或る女
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著者名:有島武郎 

       二二

 どこかから菊の香がかすかに通(かよ)って来たように思って葉子(ようこ)は快い眠りから目をさました。自分のそばには、倉地(くらち)が頭からすっぽりとふとんをかぶって、いびきも立てずに熟睡していた。料理屋を兼ねた旅館のに似合わしい華手(はで)な縮緬(ちりめん)の夜具の上にはもうだいぶ高くなったらしい秋の日の光が障子(しょうじ)越しにさしていた。葉子は往復一か月の余を船に乗り続けていたので、船脚(ふなあし)の揺(ゆ)らめきのなごりが残っていて、からだがふらりふらりと揺れるような感じを失ってはいなかったが、広い畳の間(ま)に大きな軟(やわ)らかい夜具をのべて、五体を思うまま延ばして、一晩ゆっくりと眠り通したその心地(ここち)よさは格別だった。仰向けになって、寒からぬ程度に暖まった空気の中に両手を二の腕までむき出しにして、軟らかい髪の毛に快い触覚を感じながら、何を思うともなく天井の木目(もくめ)を見やっているのも、珍しい事のように快かった。
 やや小半時(こはんとき)もそうしたままでいると、帳場でぼんぼん時計が九時を打った。三階にいるのだけれどもその音はほがらかにかわいた空気を伝って葉子の部屋(へや)まで響いて来た。と、倉地がいきなり夜具をはねのけて床の上に上体を立てて目をこすった。
「九時だな今打ったのは」
 と陸で聞くとおかしいほど大きな塩がれ声でいった。どれほど熟睡していても、時間には鋭敏な船員らしい倉地の様子がなんの事はなく葉子をほほえました。
 倉地が立つと、葉子も床を出た。そしてそのへんを片づけたり、煙草(たばこ)を吸ったりしている間に(葉子は船の中で煙草を吸う事を覚えてしまったのだった)倉地は手早く顔を洗って部屋(へや)に帰って来た。そして制服に着かえ始めた。葉子はいそいそとそれを手伝った。倉地特有な西洋風(ふう)に甘ったるいような一種のにおいがそのからだにも服にもまつわっていた。それが不思議にいつでも葉子の心をときめかした。
「もう飯(めし)を食っとる暇はない。またしばらく忙(せわ)しいで木(こ)っ葉(ぱ)みじんだ。今夜はおそいかもしれんよ。おれたちには天長節(てんちょうせつ)も何もあったもんじゃない」
 そういわれてみると葉子はきょうが天長節なのを思い出した。葉子の心はなおなお寛濶(かんかつ)になった。
 倉地が部屋を出ると葉子は縁側に出て手欄(てすり)から下をのぞいて見た。両側に桜並み木のずっとならんだ紅葉坂(もみじざか)は急勾配(こうばい)をなして海岸のほうに傾いている、そこを倉地の紺羅紗(こんらしゃ)の姿が勢いよく歩いて行くのが見えた。半分がた散り尽くした桜の葉は真紅(しんく)に紅葉して、軒並みに掲げられた日章旗が、風のない空気の中にあざやかにならんでいた。その間に英国の国旗が一本まじってながめられるのも開港場らしい風情(ふぜい)を添えていた。
 遠く海のほうを見ると税関の桟橋に繋(もや)われた四艘(そう)ほどの汽船の中に、葉子が乗って帰った絵島丸(えじままる)もまじっていた。まっさおに澄みわたった海に対してきょうの祭日を祝賀するために檣(マスト)から檣にかけわたされた小旌(こばた)がおもちゃのようにながめられた。
 葉子は長い航海の始終(しじゅう)を一場の夢のように思いやった。その長旅の間に、自分の一身に起こった大きな変化も自分の事のようではなかった。葉子は何がなしに希望に燃えた活々(いきいき)した心で手欄(てすり)を離れた。部屋には小ざっぱりと身じたくをした女中(じょちゅう)が来て寝床をあげていた。一間(けん)半の大床(おおとこ)の間(ま)に飾られた大花活(はない)けには、菊の花が一抱(ひとかか)え分もいけられていて、空気が動くたびごとに仙人(せんにん)じみた香を漂わした。その香をかぐと、ともするとまだ外国にいるのではないかと思われるような旅心が一気にくだけて、自分はもう確かに日本の土の上にいるのだという事がしっかり思わされた。
「いいお日和(ひより)ね。今夜あたりは忙しんでしょう」
 と葉子は朝飯の膳(ぜん)に向かいながら女中にいってみた。
「はい今夜は御宴会が二つばかりございましてね。でも浜の方(かた)でも外務省の夜会にいらっしゃる方もございますから、たんと込み合いはいたしますまいけれども」
 そう応(こた)えながら女中は、昨晩おそく着いて来た、ちょっと得体(えたい)の知れないこの美しい婦人の素性(すじょう)を探ろうとするように注意深い目をやった。葉子は葉子で「浜」という言葉などから、横浜という土地を形にして見るような気持ちがした。
 短くなってはいても、なんにもする事なしに一日を暮らすかと思えば、その秋の一日の長さが葉子にはひどく気になり出した。明後日東京に帰るまでの間に、買い物でも見て歩きたいのだけれども、土産物(みやげもの)は木村が例の銀行切手をくずしてあり余るほど買って持たしてよこしたし、手もとには哀れなほどより金は残っていなかった。ちょっとでもじっとしていられない葉子は、日本で着ようとは思わなかったので、西洋向きに注文した華手(はで)すぎるような綿入れに手を通しながら、とつ追いつ考えた。
「そうだ古藤(ことう)に電話でもかけてみてやろう」
 葉子はこれはいい思案だと思った。東京のほうで親類たちがどんな心持ちで自分を迎えようとしているか、古藤のような男に今度の事がどう響いているだろうか、これは単に慰みばかりではない、知っておかなければならない大事な事だった。そう葉子は思った。そして女中を呼んで東京に電話をつなぐように頼んだ。
 祭日であったせいか電話は思いのほか早くつながった。葉子は少しいたずららしい微笑を笑窪(えくぼ)のはいるその美しい顔に軽く浮かべながら、階段を足早に降りて行った。今ごろになってようやく床を離れたらしい男女の客がしどけないふうをして廊下のここかしこで葉子とすれ違った。葉子はそれらの人々には目もくれずに帳場に行って電話室に飛び込むとぴっしりと戸をしめてしまった。そして受話器を手に取るが早いか、電話に口を寄せて、
「あなた義一さん? あゝそう。義一さんそれは滑稽(こっけい)なのよ」
 とひとりでにすらすらといってしまってわれながら葉子ははっと思った。その時の浮き浮きした軽い心持ちからいうと、葉子にはそういうより以上に自然な言葉はなかったのだけれども、それではあまりに自分というものを明白にさらけ出していたのに気が付いたのだ。古藤は案のじょう答え渋っているらしかった。とみには返事もしないで、ちゃんと聞こえているらしいのに、ただ「なんです?」と聞き返して来た。葉子にはすぐ東京の様子を飲み込んだように思った。
「そんな事どうでもよござんすわ。あなたお丈夫でしたの」
 といってみると「えゝ」とだけすげない返事が、機械を通してであるだけにことさらすげなく響いて来た。そして今度は古藤のほうから、
「木村……木村君はどうしています。あなた会ったんですか」
 とはっきり聞こえて来た。葉子はすかさず、
