歌行灯
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著者名:泉鏡花 

       一

 宮重(みやしげ)大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、七里のわたし浪(なみ)ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦(よろこ)びのあまり……
 と口誦(くちずさ)むように独言(ひとりごと)の、膝栗毛(ひざくりげ)五編の上の読初め、霜月十日あまりの初夜。中空(なかぞら)は冴切(さえき)って、星が水垢離(みずごり)取りそうな月明(つきあかり)に、踏切の桟橋を渡る影高く、灯(ともしび)ちらちらと目の下に、遠近(おちこち)の樹立(こだち)の骨ばかりなのを視(なが)めながら、桑名の停車場(ステエション)へ下りた旅客がある。
 月の影には相応(ふさわ)しい、真黒(まっくろ)な外套(がいとう)の、痩(や)せた身体(からだ)にちと広過ぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可(い)いが、馴(な)れない天窓(あたま)に山を立てて、鍔(つば)をしっくりと耳へ被(かぶ)さるばかり深く嵌(は)めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐(とめひも)を、ぶらりと皺(しな)びた頬へ下げた工合(ぐあい)が、時世(ときよ)なれば、道中、笠も載(の)せられず、と断念(あきら)めた風に見える。年配六十二三の、気ばかり若い弥次郎兵衛(やじろべえ)。
 さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵝絨(びろうど)の革鞄(かばん)に信玄袋を引搦(ひきから)めて、こいつを片手。片手に蝙蝠傘(こうもりがさ)を支(つ)きながら、
「さて……悦びのあまり名物の焼蛤(やきはまぐり)に酒汲(く)みかわして、……と本文(ほんもん)にある処(ところ)さ、旅籠屋(はたごや)へ着(ちゃく)の前に、停車場前の茶店か何かで、一本傾けて参ろうかな。(どうだ、喜多八(きだはち)。)と行きたいが、其許(そのもと)は年上で、ちとそりが合わぬ。だがね、家元の弥次郎兵衛どの事も、伊勢路では、これ、同伴(つれ)の喜多八にはぐれて、一人旅のとぼとぼと、棚からぶら下った宿屋を尋ねあぐんで、泣きそうになったとあるです。ところで其許は、道中松並木で出来た道づれの格だ。その道づれと、何(な)んと一口遣(や)ろうではないか、ええ、捻平(ねじべい)さん。」
「また、言うわ。」
 と苦い顔を渋くした、同伴(つれ)の老人は、まだ、その上を四つ五つで、やがて七十(ななそじ)なるべし。臘虎(らっこ)皮の鍔(つば)なし古帽子を、白い眉尖(まゆさき)深々と被(かぶ)って、鼠の羅紗(らしゃ)の道行(みちゆき)着た、股引(ももひき)を太く白足袋の雪駄穿(せったばき)。色褪(あ)せた鬱金(うこん)の風呂敷、真中(まんなか)を紐で結(ゆわ)えた包を、西行背負(さいぎょうじょい)に胸で結んで、これも信玄袋を手に一つ。片手に杖(つえ)は支(つ)いたけれども、足腰はしゃんとした、人柄の可(い)いお爺様(じいさま)。
「その捻平は止(よ)しにさっしゃい、人聞きが悪うてならん。道づれは可(よ)けれども、道中松並木で出来たと言うで、何とやら、その、私(わし)が護摩(ごま)の灰ででもあるように聞えるじゃ。」と杖を一つとんと支くと、後(あと)の雁(がん)が前(さき)になって、改札口を早々(さっさ)と出る。
 わざと一足後(うしろ)へ開いて、隠居が意見に急ぐような、連(つれ)の後姿をじろりと見ながら、
「それ、そこがそれ捻平さね。松並木で出来たと云って、何もごまのはいには限るまい。もっとも若い内は遣ったかも知れんてな。ははは、」
 人も無げに笑う手から、引手繰(ひったく)るように切符を取られて、はっと駅夫の顔を見て、きょとんと生真面目(きまじめ)。
 成程、この小父者(おじご)が改札口を出た殿(しんがり)で、何をふらふら道草したか、汽車はもう遠くの方で、名物焼蛤の白い煙を、夢のように月下に吐いて、真蒼(まっさお)な野路を光って通る。……
「やがてここを立出(たちい)で辿(たど)り行(ゆ)くほどに、旅人の唄うを聞けば、」
 と小父者、出た処で、けろりとしてまた口誦(くちずさ)んで、
「捻平さん、可(い)い文句だ、これさ。……
時雨蛤(しぐれはまぐり)みやげにさんせ
   宮(みや)のおかめが、……ヤレコリャ、よオしよし。」
「旦那(だんな)、お供はどうで、」
 と停車場(ステエション)前の夜の隈(くま)に、四五台朦朧(もうろう)と寂しく並んだ車の中から、車夫が一人、腕組みをして、のっそり出る。
 これを聞くと弥次郎兵衛、口を捻(ね)じて片頬笑(かたほえ)み、
「有難(ありがて)え、図星という処へ出て来たぜ。が、同じ事を、これ、(旦那衆戻り馬乗らんせんか、)となぜ言わぬ。」
「へい、」と言ったが、車夫は変哲もない顔色(がんしょく)で、そのまま棒立。

       二

 小父者(おじご)は外套の袖をふらふらと、酔ったような風附(ふうつき)で、
「遣(や)れよ、さあ、(戻馬乗らんせんか、)と、後生(ごしょう)だから一つ気取ってくれ。」
「へい、(戻馬乗らせんか、)と言うでございますかね、戻馬乗らんせんか。」
 と早口で車夫は実体(じってい)。
「はははは、法性寺入道前(ほうしょうじのにゅうどうさき)の関白(かんぱく)太政大臣(だじょうだいじん)と言ったら腹を立ちやった、法性寺入道前の関白太政大臣様と来ている。」とまたアハハと笑う。
「さあ、もし召して下さい。」
 と話は極(きま)った筈(はず)にして、委細構わず、車夫は取着(とッつ)いて梶棒(かじぼう)を差向ける。
 小父者、目を据えてわざと見て、
「ヤレコリャ車なんぞ、よオしよし。」
「いや、よしではない。」
 とそこに一人つくねんと、添竹(そえだけ)に、その枯菊(かれぎく)の縋(すが)った、霜の翁(おきな)は、旅のあわれを、月空に知った姿で、
「早く車を雇わっしゃれ。手荷物はあり、勝手知れぬ町の中を、何を当(あて)にぶらつこうで。」と口叱言(くちこごと)で半ば呟(つぶや)く。
「いや、まず一つ、(よヲしよし、)と切出さんと、本文に合わぬてさ。処へ喜多八が口を出して、(しょうろく四銭(しもん)で乗るべいか。)馬士(うまかた)が、(そんなら、ようせよせ。)と言いやす、馬がヒインヒインと嘶(いば)う。」
「若いもの、その人に構うまい。車を早く。川口の湊屋(みなとや)と言う旅籠屋(はたごや)へ行(ゆ)くのじゃ。」
「ええ、二台でござりますね。」
「何んでも構わぬ、私(わし)は急ぐに……」と後向(うしろむ)きに掴(つか)まって、乗った雪駄を爪立(つまだ)てながら、蹴込(けこ)みへ入れた革鞄を跨(また)ぎ、首に掛けた風呂敷包みを外ずしもしないで揺(ゆす)っておく。
「一蓮託生(いちれんたくしょう)、死なば諸共、捻平待ちやれ。」と、くすくす笑って、小父者も車にしゃんと乗る。……
「湊屋だえ、」
「おいよ。」
 で、二台、月に提灯(かんばん)の灯(あかり)黄色に、広場(ひろっぱ)の端へ駈込(かけこ)むと……石高路(いしたかみち)をがたがたしながら、板塀の小路、土塀の辻、径路(ちかみち)を縫うと見えて、寂しい処幾曲り。やがて二階屋が建続き、町幅が糸のよう、月の光を廂(ひさし)で覆(おお)うて、両側の暗い軒に、掛行燈(かけあんどん)が疎(まばら)に白く、枯柳に星が乱れて、壁の蒼(あお)いのが処々。長い通りの突当りには、火の見の階子(はしご)が、遠山(とおやま)の霧を破って、半鐘(はんしょう)の形活(い)けるがごとし。……火の用心さっさりやしょう、金棒(かなぼう)の音に夜更けの景色。霜枯時の事ながら、月は格子にあるものを、桑名の妓(こ)達は宵寝と見える、寂しい新地(くるわ)へ差掛(さしかか)った。
 輻(やぼね)の下に流るる道は、細き水銀の川のごとく、柱の黒い家の状(さま)、あたかも獺(かわうそ)が祭礼(まつり)をして、白張(しらはり)の地口行燈(じぐちあんどん)を掛連ねた、鉄橋を渡るようである。
 爺様の乗った前の車が、はたと留(とま)った。
 あれ聞け……寂寞(ひっそり)とした一条廓(ひとすじくるわ)の、棟瓦(むねがわら)にも響き転げる、轍(わだち)の音も留まるばかり、灘(なだ)の浪を川に寄せて、千里の果(はて)も同じ水に、筑前の沖の月影を、白銀(しろがね)の糸で手繰ったように、星に晃(きら)めく唄の声。
博多帯(はかたおび)しめ、筑前絞(ちくぜんしぼり)、
 田舎の人とは思われぬ、
歩行(ある)く姿が、柳町、
 と博多節を流している。……つい目の前(さき)の軒陰に。……白地の手拭(てぬぐい)、頬被(ほおかむり)、すらりと痩(やせ)ぎすな男の姿の、軒のその、うどんと紅(べに)で書いた看板の前に、横顔ながら俯向(うつむ)いて、ただ影法師のように彳(たたず)むのがあった。
 捻平はフト車の上から、頸(うなじ)の風呂敷包のまま振向いて、何か背後(うしろ)へ声を掛けた。……と同時に弥次郎兵衛の車も、ちょうどその唄う声を、町の中で引挟(ひっぱさ)んで、がっきと留まった。が、話の意味は通ぜずに、そのまま捻平のがまた曳出(ひきだ)す……後(あと)の車も続いて駈(か)け出す。と二台がちょっと摺(す)れ摺れになって、すぐ旧(もと)の通り前後(あとさき)に、流るるような月夜の車。

