半七捕物帳
◇ピンチです!◇
■暇つぶし何某■

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著者名:岡本綺堂 

     一

「その頃の箱根はまるで違いますよ」
 半七老人は天保版の道中懐宝図鑑という小形の本をあけて見せた。
「御覧なさい。湯本でも宮の下でもみんな茅葺(かやぶき)屋根に描いてあるでしょう。それを思うと、むかしと今とはすっかり変ったもんですよ。その頃は箱根へ湯治(とうじ)に行くなんていうのは一生に一度ぐらいの仕事で、そりゃあ大変でした。いくら金のある人でも、道中がなかなか億劫(おっくう)ですからね。まあ、普通は初めの朝に品川をたって、その晩は程ヶ谷か戸塚にとまって、次の日が小田原泊りというのですが、女や年寄りの足弱(あしよわ)連れだと小田原まで三日がかり。それから小田原を発(た)って箱根へのぼるというのですから、湯治もどうして楽じゃありませんでした。わたくしが二度目に箱根へ行ったのは文久二年の五月で、多吉という若い子分を一人連れて、お節句の菖蒲(しょうぶ)を軒から引いた翌(あ)くる日に江戸をたって、その晩は式(かた)の通りに戸塚に泊って、次の日の夕方に小田原の駅(しゅく)へはいりました。日の長い時分ですから、道中は楽でしたが、旧暦の五月ですから、日のうちはもう暑いのに少し弱りました。なに、こっちは湯治の何のというわけじゃないので、実は八丁堀の旦那(同心)の御新造(ごしんぞ)が産後ぶらぶらしていて、先月から箱根の湯本に行っているので、どうしても一度は見舞に行かなけりゃあならないような破目(はめ)になって、無けなしの路用をつかって、御用の暇をみて道中に出たわけなんです。それでも旅へ出ればのんきになって、若い奴を相手に面白くあるいて行きました。で、今も申す通り、二日目の夕方に酒匂(さかわ)の川を渡って、小田原の御城下に着いて、松屋という旅籠屋(はたごや)に草鞋(わらじ)をぬぐと、その晩に一つの事件が出来(しゅったい)したんです」

