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著者名:徳田秋声 

 笹村の小さい心臓は、この異腹(はらちがい)の姉の愛児のことについても、少からず悩まされた。
「僕もあまりよいことはして見せていないからね。」笹村は苦笑した。
「だって、十六やそこいらで、色気のある気遣いはないんですからね。」
 笹村はしばらく打ち絶えていた俳友の一人から、ある夕方ふと手紙を受け取った。少しお話したいこともあるから、手隙(てすき)のおり来てくれないかという親展書であった。
 お銀は、体の工合が一層悪くなっていた。目が始終曇(うる)んで、手足も気懈(けだる)そうであった。その晩も、近所の婦人科の医者へ行って診てもらうはずであったが、それすら億劫(おっくう)がって出遅れをしていた。
「私のこと……。」
 お銀は手紙を読んでいる笹村の顔色で、すぐにそれと察した。
「きっとそうでしょう。」

     十六

 笹村は、寒い雨のぼそぼそ降る中を、腕車(くるま)で谷中へ出かけて行った。この日ごろ、交友をおのずから避けるようにして来た笹村は、あの窪(くぼ)っためにある暗い穴のような家を、めったに出ることがなかった。これまで人の前でうつむいて物を言わなければならぬようなことのなかった笹村は、八方から遠寄せに押し寄せているような圧迫の決潰口(けっかいぐち)とも見られる友人が、どんな風にこのことを切り出すか、それが不安でならなかった。深山と気脈の通じているらしく思えるこの俳友B―に対する軽い反抗心も、腕車(くるま)に揺られる息苦しいような胸にかすかに波うっていた。
 ひっそりした二階の一室に通ると、B―は口元をにこにこしながら、じきに深山とのことを言い出した。しばらくB―は笹村の話に耳傾けていた。
 二人の間には、チリの鍋などが火鉢にかけられて、B―は時々笹村に酌をしながら喙(くち)を□(はさ)んでいた。
「……とにかく深山のことはあまり言わんようにしていたまえ。そうしないとかえって君自身を傷つけるようなもんだからね。」B―は戒めるように言った。
 笹村は深山との長い交遊について、胸にぶすぶす燻(くすぶ)っているような余憤があったが、それを言えば言うだけ、自分が小さくなるように思えるのが浅ましかった。
「……僕はいっそ公然と結婚しようと思う。」
 女の話が出たとき、笹村は張り詰めたような心持で言い出した。
「その方がいさぎよいと思う。」
「それまでにする必要はないよ。」B―は微笑を目元に浮べて、「君の考えているほど、むつかしい問題じゃあるまいと思うがね。女さえ処分してしまえば、後は見やすいよ。人の噂も七十五日というからね。」
「どうだね、やるなら今のうちだよ。僕及ばずながら心配してみようじゃないか。」B―は促すように言った。
 笹村はこれまで誰にも守っていた沈黙の苦痛が、いくらか弛(ゆる)んで来たような気がした。そしていつにない安易を感じた。それで話が女の体の異常なことにまで及ぶと、そんなことを案外平気で打ち明けられるのが、不思議なようでもあり、惨(いた)ましい恥辱のようでもあった。
「へえ、そうかね。」
 B―は目を□(みは)ったが、口へは出さなかった。そしてしばらく考えていた。
「それならそれで、話は自然身軽になってからのことにしなければならんがね。しかしいいよ、方法はいくらもあるよ。」
 蕭(しめや)かな話が、しばらく続いていた。動物園で猛獣の唸(うな)る声などが、時々聞えて、雨の小歇(こや)んだ外は静かに更けていた。
「僕はまた君が、そんなことはないと言って怒るかと思って、実は心配していたんだよ。打ち明けてくれて僕も嬉しい。」
 帰りがけに、B―はそう言ってまた一ト銚子階下(した)へいいつけた。
 幌(ほろ)を弾(は)ねた笹村の腕車(くるま)が、泥濘(ぬかるみ)の深い町の入口を行き悩んでいた。空には暗く雨雲が垂れ下って、屋並みの低い町筋には、湯帰りの職人の姿などが見られた。
「今帰ったんですか。」
 腕車と擦れ違いに声をかけたのは、青ッぽい双子(ふたこ)の着物を着たお銀であった。
「どうでした。」
「医者へ行ったかね。」
「え、行きました。そしたら、やはりそうなんですって。」
 腕車の上と下とで、こんな話が気忙(きぜわ)しそうに取り交された。
 笹村が腕車から降りると、お銀もやがて後から入って来て、火鉢の方へ集まった。

     十七

「医者はどういうんだね。」
 笹村は少し離れたような心持で、女に訊き出した。笹村はまずそれを確かめたかった。
「お医者はいきなり体を見ると、もう判ったようです。これが病気なものか、確かに妊娠だって笑っているんですもの。それに少し体に毒があるそうですよ。その薬をくれるそうですから……。」
「幾月だって……。」
「四月だそうです。」
「四月。厭になっちまうな。」
 笹村は太息(といき)を吐(つ)いた。そしておそろしいような気持で、心のうちに二、三度月を繰って見た。
 その晩は一時ごろまで、三人で相談に耽(ふけ)っていた。笹村は出来るだけ穏かに、女から身を退(ひ)いてもらうような話を進めた。その話は二人にもよく受け入れられた。
「あなたの身が立たんとおっしゃれば、どうもしかたのないことと諦(あきら)めるよりほかはござんしねえ。御心配なさるのを見ていても、何だかお気の毒のようで……。」母親は縫物を前に置きながら言った。
「どうせ娘(これ)のことは、体さえ軽くなればどうにでもなって行きますで。」
 そう決まると笹村は一刻も速く、この重荷を卸(おろ)してしまいたかった。そして軽卒(かるはずみ)のようなおそろしい相談が、どうかすると三人の間に囁(ささや)かれるのであった。笹村の興奮したような目が、異様に輝いて来た。
「そうなれば、私がまたどうにでも始末をします。――そのくらいのことは私がしますで。」
 そう言う母親の目も冴(さ)え冴(ざ)えして来た。
「だけどうっかりしたことは出来ませんよ。」お銀は不安らしく考え込んでいた。
「なアに、めったに案じることはない。」
 明朝(あした)目がさめると、昨夜(ゆうべ)張り詰めていたような笹村の心持が、まただらけたようになっていた。頭も一層重苦しく淀(よど)んでいた。昨夜逸(はず)んだような心持で母親の言い出したことを考え出すとおかしいようでもあった。
 笹村は何も手につかなかった。そして究(つま)るところは、やはり昨夜話したようにするよりほかなさそうに考えられた。
「産れて来る子供の顔が、平気で見ていられそうもないからね。」
 笹村は、冴え冴えした声でいつに変らず裏で地主の大工の内儀(かみ)さんと話していたお銀が入って来ると、じきに捉(つかま)えてその問題を担ぎ出した。
「そうやっておけば、一日ましに形が出来て行くばかりじゃないか。」
「え、そうですけれど……。」
 お銀はただ笑っていた。
「今朝は何だかこう動くような気がしますの。」
 お銀は腹へ手を当てて、揶揄(からか)うような目をした。
「だけど、そう一時に思いつめなくてもいいじゃありませんか。あなたはそうなんですね。」
 お銀は不思議そうに笹村の顔を見ていた。
 気がくさくさして来ると、お銀は下谷の親類の家へ遊びに行った。
「今日は一つ小使いを儲(もう)けて来よう。」と言って化粧などして出て行った。
 親類のうちでは、いつでも二、三人の花の相手が集まった。「兄さん」のお袋に友達、近所に囲われている商売人あがりの妾などがいた。お銀はその人たちのなかへ交って、浮き浮きした調子で花を引いた。そこで磯谷の噂なども、ちょいちょい耳に挟(はさ)んだ。
「お前も何だぞえ、そういつもぶらぶらしていないで、また前のような失錯(まちがい)のないうちに田舎へでも行って体を固めた方がいいぞえ。」
 そこのお婆さんは顔さえ見ると言っていたが、お銀はどちらへ転んでも親戚の厄介(やっかい)になぞなりたくないと思っていた。どんなに困っても家のない田舎へなぞ行こうと思わなかった。

