【現在】ブラックラグ ..
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2:名無しさん@ピンキー
10/07/30 19:53:13 BZsUv2s1
>>1

まぁ、世は全て乙ってこった

3:名無しさん@ピンキー
10/07/30 21:01:39 NFDW9YrW
乙です

4:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 21:59:09 q704dSmq

*前スレ222『居候』と対になってますが、そちらを読んでなくても無問題です

5:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:01:03 q704dSmq


この頃少し、レヴィがおかしい。

「じゃあな、お疲れ!」
返事も待たずに、レヴィは風のように事務所から去って行った。
帳簿から顔を上げると、開け放たれたドアの向こうに
後ろでひとつに結んだ長い髪の先っぽがひゅるんと踊るのが見えて、
それから勢い良くドアが閉まった。
ドアの向こうからは、コンバットブーツの遠ざかって行く荒々しい音がした。
あれは走っている。
弾むように。
そんなに急いで、どこへ行こうと言うのだ。

そう、この頃少し、レヴィはおかしい。

夕方といえどもまだまだ明るい外を見やって、俺はため息をついた。
彼女は最近、やたらと帰るのが早い。
夕刻になるとそわそわと時計を気にし出し、
無いようで一応はあるラグーン商会の終業時刻になると、電光石火の勢いで事務所を飛び出す。
目的は不明。
以前の彼女からは考えられない。
終業時刻が定められているとは言っても、ラグーン商会の業務は流動的だ。
いざ仕事が入れば日付をまたぐことなどざらであるし、
反対に暇な時は暇だが、だからといって特にすることも無いので、
なんとはなしにラグーン商会の四人全員が夜まで事務所に残っていることが多い。
その後は、レヴィとふたりでイエロー・フラッグに赴くか、屋台で食事をするか、
そうでなければ、残ったメンバーでやはりイエロー・フラッグか市場に繰り出すか。
どちらにしろ、業務後は彼女と過ごすことが多かったのだ。

それがどうだ。
最近の彼女は、時計の長針が12のところを過ぎると同時に、
待ちかねたとばかりにうきうきと帰って行く。
まるで、業務後にデートを控えたOLのように。
いつもは「契約のリミットまでに終わらせればいいんだろ」とばかりにマイペースな彼女だが、
近頃は、なんとしてでも定時までには終わらせる! 
という並々ならぬ決意を全身から漲らせている。
慌ただしく帰って来たと思ったら、その足ですぐさま別のどこかに飛んで行く。
のんびりと話をする暇も無い。
なにかあるのは確かだが、探りを入れる機会さえ無い。
しかも、その“なにか”は間違いなくレヴィにとって相当に優先順位の高い、心躍るような楽しい“なにか”、だ。
なんとなく、面白く、無い。
釈然としない気持ちを抱えたまま、俺は手元の帳簿に目を戻した。

絶対に、この頃かなり、レヴィはおかしい。


6:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:02:24 q704dSmq

「あれー、彼女、もう帰ったのか」
続きを片づけようかと思った時、マグカップを手にした同僚のベニーがやって来て、
拍子抜けしたように俺ひとりしかいない室内を見回した。
「ああ、たった今、帰ったよ」
マシンのメンテナンスが終わったのだろう。
少し疲れたような顔で、くせのある金髪を伸ばして一本に束ねた頭を掻く。
「へぇ、早いな。ここのとこずっとじゃないか」
「ああ、そうだね」
「どうしたのさ、ロック。君も行かなくていいのかい?」
ベニーがこちらにやって来て、俺の座っているソファーの正面に腰かけた。
「行かなくていいのかもなにも、俺はなにも知らないよ」
ふうん、と意外そうな、しかしどこか面白がっているような顔をして、
ベニーはマグカップのコーヒーを啜った。

彼の好奇の視線を額に感じつつ、俺は帳簿に集中しようとした。
しかし、頭は勝手に別のことを考え出す。

―いつからだっけ……?

レヴィの様子がなんとなくおかしい、そう感じた一番初めは、いつだったか。
やけにてきぱきと仕事を片づけるのも、妙に帰りが早いのも、業務後の誘いを端から断るのも、
おかしいと言えばすべてがおかしいのだが、最初は―、

―そう、あの時だ。


7:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:03:21 q704dSmq

十日ほど前、事務所に入ると、珍しくレヴィがパソコンを立ち上げ、
熱心に画面を覗き込んではなにかメモしているところだった。
彼女がパソコンを使ってなにかをしているところは、ほとんど見たことが無い。
だから、おや、と思って意識が向いた。
すると、俺が入って来たのに気づいた彼女は、明らかに慌てた様子でブラウザを閉じた。
あたふたとパソコンの電源を落とすレヴィの脇をすり抜けようとすると、
ふと、彼女がメモしていた紙が目に入った。

『玉ネギ、長ネギ、ニラ、ラッキョウ、ニンニク、イカ、タコ、アワビ、アジ、イワシ、サバ』

―なんだこれは?

盗み見するつもりなど無かったが、意外な単語の羅列に、思わず目が吸い寄せられた。

―食材?

「見んじゃねぇ」
すぐさまレヴィの手が机の上のメモを乱暴にさらっていったが、
妙な組み合わせの単語はしっかり記憶に焼きついてしまった。

―こんなものが必要な依頼、入ってたっけ?

俺の記憶には無かった。
第一、仕事で必要なものだったら、こんな風に慌てる必要などどこにも無い。
堂々と調べれば良いし、それよりも彼女のことだ、
どうせ俺かベニーに「調達しとけ」とか言って丸投げするに決まってる。

とすると、私用か?
レヴィが? 食材を? 私用で?
あのレヴィが?
……まさか、まさかとは思うが、もしかして、……手料理?


8:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:04:37 q704dSmq

レヴィが料理。
余りにも似合わない光景だ。
まだ爆弾の調合でもやっていてくれた方がしっくり来る。
というか、どんな材料を使って料理しても爆発物に類似したなにかが出来上がる気がする。
レヴィが料理など、考えられない。
しかし、それ以外にあの食材のどんな使い道があるのかと問われると、それが思い浮かばない。

他に考えられるものといえば、……魔よけ?
ニンニクとかイワシで……。

―いや、駄目だ。

レヴィが吸血鬼や鬼なんか信じているわけがないし、
そもそも彼女を見たら吸血鬼や鬼の方が先に逃げ出すだろう。

―料理、なぁ……。

俺はしっかり脳裏に刻みついた食材をもう一度、思い浮かべた。
材料が妙に偏っている気がする。
野菜と、魚介類。
そういえば、レヴィはアメリカ育ちなのにタコは大丈夫なんだろうか?
欧米人はタコを忌み嫌うと言うではないか。
ふと頭をかすめたが、即座に打ち消す。
駄目なわけがない。
いくら「悪魔の使い」と言われていようがなんだろうが、レヴィがそんなことで怯むようには見えない。

あの組み合わせだと、どんな料理が出来上がるのだろうか?
あまり自分で料理をしないのでよく分からないが、炒め物とか、か?
俺は貧困な想像力を働かせた。

―レヴィが炒め物、ねぇ……。

野菜を刻んだり、魚をおろしたりするのだろうか。
あのレヴィが?
酢の物―は、違うか。
レヴィが知ってるわけがない。
じゃあ、マリネとか?
レバーとニラでレバニラとか?

