足迹
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著者名:徳田秋声 

 浅山は、このごろしばらく帰朝している姉婿の家へ行っていて、留守であったが、台所にいた伯母は、手を拭きながらすぐに傍へ寄って来た。
「お前もそうしていいところへ片着いて、どんなに幸福(しあわせ)だか知れやしないわね。」と、お饒舌(しゃべり)の伯母は独りでお庄の身の上をうらやましがった。浅山の月給が細いのに、娘が始終寝たり起きたりしているので、長いあいだ胃が持病の自分が、六十幾歳(いくつ)になってこうして立働きもしなければならぬという愚痴が、じきに始まった。
「私が寝てばかりいるもんだから、浅山にも気の毒でね。」と、従姉(あね)も萎(しお)れて言った。
 浅山が、今の役所を罷(や)めて、今度の帰朝を幸いに姉婿の方へ使ってもらう運動をしているのだが、それがうまく行きそうにもない様子が、母子(おやこ)の口から洩れた。
 お庄は伯母と従姉(あね)が、着るものを着ないでも、膳の上にうまいものの絶えたことのないのを知っていた。伯母が浅山と同じに、刺身などに箸をつけながら、ちびちび晩酌をやっていることもめずらしくなかった。お庄はこの人たちの貧乏するのに不思議はないと思った。
「……少し媒介人(なこうど)に瞞(だま)されたようですよ。」と、お庄は帯の間から莨入れを取り出して、含嗽莨(うがいたばこ)をふかしながら言い出した。
「始終家が揉(も)み合っているものですし、あの人だってちっとも柔順(おとな)しかありませんよ。」
「それでもいい男だという話じゃないかえ。――酒癖でも悪いと言うのかい。」と、伯母は切り髪頭の、長い凋(しな)びた顔を顰(しか)めながら言った。
 お庄は思っていることを、話すことも出来なかった。
 芳太郎を嫌っているお庄の心持は、従姉(あね)によく解った。
「老人(としより)の思うようじゃないんですよ。」と、従姉(あね)は、お庄の顔をじろじろ眺めながら、薄ら笑いをしていた。
「でもまア辛抱していさえすれば、あの家も始終はお前たち夫婦のものだでね。」
「そうは言っても、欲ばかしにかかってもいられませんよ伯母さん。」
 鮨(すし)を少しばかりおごって、茶呑み話にごまかしていながら、お庄はしみじみした話もしずに、やがてそこを出た。
「浅山から、中村さんによく話してもらって上げるからね、自棄(やけ)を起さないで、まア当分辛抱した方がいいでしょう。」
 帰りがけに、従姉(あね)はお庄の様子を気遣いながらそう言った。お庄がお照の稼(かせ)ぎに行っている茨城の方へでも行けば、自分の体一つぐらいは、自分の腕一つで、どうにでもして行けると言ったことが、従姉(あね)にも気にかかった。
「今夜は家へお帰りよ。心配さしても悪いでね。」と、伯母も門口まで送って出ながら行った。
 外はもう更けていた。そこらの芸妓屋や、劇場の居周(いまわ)りも静かであった。お庄は暗い町をすごすごと歩いていたが、どこへ行くという的(あて)もなかった。
 伝馬町の方へ出ようとする途中で、二、三度車夫に声をかけられたが、乗る決心もつかぬうちに、皆なやり過してしまった。
 停車場へ来たのは、もうよほど晩(おそ)かった。構内には、疲れたような人の姿がちらほら見えていた。お庄は薄暗い隅の方のベンチに腰を卸(おろ)しながら、上り下りどっちの切符を買おうかと思案していた。

     七十五

 その晩お庄は本郷の方に泊った。
 ちょうど正雄が来合わせていて、姉弟(ふたり)は久しぶりで顔を合わした。正雄はこれまでにも二度ばかり親方を取り替えた。体の弱いので、あまり仕事の劇(はげ)しい家では、辛抱がしきれなかった。お庄はそのたびに弟をつれて、前の主人へ話をつけたり、新しい洋服店へ交渉したりした。今の家は女主(おんなあるじ)であった。その主人はお庄のところへも遊びに来て、一緒に花など引いたこともあった。
 正雄は脚気で蒼い顔をしていた。お庄の変った様子を見て、にやにや笑っていたが、お庄も弟の様子がめっきり落ち着いて来たと思った。
「医師(いしゃ)が転地しろと言うそうで。」と、母親は一番体が弱くて可愛い正雄のことで先刻(さっき)から気を揉んでいた。
「しばらく田舎へでもやらずかと思うけれど……そうすれば叔父さんも一緒に行くと言うでね。――叔父さんも梅雨(つゆ)が体に障(さわ)ったようで、あれからずッと工合が悪いで、どうでも田舎へ帰ると言って、今その支度中さね。」母親は火鉢に凭(よ)りかかっていながら、屈托そうな顔をして、火箸で火を弄(いじ)っていた。
 家の荒(さび)れている様子が、ひしひしお庄の胸に感ぜられた。お庄が行くとき傭(やと)い入れた女中の姿も見えず、障子の破けた台所の方もひっそりして、二階にも人気がなかった。掃除ずきな自分がいなくなってから、そこらのだらしなく汚くなった状(さま)も、心持悪いようであった。
 この家を早晩畳まなければならぬことは、行く時分からお庄にも解っていたが、また帰って来てここを盛り返したいような気も、時々しなくもなかった。
 母親は、ここの雑作が売れ次第、借金を少し片着けて、それから田舎へ行きたいと言っている叔父のことや、お庄が行ってから、ここへ寄り着く人もめっきり少くなったことなどを言い出した。叔父が会社にいた時分の連中も、近ごろはとんと顔出しをしなくなったし、ちょいちょい金を貸してあった人たちも、かんぎらともしなかった。
 そんな話が長く続いて、母子(おやこ)の目はいつまでも冴(さ)えていた。
「姉さんの家はどんなとこだえ。」と、弟はもう捲莨(まきたばこ)などを喫(ふか)して、お庄に訊いた。
「今までのように、不断にお鳥目(あし)を使ったり何かしちゃいけないからって、今阿母さんともその話をしていたのさ。」
「それアそうさ。私だってそんな白痴(ばか)じゃないよ。」と、お庄は磯野との関係以来、自分がさもだらしのない女のように、衆(みんな)に思われているのが切なかった。誰よりも一番苦労をして来たことも考え出された。
「見かけによらない、私はこれで苦労性ですよ。」と、お庄は長い指に莨を揉んで、煙管に詰めながら言った。話そうと思って来たことを、二人の前に打ち明けることも出来なかった。
「何だか知らないけれど、皆な運が悪い。」と、母親は、この家が畳まれてからの、自分の体の行き場のないことを零(こぼ)した。
「湯島で来ておれと言うだけれど、たびたびのことだし、そうも行かないでね。」
 衆(みんな)のまごついているのを、田舎に傍観している父親のことが、また噂された。廃(すた)れ株(かぶ)の買占めで失敗(しくじ)ってから、家のばたばたになった本家の後始末に気骨を折っている父親が、このごろは皆なの思うほど気楽でもないことは、こっちへも解って来た。本家が銀行から差押えを喰って、ぴたぴた庫(くら)を封ぜられ、若い主(あるじ)が取り詰めたようになって気の狂い出したという消息の伝わったのは、お庄が行ってから間もないことであった。
 頭脳(あたま)に異状のある本家が、わざわざ町から診察に来た医師(いしゃ)の頭を、撲(なぐ)り飛ばしたということを言い出して、正雄もお庄も、腹を抱えて笑った。
 宵から奥で寝ている叔父が、目をさましたと見えて、力ない咳(せき)の声が洩れて来た。

