即興詩人
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著者名:アンデルセンハンス・クリスチャン 

中央には黄なる花多く簇(あつ)めて、その角立ちたる紋を成したる群を星とし、その輪の如き紋を成したる束を日とす。これよりも骨折りて造り出でけんと思はるゝは、人の名頭(ながしら)の字を花もて現したるにぞありける。こゝにては花と花と聯(つら)ね、葉と葉と合せて形を作りたり。總ての摸樣は、まことに活きたる五色の氈(かも)と見るべく、又彩石(ムザイコ)を組み合せたる牀(とこ)と見るべし。されどポムペイにありといふ床にも、かく美しき色あるはあらじ。このあした、風といふもの絶てなかりき。花の落着きたるさまは、重き寶石を据ゑたらむが如くなり。窓といふ窓よりは、大なる氈を垂れて石の壁を掩(おほ)ひたり。この氈も、花と葉とにて織りて、おほくは聖書に出でたる事蹟の圖を成したり。こゝには聖母と穉(をさな)き基督とを騎(の)せたる驢(うさぎうま)あり、ジユウゼツペその口を取りたり。顏、手、足なんどをば、薔薇の花もて作りたり。こあらせいとう(マチオラ)の花、青き「アネモオネ」の花などにて、風に翻(ひるがへ)りたる衣を織り成せり。その冠を見れば、ネミの湖にて摘みたる白き睡蓮(ひつじぐさ)(ニユムフエア)の花なりき。かしこには尊きミケルの毒龍と鬪へるあり。尊きロザリアは深碧なる地球の上に、薔薇の花を散らしたり。いづかたに向ひて見ても、花は我に聖書の事蹟を語れり。いづかたに向ひて見ても、人の面は我と同じく樂しげなり。美しき衣着裝(きよそ)ひて、出張りたる窓に立てるは、山のあなたより來し異國人(ことくにびと)なるべし。街の側には、おのがじし飾り繕ひたる人の波打つ如く行くあり。街の曲り角にて、大なる噴井あるところに、母上は腰掛け給へり。我は水よりさしのぞきたるサチロ(羊脚の神)の神の頭(かうべ)の前に立てり。
 日は烈しく照りたり。市中の鐘ことごとく鳴りはじめぬ。この時美しき花の氈を踏みて、祭の行列過ぐ。めでたき音樂、謳歌の聲は、その近づくを知らせたり。贄櫃(モンストランチア)の前には、兒(ちご)あまた提香爐(ひさげかうろ)を振り動かして歩めり。これに續きたるは、こゝらあたりの美しき少女を撰(え)り出でて、花の環を取らせたるなり。もろ肌ぬぎて、翼を負ひたる、あはれなる小兒等は、高卓(たかづくゑ)の前に立ちて、神の使の歌をうたひて、行列の來るを待てり。若人等は尖りたる帽の上に、聖母の像を印したる紐のひら/\としたるを付けたり。鎖に金銀の環を繋ぎて、頸に懸けたり。斜に肩に掛けたる、彩(いろど)りたる紐は、黒天鵝絨(びろおど)の上衣に映じて美し。アルバノ、フラスカアチの少女の群は、髮を編みて、銀(しろがね)の箭(や)にて留め、薄き面紗(ヴエール)の端を、やさしく髻(もとゞり)の上にて結びたり。ヱルレトリの少女の群は、頭に環かざりを戴き、美しき肩、圓き乳房の露(あらは)るゝやうに着たる衣に、襟の邊(あたり)より、彩(いろど)りたる巾(きれ)を下げたり。アプルツチイよりも、大澤(たいたく)よりも、おほよそ近きほとりの民悉くつどひ來て、おの/\古風を存じたる打扮(いでたち)したれば、その入り亂れたるを見るときは、餘所(よそ)の國にはあるまじき奇觀なるべし。花を飾りたる天蓋の下に、華美(はでやか)なる式の衣を着けて歩み來たるは、「カルヂナアレ」なり。さま/″\の宗派に屬する僧は、燃ゆる蝋燭を取りてこれに隨へり。行列のことごとく寺を離るゝとき、群衆はその後に跟(つ)いて動きはじめき。我等もこの間にありしが、母上はしかと我肩を按(おさ)へて、人に押し隔てられじとし給へり。我等は人に揉まれつゝ歩を移せり。我目に見ゆるは、唯だ頭上の青空のみ。忽ち我等がめぐりに、人々の諸聲(もろごゑ)に叫ぶを聞きつ。我等は彼方へおし遣られ、又此方へおし戻されき。こは一二頭の仗馬(ぢやうめ)の物に怯(お)ぢて駈け出したるなり。われは纔(わづか)にこの事を聞きたる時、騷ぎ立ちたる人々に推し倒されぬ。目の前は黒くなりて、頭の上には瀑布(たき)の水漲り落つる如くなりき。
 あはれ、神の母よ、哀なる事なりき。われは今に至るまで、その時の事を憶ふごとに、身うち震ひて止まず。我にかへりしとき、マリウチアは泣き叫びつゝ、我頭を膝の上に載せ居たり。側には母上地に横(よこたは)り居給ふ。これを圍みたるは、見もしらぬ人々なり。馬は車を引きたる儘(まゝ)にて、仆(たふ)れたる母上の上を過ぎ、轍(わだち)は胸を碎きしなり。母上の口よりは血流れたり。母上は早や事きれ給へり。
 人々は母上の目を瞑(ねむ)らせ、その掌を合せたり。この掌の温きをば今まで我肩に覺えしものを。遺體をば、僧たち寺に舁(か)き入れぬ。マリウチアは手に淺痍(あさで)負ひたる我を伴ひて、さきの酒店(さかみせ)に歸りぬ。きのふは此酒店にて、樂しき事のみおもひつゝ、花を編み、母上の腕(かひな)を枕にして眠りしものを。當時わがいよ/\まことの孤(みなしご)になりしをば、まだ熟(よ)くも思ひ得ざりしかど、わが穉き心にも、唯だ何となく物悲しかりき。人々は我に果子(くわし)、くだもの、玩具(もてあそびもの)など與へて、なだめ賺(すか)し、おん身が母は今聖母の許にいませば、日ごとに花祭ありて、めでたき事のみなりといふ。又あすは今一度母上に逢はせんと慰めつ。人々は我にはかく言ふのみなれど、互にさゝやぎあひて、きのふの鷙鳥(してう)の事、怪しき媼(おうな)の事、母上の夢の事など語り、誰も/\母上の死をば豫め知りたりと誇れり。
 暴馬(あれうま)は街はづれにて、立木に突きあたりて止まりぬ。車中よりは、人々齡(よはひ)四十の上を一つ二つ踰(こ)えたる貴人の驚怖のあまりに氣を喪(うしな)はんとしたるを助け出だしき。人の噂を聞くに、この貴人はボルゲエゼの族(うから)にて、アルバノとフラスカアチとの間に、大なる別墅(べつしよ)を搆(かま)へ、そこの苑(その)にはめづらしき草花を植ゑて樂(たのしみ)とせりとなり。世にはこの翁(おきな)もあやしき藥草を知ること、かのフルヰアといふ媼に劣らずなど云ふものありとぞ。此貴人の使なりとて、「リフレア」着たる僕(しもべ)盾銀(たてぎん)(スクヂイ)二十枚入りたる嚢(ふくろ)を我に貽(おく)りぬ。
 翌日の夕まだ「アヱ、マリア」の鐘鳴らぬほどに、人々我を伴ひて寺にゆき、母上に暇乞(いとまごひ)せしめき。きのふ祭見にゆきし晴衣(はれぎ)のまゝにて、狹き木棺の裡(うち)に臥し給へり。我は合せたる掌に接吻するに、人々共音(ともね)に泣きぬ。寺門には柩(ひつぎ)を擔ふ人立てり。送りゆく僧は白衣着て、帽を垂れ面を覆へり。柩は人の肩に上りぬ。「カツプチノ」僧は蝋燭に火をうつして挽歌をうたひ始めたり。マリウチアは我を牽(ひ)きて柩の旁(かたへ)に隨へり。斜日(ゆふひ)は蓋(おほ)はざる棺を射て、母上のおん顏は生けるが如く見えぬ。知らぬ子供あまたおもしろげに我めぐりを馳せ□りて、燭涙の地に墜ちて凝りたるを拾ひ、反古(ほご)を捩(ひね)りて作りたる筒に入れたり。我等が行くは、きのふ祭の行列の過(よぎ)りし街なり。木葉(このは)も草花も猶地上にあり。されど當時織り成したる華紋は、吾少時の福(さいはひ)と倶に、きのふの祭の樂と倶に、今や跡なくなりぬ。幽堂(つかあな)の穹窿を塞(ふさ)ぎたる大石を推し退け、柩を下ししに、底なる他(ほか)の柩と相觸れて、かすかなる響をなせり。僧等の去りしあとにて、マリウチアは我を石上に跪(ひざまづ)かせ、「オオラ、プロオ、ノオビス」(祷爲我等(いのれわれらがために))を唱へしめき。