「はあ会いましてよ。相変わらず丈夫でいます。ありがとう。けれどもほんとうにかわいそうでしたの。義一さん……聞こえますか。明後日(あさって)私東京に帰りますわ。もう叔母(おば)の所には行けませんからね、あすこには行きたくありませんから……あのね、透矢町(すきやちょう)のね、双鶴館(そうかくかん)……つがいの鶴(つる)……そう、おわかりになって?……双鶴館に行きますから……あなた来てくだされる?……でもぜひ聞いていただかなければならない事があるんですから……よくって?……そうぜひどうぞ。明々後日(しあさって)の朝? ありがとうきっとお待ち申していますからぜひですのよ」
 葉子がそういっている間、古藤の言葉はしまいまで奥歯に物のはさまったように重かった。そしてややともすると葉子との会見を拒もうとする様子が見えた。もし葉子の銀のように澄んだ涼しい声が、古藤を選んで哀訴するらしく響かなかったら、古藤は葉子のいう事を聞いてはいなかったかもしれないと思われるほどだった。
 朝から何事も忘れたように快かった葉子の気持ちはこの電話一つのために妙にこじれてしまった。東京に帰れば今度こそはなかなか容易ならざる反抗が待ちうけているとは十二分(ぶん)に覚悟して、その備えをしておいたつもりではいたけれども、古藤の口うらから考えてみると面とぶつかった実際は空想していたよりも重大であるのを思わずにはいられなかった。葉子は電話室を出るとけさ始めて顔を合わした内儀(おかみ)に帳場格子(ごうし)の中から挨拶(あいさつ)されて、部屋(へや)にも伺いに来ないでなれなれしく言葉をかけるその仕打ちにまで不快を感じながら、匆々(そうそう)三階に引き上げた。
 それからはもうほんとうになんにもする事がなかった。ただ倉地の帰って来るのばかりがいらいらするほど待ちに待たれた。品川台場(しながわだいば)沖あたりで打ち出す祝砲がかすかに腹にこたえるように響いて、子供らは往来でそのころしきりにはやった南京花火(なんきんはなび)をぱちぱちと鳴らしていた。天気がいいので女中たちははしゃぎきった冗談などを言い言いあらゆる部屋(へや)を明け放して、仰山(ぎょうさん)らしくはたきや箒(ほうき)の音を立てた。そしてただ一人(ひとり)この旅館では居残っているらしい葉子の部屋を掃除(そうじ)せずに、いきなり縁側にぞうきんをかけたりした。それが出て行けがしの仕打ちのように葉子には思えば思われた。
「どこか掃除の済んだ部屋があるんでしょう。しばらくそこを貸してくださいな。そしてここもきれいにしてちょうだい。部屋の掃除もしないでぞうきんがけなぞしたってなんにもなりはしないわ」
 と少し剣(けん)を持たせていってやると、けさ来たのとは違う、横浜生まれらしい、悪(わる)ずれのした中年の女中は、始めて縁側から立ち上がって小めんどうそうに葉子を畳廊下一つを隔てた隣の部屋に案内した。
 けさまで客がいたらしく、掃除は済んでいたけれども、火鉢(ひばち)だの、炭取りだの、古い新聞だのが、部屋のすみにはまだ置いたままになっていた。あけ放した障子からかわいた暖かい光線が畳の表三分(ぶ)ほどまでさしこんでいる、そこに膝(ひざ)を横くずしにすわりながら、葉子は目を細めてまぶしい光線を避けつつ、自分の部屋を片づけている女中の気配(けはい)に用心の気を配った。どんな所にいても大事な金目(かねめ)なものをくだらないものと一緒にほうり出しておくのが葉子の癖だった。葉子はそこにいかにも伊達(だて)で寛濶(かんかつ)な心を見せているようだったが、同時に下らない女中ずれが出来心でも起こしはしないかと思うと、細心に監視するのも忘れはしなかった。こうして隣の部屋に気を配っていながらも、葉子は部屋のすみにきちょうめんに折りたたんである新聞を見ると、日本に帰ってからまだ新聞というものに目を通さなかったのを思い出して、手に取り上げて見た。テレビン油のような香(にお)いがぷんぷんするのでそれがきょうの新聞である事がすぐ察せられた。はたして第一面には「聖寿万歳」と肉太(にくぶと)に書かれた見出しの下に貴顕の肖像が掲げられてあった。葉子は一か月の余も遠のいていた新聞紙を物珍しいものに思ってざっと目をとおし始めた。
 一面にはその年の六月に伊藤(いとう)内閣と交迭してできた桂(かつら)内閣に対していろいろな注文を提出した論文が掲げられて、海外通信にはシナ領土内における日露(にちろ)の経済的関係を説いたチリコフ伯の演説の梗概(こうがい)などが見えていた。二面には富口(とみぐち)という文学博士が「最近日本におけるいわゆる婦人の覚醒(かくせい)」という続き物の論文を載せていた。福田(ふくだ)という女の社会主義者の事や、歌人として知られた与謝野晶子(よさのあきこ)女史の事などの名が現われているのを葉子は注意した。しかし今の葉子にはそれが不思議に自分とはかけ離れた事のように見えた。
 三面に来ると四号活字で書かれた木部孤□(きべこきょう)という字が目に着いたので思わずそこを読んで見る葉子はあっと驚かされてしまった。
○某大汽船会社船中の大怪事
事務長と婦人船客との道ならぬ恋――
船客は木部孤□の先妻
 こういう大業(おおぎょう)な標題がまず葉子の目を小痛(こいた)く射つけた。
「本邦にて最も重要なる位置にある某汽船会社の所有船○○丸の事務長は、先ごろ米国航路に勤務中、かつて木部孤□に嫁(か)してほどもなく姿を晦(くら)ましたる莫連(ばくれん)女某が一等船客として乗り込みいたるをそそのかし、その女を米国に上陸せしめずひそかに連れ帰りたる怪事実あり。しかも某女といえるは米国に先行せる婚約の夫(おっと)まである身分のものなり。船客に対して最も重き責任を担(にな)うべき事務長にかかる不埒(ふらち)の挙動ありしは、事務長一個の失態のみならず、その汽船会社の体面にも影響する由々(ゆゆ)しき大事なり。事の仔細(しさい)はもれなく本紙の探知したる所なれども、改悛(かいしゅん)の余地を与えんため、しばらく発表を見合わせおくべし。もしある期間を過ぎても、両人の醜行改まる模様なき時は、本紙は容赦なく詳細の記事を掲げて畜生道(ちくしょうどう)に陥りたる二人(ふたり)を懲戒し、併(あわ)せて汽船会社の責任を問う事とすべし。読者請う刮目(かつもく)してその時を待て」
 葉子は下くちびるをかみしめながらこの記事を読んだ。いったい何新聞だろうと、その時まで気にも留めないでいた第一面を繰り戻(もど)して見ると、麗々(れいれい)と「報正新報」と書してあった。それを知ると葉子の全身は怒りのために爪(つめ)の先まで青白くなって、抑(おさ)えつけても抑えつけてもぶるぶると震え出した。「報正新報」といえば田川(たがわ)法学博士の機関新聞だ。その新聞にこんな記事が現われるのは意外でもあり当然でもあった。田川夫人という女はどこまで執念(しゅうね)く卑しい女なのだろう。田川夫人からの通信に違いないのだ。「報正新報」はこの通信を受けると、報道の先鞭(せんべん)をつけておくためと、読者の好奇心をあおるためとに、いち早くあれだけの記事を載せて、田川夫人からさらにくわしい消息の来るのを待っているのだろう。葉子は鋭くもこう推(すい)した。もしこれがほかの新聞であったら、倉地の一身上の危機でもあるのだから、葉子はどんな秘密な運動をしても、この上の記事の発表はもみ消さなければならないと胸を定めたに相違なかったけれども、田川夫人が悪意をこめてさせている仕事だとして見ると、どの道(みち)書かずにはおくまいと思われた。郵船会社のほうで高圧的な交渉でもすればとにかく、そのほかには道がない。くれぐれも憎い女は田川夫人だ……こういちずに思いめぐらすと葉子は船の中での屈辱を今さらにまざまざと心に浮かべた。
