モノノ怪でエロパロ 2札目 at EROPARO
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50:名無しさん@ピンキー
08/01/09 23:08:57 nalUZrI8
GJ!!おつかれ!

続き待ってますからぁ!

51:名無しさん@ピンキー
08/01/10 00:16:32 YuYJhaws
GJ」。337ェオェモ゙ソェュェヌェケ
?ェュェャ?ェキェ゚」。」。+」ィ0??「」?」ゥ + ???? +

52:名無しさん@ピンキー
08/01/10 00:21:28 YuYJhaws
文字化けしちゃった(@@
337さんGJ!!
続きが楽しみです+(0゚・∀・) + テカテカ +

53:337
08/01/10 22:17:08 zk6nTSJ0
まとめサイト更新したよー。
多数決的に、女体化?ブツへのリンクは削除しますた。
前スレ809氏、イラストも収蔵させてもらいましたがよかったですか?
リンクはネタ元作品のタイトル隣にあります。

54:名無しさん@ピンキー
08/01/10 22:36:45 IMHuTyI1
>>53乙ー。
俺の記憶が正しければ、「加虐愛」にドS氏によるイメージイラストがなかっただろうか。
あれも保存できれば更に嬉しいな。

女体化?のやつ、どうも「薬売りは中性」という脳内設定な感じだったな。
特殊な設定のやつは、投下する前に皆の意見を聞いた方が良いと思う。

55:337
08/01/10 22:55:38 zk6nTSJ0
>>54
うん、あった。だが自分が保存してないんだorz
なにせ自分がスレに出没する前のもあって……。
誰かデータ提供してくださいお願いします。

56:名無しさん@ピンキー
08/01/11 00:06:14 IJ9COPzY
2スレ目15です。337氏乙!
wikiの勉強がてら自分の作文修正してみた。
改行は深く考えずに~~で<br>一個分だと思うよ。

ドS氏の画像、自分も持ってないや…。力になれずすいません。
あと、あんな短い文にレスくれた方々ありがd!
嬉しかったです。

57:名無しさん@ピンキー
08/01/11 21:45:10 4d8sFeMD
道中、夕立に見舞われたる折、雨宿りの席同じくするは紫煙くゆらす隻眼銀髪の薬売り。
類は供を呼ぶとはよく言ったものだ。
「お邪魔、します」
「ああ」
「参りましたね」
「まったくだ。ろくに前も見えやしない」
「しかし、すぐにやむでしょう」
「だな…あんた、同業者か」
「貴方が、薬売り、ならばそうなります」
「いや、そっちの仕事じゃない。なんというか、人ならざるものを扱う仕事、してないか」
「…はて、なんのことやら」
「はは、言いたくないならいいけどな。あんたから"奴等"が逃げてくもんで気になっただけさ」
「…」
天秤を一つ指に載せると、チリン、と男にむけて首を傾げた。
「あなたも、少し違いますね」
「片目を奪われたときに、俺は半分奴等になっちまったのさ」
「…やはり違いますね」
「ん」
「同業者ではない、ということですよ」
「ああ、どうやらそうらしいな」
雨が上がり、左からきていた隻眼の薬売りは右に、右からきていた薬売りは左に向けて歩きだした。
彼らは知らない。
既にもう一方の薬売りが通った道では薬がうれず、二人とも飯の種に困ることになる未来を。


58:名無しさん@ピンキー
08/01/11 22:27:49 L04BfdNu
うおぉ!! ギンコと薬売り、夢の共演www

59:名無しさん@ピンキー
08/01/11 23:03:40 iPDA5Qz2
?? 夢の競演はいいんだが・・・
エロパロでもないし、投下前のレスもないし・・・誤爆?それとも続きあるのかな?

