【貴方なしでは】依存スレッド5【生きられない】 at EROPARO
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200:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 04:55:29 wdisNl5Z
 杜守さんの「おねだり」を思い出して、その一つ一つに従
うと、心の底から屈服して、杜守さんの言いなりになるって
約束するのも良い。嘘をついている罪悪感が致死性の甘い毒
のように心に染みこんでいく。
 はしたないおねだりをするのも……杜守さんにはいえない
けれど、気持ちよい。これは絶対に内緒だ。

 そうやって囁き続けていると、身体は生殺しで切なく狂わ
されているのに、わたしの脳みそはどろどろのラズベリージャ
ムになってゆく。杜守さんの名前を告げる度に、その粘液状
になった脳みそに差し込まれた彼の指が、甘やかすようにか
き混ぜてくれる。さざ波のように走る幸福感と、お預けされ
る寂しさが混じり合って、わたしはいやらしい麻痺を止める
ことが出来なくなる。

 ―なんて。
 とてもではないが誰にも云えない性癖だ。

 そんな習慣を持ってしまった。ダメ女子から変態ダメ女子
に変化したわたし。ううう。変化じゃない、堕落だ。いや、
堕落ですらなくて、なんて云うんだろう……発病? とにか
く、身を持ち崩してしまった。
 生活も、情緒不安定気味なわたしの心も、最近ではえっち
な事が発覚してしまったこの身体も、全部杜守さんがいなきゃ
ダメになっている。

 そんな寸止め一人えっちを起き抜けにやっているから(し
かも、快感が引くのを見計らって二回も)。合計で30分近
く生殺し状態で、ゆるゆるに脱力した甘え声で杜守さんの名
を呼んでいたから。
 こうやってシャワーを浴びてるだけで感じやすくなった身
体が発情を始めてしまったりするのだ。多少恥を知りなさい。
わたし。


201:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:00:38 wdisNl5Z
 今度ばかりは反省します。本当です。
 わたしはひんやりした浴室のタイルにおでこをぺたりとつ
ける。
 すいません。すいません。
 こんな事では杜守さんに合わせる顔がない。

 シャワーを終えたわたしは、髪を拭きながら台所へと戻る。
 杜守さんは仕事だから当たり前だけど、誰もいない。

 寂しいな、と思う。それは、ちょっと珍しい寂しさ。
 杜守さんと本当の意味で身体を重ねてから二週間。わたし
は、この寂しさを味わうようになっていた。
 肌寒いような物足りないような不安感。以前感じてたよう
な、むなしさや諦念の入り交じった空虚な寂しさとは違う、
もっと具体的で特別な寂しさ。

 多分、それは、杜守さんがいない寂しさ。
 わたしがいつも感じていた「ひとりぼっち」の寂しさでは
ないと思う。ずっと他人とふれあえなかった、この先誰とも
ふれあえないかもしれないという、漠然としているけれど、
わたしにとっては何より確信に満ちていた「未来の寂しさ」
ではない。

 だって、この特別な寂しさは、多分、杜守さん以外の誰が
ここにいてくれても、消えはしないから。

 あのえっちをしてから、わたしは少し変わったような気が
する。以前みたいに、ひとりぼっちの時に突然パニックに襲
われるようなことは減った。もし襲われても、身動きも出来
ないで、いきなりしゃがみ込んで動けなくなるほどの症状は
なくなった。
 ひとりでロフトによじ登り、布団の中で丸くなる程度の余
裕はあるようになった。


202:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:06:31 wdisNl5Z
 いまでも、未来は怖い。
 わたしはまだ17で、どうなるか判らない真っ暗な海は50年
分続いている。その最中、わたしがどうなるか、わたしには
さっぱり判らない。幸福な、安楽な、もしくは穏やかな旅が
待っているとは、到底思えない。学校をやめて家出娘になっ
てしまったわたしは、いわゆる「社会のレール」を踏み外し
てしまったのだ。
 もちろん、そんなレールなんか無視をして、道無き道を進
んで、その冒険の旅が面白いと云えるひともこの世の中には
存在する。もしくは、そんなレールを踏み外したひと同士が
身を寄せ合って、社会のルールと外れた自分たちのルールで、
多少グレーゾーンではあっても独自の仲間を見つけて過ごし
ているのも見てきた。

 けれど、わたしは前者を選ぶには勇気がなさ過ぎて、後者
を選ぶのには社交性がなさ過ぎる。
 大人たちの言うような「未来の不安」なんかではないと思
う。もっと手触りがあって、はっきりとしたもの。わたしが
10人の中に立っていったら、どんな人の視線もわたしの上に
は止まらないだろうという確信。わたしは多分わたしの一生
で、何も価値あるものをつかめないだろうという静かな諦念。
 わたしには、どうにも居場所がないような気がしているの
だ。―自分の場所を持たない50年。そんなのは想像するま
でもなく、地獄でしかない。

 その地獄は、怖い。
 怖くて、泣きそうになる。
 でもその怖さと、杜守さんの居ない寂しさは別なのだ。

 寂しい。ただ寂しい。逢いたいし、話したいし、触れたい
し、役に立ちたい。甘やかして欲しい。意地悪なことを云わ
れても良い。あんまりかまってくれなくても我慢する。たと
えば一緒の部屋にいることを許可してくれるのならば、一日
中だってじっと良い子にしていられる。

203:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:13:47 wdisNl5Z
 「自分の居る場所を持たない50年」が目の前に現れたら、
そいつはわたしを殺してしまうと思う。この敵は強大で、わ
たしは抵抗の叫び声を上げるまでもなく一瞬で八つ裂きにさ
れ、しかもそのあと蘇生され、殺され、蘇らされて、きざま
れる……それを50年繰り返す羽目になるだろう。その恐怖は
骨を凍らせるほどだ。
 でも「杜守さんに見捨てられた50年」が目の前に現れたら、
そいつが何もしてこなくても、わたしは生きていられない。
生きていたくないのだ。そいつが現れただけで、わたしは、
全てを手放してしまうと判ってしまう。

 好き、なのだと思う。
 云える資格はないけれど。

 杜守さんは、出来る男だからなぁ。……肩を落とすわたし。
 冷蔵庫を開けてみると、アサリのオムレツとジャバイモの
冷製スープ。なんで朝7時に出かける男性が、引きこもり同
居人(性別、一応女)の昼食を用意してゆけるのだろう。
 ほとほと自己嫌悪してしまう。

 これでも、少しだけ料理が好きになった。先週も練習をし
て、青椒牛肉絲なんかを杜守さんに食べてもらった。好評だ
ったので、本当にほっとした。やっぱり、練習は大事だ。
 練習でうまくなれることがあるってなんてすごいんだろう。
だって世の中には、生まれつきとか、才能で決まっちゃうこ
とが多すぎると思う。

 女の子にとって「生まれつき」という現実は、分厚い壁と
して早い時期から看取される。具体的にいうとそれは容姿だ。
女の子は、自分の容姿から逃げることは出来ないし、幼い時
期からそれとつきあう方法を学ぶ。
 可愛い女の子は子供の時から周囲にかわいがられる。愛情
をたっぷりもらって、優しい性格に育つ。あんまり可愛くな
い娘は、タフに育たざるを得ないし、わたしみたいに地味な
娘は注目されないことに慣れる。

204:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:19:46 wdisNl5Z
 もちろん、学んだからと言って、仲良くつきあっていける
娘ばかりじゃない。美人で傲慢になってしまう子もいるし、
不細工で攻撃的になってしまう娘もいる。でも、うまく学ぶ
にしろ、学べないにしろ、大半の女子にとって「現実」とい
う言葉の最初の意味は「自分の容姿」という事実なのだ。

 シたいな……。

 なんて考えて、わたしの顔が瞬間的に茹で上がるのが判る。
 ごめんなさい、すいません、身の程知らずで申し訳ありま
せん。なんて誰もいないキッチンで手を振って誰とも知れな
い誰かに謝罪してみる。いや、その。言い訳させてもらいま
す。違うのだ。さすがのわたしがいくら変態系ダメ少女に堕
落したと云っても、この上さすがにさらに一人えっちなんて
話じゃなくて。

 杜守さんと。
 杜守さんとくっつきたい。

 それは心がさらわれて、空の中に舞い上がるような誘惑。
杜守さんに強制されて癖を付けられた、甘い言葉を唇でなぞ
るだけで、じわりと痺れるような遠い幸福感が、わたしの細っ
こい起伏に乏しい身体を包む。
 杜守さんとくっつきたいな。抱きしめて、唇を重ねたい。
ううん、手で撫でるだけでも良い。言葉を書けてもらったり
したら、嬉しくてしっぽが千切れるくらい振ってしまう。そ
うでなければ、見ているだけでも良い。一つの部屋の中にい
て、杜守さんの背中を見ているだけで、わたしは杜守さんが
想像もつかないほど嬉しい気持ちになれてしまうのだ。

 頭を二三回振る。杜守さんは仕事中なのだ。わたしだけが
こんな淫らでふしだら……というか脳天気というか、つ、つ
まり妄想に浸っているのは申し訳ない。

205:無題書いていたやつ
09/08/24 05:20:02 6h3omFMg
リアルタイム!支援!

206:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:26:53 wdisNl5Z
 わたしはテーブルに出した一人分の昼食の前に座って、い
ただきますなんて呟く。
 我ながら冴えない声。声くらい可愛く生まれつきたかった。
 でも、アサリのオムレツとジャバイモの冷静スープ、加え
て食パンは美味しかった。どこがどう、とはいえないけれど
「杜守さんっ!」っていう味。単純なのに、見切れていると
いうか。無駄のないシャープな味だ。……こういうのもセン
スというのだろうか。

 もっとも料理ではあんまり落ち込まないで済むようになった。

 やってみて判った。料理は、場数。
 わたしは要領が悪い。それは事実だから、仕方ない。
 けれど、料理は場数でちゃんと上手になる。別にプロの料
理人になる訳じゃないし、杜守さんに「おかえりなさい」と
いう感じの料理が作れる腕があればそれで良い。だったら、
それは無限に遠い、手の届かないブドウじゃなくて、ちょっ
と手を伸ばせば、手が届くブドウ。

 やってみると、楽しいし。
 ちゃんと練習したのは、回鍋肉と、青椒牛肉絲しかない。
次は、何にしよう。わたしはロフトに戻って、中古のノート
パソコン(お下がり)をキッチンのテーブルに持ってくる。
無線LANがあるから、うちの中ならどこでもネットが出来
るのだ。

207:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:32:39 wdisNl5Z
 次に練習する料理は、和食が良い。
 杜守さんはどんな料理でも(かなり猛烈な勢いで)食べる
けれど、和食が好きだって云っていた。和食はなんだか「作
っている感じ」が薄くて(焼き魚とか、冷や奴とか)避けて
いた。でも中華ばかりじゃ身体に悪そうだし、やってみるの
も悪くないかもしれない。

 やはり煮物かな。
 なんて考える。あるアンケートによれば、男性が望む手料
理の一位が肉じゃがだそうだ。肉じゃがなんて中学の実習で
作ったから作れる、なんて今のわたしは思わない。
 実習の一回切りの場数じゃ、どれほどの経験も積めはしな
い。細かいチェックポイントを洗い出し、一つずつ解決して
いく。それが上達。

 肉じゃがの場合、きっとジャガイモの切るサイズと煮る時
間と火加減に関係があるんだろうな。煮崩れちゃうもんな、
なんてレシピのサイトを見ながら考える。切るサイズやジャ
ガイモの季節による堅さ、煮る時間や火加減まで表記してあ
るサイトは見あたらない。たぶん、それは「場数」で身につ
けるべき事なのだろう。

 やっぱり肉じゃがかな。
 じゃなければ、筑前煮も良いな。

 午後は試作を一回作ろう。食べきれる分量で。上手に出来
たら、杜守さんに夕食もつくってあげたい。わたしは立ち上
がって食器を流しに下げると、ダメ女子ではあるなりに気合
いを入れたのだった。

208:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:39:32 wdisNl5Z
「えと……すみませんです」
「ほいほい?」
 食後のこの時間。
 わたしは寝間着を着て、杜守さんの部屋のドアをノックし
た。手には、冷凍庫に入っていたカップのアイスをもってい
る。ちなみにこのカップのアイス、杜守さんの買い置きだ。
奇妙な部分で子供らしい人なのだ。

「マッサージの差し入れですっ」
 わたしはなるべく明るくちょこん、と敬礼のポーズを取る。
相変わらず杜守さんの前に出ると、なかなか顔を上げられな
い挙動不審な態度なのだけど。こうやっておどけた態度を取っ
ていれば、杜守さんも戸惑わないで済むわけで。
 ほら、色っぽい風情で夜の寝室を訊ねるなんて、それは美
女のやることだという気もするし。心配そうなそれで居て熱っ
ぽい眼差しなんて美少女の専売特許だ。
 わたしは、こうやっておどけているくらいしか出来ない。
神様、出来れば、裏返りそうな声くらいはどうにかしてくだ
さい。

 杜守さんは、さんきゅーなんて気軽に言って、ベッドに腰
を掛ける。わたしはその杜守さんにアイスを渡して、いそい
そと背後に回る。

209:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:47:18 wdisNl5Z
「美味いなーアイス」
「ゆ、ゆびを」
「?」
「パソコンで、指、疲れて……しま、す」
 緊張で美味く回らない言葉をせき立てて、それだけを絞り
出す。これは建前というか言い訳。自覚症状はあるのです。
 ほんとうは、マッサージとか云って、杜守さんの身体に触
れていたいだけなのです。甘えたがりのダメ女子なのです。
いや、思うに、これはべたべた触りたいという世間で言うと
ころの痴女なのではなかろうか。ううう、変態だ。正真正銘
の変態だ。

 でも、ここまできたら、引くわけにはいかない。
 引くつもりもない。胸の真ん中が風に吹かれた水面のよう
に波立って、ざわざわして、杜守さんから感じる強い引力に
落下しそうなのだ。幸い肩をもむなんていうことだけ上手っ
て云われるし。別に肩もみが上手いくらいで、何かになれる
なんて思わないけれど、それでも杜守さんの近くにいられる
であれば、どんな薄っぺらな言い訳だって使ってしまいたい。

 ほら。こうして触れているだけで、他愛なく気持ちが浮き
立ってきてしまう。杜守さんの指は長い。骨っぽくて、ごつ
ごつしているけれど、器用そうでわたしは大好きだ。

 指と指の股の部分は特に念入りにぎゅむぎゅむとする。ア
イスを食べ終わった杜守さんは「むぅ〜」なんていいながら、
ゆっくりと目をつむる。そうしていると、余計に大型ほ乳類っ
ぽい。温泉に入ってる熊という所だろうか。

210:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:52:33 wdisNl5Z
「……眞埜さん、眞埜さん」
「はい?」
「上手〜」
 笑いかけてくれる杜守さん。この人は、微笑むと、突然子
供っぽくなる時がある。ベッドでリラックスしている時なん
て特にだ。もちろんそうでない微笑みもあるんだけれど、そ
の二種類をどう使い分けているかは、わたしには、良く判ら
ない。

 でも、こっちの「子供っぽいにこっ」を向けられたわたし
の身体は、飼い主に呼ばれた犬のように自動的にお尻の位置
をずらして、ほんのちょっぴり杜守さんに寄り添う。
 駅前で配っているポケットティッシュと同じくらいの面積
だけ、杜守さんの脇腹に、わたしの腰の横がくっつく。体温
も伝わらないようなわずかな領地。まるでそれは文庫本を立
てかけただけのようなわずかな感触。

 その取るに足りない、本当にどうでも良いような暖かさの
せいで、わたしの気持ちの中は春の日差しのように浮き立つ。
ベッドに座って、杜守さんにくっついて触れているのは幸せ
だ。杜守さんは「俺ももう歳だしね−」なんてにっこり笑っ
てくれて、マッサージされると幸せーなんて云ってくれてい
るけれど、そんなの全然とんでもない。
 杜守さんの腕の健の固くなっているところを揉みほぐして
いるわたしだけど、作業をしているとか、労働をしていると
いうような実感はまるでなくて。貴重で大事なものを貸して
貰って、遊んでて良いよ、なんて云われたような嬉しさです
よ。触っているだけで幸せな気分になる。嬉しくて飛び上が
りそうなのは、こちらなのです。杜守さん。

211:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 05:58:30 wdisNl5Z

「杜守さんは……その、お仕事お疲れ様です」
 指を触っているうちに、何とかそんな台詞をひねり出す。
でも云った途端に軽くへこむ。なんて芸のない台詞なんだろ
う。世間話にしたってもうちょっと気の利いたことが云えな
いのだろうか。冴えないわたしだ。

「いえいえ、最近は眞埜さんも料理なんかしてくれちゃった
りして。張り合い出ますよ」
 そんなことない。まだ「作れる」なんて云う料理は5皿に
満たない。料理は場数を踏めば上手になれるのは判ったけれ
ど、それは膨大な量の研鑽が必要だということでもある。要
領の悪いわたしは、何時になったら「料理できます」なんて
云えるようになるのか、見当がつかない。

 杜守さんはどうなんだろう。
 杜守さんは、少なくともわたしからは何でも器用にそつな
くこなすように見える。あまりにも飄々としているせいで、
生まれたときから何でも出来る様にさえ見えるほどだ。

「杜守さんは、なんで、そんなに何でも出来ますか?」
「ん〜。年寄りだから?」
「……」
 そんなこと云われても途方に暮れてしまう。わたしは返す
言葉も見つからないので、仕方なく、杜守さんの太い腕をぎゅ
むぎゅむとする。だんだん血行が良くなってきて、杜守さん
の腕が暖かくなってくる。自分のそれとは全く違う肌の感じ
は、意識してしまうと急に恥ずかしくなってきてしまうけれ
ど、わたしは俯いたまま、あぅあぅなどと呟いてやり過ごす。
へ、変態は抑制しなければいけない。

212:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 06:03:39 wdisNl5Z
「眞埜さんは生真面目だなぁ」
 ごろんと寝返りを打つ杜守さん。あいている腕もこちらに
投げ出して、リラックスの体勢だ。
「……要するに、手の早さだよ。作業が早ければ、同じ時間
で多くの場数をこなせる。あとは年齢が作業速度を経験値に
変換してくれるよ」
「作業速度ですか……」
 あんまり嬉しくない結論。いろいろダメな女子であるわた
しなのだが、作業速度の遅さには自信がある。得意なことが
ないわたしの苦手ジャンルベスト3入りだ。作業速度って集
中力ですよね、なんて聞いてみると、あっさり「うん」と答
えられてしまう。集中力。それは堂々のベスト1。もちろん
苦手分野のだ。
 どんよりと暗雲を頭の上に載っけているわたしに、杜守さ
んは軽く笑いながら続ける。

「集中力ってさ。眞埜さん。なんか筋力とか、直感力みたい
に、何らかの能力があって、それが高いとか低いみたいに考
えてるでしょう?」
「違うのですか?」
「集中力ってのは、要するに要領を時間方向に使ったものだ
よ。……それは何らかの能力じゃなくて、捨てるって事」
「……?」
 杜守さんの話は、時に良く判らなくなる。すいません。頭
の良くない女子なのです。

「例えば、クライアントと交渉しているときは、書類仕事の
能力とか、来週の会議の対策とか、後でクリーニング屋に行
かなきゃとか、必要ないでしょ? 必要のない『部分』を、
自分から外しておくってのが、集中力だよ」
「そんなこと、出来るのですか?」
「そこら辺が要領だね」


213:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 06:09:26 wdisNl5Z
 ―自分で出来るとは思わないけれど、その説明はなんだ
かわたしにはとても良く判るように思えた。「集中力に欠け
る」なんて云うけれど、それって別に何が足りない訳じゃな
くて、頭の中で余計なことを沢山考えちゃってるのだ。
 わたしは……杜守さんにはあんなことを言わされてしまっ
たけれど、やっぱり様々なことに自信が持てない。えっちの
時のああいう言葉は嬉しい。とても幸せ。けれど、あれはや
はり睦言なのだと思う。せめてお世辞ではなく、睦言であっ
て欲しいと希うのは、多分わたしの我が儘でしかないけれど。
 わたしの頭の中には、こびりついたように自信のない考え
が住みついてしまっているし、そうでなくても効率も要領も
悪い。
 いつも何かを失敗をしてしまうのじゃないかと考えていて、
料理を作っている時でさえ、材料を切っていては煮ている時
の失敗を考えたり、材料を煮ている時にはお皿の用意であた
ふたしてみたり、そもそも料理をしている最中に杜守さんに
事を考えたり、自分の未来のことを考えてくよくよしてみた
りと、おそらく「必要のない部分」が多すぎるのだろう。

 わたしには人間として無駄な部分が多い。

 その話は、多分そう言う意味で。
 わたしはそれに妙に納得してしまい、そしてすごく悲しく
なってしまった。だって、それはわたしが言葉には出来なか
ったけれど、漠然と思ってきたことだったのだ。ああ、こう
やってめそめそしているのも、きっと本当は無駄なんだろう
な、なんて。
 そんなこと、ダメ女子としては最初から、何とはなーく、
判っていたのです。判っていたけど、やっぱりへこむのです。

「最速ってのは、最軽量ってこと。余計なプログラムがイン
ストールされてなければ、人間はびっくりするほど早くなれ
るよ。それが常に正しいとは限らないけどね」
「……はい」
 頷くけど、少し引っかかった。

214:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 06:14:51 wdisNl5Z

「いいんだよ」
「?」
「眞埜さんは、それで良いのだ。何が無駄なんて時間を掛け
なきゃ判らない。時間を掛けたって判らないって云うことも、
時間を掛けなきゃ判らない。だから眞埜さんは、それで良い
んだよ」
 杜守さんの伸ばした指先が、わたしのおでこに触れる。

 いつも俯いて視線を上げることも出来なかったわたし。だ
から、ベッドに横になった杜守さんは、寝転がったままでわ
たしの顔を直接覗きこめてしまう。優しい笑み。「判ってる
から安心しておけ−」なんて云う微笑み。
 それは子供っぽい杜守さんの笑いとは別の、もう一つの微
笑み。その眼差しは優しくて力強くて、安心するのだけれど、
わたしはなんだかとっても申し訳ないような悲しいような気
持ちになってしまう。

 何が「それで良い」のか、わたしには判らないのです。判
らないのに、それで良いなんて、それはただの慰めなのでは
ないのですか?