     十八

 暮に産をする間の隠れ場所を取り決めに、京橋の知合いの方へ出かけて行ったお銀は、年が変ってもやはり笹村の家に閉じ籠(こも)っていた。
 笹村にせつかれて、菓子折などを持って出かけて行くまでには、お銀は幾度も躊躇(ちゅうちょ)した。丸薬なども買わせられて、笹村の目の前で飲むことを勧められたが、お銀は売薬に信用がおけなかった。「そのうち飲みますよ。」と、そのまま火鉢のなかにしまっておいた。薬好きな笹村は、始終いろいろな薬を机の抽斗に絶やさなかった。知合いの医者から無理に拵えてもらったのもあるし、その時々の体の状態を自分自身で考えて、それに応じて薬種屋から買って来たのもある。それにお銀の体に毒気があるということを聞いてからは、一層自分の体に不安が増して来た。血色は薄いが、皮膚だけは綺麗であったお銀の顔に、このごろ時々自分と同じような、ぼつりとしたものが出来るのも不思議であった。明るかった額から目のあたりも一体に曇(うる)んで来た。そして何か考え込みながら、窓から外を眺めている時の横顔などが、その気分と相応(そぐ)わないほど淋しく見られることがあった。
「お産をすると毒は皆おりてしまうそうですよ。」
 病気を究(きわ)めようともしないお銀は、大して気にもかけぬらしかったが、どこへどうなって行くとしても、産れる子に負うべき責任だけは笹村も感じないわけに行かなかった。
「それじゃあなたは、自分にそんな覚えでもあるんですか。」お銀は笹村に反問した。
 笹村は学校を罷(や)めて、検束のない放浪生活をしていた二十(はたち)時分に、ふとしたことから負わされた小さな傷以来、体中に波うっていた若い血がにわかに頓挫(しくじ)ったような気が、始終していた。頭も頽(くず)れて来たし、懈(だる)い体も次第に蝕(むしば)まれて行くようであった。酒、女、莨、放肆(ほうし)な生活、それらのせいとばかりも思えなかった。そんなものを追おうとする興味すら、やがてそこから漂って来る影に溺(おぼ)れ酔おうとする心に過ぎなかった。太陽の光、色彩に対する感じ――食物の味さえ年一年荒れた舌に失われて行くようであった。
 頭脳(あたま)が懈くなって来ると、笹村は手も足も出なかった。そういう時には、かかりつけの按摩(あんま)に、頭顱(あたま)の砕けるほど力まかせに締めつけてもらうよりほかなかった。
「それはこっちの気のせいですよ。」
 お銀は顔に出来たものを気にしながらも、医者からくれた薬すらろくろく飲まなかった。
「……逢って話してみましたらばね。」と、お銀は京橋から帰って来た時、待ちかねていた笹村に話しだした。
「そんなことなら二階があいているから、いつでも来てもいいって、そう言ってくれるんですがね。――だけど女ばかりで、そんなことをして、後で莫迦(ばか)を見るようなことでも困るから、よく考えてからにした方がいいって言うんですの。正直な人ですから、やはり心配するんでしょうよ。」
「…………。」
「その人の息子(むすこ)は新聞社へ出ているんですって。」お銀は思い出したように附け加えた。
「へえ。それは記者だろうか、職工だろうか。」
「何ですか、そう言ってましたよ。」
 笹村はあまりいい気持がしなかった。
「それで、その二階はごく狭いんですの。天井も低くって厭なところなんです。お産の時にはあなたも来て下さらないと、あんなところで私心細い。」
 笹村は黙っていた。お銀は張合いがなさそうに口を噤(つぐ)んだ。
 正月に着るものを、お銀はその後また四ツ谷から運んで来た行李の中から引っ張り出して、時々母親と一緒に、茶の室(ま)で針を持っていた。この前に片づくまでに、少しばかりあったものも皆亡(な)くして行李を開けて見てもちぐはぐのものばかりで心淋しかった。
 気がつまって来ると、煙草の煙の籠ったなかに、筆を執っている笹村の傍へ来て、往来向きの窓を開けて外を眺めた。門々にはもう笹たけが立って、向うの酒屋では積み樽(だる)などをして景気を添えていた。兜(かぶと)をきめている労働者の姿なども、暮らしく見られた。熊谷在(くまがやざい)から嫁入って来たという、鬼のような顔をしたそこの内儀さんも、大きな腹をして、帳場へ来ては坐り込んでいた。

     十九

 笹村は、少し手に入った金で、手詰りのおりにお銀が余所(よそ)から借りて来てくれた金を返さしたり、質物を幾口か整理してもらったりして、残った金で蒲団皮を買いに、お銀と一緒に家を出た。「私たちのは綿が硬くて、とても駄目ですから、今度お金が入ったら、払いの方は少しぐらい延ばしても蒲団を拵えておおきなさいよ。」と、笹村はよくお銀に言われた。
「十年もあんな蒲団に包(くる)まっているなんて、痩(や)せッぽちのくせによく辛抱が出来たもんですね。」
 初めて汚い笹村の寝床を延べた時のことが、また言い出された。
「僕はあまりふかふかした蒲団は気味がわるい。」
 笹村は笑っていたが、それを言われるたびに、自分では気もつかずに過して来た、長いあいだ満足に足腰を伸ばしたこともない、いきなりな生活が追想(おもいだ)された。そしてやはりその蒲団になつかしみが残っていた。安机、古火鉢、それにもその時々の忘れがたい思い出が刻まれてあった。そのべとべとになった蒲団も、今はこの人たちの手に引つ剥(ぺ)がされて、襤褸屑(ぼろくず)のなかへ突っ込まれることになった。
 通りまで来ると、雨がぽつりぽつり落ちて来た。何か話して歩いているうちに、ふと笹村の気が渝(かわ)って来た。
「お前は先へお帰り。」
 笹村はずんずん行(ある)き出した。
「それじゃ蒲団地は買わなくてもいいの。」
 女は惘(あき)れて立っていた。
 笹村はちょっとした女の言い草に、自分の気持を頓挫(しくじ)ると、しばらく萎(な)やされていた女に対する劇(はげ)しい憎悪(ぞうお)の念が、一時にむくむく活(い)き復(かえ)って来た。
 お銀は一、二町ついて来たが、やがてすごすごと引き返して行った。
 その晩笹村は帰らなかった。
 朝家へ入って来ると、女は興奮したような顔をして火鉢の前に坐っていた。甥も傍へ来て火に当っていた。
 書斎へ引っ込んでいると、女は嶮(けわ)しい笑顔(えがお)をして入って来た。
「随分ひどいわね。私やたら腹が立ったから、新ちゃんに皆な話してしまった。あなたはあまり新ちゃんのことも言えませんよ。」
「莫迦。少(わか)いものには少し気をつけてものを言え。」
「新ちゃんだって、叔父さんは今夜帰らないって、そう言っていましたわ。昨夜(ゆうべ)はお友達も来ていましたからね。三人で花を引いて、いつまで待っていたか知れやしない。――私ぐんぐん蹤(つ)いて行ってやればよかった。どんな顔して遊んでいるんだか、それが見たくて……。」
「うるさい。」笹村は顔じゅう顰(しか)めた。笑うにも笑えなかった。
 日が暮れかかって来ると、鍛冶屋の機械の音が途絶えて、坐っていても頼りないようであった。お銀は惑わしいことがあると、よく御籤(みくじ)を取りに行く近間の稲荷(いなり)へ出かけて行った。通りの賑やかなのに、ここは広々した境内がシンとして、遠い木隠れに金燈籠(かなどうろう)の光がぼんやり光っていた。鈴を引くと、じゃらんじゃらんという音が、四辺(あたり)に響いて、奥の方から小僧が出て来た。
「あなたのも取って来ましたよ。」と、お銀は笹村のを拡げて机の端においた。笹村は心(しん)を細めにしたランプを置いて、火鉢の蔭に丸くなって、臥(ね)そべっていた。
「私は今宙に引っかかっているような身の上なんですってね。家があってないような……いるところに苦労しているんですって。」
 笹村は黙ってその文章に読み惚(ほ)れていた。
「私京橋へ行こうか行くまいか、どうしようかしら。」
 お銀はBさんという後楯(うしろだて)のついている笹村と、うっかりした相談も出来ないと思った。
「B君の阿母(おっか)さんの説では、一緒になった方がいいと言うんだそうだけれど……。」と言う笹村は、その後もB―と一、二度逢っていた。
 晩に笹村は、賑やかな暮の町へ出て見た。そしてふと思いついて、女のために肩掛けを一つ買って戻った。
 お銀は嬉しそうにそれを拡げて見ると笑い出した。
「私前に持っていたのは、もっと大きくて光沢(つや)がありましたよ。それにコートだって持ってたんですけれど……叔父さんが病気してから、皆亡(な)くしてしまいましたわ。」
「そうかい。お前贅沢を言っちゃいかんよ。入(い)らなけア田舎へ送ろう。」
 笹村は気色(けしき)をかえた。

