氷雨
[青空文庫|▼Menu|JUMP]
著者名:葉山嘉樹 

    五

 農村は萎びてゐる。
 身心共に萎びてゐる。
 枠が小さくて、一寸堅過ぎる。
 人の考へる通りを考へ、人の感じる通りを感じる。さうしないと喰み出して終ふ。
 喰み出したらお終ひではないか。喰み出さなくても、暮しは苦しい。

 私たちは家へ帰り着いた。
 子供たちは濡れた服を脱いで、コタツに入り、夕食を摂つた。日頃健啖なのに、下の女の児は一杯食つた切りで、「御馳走様」と云つて、サッサと寝床にもぐり込んだ。
 男の子は三杯目に、
「御飯未だあるの」
 と女房に訊いた。
 魚釣りも、蝗取りも、米櫃の空なことを忘れさせなかつたのだ。
 私の教育方針もよろしきを得てゐる。
「兵隊さんたちは、三日二夜食もなくつて軍歌にあるだらう。苦労してゐるんだからね、お前たちも贅沢を云つてはいけないよ」
 と、ふだんから云つてあるのだ。
 
 子供たちが食事が済み、寝床に入つてから、私は米を借りに出かけた。
 村の町は、夜九時になると死んだやうになる、偶然飛び込んだ旅人を泊める宿屋までも、十時になると眠り込む。
 出征を祝す、の征旗も、旗を取り込んで、てつぺんに葉を少し残した旗竿だけが、淋しく軒先きに立つてゐる。
 
 明日はどうなるであらう。
(昭和十二年十二月)



ページジャンプ
青空文庫の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
作品情報参照
mixiチェック!
Twitterに投稿
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶし青空文庫

Size:14 KB

担当:undef