     七十六

 家へ帰って行ったのは、その翌々日の午後であった。それまでお庄は伯母の家へ行ったり、親しい近所の家を訪ねたりして遊んでいた。伯母の家では、相変らず皆と花など引いたが、その間も心は始終今の家に辛抱していいか悪いかということについて思い惑うていた。
「前途(さき)に見込みがないから、私もうあすこを逃げてしまおうかとも思っているんです。」と、お庄は思い断(き)って伯母や糺にも、自分の心持を打ち明けてみたが、二人ともあまり真面目に聞いてもくれなかった。
「そんなことを言って、今家へなんか帰ってどうするつもりだい。」と、伯母は頭ごなしに言って、先の家の深い事情などは、ろくろく考えもしないらしかった。
「むやみなことをして、中へ入った浅山の顔を潰(つぶ)すようでも悪いじゃないか。」と、糺も言った。
 始終聞きたい聞きたいと思い続けていた磯野やお増のことを、お庄は時々言い出そうとしたが、それも詳しくは二人の口から聞き出すことが出来なかった。
「何だかまた別れたとかいう話だぜ。」と言って糺は笑っていた。
 芳村が前からよく行きつけていた碁会所の娘と約束が出来て、そこへ荷物を持ち込んで引っ越すようになってから、お増がまた気を焦(あせ)って、このごろでは磯野の手を離れて、芳村との関係が旧(もと)へ復(かえ)ったとか、芳村がお増をどこかに隠しておくとかいうことだけは、糺の話でも解った。お庄は磯野と自分との縁が、またどこかで繋がれていそうな気もして、もどかしいようであったが、こっちから訪ねて行く心にもなれなかった。
 お庄は、叔父がいよいよ田舎へ帰るようになったら、ちょっと報(しら)してほしいとそのことを母親に頼んで帰って行ったが、途中で小石川の伝通院前の赤門の家で占いの名人のあるということを想い出して、ふとそこへ行って観(み)てもらう気になった。占いやお神籤(みくじ)はこれまでにも、たびたび引いて見たことがある。磯野との縁が切れそうになった時も、わざわざ水天宮で御籤(みくじ)を引いた。その時の籤はそんなに悪くもなかったが、三十過ぎるまでは、心に苦労が絶えないというようなことは、一、二度売卜者(うらない)にも聞かされた。着ることや食うことには大して不足もないが、処(お)るところがまだ決まらないというようなことも言われた。
 赤門ではその日がちょうど休日(やすみ)であった。お庄はさらに伝通院横にある、大黒の小さいお寺へ行って、そこに出張っている法師(ぼうず)に見てもらうことにした。
 派手な衣を着けて、顔のてらてらしたその法師(ぼうず)は、じろじろお庄の顔を見い見い水晶(すいしょう)の数珠玉(じゅずだま)などを数えていたが、示されたことはあまり望ましいことでもなかった。法師は古びた易書を繰って、卦(け)などを読んで聞かせた。
「あなたの心は、今二つにも三つにも迷っている。」と、言って、お庄が亭主運のまだ決まっていないことや、今いる場所と動こうとしている方角のよくないことなどを説いて聞かせた。どちらにしても、当分足掻(あが)きがつかないということだけは確かめられた。
 お庄は銀貨を一顆(ひとつぶ)紙に捻(ひね)って、傍に出してあった三方(さんぽう)の上に置いて、そこを出て来た。出る時、俥で乗り着けて来た一人の貴婦人に行き逢った。その婦人は繻珍(しゅちん)の吾妻袋(あずまぶくろ)を提げて、ぱッとした色気の羽二重の被布(ひふ)などを着け、手にも宝石のきらきらする指環を幾個(いくつ)も嵌(は)めていた。夫人は法師(ぼうず)に目礼をすると、すぐにどたばたとお庄らの控えている傍を通って、本堂の奥の方へ入って行ったが、それを見受くる法師(ぼうず)のしおしおした目元には、悪狡(わるごす)いような笑いが浮んでいた。
 お庄は何となしもの足りぬような暗い心持で、夏の日ざしの強い伝通院前の広い通りを、片蔭づたいに歩いていた。

