春昼
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著者名:泉鏡花 

 でその――小松橋を渡ると、急に遠目金(とおめがね)を覗(のぞ)くような円(まる)い海の硝子(がらす)へ――ぱっと一杯に映(うつ)って、とき色の服の姿が浪(なみ)の青いのと、巓(いただき)の白い中へ、薄い虹(にじ)がかかったように、美しく靡(なび)いて来たのがある。……
 と言われたは、即(すなわ)ち、それ、玉脇の……でございます。
 しかし、その時はまだ誰だか本人も御存じなし、聞く方でも分りませんので。どういう別嬪(べっぴん)でありました、と串戯(じょうだん)にな、団扇(うちわ)で煽(あお)ぎながら聞いたでございます。
 客人は海水帽を脱いだばかり、まだ部屋へも上(あが)らず、その縁側(えんがわ)に腰をかけながら。
(誰方(どなた)か、尊(とうと)いくらいでした。)」

       十三

「大分(だいぶ)気高く見えましたな。
 客人が言うには、
(二、三間(げん)あいを置いて、おなじような浴衣(ゆかた)を着た、帯を整然(きちん)と結んだ、女中と見えるのが附いて通りましたよ。
 唯(ただ)すれ違いざまに見たんですが、目鼻立ちのはっきりした、色の白いことと、唇の紅(あか)さったらありませんでした。
 盛装という姿だのに、海水帽をうつむけに被(かぶ)って――近所の人ででもあるように、無造作に見えましたっけ。むこう、そうやって下を見て帽子の廂(ひさし)で日を避(よ)けるようにして来たのが、真直(まっすぐ)に前へ出たのと、顔を見合わせて、両方へ避(さ)ける時、濃い睫毛(まつげ)から瞳(ひとみ)を涼しく□(みひら)いたのが、雪舟(せっしゅう)の筆を、紫式部(むらさきしきぶ)の硯(すずり)に染めて、濃淡のぼかしをしたようだった。
 何んとも言えない、美しさでした。
 いや、こういうことをお話します、私(わたし)は鳥羽絵(とばえ)に肖(に)ているかも知れない。
 さあ、御飯(ごはん)を頂いて、柄相応(がらそうおう)に、月夜の南瓜畑(とうなすばたけ)でもまた見に出ましょうかね。)
 爾晩(そのばん)は貴下(あなた)、唯(ただ)それだけの事で。
 翌日また散歩に出て、同じ時分に庵室(あんじつ)へ帰って見えましたから、私(わたくし)が串戯(じょうだん)に、
(雪舟の筆は如何(いかが)でござった。)
(今日は曇った所為(せい)か見えませんでした。)
 それから二、三日経(た)って、
(まだお天気が直りませんな。些(ち)と涼しすぎるくらい、御歩行(おひろい)には宜(よろ)しいが、やはり雲がくれでござったか。)
(否(いや)、源氏(げんじ)の題に、小松橋(こまつばし)というのはありませんが、今日はあの橋の上で、)
(それは、おめでたい。)
 などと笑いまする。
(まるで人違いをしたように粋(いき)でした。私(わたし)がこれから橋を渡ろうという時、向うの袂(たもと)へ、十二、三を頭(かしら)に、十歳(とお)ぐらいのと、七八歳(ななやッつ)ばかりのと、男の児(こ)を三人連れて、その中の小さいのの肩を片手で敲(たた)きながら、上から覗(のぞ)き込むようにして、莞爾(にっこり)して橋の上へかかって来ます。
 どんな婦人(おんな)でも羨(うらやま)しがりそうな、すなおな、房(ふっさ)りした花月巻(かげつまき)で、薄(うす)お納戸地(なんどじ)に、ちらちらと膚(はだ)の透(す)いたような、何んの中形(ちゅうがた)だか浴衣(ゆかた)がけで、それで、きちんとした衣紋附(えもんつき)。
 絽(ろ)でしょう、空色と白とを打合わせの、模様はちょっと分らなかったが、お太鼓(たいこ)に結んだ、白い方が、腰帯に当って水無月(みなづき)の雪を抱(だ)いたようで、見る目に、ぞッとして擦(す)れ違う時、その人は、忘れた形(なり)に手を垂れた、その両手は力なさそうだったが、幽(かすか)にぶるぶると肩が揺れたようでした、傍(そば)を通った男の気(け)に襲われたものでしょう。
 通(とお)り縋(すが)ると、どうしたのか、我を忘れたように、私(わたし)は、あの、低い欄干(らんかん)へ、腰をかけてしまったんです。抜けたのだなぞと言っては不可(いけ)ません。下は川ですから、あれだけの流れでも、落(おっこ)ちようもんならそれっきりです――淵(ふち)や瀬でないだけに、救助船(たすけぶね)とも喚(わめ)かれず、また叫んだ処(ところ)で、人は串戯(じょうだん)だと思って、笑って見殺しにするでしょう、泳(およぎ)を知らないから、)
 と言って苦笑(にがわらい)をしなさったっけ……それが真実(まこと)になったのでございます。
 どうしたことか、この恋煩(こいわずらい)に限っては、傍(はた)のものは、あはあは、笑って見殺しにいたします。
 私(わたくし)はじめ串戯(じょうだん)半分、ひやかしかたがた、今日(こんにち)は例のは如何(いかが)で、などと申したでございます。
 これは、貴下(あなた)でもさようでありましょう。」
 されば何んと答えよう、喫(の)んでた煙草(たばこ)の灰をはたいて、
「ですがな……どうも、これだけは真面目(まじめ)に介抱(かいほう)は出来かねます。娘が煩(わずら)うのだと、乳母(うば)が始末をする仕来(しきた)りになっておりますがね、男のは困りますな。
 そんな時、その川で沙魚(はぜ)でも釣っていたかったですね。」
「ははは、これはおかしい。」
 と出家は興(きょう)ありげにハタと手を打つ。