       三

お月様がちょいと出て松の影、
 アラ、ドッコイショ、
 と沖の浪の月の中へ、颯(さっ)と、撥(ばち)を投げたように、霜を切って、唄い棄(す)てた。……饂飩屋(うどんや)の門(かど)に博多節を弾いたのは、転進(てんじん)をやや縦に、三味線(さみせん)の手を緩めると、撥を逆手(さかて)に、その柄で弾(はじ)くようにして、仄(ほん)のりと、薄赤い、其屋(そこ)の板障子をすらりと開けた。
「ご免なさいよ。」
 頬被(ほおかむ)りの中の清(すず)しい目が、釜(かま)から吹出す湯気の裏(うち)へすっきりと、出たのを一目、驚いた顔をしたのは、帳場の端に土間を跨(また)いで、腰掛けながら、うっかり聞惚(ききと)れていた亭主で、紺の筒袖にめくら縞(じま)の前垂(まえだれ)がけ、草色の股引(ももひき)で、尻からげの形(なり)、にょいと立って、
「出ないぜえ。」
 は、ずるいな。……案ずるに我が家の門附(かどづけ)を聞徳(ききどく)に、いざ、その段になった処で、件(くだん)の(出ないぜ。)を極(き)めてこまそ心積りを、唐突(だしぬけ)に頬被を突込(つッこ)まれて、大分狼狽(うろた)えたものらしい。もっとも居合わした客はなかった。
 門附は、澄まして、背後(うしろ)じめに戸を閉(た)てながら、三味線を斜(はす)にずっと入って、
「あい、親方は出ずとも可(い)いのさ。私の方で入るのだから。……ねえ、女房(おかみ)さん、そんなものじゃありませんかね。」
 とちと笑声が交って聞えた。
 女房は、これも現下(いま)の博多節に、うっかり気を取られて、釜前の湯気に朦(もう)として立っていた。……浅葱(あさぎ)の襷(たすき)、白い腕を、部厚な釜の蓋(ふた)にちょっと載(の)せたが、丸髷(まるまげ)をがっくりさした、色の白い、歯を染めた中年増(ちゅうどしま)。この途端に颯(さっ)と瞼(まぶた)を赤うしたが、竈(へッつい)の前を横ッちょに、かたかたと下駄の音で、亭主の膝を斜交(はすっか)いに、帳場の銭箱(ぜにばこ)へがっちりと手を入れる。
「ああ、御心配には及びません。」
 と門附は物優しく、
「串戯(じょうだん)だ、強請(ゆする)んじゃありません。こっちが客だよ、客なんですよ。」
 細長い土間の一方は、薄汚れた縦に六畳ばかりの市松畳、そこへ上れば坐れるのを、釜に近い、床几(しょうぎい)の上に、ト足を伸ばして、
「どうもね、寒くって堪(たま)らないから、一杯御馳走(ごちそう)になろうと思って。ええ、親方、決してその御迷惑を掛けるもんじゃありません。」
 で、優柔(おとな)しく頬被りを取った顔を、と見ると迷惑どころかい、目鼻立ちのきりりとした、細面(ほそおもて)の、瞼(まぶた)に窶(やつれ)は見えるけれども、目の清らかな、眉の濃い、二十八九の人品(ひとがら)な兄哥(あにい)である。
「へへへへ、いや、どうもな、」
 と亭主は前へ出て、揉手(もみで)をしながら、
「しかし、このお天気続きで、まず結構でござりやすよ。」と何もない、煤(すす)けた天井を仰ぎ仰ぎ、帳場の上の神棚へ目を外(そ)らす。
「お師匠さん、」
 女房前垂をちょっと撫(な)でて、
「お銚子(ちょうし)でございますかい。」と莞爾(にっこり)する。
 門附は手拭の上へ撥(ばち)を置いて、腰へ三味線を小取廻(ことりまわ)し、内端(うちわ)に片膝を上げながら、床几の上に素足の胡坐(あぐら)。
 ト裾(すそ)を一つ掻込(かいこ)んで、
「早速一合、酒は良いのを。」
「ええ、もう飛切りのをおつけ申しますよ。」と女房は土間を横歩行(よこある)き。左側の畳に据えた火鉢の中を、邪険に火箸(ひばし)で掻(か)い掘(ほじ)って、赫(かっ)と赤くなった処を、床几の門附へずいと寄せ、
「さあ、まあ、お当りなさりまし。」
「難有(ありがて)え、」
 と鉄拐(てっか)に褄(つま)へ引挟(ひッぱさ)んで、ほうと呼吸(いき)を一つ長く吐(つ)いた。
「世の中にゃ、こんな炭火があると思うと、里心が付いてなお寒い。堪(たま)らねえ。女房(おかみ)さん、銚子をどうかね、ヤケという熱燗(あつかん)にしておくんなさい。ちっと飲んで、うんと酔おうという、卑劣な癖が付いてるんだ、お察しものですぜ、ええ、親方。」
「へへへ、お方(かた)、それ極熱(ごくあつ)じゃ。」
 女房は染めた前歯を美しく、
「あいあい。」