     七十七

「お前は帳場に見張りをしていておくれ、芳が来てまたお鳥目(あし)を持ち出すといけないから。」と、お袋にそう言われて、お庄は店の方へ来て坐っていた。
 爺(じい)さんは二、三日東京へ出ていて、留守であった。お庄が帰って来る前に、母子三人のあいだに大揉(おおも)めがあって、お袋も爺さんに頭脳(あたま)をしたたか撲(なぐ)られた。お庄には深い事情の解りようもなかったが、牛込の自分の弟のところに母子厄介(おやこやっかい)になっている親爺(おやじ)の添合(つれあ)いや子供のことから、時々起る紛紜(ごたくさ)が、その折も二人の間に起っていた。お庄が四ツ谷へ行ッったきり帰らなかったことも一つの問題であった。芳太郎がそのことで暴れ出して、二人に突っかかって行ったのが、一層騒ぎを大きくした。
 お庄が帰って来た時分には、家がひっそりしていた。お袋は頭が痛むと言って結び髪のまま氷袋をつけて奥で寝ていたし、芳太郎もそこらで自暴酒(やけざけ)を飲んで行(ある)いて家へ寄りつきもしなかった。
 奥の客座敷で、お庄は年増の女中からその話を聞いて、体がぞくぞくするほど厭であった。お庄を速く呼び還(かえ)せと言って、芳太郎がお袋と長いあいだ捫着(もんちゃく)したあげくに、争いが爺さんの方へも移って行った。お袋が死んでしまうと言って、素足のまま帯しろ裸で裏へ飛び出して行ったことや、狂気(きちがい)のように爺さんに武者(むしゃ)ぶりついて泣いたことなどを、女中は手真似をして話した。
「お神さんが独りでいさえすれば、何のことはないんでしょうがね。」と、世帯崩しのこの女中は、婆さんの男意地の汚いのを憎んだ。
「自分じゃ稚(ちいさ)い時分から育てた芳ちゃんが、まんざら可愛くないこともないんでしょうけれどね、やっぱりあの爺さんと別れられないんでしょうよ。お爺さんだって、今となっちゃ空手(ただ)じゃ出て行きゃしませんからね。」
 お庄は、お袋からは何のことも聞かされなかった。
 今日もお袋は、朝のうち料理場や帳場の方を見廻っていたが、まだ顔色が悪く、髪も取り乱したままであった。そして掃除がすむと神棚へ切り火をあげて、お庄と一緒に餉台(ちゃぶだい)に向いながら、これまでに自分の苦労して来た話などをして聴かした。
「何も辛抱ですよ。辛抱気のない人間はどこへ行っても駄目だよ。」と、お袋は、東京へ行って二日も帰らなかったお庄の心が、まだ十分ここに落ち着いていないのをもどかしく思った。
 昼からお袋は、また頭が痛むと言って奥へ引っ込んで行った。
 三時ごろ、お庄は帳場の蔭で、新聞の三面記事に読み耽(ふけ)りながら、そうした世間や自分の身のうえなどをいろいろに考えていた。広い通りには折々荷車が通って、燥(はしゃ)ぎきった砂がぼこぼこと立った。箪笥や鏡、嫁入り道具一式を売る向いの古い反物屋の前に据えた天水桶(てんすいおけ)に、熱そうな日が赫々(かっか)と照して、埃深(ほこりぶか)い陳列所の硝子のなかに、色の褪(さ)めたような帯地や友染(ゆうぜん)が、いつ見ても同じように飾られてあった。来た当座は寂しいその店などは、目にも留らなかったが、見馴れるにつれて、思いのほか奥行きのあることも知れて来た。幽暗(ほのぐら)い帳場格子のなかで、算盤(そろばん)をはじいている四十ばかりの内儀(かみ)さんも、そんなに田舎くさくはなかった。
 店頭(みせさき)まで来てちょっと立ち停って、そのまま引き返して行った洋服姿の男が、ふと目についた。新しい麦稈(むぎわら)帽子を着て、金縁眼鏡をかけていた丸顔の横顔や様子が、どうやら磯野らしく思われた。お庄はここを覗(のぞ)かれたような気がして、胸がどきりとした。
 やがて門の方から奥庭へ入って行く男の姿が、目に入った。男は庭の真中に立って、うそうそ家のなかを見廻していた。お庄は帳場格子の蔭に深くうつむいてしまった。男は確かに磯野であった。

     七十八

「お客さまが若い方のお神さんに、ちょっといらして下さいってそうおっしゃるんですよ。」と、一人の女中が莨盆などを運んで行ってから、やがてお庄を呼びに来た。
 お庄はその時帳場を離れて、料理場から物置の方へ出ていた。
「私に。」と、お庄はじめじめした物置の蔭に積んである薪(まき)に体を凭(もた)せていながら、胸を騒がせた。
「あの人が私を知っているとでも言うの。」
「何ですか、ただお目にかかりさえすれば解るからって……。」
 お庄はそこから庭の方へそっと出て行って見た。あれほど不人情な仕向けをしておきながら、のこのこ嫁入り先へやって来た男の愚かしい心持が腹立たしいようであったが、床柱のところに胡坐(あぐら)を組んで、団扇(うちわ)遣いをしているその姿が目に入ると、何のことも考えていられなくなった。
「しばらくだったね。」と、磯野に挨拶されると、お庄は胸が一杯になって、涙が湧(わ)き立つようににじみ出て来た。
 磯野の目にも涙が溜っていた。
「どうして来たんです。」と、お庄はめずらしくチョッキに金鎖などを光らせている男の様子を見ながら、大分経ってから、やっと口を利くことが出来た。ここへ来るためにわざわざこんな身装(みなり)を拵えたのであろうと、お庄はしっくり体に合っていない洋服などがおかしかった。
「僕は実に悪いことをした。お庄ちゃんにも済まなかった。」と磯野は気弱そうな調子で言い出した。
 お庄がここへ来たことが、磯野の耳に伝わった時分には、お増はもう天神下の家にもいられなかった。磯野も、時の機(はずみ)でしたことが振り顧って見られたし、お増にも、始終変ってゆく男の心の頼みがたいことが解って来た。学資もろくろく送ってもらえなくなっていた磯野を世に出すまでには、また新しい苦労も重ねなければならぬということも考えられた。
 碁会所の若い娘と一緒に歩いている芳村の姿を、天神の境内で見たとき、お増は芳村に鼻を明かされたような気がした。
「芳村さん、あなたは随分ね。」と、お増はその時追い縋(すが)るようにして芳村の後から声かけた。
 芳村は黙って行き過ぎようとしたが、後悔の影のさしている女の心をいじらしく思った。
「ちっと遊びにおいで。」と、芳村は娘と離れて、磯野の消息を訊(たず)ねなどした。
 芳村がお増を自分の方へ引きつけようとしていることが、磯野の前に何事をも包み隠さぬお増の口吻(くちぶり)でも解った。二人は磯野の叔父の家の二階でよく言合いをした。毎日頭脳(あたま)のふらふらしている磯野は、気ままなお増に責められて芳村へ詫(わ)び手紙をさえ書いて送らせられ、お増と別れるについて、手切れの金の算段にも出歩かなければならなかった。
「僕はあの時の罰が来て、実にひどい目に逢わされた。」と言って、磯野は涙を出しながら愚痴を零(こぼ)した。
 お庄は終いに笑い出した。
「お庄ちゃんも、ここに辛抱おしなさい。ここの家には、相当に金もあるというじゃないか。」と、磯野は手□(ハンケチ)で眼鏡を拭きながら、お庄の顔を眺めた。
「どうですか。何だかあんまり面白いこともないんですけれど。」と、お庄は自分の立場を打ち明ける気にもなれなかった。
「しかし変だね。何にも取らないで話ばかりしていちゃ。」と、磯野は気にし出した。
 お庄はそうして長く坐り込まれても困ると思った。母屋(もや)の座敷で昼寝をしている芳太郎のことも気にかかったが、とにかく酒だけは出すことにした。しばらくしてから、卵焼きに海苔(のり)などが酒と一緒に上衣(うわぎ)を脱いで寛(くつろ)いでいる磯野の前に持ち運ばれた。