     二十

 春になってから笹村は時々思い立っては引き移るべき貸家を見て行(ある)いた。お銀の体をおくのに、この家の間取りの不適当なことも一つの原因であった。茶の間から通うようになっている厠(かわや)へ客の起つごとに、お銀は物蔭へ隠れていなければならぬ場合がたびたびあった。そのころお銀は京橋の家へ行くことをすっかり思い止まっていた。二階は危いというのも一つの口実であったが、ここを離れてしまえば、後はどうなって行くかという不安が、日増しに初めの決心を鈍らせた。
「……それに私だって、余所(よそ)へ出るとなれば手廻りの世帯道具くらい少しは用意しなけア厭ですもの。いくら何でもあまり見すぼらしいことしてお産をするのは心細うござんすから。」
 お銀のこのごろの心には、そこへ身のうえの相談に行ったことすら、軽挙(かるはずみ)のように思われて来た。
「あんな窮屈な二階住居(ずまい)で、お産が軽ければようござんすけれど、何しろ初産のことですから、どんな間違いがないとも限りませんもの。」
「こればかりは重いにも軽いにもきりがないんですからね。」と、母親も傍から口を利いた。
 笹村は黙って火鉢に倚(よ)りかかりながら、まじまじと煙草を喫(ふか)していた。麻の葉の白くぬかれた赤いメリンスの前掛けの紐(ひも)を結(ゆわ)えているお銀の腹のめっきり大きくなって来たのが目についた。水気をもったような顔も、白蝋(はくろう)のように透き徹(とお)って見えた。
「むやみなことをして、万一のことでもあっては、田舎にいるこれの父親や親類のものに私がいいわけがないようなわけでござんすでね。」
 そんなことから、笹村は家を捜すことに決めさせられた。
 笹村はずッと奥まった方を捜しに出て行った。その辺にはかなり手広な空家がぼつぼつ目に着いたが、周(まわ)りが汚かったり、間取りが思わしくなかったりして、どれも気に向かなかった。
 そして歩いていると、二枚小袖に羽織は重いくらい、陽気が暖かくなって来た。垣根(かきね)の多い静かな町には、柳の芽がすいすい伸び出して、梅の咲いているところなどもあった。空も深々と碧(あお)み渡っていた。笹村はそうした小石川の奥の方を一わたり見て歩いたが、友人の家を出て、普通の貸家へ移る時の生活の不安を考えると、やはり居昵(いなじ)んだ場所を離れたくないような気もしていた。
「今日はたしか先生の入院する日だ。」
 笹村はある日の午後、家を捜しに出て、途中からふと思い出したように引き返して来た。その日は薄曇りのした気の重い日であった。青木堂でラヘルを二函(ふたはこ)紙に包んでもらって、大学病院の方へ入って行くと、蕾(つぼみ)の固い桜の片側に植わった人道に、薄日が照ったり消えたりしていた。笹村は自分のことにかまけて、しばらくM先生の閾(しきい)もまたがずにいた。先生と笹村との間には、時々隔りの出来ることがあった。
 M先生は、笹村の胃がようやく回復しかけて来るころから、同じ病気に悩まされるようになった。
「今の若さで、そう薬ばかり飲んでるようじゃ心細いね。うまいものも歯で嚼(か)んで食うようじゃ、とても駄目だよ。」
 茶一つ口にしないで、始終曇った顔をしている笹村に、先生は元気らしく言って、生きがいのない病躯(びょうく)を嘲(あざけ)っていたが、先生の唯一の幸福であった口腹の欲も、そのころから、少しずつ裏切られて来た。
 定められた病室へ入って、大分待っていると、やがて扉を開けて長い廊下を覗(のぞ)く笹村の目に、丈の高い先生の姿が入口の方から見えた。O氏とI氏とが、その後から手周りの道具や包みのようなものを提げて入って来た。
 先生の目には深い不安の色が潜んでいるようであったが、思いがけない笹村の姿をここに見つけたのは、心嬉しそうであった。

