幸福のうわおいぐつ
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著者名:アンデルセンハンス・クリスチャン 

いかめしい死よ、おまえの沈黙は恐怖をさそう。
おまえの地上にのこす痕跡(あと)は寺の墓場だけなのか。
たましいは*ヤコブのはしごを見ることはないのか。
墓場の草となるほかに復活の道はないのか。
この上なく深いかなしみをも世間はしばしばみすごしている。
おまえは孤独のまま最後の道をたどっていく。
しかもこの世にあって心の荷(にな)う義務はいやが上に重い、
それは棺の壁をおす土よりも重いのだ。
* ヤコブがみたという地上と天国をつなぐはしご(創世記二八ノ一二)
 ふたつの姿がへやのなかでちらちら動いていました。わたしたちはふたりとも知っています。それは心配の妖女(ようじょ)と、幸福の女神の召使でした。ふたりは死人の上にのぞきこみました。

 心配がいいました。「ごらん、おまえさんのうわおいぐつがどんな幸福をさずけたでしょう。」
「でも、とにかくここに寝ている男には、ながい善福をさずけたではありませんか。」と、よろこびがこたえました。
「まあ、どうして。」と、心配がいいました。「この人はじぶんで出て行ったので、まだ召されたわけではなかったのですよ。この人の精神はまだ強さが足りないので、当然掘り起さなければならないはずの宝を掘り起さずにしまいました。わたしはこの人に好いことをしてやりましょう。」
 こういって、心配は学生の足のうわおいぐつをぬがしてやりました。すると、死の眠がおしまいになって、学生は目をさまして立ちあがりました。心配の姿は消えました。それといっしょにうわおいぐつも消えてなくなりました。――きっと心配が、そののちそれをじぶんの物にして、もっているのでしょう。




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