 蛍光灯の明かりから影になったわたしの、きっと微笑むと
も不安がるとも云えない、微妙で意味のわからない表情をし
たわたしの、その前髪を杜守さんは掻き上げてくれる。

 その夜は、わたしは杜守さんのベッドの端っこを借りて眠っ
た。暖かい布団と杜守さんの鼓動に包まれて。幸せで、嬉し
くて、優しい眠りだったけれど、わたしの中に杜守さんの微
笑みに感じた違和感が引っかかっていた。

 それでは、杜守さんと一つの褥を共にしても、消せない寂
しさはあるんだ。……そんなことを知るのにも、わたしには
まだ時間が必要だった。



215:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/24 06:15:52 wdisNl5Z
以上、部屋(4)投下終了。
お粗末様でしたっ。

216:名無しさん@ピンキー
09/08/24 06:37:03 DH/I/gbY
一番槍かな?
GJ!まさか続きが読めるとは思いませんでした。
相変わらず眞埜さん可愛いなあ畜生

217:名無しさん@ピンキー
09/08/24 07:05:07 LZFIwqTk
>>197
GJ

218:名無しさん@ピンキー
09/08/24 08:42:19 29efubNX
かわいいなあ!
GJ!

219:名無しさん@ピンキー
09/08/24 09:39:43 kHYRr81N
GGGGGGGGJJJJJJJ

220:名無しさん@ピンキー
09/08/24 12:31:55 MStrVnIN
「それで良いのだ」
この台詞を見た瞬間、杜守さんばかぼんのぱぱなのだ〜に脳内妄想顔が一瞬変わった
い、一瞬だけなんだからねっ!

221:名無しさん@ピンキー
09/08/24 13:05:49 F3GuWrIO
ダメ人間を依存させる側の人間には包容力と器量が必要だということがよくわかった
つうかGJとしか言いようがない!


222:名無しさん@ピンキー
09/08/24 15:22:20 +otrBZsX
>>215
書き方は上手いけど遠回しな文章が目立つ。
それに本来の文の意味があまり伝わってこない。

223:名無しさん@ピンキー
09/08/24 16:18:01 kmWlgb1l
遠回しで曖昧な文章だから想像の余地があっていいんじゃないか

224:名無しさん@ピンキー
09/08/24 16:21:28 bvgkJcq7
>>222
>>194を読んだら作者本人は分かってて好んでやってるってわかるから
好みじゃなきゃ避ければいいってレベルだと思うよ

それよりジャバイモは方言なのかが気になるよGJ

225:名無しさん@ピンキー
09/08/24 16:23:50 kHYRr81N
>>222
SS評論家さん今日も乙ですww

226:名無しさん@ピンキー
09/08/24 22:13:44 29efubNX
>>222
ええと、とりあえずこのスレは作品に意見や批判をする場では無いので、
あえて作者が求めてきてるわけでもない時にそういう意見的な書き込みは必要ないです

逆にスレの空気が悪くなる場合が多いので、もう作品・作者に対する意見みたいなことは書き込みしないでくださいね
もちろん感想なら書き込み自由ですけど、わざわざ「面白くない」とか言う必要も無いです
つまらなかったらスルーかNGで

意見・批判がしたいなら、そういうスレがありますからそちらでどうぞ
何事もその場にあった行動を、ということですね

227:名無しさん@ピンキー
09/08/24 23:31:34 qq18wmdu
勝手に決めつけんなボケ
てめえみたいな自治厨面した信者が荒れる元なんだよ

228:名無しさん@ピンキー
09/08/24 23:45:21 FeMat55j
ボケとか書くから荒れるんでしょ、荒らす張本人になってどうするの
スルーしなよ

229:名無しさん@ピンキー
09/08/24 23:56:36 tdcB8E4K
なんていうか、作者さんは無料でみんなに作品提供してるわけだけどなんでタダで見てる君たちがそんな偉そうなの?w書いてもらっているってスタンスのほうが自然だと思うんだけどねえ。

230:名無しさん@ピンキー
09/08/24 23:58:53 W354fXaf
言っても無駄無駄
荒らしは自覚ないんだから

231:名無しさん@ピンキー
09/08/25 00:26:44 KqZynglg
まあこんな言い争いに負けずに作者さんがんばれ

232:名無しさん@ピンキー
09/08/25 00:58:06 SqVGDxjC
ボケがボクに見えてあせったw

233:名無しさん@ピンキー
09/08/25 01:29:18 rhxwD+8W
>>228
すまん、あまりにも頭にきたもんだからつい書き込んでしまった。
>>229
より良い作品を書いてもらうために意見するのは当たり前のことだろ。
好みのシチュやネタだったり文体についてだったり、>>222の書き込みに関しては大方>>224の言う通りだと思うが誰も偉そうになんてしてないよ。
乞食とマンセーレスしかしない輩の方がよっぽど質が悪い。というかそれを装った荒らしまでいるしさ。

234:名無しさん@ピンキー
09/08/25 02:03:40 eWgw8Yvg
>>226が言ってくれてるけど
「意見・批判がしたいなら、そういうスレがありますからそちらでどうぞ 」

>>233は荒れる元を自分が作ってるとまず自覚しろ

235:名無しさん@ピンキー
09/08/25 02:28:24 /JZNEIqC
「こうした方がいいんじゃないか?」とか「ああしない方がいいんじゃないか?」とか
作者や読者やらがいい物を目指して話し合うのはエロパロ板では普通のことだと思ってたけど違うのか

236:名無しさん@ピンキー
09/08/25 02:57:22 ENxu2uVy
何事も中庸が肝心

237:名無しさん@ピンキー
09/08/25 05:00:24 3orUu3/9
>>235
もし本当にそれが普通だったら
作品投下されるたびに討論起こって荒れまくってるだろうよ

数年前まで活気づいていた嫉妬修羅場総合スレがいい例じゃないか

作品投下するたびに作品に対する討論が起こる→作者が投下しづらい雰囲気が多くなる
→そのうち神聖様の登場でさらに荒れる→作者他関連板へ移住→スレが寂れる

って感じであの名スレが今じゃ目も当てられない状態になってしまった。

ちゃんと言葉を選んで書き込むなら問題ないが
揚げ足とるだけのレスやら、不快になるようなレスが続くと
この依存スレも同じ目にあうと思うよ


238:名無しさん@ピンキー
09/08/25 06:35:07 Yx5TZhbN
要するに皆、スレに依存してる、と。

239:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:18:04 5VKgrtZv
wkzです。応援してくれた方に感謝を。
ダメ女子+甘々依存属性。 今回は中盤でエロないです。
ごめんなさい。ジャンル苦手な方も冗長な文章が合わない方も
トリップNG出来るように付けますのでよろしくお願いします。
では(5)投下ゆきます。


240:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:23:09 5VKgrtZv
              わたしの棲む部屋(5)

 手で触れそうなほどとろりとした藤色の光がフローリングの
床を浸していた。夜明け前、それも夏の朝の夜明け前だけに見
られる、湖の水面のような朝の光。
 まだ蝉の鳴き始める前、夜明けの空気の中を、夏の日の予告
編が遠く響いている。壁に掛かったデジタルの時計はまだ4時
でしかない。暖かい布団に首まで入って、うっすらと目を開け
る。まるでお風呂に入って居るみたいに、お尻のそこから背筋
を、ひたひたと幸せがぬくもりを持って覆ってくる。

 頬の下には、わたしのそれよりもずっと太い腕。自然に頬が
緩んでしまう。少しだけ身じろぎ。背中に杜守(ともり)さん
のぬくもりを感じて、甘えるように身体をすり寄せて、居心地
の良い体勢を作り出す。
 あんまり体重を掛けちゃわないように、杜守さんの腕を頬の
下に感じて、思わずもらす吐息のような笑みをこぼしながら頬
ずりをする。杜守さんだ〜。なんて脳内ではリフレイン。寝起
きのIQが下がった脳みそは、たやすく幸せに蕩けてしまう。
 だって、杜守さんのベッドにお邪魔するなんて、週に一回も
ないイベントなのだ。わたしがこんなに嬉しくなっても仕方な
い。

 なんて考えているわたし杜守さんの腕枕じゃない方が触れる。
 髪の間に杜守さんの長い指先が探るように潜って、そのまま
手櫛のように流れてゆく。わたしは突然の感触に、思わず自分
を抱え込むように緊張してしまう。だって、それはあんまりに
も親密で甘やかな感触。不意打ちで受けるには、色っぽすぎる
気持ちよさだったのだ。

「おはよ、眞埜(まの)さん。早いね」
 パニックになりかけて凍り付きそうなわたしの後頭部から、
杜守さんは低い声で声を掛けてくれる。


241:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:30:08 5VKgrtZv
 夜が明けきる前の杜守さんのベッドの中。わたしは杜守さん
が起きているなんて全然思ってなかったので、慌ててしまって
口の中でごにょごにょと返事をするしか出来ない。恥ずかしい
〜。頬が染まる。杜守さんが寝ていると思って、子供みたいに
甘えてしまった。ううう、格好悪い。わたしはごまかすために、
じりじりとベッドの端っこの方に逃げてゆく。
 でも、杜守さんはそんなわたしの腰をぐいっと抱き寄せちゃっ
たりして。杜守さんの腕の中にすっぽりと抱え込まれてしまう。

「逃げよーとした」
「してない、してません……」
「ほんと?」
 わたしは、上手に答えることも出来ずに、こくこくと頷く。
杜守さんの体温はわたしよりわずかに高くて、抱え込まれると、
いつもよりテンポの上がったわたしの心臓の音さえも、その熱
に煽られているのが判る。全身を巡る血流は、なんだかわたし
を、焦るような、怖いような、でもちょっぴり嬉しいような、
そんな居ても立っても居られないような気分にさせる。

 逃げ出したいのに、ちっとも動く気分になれない。麻薬的に
手遅れで、膝が笑っちゃうほど甘美なパニック。それが杜守さ
んの腕の中の感触なのだ。
 わたしは、ちょっと俯くように身を固くする。けれど、その
わたしの身体を、杜守さんは布団の中で引き寄せて、髪の毛を
梳くように触ったりして、それだけでわたしはどんどんあがっ
てきてしまう。
 ……白状すると、朝からえっちな気分にもなってしまってい
る。最近濡れやすくなっているのだ。それについては……それ
は杜守さんの責任だって大きいと思うのだけど、とてもそんな
責任追及出来ないわたしは、背中に杜守さんを感じながら、あぅ
あぅと云うくらいしか出来ない。

 しばらくそうして髪を撫でられていたわたしは、やがて気が
つく。
「……杜守さん?」
「ほい?」
「もしかして、寝てないですか?」
 そうだ、わたしがうっすらと目が覚めた時に起きていたのだ
とすれば、4時間も寝てないのではないか。考えてみると、わ
たしは杜守さんの寝姿をあまり見たことがない気がする。―
いや、違う。あまり、じゃなくて一度も見たことがないではな
いか。

242:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:35:16 5VKgrtZv
「ちゃんと寝たよ。気にしちゃ、ダメダメ」
「だめですよ、ちゃんと寝ないとお仕事大変です……
 あ、ふわぁっ!」
 わたしの言葉を遮るように、杜守さんの指先がわたしの耳を
くすぐる。な、な、なんてことをするんですか。びっくりした。
衝撃だった。あんな動物的な……えっち臭い声を出しちゃう自
分にびっくりだ。
「むうぅ」

「じゃぁ、こっち向いて」
 杜守さんのリクエストで、わたしはごそごそと杜守さんの胸
の中に、顔を埋める。背中から抱きしめられるのも幸せだけど、
こうして自分の腕で杜守さんに抱きつくのも、嬉しい。大きな
杜守さんに抱きつくのは、なんだか「しがみつく」っていうイ
メージだけど、それだけに途轍もなく安心ししてしまうところ
がある。
 身長差のあるわたしは、布団に溺れちゃいそうになって、頭
を振る振ると振って掛け布団から出すと、杜守さんの肩に頬を
寄せる。杜守さんはわたしを抱き寄せて、抱き寄せて、ぎゅっ
と抱きしめて。

 わたしは怪訝に思う。
 杜守さんが、こんな風にわたしを抱きしめるのって、殆ど初
めてじゃないだろうか? わたしは良く判らなくて、ただ杜守
さんに回した腕で、ぽんぽんと背中を叩いたり、撫でたりして
みたけれど。杜守さんは少し寝ぼけているのかも知れない。

「……杜守さん?」
「ん?」
「どうしました? 眠いですか?」
 わたしの質問に、杜守さんはしばらく答えないで、髪の毛に
触れている。その触り方は丁寧で、指の間をこぼれてゆく髪の
感触を惜しんでいるみたいだ。やがて杜守さんはわたしをきゅぅ
っと抱き寄せると、勢いを付けるように起き出して微笑んだ。

243:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:40:54 5VKgrtZv
「実は今週、ちょっと仕事が立て込んでてね。気合いを入れて
いたのだ」
 その笑顔は、いつも通りの優しくて頼りがいのある方の表情
だった。居候のわたしとしては心苦しく、何かしてあげたかっ
たのだけど、ダメ女子で、しかも引きこもりとしては出来るこ
とは殆ど何もない。杜守さんの言葉にも、頷くことしか出来な
いのだ。
「そこで眞埜さんを撫でてねー。ちょっとエネルギー補給をね」
 なんて冗談めかして笑う杜守さん。

 その表情に誘われるように、わたしは殆ど反射的に杜守さん
の頭に手を伸ばす。杜守さんの前髪。わたしのとは違う、男の
人らしい、ちょっと堅めの直毛。その前髪の間に指を差し入れ
て、撫でる。
 あれれ。
 なんて、自分でも驚いて、照れくさくて、気まずい思いをし
てしまう。何でわたしはこんな事をしているんだろう。杜守さ
んを子供みたいに撫でるなんて。杜守さんはわたしよりも十も
年上なのに。ううう、申し訳ないような言い訳したいような気
持ちになる。だって自分でも何でこんな事をしちゃったのか良
く判らないのだ。
 こういう時に、ほとほと自分の察しの悪さというか、頭の悪
さが恨めしい。わたしは挙動不審気味に視線を泳がせながら、
杜守さんに良い子良い子をする。

