平凡
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著者名:二葉亭四迷 

          八

 祖母に死別れて悲しかったが、其頃はまだ子供だったから、十分に人間死別の悲しみを汲分け得なかった。その悲しみの底を割ったと思われるのは、其後(そののち)両親(りょうしん)に死なれた時である。
 去る者日々に疎(うと)しとは一わたりの道理で、私のような浮世の落伍者は反(かえっ)て年と共に死んだ親を慕う心が深く、厚く、濃(こまや)かになるようだ。
 去年の事だ。私は久振(ひさしぶり)で展墓(てんぼ)の為帰省した。寺の在る処は旧(もと)は淋しい町端(まちはず)れで、門前の芋畠を吹く風も悲しい程だったが、今は可なりの町並になって居て、昔能(よ)く憩(やす)んだ事のある門脇(もんわき)の掛茶屋は影も形も無くなり、其跡が Barber's(バーバース) Shop(ショップ) と白ペンキの奇抜な看板を揚げた理髪店になっている。
 が、寺は其反対に荒れ果てて、門は左程(さほど)でもなかったが、突当りの本堂も、其側(そのそば)の庫裏(くり)も、多年の風雨(ふうう)に曝(さらさ)れて、処々壁が落ち、下地(したじ)の骨が露(あら)われ、屋根には名も知れぬ草が生えて、甚(ひど)く淋(さび)れていた。私は台所口で寺男が内職に売っている樒(しきみ)を四五本買って、井戸へ掛って、釣瓶縄(つるべなわ)が腐って切れそうになっているのを心配しながら、漸く水を汲上げた。手桶片手に、樒(しきみ)を提(さ)げて、本堂をグルリと廻(まわ)って、後(うしろ)の墓地へ来て見ると、新仏(しんぼとけ)が有ったと見えて、地尻(じしり)に高い杉の木の下(した)に、白張(しらはり)の提灯が二張(ふたはり)ハタハタと風に揺(ゆら)いでいる。流石(さすが)に微(かすか)に覚えが有るから、確か彼(あ)の辺(へん)だなと見当を附けて置いて、さて昨夜(ゆうべ)の雨でぬかる墓場道を、蹴揚(けあげ)の泥を厭(いと)い厭い、度々(たびたび)下駄を取られそうになりながら、それでも迷わずに先祖代々の墓の前へ出た。
 祠堂金(しどうきん)も納めてある筈、僅ばかりでも折々の附け届も怠らなかった積(つもり)だのに、是はまた如何な事! 何時(いつ)掃除した事やら、台石は一杯に青苔(あおごけ)が蒸して石塔も白い痂(かさぶた)のような物に蔽(おお)われ、天辺(てッぺん)に二処三処(ふたとこみとこ)ベットリと白い鳥の糞(ふん)が附ている。勿論木葉(このは)は堆(うずたか)く積って、雑草も生えていたが、花立の竹筒は何処へ行った事やら、影さえ見えなかった。
 私は掃除する方角もなく、之に対して暫く悵然(ちょうぜん)としていた。
 祖母の死後数年(すねん)、父母(ちちはは)も其跡を追うて此墓の下(した)に埋(うず)まってから既に幾星霜を経ている。墓石(ぼせき)は戒名も読め難(かね)る程苔蒸して、黙然として何も語らぬけれど、今来(きた)って面(まのあた)りに之に対すれば、何となく生きた人と面(かお)を合せたような感がある。懐かしい人達が未だ達者でいた頃の事が、夫(それ)から夫(それ)と止度(とめど)なく想出されて、祖母が縁先に円くなって日向ぼッこをしている格構(かっこう)、父が眼も鼻も一つにして大(おおき)な嚔(くしゃみ)を為(し)ようとする面相(かおつき)、母が襷掛(たすきがけ)で張物をしている姿などが、顕然(まざまざ)と目の前に浮ぶ。
 颯(さッ)と風が吹いて通る。木(こ)の葉がざわざわと騒ぐ。木(こ)の葉の騒ぐのとは思いながら、澄んだ耳には、聴き覚えのある皺嗄(しゃが)れた声や、快活な高声(たかごえ)や、低い繊弱(かぼそ)い声が紛々(ごちゃごちゃ)と絡み合って、何やら切(しき)りに慌(あわただ)しく話しているように思われる。一しきりして礑(はた)と其が止むと、跡は寂然(しん)となる。
 と、私の心も寂然(しん)となる。その寂然(しん)となった心の底から、ふと恋しいが勃々(むらむら)と湧いて出て、私は我知らず泪含(なみだぐ)んだ。ああ、成ろう事なら、此儘此墓の下へ入って、もう浮世へは戻り度(たく)ないと思った。

          九

 先刻(さっき)旧友の一人が尋ねて来た。此人は今でも文壇に籍を置いてる人で、人の面(かお)さえ見れば、君ねえ、ナチュラリーズムがねえと、グズリグズリを始める人だ。
 神経衰弱を標榜している人だから耐(たま)らない。来ると、ニチャニチャと飴を食ってるような弁で、直(すぐ)と自分の噂を始める。やあ、僕の理想は多角形で光沢があるの、やあ、僕の神経は錐(きり)の様に尖(とン)がって来たから、是で一つ神秘の門を突(つッ)いて見る積(つもり)だのと、其様(そんな)事ばかり言う。でなきゃ、文壇の噂で人の全盛に修羅(しゅら)を燃(もや)し、何かしらケチを附けたがって、君、何某(なにがし)のと、近頃評判の作家の名を言って、姦通一件を聞いたかという。また始まったと、うんざりしながら、いやそんな事僕は知らんと、ぶっきらぼうに言うけれど、文士だから人の腹なんぞは分らない。人が知らんというのに反って調子づいて、秘密の話だよ、此場限りだよと、私が十人目の聴手かも知れぬ癖に、悪念(わるねん)を推して、その何某(なにがし)が友の何某(なにがし)の妻と姦通している話を始める。何とかが如何(どう)とかして、掃溜(はきだめ)の隅で如何(どう)とかしている処を、犬に吠付かれて蒼くなって逃げたとか、何とか、その醜穢(しゅうわい)なること到底筆には上せられぬ。それも唯其丈の話で、夫だから如何(どう)という事もない。君、モーパッサンの捉まえどこだね、という位(ぐらい)が落だ。
 これで最う帰るかと思うと、なかなか以て! 君ねえ、僕はねえと、また僕の事になって、其中(そのうち)に世間の俗物共を眼中に措(お)かないで、一つ思う存分な所を書いて見ようと思うという様な事を饒舌(しゃべ)って、文士で一生貧乏暮しをするのだもの、ねえ、君、責(せめ)て後世にでも名を残さなきゃアと、堪(たま)らない事をいう。プスリプスリと燻(いぶ)るような気□(きえん)を吐いて、散々人を厭がらせた揚句に、僕は君に万斛(ばんこく)の同情を寄せている、今日は一つ忠告を試みようと思う、というから、何を言うかと思うと、「君も然う所帯染みて了わずと、一つ奮発して、何か後世へ残し玉え。」
 こんなのは文壇でも流石(さすが)に屑の方であろう。しかし不幸にして私の友人は大抵屑ばかりだ。こんな人のこんな風袋(ふうたい)ばかり大きくても、割れば中から鉛の天神様が出て来るガラガラのような、見掛倒しの、内容に乏しい、信切な忠告なんぞは、私は些(ちッ)とも聞き度(たく)ない。私の願は親の口から今一度、薄着して風邪をお引きでない、お腹が減(す)いたら御飯にしようかと、詰らん、降(くだ)らん、意味の無い事を聞きたいのだが……
 その親達は最う此世に居ない。若し未だ生きていたら、私は……孝行をしたい時には親はなしと、又しても俗物は旨い事を言う。ああ、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、憶出すのは親の事……それにポチの事だ。