 ジエンツアノを立ちしは月あかき夜なりき。フエデリゴと知らぬ人ふたりと我を伴ひゆく。濃き雲はアルバノの巓(いたゞき)を繞(めぐ)れり。我がカムパニアの野を飛びゆく輕き霧を眺むる間、人々はもの言ふこと少かりき。幾(いくばく)もあらぬに、我は車の中に眠り、聖母を夢み、花を夢み、母上を夢みき。母上は猶生きて、我にものいひ、我顏を見てほゝ笑み給へり。

   蹇丐

 羅馬なる母上の住み給ひし家に歸りし後、人々は我をいかにせんかと議するが中に、フラア・マルチノはカムパニアの野に羊飼へる、マリウチアが父母にあづけんといふ。盾銀二十は、牧者が上にては得易からぬ寶なれば、この兒を家におきて養ふはいふもさらなり、又心のうちに喜びて迎ふるならん。さはあれ、この兒は既に半ば出家したるものなり。カムパニアの野にゆきては、香爐を提げて寺中の職をなさんやうなし。かくマルチノの心たゆたふと共に、フエデリゴも云ふやう。われは此兒をカムパニアにやりて、百姓にせんこと惜しければ、この羅馬市中にて、然るべき人を見立て、これにあづくるに若(し)かずといふ。マルチノ思ひ定めかねて、僧たちと謀(はか)らんとて去(いぬ)る折柄、ペツポのをぢは例の木履(きぐつ)を手に穿(は)きていざり來ぬ。をぢは母上のみまかり給ひしを聞き、又人の我に盾銀二十を貽(おく)りしを聞き、母上の追悼(くやみ)よりは、かの金の發落(なりゆき)のこゝろづかひのために、こゝには訪(おとづ)れ來ぬるなり。をぢは聲振り立てゝいふやう。この孤(みなしご)の族(うから)にて世にあるものは、今われひとりなり。孤をばわれ引き取りて世話すべし。その代りには、此家に殘りたる物悉くわが方へ受け收むべし。かの盾銀二十は勿論なりといふ。マリウチアは臆面せぬ女なれば、進み出でゝ、おのれフラア・マルチノ其餘の人々とこゝの始末をば油斷なく取り行ふべければ、おのが一身をだにもてあましたる乞丐(かたゐ)の益なきこと言はんより、疾く歸れといふ。フエデリゴは席を立ちぬ。マリウチアとペツポのをぢとは、跡に殘りてはしたなく言ひ罵り、いづれも多少の利慾を離れざる、きたなき爭をなしたり。マリウチアのいふやう。この兒をさほど欲(ほ)しと思はゞ、直に連れて歸りても好し。若し肋(あばら)二三本打ち折りて、おなじやうなる畸形(かたは)となし、往來(ゆきゝ)の人の袖に縋らせんとならば、それも好し。盾銀二十枚をば、われこゝに持ち居れば、フラア・マルチノの來給ふまで、決して他人に渡さじといふ。ペツポ怒りて、頑(かたくな)なる女かな、この木履もてそちが頭に、ピアツツア、デル、ポヽロの通衢(おほぢ)のやうなる穴を穿(あ)けんと叫びぬ。われは二人が間に立ちて、泣き居たるに、マリウチアは我を推しやり、をぢは我を引き寄せたり。をぢのいふやう。唯だ我に隨ひ來よ。我を頼めよ。この負擔だに我方にあらば、その報酬も受けらるべし。羅馬の裁判所に公平なる沙汰なからんや。かく云ひつゝ、強ひて我を□(ひ)きて戸を出でたるに、こゝには襤褸(ぼろ)着たる童(わらべ)ありて、一頭の驢(うさぎうま)を牽(ひ)けり。をぢは遠きところに往くとき、又急ぐことあるときは、枯れたる足を、驢の兩脇にひたと押し付け、おのが身と驢と一つ體になりたるやうにし、例の木履のかはりに走らするが常なれば、けふもかく騎(の)りて來しなるべし。をぢは我をも驢背(ろはい)に抱き上げたるに、かの童は後より一鞭加へて驅け出(いだ)させつ。途すがらをぢは、いつもの厭はしきさまに賺(すか)し慰めき。見よ吾兒。よき驢にあらずや。走るさまは、「コルソオ」の競馬にも似ずや。我家にゆき着かば、樂しき世を送らせん。神の使もえ享(う)けぬやうなる饗應(もてなし)すべし。この話の末は、マリウチアを罵る千言萬句、いつ果つべしとも覺えざりき。をぢは家を遠ざかるにつれて、驢を策(むちう)たしむること少ければ、道行く人々皆このあやしき凹騎(ふたりのり)に目を注(つ)けて、美しき兒なり、何處よりか盜み來し、と問ひぬ。をぢはその度ごとに我(わが)身上話を繰り返しつ。この話をば、ほと/\道の曲りめごとに浚(さら)へ行くほどに、賣漿婆(みづうりばゞ)はをぢが長物語の酬(むくい)に、檸檬(リモネ)水一杯(ひとつき)を白(たゞ)にて與へ、をぢと我とに分ち飮ましめ、又別に臨みて我に核(さね)の落ち去りたる松子(まつのみ)一つ得させつ。
 まだをぢが栖(すみか)にゆき着かぬに、日は暮れぬ。我は一言をも出さず、顏を掩(おほ)うて泣き居たり。をぢは我を抱き卸(おろ)して、例の大部屋の側なる狹き一間につれゆき、一隅に玉蜀黍(たうもろこし)の莢(さや)敷きたるを指し示し、あれこそ汝が臥床(ふしど)なれ、さきには善き檸檬水呑ませたれば、まだ喉も乾かざるべく、腹も減らざるべし、と我頬を撫でゝ微笑(ほゝゑ)みたる、その面恐しきこと譬(たと)へんに物なし。マリウチアが持ちたる嚢には、猶銀幾ばくかある。馭者(エツツリノ)に與ふる錢をも、あの中よりや出しゝ。貴人の僕は、金もて來しとき、何といひしか。かく問ひ掛けられて、我はたゞ知らずとのみ答へ、はては泣聲になりて、いつまでもこゝに居ることにや、あすは家に歸らるゝことにや、と問ひぬ。勿論なり。いかでか歸られぬ事あらん。おとなしくそこに寐よ。「アヱ、マリア」を唱ふることを忘るな。人の眠る時は鬼の醒めたる時なり。十字を截(き)りて寐よ。この鐵壁をば吼(たけ)る獅子(しゝ)も越えずといふ。神を祈らば、あのマリウチアの腐女(くさりをんな)が、そちにも我にも難儀を掛けたるを訴へて、毒に中(あた)り、惡瘡を發するやうに呪へかし。おとなしく寐よ。小窓をば開けておくべし。涼風(すゞかぜ)は夕餉(ゆふげ)の半といふ諺あり。蝙蝠(かはほり)をなおそれそ。かなたこなたへ飛びめぐれど、入るものにはあらず。神の子と共に熟寐(うまい)せよ。斯く云ひ畢(をは)りて、をぢは戸を鎖(と)ぢて去りぬ。
