豚吉とヒョロ子
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著者名:夢野久作 URL:../../index_pages/person973

 と雷のように怒鳴りながら大将が飛び込んで来ました。
 飛び込んで来た大将は刀をふり上げながら、無茶先生をグッと睨み付けました。
「この嘘吐(つ)きの魔法使いめ。貴様が今しがた人間を塩漬けにしていたのを、おれはちゃんと見ていたぞ。そうして、一人しか居ないなぞと胡魔化そうとしたって駄目だぞ」
「アハハハハ。見ていたか」
 と無茶先生は笑いました。
「見ていたのなら仕方がない。いかにもおれは自分が助かりたいばっかりに、二人の仲間を殺して塩漬けにしてしまった。サア、捕えるなら捕えて見ろ」
「何をッ……ソレッ」
 と大将が眼くばせをしますと、大将と兵隊は一時に無茶先生を眼がけて斬りかかりましたが、彼(か)の時遅くこの時早く無茶先生が投げた火鉢の灰が眼に這入りますと、大将も兵隊も忽ち眼が見えなくなって、一時に鉢合せをしてしまいました。
「これは大変」
 と逃げようとしましても逃げ道がわかりません。壁や襖(ふすま)にぶつかったり、樽に躓(つまず)いたりして、転んでは起き、起きては転ぶばかりです。
「ヤアヤア。大変だ大変だ。又魔法使いの魔法にかかった。みんな来て助けてくれ助けてくれ」
 と大将が叫びますと、無茶先生も一所になって、
「助けてくれ助けてくれ。みんな来いみんな来い」
 と叫びます。
 これを外できいた兵隊たちは、
「ソレッ」
 と云うので吾れ勝ちに家(うち)の中へ駈け込んで、ドンドン二階へ上って来ましたが、みんな無茶先生から灰をふりかけられて盲になってしまいます。そうして、とうとう家中は盲の兵隊で一パイになってしまいました。
「サア、どうだ。みんな眼が見えるようになりたいなら、静かにおれの云うことをきけ」
 と、その時に無茶先生が怒鳴りますと、今まで慌(あわ)て騒(さわ)いでいた兵隊たちはみんな一時にピタリと静まりました。
「いいか、みんなきけ。今から一番鶏(どり)が鳴くまでじっと眼をつぶっていろ。そうすれば眼が見えるようになる。おれはこれから二人の塩漬けの人間を生き上らせに行くんだ。邪魔をするとおれの屁(へ)の音をきかせるぞ。おれの屁の音をきくと、耳がつぶれて一生治らないのだぞ。ヤ、ドッコイショ」
 と云ううちに、二人の塩漬けの樽と鞄を結びつけた棒を担(かつ)ぎ上げて、まだお酒の残っている樽を右手に持ちながら梯子段を降り初めました。
「ヤアヤア。こいつは途方もなく重たいぞ。ああ、苦しい。屁が出そうだ屁が出そうだ。オットドッコイ。あぶないあぶない。屁の用心。屁の用心」
 と云いながら、大威張りで降りて表へ出て行きましたが、兵隊たちはみんな耳へ指を詰めて眼をとじて、一生懸命小さくなっていましたので、誰も捕まえようとするものがありません。
 そのうちに無茶先生は表へ出ますと、大きな声で、
「アア。やっとこれで安心した。ドレ、ここで一発放そうか」
 と云ううちに、大きなオナラを一つブーッとやりました。
 無茶先生のオナラをきいた兵隊たちは、
「大変だっ」
 と耳を詰めましたが、あとは何の音もきこえません。
 さてはほんとに耳が潰れたかと思っていますと、そのうちに、
「コケッコーコーオ」
 と一番鶏の声がきこえました。
「オヤオヤ。一番鶏の声がきこえるくらいなら耳は潰れていないのだな。そんならあの屁は只の屁で、きいても耳は潰れないのだな。サテはおれたちは欺されたな」
 と、一人の兵隊が眼を開いて見ますと、室(へや)の中にともっているあかりがよく見えます。
「ヤッ、眼があいた眼があいた。オイ、みんな眼をあけろ眼をあけろ。何でも見えるぞ……きこえるぞ」
 と怒鳴りましたので、兵隊達は一時に起き上りました。そこへ大将も起きて来て、
「サア、魔法使いのあとを追っかけろ」
 といいましたので、兵隊たちは勢い付いて八方に駈け出して無茶先生を探しましたが、まだあたりがまっ暗(くら)で、どこへ行ったかわかりませんでした。
 無茶先生は、その時町を出てだいぶあるいていましたが、右手に持ったお酒の樽へ口をつけてグーグー飲みながら、
「ウーイ。美味(おいし)い美味い。酔った酔った。エー、豚の塩漬けは入りませんか。ヒョロの塩漬けは入りませんかア。アッハッハッハッ。面白い面白い。エー、豚とヒョロの塩漬けやアーイ」
 と怒鳴りながら、あっちへよろよろ、こっちへよろよろとしてゆきます。
「アー、誰も買いませんか。豚とヒョロの塩漬けだ。安い安い。百斤(きん)が一銭だ一銭だ。アッハッハッハッ。面白い面白い。樽の中で手は手、足は足に別々になって寝ているんだ。眼がさめたら困るだろう。アハハハハ。誰か買わないか、豚とヒョロの無茶苦茶漬けやアイ」
 とあるいているうちにだんだんと夜があけますと、いつの間にか道が間違って大変な山奥に来ています。
「イヤア、こいつは驚いた。酔っているものだから飛んでもないところへ来てしまった。これじゃ、いくら怒鳴ったって誰も買い手が無い筈だ。ああ、馬鹿馬鹿しい。ああ、くたぶれた。第一こんなに重くちゃ、これから担いでゆくのが大変だ。一つ生き上らして、自分で歩かしてやろう」
 といいながら、無茶先生は二人を塩漬けにした樽を担いで、谷川の処へ降りて来ました。
 無茶先生は山奥の谷川の処まで来ますと、お酒の樽の蓋をあけて、中から豚吉とヒョロ子の手や足や首や胴を取り出して、谷川の奇麗な水でよく洗いました。
 それから鞄をあけて一つの膏薬(こうやく)の瓶を出して、切り口へ塗って、豚吉は豚吉、ヒョロ子はヒョロ子と、間違えないようにくっつけ合わせて、そこいらにあった藤蔓(ふじづる)で縛ってしばらく寝かしておきますと、やがて二人ともグーグーといびきをかき初めました。
