モノノ怪でエロパロ 2札目 at EROPARO
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100:名無しさん@ピンキー
08/01/17 02:49:10 q0Nli9AL
わあーん。・゚・(ノД`)・゚・。
目から鼻から怒涛の如く汁が溢れる〜
加世ちゃんの想いが暖かくて切ないよ…
いつか二人が何のしがらみもなく、穏やかに過ごせる時がくればいいなぁ
いや、この切なさもモノノ怪の醍醐味だけどさ!

…ちょっとティッシュなくなったから、取ってくる(性的な意味でなく)

101:727
08/01/17 21:45:43 FjLlD3x9
いつものことながら337氏の構成力は素晴らしい…!GJです。

ところで337氏作品、まとめにはまだ上がってないんだけど
そろそろ収蔵に入っちゃって良いのかな。
337氏さえよければ手持ちから時間見つけ次第順次上げていきますが。
どうしましょうかね?>337氏

102:337
08/01/18 22:35:40 1BT2qhxZ
へい参上!

>>727
ありがd。事語りも完結することだし、プレーンテキスト持ってるんで、
Wiki 研究がてら自分でガンガッテみる。
次回投下することがあったら、折り返し改行入れるのやめよかな……。

投下いきます! エロないどころかカップリングかどうかも怪しいorz
ぷ、プラトニックでストイックなエロスを感じてくだしあ。
冒頭2レスくらい、ホラー・流血表現が強いです。
全9レス+謝辞1レス予定。

103:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 1
08/01/18 22:38:52 1BT2qhxZ
 ぐちゃっ、とも、ごきゅっ、ともつかぬ、ひどく嫌な感じの、湿った音がした。
 長いような短いような浮遊感の後、固い地面へ背中から叩きつけられた。
激しい衝撃に肺の空気が丸ごと抜ける。同時に脳天までを激痛が貫いた。
ちかちかと目の前に光が飛んで、視界が暗転したあと真っ赤に染まる。
ごぽり、と口から飛び出したのは血だ。鮮烈な動脈血。その色に、さっきの
音は人体が壊れる音だと知る。
 痛い。痛い。
 叶うなら転げ回って絶叫したい。この痛みを僅かでも紛らわすためなら
何でもする。なのに、投げ出された指先一本、ぴくりとも動かせない。
「あ……」
 濁った声が、喉からこぼれる。ひゅうひゅうと肺が鳴った。自分のものでは
ない声に、チヨはようやくこれがいつもの夢だと悟る。
 だからといって痛みの軽減はない。体の自由もきかないまま、無機質に
固い鉄と石の地面に縫いとめられている。どろりと生温かいものが
流れ出していく感覚、ばらまかれた原稿用紙が微かな風にそよぐ。残酷な
までに晴れ渡った平穏な朝空、爽やかに鳴き交わす小鳥達の声。その一隅で
繰り広げられる痛みと恐怖に、気づく者は誰一人いない。
 ――やめて……。
 何度繰り返しても、この夢がチヨの願うようになったことはなく、どれほど
念じても目は覚めない。先の展開がわかっているだけに、全身が震えて
かちかちと歯が鳴った。
 ――お願い、許して。
 逃げられない。ならばせめて目を閉じたい。怖いものが来る。あと、もう
幾らもない。
 見たくない、見たくない。これ以上はイヤ。お願い助けて。
 誰か。
 必死に祈るが今夜もそれは叶わない。自分のものでない目がゆっくりと
瞬いて、視界に変わった服を来た猫が映る。
 やめて――やめて。お願いだから……!
 どうしようもない恐怖にチヨの心が縮みあがる。あれが来る、来てしまう。
無慈悲な鉄の塊、冷たい金属の車輪、絶対的な重量がぐちゃぐちゃに肉を
轢き潰す。あの、一瞬の――!
 臨界点を超えた涙が溢れた。線路が、大地が小刻みに振動して、あれの
接近を否応なく知らしめる。なのに動けない、逃げられない。

104:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 2
08/01/18 22:40:37 1BT2qhxZ
「許サ……ナイ……」
 掠れてぼろぼろになった声が耳に届く。チヨは心の内でひたすらに
ごめんなさいと繰り返した。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
だが戻ってくるのは怨嗟の言葉だ。

 許さない。

 限界まで見開かれた目が走りくる電車を映し、運転席で船を漕ぐ男を映す。
体に伝わる揺れがどんどん大きくなって、少しでも自分を守ろうと、気持ちだけは
必死で手足を丸めようとする。
 お願い――お願い気づいて!
 助けて、誰か!
 死にたくない! 死にたくないいい――っ!!


「いやあああああああああっ!!」


 絶叫して飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋だった。がんがんと頭が鳴る。
四畳半の安普請、夜中の悲鳴に抗議するように、どんと隣から壁を殴られる。
乱暴な音に、チヨの肩がまたびくりと跳ねた。ぼろぼろと涙がこぼれる。何かに
とり憑かれたように、震えていうことをきかない手を、必死で目の前にかざした。
 腕――ある。
 手のひらをゆっくりと開閉して、布団をめくる。
 脚も、ある。
 恐る恐る、胴体に触れてみる。乾いた寝巻きの手触り、赤錆臭い気配はなく、
どこにも怪我はない。
 チヨは震える指で己の肩をかき抱く。全身にねっとりした嫌な汗をかいていて、
寒くて寒くて仕方なかった。
 ……怖かった。
 みぞおちの辺りが凍えている。安堵と恐怖と痛ましさ、そして後ろめたさが
ぐちゃぐちゃになって、嗚咽が洩れる。声を殺しながら泣きじゃくった。
「……ごめん、なさい……」
 あんな、酷い死に様を。
 節子さんは、したのだ――。

105:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 3
08/01/18 22:42:57 1BT2qhxZ
 チヨも一度死んだ。少なくとも死んだと思った。唇が腫れ上がって痛くて
痒くて、化猫の爪にずたずたにされて。
 けれど、その後取り込まれた化猫の――節子の目を通して見た光景は、
あまりに酷い。
 節子にだって、問題がないではなかったろう。見下されていたことを知って、
むかっぱらが立たなかったわけではない。なるほど新聞記者になるくらいだから、
学校の成績はよかったのだろう。勉強が得意ではなかったチヨからすると、
たぶん想像できないくらい。でも入社してからの仕事はお茶汲みや掃除や、
せいぜいが男性記者の走り書きの清書が中心で、あれならチヨにもできそうだ。
 だからと言って、人があんな風に死んでいい理由になんかならない。同期の
男たちが、ただ男だからといって次々仕事を任されていく悔しさ、置き去りになる
焦り、気負いが空回っては冷笑されて、それでも必死に歯を食いしばって。
ようやく掴んだと思った光明は手酷い裏切りに終わり、その上、あんな死に方。
 チヨの目にまた涙が盛り上がる。幻とはいえ経験した節子の人生。そりゃあ
恨みも憎みもするだろう。人には心があるのだから、当然のことだ。
 ごめんなさい、と繰り返す。節子は、猫は、成仏したろうか。命が許されたのは
何故だろう。ハルや正夫とも話をしたが、夜毎夢に見るのはチヨだけのようだ。
それともこれが罰なのだろうか。
 節子は、チヨを生かしたのを、後悔、しているのか……。
 目の前が暗くなる。己が情けなくて仕方なかった。唐突に絶たれた節子の人生、
比べて自分は生きている。その事実に後ろめたさを感じるのは、渇望と言えるほど
強い、節子の意志を知ったからだ。
 女優になりたいと口では言いながら、漫然と外から与えられる機会を待っていた。
いつか誰かが、埋もれている自分を見つけて褒め称え、磨きあげてくれる。本気で
信じているのかと言われたら自分でも笑うだろうが、心の奥底は確かにそんな
物語を期待していた。
 浅ましい。人の死を利用してまで名を売ろうとし、故人を貶めたにも関わらず
何の成果もなかった。自分の存在は見出される原石などではなく、路傍の石に
過ぎないと、目の前に突きつけられた気がする。
 こんなチヨが生き残るより、節子が助かればどれほど世のためになっただろう。
功名心に走るきらいはあったものの、節子は市民に真実を伝える仕事をしていた。
 対する自分はどうだ。ろくに学もなく、男どもに媚を売り、いやらしい手に体を
触らせて食べている、空っぽの女。
 それ、なのに。
 毎夜死にたくないと思う。それはもう強烈に、焼けつくような生命の叫びだ。
節子の無事を願うより、自分が死ぬかもしれないことが、怖くて怖くて祈るのだ。
 生きているからといって、何ができるわけでもないのに。
 それでも死にたくないのだと思い知り、されどどうしたらいいのかわからずに
立ち竦む。

106:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 4
08/01/18 22:44:24 1BT2qhxZ
 その命を寄こせと言われたら、自分は節子になんて言おう。
 苦しい、悲しい。自分の手の中には何もない。
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 自分が死ねばよかった。でも死にたくない。
 何かしなければ。でも自分に何ができる。
 怖い。何も見えない。動けない。闇の中でひとりぽっち、迷子になっている。
「ごめんなさい……」
 切れ切れに繰り返しながらひたすら泣いていると、ちりん、と微かな音がした。
 顔をあげる。子供のようにこぶしで涙を拭って辺りを見回すが、そもそも
部屋の中から聞こえた気がしない。もっと、遠かったような。
 珍しくもない鈴の音。どこかの部屋で、飾りでも落ちたのかもしれない。
 そう、思いながら、耳は静寂を探る。電車の中でぺこりと挨拶してくれた、
あの不思議な天秤と、それから。
 ――薬売り、さん。
 気がついたときにはもういなかった。モノノ怪を斬って、そのまま消えてしまった。
 あれだけみっともない姿を晒した後で、どんな顔をして会ったらいいやら
わからないが、お礼を言いたい。
 ――そうだ。
 伝えたいことがある。化猫に取り込まれた、チヨだから言えること。
 そこまで思って、あは、と自嘲の笑みが洩れた。
「こんな女じゃ、嫌われたよね……」

 ――ちりん。

 今度ははっきりと聞こえた。ばっ、と顔をあげると、さっき隣から殴られた
壁がない。
「……へ?」
 いや、壁に映し出されているのか。この世のものとも思えぬ虹色が渦巻く
光景、縁にぐるりと札が貼られて世界を切り取り、中央に独特の人影が
切り絵のように浮かんでいる。その足元で、これまた影だけの天秤が、
ちりちりと鳴っていた。
「く……薬売りさん?」
 影はこくりと頷く。動きからするとこちらに背を向けているようだ。どこか
不機嫌な声が、勘弁してくださいよ、と言った。
「ご婦人の寝室に出張する仕事はしてないんですがね」
 溜息ひとつ。
「あなたがあんまり泣くから、天秤がうるさくて仕方がない」

107:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 5
08/01/18 22:46:29 1BT2qhxZ
「あ……ご、ごめんなさい?」
 なんで謝ってるんだろう、と思いつつ、チヨは慌てて手櫛を通すと軽く
髪を編んだ。こちらを見てはいないようだが、あんな整った容姿の人に、
寝起きの姿は見せたくない。
 ああどうしよう、きっと目が腫れてる。
 不自然にならない程度に精一杯身なりを整えようとするチヨの一方で、
薬売りは、ああとかいやとか何やら口ごもっていた。また溜息ひとつ。
「……責めたかったわけじゃないんですよ。申し訳ない」
 呼び出せないなら諦めればいいのに、とぶつぶつ呟いて、聞き咎めた
らしい天秤に攻撃されている。影絵遊びのように映し出されるその様子は、
何か、地下鉄で会ったときと雰囲気が違うようだ。なんとなく親しみやすくて、
チヨは少し笑った。それに安堵したのか、薬売りの声も和らぐ。
「これ以上は、近づきませんから」
 まるで淑女にするように言われて、チヨは目を丸くする。照れくさくて、
ばたばたと手を振った。
「や、あはは、そんな気にしないでいいですよぉ。ほら、あたしなんてカフェで
働いてるくらいだし……」
 言う途中でまた涙がぽろりと落ちた。あれ、あれれ、と言いながらも止まらず、
泣き笑いになる。
 ……誰かに、優しくしてもらったの。
 すごく、久しぶりの気がする。
 薬売りの足元で、ぴょんぴょんと天秤が跳ねる。くるりと回って、こちらを
窺うように左右に揺れる。チヨを心配して、なんとか励まそうとしてくれている
のだと、何故かすんなりわかった。それがまた傷だらけの心に沁みる。
「あ、あの、薬売りさん」
 震える声を、なんとか言葉にする。とにかく、言っておかねば。
「あの、助けてくれて、ありがとうございました」
 深く頭を下げると、薬売りはしばらく押し黙った。
 ……なにか、機嫌を損ねたろうか。
 まだ帰らないでほしい、と思う。今はひとりになりたくない。けれど、どう
引き止めていいかわからない。
 黒一色の影でしかない姿に、近づいていいのかすら。

108:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 6
08/01/18 22:48:31 1BT2qhxZ
「……その礼は、筋違いってもんでしょう」
 溜息のように、薬売りが口を開く。
「私は、化猫を斬るためにチヨさんを利用しただけ。チヨさんが助かったのは
結果論に過ぎない。強いて礼を述べるなら、化猫に言うべきじゃ、ないですかね」
 モノノ怪に礼ってのもおかしな話ですがね、と笑うのに、チヨは首を振る。
「あたし、あたしはいいんです。あたし、すっごいバカだったから。ほら、バカは
死ななきゃ治らないって言うでしょ? だからたぶん、ちょうどよかったんです」
 そうじゃなくて、と続けようとして、薬売りが額を押さえたらしいことに気づく。
脱力したようにその場へずるずると座り込むに至って、チヨは思わず駆け寄った。
「く、薬売りさん!? どうしたの、大丈夫ですか!?」
 こんなにはっきり見えているのに、指先に触れるのはぼろぼろの土壁の
手触りだ。それでも、薬売りの背に手を添えずにはいられなかった。
「どっか痛い? あっ、そうだあのとき頭怪我したでしょ!? 傷口開いた!?
どうしよう、手当てしなきゃ……」
「いや、違いますから。大丈夫」
「でも」
 大丈夫、ともう一度繰り返して、薬売りは天へ向けて大きく息を吐いたようだった。
「……先に、続きを聞いてしまいましょう。チヨさんでなければ、私は誰を助けたと?」
 様子が気になりはしたものの、チヨは大きく息を吸う。こんな機会、きっと
二度とない。一音一音を大切に、きっぱりと舌に乗せた。
「市川、節子さんです」
 反応はない。無言のままの薬売りに、チヨは懸命に言葉を続ける。
「あたし、いっぺん死んでから、節子さんの中にいたんです。だからわかる。
節子さん、薬売りさんにとても感謝してました。猫たちだってそうです。本当です!」
 こうして伝えることができてよかった、とチヨは先程までと違った意味で瞳を
潤ませた。何か大きな荷物をひとつ、やっと肩から下ろせた気がした。
「すっごく怖かったし、嫌な気分にもなったし痛かったけど、ううん、今でも夢に
見て怖くてしかたないけど、でも、こうしてあなたに言えることが、すごく、嬉しい」
 ありがとう、ございました。
 深く、頭を下げる。伝わってほしい、わかってほしい。あなたは確かに悲しい
魂を鎮め救ったのだと。
 あなたに感謝する人がいるのだと。
 ――そう、か。
 チヨは泣きながら悟る。
 ずっとずっと、あの夢を見続けた理由。
 己が愚かさの戒めだけじゃない。この言葉を伝えるために、きっと猫が見せて
くれたのだ。随分高い代償だけれど、それくらいしないと、バカな自分には
わからなかったから。

109:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 7
08/01/18 22:50:33 1BT2qhxZ
 ちりん、と鈴の音に目をやると、天秤がひらひらと飛んでいた。影、ではない。
蝶のような可愛い姿で、チヨの元へ飛んできて、鈴と持ち替えたらしい
ボンボンでチヨの涙を拭ってくれる。
「あ……ありが、と……」
 天秤はぴょんぴょんと跳ねて回る。すごく、可愛かった。
「あの時も、挨拶、してくれたよね……?」
 大きく頷くように、天秤が傾く。チヨは少し笑った。
「不思議。どうしてあたしによくしてくれるの?」
 天秤が左右に振れる。もどかしげにその場で軽く跳ねて、薬売りの方を見る。
つられてチヨもそちらへ目をやった。視線に気づいたか、薬売りが影のまま
ちらりと振り返った。
「……そう、ですね……。たとえて言うなら、そいつらは、チヨさんのご先祖に
恩がある、ようなもので……」
「ご先祖?」
「たとえ、ですけどね……」
「律儀なんだぁ」
 チヨは指先でちょいちょいとその小さな頭を撫でた。小動物のように擦り
寄ってくるのが嬉しくて、あちこちをくすぐってみる。
「でも、あたしはその人じゃないよ? 恩返ししたいって思わせるなんて、
きっといい人だったんだろうけど……あたしには、そんな価値も資格も
ないもん。そんなふうに思われても、困る」
 ぴしーん、と天秤が固まる。ややあって、ぱったりとその場に倒れた。
チヨは慌ててその背をつつく。
「え? あれ? 天秤さん? く、薬売りさん、天秤さんが!」
 来い、と低く薬売りが呼ぶ。伸べられた人差し指に、天秤がよろよろと
飛んでいって、辿りつく前にべしゃりと落ちた。ふらふらしながら起き上がり、
ようやく壁の向こうへ吸い込まれていく。
「……もしかしてあたし、言っちゃいけないこと言った……?」
 いや、と薬売りが呟く。
「チヨさん本人から言ってもらって、こいつらも納得したでしょう。落ち込む
のは、勝手に期待したこっちが悪い。いい薬です」
「そ、そう……?」
 もっと優しい言葉をかけてあげればよかった。せっかく慰めてくれたのに。
 人違い、だけど。
 その事実がずきりと胸に響く。やっぱりチヨ自身のみでは、人に優しく
されたりしないのか、と。

110:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 8
08/01/18 22:52:23 1BT2qhxZ
 優しくされなくて当然の人間なのに、そう思ってしまう自分が、嫌だ。
「……チヨさん」
「はい」
「普通の……人でした、よ」
「え?」
「その、天秤が恩を受けた人は。菩薩でもなんでもない、泣きも笑いもする
普通の人でした。人と自分を比べてひねたり妬んだり、逆に優越感に
浸ったり、ね。でも、周りのものを心底愛して、幸福にもしてくれた」
 す、と壁の中から手が伸びてくる。黒一色から生まれる、色の塗られた
長い爪と、白い手と、鮮やかな袖と。後ろ手のまま人差し指と中指で、
小さな包みを挟んで寄こす。
「お守りです。もう怖い夢を見ないように」
 細かく折られた、紙――の、ようだ。
「……お札?」
 ぽろりとこぼれた言葉に、薬売りが微かに笑った。
「そうですよ。幻に囚われてはいけない。チヨさんの真は、何も変わらない」
「真……」
 そんなものあるのかな、とこぼしたチヨに、薬売りは首をかしげる。
「真のない人間に、俺は会ったことがない。それがどんなに自分勝手で、
傲慢なものでも、ね」
「でも、そんなのただの嫌な人、じゃあない?」
「それを嫌だと思うなら、自分のなりたいようになればいい。良くも悪くも
人は変わる。せっかく、命があるんでしょう」
 うん、と頷いてみる。かさりとチヨの手の中に落ちたお守りは、なんだか
とても温かい気がした。
「それじゃ」
 薬売りが一歩離れる、その背に慌てて呼びかける。
「ま――また会える?」
 縁があれば、と薬売りは言った。虹色の景色が急速に薄れる。完全に
消える寸前、覆っていた幕が落ちるように、一瞬だけ薬売りに色がつき、
姿があらわになった。風変わりな紅をさした唇が、チヨに向かって微かに
動く。


 ――ありがとう。




111:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 9
08/01/18 22:53:28 1BT2qhxZ
 チヨは、くずおれるようにその場へ座り込んだ。
 何の変哲もなくなった部屋に、また暗闇が戻ってきたかと思ったら、ほのかに
明るい。
 窓の方を見ると、すでに夜が明けかかっていた。
 ぺらぺらの安いカーテンをめくると、起き出す前の町の姿がある。
 朝だ。
 ちりちりと道を走っていく自転車は、牛乳配達の少年ら。その姿に、正男や
ハルを思い出す。あんな事件がきっかけで知り合って、でも友人と呼んで
差し支えない人たち。その人たちが今、どこかにいてくれる空の下だ。深い青が
徐々に薄れ、茜の色が広がっていく。これまでとは違った意味で、どっと涙が
溢れた。
 なんだ、と泣きながらチヨは笑った。
 心配してくれる人、いるじゃない。
 こんな自分でも。
 正男も、ハルも、チヨに笑いかけてくれた。いなくなったら悲しんでくれるだろう。
それだけでも十分だ。ちっぽけで浅ましい自分でも、きっと人を愛せもする。
 夢でなかった証拠に、浅黒い手の中にはお守りがあって、チヨはぎゅっとそれを
胸に抱きこんだ。
 ありがとう、と呟く。
 大丈夫だ。自分は歩ける。生きていける。
 その事実が嬉しい。今までチヨを生かしてきたものすべてに対する感謝が
こみあげて、朝焼けの美しさが胸に迫った。
 ありがとう。

 また、いつか会えますように。



   おわり

112:337
08/01/18 22:59:48 1BT2qhxZ
謝辞

素晴らしい作品を生み出して見せてくれた、原作スタッフの皆様に感謝します。
二次創作の形をとっていますが、これが自分の、あの映像作品に対する感想文です。

本作を生み出すきっかけをくださった、ドS氏と、前スレで1作目後続きキボンして
くださった方に感謝します。
あなた方がいてくれなかったら、本作は生まれませんでした。

投下の度にレスくださった皆様、もはやエロパロじゃねーよな内容を受け入れ、
あるいはスルー検定で見てみぬフリをしてくださった住人の皆様、読んでくださった
すべての人に感謝します。
御陰様で最後まで書ききることが出来ました。

これにて事語り完結です。ありがとうございました。


……またなんかエロ書けたら投下にくるんで、今後ともよろしくー。

113:727
08/01/18 23:00:02 5HSJqSMs
リアルタイムで投下に遭遇!今日は運がいいぜ!