          十

 ポチは言う迄もなく犬だ。
 来年は四十だという、もう鬢(びん)に大分白髪(しらが)も見える、汚ない髭の親仁(おやじ)の私が、親に継いでは犬の事を憶い出すなんぞと、余(あんま)り馬鹿気ていてお話にならぬ――と、被仰(おっしゃ)るお方が有るかも知れんが、私に取っては、ポチは犬だが……犬以上だ。犬以上で、一寸(ちょっと)まあ、弟……でもない、弟以上だ。何と言ったものか? ……そうだ、命だ、第二の命だ。恥を言わねば理(り)が聞こえぬというから、私は理(り)を聞かせる為に敢て耻を言うが、ポチは全く私の第二の命であった。其癖初めを言えば、欲しくて貰った犬ではない、止むことを得ず……いや、矢張(やっぱり)あれが天から授かったと云うのかも知れぬ。
 忘れもせぬ、祖母の亡(なく)なった翌々年(よくよくとし)の、春雨のしとしとと降る薄ら寒い或夜の事であった。宵惑(よいまどい)の私は例の通り宵の口から寝て了って、いつ両親(りょうしん)は寝(しん)に就いた事やら、一向知らなかったが、ふと目を覚すと、有明(ありあけ)が枕元を朦朧(ぼんやり)と照して、四辺(あたり)は微暗(ほのぐら)く寂然(しん)としている中で、耳元近くに妙な音がする。ゴウというかとすれば、スウと、或は高く或は低く、単調ながら拍子を取って、宛然(さながら)大鋸(おおのこぎり)で大丸太を挽割(ひきわ)るような音だ。何だろうと思って耳を澄していると、時々其音が自分と自分の単調に□(あ)いたように、忽ちガアと慣れた調子を破り、凄じい、障子の紙の共鳴りのする程の音を立てて、勢込んで何処へか行きそうにして、忽ち物に行当ったように、礑(はた)と止む。と、しばらく闃寂(ひッそ)となる――その側(そば)から、直ぐ又穏かにスウスウという音が遠方に聞え出して、其が次第に近くなり、荒くなり、又耳元で根気よくゴウ、スウ、ゴウ、スウと鳴る。
 私は夜中に滅多に目を覚した事が無いから、初は甚(ひど)く吃驚(びっくり)したが、能(よ)く研究して見ると、なに、父の鼾(いびき)なので、漸(やっ)と安心して、其儘再び眠ろうとしたが、壮(さかん)なゴウゴウスウスウが耳に附いて中々眠付(ねつか)れない。仕方がないから、聞える儘に其音に聴入っていると、思做(おもいな)しで種々(いろいろ)に聞える。或は遠雷(とおかみなり)のように聞え、或は浪の音のようでもあり、又は火吹達磨(ひふきだるま)が火を吹いてるようにも思われれば、ゴロタ道を荷馬車が通る音のようにも思われる。と、ふと昼間見た絵本の天狗が酒宴を開いている所を憶出して、阿爺(おとっ)さんが天狗になってお囃子(はやし)を行(や)ってるのじゃないかと思うと、急に何だか薄気味(うすきび)悪くなって来て、私は頭からスポッと夜着(よぎ)を冠(かむ)って小さくなった。けれども、天狗のお囃子(はやし)は夜着の襟から潜り込んで来て、耳元に纏(へば)り付いて離れない。私は凝然(じっ)と固くなって其に耳を澄ましていると、何時(いつ)からとなくお囃子(はやし)の手が複雑(こん)で来て、合の手に遠くで幽(かす)かにキャンキャンというような音が聞える。ゴウという凄じい音の時には、それに消圧(けお)されて聞えぬが、スウという溜息のような音になると、其が判然(はっきり)と手に取るように聞える。不思議に思って益(ますます)耳を澄ましていると、合の手のキャンキャンが次第に大きく、高くなって、遂には鼾(いびき)の中を脱け出し、其とは離ればなれに、確に門前(もんぜん)に聞える。
 こうなって見ると、疑もなく小狗(こいぬ)の啼き声だ。時々咽喉(のど)でも締(しめ)られるように、消魂(けたたま)しく□々(きゃんきゃん)と啼き立てる其の声尻(こわじり)が、軈(やが)てかぼそく悲し気になって、滅入るように遠い遠い処へ消えて行く――かとすれば、忽ち又近くで堪(た)え切れぬように啼き出して、クンクンと鼻を鳴らすような時もあり、ギャオと欠(あく)びをするような時もある。

          十一

 私は元来動物好きで、就中(なかんずく)犬は大好だから、近所の犬は大抵馴染(なじみ)だ。けれども、此様(こんな)繊細(かぼそ)い可愛(いたい)げな声で啼くのは一疋も無い筈だから、不思議に思って、窃(そっ)と夜着の中から首を出すと、
「如何(どう)したの? 寝られないのかえ?」
 と、母が寝反りを打って此方(こちら)を向いた。私は此返答は差措(さしお)いて、
「あれは白じゃないねえ、阿母(おッか)さん? 最(もッ)と小さい狗(いぬ)の声だねえ? 如何(どう)したんだろう?」
「棄狗(すていぬ)さ。」
「棄狗(すていぬ)ッて何(なアに)?」
「棄狗(すていぬ)ッて……誰かが棄(すて)てッたのさ。」
 私はしばらく考えて、
「誰(たれ)が棄(すて)てッたンだろう?」
「大方何処(どッ)かの……何処(どッ)かの人さ。」
 何処(どッ)かの人が狗(いぬ)を棄(すて)てッたと、私は二三度反覆(くりかえ)して見たが、分らない。
「如何(どう)して棄(すて)てッたんだろう?」
 蒼蠅(うるさい)よ、などという母ではない。何処迄も相手になって、其意味を説明して呉れて、もう晩(おそ)いから黙ってお寐(ね)と優しく言って、又彼方(あちら)向いて了った。
 私も亦夜着を被(かぶ)った。狗(いぬ)は門前を去ったのか、啼声が稍(やや)遠くなるに随(つ)れて、父の鼾(いびき)が又蒼蠅(うるさ)く耳に附く。寝られぬ儘に、私は夜着の中で今聴いた母の説明を反覆(くりかえ)し反覆し味(あじわ)って見た。まず何処かの飼犬が椽の下で児(こ)を生んだとする。小(ちッ)ぽけなむくむくしたのが重なり合って、首を擡(もちゃ)げて、ミイミイと乳房を探している所へ、親犬が余処(よそ)から帰って来て、其側(そのそば)へドサリと横になり、片端(かたはし)から抱え込んでベロベロ舐(なめ)ると、小さいから舌の先で他愛もなくコロコロと転がされる。転がされては大騒ぎして起返り、又ヨチヨチと這(は)い寄って、ポッチリと黒い鼻面でお腹(なか)を探り廻(まわ)り、漸く思う柔かな乳首(ちくび)を探り当て、狼狽(あわて)てチュウと吸付いて、小さな両手で揉(も)み立(た)て揉み立て吸出すと、甘い温(あった)かな乳汁(ちち)が滾々(どくどく)と出て来て、咽喉(のど)へ流れ込み、胸を下(さが)って、何とも言えずお甘(い)しい。と、腋の下からまだ乳首に有附かぬ兄弟が鼻面で割込んで来る。奪(と)られまいとして、産毛(うぶげ)の生えた腕を突張り大騒ぎ行(や)ってみるが、到頭奪(と)られて了い、又其処らを尋ねて、他(ほか)の乳首に吸付く。其中(そのうち)にお腹も満(くち)くなり、親の肌で身体も温(あたた)まって、溶(とろ)けそうな好(い)い心持になり、不覚(つい)昏々(うとうと)となると、含(くく)んだ乳首が抜けそうになる。夢心地にも狼狽(あわて)て又吸付いて、一しきり吸立てるが、直(じき)に又他愛なく昏々(うとうと)となって、乳首が遂に口を脱ける。脱けても知らずに口を開(あ)いて、小さな舌を出したなりで、一向正体がない……其時忽ち暗黒(くらやみ)から、茸々(もじゃもじゃ)と毛の生えた、節くれ立った大きな腕がヌッと出て、正体なく寝入っている所を無手(むず)と引掴(ひッつか)み、宙に釣(つる)す。驚いて目をポッチリ明き、いたいげな声で悲鳴を揚げながら、四足(そく)を張って藻掻(もが)く中(うち)に、頭から何かで包まれたようで、真暗になる。窮屈で息気(いき)が塞(つま)りそうだから、出ようとするが、出られない。久(しば)らく藻掻(もが)いて居る中(うち)に、ふと足掻(あが)きが自由になる。と、領元(えりもと)を撮(つま)まれて、高い高い処からドサリと落された。うろうろとして其処らを視廻すけれど、何だか変な淋しい真暗な処で、誰も居ない。茫然としていると、雨に打れて見る間に濡しょぼたれ、怕(おそ)ろしく寒くなる。身慄(みぶる)い一つして、クンクンと親を呼んで見るが、何処からも出て来ない。途方に暮れて、ヨチヨチと這出し、雨の夜中を唯一人、温(あたた)かな親の乳房を慕って悲し気に啼廻(なきまわ)る声が、先刻(さっき)一度門前へ来て、又何処へか彷徨(さまよ)って行ったようだったが、其が何時(いつ)か又戻って来て、何処を如何(どう)潜り込んだのか、今は啼声が正(まさ)しく玄関先に聞える。