     二十一

 腕車(くるま)からじきに雪沓(せった)ばきで上って来たM先生は、浅い味噌濾(みそこ)し帽子を冠ったまま、疲れた体を壁に倚りかかってしばらく椅子に腰かけてみたり、真中の寝台に肱(ひじ)を持たせなどして、初めて自分が意想外の運命で、入るように定められた冷たい病室の厭(いと)わしさを紛らそうとしているように見えた。
「いわば客を入れるんですから、病室ももっとどうかしたらよさそうに思いますんですがな。」
 O氏が言い出すと、
「うむ……たまらんさ。」と、先生も部屋を見廻して軽く頷(うなず)いたが、眉(まゆ)のあたりが始終曇っていた。それでもこのような日に衆(みんな)が聚(あつ)まって来ているということが、大いなる満足であった。そしていつもより調子が低く、気分に思い屈したようなところはあったが、話は相変らずはずんで、力のない微笑と一緒に軽い洒落も出た。
「ここを推してごらん。」
 先生は、病気の話が出たとき、痩せた下腹のあたりを露(あら)わして、※(しこり)[#「やまいだれ+鬼」、203-下-15]のあるところを手で示した。
「痛(いと)ござんしょう。」
「いやかまわんよ。」
「なるほど大分大きゅうござんすですな。」
 M先生は※[#「やまいだれ+鬼」、203-下-19]の何であるかを診察させるために、二週間ここにいなければならなかった。先生がこの※[#「やまいだれ+鬼」、203-下-20]を気にし出したのは、よほど以前から素地(したじ)のあった胃病が、大分嵩(こう)じて来てからであった。先生はそのころから、筆を執るのが億劫らしく見受けられた。
「それはしかし誰かいい医師(いしゃ)に診(み)ておもらいになった方がようござんしょう。」
 笹村も※(しこり)[#「やまいだれ+鬼」、204-上-3]に不審を抱いて、一、二度勧めたことがあった。
「お前の胃はこのごろどうかね。」
 先生は時々笹村に尋ねた。その顔には、少しずつ躙(にじ)られて行くような気の衰えが見えた。
 笹村は新たに入った社の方の懸賞俳句の投稿などが、山のように机の上に積んであるのを見受けた。今まで道楽であった句選が、このごろ先生の大切な職務の一つとなったのが、惨(いた)ましいアイロニイのように笹村の目に閃(ひらめ)いた。
「己(おれ)は病気になるような悪いことをしていやしない。周囲が己を斃(たお)すのだ。」
 先生は激したような調子で言った。その声にはこの二、三年以来の忙しい仕事や煩いの多い社交、冷やかな世間の批評に対して始終鼻張りの強かった先生の心からの溜息も聞かれるようであった。
 ある胃腸病院へ診察を求めに行ったころは、そこの院長もまだはっきりした診断を下しかねていた。するうちに※[#「やまいだれ+鬼」、204-上-21]の部分に痛みさえ加わって来た。
 その日は、日暮れ方に衆(みんな)と一緒に、病室を引き揚げた。
 笹村が、ある晩二度目に尋ねて行った時には、広い部屋はいろいろの物が持ち込まれてあった。見慣れぬ美しい椅子があったり、綺麗な盆栽が飾られたりしてあった。火鉢、鍋、茶碗、棚、飲料、果物、匙(さじ)やナイフさえ幾色か、こちゃこちゃ持ち込まれてあった。新刊の書物、本の意匠の下図、そんなものもむやみに散らかっていた。船艙(せんそう)の底にでもいるように、敷き詰めた敷物の上に胡坐(あぐら)を掻いて、今一人来客と、食味の話に耽(ふけ)っている先生の調子は、前よりも一層元気がよかった。
「朝目のさめた時なんざ、こんなものでも枕頭(まくらもと)にあると、ちょッといいものさ。」
 先生はそこにあった鉢植えの菫(すみれ)の話が出ると、花を瞶(みつ)めていながら呟いた。先生はこれまで花などに趣味をもったことはなかった。
 ※[#「やまいだれ+鬼」、204-下-14]の胃癌(いがん)であることが確かめられた日に、O氏とI氏とが、夜分打ち連れて笹村を訪ねた。笹村は友人の医者に勧められて、初めて試みた注射の後、ちょうど気懈(けだる)い体を出来たての蒲団に横たえてうつらうつらしていた。
 お銀は狼狽(うろた)えて、裏の方へ出て行った。

     二十二

「それで問題は、切開するかしないかということなんだがね。Jさんなどは、どうせそのままにしておいていけないものなら、思いきって手術した方がいいということを言っているんだ。」
「そうすれば確かに効果があるのかね。」
「それが解らないんだそうだ。体も随分衰弱しているし、かえって死を早める危険がないとも限らんと言うのだからね。」
「それに切開ということはどうもね……先生もそれを望んではいらっしゃらないようだ。」
 ひそひそした話し声がしばらく続いていた。やがて二人はほぼ笹村の意嚮(いこう)をも確かめて帰って行った。
「へえ……お気の毒ですね。」
 お銀は客の帰った部屋へ入って来て、火鉢の傍へ坐った。
「三十七という年は、よくよく悪いんだと見えますね。私の叔父がやはりそうでしたよ。」
 笹村は懈(だる)い頭の髪の毛を撫(な)でながら、蒲団のうえに仰向いて考え込んでいた。注射をした部分の筋肉に時々しくしく痛みを覚えた。
「……伝通院(でんずういん)前の易者に見ておもらいなすったらどうです。それはよく判りますよ。」お銀はまた易者のことを言い出した。
 笹村は翌日早く、その易者を訪ねたが、その日はあいにく休みであった。帰りに伝通院の横手にある大黒の小さい祠(ほこら)へ入って、そこへ出ているある法師(ぼうず)について観(み)てもらうことにした。法師は綺羅美(きらび)やかに着飾った四十近くの立派な男であった。在から来たらしい屈託そうな顔をした婆さんに低い声で何やら言って聞かしていたが、髪の蓬々(ぼうぼう)した陰気そうな笹村の顔を時々じろじろと見ていた。指環(ゆびわ)や時計をぴかぴかさした貴婦人が一人、手提げ袋をさげて、腕車(くるま)から降りて入って来ると、法師は笑(え)み交すようにしおしおした目をした。女はそのまま奥へ入って行った。
「これアとても……。」
 法師は水晶の数珠(じゅず)の玉を指頭(ゆびさき)で繰ると、本を開けて見ながら笹村に言いかけた。
「もう病気がすっかり根を張っている。」
「手術の効(かい)はないですか。」
「とても……。」と反(そ)りかえって、詳しく見る必要はないという顔をした。
 笹村は金の包みを三宝に投(ほう)り込むようにしてそこから出た。
 その日M先生を訪ねると、仕事場のようであった先生の部屋は綺麗に取り片着いていた。先生は髪などもきちんと分けて、顔に入院前のような暗い影が見えなかった。傍には他の人も来ていた。
「今朝も××が来て、この際何か書けるなら、出来るだけのことはするとか言ってくれたがね、まあ病気でも癒(なお)ってから願おうと言っておいた。己はこんなにまでなって書こうとは思わん。」と先生はその吝(しみ)ったれを嗤(わら)うように苦笑した。何もこの病人に書かさなくたって好意があるなら……という意味も聴き取れた。
「それに己は病気してから裕福になったよ。△△が昨日も来てハンドレッドばかり置いて行ってくれるし、何ならちっと御用立てしましょうかね。」と言って笑った。
 笹村は、M先生のある大きな仕事を引き受けることになってから、牛込(うしごめ)の下宿へ独りで引き移った。その前には、家族と一緒に先生の行っていた海岸の方へも一度訪ねて行って、二、三日をそこで遊んで過ごした。海岸はまだ風が寒く、浪(なみ)も毎日荒れつづいて、はっきりした日とてはなかった。笹村はちょうどまた注射の後の血が溷濁(こんだく)したようになって、頭が始終重く慵(だる)かった。酒も禁じられていた。
 牛込のその下宿は、棟が幾個(いくつ)にも分れて、綺麗な庭などがあったが、下宿人は二人ばかりの紳士と、支那人(しなじん)が一人いるぎりであった。笹村は、机とランプと置時計だけ腕車に載せて、ある日の午後そこへ移って行った。そして立ち木の影の多い庭向きの窓際に机を据えた。