俺は色々想像してみたが、レヴィが一品一品料理を作っていくなど、似合わないにもほどがある。
全部ぶつ切りにして煮込み料理、ぐらいならまだなんとか……。

―鍋、みたいな。

そこまで考えた時、俺はあのリストの先に連なっていたものを思い出して血の気が下がった。


9:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:05:52 q704dSmq

そう、あれには続きがあった。
俺はあのメモに並んだ単語を頭の中で再生させた。

『レバー、牛乳』

これは良い。
彼女が牛乳を飲んでいるところなど見たことが無いが、これはまだ良い。
問題はこの先だ。

『チョコレート、ココア、コーヒー、お茶、香辛料、アルコール』

あのメモには、そう続いていた。
そして、俺の見間違いでなければ、こんなのもあったはずだ。

『生卵の白身、魚・鶏の骨』

これは一体なんだ!?
魚・鶏の骨って?
こんなものが必要な料理があるのか!?
俺が知らないだけ?
出汁に使うとか?
でも、そんなのわざわざ書くか?
生卵の白身、ってなんだよ!

食材全部ぶちこんだ鍋料理のようなものならレヴィ作の料理としてなんとか想像がつく、と思ったが。

―これ全部入れたらどんな闇鍋だよ!

俺はくらくらしてきた。
そういえば、日本人なら誰でも知ってる青いねこ型ロボットが出てくる漫画のガキ大将が、
たくあんや大福を入れた世にも恐ろしいシチューを調合していたが、
もしかしてあれに張る料理が出来上がるんじゃないか。
あのリストにセミの抜け殻が入っていたら、完璧に「ジャイアン・シチュー」だ。

―どうする?

俺は、その料理を、食べるのか?
真剣に、真剣に、俺は悩んだ。
レヴィの手料理。
危険すぎる。
が、興味はある。
……というか、正直に白状すれば、ちょっと食べてみたい。
かなり、真剣に、―是非。

大丈夫、食材もしくはそれに準ずるものしか入っていないのだから、食べて死ぬことは無いはず。
きっと彼女もこちらを殺そうとして作るわけではないだろう。
問題は味ではない。
心意気だ。
彼女が料理を作ったという、その事実が大切なのだ。
俺だって男だ!
彼女をがっかりさせることだけはすまい。
……そのためにも、心の準備ができて良かった。

―と。

そう思っていたのに!


10:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:07:55 q704dSmq

手料理どころか、あれからレヴィとは食事すら一緒にしていない。
一人でここまで妄想を繰り広げた俺が馬鹿みたいじゃないか。
馬鹿みたいというか、馬鹿そのものだ。

そう、確かにあの時が違和感を覚えた始まりだった。



―じゃなくて、帳簿帳簿……。

一向に埋まらない欄をどうにかしようと意識を紙面に戻した時、
レヴィが出て行ったばかりの事務所のドアが開き、ラグーン商会のボス、ダッチが帰って来た。
コーヒー色をした大柄な体がドアをくぐり抜ける。
「お帰り」
「……あぁ」
端切れ悪く返すダッチの顔は、どこか憮然としている。
「今そこでレヴィとすれ違ったんだが……」
黒いサングラスの向こうの表情は見えないが、声には困惑が滲んでいた。
「あいつ一体どうしたんだ? 今日なにかあるのか、ロック。あいつ、地面から十センチほど宙に浮いてたぞ」

―俺に訊かないでくれ……。

ため息が漏れ出た。
「ロックも知らないんだってさ」
額に手をやった俺に代わって、ご親切にもベニーがダッチに説明してくれる。
「お前も知らないのか?」
「……知らないよ」
自然と渋面になった俺の顔を見て、ダッチが唇の端を歪めて笑った。
「ほう、お前さんも知らないとはねぇ」

「浮気じゃないの?」
さらりと、本当にさらりと、「トイレじゃないの?」とでも言うかのようなさりげなさでベニーが言った。
「はぁ!? なんでそうなるのさ」
「ロック、君は分かってないよ。
日本人はシャイなのかもしれないけどね、女性にはきめ細やかに対応しないと。
君は素っ気なさすぎるよ。
それじゃあ他の男に横からさらわれたって文句は言えないんじゃないかな」
涼しい顔をして、ベニーはマグカップを口に運ぶ。
「……レヴィはそんなこと―」
「おやおや、たいそうな自信だね」
マグカップの縁から、ベニーの視線が向けられた。
「いや、そうじゃなくて―」
「ベニーボーイ、あんまりいじめなさんな。俺はむしろちょっとばっかり安心したぜ」

最も良識のあるこのボスが助け船を出してくれたかと思いきや、
「安心」などというわけの分からない単語が飛び出してきて、
ほっとしかけた俺はまた顔を引き締めた。
「“浮気”ってのは、定まった恋人なり連れ合いなりがいる奴のするもんだろ。
俺はお前等が一体どうなってんのか、セイモア海峡の渦潮のごとく気を揉んでたんだぜ。
―ま、そういうことになってたんなら話は簡単だ。
あとはお前さんが男を見せて奪い返せば良いだけの話だ。なぁ、ロック?」
「……………………」
ため息すらつく気になれない。


11:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:09:50 q704dSmq

―楽しんでる。このふたり、絶対楽しんでる。

しかし、言われてみれば、レヴィとは「おつき合い致しましょう」「そうしましょう」
といった取り決めを交わしたわけでは無いので、俺たちはまだ“浮気”すら成立しない間柄なのだ。
レヴィがなにをしていたって、それに文句をつけられる立場では無い。

―いや、でも、レヴィに限ってそんな……!

「―帰る!」
俺は帳簿をたたんで、ソファーから立ち上がった。
「そうか。お疲れさん」
「対処するなら早い方が良いと思うよー」
どことなく笑いを滲ませた声を背中に聞きながら、俺は帳簿を所定の場所に戻した。
「じゃあ、お先に」
ドアを閉めた途端、中からふたりの笑い声が聞こえてきたが、
意志の力で気にしないことにして、俺は事務所を後にした。



まだ昼間の熱気が残る往来を歩きながら、さて、これからどうしよう、と考える。
夕食をとるのに良い頃合いだが、ダッチやベニーと一緒に飲みに行くという選択肢は無くなった。
レヴィ―は、あんなに急いで出て行ったのだから、なにか用事があるのだろう。
尋ねて行って追い返されたり、誰か別の奴といるところを目撃するのは御免被りたい。
屋台か自分の部屋で夕飯、でも良いが、ひとりの食事というのはどうにも味気ない。
なんだかんだ言って、業務時間外は結構いつもレヴィと一緒にいたんだよなぁと、俺は虚しく思い出した。