     七十九

 磯野がちびちび酒を飲んでいる間も、お庄はちょいちょい母屋(もや)の方を気にして覗きに来た。磯野は切り揚げそうにしては、また想い出したように銚子(ちょうし)をいいつけいいつけしたが、お庄が傍ではらはらするほど、気が熬(い)れて話がこじくれて来た。
「僕はここの家の人に紹介してもらおう、そしてお庄ちゃんのことも頼んで行きたいと思うが悪いかね。」磯野は衣兜(かくし)のなかから、帳場へおく祝儀などを取り出して、お庄の前におきながら言った。
「そんなことをしなくともいいんですよ。かえっておかしゅうござんすから。」と、お庄は押し戻した。
「芳太郎という人にも、ここでちょッと逢って行こうじゃないか。僕は第三者として、お庄ちゃん夫婦のためにいささか健康を祝したいと思う。」と酒の廻った磯野は芝居じみたような調子で、真面目に言い出した。
「それもおかしいでしょう。家は今少しごたごたしているんですよ。」と、お庄は遊(あそ)び人(にん)肌(はだ)のようなところのある芳太郎を、磯野に見らるるのも厭であった。
 日が蔭(かげ)りかかる時分に、磯野はやっと帰って行った。
 お庄が帳場へ勘定をしに行った時、いつの間にか起き出して、庭の植木に水をやっていた芳太郎が、橋廊下の下の方にたたずんで、莨を喫(ふか)しながらうッとりした顔をしていた。廊下に雑巾(ぞうきん)がけをしていた年増の方の女中が、手を休めて手擦りに凭(もた)れながら、芳太郎と何やら話しているところであった。
「お客さまはもうお帰りですか。」と、女中は落ちかかった着物の裾を帯の間へ押し込んで、また働きはじめた。西日を受けた廊下の板敷きは、砂埃でざらざらしていた。
「ちょいと勘定なんですがね。」と、お庄は立ち停って、芳太郎に声かけた。
 帳場へ上って来た芳太郎の目には不安の色があった。
「お前にあんな親戚があるなんて、何だかおかしいじゃないか。」と、芳太郎は書付けを書きはじめながら詰(なじ)った。
「私にだって親類がありますよ。」と、お庄は顔を赧(あか)めながら言った。
「それじゃお前の何に当る人だ。」
 お庄はへどもどして、もう口が利けなかった。目にも涙が出た。
「お前の親類が、座敷へあがって酒を飲むなんて、変じゃないか。」
「え、だから皆さんにもお目にかかるって、そう言ったんですけれど、阿母さんは加減がわるいし、あなただって、今まで寝(やす)んでいらしったじゃありませんか。またそれほど近しい親類でもないんですもの。あの人が思いがけなくここを通って、ちょっと寄ったまでなんです。」
「うまく言ってら。四ツ谷へ行って聞いて見るからいいや。」
「え、いいんですとも。私そんな嘘なぞ吐(つ)きゃしませんよ。」
 しばらく言い合ったが、お庄は秘(かく)し逐(おお)せないような気がした。そして袂(たもと)で顔ににじみ出る汗を拭きながら、黙って裏口の方へ出て行った。
 女中に呼びに来られて出て行った時分には、磯野は書付けを前に置いて、座敷にぼんやりしていた。お庄は目に涙を一杯溜めていた。
「どうかしたの。」と、磯野は薄笑いをしていた。しばらくしてから、勘定が足りなくて、磯野のもじもじしていることが解った。
「勘定なんぞどうでもいいんです。」と、お庄は邪慳(じゃけん)そうに言ったが、磯野はまだそこにもじもじしていた。

     八十

 磯野を送り出してから、お庄はしばらく座敷にぼんやりしていた。
 磯野はまだ話したいこともあるから、金助町の方へ来たら、一度訪ねてくれと、靴の紐を結びながら言っていたが、お庄は磯野のここへ来たことを、伯母などの耳へ入れたくないと思った。十八の年に初めて男に逢ったのが磯野で、それから三年ばかり関係していた。田舎から出て来てからは、磯野も比較的落ち着いて勉強していたし、お増の事件さえなければ二人の交情(なか)は何のこともなく続けられたかも知れなかった。磯野も始終気の移って行く男だから、あれで別れてかえってよかったようにも思えたが、やきもきしてこっちから騒ぎを大きくした傾きのあったのがくやしかった。
 お庄はそこに坐って少しばかり銚子に残っていた酒を注いで、独りで飲んだ。器などの散った部屋には今まで差していた西日の影が消えて、野良(のら)くさい夕風が吹いていた。お袋の耳へ入れば、どうせ一騒ぎ持ち上らずには済まないだろうし、もう長くはここにもいられないような気がしていた。書付けばかり持って帳場へ行くのも厭であった。
 お庄は勘定前を合わそうと思って、帯の間の財布から自分の小遣いをさらけ出して、磯野の置いて行った祝儀と一緒にしているところへ、芳太郎が入って来た。お庄は急いで財布を帯の間へ挟んだ。
「情人(いろ)でも何でもないものなら、お前が自腹を切る謂(い)われはないじゃないか。家だってお前の親類の人から、勘定を取ろうとは言やしまいし。」芳太郎はお庄の側へ来て、胡坐(あぐら)を掻いていながら言った。もう飲口を捻(ひね)って二、三杯呷(あお)って来たらしかった。
「それアそうですけれどもね、そうしないと私も何だか厭ですから。」とお庄は気味悪そうにそこらを片着けはじめた。
「まアそんなことはどうでもいいや、お前にごまかされるような己(おれ)じゃないんだからな。」
「それはそうですとも。私もこんなつもりでこちらへ来たんじゃないんですよ、話と実際とは、随分違っていたんですからね。」
 がちゃがちゃと軍刀の音をさして、いつも来て飲む大隊の方の将校が、二人門の方から入って来て、縁側へ腰かけて靴を脱いだころには、芳太郎もお庄も大分頭が熱していた。芳太郎はそこにあった盃洗(はいせん)を取って投げつけるし、お庄は胸から一杯に水を浴びながら、橋廊下の方へ逃げて行って、手□(ハンケチ)で頚首(えりくび)などを拭いていた。芳太郎はまた空の銚子を持って、部屋を飛び出した。
 ここの家の様子をよく知っている、頭の禿(は)げた年取った方の将校は、ふらふらと追っかけて行く芳太郎の姿を見ると、次の部屋から出て来て見た。
「おいおいどうしたんだい。」と、その将校が声をかけた時分には、お庄はもう素足で庭へ飛び出していた。
 暗い物置のなかへ逃げ込んだお庄が、料理場から引き返して来た芳太郎に隅の方へ押えつけられて、目のうえで刺身庖丁(さしみぼうちょう)を振り廻されているところを、将校も母親も駈けつけて行って、やっと取り押えた。刃物を□(も)ぎ取られた芳太郎が、披(はだ)けた胸を苦しげな荒い息に波立たせながら上へ引っ張りあげられると、お庄も壊れた頭髪(かみ)を手で押えながら真蒼(まっさお)になって物置を出て来た。そこらはもう暗くなっていた。
 その晩、牛込から親父が呼び寄せられた。
「脅(おど)かすんだよ。私なんざ慣れッっこで平気なものさ。」と、お袋はしばらくぶりで帰って来た爺さんと、酒を飲みながらお庄に言った。
「こんなことは、四ツ谷なぞへ行って、あまり弁(しゃべ)っちゃいけないよ。」お袋はこう言ってお庄に口留めをした。
 芳太郎も酔いがさめると、早くから奥へ引っ込んで寝てしまった。

