無口な女の子とやっちゃうエロSS 八言目 at EROPARO
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300:ファントム・ペイン 2話 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:06:09 rI4fikT2
世の中の兄弟姉妹というものがどういう関係を指すのか、俺には判らない。
きっとその家族ごとに全く違う形の兄弟関係があるのだろう。
仲が良かったり悪かったり、密接だったり疎遠だったり、複雑だったり単純だったり。
だが少なくとも、彼ら彼女らの間には、長い時を一緒に過ごし成長してきた絆が、相互理解という形で多かれ少なかれ存在するはずだ。
そう考えると、俺と絵麻は到底兄弟と呼べる関係ではないのだろう。
彼女は俺にとって、突然振って沸いてきた奇妙な同居人に過ぎない。
そして俺は彼女について何も知らない。
彼女を理解できない。
そんな事を考えてしまうのも、大部分は目の前の二人の所為だ。
「そっち付け終わったかー? うし、んじゃ今度は左な」
肩車をしている男子生徒とされている女子生徒。
実験室の蛍光灯の付け替えをしている女子を男子が支えている形。
女の方はてきぱきと仕事をこなしてはいるものの、下の男に対して一言も指示を出していない。
にも拘らず、背負う男子は極めて的確に移動し、女子を照明具の前に導いている。
「渡辺、仕事はそれだけで終わりだ」
「おう。じゃ、下ろすぞ結」
活発そうな少年、渡辺綱がしゃがみこむと、その妹である大人しそうな少女、渡辺結はその背からすとんと床に降り立った。
綱が肩や腰を難儀そうに回している間に、結の方はてきぱきと使用済みの蛍光灯を片付けている。
妹が紐で一つに結んだ蛍光灯の束を肩に担ぐと、兄は一足先に室の扉に手をかける。
「じゃ、俺はこれ出してから部活行くわ。また明日な、伊綾」
「ああ」
「結も雨降らん内に帰れよー」
後ろ手に手を振りながら廊下を駆け抜けていく綱。
結は小さく手を振ってそれを見送っている。
ふと外を見ると、すでに小雨がぱらついていた。
「忙しい奴だな、荷物も忘れてやがる」
机には彼の通学鞄が放置されたままだ。
結は自分の鞄から折り畳み傘を取り出すと机の上に置いた。
部活の後彼が荷物を取りに戻るかどうかなど、俺は知らない。
だが、そう言う事なのだろう。
「渡辺妹はどうするんだ?」
彼女はもう一度自分の鞄の中を探ると、さっきのものと同じ折り畳みをもう一本取り出した。
用意が良い事だ。
「成る程な。下駄箱まで一緒に行くか」
結は微笑んで見せると、一足先に実験室を出た。


301:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:08:28 w+7GdsqC
渡辺の兄弟との付き合いは小学校の頃からだ。
交友が出来たのは習い事で顔を合わせてからだが、それ以前も、界隈では有名人である彼らの噂は耳にしていた。
あの兄弟は、嫌が応に目立つ。
行動力に溢れ、過剰な程自己主張をする綱と、黙して語らず、一歩引いて物事を見極める能力に長けた結。
陽気で表情豊かな兄と、落ち着いた笑みを常に顔に浮かべている妹。
男と女、快活さと冷静さ、陽と陰、全く違っている様でどことなく良く似ている双子のきょうだい。
語らずとも常にお互いの意図を理解し合い、至らぬ部分を補い合う。
さながら一心同体、比翼連理の絆。
俺の兄弟という概念に対する先入観は、かなり彼らの影響を受けていた。
大抵の兄弟は、特に異性の場合は、成長するに従い疎遠になって行くと言う事を頭では理解している。
だが、俺にとって兄弟がいる友人は彼らくらいで、毎日の様に以心伝心ぶりを見せ付けられては、固定観念も出来ようというものだ。
あるいは俺は、俺には無いきょうだいという存在に、幻想を持ちたかったのかもしれない。

「無い」
傘が、無い。
朝来た時、傘立てに突き刺しておいた蝙蝠傘が無い。
既に靴を履き終えた結が不思議そうな目でこちらを見ている。
念の為もう一度傘立てを漁った。
矢張り無い。
置く場所を間違えたか、盗まれたか。
どちらかを断定できるほど自信過剰ではないし、性善説を信じてもいない。
まあ、似たようなデザインのものが多いので、誰かが自分のものと間違えて持っていったというのが妥当な線だろう。
思わず溜息が零れる。
外を見ると雨脚は遠ざかる所か勢いを増していて、じきに本降りになろうとしていた。
濡れて帰るしかないか。
昨日今日と雨には碌な縁がないと頭を抱えていると、いつの間にか再び上履きに履き替えた結が目の前に立っていた。
先程の折り畳み傘を俺に差し出している。
訝しげな視線で見やると、何時もの笑顔で頷き返してきた。
使えという事か。
「いらん。第一お前はどうする」
結は素早い指遣いで携帯電話を操作すると、液晶を俺の目の前に示した。
『兄と一緒に帰るので』
成る程、彼女を家まで送ったり、俺が彼女に送ってもらうよりは現実的だが。
腕を組んで唸る。
「……ひょっとして、渡辺兄と一つ傘の下になる為の口実か?」
無論冗談だ。
結は鷹揚に肩を竦めた。
「有り難いが、どちらにせよ受け取れん。渡辺兄は何時も遅いだろう。
貸し借り云々を言う心算はないが、お前を置いてきぼりにして俺だけ帰ったら、後であのシスコン野郎に何を言われるか判ら―」

302:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:09:58 w+7GdsqC
下駄箱の向こう、玄関に佇む人影を目に付け俺の言葉が途切れる。
ここの制服に昨日俺が渡したビニル傘。
少年と見紛う程の短い髪のせいか、実際の年齢より幼く見える。
昨日突然家に住み着くこととなった少女がそこにいた。
「あんたか」
俺の姿を認めた絵麻がとてとてと歩み寄ってくる。
「何の用だ。登校は来週からだろう。
しかもこっちは高等部だぞ」
「見学」
左様か。
結は絵麻にぺこりと一礼すると、何か尋ねる様に俺に向けて首を傾げて見せた。
「あー。こいつは新しい同居人と言うか――訳あって家に住むことになった奴だ。絵麻って言う。
絵麻、こっちは知り合いの妹で……」
俺が説明するより早く、結は懐から名刺を取り出して絵麻に手渡した。
『     渡辺 結
   私立北原高校一年生
 住所:??県某市○○区××町――
 電話番号:090-○○○○-××××
   注:私は喋れません』
毎度思うのだが、喋れないと書きながらメールアドレスより先に電話番号を表記しても、普通の人は面食らうだけだろう。
前に掛けてみて、録音されている兄の棒読みボイスが帰って来た時は吃驚したが。
名刺を渡され、きょとんとしたような目で見つめ返す絵麻に右手を差し出す結。
絵麻は握手に応じた。
お互いにぶんぶんと握り合った手を振っている。
「何をやってるんだ……」
俺には感じ取れない方法で、何がしかの意思疎通を行っているようだ。
綱以外の人間が、結と筆談も手話も無しでここまで円滑にコミュニケートするのを始めてみたような気がする。
何と無く疎外感を感じた。
「いっしょに帰ろう」
長い握手を終えた後、俺に向き直った絵麻はそう告げる。
「悪いが俺は傘を――」
傘を俺の頭上に掲げて見せる絵麻。
まさか相合傘でもする心算だろうか。
気付くと貸し傘を申し出てくれていた結は、既に隣におらず、玄関の外から手を振って見せている。
後はどうぞ、お二人でごゆっくり、そんな風に。
その右手には俺に貸そうとしていた折り畳みが。
お前らじゃあるまいし、俺には女と一つの傘を共有するような趣味はない、そう視線に込めて睨み返すが、結は相変わらずの笑顔を返して来るだけだ。
踵を返し、雨の中一人去っていく結。
残される二人。
彼女の姿が消えると、その後ろ姿に手を振っていた絵麻は俺を上目遣いに見上げてきた。
早く帰ろう、そう急かされている様だ。
時折通り掛る帰宅生達の奇異の視線が痛い。
俺は溜息を突くと、元々俺のものであったビニル傘を奪い返した。
「行くぞ」
絵麻はこくんと頷いて見せた。


303:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:11:42 w+7GdsqC
左手を歩く絵麻に傘を傾けながらの下校。
小さいビニル傘では雨を防ぎきれず、右半身がぐっしょり濡れている。
彼女には掛からぬよう配慮しつつ、適度な距離を取るには仕方の無い事なのだが。
横を歩く絵麻は一言も喋らない。
(喧しく喋り掛けられるよりは、余程良いがな……)
それでも、間が持たない。
適当な話題を探す。
「学校、どう思った」
絵麻、首を傾げる。
「あんたもあそこに通うんだろ。
生徒としてやって行く上で、気に入らない所でもあったかと聞いている」
絵麻はぶんぶんと首を振った。
「いい所。
いい人にも会えたし」
「渡辺妹か」
俺は鼻を鳴らした。
「初対面で人柄なぞ判る物か?
まあ、実際悪い奴では無いが」
また首を傾げる絵麻。
「お友達?」
「只の腐れ縁だ。
兄貴の方の迷惑に巻き込まれている内に、したくも無い付き合いをする破目になった。
因みに、その兄貴と言うのが救い様の無い馬鹿で……」
ふと隣を見ると、絵麻は口を押さえて小さく笑っている。
「……何だ」
「仲、良いんだ。
話してるヤスミ、楽しそう」
楽しくなんてない。全く。
顔に手を当てても、皺は眉間にしか出来ていない。
冗談言うな、そう言おうとして彼女に向き直り、口を閉じる。
絵麻の笑顔に、僅かな寂しさが垣間見えたから。
(お友達……ね)
彼女の故郷は遠い。
どんな事情でこちらに来たのかは知らないが、この少女は置いてきたのだろう。
家族を、友人を、縁あるもののほとんどを。
要するに、ムービングブルー。
俺には理解出来ないが、彼女には大きな問題なのだろう。
「あんたにも直ぐに出来るさ、友達位」
気休めにしかならない言葉。
少し恥ずかしいが、溜息混じりにこう付け加える。
「俺も、じきにそうなるかも知れん」

304:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:13:11 w+7GdsqC
その言葉を聞いた絵麻は、一瞬目を丸くし、顔を伏せた。
表情は更に暗い。
俺は彼女との認識の差に、ようやく気付いた。
絵麻の思考では、俺はとっくに友達と言うカテゴリーに入っていたのだろう。
否、それ以前に――
「まさか、俺の事をすでに家族だとか考えていないか」
絵麻は小さく頷いた。
失笑しそうになるのを堪える。
「すまないが、その認識は誤謬だ。
俺とあんたは単なる同居人同士でしかない」
家族には責任がある。
家族が困っていたら助けなければならないし、家族が罪を犯したら共に背負わなければならない。
俺には絵麻に対してそれをする覚悟は無いし、そうしたいとも思わない。
覚悟無しに安易に家族を名乗るのは、無責任だ。
「余りこう言う事は言いたくないが、俺はあんたのことを信用できない。
逆にあんたに信用されても、それに応える事は出来ない。
時間が経てば友人位にはなれるかも知れん。
でも、家族にはなれない。
それはあんたの本当の家族に期待するべきだ」
自分でも冷たい言葉だとは思う。
しかし、事をはっきりさせぬまま結論を先延ばすのは馬鹿のすることだ。
絵麻ははっきりと傷付いた顔で、俺を見返していた。
その瞳から涙が零れたとしても、俺は慰めの言葉を掛けないだろう。
「……でもっ」
絵麻の体が揺れる。
周りは雨。
雨音の中に、僅かな車輪の音。
顔を音の方に向けると、傘を左手に片手運転の自転車が結構な速度で近付いていた。
不意にタイヤがスリップ。
折り悪く、バランスを崩した絵麻と衝突コースへ。
「―ッ!」
ビニル傘を放り投げた。
少女の体を抱きしめ、横に倒れこみながら背中で突進を受け止める。
激突。吹っ飛ぶ。

305:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:14:25 w+7GdsqC
絵麻を胸にしっかりと抱えたまま、右手で地面を叩いて横受身で着地。
右腕が擦り切れるが衝撃は少ない。
濡れた路面を滑って、体がガードレールにぶつかり止まる。
のろのろと身を起こすと、俺とさほど歳も違いそうに無い少年が、尻餅をついたまま引き攣った顔でこちらを見ていた。
少年は立ち上がるや、傍に倒れていた自転車を引き起こして跨り、脱兎の如くその場から走り去った。
「……ちっ」
背後から石でも投げてやろうかと思ったが、面倒なので止める。
「怪我無いか」
無意識ながらまだ抱き留めていた絵麻から手を離し、その顔を伺うと俺はぎょっとした。
絵麻は真っ青な顔で小刻みに震えていた。
彼女がここまで激しい感情を発露するのを初めて目にした。
「おい、幾らなんでも怯えすぎだろう。
自転車に轢かれる位、頭打たなけりゃどうってこと……」
絵麻は口を戦慄かせながら、袖が破れ血が滲んでいる俺の右腕を指差した。
動脈には達していないので、時折血の滴が滴る程度の怪我。
じきに出血も止まるだろう。
「……や、ヤス、み。ち、血、が。……血出、て――。
あ、え、ほ、骨と、か……お、折れてる、かも。
病い、病院、行かなきゃ――びょう。早く、はや、く」
うわ言の様に繰り返しつつ、俺の左手を引いてふらふらと歩き出す。
言葉からすると病院に向かう心算らしいが、土地勘の無い彼女に場所が判るとも思えない。
「おい、待て。一体何を言ってるんだ。
俺の怪我は大した事無い。放って置いて良い範囲だ。
聞いているのか。おい。…………おい!」
大声を出すと、絵麻は怯えた様に体を硬直させて立ち止まった。
「……すまん」
どうあれ、俺の事を心配しての行動であったのは事実だろう。
「だが、本当にこの程度の怪我は問題ない。家で消毒して包帯を巻けば、化膿も防げる。
痛みも殆ど無いし、受身も取れたから打撲は避けられた。
あんたの心配する事じゃない。余計なお節介だ」
そう言って傘を拾い上げる俺の袖を、絵麻は泣きそうな顔で握り締めていた。
「……だめ」
俺は溜息を吐いて傘を広げ、絵麻の上に掲げる。
「問題無いと言っているだろう」
「だめ……。病院、行って。お願い……」
苛立ちよりも戸惑いの方が大きかった。
どうしてこいつは、つい先日まで見ず知らずだった他人にここまでかかずらう。
どうして彼女はそんなに不安そうな顔をする。
理解出来ない。

306:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:15:45 w+7GdsqC
昔から、他人に干渉されるのが嫌いだった。
他人の意思を押し付けられるのが大嫌いだった。
要するに、子供っぽい見栄と虚栄心。
だから、他人に謗られる謂れの無い人間に成りたかった。
少なくとも、自己管理は心掛けた心算だ。
そうする内に、段々と他人のお節介は気にならなくなった。
耳従の境地には程遠いが、役に立つアドバイスだけ聞いて置き、後は無視。
自然に他人の言葉など、どうでも良くなっていた。
他人は所詮、他人の都合で動いているのだから。
だから、彼女の言葉も適当にあしらえる、筈だった。

「……」
鬱陶しい、そう冷たく突き放せば良い。
けれど、彼女の瞳が余りに真摯で。
単純に俺の事を心配しているのが判ったから。
俺は踵を返し、絵麻を置いて来た道を戻り始めた。
「……病院はこっちだぞ」
慌てて追いかけて来る絵麻。
歩きながら俺の頭上に傘を掲げようとするが、いかんせんビニル傘の短い柄では中々身長差を埋められない。
必死に腕を伸ばして俺に寄り添ってくる絵麻の手から傘を奪い、彼女の方に傾けてやる。
不満そうな視線を受けて、仕方なく代わりに通学鞄を預けた。
道すがら、絵麻は俺の鞄を大事そうに抱え込んでいた。


「失礼します」
学校の程近く。
『整形・形成・接骨 救急指定 内藤外科』との看板を掲げたビルの二階。
自動扉を潜ると消毒液の匂いが出迎えてくれた。
絵麻も続けて入って来ると、受付に向かってぺこりと一礼する。
「こんにちは、診察券をお持……なんだ、伊綾くんじゃない」
受付の女性は俺の姿を見ると途端にフランクな態度になった。
「ちょっと待ってね、今他に患者さんいないから。
すぐに先生診れると思う」
女性は何事か紙に書き込んで奥に引っ込む。
その間に俺はスリッパに履き替え、絵麻と共に待合室のソファに腰かけた。
平日の午後は暇なのか、他に客の姿も無い。
一分もしない内に扉が開き、初老の男が出てくる。

307:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:17:14 w+7GdsqC
「最近顔を見せんから安心しておったが、またお前か小僧。
全く、いつまで親御さんに余計な心配をさせる気だ?」
「お久しぶりです。内藤さん」
俺は立ち上がって軽く会釈した。
「で、今日は何だ。また喧嘩だろう。
骨でも折れたか? 爪でも剥がれたか?」
「いや、今日は……」
俺は擦り切れた右腕を掲げて見せる。
「転んだだけで、単なる擦り傷です」
内藤医師は暫し絶句した。
「……その程度の怪我でお前が診察を受けに来るとは。
普通、家に帰って応急処置で済ますだろう」
医者の言う台詞じゃないな、と心の中で毒づく。
「俺もその心算だったんですが、こいつが医者に診せろと煩くて」
隣の少女が恥ずかしそうに顔を伏せた。
内藤医師は見慣れぬ存在をいぶかしむ。
「彼女は?」
俺は逡巡した後、最も無難な解答を選んだ。
「……親戚、みたいなものです」


「昔はもうね、伊綾くんそうとうな悪ガキだったんだから。
千人切り(男女問わず)、とか言われたらしいけど。
毎月の様にワルをぶちのめしては、相手ともどもウチに送られてきてたわ。
そのたんびに、なんて言ってたと思う?
『売り上げに貢献してやってる。有り難く思え』よ。
本当、進級できたのは奇跡ね」
簡単に傷口を洗浄・消毒し、湿布と包帯で処置を受けて診察室を辞する。
待合室に戻ると、受付係が絵麻を捕まえて、身に憶えの有る事無い事をべらべらと喋繰っていた。
「……勝手に人の黒歴史を晒さないで下さいよ」
俺の姿を認めるや、受付係から一方的に話しかけられていた絵麻が勢い良く顔を上げ、近付いて来た。
そっと包帯が巻かれた俺の右腕に手を伸ばし、それに触れることなく只心配そうに見詰める。
「……大丈夫?」
「問題ないと何度言えば判る。内藤さんも呆れてたぞ」
ふと見上げると、受付係がニヤニヤと笑いながら俺達の様子を見ていた。
「いいコじゃない、彼女。いつの間に捕まえたの?
いいわねー、若いって」
"彼女"のイントネーションが若干、有り得ない方の意味を匂わせていたが、無視。
受け取ったレシートから診察料を確認してげんなりしつつ、記載された金額をレジに差し出す。
「帰るぞ、今度こそ」
俺は絵麻の肩を叩いて、病院を後にした。


308:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:18:18 w+7GdsqC
「……ありがとう」
帰り道、ぽつりと絵麻が呟く。
何が? と問い直しそうになって、途中で自転車の件と気付いた。
俺は目をしかめる。
「誰かを庇う事は単なる反射行動だ。あくまで人間の本能であって、俺の意図とは関係無い」
「それでも、ありがとう」
絵麻を無視して歩みを速める。
彼女は、俺が照れていると思ったかもしれない。実際それもあったのだろう。
だが俺は何故だか、どことなく不愉快だった。


「おいしい」
「手抜き料理だ、大層なもんじゃない」
忙しい時、複数人に食事を供する場合には鍋が一番だ。
豚肉とキャベツを出汁で炊いたものを突付きながら、俺は絵麻の感想へ適当に相槌を打った。
帰宅する頃には日も暮れており、こんな簡単なものしか用意できなかった。
豚肉とキャベツを交互に重ね、鍋に火を入れるだけ。手伝おうとうろつく絵麻を追い払う方が大変だった。
これに白飯、後分葱と油揚げのぬただけのメニューだが、絵麻は満足しているようだ。
正直、油揚げは酢味噌と然程合わない様に思う。時間があれば浅蜊を買って帰れたのだが。
皿によそってやった分に大量の一味を振り掛けている絵麻を見て俺はげんなりとした。
この様子では彼女には何を出しても旨いとしか言いそうに無い。
和食は食えん等と駄々を捏ねられるよりは余程マシだが。
親父もそうなのだが、ある程度は食に五月蝿くないと料理の作り甲斐が無い。
俺はふと壁に掛けられている時計を見上げた。
「……遅いな。毎度の事だが」
扶養者が増えたばかりだと言うのに何やってんだか、と一人ごちる。
俺は慣れているが、絵麻は心細いのかも知れない。
親父の帰宅は、大抵夜遅くになる。
だから、殆ど夕食は一人で取っていたのだが。
二人は、慣れない。
「…………」
「…………」
会話のねたが見付からず、間が持たない。

309:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:19:31 w+7GdsqC
それだけならまだしも、絵麻がしょっちゅうこちらの方にちらちらと視線を向けて来るものだから気まずさが倍増する。
「怪我ならもう何とも無いぞ」
「……」
彼女の視線の先にあった俺の右腕を掲げ、軽く振って見せるがその眼差しは尚も疑わしげだ。
俺は無視する事に決めて、ご飯を掻き込む。
「ヤスミ」
やがて、ぽつりと絵麻が言葉を漏らす。
「よく、喧嘩するんだ」
病院で何を吹き込まれたのやら。
少々恥ずかしい過去を掘り返され、俺は溜息を吐いた。
「昔の話だ。高校に上がってからは足を洗った。
以前にしたって、仕掛けてくるのは専ら相手の方だった。
その都度返り討ちにしてやってたら、いつの間にか噂に尾鰭が付いただけだ」
こちらから仕掛けたことも無い訳ではないが、うちの学校生にちょっかいをかける輩に対して相応の対応を取ったに過ぎない。
だが、絵麻は相変わらず不安げ。
俺の素行の悪さを咎めていると言うよりは、俺の身を案じているのだろう。
そのことが、人から心配されると言う状態が、気に食わない。
不慣れで、どこかくすぐったく、居心地が悪い。
「なあ」
俺は皿を空けると箸を置いて絵麻に向き直った。
「余り俺にかかずらうな。
あれやこれや気を遣われた所で、却って迷惑だ。
それに、俺からは何かしてやる心算は無いしな」
俺は一方的に言葉を告げると、空になった皿を重ねて席を立った。
「食い終わったら食器は流しに入れて置け。後で洗う」
逃げる様にリビングを後にし、洗面所で歯を磨いてから玄関に向かう。
薄手の上着に腕を通して靴を履き、ドアノブに手をかけると、誰かが背後から裾を引っ張った。
「何をする」
絵麻は悲しそうな、どこか怯えたような顔で俺を見詰めていた。
俺は今日何度目になるかも判らない溜息を吐く。
「夜の街に遊びに出掛けるとか、悪い仲間とつるみに行くとか、そんな所を想像して居るんだろうが。
ただの散歩だ。軽く走って置かないと体が鈍るんだよ」
俺は少女の手を振り払うと、今度こそドアを開けて外に出た。
「行って来ます」
返事を待たずにドアを閉める。
言い馴れない言葉が自然に口から出た事に、軽い驚きと恥ずかしさを感じながら。


310:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:21:10 w+7GdsqC
マンションから出て軽く準備体操で身を解し、住宅地を周りを駆け足で数週する。
体力を保つ為の日課の一つ。
一応医者からは安静を言い渡されているが、習慣と化しているのでやらないと不安だった。
6月の夜の空気はまだ涼しいが、湿気も手伝ってすぐに汗ばんで来る。
全速力と小走りを何回か繰り返す内に息も上がり、マンションの前の公園で一息ついた。
塗装の剥げた遊具にもたれ掛かって、空を見上げる。
星は見えない。
雨は上がってはいたが、夜光に照らされた雲が低く垂れ込め、再び降り出しても可笑しく無い天気だった。
「……早めに切り上げるか」
上げた顔を戻す拍子、視界の隅に見覚えのある姿を認める。
6階にある我が家のベランダから、小さな少女が俺の方を見下ろしていた。
突然、頬に冷たい感触。
掌をかざすと、水滴が疎らに落ちる。
また降り出したらしい。
再びベランダを見上げると、少女の姿は既になかった。

それからまた何週か近所を走った後、本格的に降り出して来て漸く家に戻る。
「……何の有様だこれは」
ドアを開けると、玄関に突っ伏した男を前に、絵麻が途方に暮れていた。
どうしよう、と俺の方に縋る様な視線を向ける。
俺は今日最後にしたい溜息を吐いて、靴を脱いで倒れ伏している親父の肩を揺すった。
「おい、起きろ」
「――ごめん、肩貸して」
声が酒臭い。
俺は目をしかめながら親父に肩を貸すと、居間のソファに座らせる。
「飯は食えそうか? 鍋だが」
「食欲はないよ。
悪いね、無駄にしちゃって」
「強くないのに、酒なんか呑むからだ」
とりあえず湯だけでも飲ませようと、台所に向かう。
と、後ろから付いて来る絵麻を振り返る。
「あんたは邪魔だ。もう遅いから寝てろ」
「でも」
「邪魔だと言った」
絵麻は一瞬悲しそうな顔を見せると、素直に引き下がった。
保護者の醜態など見せるものじゃない。
俺が冷たいと思われようと知った事ではなかった。

311:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:22:18 w+7GdsqC
彼女が自室に退散するのを見届けると、コンロで薬缶を沸かす。
ぬるま湯を茶碗に入れ、万一戻された場合に備えてたらいを用意し、リビングに戻る。
親父は既に眠り込んでいた。
起こすのも気が引けたので、毛布だけ掛けて置く。
不意に、寝言が耳に入った。
「――さん、美奈子さん。……どうして、どうして、僕を、置いて行って――」
親父は、まだ未練があるのだ。
10年前に失踪した母さんに。

一時期の彼は酷い状態だった。
暴食と拒食を交互に繰り返す日々。成人病にかからなかったのは奇跡だ。
そして段々と、衰えて行った。
子供の前では気丈に振舞っていたものの、やつれ生気の失せた顔を見れば幼心に心配もする。
俺が料理を覚え、絶望的に不器用な親父に代わり台所を担う様になるまで、彼は数回病院送りになった。
俺は幸運だったのかもしれない。
そんな状態の親父を気にかけている間は、母さんの事を忘れていられたのだから。
授業参観も、一人きりの食卓も、じきに慣れた。
母さんに対するあらぬ噂も、杳として知れぬ安否を待つことも、慣れた。
けれども、親父はまだ忘れることが出来ていない。
酔うと時折、こうして地を見せる。

年甲斐もなく、みっともない格好で涙を流す親父を見ながら、俺は思う。
こんなにも悲しむのなら。
またあんな思いをするくらいなら。
例えぬくもりがもう得られずとも。
俺はもう家族なんて、これ以上いらない。

312:傘 / 包帯 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/21 00:26:38 w+7GdsqC
投下終了です
主人公は俗に言うツン期です。デレるのはいつになるやら

313:名無しさん@ピンキー
09/12/21 13:39:01 B/WjpiEl
なにこの投下ラッシュ 
GJ!!

314:名無しさん@ピンキー
09/12/21 23:48:31 Y/86swi8
渡辺兄妹とやらに見覚えがあるんだが、もしかしてシリーズもの?

315:名無しさん@ピンキー
09/12/22 21:13:26 QH1RQPxt
保管庫にあったな。
まあ何はともあれGJだ。
続きwktk

316:名無しさん@ピンキー
09/12/22 23:35:00 /G3xFXqW
GJ
ツンデレの醍醐味のデレ移行期が楽しみだ

>>289 『最終バスの彼女』 でクグれ

317:ファントム・ペイン 3話 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:02:14 /aBjkW0X
投下いたします
非エロ。8レスほど

318:包帯/掌 3話 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:04:59 /aBjkW0X
真夜中の3時。白熱光の灯る洗面所。
誰にも言えない確認作業がはじまる。
翻るカミソリの刃。
切り刻まれる薬指。
肉を切り裂く感触。
合間に見える骨の白。
剥れる爪の断面。
滴り落ちる鮮血。
なのに、そこにあるべきものがぽっかりと抜け落ちている。
それがどんなものだったか、どんどんわからなくなっていく。
徐々に失われる情感
助長される無感動。
排水溝へ向かう紅い渦をぼんやりと眺める。
私はいつまでまともでいられるのだろう。
朱は水の中に拡散し、やがて完全に消えうせた。
それを見届けてから一人で包帯を巻き、血を洗い流してその場を離れる。
自室に戻る途中、彼の部屋の前を通り過ぎた。
暫しの逡巡。
マナー違反とわかってはいたけれど、私は扉をそっと押し開けた。
ベッドの上で静かに寝息を立てている彼。
毛布から出ている右腕に、私はそっと指を這わせる。
包帯の巻かれたその腕は、すこしだけ、熱を帯びていた。