       四

「時に何かね、今此家(ここ)の前を車が二台、旅の人を乗せて駈抜(かけぬ)けたっけ、この町を、……」
 と干した猪口(ちょく)で門(かど)を指して、
「二三町行った処で、左側の、屋根の大きそうな家へ着けたのが、蒼(あお)く月明りに見えたがね、……あすこは何かい、旅籠屋(はたごや)ですか。」
「湊屋(みなとや)でございまさ、なあ、」と女房が、釜の前から亭主を見向く。
「湊屋、湊屋、湊屋。この土地じゃ、まああすこ一軒でござりますよ。古い家じゃが名代(なだい)で。前(せん)には大きな女郎屋じゃったのが、旅籠屋になったがな、部屋々々も昔風そのままな家(うち)じゃに、奥座敷の欄干(てすり)の外が、海と一所の、大(いか)い揖斐(いび)の川口(かわぐち)じゃ。白帆の船も通りますわ。鱸(すずき)は刎(は)ねる、鯔(ぼら)は飛ぶ。とんと類のない趣(おもむき)のある家じゃ。ところが、時々崖裏の石垣から、獺(かわうそ)が這込(はいこ)んで、板廊下や厠(かわや)に点(つ)いた燈(あかり)を消して、悪戯(いたずら)をするげに言います。が、別に可恐(おそろし)い化方はしませぬで。こんな月の良い晩には、庭で鉢叩(はちたた)きをして見せる。……時雨(しぐ)れた夜さりは、天保銭(てんぽうせん)一つ使賃で、豆腐を買いに行(ゆ)くと言う。それも旅の衆の愛嬌(あいきょう)じゃ言うて、豪(えら)い評判の好(い)い旅籠屋ですがな、……お前様、この土地はまだ何も知りなさらんかい。」
「あい、昨夜(ゆうべ)初めてこっちへ流込んで来たばかりさ。一向方角も何も分らない。月夜も闇(やみ)の烏さね。」
 と俯向(うつむ)いて、一口。
「どれ延びない内、底を一つ温めよう、遣(や)ったり! ほっ、」
 と言って、目を擦(こす)って面(おもて)を背けた。
「利く、利く。……恐しい利く唐辛子だ。こう、親方の前だがね、ついこないだもこの手を食ったよ、料簡(りょうけん)が悪いのさ。何、上方筋の唐辛子だ、鬼灯(ほおづき)の皮が精々だろう。利くものか、と高を括(くく)って、お銭(あし)は要らない薬味なり、どしこと丼へぶちまけて、松坂で飛上った。……また遣ったさ、色気は無えね、涙と涎(よだれ)が一時(いっとき)だ。」と手の甲で引擦(ひっこす)る。
 女房が銚子のかわり目を、ト掌(てのひら)で燗(かん)を当った。
「お師匠さん、あんたは東の方(かた)ですなあ。」
「そうさ、生(うまれ)は東だが、身上(しんしょう)は北山さね。」と言う時、徳利の底を振って、垂々(たらたら)と猪口(ちょく)へしたむ。
「で、お前様、湊屋へ泊んなさろうと言うのかな。」
 それだ、と門口で断らりょう、と亭主はその段含ませたそうな気の可(い)い顔色(かおつき)。
「御串戯(ごじょうだん)もんですぜ、泊りは木賃(きちん)と極(きま)っていまさ。茣蓙(ござ)と笠(かさ)と草鞋(わらじ)が留守居。壁の破れた処から、鼠が首を長くして、私の帰るのを待っている。四五日はこの桑名へ御厄介になろうと思う。……上旅籠(じょうはたご)の湊屋で泊めてくれそうな御人品なら、御当家へ、一夜の御無心申したいね、どんなもんです、女房(おかみ)さん。」
「こんなでよくば、泊めますわ。」
 と身軽に銚子を運んで寄る。と亭主驚いた眉を動かし、
「滅相な。」と帳場を背負(しょ)って、立塞(たちふさ)がる体(てい)に腰を掛けた。いや、この時まで、紺の鯉口(こいぐち)に手首を縮(すく)めて、案山子(かかし)のごとく立ったりける。
「はははは、お言葉には及びません、饂飩屋さんで泊めるものは、醤油(おしたじ)の雨宿りか、鰹節(かつおぶし)の行者だろう。」
 と呵々(からから)と一人で笑った。
「お師匠さん、一つお酌さしておくんなさいまし。」と女房は市松の畳の端から、薄く腰を掛込んで、土間を切って、差向いに銚子を取った。
「飛んでもない事、お忙しいに。」
「いえな、内じゃ芸妓屋(げいこや)さんへ出前ばかりが主(おも)ですから、ごらんの通りゆっくりじゃえな。ほんにお師匠さん佳(い)いお声ですな。なあ、良人(あんた)。」と、横顔で亭主を流眄(ながしめ)。
「さよじゃ。」
 とばかりで、煙草(たばこ)を、ぱっぱっ。
「なあ、今お聞かせやした、あの博多節を聞いたればな、……私ゃ、ほんに、身に染みて、ぶるぶると震えました。」

       五

「そう讃(ほ)められちゃお座が醒(さ)める、酔も醒めそうで遣瀬(やるせ)がない。たかが大道芸人さ。」
 と兄哥(あにい)は照れた風で腕組みした。
「私がお世辞を言うものですかな、真実(まったく)ですえ。あの、その、なあ、悚然(ぞっ)とするような、恍惚(うっとり)するような、緊(し)めたような、投げたような、緩めたような、まあ、何(な)んと言うて可(よ)かろうやら。海の中に柳があったら、お月様の影の中へ、身を投げて死にたいような、……何んとも言いようのない心持になったのですえ。」
 と、脊筋を曲(くね)って、肩を入れる。
「お方(かた)、お方。」
 と急込(せきこ)んで、訳もない事に不機嫌な御亭(ごてい)が呼ばわる。
「何じゃいし。」と振向くと、……亭主いつの間にか、神棚の下(もと)に、斜(しゃ)と構えて、帳面を引繰(ひっく)って、苦く睨(にら)み、
「升屋(ますや)が懸(かけ)はまだ寄越さんかい。」
 と算盤(そろばん)を、ぱちりぱちり。
「今時どうしたえ、三十日(みそか)でもありもせんに。……お師匠さん。」
「師匠じゃないわ、升屋が懸じゃい。」
「そないに急に気になるなら、良人(あんた)、ちゃと行って取って来(き)い。」
 と下唇の刎調子(はねぢょうし)。亭主ぎゃふんと参った体(てい)で、
「二進が一進、二進が一進、二一(にいち)天作の五(ご)、五一三六七八九(ぐいちさぶろくななやあここの)。」と、饂飩の帳の伸縮(のびちぢ)みは、加減(さしひき)だけで済むものを、醤油(したじ)に水を割算段。
 と釜の湯気の白けた処へ、星の凍(い)てそうな按摩(あんま)の笛。月天心(つきてんしん)の冬の町に、あたかもこれ凩(こがらし)を吹込む声す。
 門附の兄哥(あにい)は、ふと痩(や)せた肩を抱いて、
「ああ、霜に響く。」……と言った声が、物語を読むように、朗(ほがらか)に冴(さ)えて、且つ、鋭く聞えた。
「按摩が通る……女房(おかみ)さん、」
「ええ、笛を吹いてですな。」
「畜生、怪(け)しからず身に染みる、堪(たま)らなく寒いものだ。」
 と割膝に跪坐(かしこま)って、飲みさしの茶の冷えたのを、茶碗に傾け、ざぶりと土間へ、
「一ツこいつへ注(つ)いでおくんな、その方がお前さんも手数が要らない。」
「何んの、私はちっとも構うことないのですえ。」
「いや、御深切は難有(ありがた)いが、薬罐(やかん)の底へ消炭(けしずみ)で、湧(わ)くあとから醒(さ)める処へ、氷で咽喉(のど)を抉(えぐ)られそうな、あのピイピイを聞かされちゃ、身体(からだ)にひびっ裂(たけ)がはいりそうだ。……持って来な。」
 と手を振るばかりに、一息にぐっと呷(あお)った。
「あれ、お見事。」
 と目を□(みは)って、
「まあな、だけれどな、無理酒おしいなえ。沢山(たんと)、あの、心配する方があるのですやろ。」
「お方、八百屋の勘定は。」
 と亭主瞬(まばた)きして頤(あご)を出す。女房は面白半分、見返りもしないで、
「取りに来たらお払いやすな。」
「ええ……と三百は三銭かい。」
 で、算盤を空に弾(はじ)く。
「女房(おかみ)さん。」
 と呼んだ門附の声が沈んだ。
「何んです。」
「立続けにもう一つ。そして後(あと)を直ぐ、合点(がってん)かね。」
「あい。合点でございますが、あんた、豪(えら)い大酒(たいしゅ)ですな。」
「せめて酒でも参らずば。」
 と陽気な声を出しかけたが、つと仰向(あおむ)いて眦(まなじり)を上げた。
「あれ、また来たぜ、按摩の笛が、北の方の辻から聞える。……ヤ、そんなにまだ夜は更けまいのに、屋根越(ごし)の町一つ、こう……田圃(たんぼ)の畔(あぜ)かとも思う処でも吹いていら。」
 と身忙(みぜわ)しそうに片膝立てて、当所(あてど)なく□(みまわ)しながら、
「音(おと)は同じだが音(ね)が違う……女房(おかみ)さん、どれが、どんな顔(つら)の按摩だね。」
 と聞く。……その時、白眼(しろまなこ)の座頭の首が、月に蒼(あお)ざめて覗(のぞ)きそうに、屋の棟を高く見た……目が鋭い。
「あれ、あんた、鹿の雌雄(めすおす)ではあるまいし、笛の音で按摩の容子(ようす)は分りませぬもの。」
「まったくだ。」
 と寂しく笑った、なみなみ注(つ)いだる茶碗の酒を、屹(きっ)と見ながら、
「杯の月を酌(く)もうよ、座頭殿。」と差俯(さしうつむ)いて独言(ひとりごと)した。……が博多節の文句か、知らず、陰々として物寂しい、表の障子も裏透くばかり、霜の月の影冴えて、辻に、町に、按摩の笛、そのあるものは波に響く。