          十二

「阿母(おっか)さん阿母さん、門の中へ入って来たようだよ。」
 と、私が何だか居堪(いたたま)らないような気になって又母に言掛けると、母は気の無さそうな声で、
「そうだね。」
「出て見ようか?」
「出て見ないでも好(い)いよ。寒いじゃないかね。」
「だってえ……あら、彼様(あんな)に啼てる……」
 と、折柄(おりから)絶入るように啼入る狗(いぬ)の声に、私は我知らず勃然(むッくり)起上ったが、何だか一人では可怕(おッかな)いような気がして、
「よう、阿母(おッか)さん、行って見ようよう!」
「本当(ほんと)に仕様がない児(こ)だねえ。」
 と、口小言を言い言い、母も渋々起きて、雪洞(ぼんぼり)を点(つ)けて起上(たちあが)ったから、私も其後(そのあと)に随(つ)いて、玄関――と云ってもツイ次の間だが、玄関へ出た。
 母が履脱(くつぬぎ)へ降りて格子戸の掛金(かきがね)を外し、ガラリと雨戸を繰ると、颯(さっ)と夜風が吹込んで、雪洞(ぼんぼり)の火がチラチラと靡(なび)く。其時小さな鞠(まり)のような物が衝(つ)と軒下を飛退(とびの)いたようだったが、軈(やが)て雪洞(ぼんぼり)の火先(ひさき)が立直って、一道の光がサッと戸外(おもて)の暗黒(やみ)を破り、雨水の処々に溜った地面(じづら)を一筋細長く照出した所を見ると、ツイ其処に生後まだ一ヵ月も経(た)たぬ、むくむくと肥(ふと)った、赤ちゃけた狗児(いぬころ)が、小指程の尻尾(しっぽ)を千切れそうに掉立(ふりた)って、此方(こちら)を瞻上(みあ)げている。形体(なり)は私が寝ていて想像したよりも大きかったが、果して全身雨に濡れしょぼたれて、泥だらけになり、だらりと垂れた割合に大きい耳から雫(しずく)を滴(たら)し、ぽっちりと両つの眼を青貝のように列べて光らせている。
「おやおや、まあ、可愛らしい! ……」と、母も不覚(つい)言って了った。
 況(いわん)や私は犬好だ。凝(じッ)として視ては居られない。母の袖の下から首を出して、チョッチョッと呼んで見た。
 と、左程畏(おそ)れた様子もなく、チョコチョコと側(そば)へ来て流石(さすが)に少し平べったくなりながら、頭を撫(な)でてやる私の手を、下からグイグイ推上(おしあ)げるようにして、ベロベロと舐廻(なめまわ)し、手を呉れる積(つもり)なのか、頻(しきり)に円い前足を挙げてバタバタやっていたが、果は和(やんわ)りと痛まぬ程に小指を咬む。
 私は可愛(かわゆ)くて可愛くて堪(た)まらない。母の面(かお)を瞻上(みあ)げながら、少し鼻声を出し掛けて、
「阿母(おっか)さん、何か遣って。」
「遣るも好(い)いけど、居附いて了うと、仕方がないねえ。」
 と、口では拒むような事を言いながら、それでも台所へ行って、欠茶碗(かけぢゃわん)に冷飯を盛って、何かの汁を掛けて来て呉れた。
 早速履脱(くつぬぎ)へ引入れて之を当がうと、小狗(こいぬ)は一寸(ちょっと)香(か)を嗅いで、直ぐ甘(うま)そうに先ずピチャピチャと舐出(なめだ)したが、汁が鼻孔(はな)へ入ると見えて、時々クシンクシンと小さな嚔(くしゃみ)をする。忽ち汁を舐尽(なめつく)して、今度は飯に掛った。他(ほか)に争う兄弟も無いのに、切(しきり)に小言を言いながら、ガツガツと喫(た)べ出したが、飯は未だ食慣(くいな)れぬかして、兎角上顎に引附(ひッつ)く。首を掉(ふ)って見るが、其様(そん)な事では中々取れない。果は前足で口の端(はた)を引掻(ひッか)くような真似をして、大藻掻(おおもが)きに藻掻(もが)く。
 此隙(このひま)に私は母と談判を始めて、今晩一晩泊めて遣ってと、雪洞(ぼんぼり)を持った手に振垂(ぶらさが)る。母は一寸(ちょっと)渋ったが、もう斯うなっては仕方がない。阿爺(おとっ)さんに叱られるけれど、と言いながら、詰り桟俵法師(さんだらぼうし)を捜して来て、履脱(くつぬぎ)の隅に敷いて遣った――は好かったが、其晩一晩啼通(なきとお)されて、私は些(ちっ)とも知らなんだが、お蔭で母は父に小言を言われたそうな。

          十三

 犬嫌(いぬぎらい)の父は泊めた其夜(そのよ)を啼明(なきあか)されると、うんざりして了って、翌日(あくるひ)は是非逐出(おいだ)すと言出したから、私は小狗(こいぬ)を抱いて逃廻って、如何(どう)しても放さなかった。父は困った顔をしていたが、併し其も一時(じ)の事で、其中(そのうち)に小狗(こいぬ)も独寝(ひとりね)に慣れて、夜も啼かなくなる。と、逐出(おいだ)す筈の者に、如何(いつ)しかポチという名まで附いて、姿が見えぬと父までが一緒に捜すようになって了った。
 父が斯うなったのも、無論ポチを愛したからではない。唯私に覊(ひか)されたのだ。私とてもポチを手放し得なかったのは、強(あなが)ちポチを愛したからではない。愛する愛さんは扨置(さてお)いて、私は唯可哀(かわい)そうだったのだ。親の乳房に縋(すが)っている所を、無理に無慈悲な人間の手に引離されて、暗い浮世へ突放(つきはな)された犬の子の運命が、子供心にも如何にも果敢(はか)なく情けないように思われて、手放すに忍びなかったのだ。
 此忍びぬ心と、その忍びぬ心を破るに忍びぬ心と、二つの忍びぬ心が搦(から)み合った処に、ポチは旨(うま)く引掛(ひッかか)って、辛(から)くも棒石塊(いしころ)の危ない浮世に彷徨(さまよ)う憂目を免(のが)れた。で、どうせ、それは、蜘蛛(くも)の巣だらけでは有ったろうけれど、兎も角も雨露(うろ)を凌(しの)ぐに足る椽の下の菰(こも)の上で、甘(うま)くはなくとも朝夕二度の汁掛け飯に事欠かず、まず無事に暢(のん)びりと育った。
 育つに随(つ)れて、丸々と肥(ふと)って可愛らしかったのが、身長(せい)に幅を取られて、ヒョロ長くなり、面(かお)も甚(ひど)くトギスになって、一寸(ちょッと)狐のような犬になって了った。前足を突張って、尻をもったてて、弓のように反(そ)って伸(のび)をしながら、大きな口をアングリ開(あ)いて欠(あく)びをする所なぞは、誰(た)が眼にも余(あん)まり見(みっ)とも好くもなかったから、父は始終厭な犬だ厭な犬だと言って私を厭がらせたが、私はそんな犬振りで情(じょう)を二三にするような、そんな軽薄な心は聊(いささ)かも無い。固(もと)より玩弄物(なぐさみもの)にする気で飼ったのでないから、厭な犬だと言われる程、尚可愛(かわ)ゆい。
「ねえ、阿母(おっか)さん此様(こん)な犬は何処へ行ったって可愛がられやしないやねえ。だから家(うち)で可愛がって遣るんだねえ。」
 と、いつも苦笑する母を無理に味方にして、調戯(からか)う父と争った。
 犬好(いぬずき)は犬が知る。私の此心はポチにも自然と感通していたらしい。其証拠には犬嫌いの父が呼んでも、ほんの一寸(ちょっと)お愛想(あいそ)に尻尾を掉(ふ)るばかりで、振向きもせんで行って了う事がある。母が呼ぶと、不断食事の世話になる人だから、又何か貰えるかと思って眼を輝かして飛んで来る、而(そう)して母の手中に其らしい物があれば、兎のように跳ねて喜ぶ。が、しかし、唯其丈の事で、其時のポチは矢張(やっぱり)犬に違いない。
 その矢張(やっぱり)犬に違いないポチが、私に対(むか)うと……犬でなくなる。それとも私が人間でなくなるのか? ……何方(どっち)だか其は分らんが、兎に角互の熱情熱愛に、人畜(にんちく)の差別(さべつ)を撥無(はつむ)して、渾然として一如(にょ)となる。
 一如(にょ)となる。だから、今でも時々私は犬と一緒になって此様(こん)な事を思う、ああ、儘になるなら人間の面(つら)の見えぬ処へ行って、飯を食って生きてたいと。
 犬も屹度(きっと)然う思うに違いないと思う。