「お掃除(そうじ)ができました」
 そう襖越(ふすまご)しにいいながらさっきの女中は顔も見せずにさっさと階下(した)に降りて行ってしまった。葉子は結局それを気安い事にして、その新聞を持ったまま、自分の部屋(へや)に帰った。どこを掃除したのだと思われるような掃除のしかたで、はたきまでが違(ちが)い棚(だな)の下におき忘られていた。過敏にきちょうめんできれい好きな葉子はもうたまらなかった。自分でてきぱきとそこいらを片づけて置いて、パラソルと手携(てさ)げを取り上げるが否やその宿を出た。
 往来に出るとその旅館の女中が四五人早じまいをして昼間(ひるま)の中を野毛山(のげやま)の大神宮のほうにでも散歩に行くらしい後ろ姿を見た。そそくさと朝の掃除を急いだ女中たちの心も葉子には読めた。葉子はその女たちを見送るとなんという事なしにさびしく思った。
 帯の間にはさんだままにしておいた新聞の切り抜きが胸を焼くようだった。葉子は歩き歩きそれを引き出して手携(てさ)げにしまいかえた。旅館は出たがどこに行こうというあてもなかった葉子はうつむいて紅葉坂(もみじざか)をおりながら、さしもしないパラソルの石突きで霜解(しもどけ)けになった土を一足(ひとあし)一足突きさして歩いて行った。いつのまにかじめじめした薄(うす)ぎたない狭い通りに来たと思うと、はしなくもいつか古藤と一緒に上がった相模屋(さがみや)の前を通っているのだった。「相模屋」と古めかしい字体で書いた置(お)き行燈(あんどん)の紙までがその時のままですすけていた。葉子は見覚えられているのを恐れるように足早にその前を通りぬけた。
 停車場前はすぐそこだった。もう十二時近い秋の日ははなやかに照り満ちて、思ったより数多い群衆が運河にかけ渡したいくつかの橋をにぎやかに往来していた。葉子は自分一人(ひとり)がみんなから振り向いて見られるように思いなした。それがあたりまえの時ならば、どれほど多くの人にじろじろと見られようとも度を失うような葉子ではなかったけれども、たった今いまいましい新聞の記事を見た葉子ではあり、いかにも西洋じみた野暮(やぼ)くさい綿入(わたい)れを着ている葉子であった。服装に塵(ちり)ほどでも批点の打ちどころがあると気がひけてならない葉子としては、旅館を出て来たのが悲しいほど後悔された。
 葉子はとうとう税関波止場(はとば)の入り口まで来てしまった。その入り口の小さな煉瓦(れんが)造りの事務所には、年の若い監視補たちが二重金ぼたんの背広に、海軍帽をかぶって事務を取っていたが、そこに近づく葉子の様子を見ると、きのう上陸した時から葉子を見知っているかのように、その飛び放れて華手(はで)造りな姿に目を定めるらしかった。物好きなその人たちは早くも新聞の記事を見て問題となっている女が自分に違いないと目星をつけているのではあるまいかと葉子は何事につけても愚痴っぽくひけ目になる自分を見いだした。葉子はしかしそうしたふうに見つめられながらもそこを立ち去る事ができなかった。もしや倉地が昼飯でも食べにあの大きな五体を重々しく動かしながら船のほうから出て来はしないかと心待ちがされたからだ。
 葉子はそろそろと海洋通りをグランド・ホテルのほうに歩いてみた。倉地が出て来れば、倉地のほうでも自分を見つけるだろうし、自分のほうでも後ろに目はないながら、出て来たのを感づいてみせるという自信を持ちながら、後ろも振り向かずにだんだん波止場から遠ざかった。海ぞいに立て連ねた石杭(いしぐい)をつなぐ頑丈(がんじょう)な鉄鎖には、西洋人の子供たちが犢(こうし)ほどな洋犬やあまに付き添われて事もなげに遊び戯れていた。そして葉子を見ると心安立(こころやすだ)てに無邪気にほほえんで見せたりした。小さなかわいい子供を見るとどんな時どんな場合でも、葉子は定子(さだこ)を思い出して、胸がしめつけられるようになって、すぐ涙ぐむのだった。この場合はことさらそうだった。見ていられないほどそれらの子供たちは悲しい姿に葉子の目に映った。葉子はそこから避けるように足を返してまた税関のほうに歩み近づいた。監視課の事務所の前を来たり往(い)ったりする人数は絡繹(らくえき)として絶えなかったが、その中に事務長らしい姿はさらに見えなかった。葉子は絵島丸まで行って見る勇気もなく、そこを幾度もあちこちして監視補たちの目にかかるのもうるさかったので、すごすごと税関の表門を県庁のほうに引き返した。

       二三

 その夕方倉地がほこりにまぶれ汗にまぶれて紅葉坂をすたすたと登って帰って来るまでも葉子は旅館の閾(しきい)をまたがずに桜の並み木の下などを徘徊(はいかい)して待っていた。さすがに十一月となると夕暮れを催した空は見る見る薄寒くなって風さえ吹き出している。一日の行楽に遊び疲れたらしい人の群れにまじってふきげんそうに顔をしかめた倉地は真向(まっこう)に坂の頂上を見つめながら近づいて来た。それを見やると葉子は一時に力を回復したようになって、すぐ跳(おど)り出して来るいたずら心のままに、一本の桜の木を楯(たて)に倉地をやり過ごしておいて、後ろから静かに近づいて手と手とが触れ合わんばかりに押しならんだ。倉地はさすがに不意をくってまじまじと寒さのために少し涙ぐんで見える大きな涼しい葉子の目を見やりながら、「どこからわいて出たんだ」といわんばかりの顔つきをした。一つ船の中に朝となく夜となく一緒になって寝起きしていたものを、きょう始めて半日の余も顔を見合わさずに過ごして来たのが思った以上に物さびしく、同時にこんな所で思いもかけず出あったが予想のほかに満足であったらしい倉地の顔つきを見て取ると、葉子は何もかも忘れてただうれしかった。そのまっ黒によごれた手をいきなり引っつかんで熱い口びるでかみしめて労(いたわ)ってやりたいほどだった。しかし思いのままに寄り添う事すらできない大道(だいどう)であるのをどうしよう。葉子はその切(せつ)ない心を拗(す)ねて見せるよりほかなかった。
「わたしもうあの宿屋には泊まりませんわ。人をばかにしているんですもの。あなたお帰りになるなら勝手にひとりでいらっしゃい」
「どうして……」
 といいながら倉地は当惑したように往来に立ち止まってしげしげと葉子を見なおすようにした。
「これじゃ(といってほこりにまみれた両手をひろげ襟頸(えりくび)を抜き出すように延ばして見せて渋い顔をしながら)どこにも行けやせんわな」
「だからあなたはお帰りなさいましといってるじゃありませんか」
 そう冒頭(まえおき)をして葉子は倉地と押し並んでそろそろ歩きながら、女将(おかみ)の仕打ちから、女中のふしだらまで尾鰭(おひれ)をつけて讒訴(いいつ)けて、早く双鶴館(そうかくかん)に移って行きたいとせがみにせがんだ。倉地は何か思案するらしくそっぽを見い見い耳を傾けていたが、やがて旅館に近くなったころもう一度立ち止まって、
