ゆく雲
◇ピンチです!◇
★暇つぶし何某★

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著者名:樋口一葉 

       上

 酒折(さかをり)の宮、山梨の岡、鹽山、裂石(さけいし)、さし手の名も都人(こゝびと)の耳に聞きなれぬは、小佛(こぼとけ)さゝ子(ご)の難處を越して猿橋のながれに眩(めくる)めき、鶴瀬(つるせ)、駒飼(こまかひ)見るほどの里もなきに、勝沼の町とても東京(こゝ)にての場末ぞかし、甲府は流石に大厦(たいか)高樓、躑躅(つゝじ)が崎の城跡など見る處のありとは言へど、汽車の便りよき頃にならば知らず、こと更の馬車腕車(くるま)に一晝夜をゆられて、いざ惠林寺(ゑりんじ)の櫻見にといふ人はあるまじ、故郷(ふるさと)なればこそ年々の夏休みにも、人は箱根伊香保ともよふし立つる中を、我れのみ一人あし曳の山の甲斐に峯のしら雲あとを消すこと左りとは是非もなけれど、今歳この度みやこを離れて八王子に足をむける事これまでに覺えなき愁(つ)らさなり。
 養父清左衞門、去歳(こぞ)より何處□處(そこ)からだに申分ありて寐つ起きつとの由は聞きしが、常日頃すこやかの人なれば、さしての事はあるまじと醫者の指圖などを申しやりて、此身は雲井の鳥の羽がひ自由なる書生の境界(きやうがい)に今しばしは遊ばるゝ心なりしを、先きの日故郷よりの便りに曰く、大旦那さまこと其後の容躰さしたる事は御座なく候へ共、次第に短氣のまさりて我意(わがまゝ)つよく、これ一つは年の故には御座候はんなれど、隨分あたりの者御機げんの取りにくゝ、大心配を致すよし、私など古狸の身なれば兎角つくろひて一日二日と過し候へ共、筋のなきわからずやを仰せいだされ、足もとから鳥の立つやうにお急きたてなさるには大閉口に候、此中(このぢう)より頻に貴君樣を御手もとへお呼び寄せなさり度、一日も早く家督相續あそばさせ、樂隱居なされ度おのぞみのよし、これ然るべき事と御親類一同の御決義、私は初手から貴君樣を東京へお出し申すは氣に喰はぬほどにて、申しては失禮なれどいさゝかの學問など何うでも宜い事、赤尾の彦が息子のやうに氣ちがひに成つて歸つたも見て居り候へば、もと/\利發の貴君樣に其氣づかひはあるまじきなれど、放蕩ものにでもお成りなされては取返しがつき申さず、今の分にて孃さまと御祝言、御家督引つぎ最はや早きお歳にはあるまじくと大賛成に候、さだめしさだめし其地には遊しかけの御用事も御座候はん夫れ等を然るべく御取まとめ、飛鳥もあとを濁ごすなに候へば、大藤の大盡が息子と聞きしに野澤(のざは)の桂次(けいじ)は了簡の清くない奴、何處やらの割前(わりまへ)を人に背負せて逃げをつたなどゝ斯ふいふ噂があと/\に殘らぬやう、郵便爲替にて證書面のとほりお送り申候へども、足りずば上杉さまにて御立かへを願ひ、諸事清潔(きれい)にして御歸りなさるべく、金故に恥ぢをお掻きなされては金庫の番をいたす我等が申わけなく候、前申せし通り短氣の大旦那さま頻(しきり)に待ちこがれて大ぢれに御座候へば、其地の御片つけすみ次第、一日もはやくと申納候、六藏といふ通ひ番頭の筆にて此樣の迎ひ状いやとは言ひがたし。
 家に生拔(はえぬ)きの我れ實子にてもあらば、かゝる迎へのよしや十度十五たび來たらんとも、おもひ立ちての修業なれば一ト廉の學問を研(みが)かぬほどは不孝の罪ゆるし給へとでもいひやりて、其我まゝの徹らぬ事もあるまじきなれど、愁らきは養子の身分と桂次はつく/″\他人の自由を羨みて、これからの行く末をも鎖りにつながれたるやうに考へぬ。