          十四

 私は生来の朝寝坊だから、毎朝二度三度覚(おこ)されても、中々起きない。優しくしていては際限がないので、母が最終(しまい)には夜着を剥(は)ぐ。これで流石(さすが)の朝寝坊も不承々々に床を離れるが、しかし大不平(だいふへい)だ。額で母を睨(にら)めて、津蟹(づがに)が泡を吐くように、沸々(ぶつぶつ)言っている。ポチは朝起だから、もう其時分には疾(とッ)くに朝飯(あさめし)も済んで、一切(ひとッき)り遊んだ所だが、私の声を聴き付けると、何処に居ても一目散に飛んで来る。
 これで私の機嫌も直る。急に現金に莞爾々々(にこにこ)となって、急いで庭へ降りる所を、ポチが透(すか)さず泥足で飛付く。細い人参程の赤ちゃけた尻尾を懸命に掉(ふ)り立って、嬉しそうに面(かお)を瞻上(みあげ)る。視下す。目と目と直(ぴっ)たりと合う。堪(た)まらなくなって私が横抱に引(ひ)ン抱(だ)く。ポチは抱かれながら、身を藻掻(もが)いて大暴れに暴れ、私の手を舐(な)め、胸を舐(な)め、顋(あご)を舐(な)め、頬(ほお)を舐(な)め、舐めても舐めても舐め足らないで、悪くすると、口まで舐(な)める。父が面(かお)を顰(しか)めて汚い汚いと曰う。成程、考えて見れば、汚いようではあるけれども……しかし、私は嬉しい、止(や)められない。如何(どう)して是が止(や)められるもんか! 私が何も好(い)い物を持っているじゃなし、ポチも其は承知で為(す)る事だ。利害の念を離れて居るのだ、唯懐かしいという刹那の心になって居るのだ。毎朝これでは着物が堪(たま)らないと、母は其を零(こぼ)すけれど、着物なんぞの汚(けが)れを厭(いと)って、ポチの此志を無にする事が出来た話だか、話でないか、其処を一つ考えて貰いたい。
 理窟は扨(さて)置いて、この面舐(かおな)めの一儀が済むと、ポチも漸(やッ)と是で気が済んだという形で、また庭先をうろうろし出して、椽の下なぞを覗いて見る。と、其処に草鞋虫(わらじむし)の一杯依附(たか)った古草履の片足(かたし)か何ぞが有る。好(い)い物を看附けたと言いそうな面(かお)をして、其を咥(くわ)え出して来て、首を一つ掉(ふ)ると、草履は横飛にポンと飛ぶ。透(すか)さず追蒐(おっか)けて行って、又咥(くわ)えてポンと抛(ほう)る。其様(そん)な他愛(たわい)もない事をして、活溌に元気よく遊ぶ。
 其隙(そのひま)に私は面(かお)を洗う、飯を食う。それが済むと、今度は学校(がっこう)へ行く段取になるのだが、此時が一日中で一番私の苦痛の時だ。ポチが跟(あと)を追う。うッかり出ようものなら、何処迄も何処迄も随(つ)いて来て、逐(お)ったって如何(どう)したって帰らない。こッそり出ようとしても、出掛ける時刻をチャンと知って居て、其時分になると、何時(いつ)の間にか玄関先へ廻って待っている。仕方がないから、最終(しまい)には取捉(とッつか)まえて否応(いやおう)なしに格子戸の内へ入れて置いては出るようにしていたが、然うすると前足で格子を引掻いて、悲しい悲しい血を吐きそうな啼声(なきごえ)を立てて後(あと)を慕い、姿が見えなくなっても啼止(なきや)まない。私もそれは同じ想だ。泣出しそうな面(かお)をして、バタバタと駆出し、声の聞えない処まで来て、漸くホッとして、普通(なみ)の歩調(あしどり)になる、而(そう)して常(いつ)も心の中(うち)で反覆(くりかえ)し反覆し此様(こん)な事を思う、
「僕が居ないと淋しいもんだから、それで彼様(あんな)に跟(あと)を追うンだ。可哀そうだなあ……僕(ぼか)ぁ学校なんぞへ行(い)きたか無いンだけど……行(い)かないと、阿父(おとっ)さんがポチを棄(す)てッ了(ちま)うッて言うもんだから、それでシヨウがないから行(い)くンだけども……」

