秋の瞳
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著者名:八木重吉 

うらぶれながら
もだゆる日 もだゆるについで
きわまりしらぬ ケーオスのしじまへ
廓寥と 彫られて 燃え
焔々と たちのぼる したしい風景

  哀しみの海

哀しみの
うなばら かけり

わが玉 われは
うみに なげたり

浪よ
わが玉 かへさじとや

  雲

くものある日
くもは かなしい
くもの ない日
そらは さびしい

  在る日の こころ

ある日の こころ
山となり

ある日の こころ
空となり

ある日の こころ
わたしと なりて さぶし

  幼い日

おさない日は
水が もの云ふ日

木が そだてば
そだつひびきが きこゆる日

  痴寂な手

痴寂(ちせき)な手 その手だ、
こころを むしばみ 眸(め)を むしばみ
山を むしばみ 木と草を むしばむ

痴寂な手 石くれを むしばみ
飯を むしばみ かつをぶしを むしばみ
ああ、ねずみの 糞(ふん)さへ むしばんでゆく

わたしを、小(ち)さい 妻を
しづかなる空を 白い雲を
痴寂な手 おまへは むさぼり むしばむ
おお、おろかしい 寂寥の手
おまへは、まあ
じぶんの手をさへ 喰つて しまふのかえ

  くちばしの黄な 黒い鳥

くちばしの 黄いろい
まつ黒い 鳥であつたつけ
ねちねち うすら白い どぶのうへに
籠(かご)のなかで ぎやうつ! とないてゐたつけ、

なにかしら ほそいほそいものが
ピンと すすり哭(な)いてゐるような
そんな 真昼で あつたつけ

  何故に 色があるのか

なぜに 色があるのだらうか
むかし、混沌は さぶし かつた
虚無は 飢えてきたのだ

ある日、虚無の胸のかげの 一抹(いちまつ)が
すうつと 蠱惑(アムブロウジアル)の 翡翠に ながれた
やがて、ねぐるしい ある夜の 盗汗(ねあせ)が
四月の雨にあらわれて 青(ブルウ)に ながれた

  白き響

さく、と 食へば
さく、と くわるる この 林檎の 白き肉
なにゆえの このあわただしさぞ
そそくさとくひければ
わが 鼻先きに ぬれし汁(つゆ)

ああ、りんごの 白きにくにただよふ
まさびしく 白きひびき

  丘を よぢる

丘を よぢ 丘に たてば
こころ わづかに なぐさむに似る

さりながら
丘にたちて ただひとり
水をうらやみ 空をうらやみ
大木(たいぼく)を うらやみて おりてきたれる

  おもたい かなしみ

おもたい かなしみが さえわたるとき
さやかにも かなしみは ちから

みよ、かなしみの つらぬくちから
かなしみは よろこびを
怒り、なげきをも つらぬいて もえさかる

かなしみこそ
すみわたりたる すだまとも 生くるか

  胡蝶

へんぽんと ひるがへり かけり
胡蝶は そらに まひのぼる
ゆくてさだめし ゆえならず
ゆくて かがやく ゆえならず
ただひたすらに かけりゆく
ああ ましろき 胡蝶
みずや みずや ああ かけりゆく
ゆくてもしらず とももあらず
ひとすぢに ひとすぢに
あくがれの ほそくふるふ 銀糸をあへぐ

  おほぞらの 水

おほぞらを 水 ながれたり
みづのこころに うかびしは
かぢもなき 銀の 小舟(おぶね)、ああ
ながれゆく みづの さやけさ
うかびたる ふねのしづけさ

  そらの はるけさ

こころ
そらの はるけさを かけりゆけば
豁然と ものありて 湧くにも 似たり
ああ こころは かきわけのぼる
しづけき くりすたらいんの 高原

  霧が ふる

霧が ふる
きりが ふる
あさが しづもる
きりがふる

  空が 凝視(み)てゐる

空が 凝視(み)てゐる
ああ おほぞらが わたしを みつめてゐる
おそろしく むねおどるかなしい 瞳
ひとみ! ひとみ!
ひろやかな ひとみ、ふかぶかと
かぎりない ひとみのうなばら
ああ、その つよさ
まさびしさ さやけさ

  こころ 暗き日

やまぶきの 花
つばきのはな
こころくらきけふ しきりにみたし
やまぶきのはな
つばきのはな

  蒼白い きりぎし

蒼白い きりぎしをゆく
その きりぎしの あやうさは
ひとの子の あやうさに似る、
まぼろしは 暴風(はやて)めく
黄に 病みて むしばまれゆく 薫香

悩ましい まあぶるの しづけさ
たひらかな そのしずけさの おもわに
あまりにもつよく うつりてなげく
悔恨の 白い おもひで

みよ、悔いを むしばむ
その 悔いのおぞましさ
聖栄のひろやかさよ
おお 人の子よ
おまへは それを はぢらうのか

  夜の薔薇(そうび)

ああ
はるか
よるの
薔薇

  わが児(こ)