 その時に無茶先生は、谷川のふちに生えていた細い草の葉を取って、二人の鼻の穴へソッと突込みますと、二人共一時に、
「ハックションハックション」
 と嚔をしながら眼をさまして、起き上りました。
「ヤア。お早う」
 と無茶先生が声をかけますと、二人とも眼をこすりながら、
「お早う御座いますお早う御座います」
 とお辞儀をしましたが、又それと一所に二人とも飛び上って、
「アア、大変だ。咽喉(のど)がかわく咽喉がかわく。ああ、たまらない。腹の中じゅう塩だらけになったようだ」
「私も口の中が焼けるようよ。ああ、たまらない」
 といううちに、二人とも谷川の処へ駈け寄って、ガブガブガブガブと水を飲み初めました。
「アハハハハハ」
 と無茶先生は笑いました。
「咽喉(のど)がかわく筈だ。お前たちは塩漬けになっていたんだから」
「エッ。塩漬けに……」
 と二人共ビックリして、水を飲むのを止めてふり向きました。
「ああ。おれはお前たちをこの樽に塩漬けにして、おれはやっとここまで逃げて来たんだ」
 と、無茶先生が今までのことを話しますと、二人は夢のさめたように驚きました。そうして、いよいよ無茶先生のエライことがわかりまして、その足もとにひれ伏してお礼を云いました。
 しかし、やがてヒョロ子は自分の身体(からだ)のまわりを見まわしますと、泣きそうな顔になりました。
「けれども先生、私たちはこんなに裸体(はだか)になりましたがどうしましょう。このまま道は歩かれませぬが、どことかに着物はありませぬでしょうか」
「まあ、待て待て」
 と無茶先生はニコニコ笑いました。
「そんなに心配するな。ここは山奥だから誰も見はしない。だから恥ずかしいこともないのだ。お前たちの身体(からだ)がどんなに長くても短くても笑うものは無いのだ。それよりもおれについて来い。これから長い長い旅をするのだ。そうするとおしまいにいい処へ連れて行ってやるから」
 と云ううちに先に立って歩き出しました。
 豚吉とヒョロ子は無茶先生のあとからついてゆきますと、無茶先生は包みを一つ抱えたまま先に立って、二人をだんだん山奥へ連れてゆきました。そのうちにお腹が空(す)きますと、ちょうど秋の事で、方々に栗だの柿だの椎(しい)だの榧(かや)だのいろんな木の実が生(な)っております。それを千切ってたべては行くのでしたが、都合のいい事はヒョロ子が当り前の人の二倍も背が高いので、いつも三人が食べ切れない程木の実を千切ることが出来ました。
 そのうちになおなお山奥になりますと、鳥や獣(けもの)が人間を見たことがないので珍らしそうに近寄って来ます。そうしてしまいには、友達のように身体(からだ)をすりつけたり、頭にとまったりするようになりました。そんなのにヒョロ子は千切った木の実を遣りながら、
「まあ、先生。ここいらには猪や鹿がこんなに沢山居るのですね」
 と云いましたので、無茶先生も豚吉も大笑いをしました。
 こんな風にして何日も何日も旅を続けてゆくうちに、或る日ヒョロ子はシクシク泣き初めましたので、無茶先生がどうしたのかとききますと、ヒョロ子は涙を拭いながら、
「お父さんやお母さんに会いたくなりましたのです」
 と申しました。それをきくと豚吉も一所に泣き出しました。
「私も早くうちへ帰りとう御座います。たった三人切りでこんな山の中をあるくのは淋しくて淋しくてたまりません」
「馬鹿な」
 と、無茶先生は急に怖い顔になって二人を睨みつけました。
「何をつまらんことを云うのだ。お前たちは自分の姿を人が見て笑うのがつらいから村を逃げ出して来たのじゃないか。こうして山の中ばかりあるいていれば誰も笑う者が無いから、おれはお前たちをここへ連れて来たのだ。こうして一生山の中ばかりあるいていれば、これ位のん気なしあわせなことははいではないか」
「エッ……先生、それでは私たちは一生こうして山の中ばかり歩いていなければならないのですか」
 と豚吉は叫びました。
「ああ。何という情ないことでしょう。私はもう笑われても構いませぬ。何故(なぜ)逃げ出したと叱られても構いませぬ。早くうちへ帰ってお父様やお母様にお眼にかかりとう御座います。どうぞどうぞ先生、私たちへうちへ帰る道を教えて下さいませ」
 と、二人共地びたに坐わって、泣きながら無茶先生を拝みました。
 そうすると無茶先生も立ち停まって、ジッと二人を見ていましたが、又怖い顔をして、
「それは本当か」
 と尋ねました。
「本当で御座います本当で御座います。もうどんなことがあっても、両親や友達を欺して村を逃げ出したりなんぞしません」
「きっときっと親孝行を致します」
 と、豚吉もヒョロ子も、涙をしゃくりながら無茶先生にあやまりました。
 無茶先生はその時初めてニッコリしました。
「それをきいて安心した。おれは、お前たちが両親や友達にかくれて逃げて来たものだとわかったから、罰を当てたのだ。お前たちの身体(からだ)をどんなに立派に作りかえても、心が立派にならなければ何もならないと思ったから、わざと両親が恋しくなるようにこんな山の中をいつまでも引っぱりまわしたのだ。けれどもお前たちがそんな心になれば、いつでもお前達の身体(からだ)を立派な姿にしてやる。ちょうどいい。もう山奥は通り過ぎて人間の居る村に近付いている。あれ、あの音をきいて御覧」
 と向うの方を指しました。
 無茶先生が指した方を向いて豚吉とヒョロ子が耳を澄ましますと、一里か二里か、ズッと向うの方から、
「テンカンテンカンテンカンテンカン」
 と鍛冶屋の音がきこえます。
「アッ、鍛冶屋の音が!」
「人間が居る」
 と、二人は飛び上って喜びました。そうして無茶先生と一所に大急ぎでそちらへ近づきましたが、やがてとある崖の上へ出ますと、向うは一面の田圃(たんぼ)で、すぐ眼の下には川が青々と流れて、その流れに沿うた道ばたの一軒の家から、最前の鉄槌(かなづち)の音が引っきりなしにきこえて来ます。