          十五

 ジャンジャンと放課の鐘が鳴る。今迄静かだった校舎内が俄(にわか)に騒がしくなって、彼方此方(あちこち)の教室の戸が前後して慌(あわた)だしくパッパッと開(あ)く。と、その狭い口から、物の真黒な塊りがドッと廊下へ吐出され、崩れてばらばらの子供になり、我勝(われがち)に玄関脇の昇降口を目蒐(めが)けて駈出しながら、口々に何だか喚(わめ)く。只もう校舎を撼(ゆす)ってワーッという声の中(うち)に、無数の円い顔が黙って大きな口を開(あ)いて躍っているようで、何を喚(わめ)いているのか分らない。で、それが一旦昇降口へ吸込まれて、此処で又紛々(ごたごた)と入乱れ重なり合って、腋の下から才槌頭(さいづちあたま)が偶然(ひょっ)と出たり、外歯(そっぱ)へ肱が打着(ぶつ)かったり、靴の踵(かかと)が生憎(あいにく)と霜焼(しもやけ)の足を踏んだりして、上を下へと捏返(こねかえ)した揚句に、ワッと門外(もんそと)へ押出して、東西へ散々(ぢりぢり)になる。
 仲善(なかよし)二人肩へ手を掛合って行く前に、弁当箱をポンと抛(ほう)り上げてはチョイと受けて行く頑童(いたずら)がある。其隣りは往来の石塊(いしころ)を蹴飛ばし蹴飛ばし行く。誰だか、後刻(あと)で遊びに行(い)くよ、と喚(わめ)く。蝗(いなご)を取りに行(い)かないか、という声もする。君々と呼ぶ背後(うしろ)で、馬鹿野郎と誰かが誰かを罵(ののし)る。あ、痛(い)たッ、何でい、わーい、という声が譟然(がやがや)と入違って、友達は皆道草を喰っている中を、私一人は駈脱(かけぬ)けるようにして側視(わきみ)もせずに切々(せっせ)と帰って来る。
 家(うち)の横町の角迄来て擽(くすぐッ)たいような心持になって、窃(そッ)と其方角を観る。果してポチが門前へ迎えに出ている。私を看附(みつけ)るや、逸散(いっさん)に飛んで来て、飛付く、舐(な)める。何だか「兄さん!」と言ったような気がする。若し本包(ほんづつみ)に、弁当箱に、草履袋で両手が塞(ふさ)がっていなかったら、私は此時ポチを捉(つか)まえて何を行(や)ったか分らないが、其が有るばかりで、如何(どう)する事も出来ない。拠(よん)どころなくほたほたしながら頭を撫(な)でて遣るだけで不承(ふしょう)して、又歩き出す。と、ポチも忽ち身を曲(くね)らせて、横飛にヒョイと飛んで駈出すかと思うと、立止って、私の面(かお)を看て滑稽(おどけ)た眼色(めつき)をする。追付くと、又逃げて又其眼色(めつき)をする。こうして巫山戯(ふざけ)ながら一緒に帰る。
 玄関から大きな声で、「只今!」といいながら、内へ駈込んで、卒然(いきなり)本包を其処へ抛(ほう)り出し、慌(あわ)てて弁当箱を開けて、今日のお菜の残り――と称して、実は喫(た)べたかったのを我慢して、半分残して来た其物(それ)をポチに遣(や)る。其れでも足らないで、お八ツにお煎を三枚貰ったのを、責(せび)って五枚にして貰って、二枚は喫(た)べて、三枚は又ポチに遣る。
 夫から庭で一しきりポチと遊ぶと、母が屹度(きっと)お温習(さらい)をお為(し)という。このお温習(さらい)程私の嫌いな事はなかったが、之をしないと、直(じき)ポチを棄(すて)ると言われるのが辛いので、渋々内へ入って、形(かた)の如く本を取出し、少し許(ばかり)おんにょごおんにょごと行(や)る。それでお終(しまい)だ。余(あんま)り早いねと母がいういのを、空耳(そらみみ)潰(つぶ)して、衝(つ)と外へ出て、ポチ来い、ポチ来いと呼びながら、近くの原へ一緒に遊びに行く。
 これが私の日課で、ポチでなければ夜(よ)も日も明けなかった。

          十六

 ポチは日増しにメキメキと大きくなる。大きくはなるけれど、まだ一向に孩児(ねんねえ)で、垣の根方(ねがた)に大きな穴を掘って見たり、下駄を片足門外(もんそと)へ啣(くわ)え出したり、其様(そんな)悪戯(いたずら)ばかりして喜んでいる。
 それに非常に人懐こくて、門前を通掛りの、私のような犬好が、気紛れにチョッチョッと呼んでも、直(すぐ)ともう尾を掉(ふ)って飛んで行く。況(ま)して家(うち)へ来た人だと、誰彼(たれかれ)の見界(みさかい)はない、皆に喜んで飛付く。初ての人は驚いて、子供なんぞは泣出すのもある。すると、ポチは吃驚(びっくり)して其面(そのかお)を視ている。
 人でさえ是だから同類は尚お恋しがる。犬が外を通りさえすれば屹度(きっと)飛んで出る。喧嘩するのかと、私がハラハラすれば、喧嘩はしない、唯壮(さかん)に尻尾を掉(ふ)って鼻を嗅合(かぎあ)う。大抵の犬は相手は子供だという面(かお)をして、其儘□々(さっさ)と行(い)こうとする。どっこいとポチが追蒐(おッか)けて巫山戯(ふざけ)かかる。蒼蠅(うるさ)いと言わぬばかりに、先の犬は歯を剥(む)いて叱る。すると、ポチは驚いて耳を伏せて逃げて来る。
 ポチは此様(こん)な無邪気な犬であったから、友達は直(じき)出来た。
 友達というのは黒と白との二匹で、いずれもポチよりは三ツ四ツも年上であった。歴とした家(うち)の飼い犬でありながら、品性の甚だ下劣な奴等で、毎日々々朝から晩まで近所の掃溜(はきだめ)を□(あさ)り歩き二度の食事の外(ほか)の間食(かんしょく)ばかり貪(むさぼ)っている。以前から私の家(うち)の掃溜(はきだめ)へも能(よ)く立廻(たちまわ)って来て、馴染(なじみ)の犬共ではあるけれど、ポチを飼うようになってからは、尚お頻繁(ひんぱん)に立廻って来る。ポチの喫剰(たべあま)しを食いに来るので。
 ポチは大様(おおよう)だから、余処(よそ)の犬が自分の食器へ首を突込んだとて、怒(おこ)らない。黙って快く食わせて置く。が、他(ひと)の食うのを見て自分も食気附(しょくきづ)く時がある。其様(そん)な時には例の無邪気で、うッかり側(そば)へ行って一緒に首を突込もうとする。無論先の犬は、馳走になっている身分を忘れて、大(おおい)に怒(いか)って叱付ける。すると、ポチは驚いて飛退(とびの)いて、不思議そうに小首を傾(かし)げて、其ガツガツと食うのを黙って見ている。
 父は馬鹿だと言うけれど、馬鹿気て見える程無邪気なのが私は可愛(かわ)ゆい。尤も後(のち)には悪友の悪感化を受けて、友達と一緒に近所の掃溜(はきだめ)へ首を突込み、鮭(しゃけ)の頭を舐(しゃぶ)ったり、通掛(とおりがか)りの知らん犬と喧嘩したり、屑拾いの風体を怪しんで押取囲(おっとりかこ)んで吠付いたりした事も無いではないが、是れは皆友達を見よう見真似に其の尻馬に騎(の)って、訳も分らずに唯騒ぐので、ポチに些(ち)っとも悪意はない。であるから、独りの時には、矢張(やっぱり)元の無邪気な人懐こい犬で、滑稽(とぼけ)た面(かお)をして他愛のない事ばかりして遊んでいる。惟(おも)うに、私等親子の愛(いつく)しみを受けて、曾て痛い目に遭(あ)った事なく、暢気(のんき)に安泰に育ったから、それで此様(こんな)に無邪気であったのだろうが、ああ、想出しても無念でならぬ。何故私はポチを躾(しつ)けて、人を見たら皆悪魔と思い、一生世間を睨(ね)め付けては居させなかったろう? □(なま)じ可愛がって育てた為に、ポチは此様(こんな)に無邪気な犬になり、無邪気な犬であった為に、遂に残忍な刻薄な人間の手に掛って、彼様(あん)な非業の死を遂げたのだ。