 その頃の小田原と三島の駅(しゅく)は、東海道五十三次のなかでも屈指の繁昌であった。それはこの二つの駅のあいだに箱根の関を控えているからで、東から来た旅人は小田原にとまり、西から来た人は三島に泊って、あくる日に箱根八里の山越しをするというのが其の当時の習いであった。そうして、小田原を発(た)ったものは三島にとまり、三島を発った者は小田原に泊ることになるので、東海道を草鞋であるくものは、否が応でもこの二つの駅に幾らかの旅籠銭(はたごせん)を払って行かなければならなかった。関所を越える旅ではないが、半七もやはり小田原に泊って、あくる日湯本の宿(やど)をたずねて行こうと思っていた。
 道草を食いながらぶらぶらあるいて来たので、二人が宿へ着いたのはもう六ツ半(午後七時)頃であった。風呂へはいって来ると、女中がすぐに膳を運び出した。半七は下戸(げこ)であるが、多吉は飲むので、二人の膳のうえには徳利が乗っていた。多吉の附き合いに二、三杯飲むと、もう半七はまっ赤になって、膳を引かせると、やがてそこへごろりと横になってしまった。
「親分、くたびれましたかえ」と、多吉は宿から借りた紅摺(べにず)りの団扇(うちわ)で、膝のあたりの蚊を追いながら云った。
「むむ。あんまり道草を食ったので、ちっとくたびれたようだ。意気地がねえ。おとどし大山(おおやま)へ登った時のような元気はねえよ」と、半七は寝ころびながら笑った。
「時に親分。わっしは先刻(さっき)ここの風呂へ行く途中で変な奴に逢いましたよ」
「誰に逢った」
「なんという奴だか知らねえんですけれど、なんでも堅気(かたぎ)の人間じゃありません。どこかで見た奴だと思うんだが、どうも思い出せないので……。なにしろ廊下で私に逢ったら、あわてて顔をそむけて行きましたから、むこうでも覚ったに相違ありません。あんな奴が泊っているようじゃあ、ちっと気をつけなけりゃあいけませんぜ」と、多吉は仔細らしくささやいた。
「まさか、胡麻(ごま)の蠅(はえ)じゃあるめえ」と、半七はまた笑った。「小博奕(こばくち)でも打つぐらいの奴なら、旅籠屋へきて別に悪いこともしねえだろう。道楽者は却って神妙なものだ」
 こっちが気にも留めないので、多吉もそれぎり黙ってしまった。四ツ(午後十時)頃に床をしかせて、二人は六畳の座敷に枕をならべて寝ると、その夜なかに半七はふと目をさました。
「やい、多吉。起きろ、起きろ」
 二、三度呼ばれて、多吉は寝ぼけまなこをこすった。
「親分。なんです」
「なんだか家(うち)じゅうがそうぞうしいようだ。火事か、どろぼうか、起きてみろ」
 多吉は寝衣(ねまき)のままで蚊帳(かや)をくぐって出て、すぐに二階を降りて行ったが、やがて又あわただしく引っ返して来た。
「親分。やられた。人殺しだ」
 半七も起き直った。多吉の話によると、裏二階に泊った駿府(すんぷ)(静岡)の商人(あきんど)の二人づれが何者にか殺されて、胴巻の金を盗まれたというのであった。一人は寝ているところを一と突きに喉を刺されたのである。そうして、その蒲団の下に入れてあった胴巻をひき出そうとする時に、となりに寝ている連れの男が眼をさましたので、これもついでに斬り付けたらしく、その男は寝床から少し這い出して、頸すじを斜めに斬られて倒れていた。
「役人が来て、もう調べています。なんでも外からはいったものじゃないらしいと云っていますから、いずれここへも調べにくるでしょう」と、多吉は云った。
「ひどいことをする奴だな」と、半七は首をかしげて考えていた。「なにしろ調べに来るまでは無暗に動いちゃあならねえ。まあ差し当ってはじっとしていろ」
「そうですね」
 二人は床のうえに坐って待っていると、廊下を急いで来る足音がこの座敷のまえに止まって、だしぬけに障子をがらりとあけて這い込んで来た者があった。彼は蚊帳の外から声をかけた。
「大哥(あにい)。多吉の大哥。すまねえが助けてくれ」
「誰だ」と、多吉はうす暗い行燈(あんどう)の火で蚊帳越しに透かしてみると、それは廊下でさっき出逢った男であった。彼は二十八九で、色のあさ黒い、小じっかりとした男で、ひどくあわてたように息をはずませていた。
「わっしだ、小森の屋敷の七蔵だ。おめえにはちっと義理の悪いことがあるもんだから、さっきは知らねえ顔をして悪かった。後生(ごしょう)だ、なんとか助けてくれ」
 名乗られて、多吉もようよう思い出した。かれは下谷の小森という与力の屋敷の中間で、ふだんから余り身状(みじょう)のよくない、方々の屋敷の大部屋へはいりこんで博奕(ばくち)を打つのを商売のようにしている道楽者であった。去年の暮、あるところで彼は博奕に負けて、寒空に素っ裸にされようとするところへ、ちょうど多吉が行きあわせて、可哀そうだと思って一分二朱ばかり貸してやった。七蔵はひどく喜んで、大晦日(おおみそか)までにはきっと多吉の家(うち)までとどけると固く約束して置きながら、ことしの今まで顔出しもしなかったのである。
「ちげえねえ。小森さんの屋敷の七蔵か。てめえ、渡り者のようでもねえ、あんまり世間の義理を知らねえ野郎だ」
「だから今夜はあやまっている。大哥、拝むから助けてくんねえ」
「てめえに拝み倒されるおれじゃあねえ。嫌だ、嫌だ」
 多吉は強情に跳ね付けているのを聞きかねて、半七は口を出した。
「まあ、そう色気のねえことを云うなよ。そこで、七蔵さんという大哥はわたし達になんの用があるんです。わたしは神田の半七という者です」
「やあ、どうも……」と、七蔵はあらためて会釈(えしゃく)した。「親分、後生だから助けておくんなせえ」
「どうすりゃあお前さんが助かるんだ」
「実は旦那が私を手討ちにして、自分も腹を切るというんで……」
「ふむう」
 これには半七もおどろかされた。どんな事情があるか知らないが、武士が家来を手討ちにして自分も腹を切る、それは容易ならないことだと思った。多吉もさすがにびっくりして、行儀の悪い膝を立て直して云った。
「まあ蚊帳(かや)へはいれ。一体そりゃあどういう理窟だ」