「きょう双鶴館(あそこ)から電話で部屋(へや)の都合を知らしてよこす事になっていたがお前聞いたか……(葉子はそういいつけられながら今まですっかり忘れていたのを思い出して、少しくてれたように首を振った)……ええわ、じゃ電報を打ってから先に行くがいい。わしは荷物をして今夜あとから行くで」
 そういわれてみると葉子はまた一人(ひとり)だけ先に行くのがいやでもあった。といって荷物の始末には二人(ふたり)のうちどちらか一人居残らねばならない。
「どうせ二人一緒に汽車に乗るわけにも行くまい」
 倉地がこういい足した時葉子は危うく、ではきょうの「報正新報」を見たかといおうとするところだったが、はっと思い返して喉(のど)の所で抑(おさ)えてしまった。
「なんだ」
 倉地は見かけのわりに恐ろしいほど敏捷(びんしょう)に働く心で、顔にも現わさない葉子の躊躇(ちゅうちょ)を見て取ったらしくこうなじるように尋ねたが、葉子がなんでもないと応(こた)えると、少しも拘泥(こうでい)せずに、それ以上問い詰めようとはしなかった。
 どうしても旅館に帰るのがいやだったので、非常な物足らなさを感じながら、葉子はそのままそこから倉地に別れる事にした。倉地は力のこもった目で葉子をじっと見てちょっとうなずくとあとをも見ないでどんどんと旅館のほうに濶歩(かっぽ)して行った。葉子は残り惜しくその後ろ姿を見送っていたが、それになんという事もない軽い誇りを感じてかすかにほほえみながら、倉地が登って来た坂道を一人(ひとり)で降りて行った。
 停車場に着いたころにはもう瓦斯(ガス)の灯(ひ)がそこらにともっていた。葉子は知った人にあうのを極端に恐れ避けながら、汽車の出るすぐ前まで停車場前の茶店の一間(ひとま)に隠れていて一等室に飛び乗った。だだっ広(ぴろ)いその客車には外務省の夜会に行くらしい三人の外国人が銘々、デコルテーを着飾った婦人を介抱して乗っているだけだった。いつものとおりその人たちは不思議に人をひきつける葉子の姿に目をそばだてた。けれども葉子はもう左手の小指を器用に折り曲げて、左の鬢(びん)のほつれ毛を美しくかき上げるあの嬌態(しな)をして見せる気はなくなっていた。室(へや)のすみに腰かけて、手携(てさ)げとパラソルとを膝(ひざ)に引きつけながら、たった一人その部屋(へや)の中にいるもののように鷹揚(おうよう)に構えていた。偶然顔を見合わせても、葉子は張りのあるその目を無邪気に(ほんとうにそれは罪を知らない十六七の乙女(おとめ)の目のように無邪気だった)大きく見開いて相手の視線をはにかみもせず迎えるばかりだった。先方の人たちの年齢がどのくらいで容貌(ようぼう)がどんなふうだなどという事も葉子は少しも注意してはいなかった。その心の中にはただ倉地の姿ばかりがいろいろに描かれたり消されたりしていた。
 列車が新橋(しんばし)に着くと葉子はしとやかに車を出たが、ちょうどそこに、唐桟(とうざん)に角帯(かくおび)を締めた、箱丁(はこや)とでもいえばいえそうな、気のきいた若い者が電報を片手に持って、目ざとく葉子に近づいた。それが双鶴館(そうかくかん)からの出迎えだった。
 横浜にも増して見るものにつけて連想の群がり起こる光景、それから来る強い刺激……葉子は宿から回された人力車(じんりきしゃ)の上から銀座(ぎんざ)通りの夜のありさまを見やりながら、危うく幾度も泣き出そうとした。定子の住む同じ土地に帰って来たと思うだけでももう胸はわくわくした。愛子(あいこ)も貞世(さだよ)もどんな恐ろしい期待に震えながら自分の帰るのを待ちわびているだろう。あの叔父叔母(おじおば)がどんな激しい言葉で自分をこの二人(ふたり)の妹に描いて見せているか。構うものか。なんとでもいうがいい。自分はどうあっても二人を自分の手に取り戻(もど)してみせる。こうと思い定めた上は指もささせはしないから見ているがいい。……ふと人力車が尾張町(おわりちょう)のかどを左に曲がると暗い細い通りになった。葉子は目ざす旅館が近づいたのを知った。その旅館というのは、倉地が色ざたでなくひいきにしていた芸者がある財産家に落籍(ひか)されて開いた店だというので、倉地からあらかじめかけ合っておいたのだった。人力車がその店に近づくに従って葉子はその女将(おかみ)というのにふとした懸念を持ち始めた。未知の女同志が出あう前に感ずる一種の軽い敵愾心(てきがいしん)が葉子の心をしばらくは余の事柄(ことがら)から切り放した。葉子は車の中で衣紋(えもん)を気にしたり、束髪(そくはつ)の形を直したりした。
 昔の煉瓦建(れんがだ)てをそのまま改造したと思われる漆喰(しっくい)塗りの頑丈(がんじょう)な、角(かど)地面の一構えに来て、煌々(こうこう)と明るい入り口の前に車夫が梶棒(かじぼう)を降ろすと、そこにはもう二三人の女の人たちが走り出て待ち構えていた。葉子は裾前(すそまえ)をかばいながら車から降りて、そこに立ちならんだ人たちの中からすぐ女将(おかみ)を見分ける事ができた。背たけが思いきって低く、顔形も整ってはいないが、三十女らしく分別(ふんべつ)の備わった、きかん気らしい、垢(あか)ぬけのした人がそれに違いないと思った。葉子は思い設けた以上の好意をすぐその人に対して持つ事ができたので、ことさら快い親しみを持ち前の愛嬌(あいきょう)に添えながら、挨拶(あいさつ)をしようとすると、その人は事もなげにそれをさえぎって、
「いずれ御挨拶は後ほど、さぞお寒うございましてしょう。お二階へどうぞ」
 といって自分から先に立った。居合わせた女中たちは目はしをきかしていろいろと世話に立った。入り口の突き当たりの壁には大きなぼんぼん時計が一つかかっているだけでなんにもなかった。その右手の頑丈(がんじょう)な踏み心地(ごこち)のいい階子段(はしごだん)をのぼりつめると、他の部屋(へや)から廊下で切り放されて、十六畳と八畳と六畳との部屋が鍵形(かぎがた)に続いていた。塵(ちり)一つすえずにきちんと掃除(そうじ)が届いていて、三か所に置かれた鉄びんから立つ湯気(ゆげ)で部屋の中は軟(やわ)らかく暖まっていた。
「お座敷へと申すところですが、御気(ごき)さくにこちらでおくつろぎくださいまし……三間(みま)ともとってはございますが」
 そういいながら女将(おかみ)は長火鉢(ながひばち)の置いてある六畳の間(ま)へと案内した。
 そこにすわってひととおりの挨拶を言葉少なに済ますと、女将は葉子の心を知り抜いているように、女中を連れて階下に降りて行ってしまった。葉子はほんとうにしばらくなりとも一人(ひとり)になってみたかったのだった。軽い暖かさを感ずるままに重い縮緬(ちりめん)の羽織(はおり)を脱ぎ捨てて、ありたけの懐中物を帯の間から取り出して見ると、凝りがちな肩も、重苦しく感じた胸もすがすがしくなって、かなり強い疲れを一時に感じながら、猫板(ねこいた)の上に肘(ひじ)を持たせて居ずまいをくずしてもたれかかった。古びを帯びた蘆屋釜(あしやがま)から鳴りを立てて白く湯気の立つのも、きれいにかきならされた灰の中に、堅そうな桜炭の火が白い被衣(かつぎ)の下でほんのりと赤らんでいるのも、精巧な用箪笥(ようだんす)のはめ込まれた一間(けん)の壁に続いた器用な三尺床に、白菊をさした唐津焼(からつや)きの釣(つ)り花活(はない)けがあるのも、かすかにたきこめられた沈香(じんこう)のにおいも、目のつんだ杉柾(すぎまさ)の天井板も、細(ほ)っそりと磨(みが)きのかかった皮付きの柱も、葉子に取っては――重い、硬(こわ)い、堅い船室からようやく解放されて来た葉子に取ってはなつかしくばかりながめられた。こここそは屈強の避難所だというように葉子はつくづくあたりを見回した。そして部屋(へや)のすみにある生漆(きうるし)を塗った桑の広蓋(ひろぶた)を引き寄せて、それに手携(てさ)げや懐中物を入れ終わると、飽く事もなくその縁(ふち)から底にかけての円味(まるみ)を持った微妙な手ざわりを愛(め)で慈(いつく)しんだ。