          十七

 或日の事。卑(さも)しい事を言うようだが、其日の弁当の菜(さい)は母の手製の鰹節(かつぶし)でんぶで、私も好きだが、ポチの大好きな物だったから、我慢して半分以上残したのが、チャンと弁当箱に入っている。早く帰ってこれが喫(たべ)させたかったので、待憧(まちこが)れた放課の鐘が鳴るや、大急ぎで学校の門を出て、友達は例の通り皆道草を喰っている中を、私一人は切々(せっせ)と帰って来ると、俄(にわか)に行手がワッと騒がしくなって、先へ行く児(こ)が皆雪崩(なだ)れて、ドッと道端(みちばた)の杉垣へ片寄ったから、驚いてヒョイと向うを見ると、ツイ四五間先を荷車が来る。瞥(ちら)と見たばかりでは何の車とも分らなかった。何でも可なり大きな箱車(はこぐるま)で、上から菰(こも)を被(かぶ)せてあったようだったが、其を若い土方風の草鞋穿(わらじばき)の男が、余り重そうにもなく、□々(さっさ)と引いて来る。車に引添(ひっそ)うてまだ一人、四十許りの、四角な面(かお)の、茸々(もじゃもじゃ)と髭(ひげ)の生えた、人相の悪い、矢張(やっぱり)草鞋穿(わらじばき)の土方風の男が、古ぼけて茶だか鼠だか分らなくなった、塵埃(ほこり)だらけの鉢巻もない帽子を阿弥陀(あみだ)に冠(かぶ)って、手ぶらで何だか饒舌(しゃべ)りながら来る。
 道端(みちばた)の子供等は皆好奇の目を円くして此怪し気な車を見迎え見送って、何を言うのか、口々に譟然(がやがや)と喚(わめ)いている中から、忽ち一段際立(きわだ)って甲高(かんだか)な、「犬殺しだい犬殺しだい!」という叫声(さけびごえ)が其処此処から起る。と聞くより、私はハッとした。全身の血の通いが急に一時(じ)に止ったような気がして、襟元から冷りとする、足が窘蹙(すく)む……と、忽ち心臓が破裂せんばかりに鼓動し出す。「ポチは? ……」という疑問が曇ったような頭の中で、ちらりと電光(いなずま)のように閃いて又暗中に没する時、ガタガタと車が前を通る。
 後で聞けば、菰(こも)の下から犬の尻尾とか足とかが見えていたというけれど、私が其時佶(きっ)と目を据えて視たのでは、唯車が躍って菰(こも)が魂の有るようにゆさゆさと揺(ゆれ)るのが見えたばかりで、他(ほか)には何も見えなかった。或は最う目も霞んでいたのかも知れぬ。
「おッそろしい餓鬼だなあ! まだ彼様(あんな)に出て来やがら……」
 と太い煤(すす)けたような野良声(のらごえ)で、――確に年上の奴に違いないが、然う言うのが聞えた。
 ガタンと一つ小石に躍って、車は行過ぎて了う。
 跡は両側の子供が又続々(ぞろぞろ)と動き出し、四辺(あたり)が大黒帽に飛白(かすり)の衣服(きもの)で紛々(ごたごた)となる中で、私一人は佇立(たちどま)ったまま、茫然として轅棒(かじぼう)の先で子供の波を押分けて行くように見える車の影を見送っていた。
 と、誰だか私の側(そば)へ来て、何か言う。顔は見覚えのある家(うち)の近所の何とかいう児だが、言ってる事が分らない。私は黙って其面(そのかお)を視たばかりで、又窃(そっ)と車の行った方角を振向いて見ると、最う車は先の横町を曲ったと見えて、此方(こちら)を向いて来る沢山の子供の顔が見えるばかりだ。
「ねえ、君、君ン所(とこ)のポチも殺されたかも知れないぜ。」
 という声が此時ふと耳に入って、私はハッと我に反(かえ)ると、
「啌(うそ)だい! 殺されるもんか! 札が附いてるもの……」
 と狼狽(あわて)て打消てから、始めて木村の賢ちゃんという児と話をしている事が分った。
「やあ……札が附いてたって、殺されますから。へえ。僕ン所(とこ)の阿爺(おとっ)さんが……」
 と賢ちゃんが言掛けると、仲善(なかよし)の友の言う事だが、私は何だか急に口惜(くや)しくなって、赫(かっ)と急込(せきこ)んで、
「何でい! 大丈夫だい□ ……」
 と怒鳴り付けた。賢ちゃんが吃驚(びッくり)して眼を円くした時、私は卒然(いきなり)バタバタと駈出し、前へ行く児にトンと衝当(つきあた)る。何しやがるンだいと、其児に突飛されて、又誰だかに衝当(つきあた)る。二三度彼方此方(あちこち)で小突かれて、蹌踉(よろよろ)として、危(あや)うかったのを辛(やッ)と踏耐(ふんごた)えるや、後(あと)をも見ずに逸散(いっさん)に宙を飛で家(うち)へ帰った。

          十八

 門は明放(あけばな)し、草履は飛び飛びに脱棄てて、片足が裏返しになったのも知らず、「阿母(おっか)さん阿母さん!」と卒然(いきなり)内へ喚(わめ)き込んだが、母の姿は見えないで、台所で返事がする。
 誰だか来て居るようで、話声がしているけれど、其様(そん)な事に頓着しては居られない。学校道具を座敷の中央(まんなか)へ抛(ほう)り出して置いて台所へ飛んで行くなり、
「阿母(おッか)さん! ……ポチは? ……」
 と喘(あえ)ぎ喘ぎまず聞いてみた。
 母は黙って此方(こちら)を向いた。常は滅入ったような蒼い面(かお)をしている人だったが、其時此方(こちら)を向いた顔を見ると、微(ぼッ)と紅(あか)くなって、眼に潤(うる)みを持ち、どうも尋常(ただ)の顔色(かおいろ)でない。私は急に何か物に行当ったようにうろうろして、
「殺されたかい? ……」
 と凝(じっ)と母の面(かお)を視た時には、気息(いき)が塞(つま)りそうだった。
 母は一寸(ちょっと)躊躇(ためら)ったようだったが、思切って投出すように、
「殺されたとさ……」
 逸散(いっさん)に駈て来て、ドカッと深い穴へ落ちたら、彼様(あん)な気がするだろうと思う。私は然う聞くと、ハッと内へ気息(いき)を引いた。と、張詰めて破裂(はちき)れそうになっていた気がサッと退(ひ)いて、何だか奥深い穴のような処へ滅入って行くようで、四辺(あたり)が濛(ぼっ)と暗くなると、母の顔が見えなくなった……
「炭屋さんが見て来なすッたンだッさ。」
 という声がふと耳に入ると、クワッとまた其処らが明るくなって眼の前に丸髷が見える。母は又彼方(あちら)向いて了ったのだ。
「じゃ、木村さん処(とこ)の前で殺されたんですね?」と母の声がいう。
「へえ」、という者がある。機械的に其方へ面(かお)を向けると、腰障子の蔭に、旧い馴染(なじみ)の炭屋の爺やの、小鼻の脇に大きな黒子(ほくろ)のある、皺(しわ)だらけの面(かお)が見えて、前歯の二本脱けた間から、チョコチョコ舌を出して饒舌(しゃべ)っている声が聞える。「丁度あの木村さんの前ン処(とこ)なんで。手前(てまえ)は初めは何だと思いました。棒を背後(うしろ)へ匿(かく)してましたから、遠くで見たんじゃ、ほら、分りませんや。一寸(ちょいと)見ると何だか土方のような奴で、其奴(そいつ)がこう手を背後(うしろ)へ廻しましてな、お宅の犬の寝ている側(そば)へ寄ってくから、はてな、何をするンだろう、と思って見ていますと、彼様(あん)な人懐(ひとなつ)っこい犬だから、其奴(そいつ)の面(かお)を見て、何にも知らずに尻尾を掉(ふ)ってましたよ。可哀(かわい)そうに! 普通(なみ)の者なら、何ぼ何でも其様(そん)なにされちゃ、手を下(おろ)せた訳合(わけあい)のもんじゃございません、――ね、今日(こんにち)人情としましても。それを、貴女(あなた)……いや、どうも、ああいう手合に逢っちゃ敵(かな)いませんて、卒然(いきなり)匿(かく)してた棒を取直して、おやッと思う間に、ポンと一つ鼻面を打(ぶ)ちました。そうするとな、お宅のは勃然(むっくり)起きましてな、キリキリと二三遍廻って、パタリと倒れると、仰向きになってこう四足(よつあし)を突張りましてな、尻尾でバタバタ地面(ちべた)を叩いたのは、あれは大方苦(くるし)がったんでしょうが、傍(はた)で見ていりゃ何だか喜んで尻尾を掉(ふ)ったようで、妙な塩梅(あんばい)しきでしたがな、其処を、貴女(あなた)、またポカポカと三つ四つ咽喉(のど)ン処(とこ)を打(ぶ)ちますとな、もう其切(それっき)りで、ギャッともスウとも声を立て得ないで、貴女(あなた)……」
 私はもう後(あと)は聴いていなかった。誰(たれ)を憚(はばか)る必要もないのに、窃(そっ)と目立たぬように後方(うしろ)へ退(さが)って、狐鼠々々(こそこそ)と奥へ引込(ひっこ)んだ。ベタリと机の前へ坐った。キリキリと二三遍廻ったという今聞いた話が胸に浮ぶと、そのキリキリと廻ったポチの姿が、顕然(まざまざ)と目に見えるような気がする。熱い涙がほろほろ零(こぼ)れる、手の甲で擦(こす)っても擦っても、止度(とめど)なくほろほろ零(こぼ)れる。