 七つのとしより實家の貧を救はれて、生れしまゝなれば素跣足(すはだし)の尻きり半纏に田圃へ辨當の持はこびなど、松のひでを燈火にかへて草鞋(わらんぢ)うちながら馬士歌(まごうた)でもうたふべかりし身を、目鼻だちの何處やらが水子(みづこ)にて亡せたる總領によく似たりとて、今はなき人なる地主の内儀(つま)に可愛がられ、はじめはお大盡の旦那と尊びし人を、父上と呼ぶやうに成りしは其身の幸福(しやわせ)なれども、幸福ならぬ事おのづから其中にもあり、お作といふ娘の桂次よりは六つの年少(としした)にて十七ばかりになる無地の田舍娘(もの)をば、何うでも妻にもたねば納まらず、國を出るまでは左まで不運の縁とも思はざりしが、今日この頃は送りこしたる寫眞をさへ見るに物うく、これを妻に持ちて山梨の東郡に蟄伏(ちつぷく)する身かと思へば人のうらやむ造酒家(つくりざかや)の大身上は物のかずならず、よしや家督をうけつぎてからが親類縁者の干渉きびしければ、我が思ふ事に一錢の融通も叶ふまじく、いはゞ寶の藏の番人にて終るべき身の、氣に入らぬ妻までとは彌々の重荷なり、うき世に義理といふ柵(しがら)みのなくば、藏を持ぬしに返し長途の重荷を人にゆづりて、我れは此東京を十年も二十年も今すこしも離れがたき思ひ、そは何故と問ふ人のあらば切りぬけ立派に言ひわけの口上もあらんなれど、つくろひなき正の處こゝもとに唯一人すてゝかへる事のをしくをしく、別れては顏も見がたき後を思へば、今より胸の中もやくやとして自ら氣もふさぐべき種なり。
 桂次が今をる此許(こゝもと)は養家の縁に引かれて伯父伯母といふ間がら也、はじめて此家へ來たりしは十八の春、田舍縞の着物に肩縫あげをかしと笑はれ、八つ口をふさぎて大人の姿にこしらへられしより二十二の今日までに、下宿屋住居を半分と見つもりても出入り三年はたしかに世話をうけ、伯父の勝義が性質の氣むづかしい處から、無敵にわけのわからぬ強情の加減、唯々女房にばかり手やはらかなる可笑しさも呑込めば、伯母なる人が口先ばかりの利口にて誰れにつきても根からさつぱり親切氣のなき、我欲の目當てが明らかに見えねば笑ひかけた口もとまで結んで見せる現金の樣子まで、度々の經驗に大方は會得のつきて、此家にあらんとには金づかひ奇麗に損をかけず、表むきは何處までも田舍書生の厄介者が舞ひこみて御世話に相成るといふこしらへでなくては第一に伯母御前が御機嫌むづかし、上杉といふ苗字をば宜いことにして大名の分家と利かせる見得ぼうの上なし、下女には奧樣といはせ、着物は裾のながいを引いて、用をすれば肩がはるといふ、三十圓どりの會社員の妻が此形粧(きやうさう)にて繰廻しゆく家の中おもへば此女が小利口の才覺ひとつにて、良人が箔(はく)の光つて見ゆるやら知らねども、失敬なは野澤桂次といふ見事立派の名前ある男を、かげに□りては家の書生がと安々こなされて、御玄關番同樣にいはれる事馬鹿らしさの頂上なれば、これのみにても寄りつかれぬ價値(ねうち)はたしかなるに、しかも此家の立はなれにくゝ、心わるきまゝ下宿屋あるきと思案をさだめても二週間と訪問(おとづれ)を絶ちがたきはあやし。
 十年ばかり前にうせたる先妻の腹にぬひと呼ばれて、今の奧樣には繼(まゝ)なる娘(こ)あり、桂次がはじめて見し時は十四か三か、唐人髷(たうじんまげ)に赤き切れかけて、姿はおさなびたれども母のちがふ子は何處やらをとなしく見ゆるものと氣の毒に思ひしは、我れも他人の手にて育ちし同情を持てばなり、何事も母親に氣をかね、父にまで遠慮がちなれば自づから詞かずも多からず、一目に見わたした處では柔和しい温順(すなほ)の娘といふばかり、格別利發ともはげしいとも人は思ふまじ、父母そろひて家の内に籠り居にても濟むべき娘が、人目に立つほど才女など呼ばるゝは大方お侠(きやん)の飛びあがりの、甘やかされの我まゝの、つゝしみなき高慢より立つ名なるべく、物にはゞかる心ありて萬ひかへ目にと氣をつくれば、十が七に見えて三分の損はあるものと桂次は故郷のお作が上まで思ひくらべて、いよ/\おぬひが身のいたましく、伯母が高慢がほはつく/″\と嫌やなれども、あの高慢にあの温順なる身にて事なく仕へんとする氣苦勞を思ひやれば、せめては傍近くに心ぞへをも爲し、慰めにも爲(な)りてやり度と、人知らば可笑かるべき自ぼれも手傳ひて、おぬひの事といへば我が事のように喜びもし怒りもして過ぎ來つるを、見すてゝ我れ今故郷にかへらば殘れる身の心ぼそさいかばかりなるべき、あはれなるは繼子の身分にして、腑甲斐ないものは養子の我れと、今更のやうに世の中のあぢきなきを思ひぬ。

