キチガイ地獄
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著者名:夢野久作 

昨日(きのう)も僕が同じ話をしに来たんですって……一昨日(おととい)も……ズット前から何度も何度も……アノ僕が……ヘエ……。だから先生の方でも、谷山さんに頼まれた通りに、繰り返し繰り返し詳(くわ)しい事情を説明して、ヤキモキしないように云って聞かせているが、ドウしてもわからない……僕がですか……ヘエ。おまけに自分の事と、他人の事とをチャンポンにして考えたりするので、話がだんだんトンチンカンになって来る。だから君のアタマはタシカでない。谷山家の事なんか忘れてしまって、モット気楽に養生しなければ、いつ退院出来るかわからない……ヘエ――……。それあ誰のことですか……エッ……僕のこと……ヘエ。そうして貴方は……。失礼ですが、どなたですか。
 エッ。副院長の助手さん……一緒に僕の心理状態を研究している……。
 ……ウワア……しくじったア。それじゃ何でも知っている筈だ。僕は又院長さんかと思った。院長さんなら、まだ一度も僕に会ったことがないから、もしかすると一パイ喰うかも知れないと思ったんだが……いけねえいけねえ……。
 アッハッハッハッハッハッハッハッ……。
 ああア――ッ。くたびれたアッ……ト……。
 ねえ先生……話し賃に煙草を一本下さいな…………。
 ……オヤア――ッ。誰も居やがらねえ……。
 ここは監房の中だ……おかしいな。俺あサッキから一人で饒舌(しゃべ)ってたのかな……フーン……イッタイ何を饒舌(しゃべ)ってたんだろう……。
 ……桐の花が、あんなに散ってやがる…………。

 ……アッ……忘れていたッ…………。
 俺あ龍代に復讐するつもりだったんだ……彼女(あいつ)は俺に肱鉄(ひじてつ)を喰わせやがったんだ……妾(わたし)をオモチャにするつもり……って冷笑しやがったんだ。だからその通りにしてやったんだ。前科者を亭主に持たして、一泡吹かしてくれようと思ったのが、間違ってコンナ事になってしまったんだ。あべこべに俺がキチガイ扱いされる事になったんだ。
 エエッ……コンナ篦棒(べらぼう)な……不公平な……。
 俺あ谷山家に怨みがあるんだ。ココを出してくれ。不法監禁だぞ畜生……ドウスルカ見ろ……龍代の阿魔(あま)……。出してくれ出してくれ出してくれくれくれ……出してくれッ……。出して……くれエエエ――ッ……。




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