          十九

 ポチが殺されて、私は気脱けしたようになって、翌日は学校も休んだ。何も自分が罪を犯したでもないのに、何となく友達に顔を見られるのが辛くッて……
 午過(ひるすぎ)にポチが殺されたという木村という家(うち)の前へ行って見た。其処か此処かと尋ねて見たけれど、もう其らしい痕(あと)もない。私は道端に彳(たたず)んで、茫然としていた。
 炭屋の老爺(じい)やの話だと、うッかり寝転んでいる所を殺されたのだと云う。大方昨日(きのう)も私の帰りを待ちかねて、此処らまで迎えに出ていたのであろう。待草臥(まちくたび)れて、ドタリと横になって、角(かど)のポストの蔭から私の姿がヒョッコリ出て来はせぬかと、其方ばかりを余念なく眺(なが)めている所へ、犬殺しが来たのだ。人間は皆私達親子のように自分を可愛がって呉れるものと思っているポチの事だから、犬殺しとは気が附かない。何心なく其面(そのかお)を瞻上(みあ)げて尾を掉(ふ)る所を、思いも寄らぬ太い棍棒がブンと風を截(き)って来て……と思うと、又胸が一杯になる。
 ヒュウと悲しい音を立てて、空風(からかぜ)が吹いて通る。跡からカラカラに乾いた往来の中央(まんなか)を、砂烟(すなけぶり)が濛(ぼっ)と力のない渦を巻いて、捩(よじ)れてひょろひょろと行く。
 私は其行方を眺めて茫然としていた。と、何処でかキャンキャンと二声三声犬の啼声がする……佶(きっ)と耳を引立(ひった)って見たが、もう其切(それきり)で聞えない。隣町あたりで凍(かじ)けたような物売の声がする。
 何だか今の啼声が気になる。ポチは殺されたのだから、もう此処らで啼いてる筈はない。余所の犬だ余所の犬だ、と思いながら、何だか其儘聞流して了うのが残惜しくて、思わずパタパタと駈出したが、余所の犬じゃ詰らないと思返して、又頽然(ぐたり)となると、足の運びも自然と遅(おそ)くなり、そろりそろりと草履を引摺(ひきずり)ながら、目的(あて)もなく小迷(さまよ)って行く。
 小迷(さまよ)って行きながら、又ポチの事を考えていると、ふッと気が変って、何だか昨日(きのう)からの事が皆(みんな)嘘らしく思われてならぬ。私が余(あんま)りポチばかり可愛がって勉強をしなかったから、父が万一(ひょっと)したら懲(こら)しめのため、ポチを何処かへ匿(かく)したのじゃないかと思う。そうすると、今の啼声は矢張(やっぱり)ポチだったかも知れぬと、うろうろとする目の前を、土耳其帽(トルコぼう)を冠(かぶ)った十徳姿の何処かのお祖父(じい)さんが通る。何だか深切そうな好(い)いお祖父(じい)さんらしいので、此人に聞いたら、偶然(ひょっ)とポチの居処(いどころ)を知っていて、教えて呉れるかも知れぬと思って、凝然(じっ)と其面(そのかお)を視ると、先も振向いて私の面(かお)を視て、莞爾(にッこり)して行って了った。
 向うから順礼の親子が来る。笈摺(おいずる)も古ぼけて、旅窶(たびやつ)れのした風で、白の脚絆(きゃはん)も埃(ほこり)に塗(まぶ)れて狐色になっている。母の話で聞くと、順礼という者は行方知れずになった親兄弟や何かを尋ねて、国々を経巡(へめぐ)って歩くものだと云う。此人達も其様(そん)な事で斯うして歩いているのかも知れぬ、と思うと、私も何だか此仲間へ入って一緒にポチを探して歩きたいような気がして、立止って其の後姿を見送っていると、忽ち背後(うしろ)でガラガラと雷の落懸(おちかか)るような音がしたから、驚いて振向こうとする途端(とたん)に、トンと突飛されて、私はコロコロと転がった。
「危ねい! 往来の真ン中を彷徨(うろうろ)してやがって……」とせいせい息を逸(はず)ませながら立止って怒鳴り付けたのは、目の怕(こわ)い車夫であった。
 車には黒い高い帽子を冠(かぶ)って、温(あった)かそうな黄ろい襟の附いた外套を被(き)た立派な人が乗っていたが、私が面(かお)を顰(しか)めて起上(おきあが)るのを尻眼に掛けて、髭(ひげ)の中でニヤリと笑って、
「鎌蔵(かまぞう)、構わずに行(や)れ。」
「へい……本当(ふんと)に冷りとさせやがった。気を付けろ、涕垂(はなた)らしめ! ……」
 と車夫は又トットッと曳出した。
 紳士は犬殺しでない。が、ポチを殺した犬殺しと此人と何だか同じように思われて、クラクラと目が眩(くら)むと、私はもう無茶苦茶になった。卒然(いきなり)道端(みちばた)の小石を拾って打着(ぶっつ)けてやろうとしたら、車は先の横町へ曲ったと見えて、もう見えなかった。
 パタリと小石を手から落した。と、何だか急に悲しくなって来て耐(たま)らなくなって、往来の真中で私は到頭シクシク泣出した。

          二十

 ポチの殺された当座は、私は食が細って痩せた程だった。が、其程の悲しみも子供の育つ勢には敵(かな)わない。間もなく私は又毎日学校へ通って、友達を相手にキャッキャッとふざけて元気よく遊ぶようになった……

       ―――――――――――――――

 今日は如何(どう)したのか頭が重くて薩張(さっぱ)り書けん。徒書(むだがき)でもしよう。
愛は総ての存在を一にす。
愛は味(あじわ)うべくして知るべからず。
愛に住すれば人生に意義あり、愛を離るれば、人生は無意義なり。
人生の外(ほか)に出で、人生を望み見て、人生を思議する時、人生は遂に不可得(ふかとく)なり。
人生に目的ありと見、なしと見る、共に理智の作用のみ。理智の眼(まなこ)を抉出(けっしゅつ)して目的を見ざる処に、至味(しみ)存す。
理想は幻影のみ。
凡人(ぼんにん)は存在の中(うち)に住す、其一生は観念なり。詩人哲学者は存在の外(ほか)に遊離す、観念は其一生なり。
凡人(ぼんにん)は聖人の縮図なり。
人生の真味は思想に上らず、思想を超脱せる者は幸(さいわい)なり。
二十世紀の文明は思想を超脱せんとする人間の努力たるべし。
 此様(こん)な事ならまだ幾らでも列べられるだろうが、列べたって詰らない。皆啌(うそ)だ。啌(うそ)でない事を一つ書いて置こう。
 私はポチが殺された当座は、人間の顔が皆犬殺しに見えた。是丈(これだけ)は本当の事だ。

