女性の不平とよろこび
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著者名:岡本かの子 

 達手(だて)で自由で宜(よ)い、と私は傍(そば)で思いました。いかにも文明国の、そして自由な新時代の女性としての公平なポーズ(姿態(したい))だと思いました。
 ただ、女は何と云(い)っても、男より、外観美を保たなくてはいけない、これは理屈(りくつ)より審美(しんび)的立場から云(い)うのです。で、如何(いか)に、挙措(きょそ)を解放するにしても、常に或(ある)程度の収攬(しゅうらん)を、おのずから自分の上に忘れてはいけません。
 美的な放恣(ほうし)、つつましやかな自由、それはどうあるべきかと追求されてもこまるけれど、とにかく以上の字義どおり何(いず)れの女性も心術(しんじゅつ)として欲(ほ)しい、結果はおのずから達成せられるでありましょう。
 女も男と同じように働き、学び、考える時代となり、尚(なお)上述の条件を男子側より否定されるならば、永遠に、女性の生命は内面の不平を堪(こら)えて男子を羨(うらや)み続けるでありましょう。
 女性のよろこびを考えるうちに「化粧」が思い浮べられた。
 男でも化粧する人はある。しかしそれに凝(こ)ったにしても到底(とうてい)女の範囲(はんい)にまで進んで来ることは出来(でき)なかろう。
 女でも化粧しない人がある。化粧しないでも美しい人がある。しかし、そういう人はまれである。そして、そういう人も化粧すればなお美しくなる。そして、そういう人も年が三十にかかればどうしても化粧の手を借りなければいくらか醜(みにく)くなる。
 化粧するのが面倒(めんどう)でしないのは仕方(しかた)がない。化粧しないでも美くしいと自信をもって、しかもしないことを平気で居(い)て、他人のすることをまた他人の仕業(しわざ)として平気に眺めて居るのはいいが化粧しないのを自慢にしたり、他の女がするのを軽蔑(けいべつ)したりするのは愚(ぐ)である、傲慢(ごうまん)である。女性の何人(なんぴと)も化粧をするのは好(よ)い、可憐(かれん)である。美女は美女なりに、醜女(しこめ)は醜女なりに、いかにも女性の心の弱さ、お洒落(しゃれ)さ、見栄坊(みえぼう)であることを象徴して好い。
 美女が化粧(よそお)えば一層(いっそう)の匂(にお)いを増(ま)し醜女がとりつくろえば、女性らしい苦労が見えて、その醜なのが許される。
 ともあれ、女と生れた大方(おおかた)の女性にあって、着物の柄、帯の色、おしろい眉(まゆ)ずみ、口紅を揃えてしばらく鏡の前のよろこび(それにいらだたしさもどかしさは交(まじ)るとも)女にのみ許されたそのよろこびを経験せぬものは少ないでしょう。




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