       六

「や、按摩どのか。何んだ、唐突(だしぬけ)に驚かせる。……要らんよ。要りませぬ。」
 と弥次郎兵衛。湊屋の奥座敷、これが上段の間とも見える、次に六畳の附いた中古(ちゅうぶる)の十畳。障子の背後(うしろ)は直ぐに縁、欄干(てすり)にずらりと硝子戸(がらすど)の外は、水煙渺(みずけむりびょう)として、曇らぬ空に雲かと見る、長洲(ながす)の端に星一つ、水に近く晃(き)らめいた、揖斐川の流れの裾(すそ)は、潮(うしお)を籠(こ)めた霧白く、月にも苫(とま)を伏せ、蓑(みの)を乾(ほ)す、繋船(かかりぶね)の帆柱がすくすくと垣根に近い。そこに燭台を傍(かたわら)にして、火桶(ひおけ)に手を懸け、怪訝(けげん)な顔して、
「はて、お早いお着きお草臥(くたび)れ様で、と茶を一ツ持って出て、年増(としま)の女中が、唯今(ただいま)引込(ひっこ)んだばかりの処。これから膳にもしよう、酒にもしようと思うちょっとの隙間へ、のそりと出した、あの面(つら)はえ?……
 この方、あの年増めを見送って、入交(いりかわ)って来るは若いのか、と前髪の正面でも見ようと思えば、霜げた冬瓜(とうがん)に草鞋(わらじ)を打着(ぶちつ)けた、という異体な面(つら)を、襖(ふすま)の影から斜(はす)に出して、
(按摩でやす。)とまた、悪く抜衣紋(ぬきえもん)で、胸を折って、横坐りに、蝋燭火(ろうそくび)へ紙火屋(かみぼや)のかかった灯(あかり)の向うへ、ぬいと半身で出た工合が、見越入道(みこしにゅうどう)の御館(おやかた)へ、目見得(めみえ)の雪女郎を連れて出た、化(ばけ)の慶庵と言う体(てい)だ。
 要らぬと言えば、黙然(だんまり)で、腰から前(さき)へ、板廊下の暗い方へ、スーと消えたり……怨敵(おんてき)、退散(たいさん)。」
 と苦笑いして、……床の正面に火桶を抱えた、法然天窓(ほうねんあたま)の、連(つれ)の、その爺様を見遣って、
「捻平さん、お互に年は取りたくないてね。ちと三絃(ぺんぺん)でも、とあるべき処を、お膳の前に按摩が出ますよ。……見くびったものではないか。」
「とかく、その年効(としが)いもなく、旅籠屋の式台口から、何んと、事も慇懃(いんぎん)に出迎えた、家(うち)の隠居らしい切髪の婆様(ばあさま)をじろりと見て、
(ヤヤ、難有(ありがた)い、仏壇の中に美婦(たぼ)が見えるわ、簀(す)の子の天井から落ち度(た)い。)などと、膝栗毛の書抜きを遣らっしゃるで魔が魅(さ)すのじゃ、屋台は古いわ、造りも広大。」
 と丸木の床柱を下から見上げた。
「千年の桑かの。川の底も料(はか)られぬ。燈(あかり)も暗いわ、獺(かわうそ)も出ようず。ちと懲(こ)りさっしゃるが可(い)い。」
「さん候(ぞうろう)、これに懲りぬ事なし。」
 と奥歯のあたりを膨らまして微笑(ほほえ)みながら、両手を懐に、胸を拡く、襖(ふすま)の上なる額を読む。題して曰(いわ)く、臨風榜可小楼(りんぷうぼうかしょうろう)。
「……とある、いかさまな。」
「床に活(い)けたは、白の小菊じゃ、一束(ひとたば)にして掴(つか)みざし、喝采(おお)。」と讃(ほ)める。
「いや、翁寂(おきなさ)びた事を言うわ。」
「それそれ、たったいま懲りると言うた口の下から、何んじゃ、それは。やあ、見やれ、其許(そこ)の袖口から、茶色の手の、もそもそとした奴(やつ)が、ぶらりと出たわ、揖斐川の獺(かわうそ)の。」
「ほい、」
 と視(なが)めて、
「南無三宝(なむさんぼう)。」と慌(あわただ)しく引込(ひッこ)める。
「何んじゃそれは。」
「ははははは、拙者うまれつき粗忽(そこつ)にいたして、よくものを落す処から、内の婆(ばばあ)どのが計略で、手袋を、ソレ、ト左右糸で繋(つな)いだものさね。袖から胸へ潜(くぐ)らして、ずいと引張(ひっぱ)って両手へ嵌(は)めるだ。何んと恐しかろう。捻平さん、かくまで身上(しんしょう)を思うてくれる婆どのに対しても、無駄な祝儀は出せませんな。ああ、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)。」
「狸(たぬき)めが。」
 と背を円くして横を向く。
「それ、年増が来る。秘すべし、秘すべし。」
 で、手袋をたくし込む。
 処へ女中が手を支(つ)いて、
「御支度をなさりますか。」
「いや、やっと、今草鞋(わらじ)を解いたばかりだ。泊めてもらうから、支度はしません。」と真面目に言う。
 色は浅黒いが容子(ようす)の可(い)い、その年増の女中が、これには妙な顔をして、
「へい、御飯は召あがりますか。」
「まず酒から飲みます。」
「あの、めしあがりますものは?」
「姉さん、ここは約束通り、焼蛤(やきはまぐり)が名物だの。」

