七宝の柱
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著者名:泉鏡花 

 これで、勘定が――道中記には肝心な処だ――二円八十銭……二人(ににん)分です。
「帳場の、おかみさんに礼を言って下さい。」
 やがて停車場(ステエション)へ出ながら視(み)ると、旅店(はたごや)の裏がすぐ水田(みずた)で、隣(となり)との地境(じざかい)、行抜(ゆきぬ)けの処に、花壇があって、牡丹が咲いた。竹の垣も結(ゆ)わないが、遊んでいた小児(こども)たちも、いたずらはしないと見える。
 ほかにも、商屋(あきないや)に、茶店に、一軒ずつ、庭あり、背戸(せど)あれば牡丹がある。往来(ゆきき)の途中も、皆そうであった。かつ溝川(みぞがわ)にも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家(こいえ)にさえ、大抵(たいてい)皆、菖蒲(あやめ)、杜若(かきつばた)を植えていた。
 弁財天の御心(みこころ)が、自(おのずか)ら土地にあらわれるのであろう。
 忽(たちま)ち、風暗く、柳が靡(なび)いた。
 停車場(ステエション)へ入った時は、皆待合室にいすくまったほどである。風は雪を散らしそうに寒くなった。一千年のいにしえの古戦場の威力である。天には雲と雲と戦った。




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