     八十一

 爺さんが来て、また帳場に頑張ることになってから、芳太郎はしばらく四ツ谷の媒介人(なこうど)の家に預けられた。
 その話が決まるまでには、お庄も媒介人(なこうど)から事をわけていろいろに言って聴かされた。火災保険の重立(おもだ)ちの役員であった媒介人(なこうど)の中村の言うことには、お袋などの所思(おもわく)とはまた違ったところもあった。中村は爺さんやお袋やお庄の顔を揃(そろ)えている折にも、自分の考えを述べて、爺さんと反(そ)りの合わない芳太郎を、お庄と一緒に一時自分の家へ引き取ることに話を纏(まと)めた。
 忙しい時は、ちょいちょい手伝いに来るという約束で、お庄が中村の家へ移って行ったのは、病気で困りきっていた金助町の叔父が、ちょうど上野から田舎へ立った日の夕方であった。お庄は正雄と一緒に停車場まで見送ってやった。
 叔父の家は、その三、四日前に畳まれてあった。雑作も棄売りにして、それで滞っていた払いをすましたり、自分もいくらか懐へ入れて、町に涼気(すずけ)の立った時分に、湯島の伯母の家を俥で出て行った。
 叔父は田舎へ行っても、快く自分を迎えて、養生をさしてくれそうな隠れ家の的(あて)とてもなかった。東京で世話をしてやった友人が町でかなりな歯科医の玄関を張っている、そこへ行くか、亡(な)くなった妻の実家の持ち家が少しばかりある、その中の一つを借りて起臥(きが)するかよりほかなかった。どっちにしても、こんな病人に来て寝込まれるのを迷惑がるのは、解りきっていた。
 田舎でみっちり養生をして、癒(なお)ったらまた出て来て、運を盛り返そうという心組みのあることは、痩(や)せ衰えた叔父の顔にも現われていた。
「私はまだ結核にはなっておらんつもりだで――。」と、叔父は立つ前にもそう言って、一人では道中が気遣われると言って危ぶむ母親や伯母に笑って言った。
「そんなこといって、汽車のなかで血でも吐いたらどうすらい。」と、母親は弟をたしなめた。ことによったら糺か繁三に行ってもらってもいいし、正雄がついて行ってもいいと思ったが、強(し)いて勧めもしなかった。
「工合が悪かったら、すぐ宿屋へ入ってどっちへでも電報を打たっし。」と、伯母も言い添えた。
 叔父の手荷物と言っては、書生で出て来た時分ほどの物すらないくらいであった。時計や指環などもとっくに亡くなって、汚れたパナマだけが、京橋で活動していた時分の面影を遺(のこ)していた。そのパナマも、遊びに来る糺の友人に買ってもらおうとしたくらいであったが、買値(かいね)を言えば嗤(わら)われるほどであったので、叔父は気持を悪くして、それだけは冠(かぶ)って行くことにした。
 正雄もお庄も、型の古いその帽子を冠って、三等客車に乗り込んで行く、叔父の、窶(やつ)れて耄(ぼ)けたような姿を見て、後からくすくす笑っていた。
 叔父はお庄のことなどは、口へ出して聞きもしなかった。出来る時分にあまり世話をしておかなかったことが、心に省みられたからでもあろうし、このごろ様子や心持のすっかり渝(かわ)った姪(めい)の身のうえを知るのも厭(いと)わしいように見えた。お庄も自分のことを言い出すどころではなかった。
「叔父さんには、もう逢えやしませんよ。」と、お庄はプラットホームを歩いていながら、帰りに弟に話しかけた。弟はまだ売り損ねたパナマがおかしいと言って思い出し笑いをしていた。
 送った人たちと一緒に、お庄は湯島の家へ引き返して来たが、今日は中村の家で初めて泊る日だと思うと、うんざりした。一(ひ)ト纏(まと)めにして出て来た、鏡台や着替えを入れた行李などが、もう運び込まれているころだとも思った。
「ああなるのも自業自得でしかたがない。」と、母親らは、まだ茶の室(ま)で茶を呑みながら、今立たしてやった叔父の噂をしていた。
 お庄もそれに釣り込まれながらも、時の移るのが気が気でなかった。

