記録狂時代
著者名:寺田寅彦
これに反してここに紹介した各種の珍奇なレコードは、ともかくもそれぞれ一つの「自由度」に対する数量的レコードへのおぼつかない試みの第一歩として、それぞれに固有ななんらかの文化的な意味をもつものだと思われるのである。
三原山(みはらやま)の投身自殺でも火口の深さが千何百尺と数字が決まれば、やはり火口投身者の中での墜落高度のレコードを作ることになるかもしれない。しかし単に墜落高度というだけのレコードならば飛行機搭乗者(とうじょうしゃ)のほうにもっと大きい数字がありそうである。
レコードでもあまりありがたくないのがある。国辱的レコードというものもいろいろあるのである。二十余年前にワシントン府の青葉の町を遊覧自動車で乗り回したことがあった。とある赤煉瓦(あかれんが)の恐ろしく殺風景な建物の前に来たとき、案内者が「世界第一の煉瓦建築(けんちく)であります」と説明した。いかなる点が第一だかわからなかったが、とにかくアメリカは「俳諧(はいかい)のない国」だと思ったのであった。このアメリカ魂は、摩天楼のレコードを作ると同時にギャング犯罪のレコードをも造りだすであろう。
何一つレコードを持たないような円満具足の理想国はどこかにないものかと考えることもある。
(昭和八年六月、東京朝日新聞)
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