 場所がらとてそこここからこの界隈(かいわい)に特有な楽器の声が聞こえて来た。天長節であるだけにきょうはことさらそれがにぎやかなのかもしれない。戸外にはぽくりやあずま下駄(げた)の音が少し冴(さ)えて絶えずしていた。着飾(きかざ)った芸者たちがみがき上げた顔をびりびりするような夜寒(よさむ)に惜しげもなく伝法(でんぽう)にさらして、さすがに寒気(かんき)に足を早めながら、招(よ)ばれた所に繰り出して行くその様子が、まざまざと履(は)き物(もの)の音を聞いたばかりで葉子の想像には描かれるのだった。合い乗りらしい人力車のわだちの音も威勢よく響いて来た。葉子はもう一度これは屈強な避難所に来たものだと思った。この界隈(かいわい)では葉子は眦(まなじり)を反(かえ)して人から見られる事はあるまい。
 珍しくあっさりした、魚の鮮(あたら)しい夕食を済ますと葉子は風呂(ふろ)をつかって、思い存分髪を洗った。足(た)しない船の中の淡水では洗っても洗ってもねちねちと垢(あか)の取り切れなかったものが、さわれば手が切れるほどさばさばと油が抜けて、葉子は頭の中まで軽くなるように思った。そこに女将(おかみ)も食事を終えて話相手になりに来た。
「たいへんお遅(おそ)うございますこと、今夜のうちにお帰りになるでしょうか」
 そう女将(おかみ)は葉子の思っている事を魁(さきが)けにいった。「さあ」と葉子もはっきりしない返事をしたが、小寒(こさむ)くなって来たので浴衣(ゆかた)を着かえようとすると、そこに袖(そで)だたみにしてある自分の着物につくづく愛想(あいそ)が尽きてしまった。このへんの女中に対してもそんなしつっこいけばけばしい柄(がら)の着物は二度と着る気にはなれなかった。そうなると葉子はしゃにむにそれがたまらなくなって来るのだ。葉子はうんざりした様子をして自分の着物から女将(おかみ)に目をやりながら、
「見てくださいこれを。この冬は米国にいるのだとばかり決めていたので、あんなものを作ってみたんですけれども、我慢にももう着ていられなくなりましたわ。後生(ごしょう)。あなたの所に何かふだん着(ぎ)のあいたのでもないでしょうか」
「どうしてあなた。わたしはこれでござんすもの」
 と女将(おかみ)は剽軽(ひょうきん)にも気軽くちゃんと立ち上がって自分の背たけの低さを見せた。そうして立ったままでしばらく考えていたが、踊りで仕込み抜いたような手つきではたと膝(ひざ)の上をたたいて、
「ようございます。わたし一つ倉地さんをびっくらさして上げますわ。わたしの妹分(ぶん)に当たるのに柄といい年格好といい、失礼ながらあなた様とそっくりなのがいますから、それのを取り寄せてみましょう。あなた様は洗い髪でいらっしゃるなり……いかが、わたしがすっかり仕立てて差し上げますわ」
 この思い付きは葉子には強い誘惑だった。葉子は一も二もなく勇み立って承知した。
 その晩十一時を過ぎたころに、まとめた荷物を人力車四台に積み乗せて、倉地が双鶴館(そうかくかん)に着いて来た。葉子は女将(おかみ)の入れ知恵でわざと玄関には出迎えなかった。葉子はいたずら者らしくひとり笑いをしながら立(た)て膝(ひざ)をしてみたが、それには自分ながら気がひけたので、右足を左の腿(もも)の上に積み乗せるようにしてその足先をとんびにしてすわってみた。ちょうどそこにかなり酔ったらしい様子で、倉地が女将(おかみ)の案内も待たずにずしんずしんという足どりではいって来た。葉子と顔を見合わした瞬間には部屋(へや)を間違えたと思ったらしく、少しあわてて身を引こうとしたが、すぐ櫛巻(くしま)きにして黒襟(くろえり)をかけたその女が葉子だったのに気が付くと、いつもの渋いように顔をくずして笑いながら、
「なんだばかをしくさって」
 とほざくようにいって、長火鉢(ながひばち)の向かい座にどっかとあぐらをかいた。ついて来た女将(おかみ)は立ったまましばらく二人(ふたり)を見くらべていたが、
「ようよう……変てこなお内裏雛様(だいりびなさま)」
 と陽気にかけ声をして笑いこけるようにぺちゃんとそこにすわり込んだ。三人は声を立てて笑った。
 と、女将(おかみ)は急にまじめに返って倉地に向かい、
「こちらはきょうの報正新報を……」
 といいかけるのを、葉子はすばやく目でさえぎった。女将はあぶない土端場(どたんば)で踏みとどまった。倉地は酔眼を女将に向けながら、
「何」
 と尻(しり)上がりに問い返した。
「そう早耳を走らすとつんぼと間違えられますとさ」
 と女将(おかみ)は事もなげに受け流した。三人はまた声を立てて笑った。
 倉地と女将との間に一別以来のうわさ話がしばらくの間(あいだ)取りかわされてから、今度は倉地がまじめになった。そして葉子に向かってぶっきらぼうに、
「お前もう寝ろ」
 といった。葉子は倉地と女将とをならべて一目見たばかりで、二人(ふたり)の間の潔白なのを見て取っていたし、自分が寝てあとの相談というても、今度の事件を上手(じょうず)にまとめようというについての相談だという事がのみ込めていたので、素直(すなお)に立って座をはずした。
 中の十畳を隔てた十六畳に二人の寝床は取ってあったが、二人の会話はおりおりかなりはっきりもれて来た。葉子は別に疑いをかけるというのではなかったが、やはりじっと耳を傾けないではいられなかった。
 何かの話のついでに入用な事が起こったのだろう、倉地はしきりに身のまわりを探って、何かを取り出そうとしている様子だったが、「あいつの手携(てさ)げに入れたかしらん」という声がしたので葉子ははっと思った。あれには「報正新報」の切り抜きが入れてあるのだ。もう飛び出して行ってもおそいと思って葉子は断念していた。やがてはたして二人は切り抜きを見つけ出した様子だった。
「なんだあいつも知っとったのか」
 思わず少し高くなった倉地の声がこう聞こえた。
「道理でさっき私がこの事をいいかけるとあの方(かた)が目で留めたんですよ。やはり先方(あちら)でもあなたに知らせまいとして。いじらしいじゃありませんか」
 そういう女将の声もした。そして二人はしばらく黙っていた。
 葉子は寝床を出てその場に行こうかとも思った。しかし今夜は二人に任せておくほうがいいと思い返してふとんを耳までかぶった。そしてだいぶ夜がふけてから倉地が寝に来るまで快い安眠に前後を忘れていた。

       二四