     八十二

「真実(ほんとう)におっかない人ですよ。」と、お庄は立ち際に、伯母と母親の前で、子の間芳太郎に刃物で追っかけられた話をしながら言い出した。お袋も一度は斬(き)りつけられて怪我(けが)をして、長いあいだ奥州の方の温泉へ行っていたということも話した。
「それじゃまるで話が違うがな。」と、母親は顔の色を変えていた。そんなところへお庄を取り持った四ツ谷の人たちの心持も疑わしいと思った。
「お前が客の前へ出るが悪いといって、そんなことをするだかい。」と、伯母も訊いた。
「まあそうなんでしょうね。婆さんはまた私がそうしないと機嫌が悪いんですの。あの人の腹では、芳太郎が可愛くないことはないんでしょうけれど、どうしたって血を分けた子じゃないんですから、いろいろお爺さんに言われると、その気になるんでしょうよ。やっぱり欲なんですね。」
「その塩梅(あんばい)じゃ、子息(むすこ)が柔順(おとな)しくしていたって、いつ身上(しんしょう)を渡すか解らないと言ったようなものせえ。」母親は望みがなさそうに言った。
「それでいて、私にはいろいろうまいことを言って聴かすんですの。」と、お庄は長く客商売をして来たお袋の自分に対する心持を話した。
「お前のような娘が一人あれば、こんな吝(しみ)ったれな料理屋なんかしていやしないなんて、そんなことを言うんですよ。」
「ああいう人は、女さえ見れアじき金にしようと、そんなことばかり思っているで。」と、伯母は冷笑(あざわら)った。
 母親と伯母のあいだには、また門閥の話が出た。田舎にいる父親が、まだ得心していなかったので、籍を送らずにおいたことが、かえって幸いであったようにも思えた。
「まア浅山ともよく相談して見るだい。片輪にでもされてから、何を言って見たって追っ着かない話だで。」伯母は心配そうに言った。
 お庄は家のなくなった母親のことも気にかかった。どうせ針仕事もあるから、お庄さえ辛抱する気なら、母親に来ていてもらってもいいと言っていたお袋の言(ことば)を憶(おも)い出したが、効性(かいしょう)のない母親が、手も口も喧(やかま)しい、あの人たちのなかにいられそうにも思えなかった。自分一人の体さえ、いつどうなるか解らないと思った。
「阿母さんこそ、田舎へ帰った方がよかったんですよ。」と、お庄はいじめるように言った。
 こんなに行き詰まっても、母親がまだ田舎へ帰るのを厭がっているのがもどかしくも思えた。
「正雄でも一人前にならにゃ、私(わし)も田舎へ提げて行く顔がないで。」と母親は切なげに言った。
「その間、私は私でどこかお針にでも行っているでいいわね。」
「お針って、お安さあはどんな仕事が出来るだい。」と伯母は手も遅く、気も利かない母親のことを嗤(わら)った。これまでにも、お庄に突き放されると、母親は、そこからそこまでへも、買物一つしに行くことが出来なかった。
 お庄の帰ったのは、八時ごろであった。婚礼後、芳太郎と一緒に、一度挨拶に行ったことがあるので、家の様子は大概解っていた。お庄はその少し手前で俥から降りて、途中で買った手土産を挈(さ)げながら入って行った。
 家はかなり人数が多かった。老人(としより)も子供もあった。お庄は一々それらの人に、叮寧(ていねい)に挨拶をしてから、自分ら夫婦のに決められた奥の部屋へ導かれた。芳太郎はちょうど湯に行っているところであった。
「どうもお世話さまでした。」と、お庄はランプを持って来てくれた細君に愛想よく礼を言って、まだ荷の片着かない部屋を見廻していた。

     八十三

 お庄もそこらを片着けてから、べとべとする昼間の汗を流して来ようと思って、鏡台の抽斗(ひきだし)にしまっておいた糠袋(ぬかぶくろ)などを取り出し、縁づいてからお袋が見立てて拵えてくれた細い矢羽根の置型(おきがた)の浴衣(ゆかた)に着かえた。
 部屋はたッた六畳敷きで、一間の押入れに置き床などがあって、古びた天井も柱もしっかりしていた。住居とはかけ放れた方の位置で、前はすぐ広い荒れた庭になっていた。崩れかかったような塀際(へいぎわ)に、大きな立(た)ち樹(き)が暗く枝葉を差し交していて、裏通りにも人気がなかった。浅山の話によると、ここはもと神田で大きな骨董商(こっとうしょう)をしていた中村の父親の別邸で、今の代になってから、いろいろな失敗が続いて、このごろではこの家すら抵当に入っているということであった。芳太郎のお袋からも、少しは借りているような様子もあった。
 この廃邸(あれやしき)の空気は、お庄にはあまり居心(いごこち)がよくなかった。部屋で声を立てても、奥から駈けつけて来てもらえそうにも思えなかったし、庭も何だか陰気くさかった。こんなところで毎日芳太郎と顔を突き合わしているよりも、家で座敷の手伝いでもしていた方が、まだしも気が紛れてよかったようにも思えた。
 深い木立ち際から舞い込んで来た虫が、薄暗いランプの笠に淋しい音を立てて周(まわ)りを飛んでいた。お庄は帯を締めると、障子を閉(た)てきって、暗い廊下の方へ出て行った。
 だだッ広い茶の室(ま)では、大きな餉台(ちゃぶだい)がまだ散らかったままであった。下町育ちらしい束髪の細君が、胸を披(はだ)けて萎(しな)びた乳房を三つばかりの女の子に啣(ふく)ませている傍に、切り髪の姑(しゅうとめ)や大きい方の子供などもいた。四十四、五の頭髪(かみ)の薄い主(あるじ)は、古い折り鞄からいろいろの書類を取り出してしきりに何やら調べていた。
 ひっそりした広い門のうちには、ほかに汚い家が二軒ばかり明りが洩れていた。
 淋しい屋敷町を通って、お庄が湯から帰って来たころには、芳太郎も途中で、一杯飲んで帰って来たところであった。芳太郎は薔薇色の胸を披けて、ランプの蔭に引っくらかえっていた。細(ほっ)そりした足の指頭(ゆびさき)まで真紅(まっか)であった。
 お庄は声もかけずに、そっと押入れから小掻捲(こがいま)きを取り出して被(か)けてやると、置き床のうえに据えた鏡台の前に坐って、銀杏返(いちょうがえ)しの鬢(びん)を直したり、白粉をつけたりして、やがてまた部屋を出て行った。
 その晩十時過ぎまで、お庄は茶の室(ま)で話し込んでいた。主(あるじ)が寝てからも、細君に引き留められて、身の上談(ばなし)などして聞かされた。舅(しゅうと)がまだ世にあった自分の良人の放蕩(ほうとう)が原因で、自分たちがとうとう賑やかな下町から、こんな山のなかへ逐(お)いあげられたという細君の話では、この夫婦の若いころの豊かな生活の有様が想像され、子供が育つ時分から、だんだん落ちて来て、こうした貧乏世帯に慣らされるまでの細君の気苦労も窺(うかが)えるように思えた。
「私も、まさかあんな家とは思いませんでしたよ。」
 お庄もつい引き込まれて、自分の家の事情など話しながら言い出した。お庄はここの人たちの心持も知っておきたいと思った。
「あのお爺さんのいるうちは、とても丸く行かないだろうって、良人(うち)でも心配しているんですよ。」と細君はこの婚礼についての主の苦心を語った。これまでにも、芳太郎がちょくちょくここへ囲(かく)まわれていたことも言い出された。
「……あの人が、一番可哀そうですの。」と細君はこうも言った。