     二

 七蔵の主人の小森市之助というのは、今年まだ二十歳(はたち)の若侍であった。かれは御用の道中で、先月のはじめに江戸をたって駿府へ行った。その帰りに、ゆうべは三島の本陣へ泊ると、道楽者の七蔵は近所を見物するとか云って宿を出て、駅(しゅく)の女郎屋をさがしにゆく途中で、一人の男に声をかけられた。男は三十五六の小粋な商人風で、菅笠を手に持って小さい荷物を振り分けにかついでいた。彼は七蔵を武家の家来と知って呼び止めたのであった。
 男は七蔵になれなれしく話を仕掛けた。ここの駅では何という宿がよいかなどと訊(き)いた。そのうちに男はそこらで一杯飲もうと誘った。渡り者の七蔵は大抵その意味を察したので、すぐに承知して近所の小料理屋へ一緒に行った。ずうずうしい彼は、ひとの振舞い酒を遠慮なしに鱈腹(たらふく)飲んで、もういい心持に酔った頃に、かれを誘った旅の男は小声で云った。
「時に大哥。どうでしょう。あしたはお供をさせて頂くわけには……」
 男は関所の手形を持っていないのである。こういう旅人(たびびと)は小田原や三島の駅にさまよっていて、武家の家来に幾らかの賄賂(わいろ)をつかって、自分も臨時にその家来の一人に加えて貰って、無事に箱根の関を越そうというのである。勿論、手形には主人のほか家来何人としるしてあるが、荷物が多くなったので臨時に荷かつぎの人間を雇ったといえば、大抵無事に通過することを許されていた。殊に御用の道中などをする者に対しては、関所でも面倒な詮議をしなかった。この男もそれを知っていて、あしただけの供を七蔵に頼んだのであった。
 大方そんなことであろうと、七蔵も最初から推量していたので、彼はその男から三分の銭(ぜに)を貰ってすぐに呑み込んで、あしたの明け六ツまでに本陣へたずねて来るように約束して、彼はその男と別れた。こういうことは武家の家来が一種の役得(やくとく)にもなっていたので、よほど厳格な主人でない限りはまず大眼(おおめ)に見逃がしておく習いになっていた。殊に七蔵の主人の市之助はまだ若年(じゃくねん)であるので、勿論そんなことは家来まかせにして置いた。
 あくる朝になると、その男は約束の通りに来た。
「わたくしは喜三郎と申します。なにぶん願います」
 彼は市之助のまえにも挨拶した。そうして、型ばかりの荷物をかつがせて貰って、かれは市之助主従のあとに付いて出た。彼はなかなか旅馴れているとみえて、峠へのぼる間もいろいろの道中の話などを軽口(かるくち)にしゃべって、主従の疲れを忘れさせた。市之助も彼を面白い奴だと云った。
 無事に関所を越えて小田原の駅につくと、喜三郎は今夜も一緒に泊めてくれと云った。
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