「ヤア。ちょうどいい処にあの鍛冶屋はあるな。よしよし、あの家を借りてお前たちを立派な姿に作りかえてやろう。ちょっと待て。あの家(うち)の様子を見て来るから」
 といううちに無茶先生はグルリと崖のふちをまわって、その家(うち)の門の口へ来ました。
 見るとこの家(うち)の主人は五十ばかりのお爺さんですが、独身者(ひとりもの)と見えてお神さんも子供も居ず、たった一人で一生懸命鉄槌で鉄敷(かなしき)をたたいて、テンカンテンカンと蹄鉄を作っています。それを見ると無茶先生は大きな口を開いて、
「アハハハハハ。テンカンテンカン」
 と笑いました。
 鍛冶屋のお爺さんは不意に門口(かどぐち)から笑うものが居るので吃驚(びっくり)して顔をあげて見ますと、髪毛と髭を蓬々とさした真裸体(まっぱだか)の男が鞄を一つ下げて立っておりますので、大層腹を立てまして怒鳴り付けました。
「何だ、貴様は」
「おれは山男だ」
「山男が何だって鞄を持っているのだ」
「この中にはおれが山の草で作った薬が一パイに詰まっているのだ。どんな病気に利く薬でもあるのだ」
 これをきくと鍛冶屋の爺さんは急にニコニコしまして、
「それあ有り難い。それじゃテンカンに利く薬もあるだろうな」
 とききました。
 無茶先生はトボケた顔をして、
「テンカンとはどんな病気だ。鉄槌で物をたたく病気か」
 と尋ねますと、爺さんは頭を掻きながら、
「そうじゃない。不意に眼がまわって、引っくりかえって泡を吹く病気だ。わたしはその病気があるためにお神さんも貰えずに、たった一人で鍛冶屋をしているのだ」
 と云ううちに泣きそうな顔になりました。
「ウン、その病気か。それならたった一度で利く薬がある。けれども只では遣れないぞ」
「エエ。それはもう私に出来ることでお前さんの望むことなら、何でも御礼にして上げる」
「それじゃ、まずこの仕事場を日の暮れるまで貸してくれ。それから町へお使いに行ってもらいたい」
「それはお易い御用です。今からでもよろしゅう御座います」
「よし、それではこの薬を飲め」
 と、鞄の中から何やら抓(つま)んで、鍛冶屋の爺さんの掌(てのひら)に乗せてやりました。
「ヘイヘイ。これは有り難う御座います」
 とピョコピョコお辞儀をしながらよくよく見ましたが、不思議なことに何べん眼をこすってもそのお薬が見えません。
「これは不思議だ。私の眼がわるくなったのか知らん」
 とお爺さんは独言(ひとりごと)を云いました。
「見えるものか」
 と無茶先生は笑いました。
「それは人間の眼には見えないほど小さな丸薬だ。それを飲めばどんなテンカンでもすぐになおる。嘘だと思うなら嘗(な)めて見ろ」
 お爺さんはすぐに舌を出して、自分の掌(てのひら)をペロリと嘗めて舌なめずりをしましたが、
「フーン。これは不思議だ。大層いいにおいがしますな。何だか腹の中まで涼しくなるような……」
 と眼をキョロキョロさせました。
「それで貴様のテンカンは治ったのだ。そのお礼に貴様は今から町へお使いに行って来い。それはおれども三人の着物を買いにゆくのだ。おれはちょうど貴様と同じ位の身体(からだ)だからお前の身体(からだ)に合う上等の着物と、それから五尺五寸の女の着物と、五尺八寸の男の着物と買って来い。お金はここにある」
 と、鞄の中から金貨を一掴み出してやりました。
 お爺さんはその金を受け取らずに手を振って申しました。
「いけませんいけません。私の病気はビックリテンカンというので、何でもビックリすると眼がまわって引っくり返るのです。ですから、こんな淋しいところの一軒家に居るのです。とても賑(にぎ)やかな、ビックリすることばかりある町へはゆかれませんから、こればかりは勘弁(かんべん)して下さい」
 と申しました。
「この馬鹿野郎」
 と無茶先生は怒鳴りつけました。
「その病気はもう治ったのじゃないか。嘘かほんとか試しに行って見ろ。もし町へ出て眼がまわるようだったら、着物を買わずに帰って来い。その金はおれの薬の利かない罰に貴様に遣るから」
「えっ、こんなに沢山のお金を?」
「そうだ。その代り、何ともなかったら、着物を買って来ないと承知しないぞ」
「それはもうきっと買って来ます。それじゃためしに行って来ましょう」
 と、お爺さんは大急ぎで支度をして出て行きました。
 お爺さんがもう大分行ったと思うと、無茶先生はその家の表へ出て崖の上を見ながら、
「オーイ。降りて来――イ」
 と呼びました。
「ハーイ」
 と豚吉とヒョロ子が返事をしますと、やがて二人とも降りて来ましたが、久し振り人間の住む家を見ましたので、二人ともキョロキョロしておりました。
 一方に、お使いに出たお爺さんは、二三町行った時うしろの方から誰か大きな声で呼ぶ声がしましたので、立ち止まって見ておりますと、やがて家のうしろの崖の上から恐ろしく背の高い女と背の低い男が、しかも丸裸で降りて来て自分の家に這入りましたので、お爺さんの胸は急にドキドキし初めました。そうして、これは何でも不思議なことが初まるに違いないと思いまして、ソッと引返して裏の方へまわって、そこにあった梯子を伝って屋根裏から天井へ這入って、家の中の様子をのぞきました。
 鍛冶屋の爺さんが天井の節穴から覗いているとは知らずに、無茶先生は久し振り人間の住む家に這入ってキョロキョロしている豚吉とヒョロ子のうしろから鍛冶屋の鉄槌で頭を一つ宛(ずつ)なぐり付けますと、豚吉とヒョロ子はグーとも云わずに土の上にたおれてしまいました。
 鍛冶屋の爺さんは驚きました。
「ヤア。これは大変だ。あの山男は人殺しだ」
 と思わず声を立てるところでしたが、やっと我慢をしました。
「それにしてもあの殺された人間は何という不思議な姿であろう。男の方は横の丸さが当り前の人間の倍もあるのに、背丈けは半分しかない。又、女の方はヒョロヒョロ長くて、まるで竹棹(たけざお)のようだ。何という不思議なことであろう。あの山男はあの二人を殺して喰うのか知らん」