       十四

「これはおかしい、釣(つり)といえば丁(ちょう)どその時、向う詰(づめ)の岸に踞(しゃが)んで、ト釣っていたものがあったでござる。橋詰(はしづめ)の小店(こみせ)、荒物を商(あきな)う家の亭主で、身体(からだ)の痩(や)せて引緊(ひっしま)ったには似ない、褌(ふんどし)の緩(ゆる)い男で、因果(いんが)とのべつ釣をして、はだけていましょう、真(まこと)にあぶなッかしい形でな。
 渾名(あだな)を一厘土器(いちもんかわらけ)と申すでござる。天窓(あたま)の真中の兀工合(はげぐあい)が、宛然(さながら)ですて――川端の一厘土器(いちもんかわらけ)――これが爾時(そのとき)も釣っていました。
 庵室(あんじつ)の客人が、唯今(ただいま)申す欄干(らんかん)に腰を掛けて、おくれ毛越(げごし)にはらはらと靡(なび)いて通る、雪のような襟脚(えりあし)を見送ると、今、小橋(こばし)を渡った処(ところ)で、中の十歳(とお)位のがじゃれて、その腰へ抱(だ)き着いたので、白魚(しらお)という指を反(そ)らして、軽くその小児(こども)の背中を打った時だったと申します。
(お坊(ぼっ)ちゃま、お坊ちゃま、)
 と大声で呼び懸けて、
(手巾(ハンケチ)が落ちました、)と知らせたそうでありますが、件(くだん)の土器殿(かわらけどの)も、餌(えさ)は振舞(ふるま)う気で、粋(いき)な後姿を見送っていたものと見えますよ。
(やあ、)と言って、十二、三の一番上の児(こ)が、駈けて返って、橋の上へ落して行った白い手巾(ハンケチ)を拾ったのを、懐中(ふところ)へ突込(つッこ)んで、黙ってまた飛んで行ったそうで。小児(こども)だから、辞儀(じぎ)も挨拶(あいさつ)もないでございます。
 御新姐(ごしんぞ)が、礼心(れいごころ)で顔だけ振向いて、肩へ、頤(おとがい)をつけるように、唇を少し曲げて、その涼(すずし)い目で、熟(じっ)とこちらを見返ったのが取違えたものらしい。私(わたくし)が許(とこ)の客人と、ぴったり出会ったでありましょう。
 引込(ひきこ)まれて、はッと礼を返したが、それッきり。御新姐(ごしんぞ)の方は見られなくって、傍(わき)を向くと貴下(あなた)、一厘土器(いちもんかわらけ)が怪訝(けげん)な顔色(かおつき)。
 いやもう、しっとり冷汗(ひやあせ)を掻いたと言う事、――こりゃなるほど。極(きまり)がよくない。
 局外(はた)のものが何んの気もなしに考えれば、愚にもつかぬ事なれど、色気があって御覧(ごろう)じろ。第一、野良声(のらごえ)の調子ッぱずれの可笑(おかし)い処(ところ)へ、自分主人でもない余所(よそ)の小児(こども)を、坊やとも、あの児(こ)とも言うにこそ、へつらいがましい、お坊ちゃまは不見識の行止(ゆきどま)り、申さば器量(きりょう)を下げた話。
 今一方(いまいっぽう)からは、右の土器殿(かわらけどの)にも小恥(こっぱず)かしい次第でな。他人のしんせつで手柄をしたような、変な羽目になったので。
 御本人、そうとも口へ出して言われませなんだが、それから何んとなく鬱(ふさ)ぎ込むのが、傍目(よそめ)にも見えたであります。
 四、五日、引籠(ひきこも)ってござったほどで。
 後(のち)に、何も彼(か)も打明けて私(わたくし)に言いなさった時の話では、しかしまたその間違(まちがい)が縁(えん)になって、今度出会った時は、何んとなく両方で挨拶(あいさつ)でもするようになりはせまいか。そうすれば、どんなにか嬉(うれ)しかろう、本望(ほんもう)じゃ、と思われたそうな。迷いと申すはおそろしい、情(なさけ)ないものでござる。世間大概(たいがい)の馬鹿も、これほどなことはないでございます。
 三度目には御本人、」
「また出会ったんですかい。」
 と聞くものも待ち構える。
「今度は反対に、浜の方から帰って来るのと、浜へ出ようとする御新姐(ごしんぞ)と、例の出口の処で逢ったと言います。
 大分もう薄暗くなっていましたそうで……土用(どよう)あけからは、目に立って日が詰(つま)ります処(ところ)へ、一度は一度と、散歩のお帰りが遅くなって、蚊遣(かや)りでも我慢が出来ず、私(わたくし)が此処(ここ)へ蚊帳(かや)を釣って潜込(もぐりこ)んでから、帰って見えて、晩飯(ばんめし)ももう、なぞと言われるさえ折々の事。
 爾時(そのとき)も、早や黄昏(たそがれ)の、とある、人顔(ひとがお)、朧(おぼろ)ながら月が出たように、見違えないその人と、思うと、男が五人、中に主人もいたでありましょう。婦人(おんな)は唯(ただ)御新姐(ごしんぞ)一人、それを取巻く如くにして、どやどやと些(ち)と急足(いそぎあし)で、浪打際(なみうちぎわ)の方へ通ったが、その人数(にんず)じゃ、空頼(そらだの)めの、余所(よそ)ながら目礼処(どころ)の騒ぎかい、貴下(あなた)、その五人の男というのが。」

       十五

「眉の太い、怒(いか)り鼻(ばな)のがあり、額(ひたい)の広い、顎(あご)の尖(とが)った、下目(しため)で睨(にら)むようなのがあり、仰向(あおむ)けざまになって、頬髯(ほおひげ)の中へ、煙も出さず葉巻を突込(つッこ)んでいるのがある。くるりと尻を引捲(ひんまく)って、扇子(せんす)で叩いたものもある。どれも浴衣(ゆかた)がけの下司(げす)は可(い)いが、その中に浅黄(あさぎ)の兵児帯(へこおび)、結目(むすびめ)をぶらりと二尺ぐらい、こぶらの辺(あたり)までぶら下げたのと、緋縮緬(ひぢりめん)の扱帯(しごき)をぐるぐる巻きに胸高(むなだか)は沙汰(さた)の限(かぎり)。前のは御自分ものであろうが、扱帯(しごき)の先生は、酒の上で、小間使(こまづかい)のを分捕(ぶんどり)の次第らしい。
 これが、不思議に客人の気を悪くして、入相(いりあい)の浪も物凄(ものすご)くなりかけた折からなり、あの、赤鬼(あかおに)青鬼(あおおに)なるものが、かよわい人を冥土(めいど)へ引立(ひきた)てて行(ゆ)くようで、思いなしか、引挟(ひきはさ)まれた御新姐(ごしんぞ)は、何んとなく物寂(ものさび)しい、快(こころよ)からぬ、滅入(めい)った容子(ようす)に見えて、ものあわれに、命がけにでも其奴(そいつ)らの中から救って遣(や)りたい感じが起った。家庭の様子もほぼ知れたようで、気が揉(も)める、と言われたのでありますが、貴下(あなた)、これは無理じゃて。
 地獄の絵に、天女が天降(あまくだ)った処(ところ)を描いてあって御覧なさい。餓鬼(がき)が救われるようで尊(とうと)かろ。
 蛇が、つかわしめじゃと申すのを聞いて、弁財天(べんざいてん)を、ああ、お気の毒な、さぞお気味が悪かろうと思うものはありますまいに。迷いじゃね。」
 散策子はここに少しく腕組みした。
「しかし何ですよ、女は、自分の惚(ほ)れた男が、別嬪(べっぴん)の女房を持ってると、嫉妬(やく)らしいようですがね。男は反対です、」
 と聊(いささ)か論ずる口吻(くちぶり)。
「ははあ、」
「男はそうでない。惚れてる婦人(おんな)が、小野小町花(おののこまちのはな)、大江千里月(おおえのちさとのつき)という、対句(ついく)通りになると安心します。
 唯今(ただいま)の、その浅黄(あさぎ)の兵児帯(へこおび)、緋縮緬(ひぢりめん)の扱帯(しごき)と来ると、些(ち)と考えねばならなくなる。耶蘇教(やそきょう)の信者の女房が、主(しゅ)キリストと抱かれて寝た夢を見たと言うのを聞いた時の心地(こころもち)と、回々教(フイフイきょう)の魔神(ましん)になぐさまれた夢を見たと言うのを聞いた時の心地(こころもち)とは、きっとそれは違いましょう。
 どっち路(みち)、嬉(うれし)くない事は知れていますがね、前のは、先(ま)ず先ずと我慢が出来る、後(あと)のは、堪忍(かんにん)がなりますまい。
 まあ、そんな事は措(お)いて、何んだってまた、そう言う不愉快な人間ばかりがその夫人を取巻いているんでしょう。」
「そこは、玉脇(たまわき)がそれ鍬(くわ)の柄(つか)を杖(つえ)に支(つ)いて、ぼろ半纏(ばんてん)に引(ひっ)くるめの一件で、ああ遣(や)って大概(たいがい)な華族も及ばん暮しをして、交際にかけては銭金(ぜにかね)を惜(おし)まんでありますが、情(なさけ)ない事には、遣方(やりかた)が遣方(やりかた)ゆえ、身分、名誉ある人は寄(よッ)つきませんで、悲哉(かなしいかな)その段は、如何(いかが)わしい連中ばかり。」
「お待ちなさい、なるほど、そうするとその夫人と言うは、どんな身分の人なんですか。」
 出家はあらためて、打頷(うちうなず)き、かつ咳(しわぶき)して、
「そこでございます、御新姐(ごしんぞ)はな、年紀(とし)は、さて、誰(たれ)が目にも大略(たいりゃく)は分ります、先ず二十三、四、それとも五、六かと言う処(ところ)で、」
「それで三人の母様(おっかさん)? 十二、三のが頭(かしら)ですかい。」
「否(いいえ)、どれも実子(じっし)ではないでございます。」
「ままッ児(こ)ですか。」
「三人とも先妻が産みました。この先妻についても、まず、一(ひと)くさりのお話はあるでございますが、それは余事(よじ)ゆえに申さずとも宜(よろ)しかろ。
 二、三年前に、今のを迎えたのでありますが、此処(ここ)でありますよ。
 何処(どこ)の生れだか、育ちなのか、誰の娘だか、妹だか、皆目(かいもく)分らんでございます。貸して、かたに取ったか、出して買うようにしたか。落魄(おちぶ)れた華族のお姫様じゃと言うのもあれば、分散した大所(おおどこ)の娘御(むすめご)だと申すのもあります。そうかと思うと、箔(はく)のついた芸娼妓(くろうと)に違いないと申すもあるし、豪(えら)いのは高等淫売(いんばい)の上(あが)りだろうなどと、甚(はなはだ)しい沙汰(さた)をするのがござって、丁(とん)と底知れずの池に棲(す)む、ぬしと言うもののように、素性(すじょう)が分らず、ついぞ知ったものもない様子。」