いやー、いいなあ、いいなああ!
ひたすらGJの嵐です。こんな素晴らしい作品読めて本当に幸せ。
337氏投下お疲れ様です。まとめサイトの件も了解なのですよー。

114:名無しさん@ピンキー
08/01/18 23:27:43 ZRzEH8OF
お疲れ様でした!

去年の暮れにモノノに出会い、もっと観たいと餓えきっているとき
あなたの作品を見つけました。
二次創作ではあるけれど、神懸かり的なクオリティに興奮しきり…。
まさかエロパロ板で泣くとは…。
ご自身のサイトにくるまってもほぼ毎日見に行ってしまう…もうファンですわ。

新作あらゆる意味で楽しみにしてます!


GJ!

115:名無しさん@ピンキー
08/01/18 23:47:39 IXcnyJ3b
337氏
胸の熱くなる作品をありがとうございます。
原作の空気を壊さず、物語を掘り下げ、広げ
深みを持たせた作品を読ませていただけて感謝です。
ますますモノノ怪が好きになりました。

あ、自分は前スレ809なのですがWiki収録お手数をかけしました。
親指のつき方を右と左まちがえちゃって恥ずかしくて出て来れなかったんだw
描き直さないから手だけ脳内で左右反転してやってください。

116:名無しさん@ピンキー
08/01/19 00:11:01 k/GDWpi6
337氏
お疲れ様でした!!!
まさか天秤×加世からこんなに壮大な物語が生まれるとは
あのときは思ってもみなかったwww

素晴らしい作品を有難うです。GJ!!

117:名無しさん@ピンキー
08/01/19 01:53:14 mkl9f8s4
337氏
乙です!あ〜感無量ていうか胸いっぱいになりました
丁寧な作品を読ませて下すって、ありがdでした
次回作やエロもwktkしながら待ってますよー!

118:名無しさん@ピンキー
08/01/19 08:18:31 B86gtS79
337氏
お疲れ様でした!
全部まとめて一冊の本にしてもいいんじゃないかと思うくらいの完成度でした。
これから書かれるであろう337氏完全オリジナルストーリーも期待しております。


119:名無しさん@ピンキー
08/01/20 23:56:15 FOqD0Co0
ちょっくらK極の本を読んでいたら、飛縁魔という女の妖怪?が出てきた。

>顔かたちうつくしけれども いとおそろしきものにて
>夜な夜な出て男の精血を吸い ついにはとり殺すとなん

だそーだ。日本版サキュバスってところ?
頭の中でうっかり幻ちゃんが襲われてげっそりしてしまった。
ごめん幻ちゃん。

120:名無しさん@ピンキー
08/01/21 07:38:59 rWtHoSt3
>>119
飛縁魔(ひのえんま)=丙午(ひのえうま)=丙午生まれの女性は
男を取り殺す、という俗説から生まれた妖怪ですな。

そういう妖怪といえば、モノノ怪のOPにはカマイタチが
くるくる回ってるけど、出てはこなかったね。
もし続編が有るとすればどんなモノノ怪が出るかな。

121:名無しさん@ピンキー
08/01/22 00:16:10 dIEQ5+Lh
緑魔子

122:名無しさん@ピンキー
08/01/22 00:21:50 M7eigjmh
百々目鬼とかでないかな。

123:名無しさん@ピンキー
08/01/22 08:15:51 Tfm7t0xr
モノノ怪と言えば歌川国芳つながりで、がしゃどくろとかいいな

124:名無しさん@ピンキー
08/01/22 18:55:06 T6YkRzuU
カマイタチか……。
少しずつ服を切り裂いていって、見えそで見えないチラリズム。
うっかり勢い余った空刃に、白い肌に走る赤い傷。
ぷくりと血の玉が盛りあがって、つぅとひとすじ流れて落ちる。
それを舌で舐め取って、凄絶な感じのエロスでひとつ。


125:ドS
08/01/22 22:48:40 jxu77nbc
じゃあ俺は雪女で氷柱ファックを提案。
少しだけ投下。

126:加世×ハイパー
08/01/22 23:03:33 jxu77nbc
「んくっ…ちゅ…んっ」

気が付くと加世は口内いっぱいに男の巨大なそれを頬張りしゃぶりついていた。
その大きさ故大部分は加世の口に収まらず柔らかな手によってゆるゆるとしごかれる、流れ落ちた唾液を塗り付け滑らす事で辺りに水音が響き二人をより淫靡なる深みへと導いた。

「はぁ…はぁ…、また大きくなりましたよ…」

 張り詰めた亀頭を左右にそっと割り開くと透明な液体がとろとろと溢れた、加世の奉仕に過敏なまで反応を示すそれを誘われるように舐めとりながら自身の下腹部に手を伸ばした。

「あ…」

 そこは思った以上に濡れそぼり熱く火照っていた、

こぽり

指先が触れ液体を留めていた力が破られ指を腿を伝い流れた。

「はぁ…あん…、ここ熱いの…薬売りさん…」

 加世は一層息を荒げて男に股がったままくるりと向きを変え男の顔の方に尻を向けた、

「は…ぁん、薬売りさん…見える?よく見ててね…」

男の顔に向けた尻を高く掲げその濡れ光る秘裂を見せつける様に割り開いた。

127:加世×ハイパー
08/01/22 23:19:20 jxu77nbc
秘裂の中心を浅く掻き回し疼く淫核を擦る、形の良い尻が宙をさ迷い赤く充血した緋肉がひくひくと蠢き加世の指を貪った。

「んうぅ…ふぁ…」

 口での奉仕も勢いを増しジュブジュブと音を立てて頭を上下させている、

「はぁ…うっ…」

 眉を寄せて荒い息を吐く男の胸に加世の秘裂から溢れた蜜がぽたりと滴った。
「っ…薬売りさん…」

 向き直った加世は男の下腹部に腰をかがめしとどに濡れた秘裂を硬く起立した男のものにあてがった、双方の熱が触れ合うと留められていた液体がくちゅりと音を立て混じりあい一筋の滝の様に男の腹に落ちていった。

「う…ん、入らないよぅ…」
 加世は挿入を試みるが不安定な姿勢のためか男のものが大きすぎるためか、ぬるぬると滑り難儀していた。
男の腹に片手を付き腰を動かすとぬるりと滑った先端が淫核に触れ、もどかしい快感だけが断続的に与えられた。

「あっ…ん、…ひぁっ!」

くねらせていた腰が突然左右から強い力で掴まれた、肉に爪が食い込むほどにがっちりと掴まれ突然の事に加世は驚き悲鳴をあげた。
下ばかり見ていた視線を上向けると半裸の男がこちらを見ていた、漆黒に浮かんだ赤い瞳が鋭く加世を咎める様な眼差しを向けている。

128:ドS
08/01/22 23:25:35 jxu77nbc
次くらいで終わると思う。
337氏乙でした、337氏の薬売りは良い意味で人間臭くてGJでした。

129:名無しさん@ピンキー
08/01/22 23:59:04 T6YkRzuU
起きたーーーーー!!!
加世エロいよ加世!(*´Д`)ハァハァ

130:名無しさん@ピンキー
08/01/23 00:20:25 JtqJXc/Q
睡魔も夢魔も吹っ飛ぶ覚醒エロスGJ!!
目玉ギンギンにして待ってる!

