河明かり
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著者名:岡本かの子 

「この絢爛(けんらん)な退屈を何十度となく繰り返しているうち、僕はいつの間にか、娘のことを考えれば、何となく微笑が泛(うか)べられるように悠揚とした気になって来ました。」娘のすることなすことを想像すると、いたいけな気がして、ただ、ほろりとする感じに浸れるだけに彼はなって来た。で、今まで嫌やだと感じる理由になっていた、女嫌いの原因になるものは、どうなったかというと、彼の胸の片隅の方に押し片付けられて、たいして邪魔にもならなくなって来た。いつの間にか人をこうした心状に導くのが南の海の徳性だろうか。
 男はここまで語って眉頭(まゆがしら)を衝(つ)き上げ、ちょっと剽軽(ひょうきん)な表情を泛べて、私の顔を見た。
「そこへあなたのご周旋だったので、ありがたくお骨折りを受け容(い)れた次第です」
 ここで私は更に男に訊(たず)ねて見なければ承知出来なかった。
「そういうことなら、なぜ娘さんにその気持ちの径路を早く行って聞かさないで、こんな処で私一人に今更打ち明けるのですか」
「ははあ。」といって男は瞑目(めいもく)していたが、やがて尤(もっと)もという様子でいった。
「今までの話、僕はあなたにお目にかかってどうしても聞いて頂き度(た)くなったのですが、これをあの娘に直接話したら……」だんだん判って来たのだが元来あの娘には、そういった女臭いところが比較的少ない。都会の始終刺戟(しげき)に曝(さ)らされている下町の女の中には、時々ああいう女の性格がある。だが若(も)しそんな話をして、いくらかでも、却(かえ)って母親達のような女臭さをあの娘に植えつけは仕ないだろうか、今はあんな娘であるにしても根が女のことだから、今は聞き流していても、それを潜在意識に貯えて、いつ同じ女の根性になって来ないものでも無い……そんな怖(おそ)れからこれは娘には一切聞かせずに、いっそのことお世話序(ついで)にあなたにだけ聞いて頂こうと思った。世の中の男のなかにはこういう悩みを持つものもあるものだと、了解して頂き度い……と男の口調や態度には律義ななかに頼母(たのも)しい才気が閃くのだった。
 陽は殆(ほとん)ど椰子(やし)林に没して、酔い痴(し)れた昼の灼熱(しゃくねつ)から醒(さ)め際の冷水のような澄みかかるものを湛(たた)えた南洋特有の明媚(めいび)な黄昏(たそがれ)の気配いが、あたりを籠(こ)めて来た。 
 さき程から左手の方に当ってカトン岬見物の客を相手に、椰子の木に上っては、椰子の実を採って来て、若干の銭を貰っていた土人の子供の猿(ましら)のような影も、西洋人のラッパのような笑声も無くなった。さざ波が星を呼び出すように、海一面に角立っている。
 私はこの真摯(しんし)な青年の私に対する信頼に対して、もはや充分了解が出来ても、何か一言詰(なじ)らないではいられない、やや皮肉らしい気持ちで云った。
「あの娘さんも随分私にご自分の荷をかずけなさいましたが、あなたも最後の捨荷を私にかずけなさいますのね」
 そう云いながら、私は少し声を立てて笑った。それは必ずしも不平でないことを示した。
 男はちょっとどぎまぎして、私の顔を見たが、必ずしも私が不平ではない様子を見て取って、自分も笑いながら、
「やあ、御迷惑をかけたもんですなあ……でも、そういう役目も文学をやる方の天職じゃないのですか。何でもそういう人間の悩みを原料として、いつかそれを見事に再生産なさることが……」
「さあ、どうですか。……それもかなりあなたの虫の好い解釈じゃありませんか……」私はまだこんな皮肉めいたことを云い乍(なが)らも、もはや完全にこの若者に好感を感じて言葉の末を笑い声に寛(くつろ)がした。
「やあ、どうも済みませんですなあ……は、は、はは」男も充分に私の心意を感じていた。
「この広々とした海を見ていると、人間同志そのくらいな精神の負担の融通はつきそうに思えますわ」私は最後に誰に云うともなく自分ながらおかしい程頼母しげな言葉を吐いた。
 さっきからこまかい虫の集りのように蠢(うごめ)いていた、新嘉坡(シンガポール)の町の灯がだんだん生き生きと煌(きら)めき出した。日本料理店清涼亭の灯も明るみ出した。
 話し疲れた二人は暫(しばら)く黙っていた。
 波打際をゆっくりと歩いて来る娘と社長の姿が見えた。蛍の火が一すじ椰子の並木の中から流れてきた。娘は手に持っていた団扇(うちわ)をさし上げた。蛍の光はそれにちょっと絡(まと)わったが、低く外れて海の上を渡り、また高く上って、星影に紛れ込んで見えなくなった。


 私はいま再び東京日本橋箱崎川の水に沿った堺屋のもとの私の部屋にいる。日本の冬も去って、三月は春ながらまだ底冷えが残っている。河には船が相変らず頻繁に通り、向河岸の稲荷(いなり)の社には、玩具(がんぐ)の鉄兜(てつかぶと)を冠(かぶ)った可愛(かわ)ゆい子供たちが戦ごっこをしている。
 その後の経過を述べるとこうである。
 私は遮二無二新嘉坡(シンガポール)から一人で内地へ帰って来た。旅先きでの簡単な結婚式にもせよ、それを済ましたあとの娘を、直(す)ぐに木下に托(たく)するのが本筋であると思ったからである。陸に住もうが、海に行こうが、しばらくも離れずにいることが、この際二人に最も必要である。場合によってはと考えて、初から娘の旅券には暹羅(シャム)、安南、ボルネオ、スマトラ、爪哇(ジャバ)への旅行許可証をも得させてあったのが、幸だった。
 私はうすら冷たくほのぼのとした河明りが、障子にうつるこの室に座りながら、私の最初のプランである、私の物語の娘に附与すべき性格を捕捉(ほそく)する努力を決して捨ててはいない。芸術は運命である。一度モチーフに絡(から)まれたが最後、捨てようにも捨てられないのである。その方向からすれば、この家の娘への関心は、私に取って一時の岐路であった。私の初め計劃(けいかく)した物語の娘の創造こそ私の行くべき本道である。
 だが、こう思いつつ私が河に対するとき、水に対する私の感じが、殆(ほとん)ど[#「殆(ほとん)ど」は底本では「殆(ほとん)んど」]前と違っているのである。河には無限の乳房のような水源があり、末にはまた無限に包容する大海がある。この首尾を持ちつつ、その中間に於ての河なのである。そこには無限性を蔵さなくてはならない筈(はず)である。
 こういうことは、誰でも知り過ぎていて、平凡に帰したことだが、この家の娘が身を賭(か)けるようにして、河上を探りつつ試みたあの土俗地理学者との恋愛の話の味い、またその娘が遂(つい)に流れ定って行った海の果の豊饒(ほうじょう)を親しく見聞して来た私には、河は過程のようなものでありながら、しかも首尾に対して根幹の密接な関係があることが感じられる。すればこの仄(ほの)かな河明りにも、私が曾(かつ)て憧憬していたあわれにかそけきものの外に、何か確乎(かっこ)とした質量がある筈である――何かそういうものが、はっきり私に感じられて来ると、結局、私は私の物語の娘の性格の更生に、始めから私の物語を書き直す決意にまで、私の勇気を立至らしめたのである。




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