離魂病
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著者名:岡本綺堂 

「あの話を采石先生から聞かされて、それからはなんだかおそろしくてならない。往来[#「往来」は底本では「従来」]をあるいていても、もしや自分に似た人に出逢いはしまいかとびくびくしている。」と、西岡はその後に叔父に話した。
 しかし彼は、妹によく似たかの娘に再び出逢わなかった。自分によく似た男にも出逢わなかったらしい。そうして、明治の後までも無事に生きのびた。
 明治二十四年の春には、東京にインフルエンザが非常に流行した。その正月に西岡は叔父のところへ年始に来て、屠蘇(とそ)から酒になって夜のふけるまで元気よく話して行った。そのときに彼は言った。
「君も知っている通り、妹の一件のときには僕も当分はなんだか忌な心持だったが、今まで無事に生きて来て、子供たちもまず一人前になり、自分もめでたく還暦の祝いまで済ませたのだから、もういつ死んでも憾(うら)みはないよ。ははははは。」
 それから半月ほども経つと、西岡の家から突然に彼の死を報じて来た。流行のインフルエンザに罹って五日ばかりの後に死んだというのである。その死ぬ前に自分で自分のすがたを見たかどうだか叔父もまさかにそれを訊くわけにもゆかなかった。遺族からも別にそんな話もなかった。




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