     八十四

 芳太郎が、中村の知っているある通運会社へ出ることになってから、お庄も時々外へ出られるようになった。
 これまで芳太郎は、中村から小遣いを強求(せび)っては、浪花節(なにわぶし)や講釈の寄席(よせ)へ入ったり、小料理屋で飲食いをしたりして、ぶらぶら遊んでいた。昼は邸の裏の池に鉄網(かなあみ)を張って飼ってある家鴨(あひる)や家鶏(にわとり)を弄(いじ)ったり、貸し本を読んだりして、ごろごろしていたが、それにも倦(う)んで来ると、お庄をいびったり、揶揄(からか)ったりした。お庄がちょっとでも家を出ようとすると、芳太郎が目の色がたちまち変った。家へ訪ねて来たお庄の前の男のことも始終言い出された。
 木立ちの深いこの部屋は、昼もめったに日光が通わなかった。三時ごろからしばらくの間斜(はす)に差し込む西日の影は、かなり暑かった。お庄は芳太郎の昼寝をしている側で、自分もぐったり眠ってしまうようなことが間々(まま)あった。森に蜩(ひぐらし)の声が、聞える時分に、ふと汗ばんだ腋(わき)のあたりに、涼しい風が当って目がさめると、芳太郎もぼんやりした顔をして、起き直っていた。両手を上へ伸ばして、突伏(つっぷ)しになっていたお庄は、懈(だる)い体を崩して、べッたりと坐りながら、大きい手で顔を撫(な)でたり、腕を擦(さす)ったりしていた。通りに豆腐屋の声などがして、邸のなかはひっそりとしていた。
 体に悪戯(いたずら)をされたことに心づくと、お庄は妙に腹が立った。子供のような芳太郎はお庄のぶよぶよした白い股(もも)のあたりに、何やら入れ墨のようなものを描いて、にやにやしていた。
「知っていますよ。」
 お庄はその悪戯書きを見て見ぬふりをしていたが、終いに一緒に噴(ふ)き出してしまった。
「叱られますよ。」とお庄はまた本気(むき)になって見せた。その顔は紅(あか)かった。
 く、く、くと鳴いている鶏(とり)の世話をしに芳太郎は裏の方へ出て行った。お庄も砂埃を拭き掃除しようと思ったが、初め来たころ日課にしていたようには働けもしなかった。今日逃げようか、明日は出ようかという気が、始終頭脳(あたま)にあった。
 浅山のうちでも、長く続かないことが解って来た。いつかお庄が、夜その相談に行ったときも、夫婦は、もう断念(あきら)めてしまったような口吻(こうふん)を洩らしていた。
「私たちが黒幕にいるように思われちゃ、事が面倒ですよ。中村さんにも気の毒ですから、誰も知らない風にして、うまく逃げられたらお逃げなさい。そうすれば、私たちにも責任はないし、中村の顔も立つんですから。」と、従姉(あね)は内々でお庄を唆(そその)かした。
 お庄はそれから、時々風呂敷に包んで、着物や何かを、夜従姉(あね)の家へ持ち込むことにした。家からも、中村の家へ持ち運ぶように見せかけて、少しずつ取り出すことを怠らなかった。中には以前磯野から受け取った手紙を封じ込んだ背負(しょ)い揚(あ)げや、死んだ叔母から伝わった歌麿(うたまろ)の絵本などがあった。その絵本を、ほかの物と一つに、お庄は磯野と質に入れたこともあったが、芳太郎のところへ来てから間もなく、やっと取り出すことが出来た。お庄はその値打ちのものだということを、磯野に聴いて知っていた。
「まかり間違って、茨城にいるお照さんのところへ訪ねて行くにしても、これを売りさえすれば旅費ぐらいは出来る。」
 お庄は中村や芳太郎の手からのがれたとき、切迫(せっぱ)つまって来れば、自分はどこへ行く体か解らないと思った。そして、その方がどんなに自由だか知れないとも考えた。
 お庄は箪笥の底から持ち出して、従姉(あね)の家へその絵本の入った手匣(てばこ)を持ち込む時も、そっと中から出して、黴(かび)くさい絵を従姉に見せながら、その値踏みなどをしてもらった。

     八十五

「そう毎日ぶらぶら遊んでばかりいるのが、大体よろしくない。」世話好きな中村は、会社から退(ひ)けて来ると、芳太郎に何か叱言(こごと)を言いながら言った。
 芳太郎はまだ庭で鶏(とり)を折打(せっちょう)していた。鶏は驚きと怖れに充血したような目をして、きょときょとと木蔭をそっちこッち遁(に)げ廻った。木の下や塀の隅はもう薄暗くなっていた。芳太郎は竿でその鶏をむやみに逐(お)い廻していた。そこへ洋服姿の主(あるじ)が、縁から降りて来たのであった。
 二人で鶏を鶏舎(とや)へ始末をしてから、縁側の方へ戻って来ると、中村は愚かしい芳太郎に、いつも言って聞かせるようなことを、また繰り返した。
「まさか労働するわけにも行くまいが、何しろ若いものが遊んでいてはいけない。体が怠けるばかりだ。お神に堅くなったという証拠を見せるつもりで、一時こういうところへ出てみてはどうかね。」と、中村はその時自分の知っている通運会社のことを言い出した。
 芳太郎は荒い息をしながら、縁に腰かけて黙って莨(たばこ)を喫(ふか)していたが、するうちに手拭や石鹸(せっけん)を持ち出して湯に行った。
 お庄や細君――女連は土台の腐れた古い湯殿で毎日行水を使うことになっていた。
 麹町(こうじまち)の方の会社へ出るようになってから、芳太郎はこれまでのように朝寝をしていることも出来なかった。
 店の忙(せわ)しいとき、芳太郎は夜おそく帰るような日が二、三日続いた。
 お庄は押入れの行李のなかに残っていたものを、萌黄(もえぎ)に唐草(からくさ)模様の四布(よの)風呂敷に包んで、近所からやとって来た俥に積み、自分もそれに乗って、晩方中村の邸を出た。
 大雨がざあざあ降っていて、外は真暗であった。中村はちょうど留守であったし、広い茶の室(ま)で晩飯の餉台(ちゃぶだい)に就いている細君も老人(としより)もそんな荷を持ち出したことに気がつかなかった。荷の中には、鏡台のような稜張(かどば)った物もくるまれてあった。お庄は自分の部屋の縁側から、ばしばし雨滴(あまだ)れのおちる廂際(ひさしぎわ)に沿(つ)いて、庭の木戸から門までそれを持ち出さなければならなかった。夜具などは後でどうでもなると思ったが、少しばかりの軟かい着替えや手廻りの物を、芳太郎の目の前に遺(のこ)しておくのは不安心であった。
「阿母さんの手隙(てすき)に洗濯や縫直しをしてもらいたいものがありますから。」と、お庄はそんなにびくびくすることもないと思ったので、荷を持ち出す前にちょっと二人の前へ出て断わった。
「昼間風呂敷包みを持ち出すのもおかしゅうござんすから。」と、お庄はそうも言って、胸をそわそわさせながら二人の傍をやっと離れた。
 ここの女たちは、いつお袋や爺さんの機嫌が直って、芳太郎が家へ入るようになるか解らなかった。これまでちょいちょい人に貸したりなどしている部屋を、この夫婦のために長く塞(ふさ)げておくのも惜しかった。細君が主(あるじ)の好奇(ものずき)を喜ばない気振りが、お庄には見えすくように思えて来た。お庄ら夫婦がこの家へ住み込むようになってから、もう一ト月と十日余りになっていた。
 俥の柁棒(かじぼう)が持ち上げられた時、お庄はようやくほっとしたような目つきになった。
 従姉(いとこ)の家へ着くまで、お庄は後から追い駈けられるような気がしていたが、着いてからも気が気でなかった。
 包みはすぐ奥の押入れへ隠されたが、お庄は下駄や傘までも気にして、裏の方へ廻した。
「芳がきっと来ますよ。」と、お庄は落ち着いて坐ってもいられなかった。
「今ごろは押入れでも開けて見て、びっくりしているかも知れませんよ。」
 時計を見ると、芳太郎がいつも帰って来る時分までには、たっぷり一時間の余裕があった。