―イエロー・フラッグにでも行くか。

少なくとも、部屋でひとり侘びしく食事をするよりかはましだ。
そう考え、俺はこの街の中でも最もきな臭い行きつけの酒場へと足を向けた。


12:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:11:45 q704dSmq

 * * *

まだ夜も浅い店内の客はまばらだった。
照明を落とした店の中に、ジャズ・ファンクが低く流れる。
その16ビートを聞くとはなしに首の後ろで感じながら、俺は丸テーブルの間をすり抜けた。
全部のテーブルが埋まればかなりの人数を収容できそうなホールを突っ切り、カウンターのスツールを引く。
わずかにスツールをきしませて腰かけると、
カウンターに背を向けてグラスを磨いていた店主のバオがこちらに気づいた。
「よぉ、ロック。―ひとりか? “トゥー・ハンド”はどうした」

―まただ。

みんな同じセリフしか言わない。
「ひとりだよ。レヴィは知らない」
うんざりして吐き出すと、肩越しにこちらを見ていたバオが正面を向いた。
「……なんだよ、機嫌悪いな」
「別に悪くないよ。―ハイネケンひとつ」
「―はいよ。……それのどこが悪くねぇんだ。この頃あいつの姿見ねえから訊いただけだろ」
「だから、知らないって」
レヴィはイエロー・フラッグにも来ていないのか。
頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は栓を抜いて渡された壜をあおった。
早くも表面に水滴をつけ始めている壜は、一日分の熱を溜め込んだ手に冷たく、
すっきりと冷えたビールは開いた喉をすべり落ちてゆく。
熱さにぐったりしていた食道が生き返り、炭酸が鼻の方に抜けた。

―ああ、やっぱり仕事の後の一杯は最高だ。

「いよ―――ォ、ロック! ひっさしぶりィ!」
少しだけ気分が上向いたと思ったら、聞き覚えのある声が背中から降ってきた。


13:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:13:00 q704dSmq

この声は、と思った一瞬後に、どさっ、と隣のスツールに勢いよく女が座った。
「や、やあ、エダ……」
確認するまでもないが一応目を向けると、そこには思った通り、暴力教会のシスターがいた。
「なんだよなんだよ、シケた顔してんなぁ」
シスターはシスターでも、エダはそんじょそこらのシスターではない。
黒いサングラスの向こうで好奇心丸出しの顔をした彼女は、
普段着ている黒い尼僧服の鬱憤を晴らすとばかりにハジけた格好をしている。
お世辞にも上品とは言えないロゴの入った短いキャミソールに、タイトなミニスカート。
ミュールをつっかけた脚をぷらぷらさせながら
「おーいバオ、あたしワイルド・ターキーな」
などと注文している様子は、どう考えてもシスターなんかには見えない。

―しょっぱなからワイルド・ターキーかよ……。しかも、ロックで。

顎をきゅっと上げて見事な飲みっぷりを見せたエダは、グラスを置くと、
「で? お前の片割れはどうしたよ」
ニヤニヤと、面白いものを見つけた捕食者の目で見てくる。
「片割れって?」
「なぁーにスッとぼけてんだよ。レヴィのことに決まってんだろ」

―あぁもう、どいつもこいつも俺の顔見りゃ「レヴィ」「レヴィ」って、他に言うこと無いのかよ!

なんだか疲れがぶり返した気がする。
頭も口も回るエダを体よくあしらえる元気など、どこにも残っていない。
「一緒じゃないよ」
「んなこたぁ見りゃ分かるんだよ。なんで一緒じゃないのか、っつってんだろ。痴話喧嘩か?」
なんでそこに「痴話」がつくんだ……。
しかし、こんなことで反応していたら彼女の思う壷だ。
「喧嘩した覚えは無いよ」
俺は極力そっけなく言った。
「じゃ浮気か?」

―またこれだ。

腹の奥底から深いため息が出そうになった。
俺はうんざりしたが、さっきの二の舞は御免だ。


14:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:15:01 q704dSmq

―その手には乗るか。

なかなかあいつもやるじゃねぇか、サルだサルだと思ってたが、やっと人間に進化したらしいな!
とかなんとか言いながら愉快そうに笑うエダを遮って、俺はなるべく感情的にならないように言った。
「レヴィと俺はそんなんじゃないよ。レヴィが他の男といても、別にそれは“浮気”じゃない」
すると、エダは急にぴたりと笑いやんだ。

「ヘイ、ロック。そいつはどういう意味だ?」
ひたとこちらを見据えてくる。
突然、真顔になった気がする。
サングラスの奥の目が全く笑っていない。
「……どういう意味もなにも、レヴィと俺はそういう間柄じゃない、っていう意味だよ」
「……へェ? 『そういう間柄じゃない?』 
じゃ、楽しむだけ楽しんで、あいつはキープって、そういうわけかい?」
「え!? 楽しむって、どうして俺の話になってるんだよ!」
俺は仰天した。
あまりにもびっくりしたせいで、声が一瞬高く飛んだ。
今、口の中になにも無くて良かった。
なにかあったら確実に噴出していた。
藪もつついてないのに蛇が出た気分だ。
「黙れ。それともラブドールの代わりか?」
「ちょっ! ちょっと待ってくれ! どうしてそう話が飛躍するんだ!」
慌てて話の流れを修正しようとしたが、エダは自分のペースを少しも乱さず、
カウンターに肘をついて新しくワイルド・ターキーを注ぎ足し、優雅にあおった。
「飛躍? どこが飛躍だ。ヤることヤっておきながら、『そういう関係じゃない』ときたもんだ。
だったら、キープか遊び、ラブドールかフッカー代わり。他になにがある?」
とん、とグラスをカウンターに置く。
余りに余りなその選択肢に、俺は唖然とした。
そりゃ、あいつだって浮気のひとつもしたくなるわな、というエダの声が右から左に抜けていく。

―参った。なんでそんな話になるんだ……。

言葉が出ない俺を、エダは冷たく見ている。
「図星か」
「違っ! だいたい『ヤることヤって』って、どうしてそれ前提なんだよ!」
「お前な、エレメンタリー・スクールのガキじゃねぇんだぞ。それともヤってねぇってのかい?」
「…………」

……そういうわけではないのだが、そんなこと、人に知らせるようなことでは無い。
正直に申告して猥談のネタを増やすことは無い。
あの時のレヴィの様子なんか、他人の頭の中で一瞬だって想像されたくない。
しかし、ここで「ヤってない」などときっぱり断言するのもどうだろう?
これが他の誰かならそれで良い。
だが、今の相手はエダだ。
もしかしてレヴィからなにか聞いて知っているのかもしれない。
レヴィが女友達にその手のことをべらべら喋るとは思えないが、
それでも、エダがなにか知っていた場合、「ヤってない」などと嘘をつけば、
ますます「本気じゃないけど都合よく彼女を利用してるだけの人」みたいではないか。
もっと困るのは、俺が言ったことがレヴィに伝わることだ。
「ヤった」と言えば怒るだろうし、「ヤってない」と言えば悲しむだろう。
―いや、「悲しい」など決して本人は認めないだろうが、彼女の表情が凍りつく様が目に浮かぶ。
……こういうことを考えるのが「たいそうな自信」なのか?
いや、「自信」なんか無い。
それとは違うのだが……。


15:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:16:07 q704dSmq

―あああもう、どうしてこんなことに? 