       七

「そのな、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張(よしずばり)なんぞでいたします。やっぱり松毬(まつかさ)で焼きませぬと美味(おいし)うござりませんで、当家(うち)では蒸したのを差上げます、味淋(みりん)入れて味美(あじよ)う蒸します。」
「ははあ、栄螺(さざえ)の壺焼(つぼやき)といった形、大道店で遣りますな。……松並木を向うに見て、松毬のちょろちょろ火、蛤の煙がこの月夜に立とうなら、とんと竜宮の田楽(でんがく)で、乙姫様(おとひめさま)が洒落(しゃれ)に姉(あね)さんかぶりを遊ばそうという処、また一段の趣(おもむき)だろうが、わざとそれがために忍んでも出られまい。……当家(ここ)の味淋蒸、それが好(よ)かろう。」
 と小父者(おじご)納得した顔して頷(うなず)く。
「では、蛤でめしあがりますか。」
「何?」と、わざとらしく[#「わざとらしく」は底本では「わざとしらく」]耳を出す。
「あのな、蛤であがりますか。」
「いや、箸(はし)で食いやしょう、はははは。」
 と独(ひとり)で笑って、懐中から膝栗毛の五編を一冊、ポンと出して、
「難有(ありがた)い。」と額を叩く。
 女中も思わず噴飯(ふきだ)して、
「あれ、あなたは弥次郎兵衛様でございますな。」
「その通り。……この度の参宮には、都合あって五二館と云うのへ泊ったが、内宮様(ないぐうさま)へ参る途中、古市(ふるいち)の旅籠屋、藤屋の前を通った時は、前度いかい世話になった気で、薄暗いまで奥深いあの店頭(みせさき)に、真鍮(しんちゅう)の獅噛火鉢(しかみひばち)がぴかぴかとあるのを見て、略儀ながら、車の上から、帽子を脱いでお辞儀をして来た。が、町が狭いので、向う側の茶店の新姐(しんぞ)に、この小兀(すこはげ)を見せるのが辛かったよ。」
 と燈(あかり)に向けて、てらりと光らす。
「ほほ、ほほ。」
「あはは。」
 で捻平も打笑うと、……この機会に誘われたか、――先刻(さっき)二人が着いた頃には、三味線太鼓で、トトン、ジャカジャカじゃじゃじゃんと沸返るばかりだった――ちょうど八ツ橋形に歩行(あゆみ)板が架(かか)って、土間を隔てた隣の座敷に、およそ十四五人の同勢で、女交りに騒いだのが、今しがた按摩が影を見せた時分から、大河(おおかわ)の汐(しお)に引かれたらしく、ひとしきり人気勢(ひとけはい)が、遠くへ裾拡がりに茫(ぼう)と退(の)いて、寂(しん)とした。ただだだっ広い中を、猿が鳴きながら走廻るように、キャキャとする雛妓(おしゃく)の甲走(かんばし)った声が聞えて、重く、ずっしりと、覆(おっ)かぶさる風に、何を話すともなく多人数(たにんず)の物音のしていたのが、この時、洞穴(ほらあな)から風が抜けたように哄(どっ)と動揺(どよ)めく。
 女中も笑い引きに、すっと立つ。
「いや、この方は陰々としている。」
「その方が無事で可いの。」
 と捻平は火桶の上へ脊くぐまって、そこへ投出した膝栗毛を差覗(さしのぞ)き、
「しかし思いつきじゃ、私(わし)はどうもこの寝つきが悪いで、今夜は一つ枕許(まくらもと)の行燈(あんどん)で読んでみましょう。」
「止(よ)しなさい、これを読むと胸が切(せま)って、なお目が冴えて寝られなくなります。」
「何を言わっしゃる、当事(あてごと)もない、膝栗毛を見て泣くものがあろうかい。私(わし)が事を言わっしゃる、其許(そこ)がよっぽど捻平じゃ。」
 と言う処へ、以前の年増に、小女(こおんな)がついて出て、膳と銚子を揃えて運んだ。
「蛤は直(じ)きに出来ます。」
「可(よし)、可。」
「何よりも酒の事。」
 捻平も、猪口(ちょこ)を急ぐ。
「さて汝(てめえ)にも一つ遣ろう。燗(かん)の可い処を一杯遣らっし。」と、弥次郎兵衛、酒飲みの癖で、ちとぶるぶるする手に一杯傾けた猪口(ちょこ)を、膳の外へ、その膝栗毛の本の傍(わき)へ、畳の上にちゃんと置いて、
「姉さん、一つ酌(つ)いでやってくれ。」
 と真顔で言う。
 小女が、きょとんとした顔を見ると、捻平に追っかけの酌をしていた年増が見向いて、
「喜野(きの)、お酌ぎ……その旦那はな、弥次郎兵衛様じゃで、喜多八さんにお杯を上げなさるんや。」
 と早や心得たものである。

       八

 小父者(おじご)はなぜか調子を沈めて、
「ああ、よく言った。俺(おれ)を弥次郎兵衛は難有(ありがた)い。居心(いごころ)は可(よし)、酒は可。これで喜多八さえ一所だったら、膝栗毛を正(しょう)のもので、太平の民となる処を、さて、杯をさしたばかりで、こう酌(つ)いだ酒へ、蝋燭(ろうそく)の灯(ひ)のちらちらと映る処は、どうやら餓鬼に手向(たむ)けたようだ。あのまた馬鹿野郎はどうしている――」と膝に手を支(つ)き、畳の杯を凝(じっ)と見て、陰気な顔する。
 捻平も、ふと、この時横を向いて腕組した。
「旦那、その喜多八さんを何んでお連れなさりませんね。」
 と愛嬌造(あいきょうづく)って女中は笑う。弥次郎寂(さみ)しく打笑み、
「むむ、そりゃ何よ、その本の本文にある通り、伊勢の山田ではぐれた奴さ。いい年をして娑婆気(しゃばっけ)な、酒も飲めば巫山戯(ふざけ)もするが、世の中は道中同然。暖いにつけ、寒いにつけ、杖(つえ)柱とも思う同伴(つれ)の若いものに別れると、六十の迷児(まいご)になって、もし、この辺に棚からぶら下がったような宿屋はござりませんかと、賑(にぎや)かな町の中を独りとぼとぼと尋ね飽倦(あぐ)んで、もう落胆(がっかり)しやした、と云ってな、どっかり知らぬ家(うち)の店頭(みせさき)へ腰を落込(おとしこ)んで、一服無心をした処……あすこを読むと串戯(じょうだん)ではない。……捻平さん、真からもって涙が出ます。」
 と言う、瞼(まぶた)に映って、蝋燭の火がちらちらとする。
「姉や、心(しん)を切ったり。」
「はい。」
 と女中が向うを向く時、捻平も目をしばたたいたが、
「ヤ、あの騒ぎわい。」
 と鼻の下を長くして、土間越(ごし)の隣室(となり)へ傾き、
「豪(えら)いぞ、金盥(かなだらい)まで持ち出いたわ、人間は皆裾が天井へ宙乗りして、畳を皿小鉢が躍るそうな。おおおお、三味線太鼓が鎬(しのぎ)を削って打合う様子じゃ。」
「もし、お騒がしゅうござりましょう、お気の毒でござります。ちょうど霜月でな、今年度の新兵さんが入営なさりますで、その送別会じゃ言うて、あっちこっち、皆、この景気でござります。でもな、お寝(よ)ります時分には時間になるで静まりましょう。どうぞ御辛抱なさいまして。」
「いやいや、それには及ばぬ、それには及ばぬ。」
 と小父者、二人の女中の顔へ、等分に手を掉(ふ)って、
「かえって賑かで大きに可い。悪く寂寞(ひっそり)して、また唐突(だしぬけ)に按摩に出られては弱るからな。」
「へい、按摩がな。」と何か知らず、女中も読めぬ顔して聞返す。
 捻平この話を、打消すように咳(しわぶき)して、
「さ、一献(いっこん)参ろう。どうじゃ、こちらへも酌人をちと頼んで、……ええ、それ何んとか言うの。……桑名の殿様時雨(しぐれ)でお茶漬……とか言う、土地の唄でも聞こうではないかの。陽気にな、かっと一つ。旅の恥は掻棄(かきす)てじゃ。主(ぬし)はソレ叱言(こごと)のような勧進帳でも遣らっしゃい。
 染めようにも髯(ひげ)は無いで、私(わし)はこれ、手拭でも畳んで法然天窓(ほうねんあたま)へ載(の)せようでの。」と捻平が坐りながら腰を伸(の)して高く居直る。と弥次郎眼(まなこ)を□(みは)って、
「や、平家以来の謀叛(むほん)、其許(そこ)の発議は珍らしい、二方荒神鞍(にほうこうじんくら)なしで、真中(まんなか)へ乗りやしょう。」
 と夥(おびただ)しく景気を直して、
「姉(あんね)え、何んでも構わん、四五人木遣(きやり)で曳(ひ)いて来い。」
 と肩を張って大きに力む。
 女中酌の手を差控えて、銚子を、膝に、と真直(まっすぐ)に立てながら、
「さあ、今あっちの座敷で、もう一人二人言うて、お掛けやしたが、喜野、芸妓(げいこ)さんはあったかな。」
 小女が猪首(いくび)で頷(うなず)き、
「誰も居やはらぬ言うてでやんした。」
「かいな、旦那さん、お気の毒さまでござります。狭い土地に、数のない芸妓やによって、こうして会なんぞ立込(たてこ)みますと、目星(めぼし)い妓(こ)たちは、ちゃっとの間に皆(みんな)出払います。そうか言うて、東京のお客様に、あんまりな人も見せられはしませずな、容色(きりょう)が好(い)いとか、芸がたぎったとかいうのでござりませぬとなあ……」
「いや、こうなっては、宿賃を払わずに、こちとら夜遁(よにげ)をするまでも、三味線を聞かなきゃ納まらない。眇(めっかち)、いぐちでない以上は、古道具屋からでも呼んでくれ。」
「待ちなさりまし。おお、あの島屋の新妓(しんこ)さんならきっと居るやろ。聞いて見や。喜野、ソレお急ぎじゃ、廊下走って、電話へ掛(かか)れや。」