       十六

「何にいたせ、私(わたくし)なぞが通りすがりに見懸けましても、何んとも当りがつかぬでございます。勿論また、坊主に鑑定の出来ようはずはなけれどもな。その眉のかかり、目つき、愛嬌(あいきょう)があると申すではない。口許(くちもと)なども凛(りん)として、世辞(せじ)を一つ言うようには思われぬが、唯(ただ)何んとなく賢げに、恋も無常も知り抜いた風(ふう)に見える。身体(からだ)つきにも顔つきにも、情(なさけ)が滴(したた)ると言った状(さま)じゃ。
 恋い慕うものならば、馬士(うまかた)でも船頭でも、われら坊主でも、無下(むげ)に振切(ふりき)って邪険(じゃけん)にはしそうもない、仮令(たとえ)恋はかなえぬまでも、然(しか)るべき返歌はありそうな。帯の結目(むすびめ)、袂(たもと)の端(はし)、何処(どこ)へちょっと障(さわ)っても、情(なさけ)の露は男の骨を溶解(とろ)かさずと言うことなし、と申す風情(ふぜい)。
 されば、気高いと申しても、天人神女(てんにんしんにょ)の俤(おもかげ)ではのうて、姫路(ひめじ)のお天守(てんしゅ)に緋(ひ)の袴(はかま)で燈台の下に何やら書を繙(ひもど)く、それ露が滴(したた)るように婀娜(あで)なと言うて、水道の水で洗い髪ではござらぬ。人跡(じんせき)絶えた山中の温泉に、唯(ただ)一人雪の膚(はだえ)を泳がせて、丈(たけ)に余る黒髪を絞るとかの、それに肖(に)まして。
 慕わせるより、懐(なつか)しがらせるより、一目見た男を魅(み)する、力(ちから)広大(こうだい)。少(すくな)からず、地獄、極楽、娑婆(しゃば)も身に附絡(つきまと)うていそうな婦人(おんな)、従(したご)うて、罪も報(むくい)も浅からぬげに見えるでございます。
 ところへ、迷うた人の事なれば、浅黄(あさぎ)の帯に緋(ひ)の扱帯(しごき)が、牛頭(ごず)馬頭(めず)で逢魔時(おうまがとき)の浪打際(なみうちぎわ)へ引立(ひきた)ててでも行(ゆ)くように思われたのでありましょう――私(わたくし)どもの客人が――そういう心持(こころもち)で御覧なさればこそ、その後(ご)は玉脇(たまわき)の邸(やしき)の前を通(とおり)がかり。……
 浜へ行(ゆ)く町から、横に折れて、背戸口(せどぐち)を流れる小川の方へ引廻(ひきまわ)した蘆垣(あしがき)の蔭(かげ)から、松林の幹と幹とのなかへ、襟(えり)から肩のあたり、くっきりとした耳許(みみもと)が際立(きわだ)って、帯も裾(すそ)も見えないのが、浮出(うきだ)したように真中へあらわれて、後前(あとさき)に、これも肩から上ばかり、爾時(そのとき)は男が三人、一(ひと)ならびに松の葉とすれすれに、しばらく桔梗(ききょう)刈萱(かるかや)が靡(なび)くように見えて、段々(だんだん)低くなって隠れたのを、何か、自分との事のために、離座敷(はなれざしき)か、座敷牢(ざしきろう)へでも、送られて行(ゆ)くように思われた、後前(あとさき)を引挟(ひっぱさ)んだ三人の漢(おとこ)の首の、兇悪なのが、確(たしか)にその意味を語っていたわ。もうこれきり、未来まで逢(あ)えなかろうかとも思われる、と無理なことを言うのであります。
 さ、これもじゃ、玉脇の家の客人だち、主人まじりに、御新姐(ごしんぞ)が、庭の築山(つきやま)を遊んだと思えば、それまででありましょうに。
 とうとう表通りだけでは、気が済まなくなったと見えて、前(まえ)申した、その背戸口(せどぐち)、搦手(からめて)のな、川を一つ隔てた小松原の奥深く入(い)り込んで、うろつくようになったそうで。
 玉脇の持地(もちじ)じゃありますが、この松原は、野開(のびら)きにいたしてござる。中には汐入(しおいり)の、ちょっと大きな池もあります。一面に青草(あおぐさ)で、これに松の翠(みどり)がかさなって、唯今頃(ただいまごろ)は菫(すみれ)、夏は常夏(とこなつ)、秋は萩(はぎ)、真個(まこと)に幽翠(ゆうすい)な処(ところ)、些(ち)と行らしって御覧(ごろう)じろ。」
「薄暗い処ですか、」
「藪(やぶ)のようではありません。真蒼(まっさお)な処であります。本でも御覧なさりながらお歩行(ある)きには、至極宜(よろ)しいので、」
「蛇がいましょう、」
 と唐突(だしぬけ)に尋ねた。
「お嫌いか。」
「何とも、どうも、」
「否(いえ)、何の因果か、あのくらい世の中に嫌われるものも少のうござる。
 しかし、気をつけて見ると、あれでもしおらしいもので、路端(みちばた)などを我(われ)は顔(がお)で伸(の)してる処(ところ)を、人が参って、熟(じっ)と視(なが)めて御覧なさい。見返しますがな、極りが悪そうに鎌首(かまくび)を垂れて、向うむきに羞含(はにか)みますよ。憎くないもので、ははははは、やはり心がありますよ。」
「心があられてはなお困るじゃありませんか。」
「否(いえ)、塩気を嫌うと見えまして、その池のまわりには些(ちっ)ともおりません。邸(やしき)にはこの頃じゃ、その魅(み)するような御新姐(ごしんぞ)も留主(るす)なり、穴(あな)はすかすかと真黒(まっくろ)に、足許に蜂(はち)の巣になっておりましても、蟹(かに)の住居(すまい)、落ちるような憂慮(きづかい)もありません。」