 をぢの部屋には久しく立ち働く音聞えしが、今は人あまた集(つど)へりと覺しく、さま/″\の聲して、戸の隙(ひま)よりは光もさしたり。部屋のさまは見まほしけれど、枯れたる玉蜀黍の莢のさわ/\と鳴らば、おそろしきをぢの又入來ることもやと、いと徐(しづか)に起き上りて、戸の隙に目をさし寄せつ。燈心は二すぢともに燃えたり。卓には麺包(パン)あり、莱□(だいこん)あり。一瓶の酒を置いて、丐兒(かたゐ)あまた杯(さかづき)のとりやりす。一人として畸形(かたは)ならぬはなし。いつもの顏色には似もやらねど、知らぬものにはあらず。晝はモンテ、ピンチヨオの草を褥(しとね)とし、繃帶したる頭を木の幹によせかけ、僅に唇を搖(うごか)すのみにて、傍に侍(はべ)らせたる妻といふ女に、熱にて死に垂(なん/\)としたる我夫を憐み給へ、といはせたるロレンツオは、高趺(たかあぐら)かきて面白げに饒舌(しやべ)り立てたり。(注。モンテ、ピンチヨオには公園あり。西班牙(スパニヤ)磴(いしだん)、法蘭西(フランス)大學院よりポルタ、デル、ポヽロに至る。羅馬の市の過半とヰルラ、ボルゲエゼの内苑とはこゝより見ゆ。)十指墮ちたるフランチアは盲婦カテリナが肩を叩きて、「カワリエエレ、トルキノ」の曲を歌へり。戸に近き二人三人は蔭になりて見えわかず。話は我上なり。我胸は騷ぎ立ちぬ。あの小童(こわつぱ)物の用に立つべきか、身内に何の畸形(かたは)なるところかある、と一人云へば、をぢ答へて。聖母は無慈悲にも、創一つなく育たせしに、丈(たけ)伸びて美しければ、貴族の子かとおもはるゝ程なりといふ。幸(さち)なきことよ、と皆口々に笑ひぬ。瞽(めしひ)たるカテリナのいふやう。さりとて聖母の天上の飯を賜(たま)ふまでは、此世の飯をもらふすべなくては叶はず。手にもあれ、足にもあれ、人の目に立つべき創つけて、我等が群に入れよといふ。をぢ。否□母親だに迂闊ならずば、今日を待たず、善き金の蔓となすべかりしものを。神の使のやうなる善き聲なり。法皇の伶人には恰好なる童なり。人々は我齡を算へ、我がために作(な)さでかなはぬ事を商量したり。その何事なるかは知らねど、善きことにはあらず。奈何(いかに)してこゝをば□(のが)れむ。われは穉心(をさなごころ)にあらん限りの智慧を絞り出しつ。固(もと)よりいづこをさして往かんと迄は、一たびも思ひ計らざりき。鋪板(ゆか)を這ひて窓の下にいたり、木片(きのきれ)ありしを踏臺にして窓に上りぬ。家は皆戸を閉ぢたり。街には人行絶えたり。□るゝには飛びおるゝより外に道なし。されどそれも恐ろし。とつおいつする折しも、この挾き間の戸ざしに手を掛くる如き音したれば、覺えず窓縁(まどぶち)をすべりおちて、石垣づたひに地に墜(お)ちぬ。身は少し痛みしが、幸にこゝは草の上なりき。
 跳ね起きて、いづくを宛(あて)ともなく、狹く曲りたる巷(ちまた)を走りぬ。途にて逢ひたるは、杖もて敷石を敲(たゝ)き、高聲にて歌ふ男一人のみなりき。しばらくして廣きところに出でぬ。こゝは見覺あるフオヽルム、ロマアヌムなりき。常は牛市と呼ぶところなり。

   露宿、わかれ

 月はカピトリウム(羅馬七陵の一)の背後を照せり。セプチミウス・セヱルス帝の凱旋門に登る磴(いしだん)の上には、大外套被りて臥したる乞兒(かたゐ)二三人あり。古(いにしへ)の神殿のなごりなる高き石柱は、長き影を地上に印せり。われはこの夕まで、日暮れてこゝに來しことなかりき。鬼氣は少年の衣を襲へり。歩をうつす間、高草の底に横はりたる大理石の柱頭に蹶(つまづ)きて倒れ、また起き上りて帝王堡(ていわうはう)の方を仰ぎ見つ。高き石がきは、纏(まつ)はれたる蔦かづらのために、いよゝおそろし氣(げ)なり。青き空をかすめて、ところ/″\に立てるは、眞黒(まくろ)におほいなるいとすぎの木なり。毀(こぼ)れたる柱、碎けたる石の間には、放飼(はなしがひ)の驢(うさぎうま)あり、牛ありて草を食(は)みたり。あはれ、こゝには猶我に迫り、我を窘(くるし)めざる生物こそあれ。
 月あきらかなれば、物として見えぬはなし。遠き方より人の來り近づくあり。若し我を索(もと)むるものならば奈何せん。われは巨巖の如くに我前に在る「コリゼエオ」に匿(かく)れたり。われは猶きのふ落(らく)したる如き重廊の上に立てり。こゝは暗くして且(また)冷(ひやゝか)なり。われは二あし三あし進み入りぬ。されど谺響(こだま)にひゞく足音(あのと)おそろしければ、徐(しづか)に歩を運びたり。先の方には焚火する人あり。三人の形明に見ゆ。寂しきカムパニアの野邊を夜更けては過ぎじとて、こゝに宿りし農夫にやあらん。さらずばこゝを戌(まも)る兵土にや。はた盜(ぬすびと)にや。さおもへば打物の石に觸るゝ音も聞ゆる如し。われは却歩(あとしざり)して、高き圓柱の上に、木梢(こずゑ)と蔦蘿(つたかづら)とのおほひをなしたるところに出でぬ。石がきの面をばあやしき影往來す。處々に抽(ぬ)け出でたる截石(きりいし)の將(まさ)に墜(おち)んとして僅に懸りたるさま、唯だ蔓草にのみ支へられたるかと疑はる。
 上の方なる中の廊を行く人あり。旅人の此古跡の月を見んとて來ぬるなるべし。その一群のうちには白き衣着たる婦人あり。案内者に續松(ついまつ)とらせて行きつゝ、柱しげき間に、忽ち顯(あらは)れ忽ち隱るゝ光景今も見ゆらん心地す。
 暗碧なる夜は大地を覆ひ來たり、高低さまざまなる木は天鵝絨(びろうど)の如き色に見ゆ。一葉ごとに夜氣を吐けり。旅人のかへり行くあとを見送りて、ついまつの赤き光さへ見えずなりぬる時、あたりは闃(げき)として物音絶えたり。この遺址(ゐし)のうちには、耶蘇教徒が立てたる木卓あまたあり。その一つの片かげに、柱頭ありて草に埋もれたれば、われはこれに腰掛けつ。石は氷の如く冷なるに、我頭の熱さは熱を病むが如くなりき。寐られぬまゝに思ひ出づるは、この「コリゼエオ」の昔語なり。猶太(ユダヤ)教奉ずる囚人が、羅馬の帝(みかど)の嚴しき仰によりて、大石を引き上げさせられしこと、この平地にて獸を鬪はせ、又人と獸と相搏(う)たせて、前低く後高き廊の上より、あまたの市民これを觀きといふ事、皆我當時の心頭に上りぬ。
 そも/\この「コリゼエオ」は楕圓なる四層のたてものにして、「トラヱルチイノ」石もてこれを造る。層ごとに組かたを殊にす。「ドロス」、「イオン」、「コリントス」の柱の式皆備はりたり。基督生れてより七十餘年の後、ヱスパジアヌス帝の時、この工事を起しつ。これに役せられたる猶太教徒の數一萬二千人とぞ聞えし。櫛形の迫持(せりもち)八十ありて、これをめぐれば千六百四十一歩。平地の周匝(めぐり)には八萬六千坐を設け、頂に二萬人を立たしむべかりきといふ。今はこゝにて基督教の祭儀を執行せしむ。バイロン卿詩あり。
この場(には)のあらん限は
内日(うちひ)刺(さ)す都もあらん
このにはのなからん時は
うちひさす都もあらじ
うちひさす都あらずば
あはれ/\この世間(よのなか)もあらじとぞおもふ
 頭の上にあたりて物音こそすれ。見あぐれば物の動くやうにこそおもはるれ。影の如き人ありて、椎(つち)を揮(ふる)ひ石をたゝむが如し。その人を見れば、色蒼ざめて黒き髯長く生ひたり。これ話に聞きし猶太教徒なるべし。積み疊ぬる石は見る見る高くなりぬ。「コリゼエオ」は再び昔のさまに立ちて、幾千萬とも知られぬ人これに滿ちたり。長き白き衣着たるヱスタの神の巫女(みこ)あり。帝王の座も設けられたり。赤條々(あかはだか)なる力士の血を流せるあり。低き廊の方より叫ぶ聲、吼(ほ)ゆる聲聞ゆ。忽ち虎豹の群ありて我前を奔(はし)り過ぐ。我はその血ばしる眼を見、その熱き息に觸れたり。あまりのおそろしさに、かの柱頭にひたと抱きつきて、聖母の御名をとなふれども、物騷がしさは未だ止まず。この怪しき物共の群(むらが)りたる間にも、幸なるかな、大なる十字架の屹(きつ)として立てるあり。こはわがこゝを過ぐるごとに接吻したるものなり。これを目當に走り寄りて、緊(しか)と抱きつくほどに、石落ち柱倒れ、人も獸もあらずなりて、我は復(ま)た人事をしらず。
 人心地つきたる時は、熱すでに退きたれど、身は尚いたく疲れて、われはかの木づくりの十字架の下に臥したり。あたりを見るに、怪しき事もなし。夜は靜にして、高き石垣の上には鶯鳴けり。われは耶蘇をおもひ、その母をおもひぬ。わが母上は今あらねば、これよりは耶蘇の母ぞ我母なるべき。われは十字架を抱きて、その柱に頭を寄せて眠りぬ。