すこしだけ、忘れていたものを思いだせた。



319:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:06:40 /aBjkW0X
風邪を引いた。
一昨日昨日と連続して雨に打たれた所為だろう。
体温38度。
流石に体がだるい。
「ついてねえな……」
布団に包まれて一人ごちる。
氷枕と季節外れの分厚い掛け布団が、はっきり言って鬱陶しい。
「僕は会社に行くけど、何かあったらすぐ電話するんだよ。
必要なものがあったらメールでもしてくれれば帰りに買って帰るから。
ああ、お昼の用意はどうしようか。学校に連絡は済ませたよね。着替えは十分用意してる?」
「……良いからあんたはさっさと働きに行け」
何時もは子供を放任し気味な反動なのか、過剰に世話を焼きたがる親父を追い立てる。
親父は後ろ髪を引かれる様にちらちらと振り返りながら、渋々俺の部屋から出て行く。
「それじゃあ絵麻、留守番はよろしく頼むよ。泰巳はこの通り、病気だから安静にさせてあげて。
何か困ったことがあったら僕に電話してね。電話番号は……」
ドアが閉まる音と同時に親父の声も聞こえなくなり、部屋は静寂を取り戻す。
俺は溜息を突いて、さっきから邪魔で仕方が無かった氷枕と掛け布団を横に退けると、毛布に包まって大人しく眠ることにした。
ふと、横合いから視線を感じる。
寝返りを打つと、開きっ放しの扉の向こうからこちらを伺っている絵麻の姿が視界に入った。
「何か用か?」
昨日の一件以来、彼女とどう接して良いか判らず、まともに話せていなかった。
気まずい空気を怖れていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
絵麻はとてとてと俺の部屋に入って来ると、ベッドの脇に椅子を持って来て腰掛けた。
「……何だ」
無言で見詰めて来る絵麻の意図をいぶかしむ。
「看病」
「要らねえよ」
つっけんどんな調子で拒絶されても、絵麻はめげる様子はない。
「病気のとき、ひとりだと寂しいよ」
「却って鬱陶しい。移るから離れてろ」
「……ふむ」
絵麻はしょぼくれたような表情を見せるが、俺は構わず反対側に寝返りを打って無視する。
暫くすると立ち去る足音と扉が閉まる音が響く。
俺は安心して目を閉じると、浅い眠りに就いた。

320:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:08:05 /aBjkW0X

――ねえ、おとうさん。

――なんだ?

――おかあさんはいつ帰ってくるの?

――さあ、なあ。
――お父さんや泰巳がいい子にしてたら、きっとはやくに戻って来てくれるんじゃないかな。

――だから、それっていつ?
――朝、ぼくがめざましよりさきにおきれるようになったら?
――自転車にひとりで乗れるようになったら?

――。
――お父さんにも、判らないや。

――もう、いいよ。
――ほんとうはもう、わかってるんだ。

母さんはもう、帰って来ないって。


321:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:09:25 /aBjkW0X
「――、 ――♪」
懐かしい歌が聞こえる。
俺はゆっくりと瞼を開いた。
髪の短い少女が傍の椅子に腰掛けて、本を眺めながら古い歌を口ずさんでいる。
「絵麻?」
絵麻は歌を止めて俺の方を振り返った。
俺はくらくらする頭を振りながら身を起こす。
壁に掛けられた時計を見やると、もう昼になろうとしていた。
体を動かすと、関節が鈍い痛みを訴える。
「あんた、何時からこの部屋に居た」
「ずっと」
意味が判らず暫く彼女と見詰め合う。
「扉閉めただけで、朝からほとんど部屋出てなかったり」
「出て行く動作はフェイントかよ」
俺は半眼で呻く。
病気とは言え、こんなに近くに居座られて気配一つ感じられなかった。
物音を立てず、今まで只管俺の事を見守っていたのだろう。
「……済まなかったな」
首を傾げる絵麻。
「暇なのに、付き合ってやれない。こんな所に居たって退屈だろう」
彼女は首を振ると、手のハードカバーを広げて見せた。
俺の本棚にあった小説だ。平易とは言えない日本語なのに、読みこなせている様子。
無断で持ち出した事を咎め様として、止める。面倒臭い。
俺は再び布団を被ると、彼女から目を逸らした。
「それと、朝、邪険に扱って、悪かった」
絵麻のほっそりとした指が、包帯の巻かれた俺の手に当てられる。
その指を握り返す。
「寂しいよな。見知らぬ外国、他人の家で独りきり。
縋るべき過去はすごく遠くて、明日は漠然として見通せない。
部屋に篭って外界を拒んでも、時間は有限で、何れは必ず外の方から入り込んで来る。
心細くて泣いても、自分が情けなく思えるだけ」
誰に向けての言葉なのか、俺自身判らなかった。
少女の手は、暖かかった。
「あんたは凄いよ。物怖じしない。
完全なアウェーで、訳の判らない他人と向き合って居られる。
それ所か、お節介焼く余裕すらあるんだからな」
彼女はゆっくりと首を振り、俺の言葉を訂正した。
「家族だから」
「家族、か」

322:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:11:12 /aBjkW0X
どうしてこいつは、縁も所縁も無い他人を身内と認める事が出来るのだろうか。
俺には出来ない。
独りで居る事に慣れたのと引き換えに、何時の間にか他者を一定の距離から内側に入れない様になっていた。
誰かに傷付けられるのが怖い。
誰かを傷付けるのが怖い。
誰か無しでは生きて行けなくなるのが、こわい。
それはきっと臆病なのだろう。
「前も言ったがな。俺はあんたを家族として見ちゃいないよ。
別にあんたの何が悪い訳じゃない。
単に、納得出来ないだけだ」
「それでも」
目を上げると、つと彼女の腕が伸びて来る。
「私は、ヤスミの家族になりたい」
細い指が優しく俺の髪を梳く。
俺は抵抗しない。
人の手はあたたかいことを、久しぶりに思い出した。
「だって、ヤスミはいい人だから」
そう言って、絵麻は笑う。
その言葉は相変わらず少し不愉快だけれど、胸の奥に抵抗なくすとんと収まった。
俺は気恥ずかしくなって、再び顔を背ける。
「何馬鹿な事を……。珍しく良く喋ると思ったら」
絵麻は笑いながら、俺の頭を撫でる。
くすぐったい。
俺は彼女の手を退けると、腹筋に力を込め上体を起こした。
多少頭がくらくらするが、朝よりは大分体調も良くなっている。
「そろそろ昼か。腹もすいたろう。
簡単なものしか無理だが、適当な食えるものを……」
起き上がろうとする俺を押し止める絵麻。
「作るよ」
「は?」
「私が、作る」
まじまじと少女の顔を見る。
絵麻は、どうやら大真面目だった。
「だが、ここに来てからあんた、一度も調理して無いだろう。
本当に料理できるのか?」
大丈夫、とでも言うように、力強くガッツポーズをとる絵麻。
何故だか、凄まじく不安だった。


323:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:13:08 /aBjkW0X
二時間後。
余りの遅さに痺れを切らし、ふら付きながらも部屋を出た俺を出迎えたのは、顔中ススだらけで涙目を浮かべた絵麻と、洗い場に積み上げられている焦げ付いた調理具の山だった。
思わず目眩が倍増したような気分になる。
「やはり、な」
「……めんなさい」
溜息をついて、目を伏せる絵麻の頭に手を乗せる。
「どいてろ。俺がやる」
冷凍しておいた白飯を電子レンジにセットし、温めている間に昨日の鍋の残りを火にかける。
本来なら米の状態から作る方が良いのだが、時間が惜しい。
鍋に酒醤油を足して軽く煮立て、白飯を入れた後溶き卵を投入し火を止める。
二人分の器に分け、刻んだ白髪葱を添え、完成。
出来上がった粥と言うよりおじやを、俯いたまま椅子に座り込んでいる絵麻の前に置く。
「冷めるぞ。早く食え」
俺も自分の席に着くと、スプーンを手繰る。
朝食を抜いた所為か食欲はあった。
俺が無心に食べているのを見て、絵麻もおずおずとスプーンに手を伸ばす。
ふと、その細い左の薬指に包帯が巻かれているのに気付く。
(料理の際に切ったのか……?)
昨日はあんなに血を見るのを嫌がっていたのに。
「その傷、どうしたんだ」
目を丸くして顔を上げる絵麻。
「薬指だ」
今さら気付いたかのように、その指をまじまじと見詰めると、絵麻は急いで包帯を取り外しにかかった。
剥き出した手を掲げて、何かを誤魔化す様に微笑む。
「だいじょうぶ」
その指には傷一つ見えない。
(……大方、包丁で少し引っ掛けた挙句、パニクって大げさに処置しようとしたんだろうが)
こんな奴に台所を任せて置ける訳が無い。
早く風邪を治さなければと、改めて俺は痛感した。


324:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:14:47 /aBjkW0X
……
…………
瞼を撫でる、微かな光に目を覚ます。
身を起こし、カーテンの隙間から窓の外を見ると空が僅かに赤く染まっていた。
もう、雨は止んだらしい。
体調は悪くなかった。
昼からずっと眠り続けていた甲斐もあるのだろう。
寝巻きから簡単な部屋着に着替え、若干重い体を引き摺って居間に出る。
「そーじゃねえよ。テトリスと違って下にブロック無いと落ちるんだって。
4つ繋げりゃいいの4つ。縦横関係ない。
げ、結タンマタンマ! まだこの子なれてない……って今度はCPUかよ!
このタイミングで3連鎖!? まてまて、今度は俺がヤバイ! 終わる終わる!!
――ふう、何とか乗り切ったか。んで続きだけど、この透明なヤツは周りの消すと一緒になくなるから。
これ利用して連鎖を繋げるのもありだぜ」
「…………こう?」
「しょっぱなから5連鎖!? 俺を裏切ったんですか!? この子初心者のふりしてハメてませんか!?
ぎゃー! 死ぬー! 死ぬー! 死んだ―!!」
テレビの前で騒いでいる見知った顔3つ(実際に騒いでいるのは1つだけだが)を見て、俺は頭を抱えた。
「何をやってるんだ、渡辺二人」
「おー、伊綾。おはようさん」
おそらく勝手にゲーム機を引っ張り出して来たであろう張本人、渡辺綱が悪びれもせず手を上げた。
その隣の渡辺結も苦笑しながらコントローラから手を離して丁寧にお辞儀をする。
二人とも学校帰りなのだろう、制服姿だ。
「何をしに来たと訊いている。
俺は呼んだ覚えは無いぞ。大方絵麻の奴が勝手に上げたんだろうが。
家の防音が悪ければ即刻追い出していた所だ」
「ん――。ゲームしに?」
「帰れ!」
すっと、二人の間に割って入った結が紙の立体包装袋を差し出す。
近所の菓子屋のロゴ入り。
一応、見舞いと言う名目らしい。
「……何故俺が風邪だと?」
「今日欠席だったからさ、電話してみたらこの子が出て。
もしもし言っても無言だから心配になって、直接事情を聞きに駆けつけたわけだけど」
留守番すら満足に出来ないのかと俺は一時呆れる。
「電話の応対位しろ」
絵麻に文句を言いながら、ふと気になって固定電話の再生ボタンを押す。
雑音交じりで綱の声が。
『あー、もしもし伊綾。おれおれー。
何か今日がっこ来とらんかったけど平気か生きてるかー?
んー? もしもし聴こえてますー? もしもしもしもし。
そーか留守かー。留守なら仕方ないな―、ってじゃ誰が出てんだこれ。
おい、誰だてめー! 伊綾んちで何やってる。おい、返事しろよ!
空き巣か強盗か誘拐犯か。ちょっと待ってろ今そっち行くからな!
伊綾待ってろよ今助け―、あ結丁度良いところに……え、あ、ちょっと結さん何を構えて。うああああああ――』

325:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:16:44 /aBjkW0X
プツッ。ツ―。ツ―。ツ―。
……全くの濡れ衣だった。
「全く渡辺が悪い」
「伊綾も悪いと思うぜ。なんでこの子紹介してくんねーんだよ」
気安げに絵麻の頭に手を置く綱。
見上げる彼女の視線は少し鬱陶し気だ。
「別に紹介するほどの事じゃない」
さり気無く絵麻を引き剥がしつつ、包装紙の中身を確認する。
シャロット型から切り分けられた形のプリンが4つ、綺麗にラッピングされていた。
「絵麻。皿を4人分用意してくれるか。
俺は茶を淹れる」
俺を制して綱が立ち上がる。
「病人は大人しくしてろって。俺がやってやる」
「頼むから止めてくれ。お前に任せたら、一杯入れている間に日が暮れる」
「でもここIHじゃねーから結には――」
と、結が綱の肩に手を置く。
「――ん、そーだな。あんまり長居しちゃ悪いか。
俺たち、そろそろお暇するわ」
絵麻ちゃんの顔も見れたし、等と言いながら渡辺兄弟は荷物を纏めて立ち上がる。
俺に無断で使用されていたゲーム機は、既に所定の場所に仕舞われていた。
相変わらず妹の方は手際が良い。
「折角来てくれたのに、何も構えず悪いな」
「いいってことよ。あれこれしてるうちに風邪移ってもいかんし」
「大丈夫だ。お前は風邪を引かない」
「どどどういう意味だろう」
一応礼儀として玄関まで見送りに行く。
二人は靴に履き替えてノブに手をかけた。
「んじゃ、邪魔したな。ゆっくり養生しておくれ。
絵麻ちゃんもまた――っとそうだ。今度絵麻ちゃんの歓迎会しねーか?
知り合いに声かけてさ」
良い考えだ、とでも言うように結が手を合わせる。
「勝手に決めるな。ウチの家庭の問題だし、こいつ自身にしたって……」
言いかけて、ふと絵麻と視線が合う。
何かを期待しているような瞳。
……まあ、そう言うのも良いかも知れない。
「……やるなら小規模にしろ。周りが年上ばかりだと萎縮させ兼ねん。
あと、くれぐれも酒とか持ち込みそうな連中は呼ぶんじゃない」
「おう、期待しててくれ」
後ろ手を振る綱とお辞儀する結がドアの向こうに消えた。
嵐の様な兄弟が過ぎ去った後、部屋は異様に静かになる。
けれど、それはもう大して気まずくなかった。
二人並んでソファに腰掛け、何と無しにベランダの方を眺める。
窓の外はもう夕暮れ。
眠り続けて堅くなっていた四肢を大きく伸ばしながら解す。
「さて、飯でも作るか。
もう材料も少ないが、何が良い?」
「私が作……」
俺は溜息を吐いて、絵麻の頭に手を置いた。
「お前には十年早い」