     二十三

 下宿は昼間もシンとしていた。笹村は机の置き場などを幾度も替えて見たり、家を持つまで長いあいだこの近傍の他の下宿にいたころ行きつけた湯へ入りなどして、気を落ち着けようとしたが、旅にいるような心持で、何も手に着かなかった。それで寝転んだり起きたりしていると、もう午(ひる)になって、顔の蒼白い三十ばかりの女中が、膳を運んで来て、黙ってそこらに散らかったものを片着けなどする。膳に向っても、水にでも浸っていたように頭がぼーッとしていて、持ちつけぬ竹の塗り箸(ばし)さえ心持が悪かった。病気を虞(おそ)れるお銀の心着けで、机のなかには箸箱に箸もあったし、飯食い茶碗も紙に包んで持って来たのであったが、それはそのままにしておいた。
 それに生死の境にあるM先生の手助けであるから、仕事をしても報酬が得られるかどうかということも疑問であった。妙な廻り合せで、上草履一つ買えずにいる笹村は、もと下宿にいた時のように気ままに挙動(ふるま)うことすら出来なかった。
 飯がすむと、袋にどっさり貯えおきの胃の薬を飲んで、広い二階へ上って見た。二階には見晴しのいい独立の部屋が幾個(いくつ)もあったが、どちらも明いていた。病身らしい、頬骨(ほおぼね)と鼻が隆(たか)く、目の落ち窪(くぼ)んだ、五十三、四の主(あるじ)の高い姿が、庭の植込みの間に見られた。官吏あがりででもあるらしいその主の声を、笹村は一度も聞いたことがなかった。細君らしい女が二人もあって、時々厚化粧にけばけばしい扮装(なり)をして、客の用事を聞きに来ることのある十八、九の高島田は、どちらの子だか解らなかった。
 飲食店にでもいたことのあるらしい若い女中が、他に二人もいた。そして拭き掃除がすんでしまうと、手摺(てす)りにもたれて、お互いに髪を讃(ほ)め合ったり、櫛(くし)や簪(かんざし)の話をしていた。
「客もいないのに、三人も女がいるなんておかしいね。」笹村はそこらをぶらぶらしながら笑った。
「それアそうですけど、家は一晩二晩の泊り客がちょいちょいありますから……。」
 笹村は階下(した)へ降りて来て、また机の前に坐った。大きな西洋紙に書いた原稿の初めの方が二、三冊机の上にあった。笹村は錘(おもり)のかかったような気を引き立てて、ぽつぽつ筆を加えはじめた。やり始めると惰力で仕事がとにかくしばらくの間は進行した。時とすると、原書を翻(まく)って照合しなどしていた。ふと筆をおいて、疲れた体を後へ引っくら反(かえ)ると、頭がまたいろいろの考えに捉えられて、いつまでも打ち切ることが出来なかった。
 気が餒(う)えきって来ると、笹村はそっとにげるように宿の門を出た。足は自然に家の方へ向いた。
 お銀は寂しい下宿の膳のうえに載せるようなものを台所で煮ていた。
「私今車夫に持たしてやろうと思って……。」
 お銀は暑そうに額の汗を拭きながら、七輪の側を離れた。
 火鉢の傍に坐っていると、ゴーゴーいう鍛冶屋の機械の音が、いつも聞き馴(な)れたように耳に響いた。この音響のない世界へ行くと、笹村はかえって頭が散漫になるような気がした。
 夜おそく笹村は蓋物を提げて下宿へ還(かえ)って行った。そして部屋へ入ってランプを点(つ)けると、机の上の灰皿(はいざら)のなかに、赤い印肉で雅号を捺(お)したM先生の小形の名刺が入れてあった。笹村は、しばらく机に坐ってみたが、じきに火を細くして寝床へ入った。
 上総(かずさ)の方の郷里へ引っ込んでいる知合いの詩人が、旅鞄をさげて、ぶらりと出て来たのはそのころであった。そして泊りつけの日本橋の宿屋の代りに、ここの二階にいることになってから、笹村は三度三度のまずい飯も多少舌に昵(なじ)んで来た。
 中央文壇の情勢を探るために出て来たその詩人は、その時家庭の切迫したある事情の下にあった。自分自分の問題に苦しんでいる二人の間には、話が時々行き違った。

     二十四

 その詩人が、五日ばかりで帰ってしまうと、その時齎(もたら)して来た結婚談(けっこんばなし)が、笹村の胸に薄い痕迹(こんせき)を留めたきりで、下宿はまた旧(もと)の寂しさに復(かえ)った。
 その結婚談は、詩人と同郷のかなり裕福なある家の娘であった。臥(ね)そべっていながら、その話を聞いていた笹村の胸は、息苦しいようであった。
 話の最中にその時めずらしく、笹村へ電話がかかって来た。かけ手は、笹村が一、二度余所(よそ)で行き合わせたぎりで、深く話し合ったこともないある画家であったが、用事は笹村が家を持った当座、九州の旅先で懇意になった兄の親類筋に当る医学生が持って来て、少し運んだところで先方から寝返りを打たれた結婚談を復活しないかという相談であった。お銀の舞い込んで来たのは、ちょうど写真などを返して、それに絶望した笹村の頭脳(あたま)が、まだ全く平調に復りきらないころであった。
「今日は不思議な日だね。」いい加減に電話を切って座に復って来た笹村の顔には、興奮の色が見えた。
 笹村は破れたその結婚談から、お銀に移るまでの心持の経過を話しながらこうも言った。
「それに、僕は生理的に結婚する資格があるかということも、久しく疑問であったしね……。」
 詩人は不幸な友達の話を聞きながら、笑っていた。
 六月の初めごろには、M先生は床に就いていたが、就きッきりと言うほどでもなかった。そして寝ながら本の意匠を考えたり、ある人が持って来てくれた外国の新刊物などに目を通していた。中にはオブストロブスキイなどいう人の「ストルム」や、ハウプトマンの二、三の作などがあった。
「△△が是非読んでみろと言うから、目を通して見たけれど、これならさほどに言うほどのものでもない。」
 日本一の大家という抱負は、病に臥(ふ)してから一層先生の頭脳に確かめられて来たようであった。「人生の疑義」という翻訳書が、しばらく先生の枕頭(まくらもと)にあった。
「これを読んでごらん、文章もそんなに拙(まず)くはないよ。」
 これまで人生問題に没入したことのなかった先生は、ところどころ朱で傍線を引いたその書物を笹村に勧めた。
 断片的の話は、おりおり哲学にも触れて行った。周囲の世話を焼くのも、ただ一片の意気からしていた先生は、時々博愛というような語(ことば)も口に上せた。我の強かったこれまでの奮闘生活が先生の弱いこのごろの心に省みられるように思えた。
「己ももう一度思う存分人の世話がしてみたい。」先生は深い目色をしながら呟いた。
 病気にいいという白屈菜(くさのおう)という草が、障子を開け払った檐頭(のきさき)に、吊るされてあった。衆(みんな)は毎日暑さを冒して、遠い郊外までそれを採りに出かけた。知らぬ遠国の人から送って来るのもたくさんあった。先生は寝ていながら、干してあるその草の風に戦(そよ)ぐのを、心地よげに眺めていた。
「私は先生に、何か大きいものを一つ書いて頂きたいんですが……。」
 これまでそんなものをあまり重んじなかった笹村は、汐(しお)を見て頼んで見た。
 先生は、「そうさな、秋にでもなって茶漬けでも食えるようになったら書こう。」と、軽く頷(うなず)いた。
 笹村は黙ってうつむいてしまった。
 二、三人の人が寄って来ると、先生はいつまでも話に耽った。
「お前はこのごろ何を食っている。」
 先生は思い出したように訊(たず)ねた。
「そうでござんすな。格別これというものもありませんですからな。私ア塩辛(しおから)ばかりなめていますんです。」
 O氏は揶揄(からか)うように言った。
「笹村は野菜は好きか。」
「慈姑(くわい)ならうまいと思います。」
「そうさな、慈姑はちとうますぎる。」先生は呟いた。
 笹村は持って行った金の問題を言い出す折がなくてそのまま引き退(さが)った。

