雀こ
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:太宰治 

 タキの方図では、心根っこわるくかかったとせえ。
 ――羽こ、ねえはで呉れらえね。
 ――羽こ呉れるはで飛んで来い。
 こちで歌ったどもし、向うの方図で調子ばあわれに、また歌ったずおん。
 ――杉の木、火事で行かえない。
 したどもし、こちの方図では、やたら欲しくて歌ったとせえ。
 ――その火事よけて飛んで来い。
 向うの方図では、雀こ一羽はなしてよこしたずおん。タキは雀こ、ふたかたの腕こと翼みんたに拡げ、ぱお、ぱお、ぱお、て羽ばたきの音をし口でしゃべりしゃべりて、野火の焔よけて飛んで来たとせえ。
 これ、おらの国の、わらわの遊びごとだおん。こうして一羽一羽と雀こ貰るんだどもし、おしめに一羽のこれば、その雀こ、こんど歌わねばなんねのだおん。
 ――雀、雀、雀こ欲うし。
 とっくと分別しねでもわかることだどもし、これや、うたて遊びごとだまさね。一ばん先に欲しがられた雀こ、大幅(おおはば)こけるどもし、おしめの一羽は泣いても泣いても足(た)えへんでば。
 いつでもタキは、一ばん先に欲しがられるのだずおん。いつでもマロサマは、おしめにのこされるのだずおん。
 タキ、よろずよやの一人あねこで、うって勢よく育ったのだずおん。誰にかても負けたことねんだとせえ。冬、どした恐ろしない雪の日でも、くるめんば被(かぶ)らねで、千成(せんなり)の林檎(りんご)こよりも赤え頬ぺたこ吹きさらし、どこさでも行けたのだずおん。マロサマ、たかまどのお寺の坊主(ぼんず)こで、からだつきこ細くてかそぺないはでし、みんなみんな、やしめていたのだずおん。
 さきほどよりし、マロサマ、着物ばはだけて、歌っていたずおん。
 ――雀、雀、雀こ欲うし。雀、雀、雀こ欲うし。
 不憫(ふびん)げらに、これで二度も、売えのこりになっていたのだずおん。
 ――どの雀、欲うし?
 ――なかの雀こ欲うし。
 タキこと欲しがるのだずおん。なかの雀このタキ、野火の黄色え黄色え焔ごしに、悪だまなくこでマロサマば睨(にら)めたずおん。
 マロサマ、おっとらとした声こで、また歌ったずおん。
 ――なかの雀こ欲うし。
 タキは、わらわさ、なにやらし、こちょこちょと言うつけたずおん。わらわ、それ聞き、にくらにくらて笑い笑い、歌ったのだずおん。
 ――羽こ、ねえはで呉れらえね。
 ――羽こ呉れるはで飛んで来い。
 ――杉の木、火事で行かえない。
 ――その火事よけて飛んで来い。
 マロサマは、タキのぱおぱおて飛んで来るのば、とっけらとして待づていたずおん。したどもし、向うの方図で、ゆったらと歌るのだずおん。
 ――川こ大水で、行かえない。
 マロサマ、首こかしげて、分別したずおん。なんて歌ったらええべがな、て打って分別して分別して、
 ――橋こ架けて飛んで来い。
 タキは人魂(ひとだま)みんた眼(まなく)こおかなく燃やし、独りして歌ったずおん。
 ――橋こ流えて行かえない。
 マロサマは、また首こかしげて分別したのだずおん。なかなか分別は出て来ねずおん。そのうちにし、声たてて泣いたのだずおん。泣き泣きしゃべったとせえ。
 ――あみださまや。
 わらわ、みんなみんな、笑ったずおん。
 ――ぼんずの念仏、雨、降った。
 ――もくらもっけの泣けべっちょ。
 ――西くもて、雨ふった。雨ふって、雪とけた。
 そのときにし、よろずよやのタキは、きずきずと叫びあげたとせえ。
 ――マロサマの愛(め)ごこや。わのこころこ知らずて、お念仏。あわれ、ばかくさいじゃよ。
 そうしてし、雪だまにぎて、マロサマさぶつけたずおん。雪だま、マロサマの右りの肩さ当り、ぱららて白く砕けたずおん。マロサマ、どってんして、泣くのばやめてし、雪こ溶けかけた黄はだの色のふろ野ば、どんどん逃げていったとせえ。

 そろそろと晩げになったずおん。野はら、暗くなり、寒くなったずおん。わらわ、めいめいの家さかえり、めいめい婆(ば)さまのこたつこさもぐり込んだずおん。いつもの晩げのごと、おなじ昔噺(むがしこ)をし、聞くのだずおん。
長え長え昔噺(むがしこ)、知らへがな。
山の中に橡の木いっぽんあったずおん。
そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
…………………………




ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:5384 Bytes

担当:undef