 その次の朝女将と話をしたり、呉服屋を呼んだりしたので、日がかなり高くなるまで宿にいた葉子は、いやいやながら例のけばけばしい綿入れを着て、羽織(はおり)だけは女将が借りてくれた、妹分という人の烏羽黒(うばぐろ)の縮緬(ちりめん)の紋付きにして旅館を出た。倉地は昨夜の夜(よ)ふかしにも係わらずその朝早く横浜のほうに出かけたあとだった。きょうも空は菊日和(びより)とでもいう美しい晴れかたをしていた。
 葉子はわざと宿で車を頼んでもらわずに、煉瓦(れんが)通りに出てからきれいそうな辻待(つじま)ちを傭(やと)ってそれに乗った。そして池(いけ)の端(はた)のほうに車を急がせた。定子を目の前に置いて、その小さな手をなでたり、絹糸のような髪の毛をもてあそぶ事を思うと葉子の胸はわれにもなくただわくわくとせき込んで来た。眼鏡橋(めがねばし)を渡ってから突き当たりの大時計は見えながらなかなかそこまで車が行かないのをもどかしく思った。膝(ひざ)の上に乗せた土産(みやげ)のおもちゃや小さな帽子などをやきもきしながらひねり回したり、膝掛(ひざか)けの厚い地(じ)をぎゅっと握り締めたりして、はやる心を押ししずめようとしてみるけれどもそれをどうする事もできなかった。車がようやく池の端に出ると葉子は右、左、と細い道筋の角々(かどかど)でさしずした。そして岩崎(いわさき)の屋敷裏にあたる小さな横町の曲がりかどで車を乗り捨てた。
 一か月の間(あいだ)来ないだけなのだけれども、葉子にはそれが一年にも二年にも思われたので、その界隈(かいわい)が少しも変化しないで元のとおりなのがかえって不思議なようだった。じめじめした小溝(こみぞ)に沿うて根ぎわの腐れた黒板塀(くろいたべい)の立ってる小さな寺の境内(けいだい)を突っ切って裏に回ると、寺の貸し地面にぽっつり立った一戸建(こだ)ての小家が乳母(うば)の住む所だ。没義道(もぎどう)に頭を切り取られた高野槇(こうやまき)が二本旧(もと)の姿で台所前に立っている、その二本に干(ほ)し竿(ざお)を渡して小さな襦袢(じゅばん)や、まる洗いにした胴着(どうぎ)が暖かい日の光を受けてぶら下がっているのを見ると葉子はもうたまらなくなった。涙がぽろぽろとたわいもなく流れ落ちた。家の中では定子の声がしなかった。葉子は気を落ち着けるために案内を求めずに入り口に立ったまま、そっと垣根(かきね)から庭をのぞいて見ると、日あたりのいい縁側に定子がたった一人(ひとり)、葉子にはしごき帯を長く結んだ後ろ姿を見せて、一心不乱にせっせと少しばかりのこわれおもちゃをいじくり回していた。何事にまれ真剣な様子を見せつけられると、――わき目もふらず畑を耕す農夫、踏み切りに立って子を背負ったまま旗をかざす女房(にょうぼう)、汗をしとどにたらしながら坂道に荷車を押す出稼(ともかせ)ぎの夫婦――わけもなく涙につまされる葉子は、定子のそうした姿を一目見たばかりで、人間力ではどうする事もできない悲しい出来事にでも出あったように、しみじみとさびしい心持ちになってしまった。
「定(さあ)ちゃん」
 涙を声にしたように葉子は思わず呼んだ。定子がびっくりして後ろを振り向いた時には、葉子は戸をあけて入り口を駆け上がって定子のそばにすり寄っていた。父に似たのだろう痛々しいほど華車(きゃしゃ)作りな定子は、どこにどうしてしまったのか、声も姿も消え果てた自分の母が突然そば近くに現われたのに気を奪われた様子で、とみには声も出さずに驚いて葉子を見守った。
「定(さあ)ちゃんママだよ。よく丈夫でしたね。そしてよく一人でおとなにして……」
 もう声が続かなかった。
「ママちゃん」
 そう突然大きな声でいって定子は立ち上がりざま台所のほうに駆けて行った。
「婆(ばあ)やママちゃんが来たのよ」
 という声がした。
「え!」
 と驚くらしい婆やの声が裏庭から聞こえた。と、あわてたように台所を上がって、定子を横抱きにした婆やが、かぶっていた手ぬぐいを頭(つむり)からはずしながらころがり込むようにして座敷にはいって来た。二人は向き合ってすわると両方とも涙ぐみながら無言で頭を下げた。
「ちょっと定ちゃんをこっちにお貸し」
 しばらくしてから葉子は定子を婆(ばあ)やの膝(ひざ)から受け取って自分のふところに抱きしめた。
「お嬢さま……私にはもう何がなんだかちっともわかりませんが、私はただもうくやしゅうございます。……どうしてこう早くお帰りになったんでございますか……皆様のおっしゃる事を伺っているとあんまり業腹(ごうはら)でございますから……もう私は耳をふさいでおります。あなたから伺ったところがどうせこう年を取りますと腑(ふ)に落ちる気づかいはございません。でもまあおからだがどうかと思ってお案じ申しておりましたが、御丈夫で何よりでございました……何しろ定子様がおかわいそうで……」
 葉子におぼれきった婆やの口からさもくやしそうにこうした言葉がつぶやかれるのを、葉子はさびしい心持ちで聞かねばならなかった。耄碌(もうろく)したと自分ではいいながら、若い時に亭主(ていしゅ)に死に別れて立派に後家(ごけ)を通して後ろ指一本さされなかった昔気質(むかしかたぎ)のしっかり者だけに、親類たちの陰口やうわさで聞いた葉子の乱行にはあきれ果てていながら、この世でのただ一人(ひとり)の秘蔵物として葉子の頭から足の先までも自分の誇りにしている婆やの切(せつ)ない心持ちは、ひしひしと葉子にも通じるのだった。婆やと定子……こんな純粋な愛情の中に取り囲まれて、落ち着いた、しとやかな、そして安穏な一生を過ごすのも、葉子は望ましいと思わないではなかった。ことに婆やと定子とを目の前に置いて、つつましやかな過不足のない生活をながめると、葉子の心は知らず知らずなじんで行くのを覚えた。
 しかし同時に倉地の事をちょっとでも思うと葉子の血は一時にわき立った。平穏な、その代わり死んだも同然な一生がなんだ。純粋な、その代わり冷えもせず熱しもしない愛情がなんだ。生きる以上は生きてるらしく生きないでどうしよう。愛する以上は命と取りかえっこをするくらいに愛せずにはいられない。そうした衝動が自分でもどうする事もできない強い感情になって、葉子の心を本能的に煽(あお)ぎ立てるのだった。この奇怪な二つの矛盾が葉子の心の中には平気で両立しようとしていた。葉子は眼前の境界でその二つの矛盾を割合に困難もなく使い分ける不思議な心の広さを持っていた。ある時には極端に涙もろく、ある時には極端に残虐だった。まるで二人(ふたり)の人が一つの肉体に宿っているかと自分ながら疑うような事もあった。それが時にはいまいましかった、時には誇らしくもあった。
「定(さあ)ちゃま。ようこざいましたね、ママちゃんが早くお帰りになって。お立ちになってからでもお聞き分けよくママのマの字もおっしゃらなかったんですけれども、どうかするとこうぼんやり考えてでもいらっしゃるようなのがおかわいそうで、一時はおからだでも悪くなりはしないかと思うほどでした。こんなでもなかなか心は働いていらっしゃるんですからねえ」
 と婆やは、葉子の膝(ひざ)の上に巣食うように抱かれて、黙ったまま、澄んだひとみで母の顔を下からのぞくようにしている定子と葉子とを見くらべながら、述懐めいた事をいった。葉子は自分の頬(ほお)を、暖かい桃の膚のように生毛(うぶげ)の生えた定子の頬にすりつけながら、それを聞いた。