 幾時をか眠りけん。歌の聲に醒(さ)むれば、石垣の頂には日の光かゞやき、「カツプチノ」僧二三人蝋燭を把(と)りて卓より卓に歩みゆきつゝ、「キユリエ、エレイソン」(主よ、憫(あはれ)め)と歌へり。僧は十字架に來り近づきぬ。俯して我面を見るものは、フラア・マルチノなりき。わが色蒼ざめてこゝにあるを訝(いぶか)りて、何事のありしぞと問ひぬ。われはいかに答へしか知らず。されどペツポのをぢの恐ろしさを聞きたるのみにて、僧は我上を推し得たり。我は衣の袖に縋りて、我を見棄て給ふなと願ひぬ。連なる僧もわれをあはれと思へる如し。かれ等は皆我を知れり。われはその部屋をおとづれ、彼等と共に寺にて歌ひしことあり。
 僧は我を伴ひて寺に歸りぬ。壁に木板の畫を貼(てう)したる房に入り、檸檬(リモネ)樹の枝さし入れたる窓を見て、われはきのふの苦を忘れぬ。フラア・マルチノは我をペツポが許へは還(かへ)さじと誓ひ給へり。同寮の僧にも、このちごをば蹇(あしな)へたる丐兒(かたゐ)にわたされずとのたまふを聞きつ。
 午のころ僧は莱□(あほね)、麪包(パン)、葡萄酒を取り來りて我に飮啖(いんたん)せしめ、さて容(かたち)を正していふやう。便(びん)なき童よ。母だに世にあらば、この別(わかれ)はあるまじきを。母だに世にあらば、この寺の内にありて、尊き御蔭を被り、安らかに人となるべかりしを。今は是非なき事となりぬ。そちは波風荒き海に浮ばんとす。寄るところは一ひらの板のみ。血を流し給へる耶蘇、涙を墮(おと)し給ふ聖母をな忘れそ。汝が族(うから)といふものは、その外にあらじかし。此詞を聞きて、われは身を震はせ、さらば我をばいづかたにか遣らんとし給ふと問ひぬ。これより僧は、われをカムパニアの野なる牧者夫婦にあづくること、二人をば父母の如く敬ふべき事、かねて教へおきし祈祷の詞を忘るべからざる事など語り出でぬ。夕暮にマリウチアと其父とは寺門迄迎へに來ぬ。僧はわれを伴ひ出でゝ引き渡しつ。この牧者のさまを見るに、衣はペツポのをぢのより舊(ふ)りたるべし。塵を蒙り、裂けやぶれたる皮靴を穿(は)き、膝を露(あらは)し、野の花を□したる尖帽(せんばう)を戴けり。かれは跪(ひざまづ)きて僧の手に接吻し、我を顧みて、かゝる美しき童なれば、我のみかは、妻も喜びてもり育てんと誓ひぬ。マリウチアは財嚢を父にわたしつ。われ等四人はこれより寺に入りて、人々皆默祷す。われも共に跪きしが、祈祷の詞は出でざりき。我眼は久しき馴染(なじみ)の諸像を見たり。戸の上高きところを舟に乘りてゆき給ふ耶蘇、贄卓(にへづくゑ)の神の使、美しきミケルはいふもさらなり、蔦かづらの環を戴きたる髑髏(どくろ)にも暇乞しつ。別に臨みて、フラア・マルチノは手を我頭上に加へ、晩餐式施行法(モオドオ、ヂ、セルヰレ、ラ、サンクタ、メツサア)と題したる、繪入の小册子を贈(おく)りぬ。
 既に別れて、ピアツツア、バルベリイニの街を過ぐとて、仰いで母上の住み給ひし家をみれば、窓といふ窓悉く開け放たれたり。新しきあるじを待つにやあらん。

   曠野(あらの)

 羅馬城のめぐりなる大曠野(だいくわうや)は、今我すみかとなりぬ。古跡をたづね、美術を究めんと、初てテヱエル河畔の古都に近づくものは、必ずこの荒野に歩をとゞめて、これを萬國史の一ひらと看做(みな)すなり。起(た)てる丘、伏したる谷、おほよそ眼に觸るゝもの、一つとして史册中の奇怪なる古文字にあらざるなし。畫工の來るや、古の水道のなごりなる、寂しき櫛形迫持(せりもち)を寫し、羊の群を牽(ひき)ゐたる牧者を寫し、さてその前に枯れたる薊(あざみ)を寫すのみ。歸りてこれを人に示せば、看るもの皆めでくつがへるなるべし。されど我と牧者とは、おの/\其情を殊にせり。牧者は久しくこゝに住ひて、この焦(こが)れたる如き草を見、この熱き風に吹かれ、こゝに行はるゝ疫癘(えやみ)に苦められたれば、唯だあしき方、忌まはしき方のみをや思ふらん。我は此景に對して、いと面白くぞ覺えし。平原の一面たる山々の濃淡いろいろなる緑を染め出したる、おそろしき水牛、テヱエルの黄なる流、これを溯(さかのぼ)る舟、岸邊を牽かるゝ軛(くびき)負(お)ひたる牧牛、皆目新しきものゝみなりき。われ等は流に溯りて行きぬ。足の下なるは丈低く黄なる草、身のめぐりなるは莖長く枯れたる薊のみ。十字架の側を過ぐ。こは人の殺されたるあとに立てしなり。架(か)に近きところには、盜人の屍の切り碎きて棄てたるなり。隻腕(かたうで)、隻脚(かたあし)は猶その形を存じたり。それさへ心を寒からしむるに、我栖(すみか)はこゝより遠からずとぞいふなる。
 此家は古の墳墓の址(あと)なり。この類(たぐひ)の穴こゝらあれば、牧者となるもの大抵これに住みて、身を戍(まも)るにも、又身を安んずるにも、事足れりとおもへるなり。用なき窪(くぼみ)をば填(う)め、いらぬ罅(すきま)をば塞ぎ、上に草を葺(ふ)けば、家すでに成れり。我牧者の家は丘の上にありて兩層あり。隘(せば)き戸口なるコリントスがたの柱は、當初墳墓を築きしときの面影なるべし。石垣の間なる、幅廣き三條の柱は、後の修繕ならん。おもふに中古は砦(とりで)にやしたりけん。戸口の上に穴あり。これ窓なるべし。屋根の半は葦簾(よしすだれ)に枯枝をまじへて葺き、半は又枝さしかはしたる古木をその儘に用ゐたるが、その梢よりは忍冬(にんどう)(カプリフオリウム)の蔓長く垂れて石垣にかゝりたり。
 こゝが家ぞ、と途すがら一言も物いはざりしベネデツトオ告げぬ。われは怪しげなる家を望み、またかの盜人の屍をかへり見て、こゝに住むことか、と問ひかへしつ。翁(おきな)にドメニカ、ドメニカと呼ばれて、荒□(あらたへ)の汗衫(はだぎ)ひとつ着たる媼(おうな)出(い)でぬ。手足をばことごとく露(あらは)して髮をばふり亂したり。媼は我を抱き寄せて、あまたゝび接吻す。夫の詞少きとはうらうへにて、この媼はめづらしき饒舌(ぜうぜつ)なり。そなたは薊生ふる沙原より、われ等に授けられたるイスマエル(亞伯拉罕(アブラハム)の子)なるぞ。されどわが饗應(もてなし)には足らぬことあらせじ。天上なる聖母に代りて、われ汝を育つべし。臥床(ふしど)はすでにこしらへ置きぬ。豆も烹(に)えたるべし。ベネデツトオもそなたも食卓に就け。マリウチアはともに來ざりしか。尊き爺(てゝ)(法皇)を拜まざりしか。□豚(ラカン)をば忘れざりしならん。眞鍮の鉤(かぎ)をも。新しき聖母の像をも。舊きをば最早形見えわかぬ迄接吻したり。ベネデツトオよ。おん身ほど物覺好き人はあらじ。わがかはゆきベネデツトオよ。かく語りつゞけて、狹き一間に伴ひ入りぬ。後にはこの一間、わがためには「ワチカアノ」(法皇の宮)の廣間の如く思はれぬ。おもふに我詩才を産み出ししは、此ひとつ家ならんか。
 若き棕櫚(しゆろ)は重(おもき)を負ふこといよ/\大にして、長ずることいよ/\早しといふ。我空想も亦この狹き處にとぢ込められて、却(かへ)りて大に發達せしならん。古の墳墓の常とて、此家には中央なる廣間あり。そのめぐりには、許多(あまた)の小龕(せうがん)並びたり。又二重の幅闊(ひろ)き棚あり。處々色かはりたる石を甃(たゝ)みて紋を成せり。一つの龕をば食堂とし、一つには壺鉢などを藏し、一つをば廚(くりや)となして豆を煮たり。