       十七

「客人は、その穴さえ、白髑髏(されこうべ)の目とも見えたでありましょう。
 池をまわって、川に臨んだ、玉脇の家造(やづくり)を、何か、御新姐(ごしんぞ)のためには牢獄ででもあるような考えでござるから。
 さて、潮(しお)のさし引(ひき)ばかりで、流れるのではありません、どんより鼠色(ねずみいろ)に淀(よど)んだ岸に、浮きもせず、沈みもやらず、末始終(すえしじゅう)は砕けて鯉(こい)鮒(ふな)にもなりそうに、何時頃(いつごろ)のか五、六本、丸太が浸(ひた)っているのを見ると、ああ、切組(きりく)めば船になる。繋合(つなぎあ)わせば筏(いかだ)になる。しかるに、綱も棹(さお)もない、恋の淵(ふち)はこれで渡らねばならないものか。
 生身(いきみ)では渡られない。霊魂(たましい)だけなら乗れようものを。あの、樹立(こだち)に包まれた木戸(きど)の中には、その人が、と足を爪立(つまだ)ったりなんぞして。
 蝶(ちょう)の目からも、余りふわふわして見えたでござろう。小松の中をふらつく自分も、何んだかその、肩から上ばかりに、裾(すそ)も足もなくなった心地、日中(ひなか)の妙(みょう)な蝙蝠(こうもり)じゃて。
 懐中(かいちゅう)から本を出して、
蝋光高懸照紗空(ろうこうたかくかかりしゃをてらしてむなし)、    花房夜搗紅守宮(かぼうよるつくこうしゅきゅう)、
象口吹香※[#「搨のつくり+毛」、62-12]※[#「登+毛」、62-12」暖(ぞうこうこうをふいてとうとうあたたかに)、    七星挂城聞漏板(しちせいしろにかかってろうばんをきく)、
寒入罘※殿影昏(さむさふしにいってでんえいくらく)[#「よんがしら/思」、62-13]、    彩鸞簾額著霜痕(さいらんれんがくそうこんをつく)、
 ええ、何んでも此処(ここ)は、蛄(けら)が鉤闌(こうらん)の下に月に鳴く、魏(ぎ)の文帝(ぶんてい)に寵(ちょう)せられた甄夫人(けんふじん)が、後(のち)におとろえて幽閉されたと言うので、鎖阿甄(あけんをとざす)。とあって、それから、
夢入家門上沙渚(ゆめにかもんにいってしゃしょにのぼる)、    天河落処長洲路(てんがおつるところちょうしゅうのみち)、
願君光明如太陽(ねがわくばきみこうみょうたいようのごとくなれ)、
 妾(しょう)を放(はな)て、そうすれば、魚(うお)に騎(き)し、波を□(ひら)いて去らん、というのを微吟(びぎん)して、思わず、襟(えり)にはらはらと涙が落ちる。目を□(みは)って、その水中の木材よ、いで、浮べ、鰭(ひれ)ふって木戸に迎えよ、と睨(にら)むばかりに瞻(みつ)めたのでござるそうな。些(ち)と尋常事(ただごと)でありませんな。
 詩は唐詩選(とうしせん)にでもありましょうか。」
「どうですか。ええ、何んですって――夢に家門(かもん)に入って沙渚(しゃしょ)に上(のぼ)る。魂(たましい)が沙漠(さばく)をさまよって歩行(ある)くようね、天河落処長洲路(てんがおつるところちょうしゅうのみち)、あわれじゃありませんか。
 それを聞くと、私(わたし)まで何んだか、その婦人が、幽閉されているように思います。
 それからどうしましたか。」
「どうと申して、段々頤(おとがい)がこけて、日に増し目が窪(くぼ)んで、顔の色がいよいよ悪い。
 或時(あるとき)、大奮発じゃ、と言うて、停車場(ていしゃば)前の床屋へ、顔を剃(そ)りに行(ゆ)かれました。その時だったと申す事で。
 頭を洗うし、久しぶりで、些(ちと)心持(こころもち)も爽(さわやか)になって、ふらりと出ると、田舎(いなか)には荒物屋(あらものや)が多いでございます、紙、煙草(たばこ)、蚊遣香(かやりこう)、勝手道具、何んでも屋と言った店で。床店(とこみせ)の筋向(すじむこ)うが、やはりその荒物店(あらものみせ)であります処(ところ)、戸外(おもて)へは水を打って、軒(のき)の提灯(ちょうちん)にはまだ火を点(とも)さぬ、溝石(みぞいし)から往来へ縁台(えんだい)を跨(また)がせて、差向(さしむか)いに将棊(しょうぎ)を行(や)っています。端(はし)の歩(ふ)が附木(つけぎ)、お定(さだま)りの奴で。
 用なしの身体(からだ)ゆえ、客人が其処(そこ)へ寄って、路傍(みちばた)に立って、両方ともやたらに飛車(ひしゃ)角(かく)の取替(とりか)えこ、ころりころり差違(さしちが)えるごとに、ほい、ほい、と言う勇ましい懸声(かけごえ)で。おまけに一人の親仁(おやじ)なぞは、媽々衆(かかしゅう)が行水(ぎょうずい)の間、引渡(ひきわた)されたものと見えて、小児(こども)を一人胡坐(あぐら)の上へ抱いて、雁首(がんくび)を俯向(うつむ)けに銜(くわ)え煙管(ぎせる)。
 で銜(くわ)えたまんま、待てよ、どっこい、と言うたびに、煙管(きせる)が打附(ぶつか)りそうになるので、抱かれた児(こ)は、親仁より、余計に額(ひたい)に皺(しわ)を寄せて、雁首(がんくび)を狙(ねら)って取ろうとする。火は附いていないから、火傷(やけど)はさせぬが、夢中で取られまいと振動(ふりうご)かす、小児(こども)は手を出す、飛車を遁(に)げる。
 よだれを垂々(たらたら)と垂らしながら、占(しめ)た! とばかり、やにわに対手(あいて)の玉将(たいしょう)を引掴(ひッつか)むと、大きな口をへの字形(じなり)に結んで見ていた赭(あか)ら顔(がお)で、脊高(せいたか)の、胸の大きい禅門(ぜんもん)が、鉄梃(かなてこ)のような親指で、いきなり勝った方の鼻っ頭(ぱしら)をぐいと掴(つか)んで、豪(えら)いぞ、と引伸(ひんの)ばしたと思(おぼ)し召せ、ははははは。」