 と、一生懸命息を詰めて見ておりました。
 無茶先生はそれから鍛冶屋にありたけの鉄を集めて真赤に焼いて、たたき固めて、一つの大きなヤットコと鉄の箱を作りました。
 それから鍛冶屋にありたけの炭を集めて、ドンドン炉の中にブチ込んで、一生懸命□(ふいご)で火を吹き起しますと、その火の光りで家中が真赤になりました。
「オヤオヤ。家が焼けなければいいが」
 と心配しいしい見ておりますと、無茶先生は鉄の箱をその上にかけて、水を一パイ汲んで、豚吉とヒョロ子をその中に投げ入れて、あとから真っ黒な薬を一掴み入れて煮初めました。
「サテ、煮て喰うのかな」
 と思いながらお爺さんが見ておりますと、豚吉とヒョロ子は中の湯が煮立つにつれて真黒になって、まるで鉄のようになってしまいました。
 それを大きなヤットコで挟み出して、鉄の箱の中の水を汲み出して外へ棄てて、鉄の箱も外へ出しますと、又も炭をドシドシ炉の中に入れて前よりも一層非道(ひど)く燃やしましたが、やがてその炭の火が眼も眩(くら)む程まっ赤におこると、無茶先生はさっきこしらえた大きなヤットコを取り出し、先ず豚吉を挟んで火の中へ、
「ドッコイショ」
 と突込みました。
「ヤア大変だ。この山男は人間を焼いて喰う化け物だ。人間の丸焼きだ丸焼だ」
 と、鍛冶屋のお爺さんはふるえ上って見ておりました。
 ところが豚吉は焼けも焦げもしません。だんだん赤くなって、しまいには当り前の鉄と同じように美しい火花がパチパチと飛び出す位柔らかに焼けて来ました。
 それを無茶先生はヤットコで引き出して、大きな鉄敷の上に乗せて、片手に大きな鉄槌をふり上げて、
「スッテンスッテンスッテン」
 とたたきましたので、豚吉の身体(からだ)はだんだん長く延びて来て、当り前の長さになりました。
 それから又火に突込んで、焼いて柔らかくしては、又引き出してたたきます。そのうちに豚吉の眼も鼻も口も、身体(からだ)や手足の恰好も、すっかり無茶先生の鉄槌でたたき直されて、ホントに立派な、絵のような美しい人間の姿になりました。
「イヤア。これは不思議だ。あの山男は魔法使いだ。けれども、あんなに鉄のようになった人間をあの山男はどうするのだろう。もとの通りに生かすことが出来るのか知らん」
 と鍛冶屋の爺さんは独言(ひとりごと)を云いました。
 無茶先生は豚吉の身体(からだ)をたたき直しますと、そのまんま火の中へ入れて、今度はヒョロ子を引きずり出して、鉄敷の上に乗せて、二つにタタき屈(ま)げましたので、ちょうど当り前の人間の長さになりました。それを焼いてはたたき、たたいては焼いて、頭も尻も無い一つの大きな鉄の玉にしましたので、天井裏からのぞいていた鍛冶屋の爺さんは又肝を潰しました。
「ヤアヤア。あんな丸いものになった。人間の鉄の玉が出来上った。あの山男はあんなまん丸いものをもとの通りに生かすつもりか知らん」
 と、なおも眼をこすって見ていますと、無茶先生は又も鉄槌を振り上げてその鉄の玉をたたいているうちに、丸い鉄のまん中から頭をたたき出しました。その次には、その頭の左右から両手をたたき出しました。そうしてその下に胴を作り、足を作ってしまいますと、今度は髪毛をたたき出し、眼鼻を刻みつけ、耳から手足の指から爪まで作りつけて、まるで女神のように美しい女としてしまいました。そうしてそれが済むと、豚吉と一所に並べて火の中に突込んで、その上から残った炭を山のように積み上げて、ブウブウ□(ふいご)を動かし初めました。
 初め赤く焼けていた豚吉とヒョロ子は、だんだん白い光りを放つように焼けて、身体(からだ)中から火花が眼も眩むほど飛び散り初めました。その時に無茶先生は両手でヤットコを握って、初めに豚吉を、その次にヒョロ子を引きずり出して、前を流れている川の中へドブンドブンと投げ込みました。
 鍛冶屋のお爺さんはこれを見ると、慌てて天井を出て、裏の物置の屋根から裏庭へ飛び降りて、大急ぎで川のふちへ来ました。
 見ると、豚吉とヒョロ子が沈んだ川の水の底からはグルングルングルグルグルと噴水のように湯気や泡が湧き出して、水の上に吹き上っておりましたが、やがてだんだんとその泡が小さくなって消えてしまいまして、青い水の上にポッカリと白い豚吉の身体(からだ)が浮き上りました。見ると、それは当り前の人間とちっともかわりがないどころでなく、昔の豚吉とはまるで違った立派な姿になっているのでした。
「これは不思議」
 と鍛冶屋のお爺さんが思う間もなく、今度はヒョロ子の身体(からだ)が青い水の上に浮上りましたが、これも今までとはまるで違った美しい別嬪(べっぴん)さんになっております。
「不思議不思議」
 と、鍛冶屋の爺さんは手をたたいて申しました。
 これをきいた無茶先生がヒョイとその方を見ますと、鍛冶屋の爺さんが立っていますので、無茶先生はビックリしまして、
「ヤア。貴様はもうお使いに行って来たのか。何という早い足だ。もしや今おれがしていたことを見はしまいな」
 鍛冶屋の爺さんは見る見る真青になってふるえ上りまして、そこへ座ってしまいました。
「どうぞお許し下さいまし。魔法使いの山男様。私はすっかり見ていました。ああ恐ろしや、肝潰しや。又テンカンが起りそうだ。どうぞ生命(いのち)ばかりはお助けお助け」
 と手を合せて拝みながら、頭を往来の土の上にすりつけました。
 無茶先生はこれをきくと、大きな眼玉を剥(む)いて鍛冶屋の爺さんを睨みつけましたが、
「よしよし、見たら仕方がない。その代り今見たことを一口でも人に話すと、それだけビックリしても起らなくなったテンカンがまた起るようになるぞ。決して人に話すことはならぬぞ」
 と叱りつけますと、お爺さんは大喜びです。
「エエ、エエ。それはもう決して人に話しません。どうぞお助けお助け」
 と、また拝みました。