「これ、応援?」
 杜守さんのその問いかけに、うん、多分、はいです。なんて
言い訳をして。でも、実はちょっと違うような気もしていて。
頭の片隅に、昨日の夜寝る前に感じた違和感が横切るのを感じ
る。でもそれは明確な理由として判るわけもなく、ただ横切っ
ただけで。わたしは、ただ、子供みたいに杜守さんをちらちら
と見上げながら、撫でることしか出来なかった。

244:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:46:18 5VKgrtZv
 ―八月の後半から九月の頭に掛けて。
 杜守さんは予告通り忙しかった。毎日のように遅く帰ってき
て、食事とシャワーもそこそこに部屋にこもって仕事を続ける。
どうやら職場から持ち帰ってくる作業も大いにあるらしく、明
け方までキーを叩く音が聞こえることもあった。
 ある晩は会社に泊まったかと思えば、あるときは始発で帰っ
てきて、一日中部屋にこもって、あちこちへと電話をしながら
書類を作っている事もあった。

 杜守さんに迷惑だけは掛けまい。
 そう思っていたけれど、寂しさは身を切られるようで。杜守
さんにかまってもらえない日々のながれは、まるでコールター
ルじみた粘着性で時計の針さえゆっくりと進むのだった。

 杜守さんは、杜守さんの言うところ「籠もって」しまうと、
お茶とカロリーメイトだけで良くなってしまうのだという。食
事をしすぎると、眠くなってしまうなんて云うのだ。わたしは
それでも、身体をこわさないように、下手くそなりに手早く食
べれるような食事を作ろうとした。
 お陰でサンドイッチのレパートリーが増えたけれど。

 杜守さんの言う「集中力」。
 その意味合いがはっきり判ってきたのは、五日ほどたってか
らだった。「必要のない余計な部品は捨てる」なんて言葉では
判っていたけれど、本当に目にしたのは初めてだった。
 考えてみれば、お茶とカロリーメイトなんて云う食生活はそ
の前兆だったのだろう。杜守さんは「食事について考える」と
いう部品を一端取り外してしまったのだ。その分シンプルになっ
て身軽さを増した杜守さんはさらに仕事にうちこんだ。

 ある日、杜守さんの部屋に差し入れに行くと、クローゼット
の前にはYシャツと下着とネクタイのセットが、五日分並べて
おいてあった。杜守さんは「その日何を着るか」も取り外して
しまったのだろう。歯磨きやシャワーなども最小限になって、
それらはどこか上の空で行なわれているようだった。

245:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:51:22 5VKgrtZv
 仕事をしている杜守さんをそっと観察したことがある。こん
なに忙しいのだからさぞや激しい仕事をしているのかと思って
いたけれど、そんなことはなかった。杜守さんは表情も消えて
どこか仏像めいた超然とした雰囲気で、ただ確実に、ものすご
い速度でキーボードを叩いていた。
 喜びも悲しみも無いかのような、ある意味「やる気」さえも
見えない、ただ純粋に入力された情報を高速で処理して結果を
出していくようなその姿勢は、「表情を作る」部品を取り外し
てしまったかのようだった。
 わたしはただひたすらに驚いてしまい、でも声を掛けること
も出来ずに、自分のロフトに戻って、丸くなってた。それは、
わたしにとっては少し怖い光景だった。

 日に何度か、わずかな時間、杜守さんと話をする。
 それは紅茶の差し入れだったり、軽食を届けに行ったりする
タイミングでのことで、わたしはその時間を毎日毎日心待ちに
していた。
 杜守さんからかまってもらえない不安感は、まるでお日様を
遠ざけられた植物がそうであるかのように、わたしからエネル
ギーを奪ってゆくから。杜守さんの何気ない仕草で幸福になっ
てしまうわたしは、忠犬のようにその時間を待ち構えていたり
した。

 そんなわたしに、杜守さんは「ごめんねー、しばらくの事だ
から、ごろごろしたり遊んだりしててよ」なんて云って笑うの
だった。杜守さんは優しくて、精神的に大人で、おそらく仕事
では相当に煮詰まっているのにわたしの前ではいつも笑ってい
た。

 でもそれは、逆にわたしが居るから、わたしと話をするから、
杜守さんが仕事の最中は外しちゃっている「世間的に会話をす
る」とか「面倒くさい女の子に気を遣う」なんていう部品を装
備しなければならない、つまり重くなって集中力を阻害してい
ると云うこともわたしには判ってしまう。
 仕事も出来ないダメ女子が、ただ頭を撫でて欲しいなんて言
う自分勝手な欲求で、杜守さんの手を煩わせているのかと思う
と、みっともなくて申し訳なくて、ひどく自己嫌悪したりもした。

246:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 15:56:56 5VKgrtZv
 わたしがこの家に転がり込んだ、最初の週を思い出す。
 冷蔵庫の中はミネラルウォーターとアイス、それにチョコと
お酒、カロリーメイトしか入っていなかった。
 杜守さんは、わたしが居ない間、シンプルに生きてこれたの
だ。杜守さんを下界に引きずる降ろしているのは、わたし自身
なんだなぁ、なんて思うと、泣きたい気持ちになる。

 時間の流れはゆっくりすぎて、夜が明けて日が暮れるまでに
一週間が丸ごと入るのではないかと思われるほどだった。杜守
さんが仕事で空けている家の中はむやみに広くて。それが落ち
着かないわたしは、自分のロフトに引きこもってその3畳もな
い天井の低い空間の中で、布団に丸くなって時を過ごす事が多
かった。
 居間でTVを見てても音楽を聴いてても良いのだけれど、杜
守さんが仕事で疲れ切っているのじゃないかと思うと、胃の中
がぎゅぅっと固くなったような気分になり、遊ぶような気持ち
も無くなってしまう。

 有り余る時間に考えるのは、杜守さんのことだった。
 ただ、杜守さんのことを考えていた。
 もちろん自分の寂しさや心細さ、先行きの無さについても、
それはもう自分でもがっかりするくらい考えたのだけれど、そ
うではなく、ただ杜守さんの事を想ったりもしたのだ。
 多分、わたしは生まれて初めてと云っていいくらい「他人」
のことを考えたのだと思う。自分の寂しさを通してではなくて、
「寂しさを紛らわせてくれる誰か」ではなくて、ただ「杜守さ
ん」のことを考えた。

247:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:01:58 5VKgrtZv
 わたしは要領が悪すぎて、それは考え事をする、と言うただ
それだけのことですら手際が悪すぎるのだ。ダメ女子はこれだ
から本当に使えないのだけれど、とても沢山の時間を必要とし
てしまった。
 砕け散ってしまったガラスの破片を集めるみたいに、判りきっ
たことの欠片を一つ一つ集めて、ああでもない、こうでもない、
そんな訳がない、あるはずがないという頭の中の言い訳で、迷
路の壁に総当たりをしながら、どうにもならないほどのろのろ
と考えをまとめ上げた。

