小熊秀雄全集-13
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著者名:小熊秀雄 

水車
人に言へない苦労なら
宵の松原
サラサラと
風にながして
芸は達者で、熱心で
せいぜいママを喜ばす
ほんに
あなたはりかう者


矢田津世子

玉子せんべい、紺のれん
ヱリアシ、素足にうつとりし
寿司屋、小間物屋の
お江戸趣味
フラッパーは大嫌ひ
老人の恋心をしきりにかく
散歩の場所も神楽坂
のぼるに苦しく
下るに楽だ


由利アケミ

あなたのやうな良い声と
めぐまれた演技もちながら
日本のカルメン役者は
オペラを探して
さすらひの旅、
日本にオペラ運動がみ(ママ)ないので
アタラ名優由利さんも
手も足もでないといふ感じ
誰か彼女にオペラを与へよ、
オペラパックでも我慢する


長谷川時雨について

明治、大正、昭和にわたつて
生き永らへて
彼女は依然として
明治の髷を結ひ通してゐる、
歴史三代にわたる
生きたる書庫を傍にをく
大衆作家三上於兎吉も幸せなる哉、
彼女は義理と人情の
保守主義者として
いま最後的な
美しさを放つてゐる
彼女の眼からは
すべての作家も
坊ちやん嬢ちやんに小さく見えるから、
女親分のやうに
若い衆の不仕(ママ)末を
優しい眼でハッタと睨んで
――お慎しみなさい、
と叱りつける。


神近市子について

彼女が怒つたときは
蛇のやうな体臭を発散する
――、とは大杉栄の述懐であつた
いまでは彼女も老いた
悠々たる長い蛇ではない
短い、そして怒りも短時間だ
鋭い歯はもつてゐるが毒をもつてゐない
噛みつかれさうな人よ、
安心したまへ
彼女が不意を喰つたときだけ
体全体を鎌首にする
自己防衛の習性が残つてゐるだけだ
平素はトカゲのやうに
鞄をもつてチョロチョロと
人々の間を走りまわる。


板垣直子について

家庭にあつては優しい母親で
なぜ文章の上では
あのやうな毒舌家なのだらう
行つた先先で
ふところから
化粧鏡とパフをだすかはりに
マナイタと出刃庖丁をだす鬼婆だ、
刃物さへあてさへすれば
骨が離れると思つてゐるのはどうかと思ふ、
彼女は案外料理の仕方を知らないのだ、
直子さんよ、
他人の作品を批評する場合もどうか
酔つて帰つて
あなたの愛する鷹穂のズボンを
ぬいでやるときのやうに
親切にしてやつて下さい。


或る女流作家に与ふ

貴女は
なまじつか人生の外塀を
手探りでまねる
小ざかしさを知つてゐるために
軽蔑すべきことをしてゐる
軽蔑すべきことは
あゝ、小説なるものを
つくる術を知つたことだ
それから怖ろしいことが起つた
子供と亭主を捨てゝしまつたことだ
結局あなたは
階級闘争は知つてゐても
男の心を知らなかつたのさ

後悔の月はのぼつてゐるが
雲の乗物が迎へにやつてこない
真夜中の目覚めに
貴女の鼻水は
多少はすすられたにちがひない
しかし涎と鼻水とで
つなげる愛は
新婚三ヶ月位の間だけだらう
貴女がオムツの数を
千枚もとりかへて育てた子供は
今年中学の試験を受けた筈だ