「お前のその気象でわからないとおいいなら、くどくどいったところがむだかもしれないから、今度の事については私なんにも話すまいが、家の親類たちのいう事なんぞはきっと気にしないでおくれよ。今度の船には飛んでもない一人の奥さんが乗り合わしていてね、その人がちょっとした気まぐれからある事ない事取りまぜてこっちにいってよこしたので、事あれかしと待ち構えていた人たちの耳にはいったんだから、これから先だってどんなひどい事をいわれるかしれたもんじゃないんだよ。お前も知ってのとおり私は生まれ落ちるとからつむじ曲がりじゃあったけれども、あんなに周囲(まわり)からこづき回されさえしなければこんなになりはしなかったのだよ。それはだれよりもお前が知ってておくれだわね。これからだって私は私なりに押し通すよ。だれがなんといったって構うもんですか。そのつもりでお前も私を見ていておくれ。広い世の中に私がどんな失策(しくじり)をしでかしても、心から思いやってくれるのはほんとうにお前だけだわ。……今度からは私もちょいちょい来るだろうけれども、この上ともこの子を頼みますよ。ね、定(さあ)ちゃん。よく婆(ばあ)やのいう事を聞いていい子になってちょうだいよ。ママちゃんはここにいる時でもいない時でも、いつでもあなたを大事に大事に思ってるんだからね。……さ、もうこんなむずかしいお話はよしてお昼のおしたくでもしましょうね。きょうはママちゃんがおいしいごちそうをこしらえて上げるから定(さあ)ちゃんも手伝いしてちょうだいね」
 そういって葉子は気軽そうに立ち上がって台所のほうに定子と連れだった。婆やも立ち上がりはしたがその顔は妙に冴(さ)えなかった。そして台所で働きながらややともすると内所(ないしょ)で鼻をすすっていた。
 そこには葉山で木部孤□と同棲(どうせい)していた時に使った調度が今だに古びを帯びて保存されたりしていた。定子をそばにおいてそんなものを見るにつけ、少し感傷的になった葉子の心は涙に動こうとした。けれどもその日はなんといっても近ごろ覚えないほどしみじみとした楽しさだった。何事にでも器用な葉子は不足がちな台所道具を巧みに利用して、西洋風な料理と菓子とを三品(みしな)ほど作った。定子はすっかり喜んでしまって、小さな手足をまめまめしく働かしながら、「はいはい」といって庖丁(ほうちょう)をあっちに運んだり、皿(さら)をこっちに運んだりした。三人は楽しく昼飯の卓についた。そして夕方まで水入らずにゆっくり暮らした。
 その夜は妹たちが学校から来るはずになっていたので葉子は婆(ばあ)やの勧める晩飯も断わって夕方その家を出た。入り口の所につくねんと立って姿やに両肩をささえられながら姿の消えるまで葉子を見送った定子の姿がいつまでもいつまでも葉子の心から離れなかった。夕闇(ゆうやみ)にまぎれた幌(ほろ)の中で葉子は幾度かハンケチを目にあてた。
 宿に着くころには葉子の心持ちは変わっていた。玄関にはいって見ると、女学校でなければ履(は)かれないような安下駄(げた)のきたなくなったのが、お客や女中たちの気取った履(は)き物(もの)の中にまじって脱いであるのを見て、もう妹たちが来て待っているのを知った。さっそくに出迎えに出た女将(おかみ)に、今夜は倉地が帰って来たら他所(よそ)の部屋(へや)で寝るように用意をしておいてもらいたいと頼んで、静々(しずしず)と二階へ上がって行った。
 襖(ふすま)をあけて見ると二人の姉妹はぴったりとくっつき合って泣いていた。人の足音を姉のそれだとは充分に知りながら、愛子のほうは泣き顔を見せるのが気まりが悪いふうで、振り向きもせずに一入(ひとしお)うなだれてしまったが、貞世のほうは葉子の姿を一目見るなり、はねるように立ち上がって激しく泣きながら葉子のふところに飛びこんで来た。葉子も思わず飛び立つように貞世を迎えて、長火鉢(ながひばち)のかたわらの自分の座にすわると、貞世はその膝(ひざ)に突っ伏してすすり上げすすり上げ可憐(かれん)な背中に波を打たした。これほどまでに自分の帰りを待ちわびてもい、喜んでもくれるのかと思うと、骨肉(こつにく)の愛着からも、妹だけは少なくとも自分の掌握の中にあるとの満足からも、葉子はこの上なくうれしかった。しかし火鉢(ひばち)からはるか離れた向こう側に、うやうやしく居ずまいを正(ただ)して、愛子がひそひそと泣きながら、規則正しくおじぎをするのを見ると葉子はすぐ癪(しゃく)にさわった。どうして自分はこの妹に対して優しくする事ができないのだろうとは思いつつも、葉子は愛子の所作(しょさ)を見ると一々気にさわらないではいられないのだ。葉子の目は意地わるく剣(けん)を持って冷ややかに小柄で堅肥(かたぶと)りな愛子を激しく見すえた。
「会いたてからつけつけいうのもなんだけれども、なんですねえそのおじぎのしかたは、他人行儀らしい。もっと打ち解けてくれたっていいじゃないの」
 というと愛子は当惑したように黙ったまま目を上げて葉子を見た。その目はしかし恐れても恨んでもいるらしくはなかった。小羊のような、まつ毛の長い、形のいい大きな目が、涙に美しくぬれて夕月のようにぽっかりとならんでいた。悲しい目つきのようだけれども、悲しいというのでもない。多恨な目だ。多情な目でさえあるかもしれない。そう皮肉な批評家らしく葉子は愛子の目を見て不快に思った。大多数の男はあんな目で見られると、この上なく詩的な霊的な一瞥(いちべつ)を受け取ったようにも思うのだろう。そんな事さえ素早(すばや)く考えの中につけ加えた。貞世が広い帯をして来ているのに、愛子が少し古びた袴(はかま)をはいているのさえさげすまれた。
「そんな事はどうでもようござんすわ。さ、お夕飯にしましょうね」
 葉子はやがて自分の妄念(もうねん)をかき払うようにこういって、女中を呼んだ。
 貞世は寵児(ペット)らしくすっかりはしゃぎきっていた。二人(ふたり)が古藤につれられて始めて田島(たじま)の塾(じゅく)に行った時の様子から、田島先生が非常に二人(ふたり)をかわいがってくれる事から、部屋(へや)の事、食物の事、さすがに女の子らしく細かい事まで自分一人(ひとり)の興に乗じて談(かた)り続けた。愛子も言葉少なに要領を得た口をきいた。
「古藤さんが時々来てくださるの?」
 と聞いてみると、貞世は不平らしく、
「いゝえ、ちっとも」
「ではお手紙は?」
「来てよ、ねえ愛ねえさま。二人の所に同じくらいずつ来ますわ」
 と、愛子は控え目らしくほほえみながら上目越(うわめご)しに貞世を見て、
「貞(さあ)ちゃんのほうに余計来るくせに」
 となんでもない事で争ったりした。愛子は姉に向かって、
「塾(じゅく)に入れてくださると古藤さんが私たちに、もうこれ以上私のして上げる事はないと思うから、用がなければ来ません。その代わり用があったらいつでもそういっておよこしなさいとおっしゃったきりいらっしゃいませんのよ。そうしてこちらでも古藤さんにお願いするような用はなんにもないんですもの」
 といった。葉子はそれを聞いてほほえみながら古藤が二人を塾につれて行った時の様子を想像してみた。例のようにどこの玄関番かと思われる風体(ふうてい)をして、髪を刈る時のほか剃(す)らない顎(あご)ひげを一二分(ぶ)ほども延ばして、頑丈(がんじょう)な容貌(ようぼう)や体格に不似合いなはにかんだ口つきで、田島という、男のような女学者と話をしている様子が見えるようだった。