       九

「持って来い、さあ、何んだ風車(かざぐるま)。」
 急に勢(いきおい)の可(い)い声を出した、饂飩屋に飲む博多節の兄哥(あにい)は、霜の上の燗酒(かんざけ)で、月あかりに直ぐ醒(さ)める、色の白いのもそのままであったが、二三杯、呷切(あおっきり)の茶碗酒で、目の縁(ふち)へ、颯(さっ)と酔(よい)が出た。
「勝手にピイピイ吹いておれ、でんでん太鼓に笙(しょう)の笛、こっちあ小児(こども)だ、なあ、阿媽(おっか)。……いや、女房(おかみ)さん、それにしても何かね、御当処は、この桑名と云う所は、按摩の多い所かね。」と笛の音に瞳がちらつく。
「あんたもな、按摩の目は蠣(かき)や云います。名物は蛤(はまぐり)じゃもの、別に何も、多い訳はないけれど、ここは新地(しんち)なり、旅籠屋のある町やに因って、つい、あの衆(しゅ)が、あちこちから稼ぎに来るわな。」
「そうだ、成程新地(くるわ)だった。」となぜか一人で納得して、気の抜けたような片手を支(つ)く。
「お師匠さん、あんた、これからその音声(のど)を芸妓屋(げいこや)の門(かど)で聞かしてお見やす。ほんに、人死(ひとじに)が出来ようも知れぬぜな。」と襟の処で、塗盆をくるりと廻す。
「飛んだ合せかがみだね、人死が出来て堪(たま)るものか。第一、芸妓屋(げいしゃや)の前へは、うっかり立てねえ。」
「なぜえ。」
「悪くすると敵(かたき)に出会(でっくわ)す。」と投首(なげくび)する。
「あれ、芸が身を助けると言う、……お師匠さん、あんた、芸妓(げいこ)ゆえの、お身の上かえ。……ほんにな、仇(かたき)だすな。」
「違った! 芸者の方で、私が敵さ。」
「あれ、のけのけと、あんな憎いこと言いなさんす。」と言う処へ、月は片明りの向う側。狭い町の、ものの気勢(けはい)にも暗い軒下を、からころ、からころ、駒下駄(こまげた)の音が、土間に浸込(しみこ)むように響いて来る。……と直ぐその足許(あしもと)を潜(くぐ)るように、按摩の笛が寂しく聞える。
 門附は屹(きっ)と見た。
「噂をすれば、芸妓(げいこ)はんが通りまっせ。あんた、見たいなら障子を開けやす……そのかわり、敵打たりょうと思うてな。」
「ああ、いつでも打たれてやら。ちょッ、可厭(いや)に煩(うるさ)く笛を吹くない。」
 かたりと門(かど)の戸を外から開ける。
「ええ、吃驚(びっくり)すら。」
「今晩は、――饂飩六ツ急いでな。」と草履穿(ぞうりば)きの半纏着(はんてんぎ)、背中へ白く月を浴びて、赤い鼻をぬいと出す。
「へい。」と筒抜けの高調子で、亭主帳場へ棒に突立(つッた)ち、
「お方、そりゃ早うせぬかい。」
 女房は澄ましたもので、
「美しい跫音(あしおと)やな、どこの?」と聞く。
「こないだ山田の新町から住替えた、こんの島家の新妓(しんこ)じゃ。」と言いながら、鼻赤の若い衆は、覗(のぞ)いた顔を外に曲げる。
 と門附は、背後(うしろ)の壁へ胸を反らして、ちょっと伸上るようにして、戸に立つ男の肩越しに、皎(こう)とした月の廓(くるわ)の、細い通(とおり)を見透かした。
 駒下駄はちと音低く、まだ、からころと響いたのである。
「沢山(たんと)出なさるかな。」
「まあ、こんの饂飩のようには行かぬで。」
「その気で、すぐに届けますえ。」
「はい頼んます。」と、男は返る。
 亭主帳場から背後(うしろ)向きに、日和下駄(ひよりげた)を探って下り、がたりびしりと手当り強く、そこへ広蓋(ひろぶた)を出掛(だしか)ける。ははあ、夫婦二人のこの店、気の毒千万、御亭が出前持を兼ねると見えたり。
「裏表とも気を注(つ)けるじゃ、可(え)いか、可いか。ちょっと道寄りをして来るで、可いか、お方。」
 とそこいらじろじろと睨廻(ねめまわ)して、新地の月に提灯(ちょうちん)入(い)らず、片手懐にしたなりで、亭主が出前、ヤケにがっと戸を開けた。後(あと)を閉めないで、ひょこひょこ出て行(ゆ)く。
 釜の湯気が颯(さっ)と分れて、門附の頬に影がさした。
 女房横合から来て、
「いつまで、うっかり見送ってじゃ、そんなに敵(かたき)が打たれたいの。」
「女房(おかみ)さん、桑名じゃあ……芸者の箱屋は按摩かい。」と悚気(ぞっ)としたように肩を細く、この時やっと居直って、女房を見た、色が悪い。