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
◆雑纂・補遺詩篇

散文詩 雪のなかの教会堂

 ながい時間の寒さの辛棒もほんの僅なしげきで眼をさましもう堪えられなくなつた冷たさです私はどんどんと馬橇の中で足ぶみをして足の裏に暖気のたんじようを待ちました、だがなかなか強情な冷気でつむじ曲がりの寒暖計のやうに水銀の玉は容易に動かうとはしないのでした。馬橇はあかるい舞台照明の青さの中をそれは静かにひつそりと走つてゐるのです、たくさんの電信柱の退却または都市建築物のすべてが幾何学派の絵画のやうに渦巻波の雪の道路はうねうねとうす緑の輪廓線に馳けてゆくのです。
 それからこの私の乗り物はだいぶ走つたやうです、黒い幌の窓から見える外光はだんだん日暮れになつてゆき、いまいましいほど穏かな街の景色です。ふと馬橇は速力を弱めお客さんの私にどんどんと二三度も尻餅を搗かせた手綱『乗せてくださらない』私はだまつて白眼で橇の天井裏を睨ませたほどのそれは優しい優しいたしかに女の声です
『よう御座んす……お乗んなさい』馭者台の馭者は私の歓迎の辞の代読者でなかなか話せる男です。
 私は不意にマントを頭からすつぽりかむつてうとうとしたゐねむりの真似をやりました。
 私の神経は急に鋭敏にこころだけはしかし高速度撮影器機の乾板のゆるやかさです、幌をめくつて乗つた女は白い毛糸の長い首巻をした白い女で、空つ風に頬ぺたの可愛らしく赤いことはマトン[#「マント」の誤植と思われる]のボタンの穴から覗きました。向ひあつて腰かけたおたがひは膝と膝とがすれあふほどの四畳半の情熱の室で女が隠した私の顔を知らうといふあほらしい努力です。
 ただこれ触だけの感[#「ただこれだけ感触」の誤植と思われる]にも私の心臓は臆病な医者が女の手の脈搏を感ずるやうなのに、さても大胆な若い女は黒い瞳を平にしてちらと私を見たばかりの平気さです。女よ、女は遠浅の海の水平線です広さだけはふしぎな際涯(さいはて)をもつてゐる偽りの去勢動物です、黄色いねば土の自画像に専念な憎らしい彫刻家です女のために馬橇は止まつてすたすたと女は小走りに駈出しました。そこの広場に建てられた雪の中の教会堂の扉の中に……


追悼詩 ひとりたび
田中社長のお子さん克行さん(四ツ)が亡くなりました、それは真丸い眼をした可愛らしいお子さんでした

お眼めを
つぶつた
克行さん
 ……
ちいちやい
あんよの
一人旅
 ……
お眼めを
つぶつた
克行さん
 ……
靄の
小路の
一人旅


聯詩の会
    広瀬氏歓迎席上

 私の家で二十七日夜来旭の広瀬操吉氏を中心に雑談をやつた、広瀬氏が聯詩をやらうといふ提議に車座になつて数枚の詩篇は、幾度となく一同をめぐり廻つて完成された。鈴木も今野もそして私も、この聯詩といふものは始めてだがこの奇怪な作業に、すつかり魅せられた。もつと当地方でもこの聯詩を流行(はや)らしてもいゝと思ふ。
 殊に私などは自我的で、自分の仕事に閉ぢこもつたきりである、かうして一つの主題の下に、ちがつた三人の個性が結び合ふといふことは無言のうちに傑れた感情を醗酵させ、また大きな勉強になることだと思ふ。言語構成上の収穫も多かつた(小熊生)
広瀬操吉
今野紫藻
鈴木政輝
小熊秀雄

    風船
空はこばると(今野)
昆虫学者は網を持ちて野原を馳ける(鈴木)
あゝ秋の風船の快よき(広瀬)
学者はしばし昆虫をとる(小熊)
ことを忘れて空を見上げた
空には何もなくなつた(今野)
ヱアシップの哀れなるかな(広瀬)
ちぎれ雲ひとつ(小熊)
へう/\吾魂を流しゆきぬ(鈴木)
出題  小熊秀雄
    夜の花
浮浪人は徳利を抱いて畳に寝ころび(鈴木)
つく/″\と阿母が恋しくなつた(小熊)
しかと花を抱いて眠りぬ(広瀬)
あゝこの男に昨日があるのだ(今野)
真昼は陽気に夜は陰気に(小熊)
幸福と不幸を織り交ぜて(広瀬)
あゝいつか男の息は絶えてゐる(今野)
されどあけぼのゝ雀は障子にながむ(鈴木)
出題  広瀬操吉
    豚
豚が欠伸(あくび)する真昼時(広瀬)
はらんだ牧女があらはれた(今野)
彼女は豚に餌をやりながら胎児のことを考へた(小熊)
胎動を感じつゝ群がる仔豚を愛撫する(鈴木)
あはれ秋風よ情(つれ)なき男に(広瀬)
情ある男に(今野)
吾養豚所のをみなの心を伝へてよ(鈴木)
かくて重き妊婦は空を仰いだ(小熊)
出題  鈴木政輝
    夜の陶器
この壺はうれひなくふくらみ(小熊)
夜の光線は照らされて(広瀬)
蒼白い叔母のマスクが写された(今野)
この壺はうれひなくふくらみ(鈴木)
遠き秋風の音を聴きつゝ(広瀬)
ふるさとの唐土を追憶し(小熊)
殺人事件を審判する(今野)
あゝこの壺はうれひなくふくらみ(鈴木)
出題  今野紫藻