     二十五

 出産の時期が迫って来ると、笹村は何となく気になって時々家へ帰って見た。しばらく脚気(かっけ)の気味で、足に水気をもっていたお銀は、気懈(けだる)そうに台所の框(かまち)に腰かけて、裾を捲(まく)って裏から来る涼風に当ったり、低い窓の腰に体を持たせたりして、おそろしい初産の日の来るのを考えていた。興奮したような顔が小さく見えて、水々した落着きのない目の底に、一種の光があった。
 笹村はいくら努力しても、尨大(ぼうだい)なその原稿のまだ手を入れない部分の少しも減って行かないのを見ると、筆を持つ腕が思わず渋った。下宿の窓のすぐ下には、黝(くろ)い青木の葉が、埃を被って重なり合っていた。乾いたことのない地面からは、土の匂いが鼻に通った。笹村は視力が萎(な)えて来ると、アアと胸で太息(といき)を吐(つ)いて、畳のうえにぴたりと骨ばった背(せなか)を延ばした。そこから廊下を二、三段階段を降りると、さらに離房(はなれ)が二タ間あった。笹村はそこへ入って行って、寝転んで空を見ていることもあった。空には夏らしい乳色の雲が軽く動いていた。差し当った生活の欠陥を埋め合わすために何か自分のものを書くつもりで、その材料を考えようとしたが、そんな気分になれそうもなかった。
 往来に水を撒(ま)く時分、笹村は迎えによこした腕車(くるま)で、西日に照りつけられながら、家の方へ帰って行った。窪みにある静かな町へ入ると、笹村はもだもだした胸の悩みがいつも吸い取られるようであった。
 まだ灯も点(とも)さない家のなかは、空気が冷や冷やして薄暗かった。お銀はちょうど茶の室(ま)の隅(すみ)の方に坐って、腹を抑(おさ)えていた。台所には母親が釜(かま)の下にちろちろ火を炊(た)きつけていた。
「今夜らしいんですよ。」
 お銀は眉を歪(ゆが)めて、絞り出すように言った。
「なかなかそんなことじゃ出る案じはないと思うが、でも産婆だけは呼んでおかないとね……。」
 母親は強(し)いて不安を押えているような、落ち着いた調子であった。
「それじゃ使いを出そうか。」
 笹村はそこに突っ立っていながら、押し出すような声音(こわね)で言った。
「そうですね。知れるでしょうか。……それよりかあなたお鳥目(あし)が……。」と、お銀は笹村の顔を見上げた。
「私拵(こしら)えに行こうと、そう思っていたんですけれど、まだこんなに急じゃないと思って……。」
 笹村は、不安そうに部屋をそっちこっち動いていた。無事にこの一ト夜が経過するかどうかが気遣われた。稚(おさな)い時分から、始終劣敗の地位に虐(しいた)げられて来た、すべての点に不完全の自分の生立(おいた)ちが、まざまざと胸に浮んだ。それより一層退化されてこの世へ出て来る、赤子のことを考えるのも厭であった。
 お銀も、子供の話が出るたびに、よくそれを言い言いした。
「どんな子が産れるでしょうね。私あまり悪い子は産みたくない。」
「瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なすび)はならない。だけど、どうせ、育てるんじゃないんだから。」笹村も言っていた。
 お銀はひとしきり苦々(にがにが)していた腹の痛みも薄らいで来ると、自分に起(た)ってランプを点(とも)したり、膳拵えをしたりした。
「何だか私、このお産は重いような気がして……。」
 飯を食べていたお銀はしばらくするとまた箸を措(お)いて体を屈(かが)めた。
 笹村も箸を措いたまま、お銀の顔を眺めた。その目の底には、胎児に対する一種の後悔の影が閃(ひらめ)いていた。
 慌忙(あわただ)しいような夕飯が済むと、笹村は何やら持ち出して家を出た。母親もそれと前後して、産婆を呼びに行った。

     二十六

 少しばかりの金を袂(たもと)の底に押し込んで、笹村は町をぶらぶら歩いていた。出産が気にかかりながら、その場に居合わしたくないような心持もしていたので、しばらく顔を出さなかった代診のところへ寄って見た。笹村はいい加減に翫弄(おもちゃ)にされているように思って、三、四月ごろ注射を五本ばかり試みたきり罷(や)めていたが、やはりそれが不安心であった。
「このごろはちっとは快(い)いかね。」
 医師(いしゃ)はビールに酔った顔を団扇(うちわ)で煽(あお)ぎながら言った。
 笹村は今夜産れる子供を、すぐ引き取ってもらえるような家はあるまいかと、その相談を持ち出した。稚い時分近所同士であったこの男には、笹村は何事も打ち明けることを憚(はばか)らなかった。
「ないことはない。けど後で後悔するぞ。」と、医師はある女とのなかに出来た、自分の子を里にやっておいた経験などを話して聞かした。
「後のことなど、今考えていられないんだからね。」
 笹村はその心当りの家の様子が詳しく知りたかった。七人目で、後妻の腹から産れた子を、ある在方(ざいかた)へくれる話を取り決めて、先方の親爺(おやじ)がほくほく引き取りに来た時、□弱(ひよわ)そうな乳呑(ちの)み児(ご)を手放しかねて涙脆(なみだもろ)い父親が泣いたということを、母親からかつて聞かされて、あまりいい気持がしなかった。それをふと笹村は思い浮べた。
「まア産れてからにする方がいい。」
 医師は相当に楽に暮している先方の老人夫婦の身のうえを話してから言った。
 笹村は丸薬を少し貰って、そこを出た。
 家へ帰ると、小さい家のなかはひっそりしていた。母親は暗い片蔭で、お産襤褸(さんぼろ)を出して見ていたが、傍にお銀も脱脂綿や油紙のようなものを整えていた。
 おそろしい高い畳つきの下駄をはいて、産婆が間もなくやって来た。笹村は四畳半の方に引っ込んで寝転んでいた。
「大丈夫大船に乗った気でおいでなさい。私はこれまで何千人と手をかけているけれど、一人でも失敗(しくじ)ったという例(ためし)があったら、お目にかかりません。安心しておいでなさいよ。」産婆は喋々(ちょうちょう)と自分の腕前を矜(ほこ)った。
 お産は明家(あきや)の方ですることにした。母親は一人で蒲団を運んだり、産婆の食べるようなものを見繕ったりして、裏から出たり入ったりしていた。笹村も一、二度傍へ行って見た。
 産気が次第について来た。お銀は充血したような目に涙をためて、顔を顰(しか)めながら、笹村のかした手に取り着いていきんだ。そのたんびに顔が真赤に充血して、額から脂汗(あぶらあせ)がにじみ出た。いきみ罷(や)むと、せいせい肩で息をして、術なげに手をもじもじさせていた。そして時々頭を抬(もた)げて、当てがわれた金盥(かなだらい)にねとねとしたものを吐き出した。宵(よい)に食べたものなどもそのまま出た。
 九時十時と不安な時が過ぎて行ったが、産婦は産婆に励まされて、いたずらにいきむばかりであった。体の疲れるのが目に見えるようであった。
「ああ苦しい……。」
 お銀は硬い母親の手に縋(すが)りついて、宙を見つめていた。
「どういうもんだかね。」
 十二時過ぎに母親は家の方へ来ると、首を傾(かし)げながら笹村に話しかけた。
「難産の方かね。」
 火鉢の傍に番をしていた笹村は問いかけた。
「まアあまり軽い方じゃなさそうですね。」
「医者を呼ぶようなことはないだろうか。」
「さあ……産婆がああ言って引き受けているから、間違いはあるまいと思いますけれどね。」
 そのうちに笹村は疲れて寝た。
 魘(うな)されていたような心持で、明朝(あした)目のさめたのは、七時ごろであった。
 茶の室(ま)へ出てみると、母親は台所でこちゃこちゃ働いていた。
 お銀はまだ悩み続けていた。