わが児と
すなを もり
砂を くづし
浜に あそぶ
つかれたれど
かなし けれど
うれひなき はつあきのひるさがり

  つばねの 穂

ふるへるのか
そんなに 白つぽく、さ

これは
つばねの ほうけた 穂

ほうけた 穂なのかい
わたしぢや なかつたのか、え

  人を 殺さば

ぐさり! と
やつて みたし

人を ころさば
こころよからん

  水に 嘆く

みづに なげく ゆふべ
なみも
すすり 哭く、あわれ そが
ながき 髪
砂に まつわる

わが ひくく うたへば
しづむ 陽
いたいたしく ながる
手 ふれなば
血 ながれん

きみ むねを やむ
きみが 唇(くち)
いとど 哀しからん
きみが まみ
うちふるわん

みなと、ふえ とほ鳴れば
かなしき 港
茅渟(ちぬ)の みづ
とも なりて、あれ
とぶは なぞ、
魚か、さあれ
しづけき うみ

わが もだせば
みづ 満々と みちく
あまりに
さぶし

  蝕む 祈り

うちけぶる
おもひでの 瓔珞
悔いか なげきか うれひか
おお、きららしい
かなしみの すだま

ぴらる ぴらる
ゆうらめく むねの 妖玉
さなり さなり
死も なぐさまぬ
らんらんと むしばむ いのり

  哀しみの 秋

わが 哀しみの 秋に似たるは
みにくき まなこ病む 四十女の
べつとりと いやにながい あご

昨夜みた夢、このじぶんに
『腹切れ』と
刀つきつけし 西郷隆盛の顔

猫の奴めが よるのまに
わが 庭すみに へどしてゆきし
白魚(しらうを)の なまぬるき 銀のひかり

  静かな 焔

各(ひと)つの 木に
各(ひと)つの 影
木 は
しづかな ほのほ

  石塊(いしくれ)と 語る

石くれと かたる
わがこころ
かなしむべかり

むなしきと かたる、
かくて 厭くなき
わが こころ
しづかに いかる

  大木(たいぼく) を たたく

ふがいなさに ふがいなさに
大木をたたくのだ、
なんにも わかりやしない ああ
このわたしの いやに安物のぎやまんみたいな
『真理よ 出てこいよ
出てきてくれよ』
わたしは 木を たたくのだ
わたしは さびしいなあ

  稲妻

くらい よる、
ひとりで 稲妻をみた
そして いそいで ペンをとつた
わたしのうちにも
いなづまに似た ひらめきがあるとおもつたので、
しかし だめでした
わたしは たまらなく
歯をくひしばつて つつぷしてしまつた

  しのだけ

この しのだけ
ほそく のびた

なぜ ほそい
ほそいから わたしのむねが 痛い

  むなしさの 空

むなしさの ふかいそらへ
ほがらかにうまれ 湧く 詩(ポヱジイ)のこころ
旋律は 水のように ながれ
あらゆるものがそこにをわる ああ しづけさ

  こころの 船出

しづか しづか 真珠の空
ああ ましろき こころのたび
うなそこをひとりゆけば
こころのいろは かぎりなく
ただ こころのいろにながれたり
ああしろく ただしろく
はてしなく ふなでをする
わが身を おほふ 真珠の そら

  朝の あやうさ

すずめが とぶ
いちじるしい あやうさ

はれわたりたる
この あさの あやうさ

  あめの 日

しろい きのこ
きいろい きのこ
あめの日
しづかな日

  追憶

山のうへには
はたけが あつたつけ

はたけのすみに うづくまつてみた
あの 空の 近かつたこと
おそろしかつたこと

  草の 実

実(み)!
ひとつぶの あさがほの 実
さぶしいだらうな、実よ

あ おまへは わたしぢやなかつたのかえ

  暗光

ちさい 童女が
ぬかるみばたで くびをまわす
灰色の
午后の 暗光

  止まつた ウオツチ

止まつた 懐中時計(ウオツチ)、
ほそい 三つの 針、
白い 夜だのに
丸いかほの おまへの うつろ、
うごけ うごけ
うごかぬ おまへがこわい

  鳩が飛ぶ

あき空を はとが とぶ、
それでよい
それで いいのだ

  草に すわる

わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる

  夜の 空の くらげ

くらげ くらげ
くものかかつた 思ひきつた よるの月

  虹

この虹をみる わたしと ちさい妻、
やすやすと この虹を讃めうる
わたしら二人 けふのさひわひのおほいさ

  秋

秋が くると いふのか
なにものとも しれぬけれど
すこしづつ そして わづかにいろづいてゆく、
わたしのこころが
それよりも もつとひろいもののなかへくづれて ゆくのか

  黎明

れいめいは さんざめいて ながれてゆく
やなぎのえだが さらりさらりと なびくとき
あれほどおもたい わたしの こころでさへ
なんとはなしに さらさらとながされてゆく

