まるで砂漠(さばく)のやうね


僕(ぼく)の見た火星の夢(ゆめ)は こんなに寂しくはなかつたよ
だつて夢だもの なんでも見られるわ
さうだ 夢より科学(くわがく)の方がほんとうだ


ちがわい 夢からいろいろの科学だつて生れたんだい
ぢや テン太郎さん何んと何にが生れたの?


たとへば 人間(げん)が空を飛(と)びたいと考(かんが)へてゐたから とうとう飛行機(ひかうき)といふものを考へ出した
さうだ 想像(さうざう)は発明(はつめい)の母(はは)だ!


ちがひますよ テン太郎さんの夢(ゆめ)は目をつぶつて見たんでせう 科学(くわがく)を生みだす夢は目をあけてみる夢だわ
こいつ 生意気(なまいき)な!
目をあけて 夢を見られるかい


みられるわ さういふ夢を想像(さうざう)とか空想(くうさう)とかいふんだわ
うそだい 科学者(くわがくしや)なんか空想なんかしないよ
ちがひますよ しますよ


ニャンちやんなんか駄(だ)目だい
鼠(ねずみ)の夢より見ないんだから
ひどいわ ひどいわ アーン ぢやピチちやん あんたは泥棒(どろぼう)を追(お)つかける夢より見ないんだわ アーン


(これこれみんな喧嘩(けんくわ)をするな□)
あれ? 叱(しか)られた
なんでも映(うつ)るんだなあ
(フフフ。)


あれニャン君が今 フフつて笑(わら)つたぞ
いま泣いた烏(からす)が笑ひだした ハハハ
だつて あんなところに映つたりして おかしいんですもの
ニャンちやん 仲直(なかなほ)りしやうね


あら変(へん)だわ わたしなんだか寒(さむ)くなつてきたわ
どうしたんだらうね
僕(ぼく)は少しも寒くはない


おお寒(さむ)い! もうたまらないわ
(ブルブルブル)
ほんとだ 少し寒くなつてきたぞ
僕(ぼく)はすこしも感(かん)じませんよ


ニャン君 僕とピチ君の間(あひだ)にかうしてはさまつてをいでよ
(ブルブルブル)
昔(むかし)から猫(ねこ)は 寒がりときまつてゐるんだよ


あれッ、これはきれいだ
ほれごらんなさい こんなに氷(こほり)だらけになつたわ
(ブルブルブル)
やあ きれいだなあ うわあ、寒い寒い


(実験室(ぢつけんしつ)の中(なか)の温度(おんど)をだんだん下げて 火星(くわせい)の寒(さむ)さにしてみる。)
火星の寒さはどの位(くらゐ)だらうな
おや寒く なつてきたネ
(ブルブルブルブル)
昔から犬は 寒がらない動物(ぶつ)であつたはづだわ


(火星(くわせい)にも北極(ほつきよく)のやうな寒(さむ)いところがある。『極冠(きよくくわん)』と呼(よ)んでる。まんなかのは火星(くわせい)にのぼつた月(つき)だ。火星(くわせい)の寒(さむ)いところは零下(れいか)四十度(ど)から零下(れいか)七十度(ど)の寒(さむ)さだ。)
おお寒い寒い これはたまらん


あッ! ピチクンがのびちやつた
あれ?


お父さん! 大変です あけてください!
そんなところたたいてもだめだわ そこの扉(ドア)をあけるんだわ
[#改ページ]

コオロギと蛙(かへる)


やあ助かつた
お父(とう)さん ピチクンがこんなになつちまつた
こりや失敗(しつぱい) しかし実験室(じつけんしつ)はまだ零下(れいか)四十度そこそこなんだよ
早く温(あたた)めてやらなければ……


なに大丈夫(ぢやうぶ)だよ ほら目をあけた
おや? ここはどこだ
あんた凍(こゞ)え死ぬところだつたのよ
ピチクンはニャンちやんよりも弱虫(よわむし)だなあ アハハ


さあ、おいで 火星(くわせい)行ロケットを見せてあげやう
僕(ぼく)は火星へ行きませんよ
ハハハ テン太郎はすつかり火星嫌(きら)ひになつたね
ちがひます 僕は星はみな好(すき)です 中でも火星は大好きです


それに どうして火星へ行くのをいやがるんだね
あんまりへんな夢(ゆめ)をみてしまつたんです


ハハハハ それでテン太郎は ほんとうの事を知りたくなつたんだね
さうです


さうぢや ほんとうのことを知ることぢや 火星に人間(げん)がむりに居(ゐ)るやうに考(かんが)へてはいかん
さうですね 人間がゐるかゐないか研究(けんきう)すればいいんですね
さうぢや


火星(くわせい)の夢(ゆめ)を見たければ テン太郎のやうにベットの上で見たらいい
僕(ぼく)もう火星の夢はみません こんどは機械(きかい)をのぞいてほんとうのことを沢山(たくさん)知るんです
賛成(さんせい)!
賛成!


さあ みんな帰(かへ)らう
お父(とう)さんがいろいろのことを見せてやつた こんどはテン太郎は自分(じぶん)の学校の勉強(べんきやう)を帰つてやりなさい
さやうなら
さよなら


これこれテン太郎 一寸(ちよつと)まて きのふからな お父さんの髯(ひげ)にコオロギが巣(す)をつくつたんぢや
(エ?)
まあ驚(おどろ)いた 髯の中にですか?


さうぢや わしは殺(ころ)すことがきらひぢやから放(ほう)つておいたよ
ホレ鳴(な)いてゐる
やあ ふしぎだ?


あらほんと聞きたいわ
僕にも聞かせて下さい
さわいぢや鳴かないよ そつと寄(よ)つてきたまへ


(コロ コロ コロ)
ああ ほんとだ!
どうして髯の中になんか入つたんだらうな
いい声(こゑ)だなア


(コロ コロ コロ ハクション)
アレッ コオロギが くしやみをした!


ア、わかつた お父さんが口で鳴く真似(まね)をしてゐたんだ
では みなさんさやうなら


お父さんにやられちやつた
くやしいわね
なんだかこのまゝ帰るのは残念(ざんねん)だなあ


僕もさうだ 子供(ども)や犬や猫(ねこ)が科学者(くわがくしや)に負(ま)けるなんていまいましいなあ
なんだか、このまゝ帰れませんね
くやしいな


いいことを考(かんが)へついた みんな……………………ネ
うまい考へだな
くやしいわね


(ゲロゲロゲロゲロ ゲゲゲゲゲゲ ゲーロゲロ ゲロゲロ)
こりや助からん どうもうるさい蛙共(かへるども)ぢやなあ


星野(の)さん だいぶ蛙がうるさいやうですな
(ゲロゲロゲロ)
研究(けんきう)も何もできませんですね


おや これは
ヤしまつた
さつきの敵(かたき)うちか こりやいかん


(ピシャッ)


さあ みんな帰(かへ)らう
(ゲロゲロ ゲロゲロ)
やつと胸(むね)がスースーしたわ
(ゲゲゲゲゲゲ)
アハハハ
(ゲーロ ケロケロゲロ)




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:68 KB

担当:undef