       十八

「大きな、ハックサメをすると煙草(たばこ)を落した。額(おでこ)こッつりで小児(こども)は泣き出す、負けた方は笑い出す、涎(よだれ)と何んかと一緒でござろう。鼻をつまんだ禅門(ぜんもん)、苦々(にがにが)しき顔色(がんしょく)で、指を持余(もてあま)した、塩梅(あんばい)な。
 これを機会(しお)に立去ろうとして、振返ると、荒物屋と葭簀(よしず)一枚、隣家(りんか)が間(ま)に合わせの郵便局で。其処(そこ)の門口(かどぐち)から、すらりと出たのが例のその人。汽車が着いたと見えて、馬車、車がらがらと五、六台、それを見に出たものらしい、郵便局の軒下(のきした)から往来を透かすようにした、目が、ばったり客人と出逢ったでありましょう。
 心ありそうに、そうすると直ぐに身を引いたのが、隔ての葭簀(よしず)の陰になって、顔を背向(そむ)けもしないで、其処(そこ)で向直(むきなお)ってこっちを見ました。
 軒下の身を引く時、目で引(ひき)つけられたような心持(ここち)がしたから、こっちもまた葭簀越(よしずごし)に。
 爾時(そのとき)は、総髪(そうはつ)の銀杏返(いちょうがえし)で、珊瑚(さんご)の五分珠(ごぶだま)の一本差(いっぽんざし)、髪の所為(せい)か、いつもより眉が長く見えたと言います。浴衣(ゆかた)ながら帯には黄金鎖(きんぐさり)を掛けていたそうでありますが、揺れてその音のするほど、こっちを透(すか)すのに胸を動かした、顔がさ、葭簀(よしず)を横にちらちらと霞(かすみ)を引いたかと思う、これに眩(めくるめ)くばかりになって、思わずちょっと会釈(えしゃく)をする。
 向うも、伏目(ふしめ)に俯向(うつむ)いたと思うと、リンリンと貴下(あなた)、高く響いたのは電話の報知(しらせ)じゃ。
 これを待っていたでございますな。
 すぐに電話口へ入って、姿は隠れましたが、浅間(あさま)ゆえ、よく聞える。
(はあ、私(わたし)。あなた、余(あんま)りですわ。余(あんま)りですわ。どうして来て下さらないの。怨(うら)んでいますよ。あの、あなた、夜(よ)も寝られません。はあ、夜中に汽車のつくわけはありませんけれども、それでも今にもね、来て下さりはしないかと思って。
 私の方はね、もうね、ちょいと……どんなに離れておりましても、あなたの声はね、電話でなくっても聞えます。あなたには通じますまい。
 どうせ、そうですよ。それだって、こんなにお待ち申している、私のためですもの……気をかねてばかりいらっしゃらなくても宜(よろ)しいわ。些(ちっ)とは不義理、否(いえ)、父さんやお母さんに、不義理と言うこともありませんけれど、ね、私は生命(いのち)かけて、きっとですよ。今夜にも、寝ないでお待ち申しますよ。あ、あ、たんと、そんなことをお言いなさい、どうせ寝られないんだから可(よ)うございます。怨(うら)みますよ。夢にでもお目にかかりましょうねえ、否(いいえ)、待たれない、待たれない……)
 お道(みち)か、お光(みつ)か、女の名前。
(……みいちゃん、さようなら、夢で逢いますよ。)――
 きりきりと電話を切ったて。」
「へい、」
 と思わず聞惚(ききと)れる。
「その日は帰ってから、豪(えら)い元気で、私(わたし)はそれ、涼しさやと言った句(く)の通り、縁(えん)から足をぶら下げる。客人は其処(そこ)の井戸端(いどばた)に焚(た)きます据風呂(すえぶろ)に入って、湯をつかいながら、露出(むきだ)しの裸体談話(はだかばなし)。
 そっちと、こっちで、高声(たかごえ)でな。尤(もっと)も隣近所(となりきんじょ)はござらぬ。かけかまいなしで、電話の仮声(こわいろ)まじりか何かで、
(やあ、和尚(おしょう)さん、梅の青葉から、湯気(ゆげ)の中へ糸を引くのが、月影に光って見える、蜘蛛(くも)が下りた、)
 と大気□(だいきえん)じゃ。
(万歳々々(ばんざいばんざい)、今夜お忍(しのび)か。)
(勿論(もちろん)、)
 と答えて、頭のあたりをざぶざぶと、仰(あお)いで天に愧(は)じざる顔色(かおつき)でありました。が、日頃の行(おこな)いから[#「行(おこな)いから」は底本では「行(おこか)いから」]察して、如何(いか)に、思死(おもいじに)をすればとて、いやしくも主(ぬし)ある婦人に、そういう不料簡(ふりょうけん)を出すべき仁(じん)でないと思いました、果せる哉(かな)。
 冷奴(ひややっこ)に紫蘇(しそ)の実、白瓜(しろうり)の香(こう)の物(もの)で、私(わたくし)と取膳(とりぜん)の飯を上(あが)ると、帯を緊(し)め直して、
(もう一度そこいらを。)
 いや、これはと、ぎょっとしたが、垣(かき)の外へ出られた姿は、海の方へは行(ゆ)かないで、それ、その石段を。」
 一面の日当りながら、蝶(ちょう)の羽(は)の動くほど、山の草に薄雲が軽く靡(なび)いて、檐(のき)から透(すか)すと、峰の方は暗かった、余り暖(あたたか)さが過ぎたから。