     八十六

 その晩のうちに、お庄は雨のなかを湯島まで逃げて来た。
 目立たぬ黒絣(くろがすり)の単衣(ひとえ)のうえに、小柄な浅山のインバネスなどを着込んで、半分窄(つぼ)めた男持ちの蝙蝠傘(こうもりがさ)に顔を隠し、裾を端折(はしょ)って出て行くお庄のとぼけた姿を見て、従姉(あね)は腹を抱えて笑った。
「かまうもんですかよ。彼奴(あいつ)にさえ見つからなけアいいんだ。」と、お庄は用心深く暗い四下(あたり)を見廻しながら出て行った。
 寂しい士官学校前から、広い濠端(ほりばた)へ出たころには、強い風さえ吹き添って来た。お庄は両手で傘に掴(つか)まりながら、すたすたと走るようにして歩いた。俥があったら乗ろうと思ったが、提灯(ちょうちん)の影らしいものすら見当らなかった。見附(みつけ)の方には、淡蒼(うすあお)い柳の蔭に停車場(ステイション)の明りが見えていたが、そんなところへ迂闊(うかつ)に入り込んで行くことも出来なかった。
 そこからは道が一条(ひとすじ)であった。神楽坂(かぐらざか)の下まで来ると、世界がにわかに明るくなった。人の影もちらほら見えていた。ぐっしょり雨に濡れたお庄は、灯影を避けるようにして、揚場(あげば)の方へ歩いて行った。
 湯島の家へ着いたのは、もう九時ごろであった。元町の水道の傍(わき)を通るとき、すれすれに行き違った背の低い男が一人あった。お庄は傘の下から、ふっと顔を出すと人家の薄明りに、ちらと見えた白いその男の顔が、芳太郎であることに気がついた。お庄は息が塞(つま)るような心持で、急いで堤(どて)について左の方へ道を折れた。店屋の立て込んだ狭い町まで来た時、お庄は冷や汗で体中びっしょりしていた。
 湯島の家では、衆(みんな)が入口まで出て来て、異(ちが)ったお庄の姿や、真蒼(まっさお)なその顔を眺めた。お庄は上り口でインバネスを脱ぐと、がっかりした体を這(は)うようにして流しの方へ出て行った。
「芳が今ここへ俥で駆けつけ尋ねて来たぞえ。」伯母はお庄の顔を見るなり、言い出した。
「やっぱりそうでしょう。」と、お庄は呼吸(いき)がはずんで、口が利けなかった。
 その晩は早くから戸を締めた。
 母親が、二、三日前から余所(よそ)へ手伝いに行っていることが、伯母の話で解った。その家が、近所の知人(しりびと)のまた知人(しりびと)の書生の新世帯であることも話された。
「正雄が店でも持つまで、人中へ出て苦労してみるもよかろうず。」伯母はこうも言った。
 翌日午後(あしたひるから)、四ツ谷の家から、老人(としより)が着替えを二、三枚届けてくれてから、お庄は独りで世帯を切り廻したことのない母親の身の上も気にかかったし、この先自分の体の振り方も会って相談して見たいと思った。後から暗い影の附き絡(まと)っているような東京を離れて、独りで遠くへ出るにしても、母親の体の落着きを見届けておかなければならぬとも思った。
 お庄はジミな絣に、黒繻子(くろじゅす)の帯などを締めて、母親を世話した近所の家まで訪ねて行った。
 その家は氷屋であった。主(あるじ)はお庄たちと同じ村から出た男で、兜町(かぶとちよう)の方へ出ていた。お庄の父親とも知らない顔でもなかった。
 母親のいる家は、伝通院のすぐ下の方の新開町であった。場末の広い淋しいその通りには、家がまだ少かった。出来たてのペンキ塗りの湯屋の棟が遠くに見えたり、壁にビラの張られてある床屋があったりした。
 四、五軒並んだ新建ちのうちの一つが、それであった。まだ木の香のするようなその建物について、裏へ廻ると、じきに石炭殻を敷き詰めたその家の勝手口へ出た。
 新壁の隅に据えた、粗雑(がさつ)な長火鉢の傍にぽつねんと坐り込んでいる母親の姿が、明け放したそこの勝手口からすぐ見られた。台所にはまだ世帯道具らしいものもなかった。裏は崖下(がけした)の広い空地で、厚く繁(しげ)った笹(ささ)や夏草の上を、真昼の風がざわざわと吹き渡った。
 お庄は母親の隠れ家へでも落ち着いたような気がして、狭い茶の室(ま)へ坐り込んで日の暮れまで話し込んでいた。




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