氷雨
著者名:葉山嘉樹
五
農村は萎びてゐる。
身心共に萎びてゐる。
枠が小さくて、一寸堅過ぎる。
人の考へる通りを考へ、人の感じる通りを感じる。さうしないと喰み出して終ふ。
喰み出したらお終ひではないか。喰み出さなくても、暮しは苦しい。
私たちは家へ帰り着いた。
子供たちは濡れた服を脱いで、コタツに入り、夕食を摂つた。日頃健啖なのに、下の女の児は一杯食つた切りで、「御馳走様」と云つて、サッサと寝床にもぐり込んだ。
男の子は三杯目に、
「御飯未だあるの」
と女房に訊いた。
魚釣りも、蝗取りも、米櫃の空なことを忘れさせなかつたのだ。
私の教育方針もよろしきを得てゐる。
「兵隊さんたちは、三日二夜食もなくつて軍歌にあるだらう。苦労してゐるんだからね、お前たちも贅沢を云つてはいけないよ」
と、ふだんから云つてあるのだ。
子供たちが食事が済み、寝床に入つてから、私は米を借りに出かけた。
村の町は、夜九時になると死んだやうになる、偶然飛び込んだ旅人を泊める宿屋までも、十時になると眠り込む。
出征を祝す、の征旗も、旗を取り込んで、てつぺんに葉を少し残した旗竿だけが、淋しく軒先きに立つてゐる。
明日はどうなるであらう。
(昭和十二年十二月)
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