326:包帯/掌 ◆MZ/3G8QnIE
09/12/27 15:19:18 /aBjkW0X
投下終了です。
これまではどちらかと言うと主人公サイドのお話でした。
これ以降ようやくヒロインがストーリーの中心になりますが、次回の投下まで結構時間が空くと思われます。
次回のお目見えまで憶えて頂けると幸いです。
>>314
"じぇみに。"に出てきた二人と同一人物ですが、一応こちらは別シリーズという扱いです。
"じぇみに。"でも一回だけ泰巳が顔を出しています。
あっちはコメディ寄りで、こっちは若干シリアス寄りです。
でも綱を出した途端ギャグになってしまうのはどうしてでしょう。

327:名無しさん@ピンキー
09/12/27 19:35:40 0uRPNXES
GJです!
冒頭から不穏な空気……
IHの件はじぇみに。の方と繋がるのかな?

絵麻が努力して料理の腕を少しずつ上げていったら萌えるw

328:名無しさん@ピンキー
09/12/31 01:29:49 KSNbvnya
とある高校の昼下がり、教室の一角は静かな雰囲気を醸し出していた

七資蛇雄と無口御菜は最近付き合いだしたらしく、教室中が二人のやり取りに注視していた…のだが

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

〜中略〜

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

この長い沈黙を見ていられなかった一人が、七資に質問をぶつけた

「なぁ七資、黙って無口の顔ガン見して、その…楽しいか?」

「ん?あぁ…………無口は表情ころころ変わって面白いからな、つい見とれてたんだ」

教室に居た全員『何時表情変わってたんだよ!?』

無口「………///」

ここで昼休みが終わりを告げ、一足早く教室に来ていた教師がこう言った

「あー、お前等。バカップル眺めるのもいいが、保守の時間だぞー?」


329:名無しさん@ピンキー
10/01/01 18:28:56 Zel4q2NS


330:名無しさん@ピンキー
10/01/02 19:44:46 wszWXsS7
GJ

331:名無しさん@ピンキー
10/01/04 04:25:06 gvKJgv8O
GJ

332:やっと亀
10/01/09 07:59:20 8xd/jhq0
>266ウィ-!!

>>267-268おー連続投稿おつ

333:名無しさん@ピンキー
10/01/10 22:04:51 +iXlUow/
明日は世間一般でいう成人式だな

334:名無しさん@ピンキー
10/01/15 02:04:56 qA6ZJzFX
>>333を見ていたらなんとなく、晴れ着を着ていたら彼氏に芸者ごっこで
帯引いて回転させられてたら、無口ゆえに「もうやめて、もう限界」の
一言が言えず、限界突破してリバースしてしまい、部屋の隅で体育ずわり
しくしく泣いてる無口っ子と平謝りしながら雑巾で床拭いてる彼氏の光景が
思い浮かんだ

335:名無しさん@ピンキー
10/01/17 21:40:18 npK0TerY
無口っ子従妹をなでなで

336:名無しさん@ピンキー
10/01/18 21:39:37 vKxAHq01
334と335にキュン

337:名無しさん@ピンキー
10/01/18 22:36:51 E7NoY5n7
無口っ子が口の周りにクリームをつけて、それをふわふわした子が指でぬぐってぺろってやって、それを見て赤くなって照れる無口っ子

338:名無しさん@ピンキー
10/01/21 20:10:04 w8aHicHI
 寒いので体の温まる飲み物が欲しい。
 俺は一階の台所に下りて、何かないか探していた。
 と、鏡餅に使うような橙があったので、早速それを絞って水と砂糖を足して温める。
 完成。盆に乗せて二階の自分の部屋まで運ぶ。
 部屋には、無口な幼馴染が一人。今日は二人でゲームをして遊んでいる。
 小さな体をこたつに突っ込んで、やっているのはコナミの夢大陸アドベンチャー。
 この辺でMSXを実機でやれるのは、俺ん家くらいのものだ。
「はい、ホットドリンク」
 目の前にカップを置くと、「ピロリ」とポーズがかかる。
「……」
 湯気の立つ橙ジュースを見て、そして俺を見る。
 彼女は寒がりだ。今も上半身が冷えるのか、マフラーを巻いている。
「ポッカのホットはちみつレモンだ(大嘘)」
「……果肉、入ってる」
「黙って飲め」
 そう言って俺が口を付けると、彼女も気乗りしない風だけど、真似して口を付ける。
 ごく。
「……」
「……酸い」
 手製はやっぱり苦味とか渋みが残る感じだな。
 まぁ良いや。変な顔をしながら熱いところを啜る。
 そして温くなる前に、きゅーっと一気。
「ぷはぁー」
「……う゛う」
 唸り声に気づいて目をやると、彼女も一気飲みをしていた。
「ちょ、無理すんなって」
「……げふ」
 微妙に表情を歪ませて、それでも俺に対抗するような目で見ている。
「あ〜俺が悪かったから! よしよし」
 悪気は半分あった。宥めるつもりで、頭を撫でてあげる。
 すると彼女は一応溜飲が下がったのか、コントローラーを持ち直しゲームを再開した。

「……」
 テレビの中で、ペンギンが元気良く跳ねている。
 そして彼女は、そんな映像を無表情気味に見つめながら、がちゃがちゃと手を動かしている。
「寒がり、温まったか?」
 目線は愚か、聞こえていないといった風だ。
 じゃ、触診してみる。後から、おでこの辺りに―。
「……!!」
 びくっと凄まじい反応をして、固まる。
 温かかった。と言うより、俺の手がまだ冷たい?
「ん? どうした?」
 テレビを見ると、黒画面に白字で「GAME OVER」と出ている。
 ひょっとして、脅かしたせいでミスったのか? 残機も無かったのか。
「あ…悪ぃ、邪魔した」
「……ペンギン…死んだ……うぅ」
 やばい、泣かした。悪ふざけが過ぎた。
「あーほら、今度は二人でやれるゲームでもしようぜ? な?」
「……ペンギン…」
 彼女はペンギンが大好きらしい。真ん丸で可愛いシルエットとか、効果音の「ピィ」って鳴き声とか。
「分かったよ。お前がやってたとこまで進めてやっから、ほい、足入れるぞ」
 半ベソかいて黙っている。勿論、それで許してくれるらしい。
 何故なら、バトンタッチの代わりに、こたつの中の足が、俺を蹴ってきたから。
「……」
 プレイ中、ちらちらと彼女の表情を確かめる。
 画面を真剣に見つめていた。そんな様子がまるで子どものようで、いつも以上に可愛く思えた。
 地味な二人の時間だが、こういうのも悪くない。


おしまい

339:名無しさん@ピンキー
10/01/24 16:40:17 /3W4Up+y
かわいいな(*´Д`)ハァハァ

340:名無しさん@ピンキー
10/01/25 22:26:32 PPL8hplB
日常の1ページ
バンザーイ!!