俺は頭を抱えたくなった。
どちらかと言うと、可哀想なのは浮気を心配する立場の俺の方じゃないのか? 普通に考えたら。

適当に流そうにも、エダの目はチョモランマの万年雪級に冷たい。
とてもじゃないが、このブリザードを笑ってやり過ごせる空気では無い。
俺がなにか言うまで百万年でも待ってやる、という勢いでエダはこちらをじっと見ている。

―なにか言わなきゃ、なにか……! ……でも、なにを?

言わなければ、言わなければ、なにか言わなければ、と焦ると余計に言葉はもつれて絡まる。
時間が経過すればするほど、言葉を出すタイミングのハードルは上がる。

「……言いたくない」
沈黙に耐えきれず、絞り出した言葉がそれだった。

―「言いたくない」ってなんだよそれ! そんなことで見逃してくれる相手じゃないだろ!

自分で言った言葉ながらあんまりな選択に、俺はどっと自己嫌悪に襲われた。
もっと他に上手い言いようは……、と脳味噌を総ざらえしようとしたその時、
エダが突然、腹を抱えて笑い出した。
こちらに背を向けていたバオすらぎょっとして振り返るような大笑いだ。

「……な、なに……?」
……今俺は、そんなに面白いことを言っただろうか。
この場をうまく収めるのに適しているとは思えないセリフだったと思うのだが、
これの一体どこにそんな爆笑されるような要素が?
アメリカ人のジョークのセンスは、いまいちよく分からない。
俺は呆気にとられてエダを見た。

エダはなんとか笑いを収めると、指をサングラスの奥に伸ばした。
目尻に溜まった涙を拭っている。
「あー、やっぱお前ら最高だわ」
そしてまた、肩を震わせてくっくっと笑った。
「あの……」
なにをそんなに笑っているのか、問い質そうにも俺の存在は綺麗に無視だ。

なにがなんだかさっぱり分からない。
しかも「お前ら」ってなんだろう。
「ら」って。
複数形。
話の流れからして多分レヴィのことだと思うのだが、
この一筋縄ではいかないシスターに訊いたって、まともに答えてくれそうに無い。

……なんだかどっと疲れてきた。
このハイネケンの残りを片づけたら退散しよう。
そう思った時、またしても後ろから声がかかった。


16:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:17:19 q704dSmq

「おぅ、ボンクラに尼さん、久し振りね」
振り返らなくても分かる。このたどたどしい英語。
シェンホアだ。
長い黒髪の女が赤いチャイナドレスの裾をはためかせながら愛想良く近づいて来て、エダの隣に肘をついた。
「おー、“ですだよ”か。どうよ最近」
「お前まで“ですだよ”呼ぶないね。お前にやられるました怪我、ようやく完治したところですだよ」
「そりゃ良かったな」
「ちっとも良いないね! お陰でお仕事上がったりよ!」
「おいおい、私情持ち込むんじゃねぇよ。お前だってあたしの首とろうとしてたじゃないさ。
ありゃビジネスだろ? ビジネスはビジネス。プライベートはプライベート。
お前もプロだったらきっちり線引きしな」
「……お前もこれ、無駄に口回るタイプね。私そういう奴、一等苦手よ。
―おぅ、ところでボンクラ、あのアバズレ、一体どうしたか?」

ふたりが仲良く会話をしている隙にそっと退散しようと腰を浮かせかけていたのに、
タイミング悪く話を振られて、俺は仕方なくまた腰を下ろした。
「……どうしたって?」
「私、道ですれ違うましたら、あいつ、尻に羽生えてたね。笑顔でスキップ、そこし怖いでしたよ」
「スキップぅ!? スキップだって!? こいつぁ良い!」
自分の膝を叩いてげらげらと笑うエダの横で、俺はがっくりと体中の力が抜けるのを感じた。

スキップって、本気か?
いい大人がスキップだなんて、聞いたことがない。
「こりゃあ本格的に浮気かもしれねぇぞ、なぁコキュ?」
思わず額に手をやった俺の顔を、エダが面白そうに覗き込んだ。
「……誰がコキュだよ」
うらめしくエダを見ると、それを耳聡く聞き留めたシェンホアが首を突っ込んできた。
「おや、お前ふられるましたのか? さすがボンクラね」
にゃはははははははは、と彼女は高らかに笑う。
……笑いすぎだ。


17:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:18:21 q704dSmq

「こいつ、あのエテ公が今頃他の男と腰振ってんじゃねえかって心配してたんだぜ」
俺を指さしながら楽しそうにシェンホアへ説明していたエダが、「な?」と首をこちらに巡らせる。
「な?」って、俺に同意を求めないで欲しい。
シェンホアはそれを聞くと、呆れたようにため息をついた。
「あのアバズレが浮気、本気で思うますのか? お前、アホと違うますか?」
「え……」
なんだか失礼な言われようだが、この人、実はなかなかまともな人なのかもしれない。
俺はほのかに期待した。
ようやく真っ当なことを言ってくれそうな人がここに……。

「あのアバズレと寝る男、それ自殺志願者か、たいそう頭の足りない子ですだよ。
あんなのに突っ込んだら根本から食いちぎられるますね」
前言撤回。
まともな人なのかもとか期待した俺が馬鹿だった。
ちっともまともじゃない!

エダはエダで、ちょっとそれ失敬なんじゃないかと思う勢いで大口開けて笑っている。
「―だってよ、自殺志願者」
エダはミュールを履いた足で、ガン、と俺の座っているスツールを乱暴に蹴飛ばしてくる。
かなりの衝撃が伝わってきてスツールが微妙に移動したが、言い返す気力すら沸かない。

もう駄目だ。
これ以上この食えない女たちの相手をしていたら、胃に穴が開く。
俺は「自殺志願者」だろうとなんだろうともうどうでも良い気分になり、
さっさと支払いをして退散しようと、尻ポケットの財布に手を伸ばした。

その時、「あらッ!」という声が頭上から降ってきた。
階段の上から聞こえてきたらしい、と気づいた時にはもう、
「あらあらあらあらッ!」
という声が、上下から平行に立体高速移動して俺の方に迫ってきた。
地鳴りと共に。


18:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:20:23 q704dSmq

俺は肩越しに振り返り、その高速で突っ込んでくる巨体の姿を認めた。
「……マダム・―」
フローラ、の声は、その本人の体当たりによって塞がれた。
「ンマ―――! 久し振り! やっと来てくれたのね! ンもう、待ちくたびれたわ!
来る前におデンワちょうだい、って言ったのに! 今日来てくれるなんて知らなかったワ。 
でもいいの、こうして来てくれたんだから。腕によりをかけてサービスしちゃうわよ!
あ、それから、アタシのことはマダムじゃなくてフローラって呼んでちょうだいネ!」
そう呼ぼうとしたのに、後ろから羽交い締めにされたので苦しくて声が出せなかっただけなのだが、
それすらも言葉にならない。
スツールに座った状態で後ろからみっちりと肉に圧迫され、身動きがとれない。
どこが胸なのか腹なのか腕なのかも分からない、ずっしりとした肉の塊に押しつぶされそうだ。
ウォーターベッドにのしかかられたら、きっとこんな気分だろう。