「よしよし。助けてやるから、あの二人の身体(からだ)を水から上げろ。それから貴様の家(うち)へ連れ込んで、すっかり拭き上げて、貴様の布団を着せて寝かせ」
「ヘイヘイ。かしこまりました」
 お爺さんは大勢いで二人を水から引き上げて、無茶先生の云いつけ通り家(うち)の中に担ぎ込んで、二人を寝かしました。
「コレコレ。それでは貴様は今から町へ行って、さっき頼んだ買物をして来い。それから腹が減ったから、喰い物とお酒を買って来い」
「ヘイヘイ。そして、その召し上りものはどんなものがよろしゅう御座りましょうか」
「それは葱(ねぎ)を百本、玉葱を百個、大根を百本、薩摩芋(さつまいも)を百斤、それから豚と牛とを十匹、七面鳥と鶏(にわとり)を十羽ずつ買って来い」
「えっ。それをあなたが一人で召し上るのですか」
「馬鹿野郎、そんなに一人で喰えるものか。葱は白いヒゲだけ、玉葱は皮だけ、大根は首だけ、薩摩芋は頭と尻だけ、豚は尻尾だけ、牛は舌だけ、七面鳥は足だけ、鶏は鳥冠(とさか)だけ喰うのだ。それからお酒は一斗買って来い。ホラ、お金を遣る」
「ヘイヘイ」
「それからも一度云っておくが、どんなことがあっても貴様が見たことをシャベルなよ。魔法使いだといって兵隊や巡査でも来るとうるさいから。そればかりでない。貴様のテンカンもまた昔の通りになるのだぞ」
「ヘイヘイ、決して申しませぬ。それでは行って参ります」
 と、鍛冶屋のお爺さんは車力(しゃりき)を引いて町へ出かけました。
 ところが、この鍛冶屋のお爺さんはまた困ったお爺さんで、何でも自分の見たことやきいたことを人に話したくて話したくてたまらない性質(たち)でした。
「これは困ったことになった。うっかりしゃべったら、おれの病気がもとの通りになるばかりでなく、あの山男を捕えに兵隊や巡査なんぞが来たら、おれの家(うち)はブチ壊されてしまうかも知れない。けれどもまた、あんな不思議な珍らしいことを見ておりながら、人に話すことが出来ないとは何という情ないことになったものだろう。ああ、困った困った」
 と、独言(ひとりごと)を云い云い行くうちに、やっとのことで町に来ました。
 さて、町に来て見ますと、その賑やかなこと、立派なこと。ビックリすることばかりです。けれどもお爺さんは驚きません。
「もうテンカンは治っているから大丈夫だ。それに、この町中の人が見たことのない不思議なものをおれは見ているんだぞ。おれは大変なことを知っているんだぞ。それを話したら、みんな驚いてテンカンを引くだろう。けれどもおれは話さないのだ。ドレ、ソロソロ買物をしようか」
 と独言(ひとりごと)をいいながら、とある着物屋の門口まで来ました。
 その着物屋では帽子や靴も一所に売っておりましたので、鍛冶屋のお爺さんは喜んで中へ這入って、
「若い男と女と、それから魔法使いの着物の中(うち)で一番上等のを下さい」
 と云いました。店の主人はビックリしまして、
「ヘエ。若い男と女の方のお召し物は御座いますが、魔法使いの着物は御座いませぬ。一体それはどんなお方で御座いますか」
 と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはそれが云いたくてたまらないのを我慢して、
「それは裸体(はだか)の山男です」
 と申しました。主人はいよいよ呆れてしまいました。
「山男さんの着物もこの店には御座いません」
「そんなら、その山男はお医者だからお医者の着物を下さい」
「ああ、お医者様のお召物なら上等の洋服が御座います。それを差し上げましょう」
「ああ、早くそれを出して下さい」
 こう云って、三人の着物から帽子から靴まで買いましたが、店の主人は珍らしいお話が好きと見えて、その着物を包んでやりながら鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「しかし、その山男でお医者さんで魔法使いのお方は、よほど不思議なお方で御座いますね。今どこにおいでになるお方で御座いますか」
「私のうちに居ります」
「ヘエッ。それじゃ若い男と女の方もあなたのお家(うち)においでなのですか」
「そうです」
「ヘエ……。それではどうしてこのような立派なお召物がお入り用なのですか」
「三人共丸裸なのです」
「ヘエーッ。それはどうしたわけですか」
 と、店の主人は肝を潰してしまいました。
 鍛冶屋の爺さんはもうそのわけが話したくてたまらなくなりましたが、話しては大変だと思いまして、慌てて着物や何かを風呂敷に包みながら答えました。
「そのわけはいわれません」
 そうするとこの店の主人はいよいよききたくてたまらない様子で、眼をまん丸にしながら、
「その魔法使いの人はどうしてあなたの家に来られたのですか」
 と尋ねました。鍛冶屋のお爺さんはいよいよ慌てて、お金を払って荷物を荷(にな)って出てゆこうとしました。その袖を店の主人はしっかりと捕えまして、
「それではたった一つお尋ね致します。それを答えて下さればこのお金は要りません。その品物はみんな無代価(ただ)であげます」
「ヘエ。どんなことですか」
「あなたのお家(うち)はどこですか」
 鍛冶屋のお爺さんは眼を白黒しましたが、
「それをいえば私は又テンカンを引きます」
 と云ううちに、袖をふり切って表に飛び出して、荷物を荷(かつ)いで車力を引きながらドンドン駈け出してゆきました。
 それから鍛冶屋の爺さんは八百屋の門の口まで車力を引っぱって来ましたが、又考えました。
「待てよ。あの魔法使いの山男は葱は白いヒゲだけ、玉葱は皮だけ、大根は首だけ、芋は尻と頭だけと云ったぞ。そのほかの鷄(にわとり)や獣(けもの)もみんなすこしずつしか喰べないと云ったぞ。そうして、その入り用なところはみんな棄ててしまうようなところばかりだから、お金を出して丸ごと買うのは馬鹿馬鹿しい。八百屋や肉屋へ行ってそこだけ貰って来れば、いくらでもある上に、持って帰るのに軽くていい。そうだそうだ」