 老夫婦は祈祷して卓に就けり。食畢(をは)りて媼は我を牽(ひ)きて梯(はしご)を登り、二階なる二龕(がん)にいたりぬ。是れわれ等三人の臥房(ねべや)なり。わが龕は戸口の向ひにて、戸口よりは最も遠きところにあり。臥床の側には、二條の木を交叉(くひちが)はせて、其間に布を張り、これにをさな子一人寐せたり。マリウチアが子なるべし。媼が我に「アヱ、マリア」唱へしむるとき、美しき色澤(いろつや)ある蜥蝪(とかげ)我が側を走り過ぎぬ。おそろしき物にはあらず、人をおそれこそすれ、絶てものそこなふものにはあらず、と云ひつゝ、かの穉兒をおのが龕のかたへ遷(うつ)しつ。壁に石一つ抽(ぬ)け落ちたるところあり。こゝより青空見ゆ。黒き蔦(つた)の葉の鳥なんどの如く風に搖らるゝも見ゆ。我は十字を切りて眠に就きぬ。亡(な)き母上、聖母、刑せられたる盜人の手足、皆わが怪しき夢に入りぬ。
 翌朝より雨ふりつゞきて、戸は開けたれどいと闇き小部屋に籠り居たり。わが帆木綿の上なる穉子をゆすぶる傍にて、媼は苧(を)うみつゝ、我に新しき祈祷を教へ、まだ聞かぬ聖(ひじり)の上を語り、またこの野邊に出づる劫盜(ひはぎ)の事を話せり。劫盜は旅人を覗(ねら)ふのみにて、牧者の家抔(など)へは來ることなしとぞ。食は葱、麺包(パン)などなり。皆旨(うま)し。されど一間にのみ籠り居らんこと物憂きに堪へねば、媼は我を慰めんとて、戸の前に小溝を掘りたり。この小テヱエル河は、をやみなき雨に黄なる流となりて、いと緩やかにながるめり。さて木を刻み葦を截りて作りたるは羅馬よりオスチア(テヱエル河口の港)にかよふなる帆かけ舟なり。雨あまり劇(はげ)しきときは、戸をさして闇黒裡に坐し、媼は苧をうみ、われは羅馬なる寺のさまを思へり。舟に乘りたる耶蘇は今面前に見ゆる心地す。聖母の雲に駕(の)りて、神の使の童供に舁(か)かせ給ふも見ゆ。環かざりしたる髑髏(されかうべ)も見ゆ。
 雨の時過ぐれば、月を踰(こ)ゆれども曇ることなし。われは走り出でゝ遊びありくに、媼は戒(いまし)めて遠く行かしめず、又テヱエルの河近く寄らしめず。この岸は土鬆(ゆる)ければ、踏むに從ひて頽(くづ)るることありといへり。そが上、岸近きところには水牛あまたあり。こは猛き獸にて、怒るときは人を殺すと聞く。されど我はこの獸を見ることを好めり。蠎蛇(をろち)の鳥を呑むときは、鳥自ら飛びて其咽(のんど)に入るといふ類にやあらん。この獸の赤き目には、怪しき光ありて、我を引き寄せんとする如し。又此獸の馬の如く走るさま、力を極めて相鬪ふさま、皆わがために興ある事なりき。我は見たるところを沙(すな)に畫き、又歌につゞりて歌ひぬ。媼は我聲のめでたきを稱(たゝ)へて止まず。
 時は暑に向ひぬ。カムパニアの野は火の海とならんとす。瀦水(たまりみづ)は惡臭を放てり。朝夕のほかは、戸外に出づべからず。かゝる苦熱はモンテ、ピンチヨオにありし身の知らざる所なり。かしこの夏をば、我猶記(おぼ)えたり。乞兒(かたゐ)は人に小銅貨をねだり、麪包(パン)をば買はで氷水を飮めり。二つに割りたる大西瓜の肉赤く核(さね)黒きは、いづれの店にもありき。これをおもへば唾(つ)湧(わ)きて堪へがたし。この野邊にては、日光ますぐに射下せり。我が立てる影さへ我脚下に沒せんばかりなり。水牛は或は死せるが如く枯草の上に臥し、或は狂せるが如く驅けめぐりたり。われは物語に聞ける亞弗利加(アフリカ)沙漠の旅人になりたらんやうにおもひき。
 大海の孤舟にあるが如き念をなすこと二月間、何の用事をも朝夕の涼しき間に濟ませ、終日我も出でず人も來ざりき。□(や)く如き熱、腐りたる蒸氣の中にありて、我血は湧きかへらんとす。沼は涸れたり。テヱエルの黄なる水は生温(なまぬる)くなりて、眠たげに流れたり。西瓜の汁も温し。土石の底に藏したる葡萄酒も酸(す)くして、半ば烹(に)たる如し。我喉は一滴の冷露を嘗むること能はざりき。天には一纖雲なく、いつもおなじ碧色にて、吹く風は唯だ熱き「シロツコ」(東南風)のみなり。われ等は日ごとに雨を祈り、媼は朝夕山ある方を眺めて、雲や起ると待てども甲斐なし。蔭あるは夜のみ。涼風の少しく動くは日出る時と日入る時とのみ。われは暑に苦み、この變化なき生活に倦(う)みて、殆ど死せる如くなりき。風少しく動くと覺ゆるときは、蠅蚋(ぶよ)なんど群がり來りて人の肌を刺せり。水牛の背にも、昆蟲聚(あつま)りて寸膚を止めねば、時々怒りて自らテヱエルの黄なる流に躍り入り、身を水底に滾(まろが)してこれを攘(はら)ひたり。羅馬の市にて、闃然(げきぜん)たる午時(ひるどき)の街を行く人は、綫(すぢ)の如き陰影を求めて夏日の烈しきをかこつと雖(いへども)、これをこの火の海にたゞよひ、硫黄氣ある毒□を呼吸し、幾萬とも知られぬ惡蟲に膚を噛まるゝものに比ぶれば、猶是れ樂土の客ならんかし。
 九月になりて氣候やゝ温和になりぬ。フエデリゴはこの燒原を畫かんとて來ぬ。我が住める怪しき家、劫盜(ひはぎ)の屍(かばね)をさらしたる處、おそろしき水牛、皆其筆に上りぬ。我には紙筆を與へて畫の稽古せよと勸め、又折もあらば迎へに來て、フラア・マルチノ、マリウチア其外の人々に逢はせばやと契りおきぬ。惜むらくはこの人久しく約を履(ふ)まざりき。

   水牛

 十一月になりぬ。こゝに來しより最(もつとも)快き時節なり。爽(さはやか)なる風は山々よりおろし來ぬ。夕暮になれば、南の國ならでは無しといふ、たゞならぬ雲の色、目を驚かすやうなり。こは畫工のえうつさぬところなるべく、また敢て寫さぬものなるべし。あめ色の地に、橄欖(かんらん)(オリワ)の如く緑なる色の雲あるをば、樂土の苑囿(ゑんいう)に湧き出でたる山かと疑ひぬ。又夕映(ゆふばえ)の赤きところに、暗碧なる雲の浮べるをば、天人の居る山の松林ならんと思ひて、そこの谷かげには、美しき神の童あまた休みゐ、白き翼を扇の如くつかひて、みづから涼を取るらんとおもひやりぬ。或日の夕ぐれ、いつもの如く夢ごゝろになりてゐたるが、ふと思ひ付きて、鍼(はり)もて穿(うが)ちたる紙片を目にあて、太陽を覗きはじめつ。ドメニカこれを見つけて、そは目を傷(そこな)ふわざぞとて日の見えぬやうに戸をさしつ。われ無事に苦みて、外に出でゝ遊ばんことを請(こ)ひ、許(ゆるし)をえたる嬉しさに、門のかたへ走りゆき、戸を推し開きつ。その時一人の男遽(あわた)だしく驅け入りて、門口に立ちたる我を撞(つ)きまろばし、扉をはたと閉ぢたり。われは此人の蒼ざめたる面を見、その震ふ唇より洩れたる「マドンナ」(聖母)といふ一聲を聞きも果てぬに、おそろしき勢にて、外より戸を衝(つ)くものあり。裂け飛んだる板は我頭に觸れんとせり。その時戸口を塞(ふさ)ぎたるは、血ばしる眼(まなこ)を我等に注ぎたる、水牛の頭なりき。ドメニカはあと叫びて、我手を握り、上の間にゆく梯(はしご)を二足三足のぼりぬ。逃げ込みたる男は、あたりを見□はし、ベネデツトオが銃の壁に掛かりたるを見出しつ。こは賊なんどの入らん折の備にとて、丸(たま)をこめおきたるなり。男は手早く銃を取りぬ。耳を貫く響と共に、烟は狹き家に滿ちわたれり。われは彼男の烟の中にて、銃把を擧げて、水牛の額を撃つを見たり。獸は隘(せば)き戸口にはさまりて前にも後にもえ動かざりしなり。
