オシャベリ姫
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著者名:夢野久作 URL:../../index_pages/person968

 こう云ううちに王子は、塔の床の上に手を突いて、涙を流しながらお暇乞(いとまご)いをしました。
 オシャベリ姫もだまって涙をこぼしながら、手を突いてお暇乞いをしました。
 そうして二人は落下傘(パラシュート)の紐をしっかりと掴んで、塔の上から下を目がけて飛び降りました。
 二人の身体(からだ)はやがて落下傘(パラシュート)のおかげでフンワリと空中に浮かみました。それと一所に烈しく吹く風につれて、大空高く高く高く舞い上りましたが、その中(うち)に雨がバラバラと降り出しました。
 そうすると又大変です。落下傘(パラシュート)は紙で作ってあった物とみえまして、見る見るうちにバラバラに破れてしまいましたからたまりません。
 二人は抱き合ったまま流星のように早く、下界(した)の方へ落ちて行きました。
「アレッ。助けて」
 と姫は思わず大きな声で叫びましたが、その自分の声に驚いて眼をさましますと、どうでしょう。今までのはスッカリ夢で、姫はやっぱり自分のお城の石の牢屋の中に寝ているのでした。
 姫はどちらが夢だかわからなくなってしまいました。
 あんまりの不思議さに、立ち上って石の牢屋の四方を撫でまわしてみましたが、四方はつめたい石で穴も何もありません。上の方へ手をやってみますと、天井もすぐ手のとどくところにありましたが、そこにも抜け出られるようなところが一つもありません。
 あんまりの奇妙さに、姫はボンヤリして、石の床の上に坐わっていました。
 すると間もなく向うにあかりがさして、お父様の王様と二人の兵隊が見えまして、牢屋の入り口を外から開かれました。
 お父様は思いがけなくニコニコしながら、こう云われました。
「これ、オシャベリ姫。お前の夢は本当になったぞ。今までお前があんまりオシャベリなために誰も婿に来る人が無かったのに、きょう不意に隣の国の第三番目のムクチ王子様が、お前の婿になりたいと云ってお出でになった。今からお引き合わせをするのじゃから早く来い」
 と云ううちに、姫を牢屋から引き出して、お城へ帰られるとすぐに、二人のお付の女中に姫を立派にお化粧させるように申しつけられました。
 二人の女中は姫の無事な姿を見ると、嬉し涙をこぼしながらお化粧のお手伝いをしました。そうして両方から姫の手を引きながら御両親の王様とお妃様の前に連れて行きました。
 姫は狐に抓(つま)まれたようになって手を引かれて来ましたが、父の王と母の妃の前にいるムクチ王子の姿を見ると思わず、
「アレッ。あなたはあの王子様」
 と叫びました。ムクチ王子の姿はもう些(すこ)し前夢に見た、あのクチナシ国の王子にすこしも違わなかったのです。
 ムクチ王子も姫を見るとニッコリと笑われました。そうしてこう云われました。
「ビックリなすったでしょう。私も本当は不思議に思っているのです。私は昨夜不思議な夢を見ました。その夢の中で私はクチナシ国王の一人子と生れましたが、生れた時から口があるためにいろいろ両親に心配をかけましたあげく、オシャベリ姫と一所に鉄の塔から逃げ出しました。その時に姫からきいた話によりますと、姫は蜘蛛と短刀の夢を見たとお父様とお母様に云ったのを、お付の女中が嘘だと云ったために、石の牢屋に入れられたということでした。それから眼がさめて考えてみますと、オシャベリ姫というお名前はあなたの外にありませんから、心配になりまして、すぐに馬に乗ってこのお城へ駈けつけてみますと、私の夢は本当で、あなたは石の牢屋に入れられておいでになることをあなたの御両親からききました。それであなたの夢が嘘でないことを申し上げてお許しを願ったのです」
 このお話をきいていた姫は、夢が本当なのか本当が夢なのかわからなくなってしまいました。その時にお父様の王様はこう云われました。
「姫よ。おまえがあんまりオシャベリをするから本当の話でも嘘と思われるのだ。これからお前はオトナシ姫と名を更(か)えろ。そうして決していらぬことをオシャベリするな」
 こう云われますと、姫は真赤になって恥かしがりながら、
「私がわるう御座いました。これからは決しておしゃべりいたしません」
 とお詫びをしました。
 王はそれから二人の女中にこう云われました。
「お前たちは姫から短刀と蜘蛛の話をきいたのだろう」
 二人の女中は顔を見あわせて真赤になりましたが、やがてこうお答えしました。
「ハイ。たしかにそのお話をききました」
「それに何だってきかないなぞと嘘をついたのだ」
 こう尋ねられますと、二人の女中はなおなお恥かしそうにしながらこう答えました。
「ハイ。蜘蛛と短刀の夢を見ると、きっといいお婿様がお出でになる。けれどもそのことが相手のお婿様のお耳に入るとダメになる、と昔から申し伝えてあります。それで私共は、お姫様によいお婿さまがお出でになるように、わざと嘘だと申しましたのです」
 王様もお妃様もムクチ王子もオシャベリ姫のオトナシ姫も、二人の女中の忠義心に感心をしておしまいになりました。
 ムクチ王子がオシャベリ姫のオトナシ姫のお婿さんとなって華々しい御婚礼があったのは、それから間もないことでした。
 そのときに二人の女中は王様から沢山の御褒美をいただきました。
 そうして死ぬまで忠義にムクチ王子とオトナシ姫に仕えました。




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