     二十七

 産婆が赤い背(せなか)の丸々しい産児を、両手で束(つか)ねるようにして、次の室(ま)の湯を張ってある盥の傍へ持って行ったのは、もう十時近くであった。産児は初めて風に触れた時、二声三声啼(な)き立てたが、その時はもうぐったりしたようになっていた。笹村は産室の隅の方からこわごわそれを眺めていたが、啼き声を立てそうにすると体が縮むようであった。ここでは少し遠く聞える機械鍛冶の音が表にばかりで、四辺(あたり)は静かであった。長いあいだの苦痛の脱けた産婦は、「こんな大きな男の子ですもの。」と言う産婆の声が耳に入ると、やっと蘇(よみがえ)ったような心持で、涙を一杯ためた目元ににっこりしていたが、すぐに眠りに沈んで行った。汗や涙を拭き取った顔からは血の気が一時に退(ひ)いて、微弱な脈搏(みゃくはく)が辛うじて通っていた。
 産婆は慣れた手つきで、幼毛(うぶげ)の軟かい赤子の体を洗ってしまうと、続いて汚れものの始末をした。部屋にはそういうものから来る一種の匂いが漂うて、涼しい風が疲れた産婦の顔に、心地よげに当った。笹村の胸にもさしあたり軽い歓喜(よろこび)の情が動いていた。
「随分骨が折れましたね。」産婆はやっと坐って莨(たばこ)を吸った。
「このぐらい長くなりますと、産婆も体がたまりませんよ。私もちょッと考えたけれど、でも頭さえ出ればもうこっちのものですからね。」
「そんなだったですか。」と言うように笹村は産婆の顔を見ていた。
 頭が出たきりで肩がつかえていた時、「それ、もう一つ……。」と産婆に声をかけられて、死力を出していた産婦の醜い努力が、思い出すとおかしいようであった。
「もっと自然に出るということに行かないもんですかね。」
「そんな人もありますよ。けど何しろこのぐらいの赤ちゃんが出るんですもの。」と産婆は笑った。笹村は当てつけられているような気がして、苦笑していた。
 汚い聴診器で産婦の体を見てから、産後の心着きなどを話して引き揚げて行くと、部屋は一層静かになった。
 母親は黙って、そこらを片着けていたが、笹村も風通しのいい窓に腰かけて、いつ回復するとも見えぬ眠りに陥(お)ちている産婦の蒼い顔を眺めていたが、時々傍へ寄って赤子の顔を覗(のぞ)いて見た。
 その日は産を気遣って尋ねてくれた医師(いしゃ)と一緒に、笹村は次の室(ま)で酒など飲んで暮した。産婦は目がさめると、傍に寝かされた赤子の顔を眺めて淋しい笑顔を見せていたが、母親に扶(たす)けられて厠(かわや)へ立って行く姿は、見違えるほど痩せてもいたし、更(ふ)けてもいた。赤子は時々、じめじめしたような声を立てて啼いた。笹村は、牛乳を薄く延ばして丸めたガーゼに浸して、自分に飲ませなどした。
 翌朝(あした)谷中の俳友が訪ねて来た時、笹村は産婦の枕頭(まくらもと)に坐っていた。
「そう、それはよかった。」
 裁卸(たちおろ)しの夏羽織を着た俳友は、産室の次の室へ入って来ると、いつもの調子でおめでたを述べた。沈んだ家のなかの空気が、にわかに陽気らしく見えた。
「どうだね、それで……。」と、俳友はいろいろの話を聴き取ってから、この場合笹村の手元の苦しいことを気遣った。
「少しぐらいならどうにかしよう。」
「そうだね、もし出来たらそう願いたいんだが……。」笹村はそのことも頼んだ。
 二人の前には、産婦が産前に好んで食べた苺(いちご)が皿に盛られてあった。

     二十八

 産婦は長くも寝ていられなかった。足や腰に少し力がつくと、起き出して何かして見たくなった。大きな厄難(やくなん)から首尾よく脱(のが)れた喜悦(よろこび)もあったり、産れた男の子が、人並みすぐれて醜いというほどでもなかったので、何がなし一人前の女になったような心持もしていた。
 七夜には自身で水口へ出て来て、肴(さかな)を見繕ったり、その肴屋と医者とが祝ってくれた鯉(こい)の入れてある盥の前にしゃがんで見たり、俳友が持って来てくれた、派手な浴衣地(ゆかたじ)を取りあげて見たりしていた。産婆は自分の世話をするお終(しま)いの湯をつかわせて、涼風の吹く窓先に赤子を据え、剃刀(かみそり)で臍(へそ)の緒(お)を切って、米粒と一緒にそれを紙に包んで、そこにおくと、「ここへ赤ちゃんの名と生年月日時間をお書きになってしまっておいて下さい。」と、笹村に言った。
「あなた何かいい名をつけて下さいよ。」
 産婦は用意してあった膳部や、包み金のようなものをいろいろ盆に載せて、産婆の前においた。
「はじめてのお子さんに男が出来たんだから、あなたは鼻が高い。」と、無愛想な産婆もお愛想笑いをして猪口(ちょく)に口をつけた。
 笹村は苦笑いをしていたが、時々子供を抱き取って、窓先の明るい方へ持ち出しなどした。赤子は時々鼠(ねずみ)の子のような目をかすかに明いて、口を窄(すぼ)めていたが、顔が日によって変った。ひどく整った輪廓を見せることもあるし、その輪廓がすっかり頽(くず)れてしまうこともあった。
「目の辺があなたに似てますよ。だけどこの子はお父さんよりかいい児になりますよ。」
 お銀はその顔を覗き込みながら言った。
 七夜過ぎると、笹村は赤子を抱いて、そっと裏へ出て見た。そして板囲いのなかをあっちこっち歩いて見たり、杜松(ひば)などの植わった廂合(ひさしあ)いの狭いところへ入って、青いものの影を見せたりした。赤子はぽっかり目を開いて口を動かしていた。目には木の影が青く映っていた。その顔を見ていると、笹村は淡い憐憫(れんびん)の情と哀愁とを禁じ得なかった。そしていつまでもそこにしゃがんでいた。
「早くやろうじゃないか。今のうちなら私生児にしなくても済む。」
 笹村は乳房を喞(ふく)んでいる赤子の顔を見ながら、時々想い出したように母親の決心を促した。
「私育てますよ。あなたの厄介にならずに育てますよ。乳だってこんなにたくさんあるんですもの。」
 お銀は終(しま)いによそよそしいような口を利いたが、自分一人で育てて行けるだけの自信も決心もまだなかった。
 笹村はしばらく忘れていた仕事の方へ、また心が向いた。別れることについて、一日評議をしたあげく、晩方ふいと家を出て、下宿の方へ行って見た。夏の初めにお銀と一緒に、通りへ出て買って来た質素(じみ)な柄の一枚しかないネルの単衣(ひとえ)の、肩のあたりがもう日焼けのしたのが、体に厚ぼったく感ぜられて見すぼらしかった。手や足にも汗がにじみ出て、下宿の部屋へ入って行った時には、睡眠不足の目が昏(くら)むようであった。笹村は着物を脱いで、築山(つきやま)の側にある井戸の傍へ行くと、冷たい水に手拭を絞って体を拭いた。石で組んだ井筒には青苔(あおごけ)がじめじめしていた。傍に花魁草(おいらんそう)などが丈高く茂っていた。
 部屋はもう薄暗かった。机のうえも二、三日前にちょっと来て見たとおりであったが、そこにカチカチ言っているはずの時計が見えなかった。笹村は何だかもの足りないような気持がした。押入れや違い棚のあたりを捜してみたが、やはり見当らなかった。机の抽斗(ひきだし)を開けてみると、そこには小銭を少しいれておいた紙入れが失(なく)なっていた。