日中往復はがき詩集

    作品第一番    八月二十六日夜
小熊(1)さあ始めよう
私は日本の
雑種的な
バスで
君は広東語の
悠揚せまらざる
アクセントで
ふたりは心の料理場の
材料をあるだけ
出し合はう

雷(2) よろしい!
ぢや、やらう!
北海道から来た
君は『飛ぶ橇』に乗つて、
広東から来た
私は『沙漠』をぬけて、
東京にふたりで
料理屋になる。
胸にしつかりと積んでる
この島のと
その大陸のとの
お土産を
世界の釜で
料理しよう!
わが無数の餓鬼は
私達のこしらへる物が
まづくても
おいしさうに
がつ/″\食べて呉れるだらう。

小熊(3)空腹な人生
かう我々はこの人生を
呼ぶ必要がある、
完全な空腹ぢやないね、
ことは我々ロマンチストは
理想の入る余地と
詩をつくる余地と
詩が大衆に愛される
余地は充分あるね
料理方も
喰ひ方も
かうして親密に
心や胃の腑に入れるものを
熱心につくり
熱心に待つてゐる
    
雷(4) 礼儀がなく
しかし礼儀以上の
敬愛と自重を持つ我々は
きたない大地に
立派な種を播き込まうとする
その種の萌え上がる実は
黄金だらうか
丸弾(ママ)だらうかと
いづれもかまはぬ
いづれでも飢餓の糧を
取換へる武器になる
我々はまた高い理想を
その種の中に孕ませる
――全く自由を戦取する人間の口
――彼らの強い呼吸に
陽気さの口笛を吹かせると。

小熊(5)けふ嵐の中で
我々の種子はとび交つた、
炸烈する胚子は――、
地上への自由の蒔き手を
自任しよう、
二つの民族は
コルホーズ(共同農場)に
でかけてゆく
しかも我々の住んでゐるところの
コルホーズは
暁ではない、夜だ、
まつくらなんだ、
まるで手探りで種蒔いてゐる、

雷(6) 飛砂走石たる野原に
我々はトラクターを進ませて
時代の最後の嵐を追ひ消さう
野獣の血肉と骸骨を、
肥料として土の中へ打ち込む
暁になると我々の
蒔いた胚子が
まるで一瞬間の間に
むら/\と空へ伸び上がる
そしていづれの端末にも
輝く花の弁が
勝利の微笑をして
招いてるだらう
その時、地球のどこにも
平和な空気が
あざやかに漂ふ

小熊(7)それを夢みる
君の夢を私がみる、
私の夢を君がみたまへ、
現実の毒素的な寝台の上でも
われわれの肉体は腐らない、
われわれの真理はカビない、
愚劣な堪へ難い夜よ、
早く明け放れてしまへ、
ひきちぎれ
消極的なにがにがしい、
苦悶のヒダ飾りの
灰色のカーテンを、
他人の手を待つ必要はない
我々のすぐ手のとどくところから
我々の手をもつてそれを行動しよう

雷(8) 心配しねえ
心配しねえ
夢みよ
その真実な夢を。
いや、それのみならず
又、夢からメザマし
大胆で
飛びかかつて来る
虎狼の耳朶を掴んで
そいつの背にまたがつて
腹までにしつかりと挾む。
それから、拳固で
そいつの頭を打ちつぶす、
山山に 野原に
我々のコルホーズを
ひろげよう
大地の涯までに。

小熊(9)幸福な土地への強烈なあこがれよ、
堪へ難い日常生活を
行動への魅力で
救済しようとする
単なる魅力として終るか、
新しい前進の現実を
具体的に土の上に建てるか、
直接クワをふるふか
クワをながめてゐるか、
暗い朝を紫の帯をひいて
雲が走つてゆく、
そして農夫のコーラスは
どこからともなくきこえてくる

    作品第二番    三十一日夜

雷(1) 我々は
不同の血液で
共同の敵を爆炸する
炸弾をつくる
不同の言葉で
あらゆる民族の城池を
吹きつぶす颱風を
呼び起さう
統一的なイデオロギーを
もつて自衛し
最も妙な戦術を
もつて攻襲する
我々は世界矛盾
白熱化の焦点に
総爆発する火力を
強く準備する
まるで火事後に
新しい建設を準備するやうに。