このままだと呼吸困難で死ぬ。
圧死、という言葉が頭をかすめた。
俺は必死に手を伸ばし、首に巻きついている腕の間に、なんとか呼吸する隙間を確保した。
「フ、フローラ、悪いけどこの腕、ちょっとゆるめてくれるかな?」
「あらーッ、ごめんなさいね」
ようやくぎゅうぎゅうに締めつけられていた拘束が解けて、俺は何度も荒い呼吸を繰り返した。
「で? どんな子がお好み? うちの子は一級品よ。あのじゃじゃ馬娘なんかにも負けないんだから!」
「あー、ちょっと、待って、くれる、かな、フローラ」
このまま黙っているととんでもない方向に話が進みそうだったので、
俺は回復していない呼吸の裏で、息も絶え絶えに彼女を止めた。
「あら、なにかしら?」
「その、今日は二階に用事があって来たわけじゃないんだよ」
必死で日本人の特技“愛想笑い”を発動させる。
「まあ、そうなの? やっとあのお邪魔虫を置いて来てくれたのかと思ったのに……」
“お邪魔虫”とはレヴィのことだろう。
ああ、彼女がいないと、こんな災難にも対処しなくちゃいけないなんて……。
俺は嘆きつつも、極力穏やかな表情を顔に貼りつけた。
「ああ、申し訳無いけど、違うんだ」
しかし、どうにも頬が引きつるのを感じる。
最近、愛想笑いの完成度が落ちたような気がする。
「そうなの……。とっても残念だわ……」
マダム・フローラの人差し指が唇に寄せられ、ふくよかすぎる体がしなを作る様を見ながら、俺は後じさった。
「じゃあフローラ、俺はこれで……」
「あらン、もう帰っちゃうの?」
「ええ、またいつか―」
日を改めて、などとつけ加えて本気にされたら困る。
俺は社交辞令を飲み込んで、急いで財布から飲み代を引っぱり出してカウンターに置いた。
「バオ、どうも、ごちそうさま」
「おぅ」
バオはそれ以上なにも言わなかったが、目が「ご愁傷様」と面白そうに笑っていた。

「お? これからレヴィとソープオペラかァ? せいぜい頑張れよ、ロメオ!」
そそくさと出口を目指す俺の背後からエダの声が追いかけてきた。
誰がロメオだ、と文句のひとつも言ってやりたいが、とにかくもう一刻も早くこの場から立ち去りたい。
「修羅場、そんな根性、あのボンクラ無いですだよ」
言いたい放題のシェンホアの声も聞こえてきたが、
俺はそんな彼女たちの声を振り切るように扉を開け、外によろめき出た。


19:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/30 22:24:24 q704dSmq
 
散々だ。
本当に散々だ。
俺はどっと疲れの増した体を引きずるようにして自分の部屋へと戻った。
頭の中では、今日何人もの人に言われた「浮気」という言葉がこだまする。
もう何回言われたか、数え直す気にもなれない。
部屋の鍵を閉めてベッドに腰を下ろすと、自然とため息が出た。
そのまま後ろに体を倒し、天井を見上げる。

みんな面白がっているだけに決まっているが、そう言われると俄に心配の種が芽を出す。
レヴィはそういうことはしないタイプだと根拠も無く信じていたが、それが傲慢だと言うのだろうか?
俺に自信があるとかそういう話では無いのだが……。

俺は、彼女との短くないつき合いの中で見た様々な顔を思い浮かべた。
仲間に淫売扱いされるのは我慢ならないと感情の抜け落ちた顔で言った彼女、
自分を女らしく見せる気など全く無く、意地でも男に媚びを売らない彼女、
初めて抱き寄せるために触れた時、反射的に体を強ばらせた彼女……。
どうしても、レヴィがそっちの方面の遊びをするようには思えない。
そこまで考えたところで俺はひとつの可能性に行き当たり、はっと体を起こした。

―本気だったら!?

そう、「浮気」などではなく、「本気」だったら?
彼女とは浅からぬ関係になってはいるが、「恋人」でもなんでも無いのだ。
俺は勝手に相手は彼女だけと思っていたが、彼女もそう思っていてくれる保障など、どこにも無い。
彼女の方は仕方無く相手をしているだけだったという可能性だって、大いに有り得る。
そんな彼女が本気で惚れた男を見つけたとしても、俺はなにも文句を言える立場では無い。
彼女に男っ気が無かったのは、彼女自身にその気が全く無かったからだ。
彼女さえその気になれば、尻尾を振ってついて行く男など、ごまんといるだろう。
彼女に誘われてついて行かない男など男ではない。
正常な男なら、確実について行く。

しかし、それでも俺は、抱き締め返してきた彼女の手が背中でシャツを握り込む感触や、
抱き寄せて胸と胸を合わせた時、彼女の体からすぅっと力が抜けて俺の体に馴染む瞬間や、
俺の耳元で漏らす甘苦しい声のかけらまでもが幻想だったとは、どうしても思いたく無かった。

彼女はそんないい加減な女じゃない。
俺は自分に言い聞かせるように疑惑の塊を追いやった。

彼女があんなに浮かれて男とよろしくやってるわけがない。
男を連れこんでいるよりも、捨てねこでも拾って来ていると言われた方がよっぽど納得がいく。

―ああ、そうだ、そうに違いない。

なにかに情けをかけるだなど下らないといつもシニカルな彼女が、
動物風情のためにあんなに飛ぶように帰って行くだろうか、と言われると首をひねるところだが、
きっとそうに違いない。
俺は自棄に似た気分で、無理矢理そう結論づけた。

これ以上考えていても、あらぬ想像がむくむくと膨らむだけだ。
もう彼女の部屋に行って、この目で確かめてみれば良い。
明日の朝早くにでも行けば、逃げられることも無いだろう。
俺はそう決め、一日分の汗―今日の場合はほとんどが嫌な汗だ―がしみ込んだワイシャツを脱ぎ捨てた。
頭から冷たいシャワーを浴び、明日は絶対彼女に会いに行って真義を問い質す、
そう決心して、俺は雑念を洗い流した。






20:名無しさん@ピンキー
10/07/30 22:34:36 lLfDZoTQ
リアルタイムで投稿遭遇キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!

21:名無しさん@ピンキー
10/07/30 22:34:37 GdCrfWzh
うほぉあああああああ
リアルタイム神様ktkr
生殺しらめぇ

22:名無しさん@ピンキー
10/07/30 22:39:52 smf35zc0
わあああぁあ!神が降臨なされたYO
しかもぬこのロック視点が読みたいとずっと思ってた!
ありがとう神!

23:名無しさん@ピンキー
10/07/30 23:02:43 NFDW9YrW
早速新作来てる!!待ってました!

フローラ登場が地味に嬉しいw

24:名無しさん@ピンキー
10/07/30 23:50:41 nMj7hCVS
俺はシェンホア登場がうれしいよ 

25:名無しさん@ピンキー
10/07/31 11:51:45 SoMX4Jpr
>>1乙っぱいくらべ!

新スレ早々ネ申がッ…しかも神ぬこ話がッッ!!
幸先よすぎるGJ!!
はやくぬことじゃれ合ってるレヴィたん見たいおハアハア

26:名無しさん@ピンキー
10/07/31 19:56:37 U/CobvYL
思ったよりロックはやきもきしてたんだねw
ぬこvsロック。俺はぬこの味方だよ。レヴィと風呂入っちゃえ!

27:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:42:06 8W/ZQ3co
>>19の続き

*本投下分にエロ無し

28:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:43:15 8W/ZQ3co

 * * *

次の日の朝。
俺は早めに起き、まっすぐにレヴィの下宿へと向かった。
途中、思いたって屋台で適当に朝食を買う。
レヴィも俺も朝はまともに食べないが、呼ばれてもいないのに手ぶらで押しかけるのもなんだろう。
これで本当にレヴィの部屋に男がいたら、目も当てられないが……。
俺はうっかり、レヴィが誰とも知らぬ男の腕の中ですやすやと眠っている光景を思い浮かべてしまい、
慌てて振り払った。
そんなはずは無い。
そんなはずは。
レヴィに限ってそんな。
……多分。

一人脳内で栓無いことを考えているうちに、あっという間にレヴィの下宿の前に着いた。
薄暗い廊下を突っ切って、階段を上がる。
決心したくせに、一歩一歩彼女の部屋に近づくごとに胸が騒いだ。

―緊張してるのか、俺……。

ついに彼女の部屋のドアの前に立った。
部屋の中は静かだ。
なんの音もしない。
ノックをしようと手を伸ばし、軽く深呼吸して一拍置いてから、思い切って軽く叩いた。
そして、ドア越しに呼びかける。
「レヴィー、いるー?」
なんとなく、中で起きた気配がした。
俺は合い鍵を取り出した。
「レヴィー、入るぞー」
鍵を鍵穴にさし込み、中からの返事を待たずに鍵をひねった。
室内からはレヴィのものらしき慌てた声がして、布がばさばさ音をたてている。
もうどうにでもなれと思い、俺はためらうこと無くドアを開けた。

その部屋の中の光景を見た時、俺は一瞬にして自分の顔がゆるんだのを感じた。
「おはよう、レヴィ」
さっきまでの不安はどこへやら、安らかな気分に満たされた俺に対して、
起きたばかりらしいレヴィの方は、めくりかけのシーツを掴んだまま困ったようにむくれて、
ベッドの上から睨みつけてきた。
俺は買ってきた朝食の入った袋を小さなテーブルの上に置き、
シーツをめくった姿勢のまま硬直しているレヴィに近寄った。
彼女はますます眉間の皺を深くする。
「浮気現場発見」
俺は、黒いタンクトップに飾り気の無い黒い下着姿のレヴィと、
彼女の腕の中に収まっている可愛すぎる浮気相手を見下ろした。


29:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:45:29 8W/ZQ3co

―ねこ、か……。

レヴィの片腕の中で、やはり今まで寝ていたのだろう、ぽやんとした顔をして見上げているのは、
小さなねこだった。
生まれたてには見えないが、片手でひょいと難なく持ち上げられそうなほどに小さく、
大きな丸い目であどけない顔立ちをしたねこは、まだおとなとは思えなかった。

―にしても、シーツの下に隠そうとしたわけ?

喉の奥から、小さく笑いが込み上げてきた。
いくら小さいとはいえ、そしていくら慌てていたとはいえ、シーツの下にねこを隠そうとしていたなんて。

レヴィはようやくめくったシーツから手を離すと、ふてくされたようにあぐらをかいた。
脚の間にちょこんと小さなねこが収まる。
「……女が寝てるとこに勝手に入ってくんじゃねェよ」
睨みつけながらむっすり言う彼女に、更におかしさが増す。

―勝手に入ってくんじゃねェって、いつも平気で人を目覚まし代わりに使うくせに。

朝に弱いレヴィは、外せない仕事があると「起こしに来い」と俺をこき使う。
電話は引いていない、目覚まし時計はまた寝てしまうから役に立たない、お前が起こしに来い、と。
だいたい合い鍵まで持たせておいて、しかもこれまで何度もレヴィの寝姿を見て、
隣で目覚めることだってざらなのに、この期に及んで「女が寝てるとこ」だなんて。

「―え? この子、女の子なんだ?」
おかしさをこらえて言うと、レヴィが目をつり上げた。
「ふざけんな、ロック!」
彼女に加勢するように、にゃあ、と小さなねこが鳴いた。
「あたしのどこが男に見えんだよ!」
ばつが悪いのか拗ねているのか、レヴィはわずかに唇を尖らせた。
いつもは女の子扱いをされるのを嫌うくせに、
女扱いされないのもそれはそれで気に食わないのだろうか。

―可愛い女。

「ん? 見えないよ。見えないけど、寝てるとこに俺が勝手に入っていってもいい女だと思ってる」
勘違いされてはたまらないので正確に訂正すると、今度はうっすら赤くなってうつむいた。
「……ふざけんじゃねェぞ」
「今更だろ? なに? そんなに見られて困るところだったの?」
うつむいたレヴィの眉が忌々しそうに寄せられた。
いかにも不本意そうな顔をして目を逸らす。

そうだろう。
彼女にとっては困るのだろう。
この様子だと、ねこと一緒に寝ていたに違いない。
冷笑的に現実を見据え、世の中を皮肉な舌で切って捨てる彼女にとって、
小さなねこを拾って世話してやり、あまつさえ一緒に寝ていたなど、不本意の極みだろう。

「おかしいと思ったんだ。ここのとこ、ずっと帰りが早いからさ」
それにしても、毎日毎日あんなにうきうきと飛んで帰っていたのは、このねこのためだったのか。
街中に違和感をばらまいて。
野良ねこでも拾って来ているのでは、と考えたことは考えたが、ここまで見事に的中するとは思わなかった。
決まり悪そうに脚の間に小さなねこを囲うレヴィを見ていると、ひどくほほえましい気分になった。


30:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:46:38 8W/ZQ3co

「俺はこの子に負けたのかー。悔しいけど可愛いな」
ここ数日のもやもやした思いは綺麗さっぱり消え去っていた。
茶色いトラ柄の体に、鼻先と喉元から腹にかけて、そして足先に白い毛の入ったねこだった。
あちらこちらに怪我をした痕があるが、まだ治っていないらしい傷はレヴィが手当をしたのだろう、
包帯が巻かれていた。
痩せてはいるものの、毛はふわふわしている。
レヴィの握りこぶしくらいの大きさしかない小さな頭に比べると、くるっとした目は大きい。
その目の色は、レヴィによく似たつやつやの茶色だ。

俺は、レヴィの脚の間にちょこんと収まっているねこに手を伸ばした。
その途端、小さなねこは弾かれたように身を翻してベッドから飛び下り、部屋の隅にすっ飛んで行った。
「あれ、嫌われたな」
レヴィの腕の中にいた時はあんなに無防備な顔をして見上げていたくせに、
俺に触られそうになった瞬間、突然獣に戻った。
警戒心剥き出しの目で俺を見てくる。
……仕方が無い。
ここでしつこくしても更に嫌われるだけだ。
俺はねこの方は早々に諦め、レヴィに機嫌を直してもらう方を優先することにした。

間が悪いのか照れているのか、
「あいつが勝手についてきた」だの「仕方なく置いてやってるだけ」だの、
無理矢理いつもの“シニカルなトゥー・ハンド”の体面を立て直そうとするレヴィをなだめて、
「他の奴には言わない」と約束をすると、彼女はどうにかそれで折り合いをつけたらしかった。


31:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:47:35 8W/ZQ3co

晴れて買ってきた朝食を広げ、渡された器によそおうとすると、レヴィが脇から覗き込んできた。
「カーオ・トムの具はなんだ?」
普段朝食などまともに食べないので粥ぐらいがちょうど良いと思って買ったが、
買い物をした時は正直上の空で、どんなの具を頼んだのかすらよく覚えていなかった。
「えーと、魚の肉団子かな」
目の前にある肉団子状のものと記憶とを、なんとかすり合わせる。
「肉団子か。だったらあいつも食えるだろ」
レヴィは、俺が肉団子をあのねこの小さな口にも入るように箸で割るのをじっと見つめ、
それ、玉ネギ入ってねェよな、とつぶやいた。
多分入ってないと思うけど、と返したところで、俺はようやくあのメモの正体に気づいた。
レヴィの態度に違和感を覚えた発端。
パソコンをいじるレヴィのそばにあった、不思議な取り合わせの食材が並んだ、あのメモ。

―ねこが食べられないものか。

そう気づいてみれば、玉ネギもイカも、ねこに食べさせてはいけない食材の代表みたいなものだ。
レバーや生卵の白身も駄目だとは知らなかったが、
それにしても、ねこを拾って来てそそくさと食べられないものを調べていたのかと思うと、また頬がゆるんだ。

聞くと、最初は凄い食べっぷりだっただの、チキンを喜んでいただの、レヴィは機嫌良くあれこれと話した。
ふと部屋の隅の冷蔵庫に目を向けると、側面にあのメモが張ってある。
毎日あれを睨んでは、ねこが食べられそうなものを買って来てやっていたのだろうか。
想像するだけでほほえましいが、ここでにやにやしたら、せっかく直ったレヴィの機嫌がまた悪くなる。
俺は必死で頬を引き締めた。
レヴィの口振りからすると、ふたりは仲良く同じものを食べているようだ。
人間用の食事は味が濃いし、バランスも偏るだろうから、
ねこ用のドライフードなり缶詰なりの方が良いのではないかと思ったが、
結局それは口には出さなかった。

レヴィは食事に構わない。
昼食は大抵デリバリーのピザで済ませ、夜は酒ばかり呑み、まともに食べない。
そして朝は前の日の酒が残っているか、ただ単に眠いかで、やはりまともに食べない。
そんなレヴィがちゃんと人間らしい食事をしているのだ。
レヴィにとっては絶対にそちらの方が良い。
そう思って、俺はなにも言わなかった。


32:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:48:56 8W/ZQ3co

「青ネギ入れんなよ」
粥の上にぱらぱらと散らばっている青ネギを細かく刻んだものを指してレヴィが言う。
「ああ」
ねこの分の器には入らないように気をつけてよそうのだが、どうしても紛れ込んできてしまい、
俺は箸でそれをちまちまと取り除いた。
とろりとした粥の中を逃げていく刻みネギを追いかけて奮闘していると、
部屋の隅にいたねこがそろそろと戻ってきた。
俺を警戒したまま、レヴィの側からベッドにのぼる。
「お、どうしたー? メシにつられたか?」
腰のあたりにすり寄られたレヴィが見下ろすと、ねこは彼女の脇の隙間から顔を差し入れ、
そのまま太ももに絡みつくようにてろんと伸びた。
「コラコラ、もうメシ食うんだから、起きてろ」
太ももの上でもぞもぞされてくすぐったいのか、レヴィは笑って身じろぎをした。
起きてろ、と言われてもねこは更に深く顔をうずめるばかりで、一向に言うことを聞く気配が無い。
隣から覗き込むと、俺の視線を感じたのか、ねこが目を上げ、
「なに見てんの? なんか文句でもある?」とでも言いたげに睨んできた。

「膝まくらか……。羨ましい……」
つい本音がぽろっと漏れた。
膝まくらなんて、自慢ではないが一回もしてもらったことが無い。
レヴィとはもう短いとは言えないつき合いになるというのに、一回も、だ。
俺だって四六時中べたべたするのは苦手だが、一回ぐらい
あの張りのあるやわらかな太ももに顔をうずめてみたいと思っても、罰は当たらないのではないか。
彼女の太ももの感触を知らないわけではないが、照れくさいのかなんなのか、
触れるのを許してくれるのはベッドの中でだけだ。
それに不満があるわけではない。
わけではないが、一度くらい穏やかに膝まくらをしてみて欲しいと思うのが人情というものだ。
膝まくらは男のロマンだ。

なのに、どうだろう。
一体何日一緒に暮らしたのか知らないが、
一か月足らずのつき合いであることは間違いないこの小さな新参者は、
さもそれが当然の権利だとでも言うかのように、
思う存分すりすりと顔をレヴィの太ももにこすりつけている。

「……ああ、可愛いのは卑怯だ」
恨みがましくうめくと、レヴィは勝ち誇ったように鼻で笑った。
「あんたは可愛くねェもんなぁ、ロック」
そうして、だれがするか、と俺に見せつけるように小さなねこの眉間を指でこすり、
耳のうしろを軽く掻いてやっている。
ねこは嬉しそうに、「もっと」とねだるようにレヴィの手に頭をすり寄せる。

俺も、これぐらい小さくて可愛くて、ふわふわしてたら……。
ついそんな事を考えてしまったが、俺が毛だらけでも気持ち悪いだけだろう。
この小さなねこの前には白旗を上げるしか無かった。


33:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:49:47 8W/ZQ3co

ようやくすべての青ネギを除去した肉団子入りの粥をレヴィに渡すと、
レヴィは器の中身を見せて「魚の肉団子入りの粥」と親切にねこに説明してやっている。
「ほれ、お前、魚も好きだろ?」などと、まるで人間の子どもに対するみたいだ。
レヴィは一旦器をねこの前に置いたが、その器にねこが口をつけそうになると、
思い直したようにもう一度取り上げた。
「あー、ちょっと冷ましてから食え」
そして、スプーンを突っ込んでかき混ぜ、唇をすぼめて何度も息を吹きかけて冷ました。

―なんだなんだ、この世話焼きっぷりは……。

俺は唖然とした。
ねこはねこ舌で熱いものは駄目なのだろうし、
買ってからそれなりに時間が経っているとはいえ、粥は粘度が高いせいで冷めにくい。
にしてもこれは、過保護というものではないか。
俺なんか一度もこんなこと……。
短時間のうちに膝まくらと粥の息吹きかけ冷ましという奇跡の光景を目の当たりにして、俺は眩暈がしてきた。

「ほれ」
しかし、この小さな幸せ者は、それがどんな僥倖であるのかには思いも及ばない様子で、
差し出された器に顔を寄せた。
レヴィが冷ました粥はまだねこにとっては熱かったようで、
小さなピンク色の舌が粥についた瞬間、びくっと震えて身を引いた。
しかし、また匂いにつられるかのように寄っていって、
ふんふんと白い鼻先をうごめかせてから少しずつ食べ始めた。
「―気に入ったか?」
レヴィがねこの細い首筋に声をかけても、振り向くことなくぴちゃぴちゃと食べている。
「……合格点のようだぜ」
「良かった」
これ以上レヴィの同居人に嫌われたくない。
俺はとりあえずほっとして、詰めていた息を吐いた。


34:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:51:15 8W/ZQ3co

買ってきたもう一品、ヤム・ウンセンには、レヴィは一向に手をつけた様子が無い。
さっきから箸を伸ばすのは俺だけなので、それを指摘すると
「うっせーな、野菜キライなんだよ」と返ってきた。
「野菜キライって、どっちが子どもだか分かんないな……」
先ほどレヴィのねこに対する態度はまるで母親が子どもに対するもののようだと思ったが、
レヴィの態度だって充分子どもだ。
どうやら、ヤム・ウンセンに入っている細切りのニンジンやキュウリが嫌らしい。
「レヴィは野菜足りてないよ。それにほら、これは野菜だけじゃなくて春雨も入ってるだろ?」
これこそ本当に子どもをなだめてるみたいだ……。
なにやってるんだろう俺、と思っていると、レヴィがきゅっと唇を尖らせた。
「……春雨なんかに騙されるか」
まるっきり子どもの表情だ。
「いや、騙すとか騙されるとかそういう問題じゃないだろ」
俺は呆れて、春雨と野菜が絡み合ったヤム・ウンセンを皿に取り分けた。
「ほら、これはレヴィの分」
皿を差し出すと、レヴィはまるでこのヤム・ウンセンが諸悪の根元だ、
とでも言うかのように皿の中身をじっと睨みつけた。
しばらく無言で睨んでいたが、突然俺の手から皿を引ったくっていったかと思うと、
レヴィはくるりとねこの方を向いた。
粥の器に小さな頭を突っ込んでいるねこに声をかける。
「お前も野菜足りてねえよなー? ほれ、遠慮せずに食え食え」
まさにねこなで声で、ずい、と皿を押し出す。

信じられない。
こいつ、ねこに押しつける気だ。
自分が嫌いだからって。

押しつけられたねこの方は、と思って見てみると、
もの凄く嫌そうな、そしてもの凄く困ったような顔をして、レヴィを見上げている。
凄く迷惑なのだが、大好きなレヴィの言うことだからどうしよう、そんな顔だ。
「好き嫌いしてるとデカくなれねェぞー」などといい加減なことを言うレヴィを、俺は引きとめた。
「……レヴィ、自分を棚に上げてその子に無理強いするなよ」
ため息をついて、俺はねこの前からレヴィの皿を取り上げた。
「ほら、ねこは香辛料も駄目なんだろ? これ、それなりに辛いよ」
ヤム・ウンセンには結構唐辛子が効いていた。
確かあのメモには香辛料も駄目だと書いてあったはずだ。
それを言うと、レヴィはむっすりと膨れたまま、それでもねこに押しつけるのはやめにしたようだった。
「ほら、半分手伝うから」
俺はレヴィの皿からヤム・ウンセンを半分減らしてやった。
それでもレヴィは、気が進まなさそうに箸で突っついている。
「なに? ひとりじゃ食べられない? 食べさせてあげようか?」
一口分を箸で取って、ほら、あーん、とレヴィの口元に寄せると、
まったく忌々しい、という顔で手荒く振り払われた。
「ッざけんな!」
「―っと、危ないな」
「ひとりで食える!」
「それは良かった。じゃあ食べて」
めでたく合意が成立した。
俺はにっこり笑って皿をさし出した。
レヴィはめっぽう不服そうだったが、買ってきた朝食はすべて無事に二人と一匹の胃袋に収まった。


35:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:51:42 8W/ZQ3co

その後、レヴィと揃ってラグーン商会に出勤すると、
おや、とダッチとベニーに意味ありげな目で見られたが、
レヴィと「他の奴には言わない」という約束をした手前、下手に説明することもできない。
なにも問題無いよ、と目配せで伝え、さも仕事が忙しくて仕方がないかのような振りをした。
やらねばならない作業が残っていたことは事実なので、正確に言うと「振り」でもないのだが、
問い詰められるのは御免だった。
夕方になると、いつものごとく風のように去っていくレヴィの後を追うように、俺もそそくさと事務所を後にした。
さて、次はいつレヴィの部屋に行こう。
そう考えながら。


36:ロック×レヴィ 居候・ロック視点  ◆JU6DOSMJRE
10/07/31 21:52:36 8W/ZQ3co

 * * *

ねこというやつは、家の中で一番心地良い場所を知っている。

寒い日は、ストーブの前の特等席や、日だまりの中。
暑い日は、ひんやりした床の上か、風の通り道。
そして、今現在のレヴィの部屋では―

―レヴィの胸の間。

休日の午前中にレヴィの部屋を尋ねた俺は、ドアを開けた瞬間、その場に崩れ落ちそうになった。

レヴィはベッドであおむけに横たわって眠っている。
そのレヴィの体の上には、小さなねこが乗っかって、こちらもよく眠っている。
ねこの尻はレヴィの削げた腹の平らな窪みにちょうど良く収まり、
てろんと伸びた体は、みぞおちと肋骨の上をのびのびと縦断し、
小さな頭はレヴィの柔らかそうな胸の間にことんとはまっている。
レヴィの寝息で小さなねこの体が上下し、
それよりも少し速いリズムで、ねこの柔らかそうな腹もふくふくと膨らんだりしぼんだりする。
ふたりともそっくりな顔をして、無防備にくぅくぅと寝ている。
垂れ下がっていたねこの細く長いしっぽが、するん、とレヴィの脇腹をなでるように引き寄せられた。

―なんだこの生物兵器は……。

俺は思わずドアの枠に手をついて体を支えた。
体中の力が抜ける。
この光景を見せたら、人類のほとんどが戦意喪失するだろう。
八割、いや、九割は固い。

なんだか呼吸困難で胸まで苦しくなってきたが、俺はふたりを起こさないようにそっとドアを閉めた。
ベッドの枕元で雑誌が開いたまま壁際に押しつけられているところを見ると、
朝に一度起きてはいるのだろう。
きっと、寝転がって雑誌を読みながらじゃれ合っているうちに眠ってしまったに違いない。
レヴィの部屋のおんぼろエアコンも本日は快調らしく、充分すぎるほどに室内を冷やしている。
黒いタンクトップと下着だけという姿のレヴィも、
剥き出しの腹のところにやわらかそうなねこがふんわり乗っかっていて、さぞかし快適な温度だろう。
ねこの方は言わずもがな。
若干タンクトップがめくれ上がっているレヴィをベッドにして、
心地良いふたつのふくらみの間に顔をうずめて寝るだなんて、これで快適じゃないわけがない。

俺は静かに椅子を引いて腰かけた。
ふたりはぐっすり眠っていて、まるで起きる気配が無い。
午前中のまだ透明感のある光が窓から射し込んで、ふたりを照らす。
ねこの毛並みは良好とまでは言えないのだろうが、ちゃんと清潔に保たれて、細い毛が一本一本輝いていた。
白い毛は混じりけなく白く、茶色いところはレヴィの髪の色に似て、太陽の熱を集めている。
レヴィは片手を顔の脇に投げ出して寝ている。
この女の寝顔はひどくあどけない。

なんだか時間のエアポケットに入ってしまったように、穏やかな時間だった。



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