  不思議をおもふ

たちまち この雑草の庭に ニンフが舞ひ
ヱンゼルの羽音が きわめてしづかにながれたとて
七宝荘厳の天の蓮華が 咲きいでたとて
わたしのこころは おどろかない、
倦み つかれ さまよへる こころ
あへぎ もとめ もだへるこころ
ふしぎであらうとも うつくしく咲きいづるなら
ひたすらに わたしも 舞ひたい

  あをい 水のかげ

たかい丘にのぼれば
内海(ないかい)の水のかげが あをい
わたしのこころは はてしなく くづをれ
かなしくて かなしくて たえられない

  人間

巨人が 生まれたならば
人間を みいんな 植物にしてしまうにちがいない

  皎々とのぼつてゆきたい

それが ことによくすみわたつた日であるならば
そして君のこころが あまりにもつよく
説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら
君は この阪路(さかみち)をいつまでものぼりつめて
あの丘よりも もつともつとたかく
皎々と のぼつてゆきたいとは おもわないか

  キーツに 寄す

うつくしい 秋のゆふぐれ
恋人の 白い 横顔(プロフアイル)―キーツの 幻(まぼろし)

  はらへたまつてゆく かなしみ

かなしみは しづかに たまつてくる
しみじみと そして なみなみと
たまりたまつてくる わたしの かなしみは
ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく

こうして わたしは 痴人のごとく
さいげんもなく かなしみを たべてゐる
いづくへとても ゆくところもないゆえ
のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく

  怒(いか)れる 相(すがた)

空が 怒つてゐる
木が 怒つてゐる
みよ! 微笑(ほほえみ)が いかつてゐるではないか
寂寥、憂愁、哄笑、愛慾、
ひとつとして 怒つてをらぬものがあるか

ああ 風景よ、いかれる すがたよ、
なにを そんなに待ちくたびれてゐるのか
大地から生まれいづる者を待つのか
雲に乗つてくる人を ぎよう望して止まないのか

  かすかな 像(イメヱジ)

山へゆけない日 よく晴れた日
むねに わく
かすかな 像(イメヱジ)

  秋の日の こころ

花が 咲いた
秋の日の
こころのなかに 花がさいた

  白い 雲

秋の いちじるしさは
空の 碧(みどり)を つんざいて 横にながれた白い雲だ
なにを かたつてゐるのか
それはわからないが、
りんりんと かなしい しづかな雲だ

  白い 路

白い 路
まつすぐな 杉
わたしが のぼる、
いつまでも のぼりたいなあ

  感傷

赤い 松の幹は 感傷

  沼と風

おもたい
沼ですよ
しづかな
かぜ ですよ

  毛蟲を うづめる

まひる
けむし を 土にうづめる

  春も 晩く

春も おそく
どこともないが
大空に 水が わくのか

水が ながれるのか
なんとはなく
まともにはみられぬ こころだ

大空に わくのは
おもたい水なのか

  おもひ

かへるべきである ともおもわれる

  秋の 壁

白き 
秋の 壁に
かれ枝もて
えがけば

かれ枝より
しづかなる
ひびき ながるるなり

  郷愁

このひごろ
あまりには
ひとを 憎まず
すきとほりゆく
郷愁
ひえびえと ながる

  ひとつの ながれ

ひとつの
ながれ
あるごとし、
いづくにか 空にかかりてか
る、る、と
ながるらしき

  宇宙の 良心

宇宙の良心―耶蘇

  空と光

彫(きざ)まれたる
空よ
光よ

  おもひなき 哀しさ

はるの日の
わづかに わづかに霧(き)れるよくはれし野をあゆむ
ああ おもひなき かなしさよ

  ゆくはるの 宵

このよひは ゆくはるのよひ
かなしげな はるのめがみは
くさぶえを やさしき唇(くち)へ
しつかと おさへ うなだれてゐる

  しづかなる ながれ

せつに せつに
ねがへども けふ水を みえねば
なぐさまぬ こころおどりて
はるのそらに
しづかなる ながれを かんずる

  ちいさい ふくろ

これは ちいさい ふくろ
ねんねこ おんぶのとき
せなかに たらす 赤いふくろ
まつしろな 絹のひもがついてゐます
けさは
しなやかな 秋
ごらんなさい
机のうへに 金糸のぬいとりもはいつた 赤いふくろがおいてある

  哭くな 児よ

なくな 児よ
哭くな 児よ
この ちちをみよ
なきもせぬ
わらひも せぬ わ

  怒り

かの日の 怒り
ひとりの いきもののごとくあゆみきたる
ひかりある
くろき 珠のごとく うしろよりせまつてくる

  春

春は かるく たたずむ
さくらの みだれさく しづけさの あたりに
十四の少女の
ちさい おくれ毛の あたりに
秋よりは ひくい はなやかな そら
ああ けふにして 春のかなしさを あざやかにみる

  柳も かるく

やなぎも かるく
春も かるく
赤い 山車(だし)には 赤い児がついて
青い 山車には 青い児がついて
柳もかるく
はるもかるく
けふの まつりは 花のようだ




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