131:名無しさん@ピンキー
08/01/23 02:22:21 jz5WDC32
fuoooooエロース!!GJ!!!
お仕置きの予感にwktkしてます

132:名無しさん@ピンキー
08/01/23 03:19:57 YegvgZT7
GJ!寸止めですかー流石ドS氏w
エロ加代もいい!すごくいい!続きwktk

133:ドS
08/01/24 23:53:55 NWuvqOd+
忘れ物、横にして見てくれ。
全体 URLリンク(imepita.jp)
加世up URLリンク(imepita.jp)
ハイパーup URLリンク(imepita.jp)

134:名無しさん@ピンキー
08/01/25 00:12:54 uhjpOl2Q
>>133
ドS様のイラスト北ーーーーー!
絵柄が可愛くてたまらんですGJ!

135:名無しさん@ピンキー
08/01/25 01:22:21 qrvSr5Oq
み、見れなかった…_| ̄|○

136:名無しさん@ピンキー
08/01/25 02:04:00 CyI739+C
ドS氏GJ!
ハイパーのナニの大きさにグッときたwww
…加代ガンガレw

137:名無しさん@ピンキー
08/01/25 08:24:36 GP/O/lk5
ドS氏の加世のイラストのかわいさは反則

138:名無しさん@ピンキー
08/01/26 21:08:44 dOg3awSD
次回作の時代を考えるなら幕末とかおもしろそう
新撰組小田島様とか

139:名無しさん@ピンキー
08/01/26 22:42:26 rPL11C4T
そういえば、舞台が日本だから日本の妖怪になるのか、
日本人の情念でモノノ怪化するから日本の妖怪になるのか、
その辺わかんないよね。
なんだっけ、座礁した外国船とかなかったっけ?
その乗組員とかの情念がモノノ怪化したら、和風になるのか
洋風になるのか。

140:名無しさん@ピンキー
08/01/26 23:00:55 RnJA23jK
>>139
洋モノノ怪・彷徨える阿蘭陀人とかでしょうか?

141:名無しさん@ピンキー
08/01/27 08:00:33 J6pvY0st
でも座敷童子みたいに見た目外人のキャラもいるから、
キャラのビジュアル的に新鮮味は無いだろうなー>洋モノノ怪
雰囲気はいい感じになるかも。


142:名無しさん@ピンキー
08/01/27 19:37:09 jIdGyuW7
ドラキュラ・ヴァンパイアとかも有り?<洋モノノ怪

143:名無しさん@ピンキー
08/01/27 22:08:57 NonwzuD4
>>142
和装D?

144:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:57:20 Pknmptx+
コミックス発売記念で、前スレの最初の方に出てた、
坂井の女たちの玩具にされる薬売りってのを書いてみたくなりますた。
……前フリが長くて、まだちょっとエロくないんだけど、
長くなったのでとりあえず前半部分を投下します。
よろしくお願いします。

145:傀儡回し 1
08/01/28 22:58:37 Pknmptx+
 昼ひなかの暑さも大分和らいで、どこか硬質なヒグラシの鳴き声が響き始めていた。
 大きく家紋を染め抜いた門幕脇で、迎えの提灯番を務める小者は、門前で足を止めた人影に、おぉい、と声をかける。
「薬売りィ」
 派手な身なりの男だった。
 かたかたと、その背に負った箱が音を立てているような気がしたが、横顔にきかん気の強そうな気配を感じとって、まずはお節介を焼いてみる。
「今日は姫様の婿取りだァ。薬は、売れねぇぜー」
 ふいと、獣のように首から上が動いて、薬売りの目が小者をとらえる。ぎくりと小者は身を竦めた。なんの疚しいところもないが、不思議と見られた者を不安にさせる目だ。
 かつりと高下駄が鳴って、薬売りは歩み寄ってきた。青い紅をひいた唇が、わずかに開く。
「何を――」
 ひょいと上半身を倒し、薬売りは小者の顔を覗き込む。
「――そんなに、恐れて――いる」
 一声で、看破された。
 小者はぽりぽりと頭を掻いて周囲を見回すと、ぐっと声を低めた。
「坂井の家ァ、男に祟る」
 塩野の若も気の毒になァ、と呟いた。借金のカタに化物屋敷へ取られてよゥ。
「……化物屋敷」
「そうとも」
 小者はひっそりと頷いた。
「ここの主人は女共なのよ。街で何ィ聞いたか知らんが帰んなされ。あんたみたいに若くて綺麗な男じゃあ、最後の一滴まで精ィ搾り取られンぞ」
「坂井の女衆は、年を取らぬ、と――」
「ああ、本当だァ。奥方様ァ――実際はこン人が御当主みたいなもンだが――今日婿取りなさる姫様の母君だってェのに、二人並んだところはよく似た姉妹よ。あの二人が親子とは、とても、とても」
 ほぉう、と薬売りの男は笑う。
「そいつぁ……興味深い……です、ねぇ……」
 くるりときびすを返した薬売りに、小者は慌てて声をあげる。
「嘘でも冗談でもねぇぞ! 命あっての物種だァ。帰れ、帰れ」
「ご忠告、いたみいりますが……ね」
 俺は、斬りに来たんで――と薬売りの声が風に流れた。
「モノノ怪を、ね……」


 傀儡回し〜序の幕〜




146:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:59:44 rRlvkQya
>144
щ(゚д゚щ)カモーン!!!!
私もコミックスの通販注文したよ!まだ届かないよ!てか…初版売り切れの噂が…

147:傀儡回し 2
08/01/28 23:00:08 Pknmptx+
「ちょっと加世! いつまで油しまってれば気が済むんだい!」
「はぁーいー。すぐやりまぁーす」
「ったく」
 べーっだ、と女の後姿に舌を出していた娘が、勝手口に姿を見せた薬売りに、あらやだ、と振り向く。
「お届けもの? 何かあったっけ」
 さて、と薬売りは娘の顔をさりげなく観察する。
 坂井の女は、男を取り殺す――と。
 街で聞いた噂はそれだけだ。小者の言葉を信用するなら、それはどうやら本当らしい。
 問題は、どこまでが『坂井の女』に入るのか――か。
 薬売りが身分をあかすと、娘は、ああダメダメ、と薬売りを追い出しにかかった。
「今日はそんなヒマないのー」
「……ご婚礼があるから」
「そうそう」
 娘は喋りたくて仕方ない、というふうに、目を輝かせた。
「真央様が塩野様からお婿を迎えられるの」
「婿、ですか」
「そーよぉ。坂井のお家は女系なのね。男の子が育たないんですって。真央様の他にもご兄弟はいらしたんだけど、真央様しかご成人なさらなかった、て」
 それは俺には好都合、と薬売りは上がりかまちに腰を下ろす。
「ええ?」
「花嫁さんに、ぴったりの薬……」
 こしょこしょこしょ、と耳打ちすると、娘は顔を赤くして身をよじらせた。
「やっだぁ、もぉ〜! でも見せてー!」
「はい、はい」


「お母様」
 色内掛けに角隠しをつけた真央が、同様に美しく着飾った水江の前に手をついた。
「塩野の方は……まだ」
「そう慌てるものではありませんよ」
 水江はおっとりと笑う。
「小田島が御先導をつとめに行っているのですから。直に参られましょう」
 かつん、と伊顕が首を動かして頷いた。勝山と笹岡が同調する。
「お世継ぎご誕生が、楽しみな」
「勝山殿、それはいかにも気が早うございましょう」
 かつり、かつり。
 旅芸人らが前庭でちんしゃんと奏でる楽の音が、ヒグラシの声に混じって流れていた。