 わたしの右側には、うんざりするほどのネガティブな要素が
積まれている。不細工ではないけれど、あんまり美人とも云え
ない冴えない容貌。めりはりに乏しい、痩せて小さな体型。引
きこもりで高校中退。仕事できない。社交性無し。要領が悪く
て、頭も悪くて、第一印象は「影が薄い娘」。
 家出中で、杜守さんの家に転がり込んでいて、杜守さんが居
ないとホームレスになってしまう。根暗で、鬱が激しくて、
ちょっとしたことで不安になって杜守さんに泣きつくことで、
どうにかこうにか落ち着いて過ごせるようになったばかりの、
面倒くさいことこの上ないしょんぼり娘だ。
 杜守さんに撫でられたい。杜守さんに甘えたい。杜守さんが
居ないと、本当は一日だって耐えられない。それくらい、杜守
さんに寄りかかっちゃってしまっている、ダメダメ女子。
 それがずっと判っていたわたしの姿。
 ううう。自分で列挙しているだけで、泥のたまったどぶに片
足を落としてしまったような気分になる。

 片や、わたしの左側には、この10日で発見した傲慢で自分
勝手きわまりないわたしがいる。そのわたしを見つけ出して、
認めるのに10日もかかってしまったほど、わたしはそんな気
持ちを無かったことにしようとしていた。

 わたしは。
 杜守さんが、欲しいのだ。

248:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:07:10 5VKgrtZv
 こんなダメ女子で、杜守さんに支払えるどんな代価もないと
いうのに。わたしは杜守さんに、求められたいと思っているの
だ。
 杜守さんは大人で、余裕があって、優しくて、わたしがいや
がることは絶対にしない。無理矢理働け、とか外に出ろ、とか
も云わないし、家事をしているのだって、杜守さんに言われた
からやっているわけではけしてない。えっちだって―前回の
アレをのぞけば、なんだかしないと不自然だから、身体を重ね
ました、みたいな雰囲気だった。
 でも、それでは我慢できなくなってしまった。
 思えばわたしは誰かを望んだ事なんて一度もなかったように
思う。女の子は、自分の商品価値には敏感なのだ。小学生の頃
から、自分の長所と弱点、そんなものは数値で表示されている
ように分かりきったものとなる。自分が誰かにどれくらい望ん
でもらえるかというのは、非常に残酷で、デジタルに処理され
るものだと、女子は全員知っている。
 わたしはわたしの「左側」によって自分の価値が、一山いく
らの粗悪品であると判っていた。だから本当に何かを望んだ事
なんて、無いような気がする。
 だけど、やっぱりもう誤魔化せないみたい。

 わたしは、杜守さんが欲しい。それは「杜守さんが居ないと
困る」とは全く別の感情で、もっと我が儘で傲慢な想い。

 杜守さんに、甘えて欲しいのだ。
 杜守さんの役にたって、杜守さんに偉いねって言われて、お
世辞じゃなくて、杜守さんに「居なきゃ困る」って云われたい。
あの人は本当に女の子の相手が慣れているから、気を利かせて
そんな台詞は普通に言ってしまうのは、すごく予想できてしま
う。でも、そうじゃなくて、杜守さんに求められたい。

 胸をつくような締め付けられる気持ちで、そう思う。杜守さ
んはいつだって優しくて、でもちょっと諭すような、保護者の
ような表情でわたしを撫でてくれていた。それはわたしの「左
側」、杜守さんが居ないと困ってしまうわたしにとっては都合
が良かった。ううん、都合が良かったからこそ、杜守さんがそ
れを演じてくれていたのだと、今なら判る。杜守さんはそれが
可能なほど、精神的に大人だったのだ。

 でも、わたしの「右側」はそれでは満足できなくなっている。
杜守さんが欲しい。全部なんて云わない。ほんのちょっぴりだ
けで良い。わたしが杜守さんを必要とする十分の一でも良いか
ら、杜守さんに必要とされたい。甘えて欲しいのだ。杜守さん
に優しく抱きしめられるのは魂に羽が生えるほど幸せだけど、
ほんのちょっぴりで良いから、杜守さんも我を忘れるほどわた
しに溺れるように、求めて欲しいと思ってしまう。

249:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:12:14 5VKgrtZv
 ううう。
 脱線した。頭の中がピンクの妄想で溢れてしまいそうになる。
溺れるとか、求めて、とか。そう言う単語は禁止しておかない
と、思考がぐるぐる回って先へと進まないじゃないですか。

 へ、変態めっ。
 自分をちょっとしかりつけて、布団の中でもぞもぞと身体の
向きを調える。うわ。裏切り者! パンツがちょっと重くなっ
てる。すぐそう言う気分になるんだからはしたない。

 もちろん、その欲求、求めて欲しいなんて云う夢は相当に虫
の良い話で、望みが薄いって事は良く判っている。

 世の中にはわたしより可愛い女の人なんて星の数ほども居る
のだ。オトナで、ちゃんとお仕事をしてて、わたしよりスタイ
ルが良くて、化粧なんかも上手で、美人で、明るくて……とに
かく、わたしより優れた部分が、沢山あるような女の人は、きっ
と杜守さんの周りにいると思う。
 それを考えると気分がへこんで、布団の中でめそめそして、
鼻を真っ赤にすることもあった。
 杜守さんがそんな女の人と知り合いじゃないと思う方がおか
しいのだ。会社にはOLの女の人だっているし、学生時代の旧
友とか、良く判らないけど、取引先の美人なお姉さんとか、い
るに違いない。いや、絶対にいる。

 だって杜守さんは女慣れしているのだ。わたしは絶対の確信
を持って断言できる。
 だいたい、そうだ。あんまり考えたこともなかったけれど、
杜守さんだってわたしより10近く年上なのだから今まで付き合
った女の人が居ないわけがない。そんなの当たり前だ。あれだ
け仕事も出来るし、何でもそつなくこなす男の人だから、きっ
と高校とか中学時代にすでに彼女を作ってたりしていたに違い
ない。
 いつでも余裕があるあの態度は、料理と同じく、場数によっ
て育まれた経験なのだ。

 どんな人だったのかな。
 高校の後輩とか? ものすごく可愛くて、髪の毛は栗色のふ
わふわで、何でも良く気がつくかいがいしい女子かな。大学に
入ってからは一つ年上の、けだるい感じのそれでもすごく有能
な才女とか。きっと服を脱がしたら、ものすごく綺麗な身体な
のだ。

250:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:17:46 5VKgrtZv
 大きなため息をついて、自分の持ち物を確認してみる。
 相も変わらぬ、ひょろりとしたにょろにょろボディだ。食生
活が改善されたせいで、肌には張りと潤いが戻ってきた。色が
白くてすべすべなのは、実は数少ない自慢だ。けれど、そんな
のは十代だったらどんな子でも、健康に暮らしていれば当たり
前に持っているわけで、何のアドバンテージにもならない。
 杜守さんがかまってあげた女の子の中でも、一番残念賞スタ
イルなんだろうな、なんて思うとナチュラルにへこむ。

 わたしの「左側」の後ろ向きで杜守さんに寄りかかりたい気
持ちと、「右側」の杜守さんを甘えさせたい、杜守さんの役に
立ちたいという気持ちは、わたしの中で衝突して、せめぎ合っ
ている。

