渦巻ける烏の群
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著者名:黒島伝治 

 或る日、村の警衛に出ていた兵士は、露西亜(ロシア)の百姓が、銃のさきに背嚢を引っかけて、肩にかついで帰って来るのに出会した。銃も背嚢も日本のものだ。
「おい、待て! それゃ、どっから、かっぱらって来たんだ?」
「あっちだよ。」髯(ひげ)もじゃの百姓は、大きな手をあげて、烏が群がっている曠野を指さした。
「あっちに落ちとったんだ。」
「うそ云え!」
「あっちだ。あっちの雪の中に沢山落ちとるんだ。……兵タイも沢山死んどるだ。」
「うそ云え!」兵士は、百姓の頬をぴしゃりとやった。「一寸来い。中隊まで来い!」
 日本の兵士が雪に埋れていることが明かになった。背嚢の中についていた記号は、それが、松木と武石の中隊のものであることを物語った。
 翌日中隊は、早朝から、烏が渦巻いている空の下へ出かけて行った。烏は、既に、浅猿(あさま)しくも、雪の上に群がって、貪慾(どんよく)な嘴(くちばし)で、そこをかきさがしつついていた。
 兵士達が行くと、烏は、かあかあ鳴き叫び、雲のように空へまい上った。
 そこには、半ば貪(むさぼ)り啄(つつ)かれた兵士達の屍(しかばね)が散り散りに横たわっていた。顔面はさんざんに傷(そこな)われて見るかげもなくなっていた。
 雪は半ば解けかけていた。水が靴にしみ通ってきた。
 やかましく鳴き叫びながら、空に群がっている烏は、やがて、一町ほど向うの雪の上へおりて行った。
 兵士は、烏が雪をかきさがし、つついているのを見つけては、それを追っかけた。
 烏は、また、鳴き叫びながら、空に廻(ま)い上(あが)って、二三町さきへおりた。そこにも屍があった。兵士はそれを追っかけた。
 烏は、次第に遠く、一里も、二里も向うの方まで、雪の上におりながら逃げて行った。




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