     二十九

 女中に聞くと、時計は日暮れ方から見えなかった。多分横手の垣根を乗り越えて、小窃偸(こぬすと)が入って持って行ったのであろうということであった。その垣根は北側の羽目に沿うて、隣の広い地内との境を作っていた。人気のない地内には大きな古屋敷の左右に、荒れた小家が二、三軒あったが、立ち木が多く、草が茂っていた。奥深い母屋(おもや)の垠(はずれ)にある笹村の部屋は、垣根を乗り越すと、そこがすぐ離房(はなれ)と向い合って机の据えてある窓であった。
「何分ここまでは目が届かないものですから。」と女中は乗り越した垣根からこっちへ降りる足場などについて説明していたが、竹の朽ちた建仁寺垣(けんにんじがき)に、そんな形跡も認められなかった。
 笹村は部屋に音響のないのがたよりなかった。そしてこの十四、五日ばかり煩いの多かった頭を落ち着けようとして、机の前に坐って見たが、ここへ来て見ると、家で忘れられていたことが、いろいろに思い出されて来た。M先生から折々せつかれる仕事のこともそうであったが、自分がしばらく何も書かずにいることも不安であった。国にいる年老(としよ)った母親から来る手紙に、下宿へ出る前後から、まだ一度も返辞を書かなかったことなども、時々笹村の心を曇らした。笹村は先刻(さっき)抽斗を開けた時も、月の初めに家で受け取って、そのまま袂へ入れて持って来ると、封も切らずにしまっておいた手紙が一通目についた。笹村は長いあいだ、貧しく暮している母親に、送るべきものも送れずにいた。
 そこらが薄暗くなっているのに気がつくと、笹村はマッチを摺(す)ってランプを点(つ)けて見たが、余熱(ほとぼり)のまだ冷(さ)めない部屋は、息苦しいほど暑かった。急にまた先生の方のことが気になって、下宿を出ると、足が自然にそっちへ向いた。笹村はこれまでにもちょっとした反抗心から、長く先生に背(そむ)いていると、何かしら一種の心寂しさと不安を感ずることがたびたびあった。
 先生はちょうど按摩(あんま)を取って寝ていた。七月に入ってから、先生の体は一層衰弱して来た。腰を懈(だる)がって、寄って行く人に時々揉(も)ませなどしていた。唯一の頼みにしていた白屈菜(くさのおう)を、ある薬剤の大家に製薬させて服(の)んでいたが、大してそれの効験(ききめ)のないことも判って来た。
 笹村は玄関から茶の室(ま)へ顔を出して、夫人(おくさん)に先生の容態を尋ねなどした。
「先刻(さっき)も着物を着替えるとき、ああすっかり痩せてしまった、こんなにしても快(よ)くならないようじゃとても望みがないんだろうって、じれじれしているんですよ、しかし笹村も癒(なお)ったくらいだから、涼気(すずけ)でも立ったら、ちっとはいい方へ向くかしらんなんてそう言っていますの。」
 先生のじれている様子を想像しながら、笹村は玄関を出た。
 そこから遠くもないI氏を訪ねると、ちょうど二階に来客があった。笹村はいつも入りつけている階下(した)の部屋へ入ると、そこには綺麗な簾(すだれ)のかかった縁の檐(のき)に、岐阜提灯(ぎふぢょうちん)などが点(とも)されて、青い竹の垣根際には萩(はぎ)の軟かい枝が、友染(ゆうぜん)模様のように撓(たわ)んでいた。しばらく来ぬまに、庭の花園もすっかり手入れをされてあった。机のうえに堆(うずたか)く積んである校正刷りも、I氏の作物が近ごろ世間で一層気受けのよいことを思わせた。

     三十

 客が帰ってしまうと、瀟洒(しょうしゃ)な浴衣に薄鼠の兵児帯(へこおび)をぐるぐる捲(ま)きにして主が降りて来たが、何となく顔が冴(さ)え冴(ざ)えしていた。昔の作者を思わせるようなこの人の扮装(なり)の好みや部屋の装飾(つくり)は、周囲の空気とかけ離れたその心持に相応したものであった。笹村はここへ来るたびに、お門違いの世界へでも踏み込むような気がしていた。
 奥には媚(なまめ)いた女の声などが聞えていた。草双紙(くさぞうし)の絵にでもありそうな花園に灯影が青白く映って、夜風がしめやかに動いていた。
「一日これにかかりきっているんです。あっちへ植えて見たり、こっちへ移して見たりね。もう弄(いじ)りだすと際限がない。秋になるとまた虫が鳴きやす。」と、I氏は刻み莨を撮(つま)みながら、健かな呼吸(いき)の音をさせて吸っていた。緊張したその調子にも創作の気分が張りきっているようで、話していると笹村は自分の空虚を感じずにはいられなかった。
 そこを出て、O氏と一緒に歩いている笹村の姿が、人足のようやく減って来た、縁日の神楽坂(かぐらざか)に見えたのは、大分たってからであった。O氏は去年迎えた細君と、少し奥まったところに家を持っていた。I氏の家を出た笹村は足がまた自然(ひとりで)にそっちへ向いて行った。O氏は二階の手摺(てす)り際へ籐椅子(とういす)を持ち出して、午後からの創作に疲れた頭を安めていたが、本をぎっしり詰め込んだ大きな書棚や、古い装飾品のこてこて飾られた部屋が入りつけている笹村の目には、寂しい自分の書斎よりも一層懐かしかった。机のうえに心(しん)を細くしたランプがおかれて消しや書入れの多い原稿がその前にあった。
 二人はO氏の庭に植えるような草花を見て歩いたが、笹村は始終いらいらしたような心持でいながら、書生をつれたO氏にやはりついて歩いた。坂の下で、これも草花を猟(あさ)りに出て来たI氏に行き逢った。植木の並んだ坂の下は人影がまばらであった。そこでO氏は台湾葭(たいわんよし)のようなものを見つけるとそれを二株ばかり買って、書生に持たせて帰した。I氏は花物の鉢を提げて帰って行った。
 O氏は残った小銭で、ビーヤホールへ咽喉(のど)の渇きを癒(いや)しに入ったが、笹村も一緒にそこへ入って行った。二人は奥まった部屋で、ハムなどを突ッつきながら、しばらく話してから外へ出た。
 往来の雑沓(ざっとう)は大分鎮(しず)まっていた。O氏に別れた笹村は暗い横町からぬけて、人気のない宿へ帰って来た。
「僕の宿へ来てみないかね。」
 別れる時笹村はO氏を誘って見た。
「いや休(よ)そう。君の下宿もつまらんでね。」
 下宿では衆(みんな)が寝静まっていた。長い廊下を伝うて、自分の部屋へ入ると、戸を閉めきった室内には、まだ晩方の余熱(ほとぼり)が籠っていた。笹村は高い方の小窓をすかして、しばらく風を入れていたが、するうち疲れた体を蒲団のうえに横たえた。
 二、三日笹村は、朝の涼しいうちから仕事に取りかかった。
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