右門捕物帖
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著者名:佐々木味津三 

 取り出したのは、きのう朝、お濠方(ほりかた)畑野蔵人(くらんど)から火急の招致をうけたその招き状です。
「城中、内濠にていぶかしき変事出来(しゅったい)、即刻おん越し待ちあげ候(そうろう)。お濠方組頭 畑野蔵人近藤右門殿 とある一通でした。
「何よりたしか、よろしゅうござる。いかにも力お貸し申そうが、手配のてはずは?」
「今よりただちに早馬飛ばさば、じゅうぶんにまだまにあいまするはず、一騎か二騎か、火急に三島へ飛ばして、宿止(しゅくど)めするよう、お計らいくだされい」
「口上は?」
「江戸より急ぎのご宝物、ご通行とお触れくださらばけっこうでござる」
「心得た。二騎すぐに行けいッ」
 深夜のやみにぶきみなひづめの音をのこして、関所用意の馬が、火急の命をうけた両士をのせながら、一気に三島めざしつつ駆け降りました。
 宇治お茶園へ、将軍家ご料のお茶受け取りにただの茶つぼが街道(かいどう)を通っていっても、お茶つぼご通行と称して、沿道の宿役人はいうまでもないこと、代官、国守までがお出迎えお見送りをするほどのご権勢なのです。将軍家ご宝物がご通行とあっては、出迎えどころの騒ぎでない。まさに土下座ものでした。
「伝あにい、これでどうやら少し涼しくなった。そろそろ三島へ下るかのう」
「わるくねえ筋書きだね。お関所の早馬が宿止めだと止めたところへ、あとからのっと降りていってね、御用だ、神妙にしろと大みえをきるなんてえものは、まったく江戸のあの娘(こ)たちに見せてえもんですよ」
 ゆられゆられて道は、その三島まで三里二十八町のくだり坂、もうこうなれば道も早いが捕物(とりもの)も早い。
 たどりついたのは丑満(うしみつ)少し手前でした。しかし、いかな真夜中とはいえ、ひとたびご宝物ご通行、宿止めの声がかかったからには、色めきたたぬという道理はない。本陣わき、本陣の前はいうに及ばず、宿場会所の前からずっとこちらへ人の波がざわめき、うねりつつ待ちうけているところへ、ほんとうにのっそりと二丁の駕籠をつけて、のっそりと中から現われたのは右門主従。
 ひょいと見ると、宿場会所の前の人波のうしろに、ある、ある、柄に白布を巻いた駕籠があるのです。
 同時でした。
「行徳助宗、神妙にしろッ」
「えッ……」
 ぎょっとなって、駕籠の横からのぞかせたその顔へ、じつにみごとな啖呵(たんか)がまっこうくだしにおそいかかりました。
「たわけめッ。むっつり右門が生きておるからにゃ、どこまでとっ走ろうとも、六十余州ひとにらみに目がきかあ! そら! そら! それがたわけだというんだ。草香流の味を知らねえのかい。あばれると、ききがいいぞ」
 ぎゅっとぞうさもなく押えたやつを伝六に渡しておいて、すばやく手、口、ともにすすぎ清めると、懐紙を口にくわえながら、白布を解きほどきました。
 同時に現われたのは、まさしく八束穂(やつかほ)のお槍です。
 宿役人のさしつけたあかりをうけて、飾り巻き柄に打ったる三つ葉葵(ばあおい)のご定紋が、ぴかりと金色に輝き渡りました。
 ハッとなって、居合わせた路傍の人の群れがいっせいに土下座、地にひれ伏しました。
「お関所役人つつしんで、ご奉持なさりませい。これなる不届き者行徳助宗は宿送り、届け先は江戸ご城内お濠方畑野蔵人、三宅平七ご両士じゃ」
 右門の声、さえざえとしてあたりを払ったことです。用意の軍鶏駕籠(とうまるかご)に投げ入れられて、愁然としながら、また道を江戸へ送られていく行徳助宗の姿を見送りつつ、そっとささやきました。
「助宗、娘の岩路はそちを無事に高野へ落とそうと、悲しい孝道たてて、毒をあおったぞ。罪は憎いが、心さま思えばふびんな最期じゃ。江戸へ行ったら、せめても娘へのたむけに諸事神妙にいたせよ」
 白々と夜が明けかかった……。




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