148:傀儡回し 3
08/01/28 23:01:33 Pknmptx+
「すっごぉ〜い、たくさんあるぅ〜! うん、真央様が買ってくださるかも!」
「塩野の若様というのは、どんなお方で?」
「えー? あたしたちみたいな下働きはよく知らないんだけどぉ……」
 ふっくりした唇に人差し指を押しあて、娘は悪戯っぽく笑う。
「真央様がお見初めになったんだから、きっと目元の涼しい伊達男よ。あちらのお家の借金を肩代わりしてまでお迎えになるんだもの」
「……今の、御当主は」
「伊顕様? うん、伊顕様は御隠居様のお血筋よ。本当は、伊国様がご長男だったんだけどぉ……お酒に溺れて、ずぅーっと人事不省の有様なの。伊顕様も、お体が弱くていらっしゃるしぃー。奥様の水江様がいらっしゃらなかったら、坂井の存続も危なかった、て」
 ほぉう、と薬売りは相槌をうつ。
「奥方様は、随分やり手のようだ」
「そーよぉ。いつまでもお美しくて、かぁっこいいんだから!」
 憧れの眼差しで、娘は我がことのように胸をそらした。そこへ、加世!と甲高い声が割り込む。
「あんたは――なにこんなところで油売ってんだい!」
「鼠捕りの薬を」
 薬売りはその場に手をつき深く頭を下げる。
「お勧めしていた、ところで」
「結構よ! 加世、あんたは水でも汲んでおいで! 瓶がすっかり空になってるじゃないか!」
「はぁ〜いぃ〜」
 不満げに頬を膨らませた加世が、しかし薬売りが下げている頭の上でちらりとさとと視線を交わす。
「お騒がせして申し訳ない」
 薬売りはゆっくりと頭を上げた。
「すぐ……出て、いきますん、で」
 かつん、とどこかで、硬質の音がした。



 ――男。
 ――男だ。
 ――許さぬ。
 ――許さぬ。

 許サ、ナイ。





149:傀儡回し 4
08/01/28 23:02:34 Pknmptx+
 そんなにすごいのかい、と頬を染めるさとが、薬売りに盃を差し出す。
「……いえ。まだ、仕事が……」
「そう言わずに。祝い酒なんですよ。真央様の幸せを祈って、空けとくれ」
 では、と礼儀に従って薬売りは口をつける。空けるを待たず、くらりとその上体が泳いだ。



 色濃く塗り重なった女の怨み、骨の髄まで思い知れ。



「塩野の若よりイイんじゃないかい?」
「でっしょぉ〜?」
「調子に乗るんじゃないよ、まったくあんたときたら」
「あ、真央様」
「水江様も。まぁ、こんなところへお運びいただいて」
「……あの部屋へ運んでしまって。小田島が戻らぬうちに」
「ええ、ええ」
「お気に召しましたぁ?」
「そう、ね。塩野はどうしましょう、お母様」
「とりあえず木偶にでもお相手させておけばいいんじゃないかい」
「まぁ、酷いお母様」
 ほほほ、と女達の笑い声が台所に満ちる。



 ゆっくりと薬売りが目を開けると、がんがんと頭が痛んだ。
 不覚、とこっそり心中で落ち込む。
 薬売りが薬で意識を奪われたなどと、まったく不覚以外の何物でもない。
 手慣れたやり方ではあった。水でなく酒で飲ませるのは匂いと味を誤魔化すためがひとつ、薬の効きを高めるためがひとつ。
 ――外道だ。
 こんなに強い効き目のものを、酒精で飲ませるなどと、うっかりすれば死にかねない。
 むしろ、死んでも構わぬ――と。冷ややかな悪意が、ある。

150:傀儡回し 5
08/01/28 23:03:29 Pknmptx+
「あ、起きたぁ?」
 あっけらかんとした娘の声、目線だけを動かして、薬売りはぎょっと体を引きかけ、自分が縛られていることに気がついた。
「お水あげるから、暴れないで、ね?」
 南方の出身か、大地の色をした肌に襦袢をひっかけただけの姿で、泣きぼくろの印象的な娘は細い首をかしげた。
「……俺は、なんか縛られるようなことを、しましたか、ね……」
 非難を乗せてかすれた声を出すと、娘はぺろりと舌を出す。
「ううん? でもね、薬売りさん格好いいんだもの。食べちゃおうと思って」
 悪気のまったくない、無邪気な声。その背後で、思い思いに薬箱を漁っていたらしい女たちが、ほほほ、と笑った。
「なぁに、これ」
「こんなものまで」
「まぁ、可愛い」
 そんな女たちを、極彩色の壁絵が囲んでいる。六角形の変わった造り、柱は天井へのぼるにつれて竜頭の細工となっている。部屋の中央に同じく六角の台が据えられ、縁から溢れるように布団が敷き詰められ、薬売りはそこに転がされていたのだった。
 天井にある――あれは。
 落ち格子……だろう、か。
 解毒のためにも水は必要だ。おとなしく水を求めると、娘は小さな手でいそいそと水差しの吸い口を薬売りの口元にあてた。唇を動かしかけ、ふと気づく。
「……これには、変な薬は入ってませんか」
「どうかしら。お薬売ってる人なんだから、わかるんじゃない?」
 口にした言葉が意地悪く響いたのに気づいたらしい。娘は太めの眉を八の字に下げると、あたし下っ端だから、これ以外のお水はあげられないの、と申し訳なさそうに肩を竦めた。
 仕方ない、と薬売りは腹を括る。慎重に一口含んで、舌の上で転がした。
 どうやら、清水だ。
 水差し一杯分の水を空け、薬売りは軽く頭を振る。笑いさざめく女たちへ目をやった。
「これは一体どういう仕儀か、お聞かせ願えませんかね」
 おや、と水江が顔をあげる。
「ご不満かえ?」
 真央が白い小首を傾げた。
「『坂井』へ来たからには、承知の上、だろうに」
 さとがくすくすと笑った。
「男の面子にでも、障ったのでございましょう」

151:傀儡回し 6
08/01/28 23:05:30 Pknmptx+
「つまらぬこと」
「ほんに」
「あまり、興醒めさせないでほしいもの」
「でなくては、ねぇ?」
 かつん、と音がして、天井からばたばたと羽織袴を纏ったモノが降ってくる。
 床へと落ちる寸前に、引かれるようにがくんと空中に留まった。
 薬売りは目をすがめる。
 ――かつん、と。
 硬い音を立てるのは白い骨。
 されこうべがかくかくと、見えない糸に従って踊った。
「――この」
「ように」
「なる」
 笑み含みの宣言に、薬売りは荒らされた荷物に退魔の剣を探す。
 モノノ怪の――形。
「――傀儡回し」


 カチン!



  つづく



女性陣のビジュアルは、みんな若い頃のものでお願いします。

152:名無しさん@ピンキー
08/01/28 23:26:34 W/L+IQss
>>144
まだ前半だと言うのに坂井の女衆が
じわじわ黒くwww
gjです!後半を楽しみにしております!

153:名無しさん@ピンキー
08/01/29 03:07:08 hMpXTIAw
>144
すげ、退魔ものの雰囲気残しつつ逆転パラレルか!
エロも話のオチもwktkして待ってる

154:名無しさん@ピンキー
08/01/29 16:15:17 5z7jyfHn
女性陣のビジュアルがみんな若い頃、という一文を読んで
真央が高校生、加世が中学生くらいなのを想像してしまった…

155:名無しさん@ピンキー
08/01/29 18:42:36 QSFgeGhf
>>154
最早脳内でそれにしか見えない!

幼女は!幼女はおらぬかぁー!www

156:名無しさん@ピンキー
08/01/29 21:38:19 gbbH4Fhw
落ち着いて!
あなたの嗜好がバレちゃうから落ち着いてー!