小熊(2)同じからざる敵を
同じからざる味方をもつて迎へ撃つ、
炸弾は個性的に
跳ねとぶだらう、
確固不動の
精神に前進を命じよう、
濶達な青年として
たたかふ場所は広い、
撃たれるものも
撃つものも豊富である。
豊富とは美である。
そして地球は丸い
敵味方で充実してゐる、
そこに混迷も暗黒も漂泊も待つてゐる

雷(3) 私はルンペン詩人になりたい
鉄砲のやうなペンを背負つて
到る処へ狩猟し游撃する
弾丸の痕――字の跡で
悪魔を駆立つ符を綴り
自覚せる人間の眼をめざまして
暗夜の悪夢から
真昼の憧れへと
一歩/\に正しい現実の途を
踏みしめて
生きるための闘ひをさせなければならん、
私もいづれかの隊の中に
前に立てば
旗手になり
後に守れば
ラッパになる
戦後に私の屍を(ママ)見えなければ
毎度慶祝記念会の台上に
私の歌を(ママ)聞えるだらう。

小熊(4)鼓膜よ、
われわれの耳よ、
さわがしい人生に
答へてくれるお前よ、
砲弾の中の歌は
どんなにお前をふるはすか、
感動をもつてわれらの耳は
ウサギ馬のやうに敏感だ、
やさしい暁の憧憬者は
たつたいま暗夜の叢の中から
とびだしたばかりだ、
そして友よ、君の弾に
私のウサギ馬は撃たる
君の真実に――、
そして倒れる、
そして蘇生する、
そして君を乗せて共同の路を走りだす、

雷(5) 私と君
いや、私達と
無数の勤労大衆に
無条件的に
そして必然的に
親善と合作をする事は出来る
しかし強盗は
ある家の主との(ママ)犬に
親善と合作をするといふのは
匕首を出す前に
屈服せるうまい訂(ママ)約だ、
我々は 見よ
外の強盗らは
この強盗をにらみながら、
ピストルを持ち上げて
その家の窓へか
門へかと
忍び込まうとするのだ。

小熊(6)解放されたところ
そこには何の
戸締りもない、
自由よ
門よ、
柔軟な開閉よ
そこへの侵入者は呪はれる
そこからの進発者は
にぎやかに送別される、

雷(7) 静かに 静かに
豚のやうに
馴良(ママ)であれ
こんな教訓を
頷づく者が多い
だけど我々は
聴かない、そして
抗議する
更に反対な行動が(ママ)する
我々は四足の獣でもなければ
両足の禽でもないだから
又、我々は
時代の尖端に
最も強い闘ひと
最も大きな創造を
自任する者を
示さねばならぬ。

小熊(8)人間の行ひ為すことの
一切を肯定しようとする
恐ろしい考へ方のために
われわれは敵に
奇襲される
そして時には敗北する
ただそれを悔いないだけだ、
幾度も襲はれ
幾度も敗れ、幾度も勝つ、
この繰り返しの敢行よ、
なぜ後悔しないか、
それは新しい道徳のために
奉仕することができるためだ、
古い道徳に
新しい道徳を対比せよ。

    作品第三番    九月二日

雷(1) 精神の圧迫されることは
肉体の笞撻(ママ)されるよりも
苦しみを私はよく感ずる
だが、私は屈服の奴隷ではない
若し異郷に客死せねば
或ひは旅嚢を背負つて
どこへも渡つて行かれるならば
行動の自由によつて
種種の太鼓を敲く、
その太鼓の音に
数知れず群衆の
吶喊を昂揚させる。
若しも行動の自由を
奪はれたなら
歯切に拳固で
最後の決闘をやる。

小熊(2)太鼓の打撃の快感よ、
打ち、打つ、
我々のありあはせの心臓へ、
我々のもちあはせの
イデオロギーといふ鞭を加へる、
尊大ではなく自信をもつて卑俗ではなく
普遍化された
真実の打楽器さ、
とほく歴史の空間をかけまはる
われわれの行動の時間化よ、
たたかひの速度よ

雷(3) 生命のレールをはかつてはし(ママ)ない
だけど一秒の生命力を
流線型以上のスピードで
人間の広幅にひろげて発揮したい
君よ 君の馬を
絶えず飛び駈けつつ
私も飛行機を駕御しようとするのだ。
しかし忘れてはいけぬ
君の大刀と
私の機関銃を
用意することをこそ!