       十九

 降ろうも知れぬ。日向(ひなた)へ蛇が出ている時は、雨を持つという、来がけに二度まで見た。
 で、雲が被(かぶ)って、空気が湿(しめ)った所為(せい)か、笛太鼓(ふえたいこ)の囃子(はやし)の音が山一ツ越えた彼方(かなた)と思うあたりに、蛙(かえる)が喞(すだ)くように、遠いが、手に取るばかり、しかも沈んでうつつの音楽のように聞えて来た。靄(もや)で蝋管(ろうかん)の出来た蓄音器(ちくおんき)の如く、かつ遥(はるか)に響く。
 それまでも、何かそれらしい音はしたが、極めて散漫で、何の声とも纏(まと)まらない。村々の蔀(しとみ)、柱、戸障子(としょうじ)、勝手道具などが、日永(ひなが)に退屈して、のびを打ち、欠伸(あくび)をする気勢(けはい)かと思った。いまだ昼前だのに、――時々牛の鳴くのが入交(いりまじ)って――時に笑い興(きょう)ずるような人声も、動かない、静かに風に伝わるのであった。
 フト耳を澄ましたが、直ぐに出家の言(ことば)になって、
「大分(だいぶ)町の方が賑(にぎわ)いますな。」
「祭礼でもありますか。」
「これは停車場(ていしゃば)近くにいらっしゃると承(うけたまわ)りましたに、つい御近所でございます。
 停車場の新築開(びら)き。」
 如何(いか)にも一月(ひとつき)ばかり以前から取沙汰(とりさた)した今日は当日。規模を大きく、建直(たてなお)した落成式、停車場(ステイション)に舞台がかかる、東京から俳優(やくしゃ)が来る、村のものの茶番がある、餅(もち)を撒(ま)く、昨夜も夜通し騒いでいて、今朝(けさ)来がけの人通りも、よけて通るばかりであったに、はたと忘れていたらしい。
「まったくお話しに聞惚(ききと)れましたか、こちらが里(さと)離(はな)れて閑静な所為(せい)か、些(ちっ)とも気が附(つか)ないでおりました。実は余り騒々(そうぞう)しいので、そこを遁(に)げて参ったのです。しかし降りそうになって来ました。」
 出家の額(ひたい)は仰向(あおむ)けに廂(ひさし)を潜(くぐ)って、
「ねんばり一湿(ひとしめ)りでございましょう。地雨(じあめ)にはなりますまい。何(なあに)、また、雨具もござる。芝居を御見物の思召(おぼしめし)がなくば、まあ御緩(ごゆっく)りなすって。
 あの音もさ、面白可笑(おもしろおかし)く、こっちも見物に参る気でもござると、じっと落着いてはいられないほど、浮いたものでありますが、さてこう、かけかまいなしに、遠ざかっておりますと、世を一ツ隔てたように、寂しい、陰気な、妙な心地(ここち)がいたすではありませんか。」
「真箇(まったく)ですね。」
「昔、井戸を掘ると、地(じ)の下に犬(いぬ)鶏(にわとり)の鳴く音(ね)、人声、牛車(ぎゅうしゃ)の軋(きし)る音などが聞えたという話があります。それに似ておりますな。
 峠から見る、霧の下だの、暗(やみ)の浪打際(なみうちぎわ)、ぼうと灯(あかり)が映(うつ)る処(ところ)だの、かように山の腹を向うへ越した地(じ)の裏などで、聞きますのは、おかしく人間業(にんげんわざ)でないようだ。夜中に聞いて、狸囃子(たぬきばやし)と言うのも至極でございます。
 いや、それに、つきまして、お話の客人でありますが、」
 と、茶を一口急いで飲み、さしおいて、
「さて今申した通り、夜分にこの石段を上(のぼ)って行(ゆ)かれたのでありまして。
 しかしこれは情(じょう)に激して、発奮(はず)んだ仕事ではなかったのでございます。
 こうやって、この庵室(あんじつ)に馴れました身には、石段はつい、通(かよ)い廊下(ろうか)を縦に通るほどな心地(ここち)でありますからで。客人は、堂へ行(ゆ)かれて、柱(はしら)板敷(いたじき)へひらひらと大きくさす月の影、海の果(はて)には入日(いりひ)の雲が焼残(やけのこ)って、ちらちら真紅(しんく)に、黄昏(たそがれ)過ぎの渾沌(こんとん)とした、水も山も唯(ただ)一面の大池の中に、その軒端(のきば)洩(も)る夕日の影と、消え残る夕焼の雲の片(きれ)と、紅蓮(ぐれん)白蓮(びゃくれん)の咲乱(さきみだ)れたような眺望(ながめ)をなさったそうな。これで御法(みのり)の船に同じい、御堂(おどう)の縁(えん)を離れさえなさらなかったら、海に溺(おぼ)れるようなことも起らなんだでございましょう。
 爰(ここ)に希代(きたい)な事は――
 堂の裏山の方で、頻(しき)りに、その、笛太鼓(ふえたいこ)、囃子(はやし)が聞えたと申す事――
 唯今(ただいま)、それ、聞えますな。あれ、あれとは、まるで方角は違います。」
 と出家は法衣(ころも)でずいと立って、廂(ひさし)から指を出して、御堂(みどう)の山を左の方(かた)へぐいと指した。立ち方の唐突(だしぬけ)なのと、急なのと、目前(めさき)を塞(ふさ)いだ墨染(すみぞめ)に、一天(いってん)する墨(すみ)を流すかと、袖(そで)は障子を包んだのである。

       二十

「堂の前を左に切れると、空へ抜いた隧道(トンネル)のように、両端(りょうはし)から突出(つきで)ました巌(いわ)の間、樹立(こだち)を潜(くぐ)って、裏山へかかるであります。
 両方谷(たに)、海の方(かた)は、山が切れて、真中(まんなか)の路(みち)を汽車が通る。一方は一谷(ひとたに)落ちて、それからそれへ、山また山、次第に峰が重なって、段々雲(くも)霧(きり)が深くなります。処々(ところどころ)、山の尾が樹の根のように集(あつま)って、広々とした青田(あおた)を抱(かか)えた処(ところ)もあり、炭焼小屋を包んだ処もございます。
 其処(そこ)で、この山伝いの路は、崕(がけ)の上を高い堤防(つつみ)を行(ゆ)く形、時々、島や白帆(しらほ)の見晴しへ出ますばかり、あとは生繁(おいしげ)って真暗(まっくら)で、今時は、さまでにもありませぬが、草が繁りますと、分けずには通られません。
 谷には鶯(うぐいす)、峰には目白(めじろ)四十雀(しじゅうから)の囀(さえず)っている処(ところ)もあり、紺青(こんじょう)の巌(いわ)の根に、春は菫(すみれ)、秋は竜胆(りんどう)の咲く処(ところ)。山清水(やましみず)がしとしとと湧(わ)く径(こみち)が薬研(やげん)の底のようで、両側の篠笹(しのざさ)を跨(また)いで通るなど、ものの小半道(こはんみち)踏分(ふみわ)けて参りますと、其処(そこ)までが一峰(ひとみね)で。それから崕(がけ)になって、郡(ぐん)が違い、海の趣(おもむき)もかわるのでありますが、その崕(がけ)の上に、たとえて申さば、この御堂(みどう)と背中合わせに、山の尾へ凭(よ)っかかって、かれこれ大仏(だいぶつ)ぐらいな、石地蔵(いしじぞう)が無手(むず)と胡坐(あぐら)してござります。それがさ、石地蔵と申し伝えるばかり、よほどのあら刻みで、まず坊主形(ぼうずなり)の自然石(じねんせき)と言うても宜(よろ)しい。妙に御顔(おかお)の尖がった処が、拝むと凄(すご)うござってな。
 堂は形だけ残っておりますけれども、勿体(もったい)ないほど大破(たいは)いたして、密(そっ)と参っても床(ゆか)なぞずぶずぶと踏抜(ふみぬ)きますわ。屋根も柱も蜘蛛(くも)の巣のように狼藉(ろうぜき)として、これはまた境内(けいだい)へ足の入場(いれば)もなく、崕(がけ)へかけて倒れてな、でも建物があった跡じゃ、見霽(みはら)しの広場になっておりますから、これから山越(やまごし)をなさる方(かた)が、うっかり其処(そこ)へござって、唐突(だしぬけ)の山仏(やまほとけ)に胆(きも)を潰(つぶ)すと申します。
 其処(そこ)を山続きの留(とま)りにして、向うへ降りる路(みち)は、またこの石段のようなものではありません。わずかの間も九十九折(つづらおり)の坂道、嶮(けわし)い上に、□(なまじっ)か石を入れたあとのあるだけに、爪立(つまだ)って飛々(とびとび)に這(は)い下(お)りなければなりませんが、この坂の両方に、五百体千体と申す数ではない。それはそれは数え切れぬくらい、いずれも一尺、一尺五寸、御丈(おんたけ)三尺というのはない、小さな石仏(いしぼとけ)がすくすく並んで、最も長い年月(ねんげつ)、路傍(みちばた)へ転げたのも、倒れたのもあったでありましょうが、さすがに跨(また)ぐものはないと見えます。もたれなりにも櫛(くし)の歯のように揃(そろ)ってあります。
 これについて、何かいわれのございましたことか、一々(いちいち)女の名と、亥年(いどし)、午年(うまどし)、幾歳、幾歳、年齢とが彫(ほ)りつけてございましてな、何時(いつ)の世にか、諸国の婦人(おんな)たちが、挙(こぞ)って、心願(しんがん)を籠(こ)めたものでございましょう。ところで、雨露(あめつゆ)に黒髪(くろかみ)は霜(しも)と消え、袖(そで)裾(すそ)も苔(こけ)と変って、影ばかり残ったが、お面(かお)の細く尖(とが)った処(ところ)、以前は女体(にょたい)であったろうなどという、いや女体の地蔵というはありませんが、さてそう聞くと、なお気味が悪いではございませんか。
 ええ、つかぬことを申したようでありますが、客人の話について、些(ち)と考えました事がござる。客人は、それ、その山路(やまみち)を行(ゆ)かれたので――この観音(かんおん)の御堂(みどう)を離れて、」
「なるほど、その何んとも知れない、石像の処へ、」
 と胸を伏せて顔を見る。
「いやいや、其処(そこ)までではありません。唯(ただ)その山路へ、堂の左の、巌間(いわま)を抜けて出たものでございます。
 トいうのが、手に取るように、囃(はやし)の音が聞えたからで。
 直(じ)きその谷間(たにあい)の村あたりで、騒いでいるように、トントンと山腹へ響いたと申すのでありますから、ちょっと裏山へ廻りさえすれば、足許に瞰下(みお)ろされますような勘定(かんじょう)であったので。客人は、高い処(ところ)から見物をなさる気でござった。
 入り口(くち)はまだ月のたよりがございます。樹の下を、草を分けて参りますと、処々(ところどころ)窓のように山が切れて、其処(そこ)から、松葉掻(まつばかき)、枝拾い、じねんじょ穿(ほり)が谷へさして通行する、下の村へ続いた路(みち)のある処が、あっちこっちにいくらもございます。
 それへ出ると、何処(どこ)でも広々と見えますので、最初左の浜庇(はまびさし)、今度は右の茅(かや)の屋根と、二、三箇処(がしょ)、その切目(きれめ)へ出て、覗(のぞ)いたが、何処(どこ)にも、祭礼(まつり)らしい処はない。海は明(あかる)く、谷は煙(けぶ)って。」