 こは何事をかし給ふ。君は物の命を取り給ひぬ。この詞はドメニカが纔(わづか)にわれにかへりたる口より出でぬ。かの男。否聖母の惠なりき。我等が命を拾ひぬとこそおもへ。さて我を抱き上げて、されどわがために戸を開きしはこの恩人なりといひき。男の面は猶蒼く、額の汗は玉をなしたり。その語を聞くに外國人にあらず。その衣を見るに羅馬の貴人とおぼし。この人草木の花を愛(め)づる癖あり。けふも採集に出でゝ、ポンテ、モルレにて車を下り、テヱエル河に沿ひてこなたへ來しに、圖らずも水牛の群にあひぬ。その一つ、いかなる故にか、群を離れて衝(つ)き來たりしが、幸にこの家の戸開きて、危き難を免れきとなり。ドメニカ聞きて。さらばおん身を救ひしは、疑もなく聖母のおんしわざなり。この童は聖母の愛でさせ給ふものなれば、それに戸をば開かせ給ひしなり。おん身はまだ此童を識り給はず。物讀むことには長(た)けたれば、書きたるをも、印(お)したるをも、え讀まずといふことなし。畫かくことを善くして、いかなる形のものをも、明にそれと見ゆるやうに寫せり。「ピエトロ」寺の塔をも、水牛をも、肥えふとりたるパアテル・アムブロジオ(僧の名)をもゑがきぬ。聲は類なくめでたし。おん身にかれが歌ふを聞かせまほし。法皇の伶人もこれには優らざるべし。そが上に性(さが)すなほなる兒なり。善き兒なり。子供には譽めて聞かすること宜しからねば、その外をば申さず。されどこの子は、譽められても好き子なりといふ。客。この子の穉(をさな)きを見れば、おん身の腹にはあらざるべし。ドメニカ。否、老いたる無花果(いちじゆく)の木には、かかる芽は出でぬものなり。されど此世には、この子の親といふもの、われとベネデツトオとの外あらず。いかに貧くなりても、これをば育てむと思ひ侍り。そは兎(と)まれ角(かく)まれ、この獸をばいかにせん。(頭より血流るゝ、水牛の角を握りて。)戸口に挾まりたれば、たやすく動くべくもあらず。ベネデツトオの歸るまでは、外に出でんやうなし。こを殺しつとて、咎めらるゝことあらば、いかにすべき。客。そは心安かれ。あるじの老女(おうな)も聞きしことあるべきが、われはボルゲエゼの族(うから)なり。媼。いかでか、と答へて衣に接吻せんとせしに、客はその手をさし出して吸はせ、さて我手を兩の掌の間に挾みて、媼にいふやう。あすは此子を伴ひて、羅馬に來よ。われはボルゲエゼの館(やかた)に住めり。ドメニカは忝(かたじけな)しとて涙を流しつ。
 ドメニカはわが日ごろ書き棄てたる反古(ほご)あまた取り出でゝ、客に示しゝに、客は我頬を撫で、小きサルワトル・ロオザ(名高き畫工)よと讚め稱へぬ。媼。まことに宣(のたま)ふ如し。穉きものゝ業(わざ)としては、珍しくは候はずや。それ/\の形明に備はりたり。この水牛を見給へ。この舟を見給へ。こはまた我等の住める小家なり。こは我姿を寫したるなり。鉛筆なれば、色こそ異なれ、わが姿のその儘ならずや。又我に向ひて、何にもあれ、この御方に歌ひて聞せよ。自ら作りて歌ふが好し。この童は長き物語、こまやかなる法話をさへ、歌に作りて歌ひ侍り。年長(た)けたる僧にも劣らじと覺ゆ。客は我等二人のさまを見て、おもしろがり、我には疾(と)く歌ひて聞せよ、と勸めつ。われは常の如く遠慮なく歌ひぬ。媼は常の如くほめそやしつ。されど其歌をば記憶せず。唯だ聖母、貴き客人、水牛の三つをくりかへしたるをば未だ忘れず。客は默坐して聽きゐたり。媼はそのさまを見て、童の才に驚きて詞なきならんと推し量(はか)りつ。
 歌ひ畢(をは)りしとき、客は口を開きていふやう。さらば明日疾くその子を伴ひ來よ。否、夕暮のかたよろしからん。「アヱ、マリア」の鐘鳴る時より、一時ばかり早く來よ。さて我は最早退(まか)るべきが、いづくよりか出づべき。水牛の塞ぎたる口の外、この家には口はなきか。又こゝを出でゝ車まで行かんに、水牛に追はるゝやうなる虞(おそれ)なからしめんには、いかにして好かるべきか。媼。かしこの壁に穴ありて、それより這ひ出づるときは、石垣も高からねば、すべりおりんこと難からず。わが如き老いたるものも、かしこより出入すべく覺え侍り。されど貴きおん方を案内しまゐらすべき口にはあらず。客は聞きも果てず、梯を上りて、穴より頭を出し、外の方を覗きていふやう。否、善き降口なり。「カピトリウム」に降りゆく階段にも讓らず。水牛の群は河のかたに遠ざかりぬ。道には眠たげなる百姓あまた、籘(とう)の束積みたる車を、馬に引かせて行けり。あの車に沿ひゆかば、また水牛に襲はるとも身を匿(かく)すに便よからん。かく見定めて、客は媼に手を吸はせ、わが頬を撫で、再びあすの事を契りおきて、茂れる蔦かづらの間をすべりおりぬ。われは窓より見送りしが、客は間もなく籘の車に追ひすがりて、百姓の群と倶(とも)に見えずなりぬ。

   みたち

 牧者二三人の□(たすけ)を得て、ベネデツトオは戸口なる水牛の屍(かばね)を取り片付けつ。その日の物語は止むときなかりしかど、今はよくも記(おぼ)えず。翌朝疾く起きいでゝ、夕暮に都に行かんと支度に取り掛りぬ。數月の間行李の中に鎖されゐたる我晴衣(はれぎ)はとり出されぬ。帽には美しき薔薇の花を□したり。身のまはりにて、最も怪しげなりしは履(はき)ものなり。靴とはいへど羅馬の鞋(サンダラ)に近く覺えられき。
 カムパニアの野道の遠かりしことよ。その照る日の烈しかりしことよ。ポヽロの廣こうぢに出でゝ、記念塔のめぐりなる石獅の口より吐ける水を掬(むす)びて、我涸れたる咽(のんど)を潤(うるほ)しゝが、その味は人となりて後フアレルナ、チプリイの酒なんどを飮みたるにも増して旨かりき。〔北より羅馬に入るものは、ポルタア、デル、ポヽロの關を入りて、ピアツツア、デル、ポヽロといふ美しく大なる廣こうぢに出づ。この廣こうぢはテヱエル河とピンチヨオ山との間にあり。兩側にはいとすぎ、亞刺比亞(アラビア)護謨(ゴム)の木(アカチア)茂りあひて、その下かげに今樣なる石像、噴水などあり。中央には四つの石獅に圍まれたる、セソストリス時代の記念塔あり。前には三條の直道あり。即ちヰア、バブヰノ、イル、コルソオ、ヰア、リペツタなり。イル、コルソオの兩角をなしたるは、同じ式に建てたる兩伽藍(がらん)なり。歐羅巴(ヨオロツパ)に都會多しと雖、古羅馬のピアツツア、デル、ポヽロほど晴やかなるはあらじ。〕我は熱き頬を獅子の口に押し當て、水を頭に被りぬ。衣や潤(うるほ)はん、髮や亂れん、とドメニカは氣遣ひぬ。ヰア、リペツタを下りゆきて、ボルゲエゼの館に近づきぬ。我もドメニカも、此館の前をば幾度となく過(よぎ)りしかど、けふ迄は心とめて見しことなし。今歩を停めて仰ぎ見れば、その大さ、その豐さ、その美しさ、譬へんに物なしと覺えき。殊に目を駭(おどろ)かせるは、窓の裡なる長き絹の帷(とばり)なり。あの内にいます君は、いま我等が識る人となりぬ。きのふその君の我家に來給ひし如く、いま我等はそのみたちに入らんとす。斯く思へば嬉しさいかばかりならん。