157:名無しさん@ピンキー
08/01/30 08:09:34 ZNl2rKUN
薬売り×幼女加世を想像したじゃないか・・・

158:名無しさん@ピンキー
08/01/30 10:56:10 fk9hAraY
>>157
奉公前の元気で可愛い加世ちゃんに振り回されて
困ってる薬売りのほのぼのですか?

ちょっといいかもw


159:名無しさん@ピンキー
08/01/30 15:49:37 +DujBijB

なごむなぁ〜(*´Д`*)

160:337
08/01/30 23:11:17 LN86I6Na
バーカ、な自分に今更気づいてもいいですか。

……orz

まず、前回名前欄入れ忘れました。傀儡回しは自分です。これはまぁ許容範囲……か?
次。>>146で文章抜けました。没の方を投下してどうする自分。

× 色内掛けに角隠しをつけた真央が〜
○ 色内掛けに角隠し、懐に厄除けの花人形を忍ばせた真央が〜

ごめん、ほんとごめん。
続きはもうちょっとかかりそう、です。

161:名無しさん@ピンキー
08/01/31 00:11:35 3NJGdnaq
>>160
名乗らなくても薄々わかってたんだぜ?
つかわざと名乗ってないのかと深読みまでしちゃったんだぜ?
ドンマイ、続き待ってる。


幼女ネタにふと思いついた。
古い話で恐縮だが、モノノ怪たまごっちがあったら是非やりたい。
育て方次第で、薬売りになったり加世になったり、小田島様になったり
坂井のジジイになったりすんの。

162:名無しさん@ピンキー
08/01/31 01:56:46 DTHPArp9
ジジイになった瞬間
「滅!!」とかって叩きつけそうな予感がする

163:337
08/01/31 19:13:45 /Rhywcci
ジジイになっちゃったら、そんな育て方をした自らの不明を恥じて
切腹するw

続き投下いきます。文量読み間違いましたorz 前半どころじゃない。
三の幕で大詰めになるといいんだけど……。

エロ部分がなんかカオス。なんだろう、精神的SM?
何故か加世が犠牲者になって、百合陵辱めいたふいんき(ryです。
薬売りは緊縛?、目隠し猿轡状態で待機中。
ほんのり薬加風味のような気もしますが甘さはない。

164:傀儡回し 7
08/01/31 19:15:29 /Rhywcci
 一瞬の攻防――だった。
 縄を解いた薬売りが加世の額に札を叩きつける。
「ぎゃあああああああああっ!」
 喉を絞りあげるような絶叫、札の表面が渦巻いて赤く目玉模様が浮かび、さらに赤く染まって爛れ落ちる。ぷっつりと糸が切れたように、娘の体が倒れた。
 鏡に映したように坂井の女と薬売りが片手を振り切り、片や大量の札を、片やうねり絡まる黒い糸を、一斉に放つ。
 糸――否、髪だ。
 どっと湧きだしたそれは、薬売りの元へ飛びかけていた退魔の剣を呑み込み絡めとり、札を遮ってきりきりと鳴いた。
 拮抗、する。
 のしかかる怨念の重み、かつかつと騒ぎ立てる男共の成れの果て、ぢぢ……と髪が焦げ、不快な臭いが鼻をつく。
 うねうねと攻めかかる黒髪を片手をかざして支え、さらに踏みだそうというところで薬売りはつんのめる。足元を見やると、加世だった体が知らぬ娘の顔をして、長く伸びた赤い爪で薬売りを捉えていた。
虚ろな眼窩がぽっかり開いて、赤い唇ががらがらに荒れた声を吐く。

 許サ、ナイ。

 珠生様、と誰かが呼んだ。どん、と激しい衝撃と共に二人が黒髪に呑まれる。
「やれ、活きのよいこと」
 紅白に編まれた綱を女の白い手がぐいと引いて、がらがらと格子が落ちた。


 傀儡回し〜二の幕〜


 次に目を覚ましたときには、罪人のように頭上に両手を掲げ、肘より先をがっちりと格子に固定された状態で座っていた。
 どれほどの時間気を失っていたのか、指先から血の気がひいて感覚がない。無理に動かそうとするとちりちりと痺れが走る。
 縄――では、ない。
 薬売りは顔をしかめる。
 女の髪で縛られているというのは、なんとも言えず気色が悪い。単なる材質として見ても、丈夫過ぎてタチが悪い。
 ごそごそと楽な姿勢を探して身じろぐと、ごめんなさい、と細い声がした。
「薬売りさん、大丈夫?」

165:傀儡回し 8
08/01/31 19:16:48 /Rhywcci
「……ああ。いたんですかい」
 こちらは単に後ろ手で格子に括りつけられているらしい加世が、薬売りの言葉にぷぅと膨れた。
「いましたぁー。……って薬売りさんこっち見ちゃダメーーーーーっ!!」
「え」
 反射でそちらに目をやって、意味に気づいて目を逸らす。窓もないのに何故この部屋はこうも明るいのか。きっと何か細工がしてあるのだろうが、迷惑な話である。
 ……もとい。ちょっとだけ役得かもしれない。
「……憑物は、落ちたようで」
「おっ……おかげさまで」
 なんとか肌蹴た襦袢で前を隠そうとしているのか、悪戦苦闘している気配がする。ぎちぎちと縄が鳴って、柔肌に傷でもつかぬかと他人事ながら心配になった。
「見やしませんから、安心してくださいよ」
「だっ、だってぇ……。あああ、あたしってば今まで……今まで……あああああ」
 なんてことしてたんだろ、もうお嫁にいけない、穴があったら入りたいぃ〜、と泣きそうな声に、ああ、普通の娘だったのだな、と薬売りは安堵した。
「あんたのせいじゃない。すべてはモノノ怪の仕業だ。悪い夢でも見たと思って、忘れてしまえばいい。……まぁ、生きてここから出られればの話、だが」
「……薬売りさん」
 慰めるつもりで言うと、途端に娘の声が低くなった。
「助けてもらった人にこんなこと言いたかないけどっ。その、モノノ怪?の気持ちもわかりますっ。男ってほんっと最低ッ! この無神経! 恥知らず!」
「は」
 なんで俺罵られてんの?
「だからこっち見ちゃダメぇーーーーーっ!!」
「はい。すみません」
 疑問にうっかり視線を動かしかけて、真っ赤な顔と、八の字に歪んだ眉と、今にも泣きそうに潤んだ目を見てしまう。心のどこかにさざ波が立った。
 ああいや。ほだされている場合ではない。
「俺は……モノノ怪を斬りに……来たんですが、ね」
 視線だけで退魔の剣を探すが、どこへ隠されたのやら見当たらない。荒れ放題に荒らされた薬箱を思って、溜息が洩れた。