       二十一

「けれども、その囃子(はやし)の音は、草(くさ)一叢(ひとむら)、樹立(こだち)一畝(ひとうね)出さえすれば、直(じ)き見えそうに聞えますので。二足(ふたあし)が三足(みあし)、五足(いつあし)が十足(とあし)になって段々深く入るほど――此処(ここ)まで来たのに見ないで帰るも残惜(のこりおし)い気もする上に、何んだか、旧(もと)へ帰るより、前へ出る方が路(みち)も明(あかる)いかと思われて、些(ち)と急足(いそぎあし)になると、路も大分(だいぶん)上(のぼ)りになって、ぐいと伸上(のびあが)るように、思い切って真暗(まっくら)な中を、草を□(むし)って、身を退(ひ)いて高い処(ところ)へ。ぼんやり薄明るく、地ならしがしてあって、心持(こころもち)、墓地の縄張(なわばり)の中ででもあるような、平(たいら)な丘の上へ出ると、月は曇ってしまったか、それとも海へ落ちたかという、一方は今来た路(みち)で向うは崕(がけ)、谷か、それとも浜辺かは、判然せぬが、底(そこ)一面(いちめん)に靄(もや)がかかって、その靄に、ぼうと遠方の火事のような色が映(うつ)っていて、篝(かがり)でも焼(た)いているかと、底(そこ)澄(す)んで赤く見える、その辺(あたり)に、太鼓(たいこ)が聞える、笛も吹く、ワアという人声がする。
 如何(いか)にも賑(にぎや)かそうだが、さて何処(どこ)とも分らぬ。客人は、その朦朧(もうろう)とした頂(いただき)に立って、境(さかい)は接しても、美濃(みの)近江(おうみ)、人情も風俗も皆違う寝物語の里の祭礼(まつり)を、此処(ここ)で見るかと思われた、と申します。
 その上、宵宮(よみや)にしては些(ち)と賑(にぎや)か過ぎる、大方本祭(ほんまつり)の夜(よ)? それで人の出盛(でさか)りが通り過ぎた、よほど夜更(よふけ)らしい景色に視(なが)めて、しばらく茫然(ぼうぜん)としてござったそうな。
 ト何んとなく、心(こころ)寂(さび)しい。路(みち)もよほど歩行(ある)いたような気がするので、うっとり草臥(くたび)れて、もう帰ろうかと思う時、その火気(かき)を包んだ靄(もや)が、こう風にでも動くかと覚えて、谷底から上へ、裾(すそ)あがりに次第に色が濃(こ)うなって、向うの山かけて映る工合(ぐあい)が直(じ)き目の前で燃している景色――最(もっと)も靄(もや)に包まれながら――
 そこで、何か見極(みきわ)めたい気もして、その平地(ひらち)を真直(まっすぐ)に行(ゆ)くと、まず、それ、山の腹が覗(のぞ)かれましたわ。
 これはしたり! 祭礼(まつり)は谷間(たにま)の里からかけて、此処(ここ)がそのとまりらしい。見た処(ところ)で、薄くなって段々に下へ灯影(ひかげ)が濃くなって次第に賑(にぎや)かになっています。
 やはり同一(おんなじ)ような平(たいら)な土で、客人のござる丘と、向うの丘との中に箕(み)の形になった場所。
 爪尖(つまさき)も辷(すべ)らず、静(しずか)に安々(やすやす)と下りられた。
 ところが、箕(み)の形の、一方はそれ祭礼(まつり)に続く谷の路(みち)でございましょう。その谷の方に寄った畳なら八畳ばかり、油が広く染(にじ)んだ体(てい)に、草がすっぺりと禿(は)げました。」
 といいかけて、出家は瀬戸物(せともの)の火鉢を、縁(えん)の方へ少しずらして、俯向(うつむ)いて手で畳を仕切った。
「これだけな、赤地(あかじ)の出た上へ、何かこうぼんやり踞(うずくま)ったものがある。」
 ト足を崩してとかくして膝に手を置いた。
 思わず、外(と)の方(かた)を見た散策子は、雲のやや軒端(のきば)に近く迫るのを知った。
「手を上げて招いたと言います――ゆったりと――行(ゆ)くともなしに前へ出て、それでも間(あいだ)二、三間(げん)隔(へだた)って立停(たちど)まって、見ると、その踞(うずくま)ったものは、顔も上げないで俯向(うつむ)いたまま、股引(ももひき)ようのものを穿(は)いている、草色(くさいろ)の太い胡坐(あぐら)かいた膝の脇に、差置(さしお)いた、拍子木(ひょうしぎ)を取って、カチカチと鳴らしたそうで、その音が何者か歯を噛合(かみあ)わせるように響いたと言います。
 そうすると、」
「はあ、はあ、」
「薄汚れた帆木綿(ほもめん)めいた破穴(やれあな)だらけの幕が開(あ)いたて、」
「幕が、」
「さよう。向う山の腹へ引いてあったが、やはり靄(もや)に見えていたので、そのものの手に、綱が引いてあったと見えます、踞(うずくま)ったままで立ちもせんので。
 窪(くぼ)んだ浅い横穴じゃ。大きかったといいますよ。正面に幅一間(けん)ばかり、尤(もっと)も、この辺にはちょいちょいそういうのを見懸けます。背戸(せど)に近い百姓屋などは、漬物桶(つけものおけ)を置いたり、青物を活(い)けて重宝(ちょうほう)がる。で、幕を開けたからにはそれが舞台で。」