 鍛冶屋のお爺さんは八百屋へ這入って来まして、
「玉葱の皮と大根の首と、葱の白いヒゲと、お芋の頭と尻尾を下さい」
 といいますと、八百屋の丁稚(でっち)は笑い出しました。
「そんなものは八百屋には無いよ。丸ごとならあるけれど」
「ヘエ。それじゃどこにありますか」
「どこにも無いよ。料理屋へ行けばハキダメに棄ててあるけれども、キタナイからダメだ。やっぱり丸ごと買うよりほかはないよ」
「オヤオヤ、困ったな」
「けれども、お爺さんはそんなものを買って何にするんだい」
 と、こう丁稚に云われますと、お爺さんは思わず、
「それは山男の魔法使い……」
 といいかけましたが、すぐに最前無茶先生に云われたことを思い出しまして、眼を白黒して黙ってしまいました。
 鍛冶屋のお爺さんは、それから今度は肉屋へ来まして、
「豚の尻尾と牛の舌と、七面鳥の足と、鶏(にわとり)の鳥冠(とさか)を十匹分ずつ下さい」
 と頼みました。肉屋のお神さんはやっぱりビックリしましたが、
「まあ、大変な御馳走をお作りになるのですね。七面鳥の足と鶏の鳥冠(とさか)は十匹分ぐらい御座いますけれども、牛の舌と豚の尻尾は三匹分ずつしか御座いませぬ。あとは料理屋でもお探しになってはいかがですか」
 と申しました。鍛冶屋のお爺さんはガッカリして、
「ああ。やっぱり料理屋に行かなければならぬのか」
 と申しました。そうすると、肉屋のお神さんは不思議そうに眼を丸くしながら尋ねました。
「けれども、そんなに上等のお料理を誰がおつくりになるのですか」
「それは山男の魔法使い……」
 と、鍛冶屋のお爺さんは又うっかりしゃべりかけましたが、急に首をちぢめて駈け出しました。
 鍛冶屋のお爺さんはあちらこちらと尋ねまわって、とうとうこの町で第一等の料理屋を見つけ出しまして、そっと台所からのぞいて見ますと、広いその台所の向うには火がドンドン燃えて、湯気がフウフウ立っております。そのこちらの大きな大きな俎(まないた)のまわりには、白い着物を着た料理人が大勢並んで野菜や肉を切っておりますが、葱の白いヒゲや玉葱の皮や、大根の首や薩摩芋の尻や頭なぞはドンドン切り棄てて、大きな樽の中に山のようになっております。
「ここだここだ。ここへ頼めば何でもあるに違いない」
 と鍛冶屋の爺さんはうなずいて中に這入りまして、二つ三つお辞儀をしました。
「ちょっとお願い申します。その樽の中のものを私に売って下さいませんか」
 と尋ねました。
 料理人はふり返って見ますと、みすぼらしい爺さんが大きな包みをかついで立っていますので、
「何だ、貴様は」
 と尋ねました。
「私は鍛冶屋で」
「かついでいるのは何だ」
「山男と、鉄で作った人間二人の着物で……」
 これをきくと、十人ばかり居た料理人が、みな仕事をするのをやめて、鍛冶屋の爺さんの顔を見ました。
「何だ。山男と鉄で作った人間に着せるのだというのか」
「そうです」
「フーン。それは面白い珍らしい話だ。それじゃ、この樽の中のゴミクタは何のために買ってゆくのだ」
「それはその山男がたべるのです。まだこのほかに豚の尻尾と七面鳥の足と、鶏の鳥冠(とさか)と牛の舌も買って来いと云いつけられました」
「何だ……それは又大変な上等の料理に使うものばかりではないか。そんなものを山男が喰べるのか」
「そうです」
「不思議だな」
 と、みんな顔を見合わせました。
 そうすると、その中で一番年を老(と)った料理人が出て来て、鍛冶屋のお爺さんに尋ねました。
「オイ爺さん。お前にきくが、今云った豚の尻尾だの何だのはこの国でも第一等の御馳走で、喰べ方がちゃんときまっているのだからいいが、この樽の中に這入っている芋の切れ端だの大根の首だの、葱の白いヒゲだの玉葱の皮だのいうものは、どうしてたべるかおれたちも知らないのだ。お前はそれをどうして食べるか知っていはしないかい」
「ぞんじません。おおかたあの山男は魔法使いですから魔法のタネにするのでしょう」
「何、その山男が魔法使い?」
「そうです」
「それじゃ、その鉄で作った人間は何にするのだ」
 鍛冶屋のお爺さんは又困ってしまいました。こんなに大勢に自分の見たことを話したら、どんなにビックリするか知れないと思うと、話したくて話したくてたまりませんでしたが、一生懸命で我慢をしまして、
「それは申し上げられません。どうぞお金はいくらでもあげますから、玉葱の皮と、葱の白いヒゲと大根の首と、豚の尻尾と、七面鳥の足と、牛の舌と鶏の鳥冠(とさか)とを売って下さい」
「それは売ってやらぬこともないけれども、そのお話をしなければ売ってやることはできない」
 鍛冶屋のお爺さんは泣きそうな顔になりました。
「どうぞ、そんな意地のわるいことを云わないで売って下さい。そのお話をすると、私は又テンカンを引かなければなりませんから」
「何、そのお話をするとテンカンを引く? それはいよいよ不思議な話だ。サア、そのお話をきかせろきかせろ」
 といううちに、台所に居た人たちは皆、鍛冶屋のお爺さんのまわりに集まって来ました。
 鍛冶屋のお爺さんはいよいよ困って、逃げ出そうかしらんと思っておりますところへ、この家(うち)の若い主人夫婦が出て参りまして、
「何だ何だ。みんな、何だってそんなに仕事を休んでいるのだ」
 と叱りましたが、この話を女中からききますと、やっぱり眼を丸くしまして、
「おお、それは面白い。おれも玉葱の皮だの大根の首だのの料理はきいたことが無い。それに、山男の魔法使いだの鉄の人間だのいうものも見たことが無い。それではお爺さん。お前さんの云う通りの品物をみんな揃えてあげるから、お前さん、ごく内証で私達夫婦をつれて行ってくれないか。私たちはその玉葱の皮や何かのお料理が見たいから」
 と云いました。けれども、お爺さんはなかなかききません。