166:傀儡回し 9
08/01/31 19:18:43 /Rhywcci
「しかし、退魔の剣を抜くには、モノノ怪の形と真と理が必要……なんです、よ」
 だから。
「お話を聞かせちゃもらえませんか……ね」
「真……と、理?」
 慣れた反応に、薬売りはいつもどおり口を開く。
「真とは事の有様。理とは心の有様。何かがあり、何者かが、何故にか、怒り、怨んでいる。……それは何故か」
「……何故、か?」
「あんたはモノノ怪の気持ちがわかると言った。それはどういう意味だ」
 知らず厳しい口調になった薬売りに、加世は口ごもる。
「意味……って言われても。そう感じる、としか……」
「感じる?」
「だって男って偉そうにする割に役に立たないし。いやらしい手でベタベタ触ってきて、嫌がるとケチだの出し惜しみだの文句つけて、そんなこと気にするな、いちいち騒ぎ立てるななんて、
あんたは気にしなくてもあたしは気にするってぇーの! そのくせ貞操を守らない女なんてクズだとか言うでしょ。どっちがクズよ。気持ち悪い、大っ嫌い!」
 怒涛の勢いで飛び出した悪口に、薬売りは目を丸くする。
 年若い娘特有の潔癖さ――だろうか。
「だから、懲らしめてやりましょ、て水江様と真央様が。女とおんなじ目に遭わないとわからないなら、わからせてやろうって。さとさんと三人でしてらしたのに、仲間に入れてもらったの。見た目がいいのは攫って閉じ込めて、そうじゃないのは力仕事でもさせといて。
表向き男が必要な部分には、操り人形を置いとけばいいし、その方が世の中よっぽどよくなりそう――って、そういうこと、なんだけど」
 加世は自信なさげに声を低めた。
「うん……さっきまでは、そう、信じてたけど……。今考えると、これってヘン……だよね……」
 薬売りはほぅと息を吐く。
「……珠生ってのぁ……誰、ですかね」
「たまき? うーん……知らない……と、思うんだけど……」
「――男共に嬲り殺された、可哀相な娘の名前でございます」
 ねぇ、さとや、と両脇にさとと水江を従え、赤い回廊から姿を見せた真央が、膳を捧げたさとに向かって笑う。さとだけでなく、水江もまた、気まずげに視線を逸らした。
「先代当主の伊行という男は、畜生にも劣る酷い男で」
 おっとりと、真央は水江によく似た顔で笑う。
「民が坂井に逆らえぬのをよいことに、見目よい娘を攫っては、この部屋で嬲っておったのです。息子の伊国もね。伊顕は手を出しませなんだが、それは気が弱ぉうてのこと。知りながら止めぬのでは、同じ穴の狢でございましょう」
「……よく、ご存知で」
 水江の娘というからには、それは真央の生まれる前ではないのか。
 問うた薬売りに、真央はさとに手を振って、格子の隙間から膳を差し入れさせた。
「可愛がっていただいたのです」
 真央は愛しむように胸元に触れた。
「私など、珠生様から見れば憎んでも憎みきれない者でしたでしょうに。おまえに罪はないと、たいそう優しくしていただきました」
「仇を――討つ、と?」
 亡き人の代わりに、世の男共へ復讐を。
 それが、理――か。

167:傀儡回し 10
08/01/31 19:21:15 /Rhywcci
 眼差しを厳しくした薬売りに、真央は笑う。
「さぁ? 私は女でございますから。物の道理などわかりませぬ。怨むというならこのさとも」
 白い手が、さとの背に触れた。
「珠生様の前は、さとでした。そして――」
 俯いた母を、真央は振り返る。
「――世間体から監禁こそされませなんだが、嫁という立場は弱いもの。あとはもう言わずとも……おわかりでしょう? そうして真央が生まれましたが、はてさて誰が父やら」
 くつくつと、真央は赤い唇で笑う。
「誰にせよ、坂井の血には変わりございませんねぇ。穢らわしいこと」
 不義の――そう、ただ祖父と母の間の子というのではなく、これ以上ないほど道を外れた挙句の子であると――その、己への疎ましさ。
 それが、真か。
 ひどい、と加世が呟く。その顔には女たちへの同情がありありと表れていた。
「――加世」
 優しげに真央は呼ぶ。
「縄を解いてあげようねぇ。心配したのよ、そこの男に怪しげな術をかけられて。今はもう、大丈夫?」
「……あの、あたし」
「皆まで言わなくてもいいわ。怖かったでしょう。許してね」
 加世の瞳が揺れる。はらりと解けた縄、痺れたのか小さな両手をこすりあわせて、薬売りと女達を交互に見やる。
「お食べ。それと、これも。私はあの男共ほど非道じゃないわ。食べさせておやり」
「あの……でも」
 加世は俯く。
「これって……本当に、意味があるん、でしょうか……」
「――加世!」
 ぴしりと飛んださとの声を、真央が押しとどめる。
「どういう、意味?」
「あっ、あのぉ……えっと、あの男達が、酷い、嫌な奴なのは本当です。真央様も水江様も、さとさんも、お気の毒だと思います。あの、でも、あたし……、あたしは、薬売りさんは悪い人じゃないと……思って。
そりゃ、あの、ちょっと考えなしなところはあるかもしれないけど、慰めてくれたし……。か、考えてみたら、あたしは、水江様や真央様みたいに、お家を取り仕切るなんてことできないし、誰かのお嫁さんになるんだって悪くないと思うし……。
女でも、そんな風に色々なんだから、男だからって皆がみんな、あいつらみたいな下種なんじゃ……ないかも、て」
 つっかえつっかえ訴える加世に、真央は、そう、と優しく微笑んだ。加世がほっとしたように息を吐く。
「真央様――」
「あなたも所詮、踏みにじられた経験がないから――わからないのね」
 笑顔のまま告げられた言葉に、一瞬加世が戸惑う。その前で、どぅっ、と殺気が膨れあがった。薬売りは声を張りあげる。

168:337
08/01/31 19:21:43 /Rhywcci
ごめんちょっと一旦中断。

169:名無しさん@ピンキー
08/01/31 19:40:19 Bx6S1mba
生殺しやっちゅうねんwww

170:337
08/01/31 20:03:38 /Rhywcci
>>169
ごめんw

すんませんでした、再開します。

171:傀儡回し 11
08/01/31 20:05:26 /Rhywcci
「――形と! 真と! 理によって!」
 懐から、鈴の音を立てて退魔の剣が飛び出す。
 女達が驚いたように目をみはった。どこから、と悲鳴のように叫ぶ。
「剣を――解き放つ!」

 どん、と髪がくねって、加世の悲鳴があがる。
 ぽたぽたと、傷つけられた頬から血が溢れた。
 ――薬売りの血だ。
 剣が、抜けない。

「何故……っ!?」
 狂ったような哄笑があがった。
「何が足りない!」
 知りたいか、と真央が笑う。
 さとが笑う。
 水江が笑う。
「ならばその身をもって知るがいい!」


  *


 ちりちりと、手足と首に巻きついた髪が肌に食い込んで痛い。
 髪の手入れをするときに、うっかり指に刺さることは稀にあるが、今加世の四肢を捕らえているそれは根本的に性質が違うようだ。一束にも満たぬほんの数本、それが意思を持つようにきりきりと絞まって、肌を切り裂く寸前でとどまっている。
 加世に許された装束は、その恐ろしい髪だけだ。あとは身を隠す術ひとつなく、くすくすと女達の嘲弄に晒されて立っている。格子の中は、意外と広かったのだなと思った。薬売りと、加世と、三人の女達で一杯だが、入れないことはない。
 若いねぇ、と水江の手が加世の肌を撫でる。その手のあまりの冷たさに、加世はふるりと身を震わせた。
「いい手触りだこと。張りがあって。……なめしたら楽器に使えそうねぇ」
 ぎくりと顔がこわばる。真央が笑った。
「お母様、加世が怯えているじゃあありませんか」
 するすると白い腕が背後から絡みついて、すくうように加世の胸を揉みあげる。
「っあ、」
 背に触れる上等の絹の感触、真央は角隠しこそないものの花嫁衣裳のままだ。衣服を着ている者の前で裸にされることが、こんなに心もとなく、いたたまれないものだとは知らなかった。


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