       二十二

「なるほど、そう思えば、舞台の前に、木の葉がばらばらと散(ちら)ばった中へ交(まじ)って、投銭(なげせん)が飛んでいたらしく見えたそうでございます。
 幕が開(あ)いた――と、まあ、言う体(てい)でありますが、さて唯(ただ)浅い、扁(ひらった)い、窪(くぼ)みだけで。何んの飾(かざり)つけも、道具だてもあるのではござらぬ。何か、身体(からだ)もぞくぞくして、余り見ていたくもなかったそうだが、自分を見懸けて、はじめたものを、他に誰一人いるではなし、今更(いまさら)帰るわけにもなりませんような羽目になったとか言って、懐中(かいちゅう)の紙入(かみいれ)に手を懸けながら、茫乎(ぼんやり)見ていたと申します。
 また、陰気な、湿(しめ)っぽい音(おん)で、コツコツと拍子木(ひょうしぎ)を打違(ぶっちが)える。
 やはりそのものの手から、ずうと糸が繋(つな)がっていたものらしい。舞台の左右、山の腹へ斜めにかかった、一幅(ひとはば)の白い靄(もや)が同じく幕でございました。むらむらと両方から舞台際(ぶたいぎわ)へ引寄せられると、煙が渦(うずま)くように畳まれたと言います。
 不細工ながら、窓のように、箱のように、黒い横穴が小さく一ツずつ三十五十と一側並(ひとかわなら)べに仕切ってあって、その中に、ずらりと婦人(おんな)が並んでいました。
 坐ったのもあり、立ったのもあり、片膝(かたひざ)立てたじだらくな姿もある。緋(ひ)の長襦袢(ながじゅばん)ばかりのもある。頬のあたりに血のたれているのもある。縛られているのもある、一目(ひとめ)見たが、それだけで、遠くの方は、小さくなって、幽(かすか)になって、唯(ただ)顔ばかり谷間(たにま)に白百合(しろゆり)の咲いたよう。
 慄然(ぞっ)として、遁(に)げもならない処(ところ)へ、またコンコンと拍子木(ひょうしぎ)が鳴る。
 すると貴下(あなた)、谷の方へ続いた、その何番目かの仕切の中から、ふらりと外へ出て、一人、小さな婦人(おんな)の姿が、音もなく歩行(ある)いて来て、やがてその舞台へ上(あが)ったでございますが、其処(そこ)へ来ると、並(なみ)の大きさの、しかも、すらりとした脊丈(せたけ)になって、しょんぼりした肩の処へ、こう、頤(おとがい)をつけて、熟(じっ)と客人の方を見向いた、その美しさ!
 正(まさ)しく玉脇の御新姐(ごしんぞ)で。」

       二十三

「寝衣(ねまき)にぐるぐると扱帯(しごき)を巻いて、霜(しも)のような跣足(はだし)、そのまま向うむきに、舞台の上へ、崩折(くずお)れたように、ト膝を曲げる。
 カンと木を入れます。
 釘(くぎ)づけのようになって立窘(たちすく)んだ客人の背後(うしろ)から、背中を摺(す)って、ずッと出たものがある。
 黒い影で。
 見物が他(た)にもいたかと思う、とそうではない。その影が、よろよろと舞台へ出て、御新姐(ごしんぞ)と背中合わせにぴったり坐った処(ところ)で、こちらを向いたでございましょう、顔を見ると自分です。」
「ええ!」
「それが客人御自分なのでありました。
 で、私(わたくし)へお話に、
(真個(ほんとう)なら、其処(そこ)で死ななければならんのでした、)
 と言って歎息(たんそく)して、真蒼(まっさお)になりましたっけ。
 どうするか、見ていたかったそうです。勿論(もちろん)、肉は躍(おど)り、血は湧(わ)いてな。
 しばらくすると、その自分が、やや身体(からだ)を捻(ね)じ向けて、惚々(ほれぼれ)と御新姐(ごしんぞ)の後姿を見入ったそうで、指の尖(さき)で、薄色の寝衣(ねまき)の上へ、こう山形に引いて、下へ一ツ、△を書いたでございますな、三角を。
 見ている胸はヒヤヒヤとして冷汗がびっしょりになる。
 御新姐(ごしんぞ)は唯(ただ)首垂(うなだ)れているばかり。
 今度は四角、□、を書きました。
 その男、即(すなわち)客人御自分が。
 御新姐(ごしんぞ)の膝にかけた指の尖(さき)が、わなわなと震えました……とな。
 三度目に、○、円(まる)いものを書いて、線の端(はし)がまとまる時、颯(さっ)と地を払って空へ抉(えぐ)るような風が吹くと、谷底の灯(ひ)の影がすっきり冴(さ)えて、鮮(あざや)かに薄紅梅(うすこうばい)。浜か、海の色か、と見る耳許(みみもと)へ、ちゃらちゃらと鳴ったのは、投げ銭と木(こ)の葉の摺(す)れ合う音で、くるくると廻った。
 気がつくと、四、五人、山のように背後(うしろ)から押被(おっかぶ)さって、何時(いつ)の間(ま)にか他(た)に見物が出来たて。
 爾時(そのとき)、御新姐(ごしんぞ)の顔の色は、こぼれかかった艶(つや)やかなおくれ毛を透(す)いて、一入(ひとしお)美しくなったと思うと、あのその口許(くちもと)で莞爾(にっこり)として、うしろざまにたよたよと、男の足に背(せなか)をもたせて、膝を枕にすると、黒髪が、ずるずると仰向(あおむ)いて、真白(まっしろ)な胸があらわれた。その重みで男も倒れた、舞台がぐんぐんずり下(さが)って、はッと思うと旧(もと)の土。
 峰から谷底へかけて哄(どっ)と声がする。そこから夢中で駈け戻って、蚊帳(かや)に寝た私(わたくし)に縋(すが)りついて、
(水を下さい。)
 と言うて起された、が、身体中(からだじゅう)疵(きず)だらけで、夜露にずぶ濡(ぬれ)であります。
 それから暁(あかつき)かけて、一切の懺悔話(ざんげばなし)。
 翌日(あくるひ)は一日(いちにち)寝てござった。午(ひる)すぎに女中が二人ついて、この御堂(みどう)へ参詣なさった御新姐(ごしんぞ)の姿を見て、私は慌(あわ)てて、客人に知らさぬよう、暑いのに、貴下(あなた)、この障子を閉切(しめき)ったでございますよ。
 以来、あの柱に、うたゝ寐(ね)の歌がありますので。
 客人はあと二、三日、石の唐櫃(からびつ)に籠(こも)ったように、我(われ)と我を、手足も縛るばかり、謹(つつし)んで引籠(ひきこも)ってござったし、私(わたくし)もまた油断なく見張っていたでございますが、貴下(あなた)、聊(いささ)か目を離しました僅(わずか)の隙(ひま)に、何処(どこ)か姿が見えなくなって、木樵(きこり)が来て、点燈頃(ひともしごろ)、
(私(わし)、今、来がけに、彼処(あすこ)さ、蛇(じゃ)の矢倉(やぐら)で見かけたよ、)
 と知らせました。
 客人はまたその晩のような芝居が見たくなったのでございましょう。
 死骸(しがい)は海で見つかりました。
 蛇(じゃ)の矢倉(やぐら)と言うのは、この裏山の二ツ目の裾(すそ)に、水のたまった、むかしからある横穴で、わッというと、おう――と底知れず奥の方へ十里も広がって響きます。水は海まで続いていると申伝(もうしつた)えるでありますが、如何(いかが)なものでございますかな。」
 雨が二階家(にかいや)の方からかかって来た。音ばかりして草も濡らさず、裾があって、路(みち)を通(かよ)うようである。美人(たおやめ)の霊(れい)が誘(さそ)われたろう。雲の黒髪(くろかみ)、桃色衣(ももいろぎぬ)、菜種(なたね)の上を蝶(ちょう)を連れて、庭に来て、陽炎(かげろう)と並んで立って、しめやかに窓を覗(のぞ)いた。




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