       中

 まゝ母育ちとて誰れもいふ事なれど、あるが中にも女の子の大方すなほに生たつは稀なり、少し世間並除け物の緩い子は、底意地はつて馬鹿強情など人に嫌はるゝ事この上なし、小利口なるは狡るき性根をやしなうて面かぶりの大變ものに成もあり、しやんとせし氣性ありて人間の質の正直なるは、すね者の部類にまぎれて其身に取れば生涯の損おもふべし、上杉のおぬひと言ふ娘(こ)、桂次がのぼせるだけ容貌(きりやう)も十人なみ少しあがりて、よみ書き十露盤(そろばん)それは小學校にて學びし丈のことは出來て、我が名にちなめる針仕事は袴の仕立までわけなきよし、十歳(とを)ばかりの頃までは相應に惡戲もつよく、女にしてはと亡き母親に眉根を寄せさして、ほころびの小言も十分に聞きし物なり、今の母は父親が上役なりし人の隱し妻とやらお妾とやら、種々(さま/″\)曰くのつきし難物のよしなれども、持ねばならぬ義理ありて引うけしにや、それとも父が好みて申受しか、その邊たしかならねど勢力おさ/\女房天下と申やうな景色なれば、まゝ子たる身のおぬひが此瀬に立ちて泣くは道理なり、もの言へば睨まれ、笑へば怒られ、氣を利かせれば小ざかしと云ひ、ひかえ目にあれば鈍な子と叱かられる、二葉の新芽に雪霜のふりかゝりて、これでも延びるかと押へるやうな仕方に、堪へて眞直ぐに延びたつ事人間わざには叶ふまじ、泣いて泣いて泣き盡くして、訴へたいにも父の心は鐵(かね)のやうに冷えて、ぬる湯一杯たまはらん情もなきに、まして他人の誰れにか慨(かこ)つべき、月の十日に母さまが御墓まゐりを谷中(やなか)の寺に樂しみて、しきみ線香夫々の供へ物もまだ終らぬに、母さま母さま私を引取つて下されと石塔に抱きつきて遠慮なき熱涙、苔のしたにて聞かば石もゆるぐべし、井戸がはに手を掛て水をのぞきし事三四度に及びしが、つく/″\思へば無情(つれなし)とても父樣は眞實(まこと)のなるに、我れはかなく成りて宜からぬ名を人の耳に傳へれば、殘れる耻は誰が上ならず、勿躰なき身の覺悟と心の中に詫言(わびごと)して、どうでも死なれぬ世に生中目を明きて過ぎんとすれば、人並のうい事つらい事、さりとは此身に堪へがたし、一生五十年めくらに成りて終らば事なからんと夫れよりは一筋に母樣の御機嫌、父が氣に入るやう一切この身を無いものにして勤むれば家の内なみ風おこらずして、軒ばの松に鶴が來て巣をくひはせぬか、これを世間の目に何と見るらん、母御は世辭上手にて人を外らさぬ甘(うま)さあれば、身を無いものにして闇をたどる娘よりも、一枚あがりて、評判わるからぬやら。

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