 バランスなんて、とっても悪いのだけど。
 だって物心ついてからずっとダメ女子だったのだ。「左側」
の発言力が強くて、どうしたって恐れ多いというか、罪悪感で
一杯になってしまう。
 心の中で思っただけで、本当に申し訳なさでいっぱいになっ
てしまうのだ。わたしみたいなダメ女子がそんな大それた願い
を持ってごめんなさい。いえ、その。自信があるとか、絶対手
に入れるとか、杜守さんにふさわしい女性になるなんて自信は
ちっとも無いんですけれど。わたしは杜守さんが居なきゃだめ
な引きこもりなんですけれど。
 よりによって、一番始めに願う宝物が、杜守さんだなんて。

 でも。それでも、やっぱり。
 幸せって麻薬なのだ(良薬だったっけ?)。その魅力には、
ダメ女子のわたしは、ダメであればあるほど逆らいがたい。
 だってわたしの身体には、杜守さんに抱きしめられた感触が
残っているのだもの。腕の外側から大きく締め付けられる、鳥
肌に似た気持ちよさを覚えている。可愛いだなんて、あんなこ
と言われたのは生まれて初めてなのだ。雛鳥だって刷り込まれ
れば懐いてしまうと云うではないか。

 その小さいけれど決して消えない願いは、どんなに諦めよう
としても、そんなの無理だと理性が告げても、執拗にわたしの
中で燃え続けた。
 わたしは、杜守さんの留守がちな十日間をとおして、ダメ女
子であるばかりか、自分がえっちで変態でその上欲深い贅沢も
のだと云うことも思い知らされてしまった。


251:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:24:01 5VKgrtZv
 長い長い杜守さんの修羅場が終わって、やっと何とか一息付
けたのは、九月の2回目の週末だった。「もーやだ。終わり。
仕事しない」と云って家庭用電話の線まで引っこ抜いた杜守さ
んは連続で10時間も寝て、わたしの作ったおにぎりを食べて、
それからまた昼寝までして、やっと体調が元に戻ったようだっ
た。

 かくいうわたしも我慢しきれず、お昼寝はご一緒させてもらっ
てしまった。ううう。10日ぶりの杜守さんですよ? ぬくいの
です。大きいのです。
 本当は疲れているのだし、1人で寝かせてあげるべきなのは
判っていたのだけれど、わたしの方も不安な気持ちとか、頭の
中がぐるぐるしてしまっていて、杜守さんが手招きしてくれた
のにまんまと乗っかって一つのタオルケットで昼寝をしてしま
った。

 目が覚めたのは夕暮れ時。
 やっぱり杜守さんの寝顔はみれなかった。なんだか悔しいし、
ちょっぴり悲しい。でもそのせいで「やっぱり」というように
確信が持てた。多分、おそらくだけど杜守さんは、やっぱりわ
たしに気を許してくれている訳じゃないのだ。

 優しくしてくれるし、気を遣ってくれるし―こ、こんなダ
メ女子ですけど? そのぅ「女の子扱い」してくれる。それは、
嬉しい。杜守さんの腕の中で目覚めるのは格別に幸せで、昼寝
の数時間だけで、3日分くらいぐっすり眠ってしまった。

 でも、杜守さんにとってはやっぱりわたしはどこか、お客さ
んなのだろう。それはわたしにはどうすることも出来ないけれ
ど、とても寂しい。本当はわたしがもっと自立して、素敵な女
の子で、杜守さんが居なくても生きていければ、こんな寂しさ
に耐えることも出来るのかも知れないけれど、それは無理。杜
守さんは、わたしの中でそれほど大きくなってしまっている。

 例の「右側」は杜守さんに甘えたい、甘えたいっ、かまって
欲しいと騒ぎ立てている。でも「左側」は「左側」で杜守さん
の本音の部分が知りたい、出来れば杜守さんもわたしに夢中に
なって欲しいなんて分不相応な願いを繰り返す。
 真ん中のわたしは杜守さんの事を好きな気持ちで湧かしすぎ
たお鍋のように沸騰しているし。そんなわたしすべてを、「杜
守さんに迷惑を掛けるのだけは絶対ダメ!!」と細くて頼りな
ーい理性が御している状態だ。

252:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:32:12 5VKgrtZv
 杜守さんは、そんなわたしのぐるぐるに気がついてないわけ
もなかったのだけれど、何も言わないでいてくれた。夕暮れの
部屋の中でもそもそ起き出した2人。
 視線を合わせられないわたしは、メールチェックをする杜守
さんの横顔を、こっそりと見つめる。

 卑しくて自分勝手な考えだけど、誤魔化すことが出来そうに
もなくて、思い知る。わたしは、杜守さんにも癖になって欲し
いのだ。わたし以外じゃ、ダメになって欲しい。
 杜守さんに必要とされたい。
 杜守さんみたいな何でも出来る人に必要とされるって、そん
な方法全然判らないけれど。

 杜守さんが、さりげなーく。本当にさりげなーく。モスバー
ガーとポテト食べたいな〜なんて云う。確かに食べたい。お腹
がきゅるるんなんて音を立てて鳴く。
 仕事が一段落した今、ちゃんとした食事を杜守さんに作って
あげなきゃいけない立場なのだけど、もちろんそのつもりで準
備もしてあるのだけれど、昼寝をしちゃったせいですぐに食事
が出る、と言うわけにも行かない状況だった。

「眞埜さん、眞埜さん。久しぶりに買い食いってことで」
 杜守さんが、悪戯小僧みたいに笑う。

 引きこもりのわたしとしては、外出はちょっと怖いのだけれ
ど、駅前くらいまでなら何とか……。なんて考えて、顔を洗い
に向かう。コンビニに行くくらいなら今までだってやってきた
のだ。幸いもう夕暮れ時だし。


253:wkz ◆5bXzwvtu.E
09/08/25 16:37:21 5VKgrtZv
 マンションから外に出たわたしたちは、まだ熱気の残る街を
2人で歩く。
 青鉄の色に染まってゆく空に、宵の明星が輝いている。手を
つないでみたりなんかしたりしたら、も、もしかしてすごく幸
せかも知れない。なんて考えては見たのだけど、そんなこと自
分から出来るはずもなく、並んでいるような、後を付けている
ような、微妙な角度で歩く杜守さんとわたし。

 云うまでもなく、ちょっと後方から追跡しているのがわたし
だ。手をつなぐのはともかく、あのシャツの裾の辺りをちょこ
んとつかんで歩く、位は良いのじゃなかろうか。―なんて考
えてたから、杜守さんの言う言葉を聞き逃してしまった。

「はい? はい」
 何を訊ねられたかも判らないで返事をするわたし。杜守さん
は嬉しそうにしているので、まぁいいか、と納得すると、なん
と杜守さんが手を握ってくれるではないか!! ううう、手を
つなぐって想像以上に恥ずかしい。膝の力が抜けてしまう。

 世間の人たちはこんな事をやっているのでしょうか?
 よく事故も起こさないで歩けますですよ。

 なんて自己突っ込み。杜守さんの手は大きくて、本当に大き
くて、わたしはなんだか宝物を渡されたような気分で、ぎゅぅ
っと握ってしまう。杜守さんはちょっと振り返って、駅前の水
銀灯とイルミネーションに逆光になって、ニヤっと人の悪い笑
みを浮かべる。……人の悪い? わたしはそこで気がついて直
後に涙ぐみそうになる。

 だ、騙されたっ! はめられましたっ!
 杜守さんはにやにや笑うと、わたしが苦手なのを知っていて、
何食わぬ顔でわたしを美容室に連行する。引きこもりが最も恐れ
る場所の一つが美容室だというのにっ!


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