          二十一

 小学から中学を終るまで、落第をも込めて前後十何年の間、毎日々々の学校通い、――考えて見れば面白くもない話だが、併し其を左程にも思わなかった。小学校の中(うち)は、内で親に小蒼蠅(こうるさ)く世話を焼かれるよりも、学校へ行って友達と騒ぐ方が面白い位に思っていたし、中学へ移ってからも、人間は斯うしたものと合点(がてん)して、何とも思わなかった。
 しかし、凡(およ)そ学科に面白いというものは一つも無かった。何(ど)の学科も何の学科も、皆(みんな)味も卒気もない顰蹙(うんざり)する物ばかりだったが、就中(なかんずく)私の最も閉口したのは数学であった。小学時代から然うだったが、中学へ移ってからも、是ばかりは変らなかった。此次は代数の時間とか、幾何(きか)の時間とかなると、もう其が胸に支(つか)えて、溜息が出て、何となく世の中が悲観された。
 算術は四則だけは如何(どう)やら斯うやら了解(のみこ)めたが、整数分数となると大分怪しくなって、正比例で一寸(ちょっと)息を吐(つ)く。が、其お隣の反比例から又亡羊(うろうろ)し出して、按分比例で途方に暮れ、開平開立(かいりゅう)求積となると、何が何だか無茶苦茶になって、詰り算術の長の道中を浮の空で通して了ったが、代数も矢張(やっぱ)り其通り。一次方程式、二次方程式、簡単なのは如何(どう)にかなっても、少し複雑のになると、A(エー)とB(ビー)とが紛糾(こぐら)かって、何時迄(いつまで)経(た)ってもX(エッキス)に膠着(こびりつ)いていて離れない。況(いわん)や不整方程式には、頭も乱次(しどろ)になり、無理方程式を無理に強付(しいつ)けられては、げんなりして、便所へ立ってホッと一息吐(つ)く。代数も分らなかったが幾何(きか)や三角術は尚分らなかった。初の中(うち)は全く相合(あいあわ)せ得る物の大(おおい)さは相等しなどと真顔で教えられて、馬鹿(ばか)扱(あつかい)にするのかと不平だったが、其中(そのうち)に切売の西瓜(すいか)のような弓月形(きゅうげつけい)や、二枚屏風を開いたような二面角が出て来て、大きなお供(そなえ)に小さいお供(そなえ)が附着(くっつ)いてヤッサモッサを始める段になると、もう気が逆上(うわず)ッて了い、丸呑(まるのみ)にさせられたギゴチない定義や定理が、頭の中でしゃちこばって、其心持の悪いこと一通りでない。試験が済むと、早速咽喉(のど)へ指を突込んで留飲(りゅういん)の黄水(きみず)と一緒に吐出せるものなら、吐出して了って清々(せいせい)したくなる。
 何の因果で此様(こん)な可厭(いや)な想(おもい)をさせられる事か、其は薩張(さっぱり)分らないが、唯此可厭(いや)な想(おもい)を忍ばなければ、学年試験に及第させて貰えない。学年試験に及第が出来ぬと、最終の目的物の卒業証書が貰えないから、それで誠に止むことを得ず、眼を閉(ねむ)って毒を飲む気で辛抱した。
 尤も是は数学ばかりでない。何(ど)の学科も皆多少とも此気味がある。味わって楽むなどいうのは一つもない、又楽んでいる暇(ひま)もない。後から後からと他の学科が急立(せきた)てるから、狼狽(あわ)てて片端(かたはし)から及第のお呪(まじな)いの御符(ごふう)の積(つもり)で鵜呑(うのみ)にして、而(そう)して試験が済むと、直ぐ吐出してケロリと忘れて了う。

          二十二

 今になって考えて見ると、無意味だった。何の為に学校へ通ったのかと聞かれれば、試験の為にというより外はない。全く其頃の私の眼中には試験の外に何物も無(なか)った。試験の為に勉強し、試験の成績に一喜一憂し、如何(どん)な事でも試験に関係の無い事なら、如何(どう)なとなれと余処に見て、生命の殆ど全部を挙げて試験の上に繋(か)けていたから、若し其頃の私の生涯から試験というものを取去ったら、跡は他愛(たわい)のない烟(けむ)のような物になって了う。
 これは、しかし、私ばかりというではなかった。級友という級友が皆然うで、平生(へいぜい)の勉強家は勿論、金箔附(きんぱくつき)の不勉強家も、試験の時だけは、言合せたように、一色(しき)に血眼(ちまなこ)になって……鵜の真似をやる、丸呑(まるのみ)に呑込めるだけ無暗(むやみ)に呑込む。尤も此連中は流石(さすが)に平生を省みて、敢て多くを望まない、責めて及第点だけは欲しいが、貰えようかと心配する、而(そう)して常は事毎に教師に抵抗して青年の意気の壮(さかん)なるに誇っていたのが、如何(どう)した機(はずみ)でか急に殊勝気(しゅしょうげ)を起し、敬礼も成る丈気を附けて丁寧にするようにして、それでも尚お危険を感ずると、運動と称して、教師の私宅へ推懸(おしか)けて行って、哀れッぽい事を言って来る。
 私は我儘者の常として、見栄坊(みえぼう)の、負嫌(まけぎらい)だったから、平生も余り不勉強の方ではなかった。無論学科が面白くてではない、学科は何時迄(いつまで)経(た)っても面白くも何ともないが、譬(たと)えば競馬へ引出された馬のようなもので、同じような青年と一つ埒入(らちない)に鼻を列べて見ると、負(まけ)るのが可厭(いや)でいきり出す、矢鱈(やたら)に無上(むしょう)にいきり出す。
 平生さえ然うだったから、況(いわん)や試験となると、宛然(さながら)の狂人(きちがい)になって、手拭を捻(ねじ)って向鉢巻(むこうはちまき)ばかりでは間怠(まだる)ッこい、氷嚢を頭へ載(のっ)けて、其上から頬冠(ほおかむ)りをして、夜(よ)の目も眠(ね)ずに、例の鵜呑(うのみ)をやる。又鵜呑(うのみ)で大抵間に合う。間に合わんのは作文に数学位(ぐらい)のものだが、作文は小学時代から得意の科目で、是は心配はない。心配なのは数学の奴だが、それをも無理に狼狽(あわ)てた鵜呑(うのみ)式で押徹(おしとお)そうとする、又不思議と或程度迄は押徹(おしとお)される。尤も是はかね合(あい)もので、そのかね合(あい)を外すと、落(おっ)こちる。私も未だ試験慣れのせぬ中(うち)、ふと其かね合(あい)を外して落(おッ)こちた時には、親の手前、学友の手前、流石(さすが)に面目(めんぼく)なかったから、少し学校にも厭気が差して、其時だけは一寸(ちょっと)学校教育なんぞを齷促(あくせく)して受けるのが、何となく馬鹿気た事のように思われた。が、世間を見渡すと、皆(みんな)此無意味な馬鹿気た事を平気で懸命に行(や)っている。一人として躊躇している者はない。其中で私一人其様(そん)な事を思うのは何だか薄気味悪(うすきびわる)かったから、狼狽(あわ)てて、いや、馬鹿気ているようでも、矢張(やっぱり)必要の事なんだろうと思直(おもいなお)して、素知(そし)らん顔して、其からは落第の恥辱を雪(すす)がねば措(お)かぬと発奮し、切歯(せっし)して、扼腕(やくわん)して、果(はた)し眼(まなこ)になって、又鵜の真似を継続して行(や)った。
 鵜の真似でも何でも、試験の成績さえ良ければ、先生方も満足せられる、内でも親達が満足するから、私は其で好(い)い事と思っていた。然うして多く学んで殆ど何も得(う)る所がない中(うち)に、いつしか中学も卒業して、卒業式には知事さんも「諸君は今回卒業の名誉を荷うて……」といった。内でも赤飯(せきはん)を焚(た)いて、お目出度いお目出度いと親達が右左から私を煽(あお)がぬ許りにして呉れた。してみれば、矢張(やッぱり)名誉でお目出度いのに違いないと思って、私も大(おおい)に得意になっていた。

          二十三

 中学も卒業した。さて今後は如何(どう)するという愈(いよいよ)胸の轟く問題になった。
 まだ中学に居る頃からの宿題で、寐ても寤(さ)めても是ばかりは忘れる暇(ひま)もなかったのだが、中学を卒業してもまだ極(きま)らずに居たのだ。
 極(きま)らぬのは私ではない。私は疾(と)うに極(き)めていた、無論東京へ行くと。
 東京は如何(どん)な処だか人の噂に聞く許(ばかり)で能(よ)くは知らなかったが、私も地方育ちの青年だから、誰も皆思うように、東京へ出て何処(どこ)かの学校へ入りさえすれば、黙っていても自然と運が向いて来て、或は海外留学を命ぜられるようになるかも知れぬ。若し然うなったら……と目を開(あ)いて夢を見ていたのも昨日(きのう)や今日の事でないから、何でも角(か)でも東京へ出たいのだが、さて困った事には、珍しくもない話だけれど、金の出処(でどころ)がない。

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