341:名無しさん@ピンキー
10/01/27 22:29:03 unfWNHzN
GJ

342:名無しさん@ピンキー
10/01/29 04:10:31 zuGEuMcB
常にべったりな無口幼馴染みを言葉と寸止めで調教

343:名無しさん@ピンキー
10/01/30 20:49:12 iVPvOn1c
お前ら本屋行ったらMFコミック「高杉さん家のおべんとう」買ってこい


344:名無しさん@ピンキー
10/01/31 07:17:10 45iY8ggt
>>342
無口っ子からおねだりして来たらせいこうですねわかります。

345:名無しさん@ピンキー
10/02/01 05:08:48 6UQ+Q2//
>>344
「………………………………クスッ」
「!? お前今もしかして笑った!? 初めて見た笑顔が下ネタに反応した笑顔って……orz」
「…………笑ってない」

346:名無しさん@ピンキー
10/02/06 16:35:51 WGj/z/ZL
わ ら え よ 

347:名無しさん@ピンキー
10/02/06 22:51:45 ZkC3erNU
笑え…、笑えよ…。

348:名無しさん@ピンキー
10/02/07 18:21:06 snMxmY/u
かといって笑い上戸な無口っ子も困るが

349:名無しさん@ピンキー
10/02/07 21:12:24 QTkFpKq2
「ねえ、何で笑ってくれないの?」
「……」
「笑ってよねえ笑って。笑ってくれなきゃお前のことなんか」
「……」
「笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え」
「……」
「笑えっつってんだ! オイ笑え!! 笑ってくれ、頼むからこの通りだ。後生だからどうか! どうか笑って! でないと俺! ああっ! 笑え!!」
「……」
「ぐえへへへへ…笑え…う、う…わるぅうわえぇぇぇぇっっっ!!?」
「……」
「ひょおおおおおおっ! おっおおほほっふあっへあえぇへぇぇえええっ!!」
「……」
「ふぐひぇへへ…ああぁっははHA!? QOFNFHRGWVUHFOFWH!!」
「……」
「%’&#&$+Kok:pw;ro!!っぉrぴおps!」
「……」
「はぁ…はぁ…うぉ、ヲマエゑヱ江慧ェぇ……ぐぴょぉぉぉおおおおっっっ!!」
「……死ね」
「へあっ? あう…あ…」
「……脳味噌撒き散らして死ねっ!」

 ぐきゃっ

「……くす…」

350:名無しさん@ピンキー
10/02/08 15:30:01 6D1o+Bkp


                    /:::::::::::::::::::::::::::::::::;イ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::、
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                     ,':::/ / :::::::::::::::::|ア"て`ヽ、、ヽ.!| !::::::::::::::: |! |:::::::::::::::::: : : : : : : :.、
                 i::/ / ::::::::/!::::::::lヽ.{:::い:リY   ! ヽ::::::::::ム!,,__!:::::::::::::::: : : : : : : : :.、
                  i/ /:::::::::人|::::::::i. ´ ー'       \://__|:/|::::::::: : : : : : : : : : 、
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                / :::::::::::::::: \::::l ',              ゝ=シ, 、'" ':::: : :/|:::: : :,   \
                 /::::::::::::::::::::::ハ \          /            /::: : :/: !:::::::,'
                  / :::::::::::::::::::::::::ハ                    /:::: : /:::',|:::::/  こんな時どういう顔をすればいいか
                  / :::::::::::::::::::::::::::: ヘ.     マ_ー_、         <'::::.: /::::::::|:::ハ   わからないの…
              ―= ―|::::::::::::::::「 ̄:|.\     -          .イ:/::::.∠-==|/ ̄`丶
       /:. :. :. :. :. :. :. :. : !::::::::::::::::|:.:..λ  ヽ       _...:ァ'´:. /ィ":. :. :. :. :/ :. :. :. :. :. \
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351:名無しさん@ピンキー
10/02/11 03:36:17 8BXLRdkz
病んに走るとアレだが、実際無口っ子の笑顔は最高だと思う。

352:名無しさん@ピンキー
10/02/12 21:19:44 bgdZYRjw
やべ、萌えた

353:名無しさん@ピンキー
10/02/13 16:02:06 JphDVf/q
ここの保管庫ってずっと滞ってるのか?

354:名無しさん@ピンキー
10/02/14 03:39:25 QH9gZ8vG
 高校は今現在、昼休みの時間。
 男子も女子も、教室でじっとするにはまだ元気を持て余す年頃だ。
 人は散り散りで、ここには幼馴染同士の男女を除き、誰もいなかった。
 ちょきん、ちょきん、と、テンポよくハサミの音がする。
 手を添えながら、無精な彼の、若白髪を切っているのだ。
「なぁ?」
 返事の代わりに、物音がしん、と停止する。
「お前まめだな」
 そう言うと、受け流すように作業は再開された。
「白髪なんて放っといて良いのに」
 背中で呟く相手を、彼女は気に留めない。
 ちょきん、ちょきん。
 無言の散髪は、続く。

 真後ろにイスを付けて、やや前のめりに白髪を切る彼女。
 やがて目立つ部分は無くなったのか、席を立つ。
 隣を通る際、その手に包まれた物を、彼は見せてもらった。
「うわ、俺相当病んでるな」
 その少なくなさに、感想をつける。
 彼女はそれだけ聞くと、教室の右端にあるゴミ箱に、物を捨てに行った。
 そして戻ってくると、また彼の背中側に。
「とりあえず、ありがとさん。で、何企んでる?」
 と訊くと、彼の首周りに細い腕が、伸びてきた。
 息遣いが至近距離になり、確認出来る特別な感情。
「便宜を、はかりたい」
 繊細で透き通るような声。
 それはどこか悪戯っぽい響きで、彼の耳に届いた。

 彼は手さげに手を突っ込むと、巾着を取り出した。
「ほれ、見返り」
 黙って受け取る彼女だったが、表情は見る見るうちに、明るく染まる。
「昔っからそうやって、チョコ催促好きだよな」
 バレンタインも近づく週末。
 今年は当日が日曜なので、一日早めのプレゼント。
 傍から見ればやや図々しい逆チョコにも見えるが、以前から二人には、習慣着いていたものだ。
「!」
 彼女が袋を開くと、中には銀紙に包まれた、如何にも手作りといった感じの物が四つ。
「ま、普段金かけることなんて、お前に何かしてやるくらいだし?」
 照れ臭そうな、しかしどこか陰のある皮肉にも聞こえる台詞。
 包み紙を開くと、香りもデザインも上品で手の込んだ、一口サイズのチョコレートが顔を出す。
「この間スイスのチョコレートショップ特集やってたから、それ参考にな」
 
 一つを、味わうように小さくぱくり。
 どちらも顔が思わず綻んで、和んでしまう。
「ん? 俺にも半分?」
 彼女は是非にと言わんばかりに頷く。
 そして、その手から直接、チョコレートを口に運んでもらう。
「美味いな。手前味噌だけど」
 柔らかく溶けていく甘さを、二人で共有する。
 そんな発想が出来る関係は、単なる幼馴染に留まらない。
「あ、その丸い奴の中は、レーズンソースな。コニャックの代わり」
 随分と凝っているものである。
 これ? と目で訊く彼女に、彼はそうと答えた。
 ぱくり。
「美味いか?」
 やはり半分だけ齧った彼女。
 と、中のソースが流れ出て、唇に少しだけ付いた。
 その部分だけ、てかてかとまるでルージュを塗ったように、光る。
「零れたぞ」
 彼は手を差し伸べて、相手の下唇を、指で軽く拭った。


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