小熊(4)客死か旅かといふ
君の決意のために祝盃をあげる
異邦人たちの精神は
寄り集まつて策謀してゐる、
もつとも夢多い東洋の
樹木の下にあつて
現実的な花を論じ
はげしい結実を論ずる
反逆の旅嚢は肥える許りだ、
転々山をのぼり、谷を下る
村落の上と、都会の上と
軌道を行く太陽と同様に
はげしい旅愁(ノスタルジア)を味つてゐる
精神や肉体の笞刑は
歴史と共に若者達の
貧しい生活の上に加へられてた、

雷(5) 神よ鬼よ
お前達の実体の存在を
われわれは否定する
我々は無神論者であり
又唯物論者である
然るにおまへ達が
人間の霊魂を統制する
一種の工具になされることを
歴史的な怪物として知られる、
そして科学によつて、
それにひかれる観念を打破しようと
人間の霊魂を
迷信的幻想から
引き出して
現実的理想へ
押し進ませようと
保証がある手段で努力する。

小熊(6)人間の思惟の世界での
可能なことは
すべて人間の手で
可能化されなければならない、
真理を信奉するものに栄誉あれ、
現実を愛する現実主義者よ、
土壌のために春は訪れた、
春のために河は、水は、流れた
理想の船の弛ゆみなく
海へ至る路よ、
喧騒をも擾騒をも怖れない

雷(7) サイレンを吹け
唾沫を飛ばせ
勇しくて
整然たる歩伐(ママ)で出発し
驚かす行動のシグナルを示す、
又、あらゆる同伴者を動員して
戦線を固める
プロレタリア詩人よ
わが詩の行路を
ひらかせ!

小熊(8)妖怪的な強がりの宣言を避けて
もつとも具体的な
行為の詩を書かう
豊饒な思想の収穫場に
いまわれ/\は働いてゐる
怖れるな、われらの我儘者よ、
大胆不敵な行為の自由を
やつてのけよ、
整然は愛すべきで、
足なみを揃へよ、
そしてあくまで宣伝的であれ、

    作品第四番    九月二日

雷(1) 我々はいらない
割引的な文学賞金を。
そしてあいつも
我々に送つて呉れぬ
されど我々の作品には
金銭で買はれぬ程の
価値がある
我々の名誉も
万千の大衆に
定評されるだらう
我々は若し犬になつたら
しかもよく吠えるを(ママ)したら
少くとも空腹にならないだらう
犬になりたいものよ
まづ尾の払ひ捲きを
ならはねばならぬ
だが、厄介であるのは
主人の運命が
行詰りにつく(ママ)なんだ。

小熊(3)[#「(3)」はママ]資本の取引のやうに
手軽にぶべつ的に
我々の思想は彼等に受け渡されない
文学への賞金とは
いつたい何なのか?
たたかひの文学に
生命をかけて賞金をもらふとは
あまりに騎士は
馬のうへでふざけすぎる
民衆を馬券買ひの
心理に迎をやるやうに
文芸賞へ文士と民衆の関心を向けるか
あいつ恍(ママ)かつな奴、

雷(3) 今、大きかつた者に(ママ)
だん/\小さくなつて来る
老いぼれた支那には
孔子が却(ママ)つて
二千余年を経た墓穴から
起されて引つ張は(ママ)れて
とぼ/\と出て来るんだ
そして香檳酒(シァンビンジュ)を飲んで
見せびらかして
廻りに(ママ)歩いてゐる
しかもどの学校へも這入る
学生様につづ(ママ)ましく向つて
礼儀・道徳・忠孝……を教へて
国を救へば書経を読むべきを講ずる
居眠りに(ママ)する学生らの眼を
打ちひろげんとするのか
或ひはマルクスを逐ひ出さうとするのか
臭い屁を放ちつつ。

小熊(4)君よ、君は支那の睡眠性脳膜炎を歌ふさ、
君のところの学生は
失ふべきものの中にあつて
過(ママ)速度的に失つてゐる
あらゆる古代支那の思想も文化も、
それは悲しむどころか爆竹ものだ、
そして月といりかはりに
太陽がのぼつてくるさ、
新しい支那は
世界的規模をもつた思想の卵を抱いてゐる
そして孵化してゐるのだ、

雷(5) 君よ駿馬の持主
私に活力をつけて
生命の発揮(ママ)油を注ぐ
君は若し
かなた大陸に
駈け廻つたら
そこの空に
聳え上がる山山の峰が
顫へて崩れら(ママ)れるかも知れん
いや、しめやかな詩壇の沙漠に
夏の雷を呼び起すだらう、
だが今我々は(ママ)
迫(ママ)切に期待してゐるのは
まづ、早く、二つ民族の
プロ詩人の固い握手をすることだ!