       十

「そうさ、いかに伊勢の浜荻(はまおぎ)だって、按摩の箱屋というのはなかろう。私もなかろうと思うが、今向う側を何んとか屋の新妓(しんこ)とか云うのが、からんころんと通るのを、何心なく見送ると、あの、一軒おき二軒おきの、軒行燈(のきあんどん)では浅葱(あさぎ)になり、月影では青くなって、薄い紫の座敷着で、褄(つま)を蹴出(けだ)さず、ひっそりと、白い襟を俯向(うつむ)いて、足の運びも進まないように何んとなく悄(しお)れて行く。……その後(あと)から、鼠色の影法師。女の影なら月に地(つち)を這(は)う筈(はず)だに、寒い道陸神(どうろくじん)が、のそのそと四五尺離れた処を、ずっと前方(むこう)まで附添ったんだ。腰附、肩附、歩行(ある)く振(ふり)、捏(で)っちて附着(くッつ)けたような不恰好(ぶかっこう)な天窓(あたま)の工合、どう見ても按摩だね、盲人(めくら)らしい、めんない千鳥よ。……私あ何んだ、だから、按摩が箱屋をすると云っちゃ可笑(おかし)い、盲目(めくら)になった箱屋かも知れないぜ。」
「どんな風の、どれな。」
 と門(かど)へ出そうにする。
「いや、もう見えない。呼ばれた家(うち)へ入ったらしい。二人とも、ずっと前方(さき)で居なくなった。そうか。ああ、盲目の箱屋は居ねえのか。アまた殖(ふ)えたぜ……影がさす、笛の音に影がさす、按摩の笛が降るようだ。この寒い月に積(つも)ったら、桑名の町は針の山になるだろう、堪(たま)らねえ。」
 とぐいと呷(あお)って、
「ええ、ヤケに飲め、一杯どうだ、女房(おかみ)さん附合いねえ。御亭主は留守だが、明放(あけっぱな)しよ、……構うものか。それ向う三軒の屋根越に、雪坊主のような山の影が覗(のぞ)いてら。」
 と門を振向き、あ、と叫んで、
「来た、来た、来た、来やあがった、来やあがった、按摩々々、按摩。」
 と呼吸(いき)も吐(つ)かず、続けざまに急込(せきこ)んだ、自分の声に、町の中に、ぬい、と立って、杖を脚許(あしもと)へ斜交(はすっか)いに突張(つッぱ)りながら、目を白く仰向(あおむ)いて、月に小鼻を照らされた流しの按摩が、呼ばれたものと心得て、そのまま凍附(いてつ)くように立留まったのも、門附はよく分らぬ状(さま)で、
「影か、影か、阿媽(おっかあ)、ほんとの按摩か、影法師か。」
 と激しく聞く。
「ほんとなら、どうおしる。貴下(あんた)、そんなに按摩さんが恋しいかな。」
「恋しいよ! ああ、」
 と呼吸(いき)を吐(つ)いて、見直して、眉を顰(ひそ)めながら、声高(こわだか)に笑った。
「ははははは、按摩にこがれてこの体(てい)さ。おお、按摩さん、按摩さん、さあ入ってくんねえ。」
 門附は、撥(ばち)を除(の)けて、床几(しょうぎ)を叩いて、
「一つ頼もう。女房(おかみ)さん、済まないがちょいと借りるぜ。」
「この畳へ来て横におなりな。按摩さん、お客だす、あとを閉めておくんなさい。」
「へい。」
 コトコトと杖の音。
「ええ……とんと早や、影法師も同然なもので。」と掠(かす)れ声を白く出して、黒いけんちゅう羊羹色(ようかんいろ)の被布(ひふ)を着た、燈(ともしび)の影は、赤くその皺(しわ)の中へさし込んだが、日和下駄から消えても失(う)せず、片手を泳ぎ、片手で酒の香を嗅分(かぎわ)けるように入った。
「聞えたか。」
 とこの門附は、権のあるものいいで、五六本銚子の並んだ、膳をまた傍(わき)へずらす。
「へへへ」とちょっと鼻をすすって、ふん、とけなりそうに香(におい)を嗅(か)ぐ。
「待ちこがれたもんだから、戸外(そと)を犬が走っても、按摩さんに見えたのさ。こう、悪く言うんじゃないぜ……そこへぬっくりと顕(あらわ)れたろう、酔っている、幻かと思った。」
「ほんに待兼ねていなさったえ。あの、笛の音ばかり気にしなさるので、私もどうやら解(よ)めなんだが、やっと分ったわな、何んともお待遠でござんしたの。」
「これは、おかみさま、御繁昌(ごはんじょう)。」
「お客はお一人じゃ、ゆっくり療治してあげておくれ。それなりにお寝(よ)ったら、お泊め申そう。」
 と言う。
 按摩どの、けろりとして、
「ええ、その気で、念入りに一ツ、掴(つかま)りましょうで。」と我が手を握って、拉(ひし)ぐように、ぐいと揉(も)んだ。
「へい、旦那。」
「旦那じゃねえ。ものもらいだ。」とまた呷(あお)る。
 女房が竊(そっ)と睨(にら)んで、
「滅相な、あの、言いなさる。」

       十一

「いや、横になるどころじゃない、沢山だ、ここで沢山だよ。……第一背中へ掴(つか)まられて、一呼吸(ひといき)でも応(こた)えられるかどうだか、実はそれさえ覚束(おぼつか)ない。悪くすると、そのまま目を眩(まわ)して打倒(ぶったお)れようも知れんのさ。体(てい)よく按摩さんに掴み殺されるといった形だ。」
 と真顔で言う。
「飛んだ事をおっしゃりませ、田舎でも、これでも、長年年期を入れました杉山流のものでござります。鳩尾(きゅうび)に鍼(はり)をお打たせになりましても、決して間違いのあるようなものではござりませぬ。」と呆(あき)れたように、按摩の剥(む)く目は蒼(あお)かりけり。
「うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日(いくか)にも何時(なんどき)にも、洒落(しゃれ)にもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。」
「まあ、あんなにあんた、こがれなさった癖に。」
「そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産(ういざん)です、灸(きゅう)の皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。痛いんだか、痒(かゆ)いんだか、風説(うわさ)に因ると擽(くすぐ)ったいとね。多分私も擽ったかろうと思う。……ところがあいにく、母親(おふくろ)が操正しく、これでも密夫(まおとこ)の児(こ)じゃないそうで、その擽ったがりようこの上なし。……あれ、あんなあの、握飯(にぎりめし)を拵(こさ)えるような手附をされる、とその手で揉まれるかと思ったばかりで、もう堪(たま)らなく擽ったい。どうも、ああ、こりゃ不可(いけね)え。」
 と脇腹へ両肱(りょうひじ)を、しっかりついて、掻竦(かいすく)むように脊筋を捻(よ)る。
「ははははは、これはどうも。」と按摩は手持不沙汰な風。
 女房更(あらた)めて顔を覗(のぞ)いて、
「何んと、まあ、可愛らしい。」
「同じ事を、可哀想(かわいそう)だ、と言ってくんねえ。……そうかと言って、こう張っちゃ、身も皮も石になって固(かたま)りそうな、背(せなか)が詰(つま)って胸は裂ける……揉んでもらわなくては遣切(やりき)れない。遣れ、構わない。」
 と激しい声して、片膝を屹(きっ)と立て、
「殺す気で蒐(かか)れ。こっちは覚悟だ、さあ。ときに女房(おかみ)さん、袖摺(そです)り合うのも他生(たしょう)の縁ッさ。旅空掛けてこうしたお世話を受けるのも前(さき)の世の何かだろう、何んだか、おなごりが惜(おし)いんです。掴殺(つかみころ)されりゃそれきりだ、も一つ憚(はばか)りだがついでおくれ、別れの杯になろうも知れん。」
 と雫(しずく)を切って、ついと出すと、他愛なさもあんまりな、目の色の変りよう、眦(まなじり)も屹(きっ)となったれば、女房は気を打たれ、黙然(だんまり)でただ目を□(みは)る。
「さあ按摩さん。」
「ええ、」
「女房(おかみ)さん酌(つ)いどくれよ!」
「はあ、」と酌をする手がちと震えた。
 この茶碗を、一息に仰ぎ干すと、按摩が手を掛けたのと一緒であった。
 がたがたと身震いしたが、面(おもて)は幸(さいわい)に紅潮して、
「ああ、腸(はらわた)へ沁透(しみとお)る!」
「何かその、何事か存じませぬが、按摩は大丈夫でござります。」と、これもおどつく。
「まず、」
 と突張(つッぱ)った手をぐたりと緩めて、
「生命(いのち)に別条は無さそうだ、しかし、しかし応(こた)える。」
 とがっくり俯向(うつむ)いたのが、ふらふらした。
「月は寒し、炎のようなその指が、火水となって骨に響く。胸は冷い、耳は熱い。肉(み)は燃える、血は冷える。あっ、」と言って、両手を落した。
 吃驚(びっくり)して按摩が手を引く、その嘴(くちばし)や鮹(たこ)に似たり。
 兄哥(あにい)は、しっかり起直って、
「いや、手をやすめず遣ってくれ、あわれと思って静(しずか)に……よしんば徐(そっ)と揉まれた処で、私は五体が砕ける思いだ。
 その思いをするのが可厭(いや)さに、いろいろに悩んだんだが、避(よ)ければ摺着(すりつ)く、過ぎれば引張(ひっぱ)る、逃げれば追う。形が無ければ声がする……ピイピイ笛は攻太鼓(せめだいこ)だ。こうひしひしと寄着(よッつ)かれちゃ、弱いものには我慢が出来ない。淵(ふち)に臨んで、崕(がけ)の上に瞰下(みお)ろして踏留(ふみとど)まる胆玉(きもだま)のないものは、いっその思い、真逆(まっさかさま)に飛込みます。破れかぶれよ、按摩さん、従兄弟(いとこ)再従兄弟(はとこ)か、伯父甥(おじおい)か、親類なら、さあ、敵(かたき)を取れ。私はね、……お仲間の按摩を一人殺しているんだ。」