 中庭、部屋々々を見しとき、身の震ひたるをば、われ決して忘れざるべし。あるじの君は我に親し。彼も人なり。我も人なり。然(さ)はあれどこの家居のさまこそ譬へても言はれね。聖(ひじり)と世の常の人との別もかくやあらん。方形をなして、いろ/\なる全身像、半身像を据ゑつけたる、白塗の□廊のいと高きが、小き園を繞(めぐ)れるあり。(後にはこゝに瓦を敷きて中庭とせり。)高き蘆薈(ろくわい)、霸王樹(はわうじゆ)なんど、廊の柱に攀(よ)ぢんとす。檸檬樹(リモネ)はまだ日の光に黄金色に染められざる、緑の實を垂れたり。希臘(ギリシヤ)の舞女の形したる像二つあり。力を併(あは)せて、金盤一つさし上げたるがその縁少しく欹(そば)だちて、水は肩に迸(はし)り落ちたり。丈高く育ちたる水草ありて、露けき緑葉もてこの像を掩(おほ)はんとす。烈しき日に燒かれたるカムパニアの瘠土に比ぶるときは、この園の涼しさ、香(かぐは)しさ奈何(いかに)ぞや。
 闊(ひろ)き大理石の梯を登りぬ。龕(がん)あまたありて、貴き石像立てり。其一つをば、ドメニカ聖母ならんと思ひ惑ひて、立ち停りてぬかづきぬ。後に聞けば、こはヱスタの像なりき。これも人間の奇(く)しき處女にぞありける。(譯者のいはく。希臘の竈(かまど)の神なり。男神二人に挑(いど)まれて、嫁せずして終りぬと云ひ傳ふ。)飾美しき「リフレア」着たる僮(しもべ)出で迎へつ。その面持(おももち)の優しさには、こゝの間(ま)ごとの大さ、美しさかくまでならずば、我胸の躍ることさへ治りしならん。床は鏡の如き大理石なり。壁といふ壁には、めでたき畫を貼(てふ)したり。その間々には、玻□(はり)鏡を嵌(は)め、その上に花束、はなの環など持たる神童の飛行せるを畫きたり。又色美しき鳥の、翼を放ちて、赤き、黄なる、さま/″\の木の實を啄(ついば)めるを畫きたるあり。かく華やかなるものをば、今まで見しことあらざりき。
 暫し待つほどに、あるじの君出でましぬ。白衣着たる、美しき貴婦人の、大なる敏(さと)き目を我等に注ぎたるを、伴ひ給へり。婦人は我額髮を撫で上げ、鋭けれども優しき目にて、我面を打ち守り、さなり、君を助けしは神のみつかひなり、この見ぐるしき衣の下に、翼はかくれたるべしと宣(のたま)ひぬ。主人。否、この兒の紅なる頬を見給へ。翼の生ゆるまでにはテヱエルの河波あまた海に入るならん。母もこの兒の飛び去らんをば願はざるべし。さにあらずや。この兒を失はんことは、つらかるべし。媼。げにこの兒あらずなりなば、我小家の戸も窓も塞がりたるやうなる心地やせん。我小家は暗く、寂しくなるべし。否、このかはゆき兒には、われえ別れざるべし。婦人。されど今宵しばらくは、別るとも好からん。二三時間立ちて迎へに來よ。歸路は月あかゝるべし。そち達は盜(ぬすびと)を恐るゝことはあらじ。主人。さなり。兒をばしばしこゝにおきて、買ふものあらば買ひもて來よ。斯く云ひつゝ、主人は小き財嚢(かねいれ)をドメニカが手に渡し、猶何事をか語り給ふに、我は貴婦人に引かれて奧に入りぬ。
 奧の座敷の美しさ、賓客の貴さに、我魂は奪はれぬ。我はあるは壁に畫ける神童の面の、緑なる草木の間にほゝゑめるを見、あるは日ごろ半ば神のやうにおもひし、紫の韈(くつした)穿(は)ける議官(セナトオレ)、紅の袴着たる僧官(カルヂナアレ)達を見て、おのれがかゝる間に入り、かゝる人に交ることを訝(いぶか)りぬ。殊に我眼をひきしは、一間の中央なる大水盤なり。醜き龍に騎(の)りたる、美しきアモオルの神を据ゑたり。龍の口よりは、水高く迸り出でゝ、又盤中に落ちたり。
 貴婦人のこはをぢの命を救ひし兒ぞ、と引き合せ給ひしとき、賓客達は皆ほゝゑみて、我に詞を掛け、議官僧官さへ頷き給ひぬ。法皇の禁軍(まもりのつはもの)の號衣(しるし)を着たる、少(わか)く美しき士官は我手を握りぬ。人々さま/″\の事を問ふに、我は臆することなく答へつ。その詞に、人々或は譽めそやし、或は高く笑ひぬ。主人入り來りて、我に歌うたへといふに、我は喜んで命に從ひぬ。士官は我に報せんとて、泡立てる酒を酌みてわたしゝかば、我何の心もつかで飮み乾さんとせしに、貴婦人快(はや)く傍より取り給ひぬ。我口に入りしは少許(すこしばかり)なるに、その酒は火の如く□(ほのほ)の如く、脈々をめぐりぬ。貴婦人はなほ我傍を離れず、笑を含みて立ち給へり。士官我にこの御方の上を歌へと勸めしに、我又喜んで歌ひぬ。何事をか聯(つら)ねけん、いまは覺えず。人々はわが詞の多かりしを、才豐なりと稱へ、わが臆せざるを、心敏(さと)しと譽めたり。カムパニアなる貧きものゝ子なりとおもへば、世の常なる作をも、天才の爲せるわざの如く、愛(め)でくつがへるなるべし。人々は掌を鳴せり。士官は座の隅なる石像に戴かせたりし、美しき月桂冠を取り來りて、笑みつゝ我頭の上に安んじたり。こは固(もと)より戲謔に過ぎざりき。されどわが幼き心には、其間に眞面目なる榮譽もありと覺えられて、又なく嬉しかりき。我は尚席上にて、マリウチア、ドメニカ等に教へられし歌をうたひ、又曠野の中なる古墳の栖家(すみか)、眼の光おそろしき水牛の事など人々に語り聞せつ。時は惜めども早く過ぎて、我は媼に引かれて歸りぬ。くだもの、果子など多く賜り、白銀幾つか兜兒(かくし)にさへ入れられたるわが喜はいふもさらなり、媼は衣服、器什くさ/″\の外、二瓶の葡萄酒をさへ購(あがなひ)ひ得て、幸(さち)ある日ぞとおもふなるべし。夜は草木の上に眠れり。されど仰いでおほ空を見れば、皎々(かう/\)たる望月(もちづき)、黄金の船の如く、藍碧なる青雲の海に泛(うか)びて、焦(こが)れたるカムパニアの野邊に涼をおくり降せり。
 家に還りてより、優しき貴女の姿、賑はしき拍手の聲、寤寐(ごび)の間斷えず耳目を往來せり。喜ばしきは折々我夢の現(うつゝ)になりて、又ボルゲエゼの館に迎へらるゝ事なりき。かの貴婦人はわが人に殊なる性を知りておもしろがり給へば、我も亦ドメニカに對する如く、これに對して物語するやうになりぬ。貴婦人はこれを興あることに思ひて、主人の君に我上を譽め給ふ。主人の君も我を愛し給ふ。この愛は、曩(さき)に料(はか)らずも我母上を、おのが車の轍(わだち)にかけしことありと知りてより、愈□深くなりまさりぬ。逸したる馬の母上を踏仆(たふ)しゝとき、車の中に居たるは、こゝの主人の君にぞありける。
 貴婦人の名をフランチエスカといふ。我を率(ゐ)て宮のうちなる畫堂に入り給ひぬ。美しき畫幀(ぐわたう)に對して、我が穉(をさな)き問、癡(おろか)なる評などするを、面白がりて笑ひ給ひぬ。後人々に我詞を語りつぎ給ふごとに、人々皆聲高く笑はずといふことなし。午前は旅人この堂に滿ちたり。又畫工の來ていろ/\なる畫を寫し取れるもあり。午後になれば、堂中に人影なし。此時フランチエスカの君我を伴ひゆきて、畫ときなどし給ふなり。
 特に我心に□(かな)ひしは、フランチエスコ・アルバニが四季の圖なり。「アモレツトオ」といふ者ぞ、と教へられたる、美しき神の使の童どもは、我夢の中より生れ出でしものかと疑はる。その春と題したる畫の中に群れ遊べるさまこそ愛でたけれ。童一人大なる砥(と)を運(めぐら)すあれば、一人はそれにて鏃(やじり)を研ぎ、外の二人は上にありて飛行しつゝも、水を砥の上に灌(そゝ)げり。夏の圖を見れば、童ども樹々のめぐりを飛びかひて、枝もたわゝに實りたる果(このみ)を摘みとり、又清き流を泳ぎて、水を弄(もてあそ)びたり。秋は獵の興を寫せり。手に繼松(ついまつ)取りたる童一人小車の裡(うち)に坐したるを、友なる童子二人牽き行くさまなり。愛はこの優しき獵夫(さつを)に、共に憩ふべき處を指し示せり。冬は童達皆眠れり。美しき女怪水中より出でゝ、眠れる童たちの弓矢を奪ひ、火に投げ入れて焚き棄つ。