「あの山男は鉄槌で人間をたたき殺して、火にくべて真赤に焼いて、たたき直したりするのですから、うっかり見つかると、私共はどんな魔法にかかるかわかりません」
「それはいよいよ不思議だ。なおの事その山男の魔法使いが見たくなった。是非つれて行ってくれ」
「いけませんいけません」
 と、何遍も何遍も云い合いました。
 その時にこの料理屋の二階に田舎のお爺さんが二人御飯を喰べさしてもらいに来ましたが、あんまり御飯が出来ませんので腹を立てて、手をパチパチとたたいて女中さんを呼びました。
 いくらたたいても誰も来ないので、変に思って下へ降りて来ますと、大きな風呂敷包みを荷(かつ)いだ一人のお爺さんを捕まえて、みんなで、
「連れてゆけ連れてゆけ」
 と責めております。そこへ二人の爺さんの中(うち)の一人が近づいて、
「お前たちは一体どうしたのだ。御飯を食べさしてくれと云うのに、いつまでも持って来ないで困るじゃないか」
 と云いました。すると若い主人夫婦が出て来て、
「どうも相済みませぬ。それはこんなわけで御座います」
 と、くわしく鍛冶屋の爺さんのことを話しました。
 そうすると二人のお爺さんは顔を見合わせていましたが、一人のお爺さんは、
「それはもしかしたら無茶先生じゃないかしらん」
 と云いました。そうするとも一人のお爺さんも、
「私もそう思う。山男のようで魔法使いのようで裸体(はだか)で、二人の若い男と女とを連れているのならば無茶先生かも知れない。そうして二人の男と女は豚吉とヒョロ子かも知れない。ちょっと、そのお前が荷(かつ)いでいる風呂敷包みの中の着物を見せてくれないか」
 と申しました。
 鍛冶屋のお爺さんは、着物を見せる位構わないだろうと思いまして、そこの上り口に広げて見せますと、二人のお爺さんは不思議そうに眉をひそめました。
「これは不思議だ。豚吉とヒョロ子はこんな当り前の身体(からだ)じゃない。それじゃ違うのかな」
「いや、そうでない」
 と、又一人のお爺さんが頭をふって申しました。
「ねえ、鍛冶屋のお爺さん。お前さんは最前、その山男が人間を火に入れて焼いて、たたき直すように云ったが、その若い男や女もその山男がたたき直したのじゃないかい」
「そのたたき直さない前の男は豚のようで、女の方はヒョロ長くはなかったかい」
 と両方から一時に尋ねました。
 鍛冶屋のお爺さんは真青になってふるえ上りました。
「ド、ド、何卒(どうぞ)……ソレ、そればかりは尋ねずにおいて下さい、ワ、私が又テンカン引きになりますから」
「何、テンカン引きになる」
「それはどうしたわけだ」
「ソ、ソレも云われません」
 二人の爺さんは困ってしまいました。けれども、やがて二人とも鍛冶屋の爺さんの前に手をついて申しました。
「どうぞお願いですから詳しく話して下さい。何を隠しましょう。私共二人は豚吉とヒョロ子の親で、二人が婚礼の晩に逃げた日から二人を探してあるいているものです。そうしてある町へ行って、豚吉とヒョロ子が無茶先生という魔法使いのような上手なお医者に連れられて逃げ出して、それから次の町へ行ってサンザン兵隊や何かを困らして逃げたまま、どこへ行ったかわからなくなったことをききまして、おおかた山へ逃げ込んだのだろうと思いまして、山の中を探しているうち、ある谷川の処で塩の付いた樽をいくつも見つけました。これはきっと無茶先生が、豚吉とヒョロ子を塩漬けにしてここまで持って来られて、生き返らせられたのであろうと思いましたが、それから先は山が深くてとてもわかりませんから、一先ず村へ帰ることにきめて、今帰る途中なのです。ちょうどこの町へ来ました時、私たち二人はあんまり疲れましたので、この町で一番いい料理屋に行って、一番おいしい御馳走を食べようと思ってここへ来たところに、あなたにお眼にかかったのです。ですから、どうぞ隠さずに話をして下さいまし。そうして、その二人の若い男女が私共の児(こ)であるかどうか知らして下さいまし。そのためにあなたがテンカンをお引きになるようなら、私から無茶先生に願って、どんなよいお薬でも貰って上げます」
 と、手を合わせ、涙を流して頼みました。
 これをきくと、料理屋の主人の若夫婦も一所になって、鍛冶屋のお爺さんにお話をするようにすすめました。
「お前さんはその無茶先生とやらにテンカンを治していただいたのだろう。そうして、このことを話すと又テンカンを引くとおどかされたのだろう。けれども、無茶先生が魔法使いでなくお医者なら、そんなことはないではないか。それから、ほかの人には話してわるいかも知れないけれども、豚吉さんとヒョロ子さんのお父様になら話した方がいいのだ。話さない方がわるいのだ。早く本当のことを云って、二人のお父さんを喜ばせてお上げなさい」
 こう云われますと、鍛冶屋のお爺さんもやっと安心をしまして、さっきから自分の家で見たりきいたりしたことを詳しく話しました。
 鍛冶屋のお爺さんの話をきいた豚吉とヒョロ子のお父さんは飛び上って喜びました。
「それこそ豚吉とヒョロ子だ。私たちの大切な子だ。今からすぐに行って会わねばならぬ」
 と、すぐにも出かける支度をしました。それを見ると又、料理屋の若い主人も大変な勢いになって、
「サア。みんな、仕事をやめろ。お客様も何も皆追い出してしまえ。そうして玉葱と、葱と、大根と芋と、豚と鶏と、七面鳥と、牛とありたけ買い集めて、車に積んで出かけろ。鍋や釜や七輪も沢山積んで、皆で押してゆけ。向うへ行って御馳走をするんだ。豚吉さんとヒョロ子さんが生れかわったお祝いをするのだ。そうして、世界一のエライお医者様の無茶先生にお眼にかかるんだ。お酒もドッサリ持って行くんだぞ。そんな珍らしい人達に御馳走しておけば、おれたちの家が名高くなってドンナに繁昌(はんじょう)するかわからない」
「よろしゅう御座います」