       十二

「今からちょうど三年前。……その年は、この月から一月後(おくれ)の師走(しわす)の末に、名古屋へ用があって来た。ついでと言っては悪いけれど、稼(かせぎ)の繰廻しがどうにか附いて、参宮が出来るというのも、お伊勢様の思召(おぼしめし)、冥加(みょうが)のほど難有(ありがた)い。ゆっくり古市(ふるいち)に逗留(とうりゅう)して、それこそついでに、……浅熊山(あさまやま)の雲も見よう、鼓ヶ嶽(たけ)の調(しらべ)も聞こう。二見(ふたみ)じゃ初日を拝んで、堺橋から、池の浦、沖の島で空が別れる、上郡(かみごおり)から志摩へ入って、日和山(ひよりやま)を見物する。……海が凪(な)いだら船を出して、伊良子(いらこ)ヶ崎の海鼠(なまこ)で飲もう、何でも五日六日は逗留というつもりで。……山田では尾上町の藤屋へ泊った。驚くべからず――まさかその時は私だって、浴衣に袷(あわせ)じゃ居やしない。
 着換えに紋付(もんつき)の一枚も持った、縞(しま)で襲衣(かさね)の若旦那さ。……ま、こう、雲助が傾城買(けいせいがい)の昔を語る……負惜(まけおし)みを言うのじゃないよ。何も自分の働きでそうした訳じゃないのだから。――聞きねえ、親なり、叔父なり、師匠なり、恩人なりという、……私が稼業じゃ江戸で一番、日本中の家元の大黒柱と云う、少兀(すこはげ)の苦い面(つら)した阿父(おやじ)がある。
 いや、その顔色(がんしょく)に似合わない、気さくに巫山戯(ふざけ)た江戸児(えどッこ)でね。行年(ぎょうねん)その時六十歳を、三つと刻んだはおかしいが、数え年のサバを算(よ)んで、私が代理に宿帳をつける時は、天地人とか何んとか言って、禅(ぜん)の問答をするように、指を三本、ひょいと出してギロリと睨(にら)む……五十七歳とかけと云うのさ。可(い)いかね、その気だもの……旅籠屋の女中が出てお給仕をする前では、阿父(おとっ)さんが大の禁句さ。……与一兵衛じゃあるめえし、汝(てめえ)、定九郎(さだくろう)のように呼ぶなえ、と唇を捻曲(ねじま)げて、叔父さんとも言わせねえ、兄さんと呼べ、との御意だね。
 この叔父さんのお供だろう。道中の面白さ。酒はよし、景色はよし、日和は続く。どこへ行っても女はふらない。師走の山路に、嫁菜が盛りで、しかも大輪(おおりん)が咲いていた。
 とこの桑名、四日市、亀山と、伊勢路へ掛(かか)った汽車の中から、おなじ切符のたれかれが――その催(もよおし)について名古屋へ行った、私たちの、まあ……興行か……その興行の風説(うわさ)をする。嘘にもどうやら、私の評判も可(よ)さそうな。叔父はもとより。……何事も言うには及ばん。――私が口で饒舌(しゃべ)っては、流儀の恥になろうから、まあ、何某(なにがし)と言ったばかりで、世間は承知すると思って、聞きねえ。
 ところがね、その私たちの事を言うついでに、この伊勢へ入ってから、きっと一所に出る、人の名がある。可いかい、山田の古市に惣市(そういち)と云う按摩鍼(あんまはり)だ。」
 門附はその名を言う時、うっとりと瞳を据えた。背(せなか)を抱(いだ)くように背後(うしろ)に立った按摩にも、床几(しょうぎ)に近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、凝(じっ)と天井を仰ぎながら、胸前(むなさき)にかかる湯気を忘れたように手で捌(さば)いて、
「按摩だ、がその按摩が、旧(もと)はさる大名に仕えた士族の果(はて)で、聞きねえ。私等が流儀と、同(おんな)じその道の芸の上手。江戸の宗家も、本山も、当国古市において、一人で兼ねたり、という勢(いきおい)で、自ら宗山(そうざん)と名告(なの)る天狗(てんぐ)。高慢も高慢だが、また出来る事も出来る。……東京の本場から、誰も来て怯(おびや)かされた。某(それがし)も参って拉(ひし)がれた。あれで一眼でも有ろうなら、三重県に居る代物(しろもの)ではない。今度名古屋へ来た連中もそうじゃ、贋物(にせもの)ではなかろうから、何も宗山に稽古をしてもらえとは言わぬけれど、鰻(うなぎ)の他(ほか)に、鯛(たい)がある、味を知って帰れば可いに。――と才発(さいはじ)けた商人(あきんど)風のと、でっぷりした金の入歯の、土地の物持とも思われる奴の話したのが、風説(うわさ)の中でも耳に付いた。
 叔父はこくこく坐睡(いねむり)をしていたっけ。私(わっし)あ若気だ、襟巻で顔を隠して、睨(にら)むように二人を見たのよ、ね。
 宿の藤屋へ着いてからも、わざと、叔父を一人で湯へ遣り……女中にもちょっと聞く。……挨拶(あいさつ)に出た番頭にも、按摩の惣市、宗山と云う、これこれした芸人が居るか、と聞くと、誰の返事も同じ事。思ったよりは高名で、現に、この頃も藤屋に泊った、何某侯(なにがしこう)の御隠居の御召に因って、上下(かみしも)で座敷を勤(し)た時、(さてもな、鼓ヶ嶽が近いせいか、これほどの松風は、東京でも聞けぬ、)と御賞美。
(的等(てきら)にも聞かせたい。)と宗山が言われます、とちょろりと饒舌(しゃべ)った。私(わっし)が夥間(なかま)を――(的等。)と言う。
 的等の一人(いちにん)、かく言う私だ……」

       十三

「なお聞けば、古市のはずれに、その惣市、小料理屋の店をして、妾(めかけ)の三人もある、大した勢(いきおい)だ、と言うだろう。――何を!……按摩の分際で、宗家の、宗の字、この道の、本山が凄(すさま)じい。
 こう、按摩さん、舞台の差(さし)は堪忍(かに)してくんな。」
 と、竊(そっ)と痛そうに胸を圧(おさ)えた。
「後で、よく気がつけば、信州のお百姓は、東京の芝居なんぞ、ほんとの猪(しし)はないとて威張る。……な、宮重大根が日本一なら、蕪(かぶ)の千枚漬も皇国無双で、早く言えば、この桑名の、焼蛤も三都無類さ。
 その気で居れば可いものを、二十四の前厄なり、若気の一図(いちず)に苛々(いらいら)して、第一その宗山が気に入らない。(的等。)もぐっと癪(しゃく)に障れば、妾三人で赫(かっ)とした。
 維新以来の世がわりに、……一時(ひとしきり)私等の稼業がすたれて、夥間(なかま)が食うに困ったと思え。弓矢取っては一万石、大名株の芸人が、イヤ楊枝(ようじ)を削る、かるめら焼を露店で売る。……蕎麦屋(そばや)の出前持になるのもあり、現在私がその小父者(おじご)などは、田舎の役場に小使いをして、濁り酒のかすに酔って、田圃(たんぼ)の畝(あぜ)に寝たもんです。……
 その妹だね、可いかい、私の阿母(おふくろ)が、振袖の年頃を、困る処へ附込んで、小金(こがね)を溜めた按摩めが、ちとばかりの貸を枷(かせ)に、妾にしよう、と追い廻わす。――危(あぶな)く駒下駄を踏返して、駕籠(かご)でなくっちゃ見なかった隅田川へ落ちようとしたっさ。――その話にでも嫌いな按摩が。
 ええ。
 待て、見えない両眼で、汝(うぬ)が身の程を明(あかる)く見るよう、療治を一つしてくりょう。
 で、翌日(あくるひ)は謹んで、参拝した。
 その尊さに、その晩ばかりはちっとの酒で宵寝をした、叔父の夜具の裾を叩いて、枕許(まくらもと)へ水を置き、

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