 神の使の童をば、何故「アモレツトオ」(愛の神童)といふにか。その「アモレツトオ」は、何故箭(や)を放てる。こは我が今少し詳(つばら)に知らんと願ふところなれど、フランチエスカの君は教へ給はざりき。君の宣ふやう。そは文にあれば、讀みて知れかし。おほよそ文にて知らるゝことは、その外にもいと多し。されど讀みおぼゆる初は、あまり樂しきものにはあらず。汝(そち)は終日榻(たふ)に坐して、文を手より藉(お)かじと心掛くべし。カムパニアの野にありて、山羊と戲れ、友達を訪はんとて走りめぐることは、叶はざるべし。そちは何事をか望める。かのフアビアニの君のやうなる、美しき軍服に身をかためて、羽つきたる□(かぶと)を戴き、長き劍を佩(は)きて、法皇のみ車の傍を騎(の)りゆかんとやおもふ。さらずば美しき畫といふ畫を、殘なく知り、はてなき世の事を悟り、我が物語りしよりも、□(はるか)に面白き物語のあらん限を記(おぼ)えんとや思ふ。我。されど左樣なる人になりては、ドメニカが許には居られぬにや。また御館へは來られぬにや。フランチエスカ。汝は猶母の上をば忘れぬなるべし。初の栖家(すみか)をも忘れぬなるべし。亡き母御にはぐゝまれ、かの栖家にありしときは、ドメニカが事をも、我上をも思はざりしならん。然るに今はドメニカと我と、そちに親きものになりぬ。この交(まじはり)もいつか更(かは)ることあらん。かく更りゆくが人の身の上ぞ。我。されどおん身は、我母上の如く果敢(はか)なくなり給ふことはあらじ。斯く云ひて、我は涙にくれたり。フランチエスカ。死にて別れずば、生きながら分れんこと、すべての人の上なり。そちが我等とかく交らぬやうにならん折、そちが上の樂しく心安かれ、とおもひてこそ、我は今よりそちが發落(なりゆき)を心にかくるなれ。我涙は愈□繁くなりぬ。我はいかなる故と、明には知らざりしが、斯く諭(さと)されたる時、限なき幸なさを覺えき。フランチエスカは我頬を撫でゝ、我が餘りに心弱きを諫(いさ)め、かくては世に立たんをり、いと便(びん)なかるべしと氣づかひ給ひぬ。この時主人の君は、曾て我頭の上に月桂冠を戴せたるフアビアニといふ士官と倶(とも)に一間に歩み入り給ひぬ。
 ボルゲエゼの別墅(べつしよ)に婚禮あり。世に罕(まれ)なるべき儀式を見よ。この風説は或る夕カムパニアなるドメニカがあばら屋にさへ洩れ聞えぬ。フランチエスカの君はかの士官の妻になるべき約を定めて、遠からずフイレンチエなるフアビアニ家の莊園に遷(うつ)らんとす。儀式あるべき處は羅馬附近の別墅なり。□(かしは)いとすぎ桂など生ひ茂りて、四時緑なる天を戴けり。昔も今も、羅馬人と外國人と、恆(つね)に來り遊ぶ處なり。麗(うるは)しく飾りたる馬車は、緑しげき□の並木の道を走り、白き鵝鳥は、柳の影うつれる靜けき湖を泳ぎ、機泉(しかけのいづみ)は積み累(かさ)ねたる巖の上に迸(ほとばし)り落つ。道傍には、農家の少女ありて、鼓を打ちて舞へり。胸(乳房)ゆたかなる羅馬の女子は、燿(かゞや)く眼にこの樣を見下して、車を驅(か)れり。我もドメニカに引かれて、恩人のけふの祝に、蔭ながら與(あづか)らばやと、カムパニアを立出で、別墅の苑(その)の外に來ぬ。燈の光は窓々より洩れたり。フランチエスカとフアビアニとは、彼處(かしこ)にて禮を卒(を)へつるなり。家の内より、樂の聲響き來ぬ。苑の芝生に設けたる棧敷(さじき)の邊より、烟火空に閃き、魚の形したる火は青天を翔(かけ)りゆく。偶□(たま/\)とある高窓の背後に、男女の影うつれり。あれこそ夫婦の君なれと、ドメニカ耳語(さゝや)きぬ。二人の影は相依りて、接吻する如くなりき。ドメニカは合掌して祈祷の詞を唱へつ。我も暗きいとすぎの木の下についゐて、恩人の上を神に祈りぬ。我傍なるドメニカは二人の御上安かれとつぶやきぬ。烟火の星の、數知れず亂れ落るは、我等が祈祷に答ふる如くなりき。されどドメニカは泣きぬ。こは我がために泣くなり。我が遠からず、分れ去るべきをおもひて泣くなり。ボルゲエゼの主人の君は、「ジエスヰタ」派の學校の一座を買ひて我に取らせ給ひしかば、我はカムパニアの野と牧者の媼(おうな)とに別れて、我行末のために修行の門出せんとす。ドメニカは歸路に我にいふやう。我目の明きたるうちに、おん身と此野道行かんこと、今日を限なるべし。ドメニカなどの知らぬ、滑(なめらか)なる床、華やかなる氈(かも)をや、おん身が足は踏むならん。されどおん身は優しき兒なりき。人となりてもその優しさあらば、あはれなる我等夫婦を忘れ給ふな。あはれ、今は猶果敢(はか)なき燒栗もて、おん身が心を樂ましむることを得るなり。おん身が籘を焚く火を煽(あふ)ぎ、栗のやくるを待つときは、我はおん身が目の中に神の使の面影を見ることを得るなり。かく果敢なき物にて、かく大なる樂をなすことは、おん身忘れ給ふならん。カムパニアの野には薊(あざみ)生ふといへど、その薊には尚紅の花咲くことあり。富貴の家なる、滑(なめらか)なる床には、一本(もと)の草だに生ひず。その滑なる上を行くものは、蹉(つまづ)き易しと聞く。アントニオよ。一たび貧き兒となりたることを忘るな。見まくほしき物も見られず、聞かまくほしき事も聞かれざりしことを忘るな。さらば御身は世に成りいづべし。我等夫婦の亡からん後、おん身は馬に騎り、又は車に乘りて、昔の破屋をおとづれ給ふこともあらん。その時はおん身に搖(ゆ)られし籃(かご)の中なる兒は、知らぬ牧者の妻となりて、おん身が前にぬかづくならん。おん身は人に驕(おご)るやうにはなり給はじ。その時になりても、おん身は我側に坐して栗を燒き、又籃を搖りたることを思ひ給ふならん。言ひ畢りて、媼は我に接吻し、面を掩ひて泣きぬ。我心は鍼(はり)もて刺さるゝ如くなりき。この時の苦しさは、後の別の時に増したり。後の別の時には、媼は泣きつれど、何事をもいはざりき。既に閾(しきゐ)を出でしとき、媼走り入りて、薫(くゆり)に半ば黒みたる聖母の像を、扉より剥ぎ取りて贈りぬ。こは我が屡□接吻せしものなり。まことにこの媼が我におくるべきものは、この外にはあらぬなるべし。

   學校、えせ詩人、露肆(ほしみせ)

 フランチエスカの君は夫に隨ひて旅立ち給ひぬ。我は「ジエスヰタ」派の學校の生徒となりたり。わが日ごとの業(わざ)もかはり、われに交る人の面も改まりて、定なき演劇めきたる生涯の端はこゝに開かれぬ。時々刻々の變化のいと繁きに、歳月の遷(うつ)りゆくことの早きことのみぞ驚かれし。當時こそ片々の畫圖となりて我目に觸れつれ、今に至りて首(かうべ)を囘(めぐら)せば、その片々は一幅の大畫圖となりて我前に横はれり。是れわが學校生活なり。旅人の高山の巓(いたゞき)に登り得て、雲霧立ち籠めたる大地を看下すとき、その雲霧の散るに從ひて、忽ち隣れる山の尖(さき)あらはれ、忽ち日光に照されたる谿間(たにま)の見ゆるが如く、我心の世界は漸く開け、漸く擴ごりぬ。
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