気のいい火山弾
著者名:宮沢賢治
「そんなものだめだ。面白くもなんともないや。」
「さうか。僕は、こんなこと、まづいからね。」
べゴ石は、しづかに口をつぐみました。
そこで、野原中のものは、みんな口をそろへて、べゴ石をあざけりました。
「なんだ。あんな、ちっぽけな赤頭巾(あかづきん)に、べゴ石め、へこまされてるんだ。もうおいらは、あいつとは絶交だ。みっともない。黒助め。黒助、どんどん。べゴどんどん。」
その時、向ふから、眼(め)がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器械をもって、野原をよこぎって来ました。その中の一人が、ふとべゴ石を見て云ひました。
「あ、あった、あった。すてきだ。実にいゝ標本だね。火山弾の典型だ。こんなととのったのは、はじめて見たぜ。あの帯の、きちんとしてることね。もうこれ丈(だ)けでも今度の旅行は沢山だよ。」
「うん。実によくととのってるね。こんな立派な火山弾は、大英博物館にだってないぜ。」
みんなは器械を草の上に置いて、ベゴ石をまはってさすったりなでたりしました。
「どこの標本でも、この帯の完全なのはないよ。どうだい。空でぐるぐるやった時の工合(ぐあひ)が、実によくわかるぢゃないか。すてき、すてき。今日すぐ持って行かう。」
みんなは、又、向ふの方へ行きました。稜(かど)のある石は、だまってため息ばかりついてゐます。そして気のいゝ火山弾は、だまってわらって居(を)りました。
ひるすぎ、野原の向ふから、又キラキラめがねや器械が光って、さっきの四人の学者と、村の人たちと、一台の荷馬車がやって参りました。
そして、柏(かしは)の木の下にとまりました。
「さあ、大切な標本だから、こはさないやうにして呉(く)れ給へ。よく包んで呉れ給へ。苔(こけ)なんかむしってしまはう。」
苔は、むしられて泣きました。火山弾はからだを、ていねいに、きれいな藁(わら)や、むしろに包まれながら、云ひました。
「みなさん。ながながお世話でした。苔さん。さよなら。さっきの歌を、あとで一ぺんでも、うたって下さい。私の行くところは、こゝのやうに明るい楽しいところではありません。けれども、私共は、みんな、自分でできることをしなければなりません。さよなら。みなさん。」
「東京帝国大学校地質学教室行、」と書いた大きな札がつけられました。
そして、みんなは、「よいしょ。よいしょ。」と云ひながら包みを、荷馬車へのせました。
「さあ、よし、行かう。」
馬はプルルルと鼻を一つ鳴らして、青い青い向ふの野原の方へ、歩き出しました。
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