 というので、大勢の雇人(やといにん)はわれ勝ちにいろんな物を買い集めたり、車に積んだり、大騒ぎを初めましたので、最前から沢山に来ていたお客は誰も構い手が無くなって、プンプン怒ってみんな帰ってしまいました。
 すっかり支度が済んで、何十台の車を引っぱって、二人のお父さんを先に立てて、鍛冶屋のお爺さんの家に着いた時はもう日暮れでした。
 鍛冶屋のお爺さんはみんなを裏の方に隠しておいて、たった一人で、
「只今帰りました」
 と云って這入ってゆきますと、無茶先生と豚吉とヒョロ子は三人共グーグー寝ていましたが、その中で無茶先生はお爺さんの声を聞くと起き上って、
「ヤア。御苦労御苦労。早かった早かった。そして着物は買って来たか」
 と尋ねました。
「ヘイ、ここに御座います」
 と、お爺さんは買った着物を出して見せました。
「ヤア、上等上等」
 と無茶先生は喜んで、その着物を寝ている二人に着せまして自分も着ましたが、三人ともほんとによく似合いました。中にも豚吉とヒョロ子は今までの奇妙な姿とはまるで違って、殿様の御夫婦のように立派に見えました。無茶先生はニコニコして云いました。
「これでよしこれでよし。それでは玉葱や何かは買って来たか」
「ヘイ、買って参りました」
「よし。その玉葱を一つと庖丁を持って来い」
「ヘエ、たった一つですか」
「そうだ」
「何になさるのですか」
「何でもいい。早く持って来い」
「ヘイ。畏(かしこ)まりました」
 と、鍛冶屋の爺さんが玉葱を一つと庖丁を持って来ますと、無茶先生はその玉葱を庖丁でサクリと二つに割って、その二つの切り口を豚吉とヒョロ子の上に当てがいました。
 そうすると、今までグーグー寝ていた豚吉とヒョロ子は一時に、
「クシンクシン」
 とクシャミをして眼を開きましたが、玉葱のにおいが眼にしみましたので、
「アッ。これはたまらぬ」
「何だか眼に沁(し)みてよ」
 と、二人共眼をこすって起き上りました。
「アア。すっかり眼がさめた」
 と豚吉はあたりを見まわしましたが、ヒョロ子の姿を見るとビックリしまして、
「オヤッ。あなたはどなたです」
 と大きな声で云いました。ヒョロ子もこう云われてヒョイと前を見ますと、見たこともない立派な人が居ますから驚いて、
「まあ。あなたはどなたですか。お声は豚吉さまのようですが……」
 と云いかけて、無茶先生の顔を見ると又ビックリしまして、
「まあ、先生。私はこんな立派な姿になってどうしたんでしょう」
 と叫びました。
「アハハハハハハ。驚いたか」
 と、無茶先生は腹を抱えて笑いました。
「サア、鍛冶屋のおやじ。もう何もかも話していい時が来たぞ。二人にお前が見た通りのことを話してきかせろ。そうしたら、二人が豚吉とヒョロ子夫婦であることがわかるだろう」
「ヘイ。けれどもこのお話はもうよそで致しました」
 と鍛冶屋の爺さんが恐る恐る申しました。
「何、よそで話した」
「ヘイ。それにつきましてお二人にお引き合わせする人があります」
 と急いで裏へ行って、二人のお爺さんを引っぱって来ましたが、豚吉とヒョロ子はそれを見るとイキナリ飛び付きました。
「オオ、お父さん」
「そう云う声は豚吉か」
「アレ、お父様」
「そう云う声はヒョロ子か」
「お眼にかかりとう御座いました」
「おれも会いたかった。けれどもまあ何という立派な姿になったものだろう」
「お父様、お許し下さいませ。私たちが逃げたりなど致しましたためにどんなにか御心配をかけたことでしょう」
「イヤイヤ。そのことは心配するな。もう許してやる。それよりもよく無事で居てくれた。そうしてまあ何という美しい女になったことであろう。ああ、何だか夢のようだ」
 と、親子四人、手を取り合って嬉し泣きに泣きました。
 親子四人は揃って無茶先生の前に手をついてお礼を云いました。
 そうすると無茶先生は長い黒い髭を撫でながら、
「イヤ。おれも二人のおかげで思うよういたずらが出来て面白かった。もうこれから乱暴はしないから安心しろ。それから、二人の名前も今までの通りの豚吉とヒョロ子では可笑しいであろう。おれがよい名をつけてやる。これから豚吉は歌吉、ヒョロ子は広子というがいい。おれも名前を牟田(むた)先生とかえよう。サア、これからお祝いに御馳走をするのだ」
「ヘイ、かしこまりました」
 と、裏口から料理屋の若い夫婦が這入って来ました。
 不意に知らない人間が這入って来ましたので、牟田先生も歌吉も広子もビックリしますと、二人のお父さんは料理屋での出来事を話しましたので、みんな面白がって大笑いを致しました。
「それはよく来てくれた」
 と、牟田先生は料理屋の主人夫婦に御礼を云いました。
「それでは先ず玉葱の皮と葱の白いヒゲと、大根の首と芋の切れ端とでソップを作って、歌吉と広子に飲ませてくれ。そうすると、お腹の中に残っている鉄の錆(さび)がスッカリ抜けてしまうのだ。それから豚の尾と牛の舌と、鶏の鳥冠(とさか)と七面鳥の足で第一等の料理を作ってくれ」
「かしこまりました」
 と、それから料理屋の主人夫婦が大将になって、大勢がかりで火をドンドン起してお料理を作りまして、夜通しがかりで大祝いをしました。
 そうして夜が明けますと、牟田先生や歌吉と広子の父親は料理屋の主人夫婦や雇い人にお金を沢山に遣って帰しました。鍛冶屋のおやじにも遣りました。
 牟田先生と歌吉四人が無事に故郷に帰りますと、村中の人は皆集まって来て、牟田先生を一番いいお客として歌吉と広子の婚礼のやり直しをしましたが、皆二人の姿の立派になったのを驚くと一所に、牟田先生のエライのに感心をしました。
 歌吉と広子はそれから村に居て、両親に孝行をしました。そうして牟田先生を崇(あが)めました。
 牟田先生はこの村に居ていろんな病人を治してやり、自分も大層長生きをしました。




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