小熊(6)支那の詩人よ
君の日本語はロレツが廻らない
だが君はこんなに文字の上では
立派に真理を語り終せてゐる、
日本でもゼイタクな詩人は
文字を引き廻すことにかけては
天才だが、
さつぱり人間の真実を語つてゐない、
風がもつてくるウナリに耳傾けて
少しは嵐の気配を知つてもよいのに
彼等は焼けたフライパンの上で
徒にとびはねる油のやうに
身の置きどころないよと
騒ぎまはつてゐるだけだ、
皮肉に冷静に歌はう
支那と日本のプロ詩人よ、

雷(7) 青緑の野原
静かな川
茫茫な海
大自然よ、
お前は原始の平和へ
くり返すことも出来るか
やかましい恐怖の騒音
一本の草さへも怖気がする、
又歴史の新段階への前夜に
空前的(ママ)激しい突変
処々に伝へてる
爆発のシグナルを、
我々も具体的
正確的に準備しなければならん、
歴史に背負はされる
重大な役割を。

小熊(8)反逆的な夜明け前の
ただならぬ陣痛は
巣の中からきこえてくる、
雌鶏よ
われらが蹠をもつて
歴史を押へよ、
羽毛をまきちらして
いま何を激しく
雌鶏たちは身ぶるひしてゐるか、
この瞬間のために
鶏舎の中の鶏共は
みな汗を掻いて
合唱(コーラス)してゐる
新しい苦痛よ、
お前は生れた、

雷(9) 私は涙の流れを忘れた
腹の飢えを忘れた
喜びも、悲しみも
恐れも、又死ぬことも。
まるで、山山への狩猟者のやうに
発現(ママ)されぬ処への探険者のやうに
又戦場への(ママ)出発してゐる兵士のやうに。
私は自信をもつて
自分の勇気と毅力を加へる
最後の目的を到達しようと、
出来なくても
新らしい時への奉仕を
尽くさねばならん。

小熊(10)人々の生活の茫然へ
わたしは何かを投げいれよう
火薬のやうなものを
跳ねとぶものを、思想を、
そして私へ与へられた仕事は
人々の生活へ衝撃を与へることだ、
愚劣な到底ガマンの出来ない
人々の生活の反覆性を
誰が一方で支配してゐるか
我々はそれを知つてゐる、
私はこの支配へ貢ぎ物をする、
到底受けとることの出来ない
はげしい特別な思想を――、

雷(11)我々はどうしてもまけない
まけだらうかとも思はぬ
ある場合に襲撃すべきか
退守すべきかの術を択ぶだけだ。
それは気取るではなく、
決闘の精神がする(ママ)である
我々の信条を厳守するために
我々の生きるべき途へ
まつしぐらに進むために
理想の世界を憧れながら、
探射(ママ)燈で
まつ暗い夜幕をつぶして
遙かに伸びて行く航路をひらく、
太陽が大地を支配するまでに。

小熊(12)たたかふ術、政治はなだらかな自然さか
坦々たる路を坦々と
悠々たる川を悠々と
岩石にふれた瞬間
反逆的な思想は光彩を発して
飛沫は高く天にのぼる、
瞬間的な喜びへ
すぐ訣別の時がやつてくる、
あゝそして喜びや失望やらが前後して
美しく光つて河下へ下る


ハンマーマンの歌

力のかぎり
打撃(う)つことの
悦こびよ、ハンマーマン

整(ママ)確に
打撃(う)つことの
勝利よ、ハンマーマン

快楽は
打撃(う)つことの
労働よ、ハンマーマン

ハンマーマン
ハンマーマン

われらは鉄の友
われらは火の主人(あるじ)
われらこそは
ハンマーマン


便乗丸船長へ

君は次から次へと
波へ乗ることの巧みな
便乗丸の船長だ、
君はいつも地の利を応用する
またいつも太陽を背にして
このマブシイものを利用しながら
指導者ぶつて
号令をかけることを忘れない
ヒステリックにそして叫ぶ
――指路をさへぎるものは
 すべて罰当りだ――と
しかし我々はフンと笑つてやる、
君は海には悪擦れするほど
馴れてはゐるが
きつと一度はほんとうの海の塩辛い味を
知ることがあるだらう――。




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