 しばらくそんな表面的なうわさ話などに時を過ごしていたが、いつまでもそうはしていられない事を葉子は知っていた。この年齢(とし)の違った二人(ふたり)の妹に、どっちにも堪念(たんねん)の行くように今の自分の立場を話して聞かせて、悪い結果をその幼い心に残さないようにしむけるのはさすがに容易な事ではなかった。葉子は先刻からしきりにそれを案じていたのだ。
「これでも召し上がれ」
 食事が済んでから葉子は米国から持って来たキャンディーを二人の前に置いて、自分は煙草(たばこ)を吸った。貞世は目を丸くして姉のする事を見やっていた。
「ねえさまそんなもの吸っていいの?」
 と会釈なく尋ねた。愛子も不思議そうな顔をしていた。
「えゝこんな悪い癖がついてしまったの。けれどもねえさんにはあなた方(がた)の考えてもみられないような心配な事や困る事があるものだから、つい憂(う)さ晴らしにこんな事も覚えてしまったの。今夜はあなた方(がた)にわかるようにねえさんが話して上げてみるから、よく聞いてちょうだいよ」
 倉地の胸に抱かれながら、酔いしれたようにその頑丈(がんじょう)な、日に焼けた、男性的な顔を見やる葉子の、乙女(おとめ)というよりももっと子供らしい様子は、二人(ふたり)の妹を前に置いてきちんと居ずまいを正した葉子のどこにも見いだされなかった。その姿は三十前後の、充分分別のある、しっかりした一人(ひとり)の女性を思わせた。貞世もそういう時の姉に対する手心(てごころ)を心得ていて、葉子から離れてまじめにすわり直した。こんな時うっかりその威厳を冒すような事でもすると、貞世にでもだれにでも葉子は少しの容赦もしなかった。しかし見た所はいかにも慇懃(いんぎん)に口を開いた。
「わたしが木村さんの所にお嫁に行くようになったのはよく知ってますね。米国に出かけるようになったのもそのためだったのだけれどもね、もともと木村さんは私のように一度先にお嫁入りした人をもらうような方(かた)ではなかったんだしするから、ほんとうはわたしどうしても心は進まなかったんですよ。でも約束だからちゃんと守って行くには行ったの。けれどもね先方(むこう)に着いてみるとわたしのからだの具合がどうもよくなくって上陸はとてもできなかったからしかたなしにまた同じ船で帰るようになったの。木村さんはどこまでもわたしをお嫁にしてくださるつもりだから、わたしもその気ではいるのだけれども、病気ではしかたがないでしょう。それに恥ずかしい事を打ち明けるようだけれども、木村さんにもわたしにも有り余るようなお金がないものだから、行きも帰りもその船の事務長という大切な役目の方(かた)にお世話にならなければならなかったのよ。その方(かた)が御親切にもわたしをここまで連れて帰ってくださったばかりで、もう一度あなた方(がた)にもあう事ができたんだから、わたしはその倉地という方(かた)――倉はお倉の倉で、地は地球の地と書くの。三吉というお名前は貞(さあ)ちゃんにもわかるでしょう――その倉地さんにはほんとうにお礼の申しようもないくらいなんですよ。愛さんなんかはその方(かた)の事で叔母(おば)さんなんぞからいろいろな事を聞かされて、ねえさんを疑っていやしないかと思うけれども、それにはまたそれでめんどうなわけのある事なのだから、夢にも人のいう事なんぞをそのまま受け取ってもらっちゃ困りますよ。ねえさんを信じておくれ、ね、よござんすか。わたしはお嫁なんぞに行かないでもいい、あなた方(がた)とこうしているほどうれしい事はないと思いますよ。木村さんのほうにお金でもできて、わたしの病気がなおりさえすれば結婚するようになるかもしれないけれども、それはいつの事ともわからないし、それまではわたしはこうしたままで、あなた方(がた)と一緒にどこかにお家を持って楽しく暮らしましょうね。いいだろう貞(さあ)ちゃん。もう寄宿なんぞにいなくってもようござんすよ」
「おねえさまわたし寄宿では夜になるとほんとうは泣いてばかりいたのよ。愛ねえさんはよくお寝になってもわたしは小さいから悲しかったんですもの」
 そう貞世は白状するようにいった。さっきまではいかにも楽しそうにいっていたその可憐(かれん)な同じ口びるから、こんな哀れな告白を聞くと葉子は一入(ひとしお)しんみりした心持ちになった。
「わたしだってもよ。貞(さあ)ちゃんは宵(よい)の口だけくすくす泣いてもあとはよく寝ていたわ。ねえ様、私は今まで貞(さあ)ちゃんにもいわないでいましたけれども……みんなが聞こえよがしにねえ様の事をかれこれいいますのに、たまに悪いと思って貞(さあ)ちゃんと叔母(おば)さんの所に行ったりなんぞすると、それはほんとうにひどい……ひどい事をおっしゃるので、どっちに行ってもくやしゅうございましたわ。古藤さんだってこのごろはお手紙さえくださらないし……田島先生だけはわたしたち二人(ふたり)をかわいそうがってくださいましたけれども……」
 葉子の思いは胸の中で煮え返るようだった。
「もういい堪忍(かんにん)してくださいよ。ねえさんがやはり至らなかったんだから。おとうさんがいらっしゃればお互いにこんないやな目にはあわないんだろうけれども(こういう場合葉子はおくびにも母の名は出さなかった)親のないわたしたちは肩身が狭いわね。まああなた方(がた)はそんなに泣いちゃだめ。愛さんなんですねあなたから先に立って。ねえさんが帰った以上はねえさんになんでも任して安心して勉強してくださいよ。そして世間の人を見返しておやり」
 葉子は自分の心持ちを憤ろしくいい張っているのに気がついた。いつのまにか自分までが激しく興奮していた。
 火鉢(ひばち)の火はいつか灰になって、夜寒(よさむ)がひそやかに三人の姉妹にはいよっていた。もう少し睡気(ねむけ)を催して来た貞世は、泣いたあとの渋い目を手の甲でこすりながら、不思議そうに興奮した青白い姉の顔を見やっていた。愛子は瓦斯(がす)の灯(ひ)に顔をそむけながらしくしくと泣き始めた。
 葉子はもうそれを止めようとはしなかった。自分ですら声を出して泣いてみたいような衝動をつき返しつき返し水落(みぞおち)の所に感じながら、火鉢の中を見入ったまま細かく震えていた。
 生まれかわらなければ回復しようのないような自分の越し方(かた)行く末が絶望的にはっきりと葉子の心を寒く引き締めていた。
 それでも三人が十六畳に床を敷いて寝てだいぶたってから、横浜から帰って来た倉地が廊下を隔てた隣の部屋(へや)に行くのを聞き知ると、葉子はすぐ起きかえってしばらく妹たちの寝息気(ねいき)をうかがっていたが、二人がいかにも無心に赤々とした頬(ほお)をしてよく寝入っているのを見窮めると、そっとどてらを引っかけながらその部屋を脱け出した。

       二五

 それから一日置いて次の日に古藤から九時ごろに来るがいいかと電話がかかって来た。葉子は十時すぎにしてくれと返事をさせた。古藤に会うには倉地が横浜に行ったあとがいいと思ったからだ。

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