60:名無しさん@ピンキー
08/01/12 00:13:17 MEV5vPpS
短いけど、前スレ>>818続き



 薬売りらの舌が手が、加世の肌を丹念になぶっていく。柔らかく吸いつくかと思えば弾力をもって指から逃げる感触に、どれだけ触れても飽きる気がしなかった。まして時折甘い声をあげられ首を左右に振って耐えられては、腰が疼いて仕方ない。
 薬売りたちは揃って心の中で刻を数える。先ほど加世に飲ませた薬が効いてくるまで、あとどれくらいかかるだろう。狂わせてみたい、求めさせてみたい。ぽってりとしたこの愛しい口唇が、一言欲しいと漏らしたら、一体どんな心地がするだろう。
 終わった後、怒られますかねぇ……と、どれかがちらりと思う。それは共有意識の内を伝播して、ちらちらと薬売りたちの目の中に後ろめたさがよぎった。

 本当は、この辺りでやめておいた方がいいのだと……、誰に言われるまでもなく、わかっている。

 末っ子と揶揄混じりに呼んでいても、あれだとて自分には違いない。もっと打算的な部分でも、この行為に加世が負の印象を抱いては、長期的に見て不利になるばかりだと――承知しては、いるのだが。
 自制が、きかない。
 いや、引きとめようとする声を振り切って、確信的に踏み外そうとしている。
 加世が応えてくれた、今も応えてくれる、その喜び。何度でも確かめたくてしかたない。
 浮かれ騒ぐ心は、一方で憂さ晴らしの酒に似た不安定さを内包している。人は変わるもの、そして儚いもの。想いの成就は同時に喪失の恐怖を薬売りに与える。

 明日だの未来だの、そんな不確定なものより今が欲しい。

 業が深い、と薬売りらは自嘲する。それでも今は、何も考えずに加世を味わいたかった。
 今だけは、せめて。

 薬売りらの真ん中で、加世の体が震える。潤んだ瞳、濡れた睫毛がうっすらと開いた。
「……く、薬売りさん」
「はい」
「なんです?」
「あ……な、なんか、あたし……ヘン」
 切れ切れに訴えられる言葉に、沸き立つ心と、申し訳なく思う感情とを同時に押し殺し、薬売りたちはしゃあしゃあと口を開く。
「変?」
「別に、どこも変ではありませんよ?」
「綺麗ですよ」
「可愛いですよ」
「そ、そうじゃ、なくってぇ……」
 もじもじと擦りあわされ始めた膝に、薬売りたちが密かにほくそえんだ。



精神的に『がっつかせて』みたー。
新スレでも職人さんたちの素敵な連携プレイが見られることを祈って、
ヘイ、パス!

61:名無しさん@ピンキー
08/01/13 00:43:38 CehCK+WL
改めて読み返すと、結構いろんなエロパターン網羅してるんだな。
あと足りないのは触手くらい?
薬売りズなら触手くらい出せそうな気もするがw 妥当なとこだとモノノ怪に
ヤられちゃう感じだろうか。
そういえば旧化猫じゃハイパーの模様が空中に飛び出してた…使える?w

ドS氏の、加世の玩具にされてるハイパーは、模様ない状態かぁ。

62:名無しさん@ピンキー
08/01/13 01:02:50 miMMRVkZ
>>61
寝てるんだから目玉模様閉じてたりして。
目覚めると共にバチバチバチーって見開くとか。

二人同時にびっくりするぞ?


63:名無しさん@ピンキー
08/01/13 03:10:52 q2685DQP
そこでタコを使うんだ

64:名無しさん@ピンキー
08/01/13 06:41:15 EKMgeVCG
>>60
精神的がっつきうわあああああ!!
青春スーツ着用したな、薬売り。すばらしい。

>>63
イッた瞬間に墨を吹かれて茫然自失の加世と笑ってよいものかどうか悩む薬売り

65:名無しさん@ピンキー
08/01/13 08:41:10 4uWp6GLF
展開迷ってたら先越されたw
GJな>>60続き




その間も刻一刻と、加世の様子は目に見えて変化していく。
「あ……、ああぁ……っ」
耳朶に吐息がかかれば声を上げて仰け反り、爪の先で胸の丸みをなぞられれば全身をびくびくと震わせる。
薬売り達の柔く緩やかな愛撫に対し、明らかに、過剰な反応を返すようになってきた。
太めの眉を切なそうに寄せて、乱れ始めた吐息を何とか整えようと浅い呼吸を繰り返す。
「だ、だめぇ……あたし、やっぱり、ヘン……っ!」
ゆるゆると首を振りながら懸命に、内側から沸いて溢れ出ようとする何かをどうにか抑え込もうと、自身の腕で己が身を抱きしめ、赤子のように丸くなろうとする。
それをやんわりと両側の二人が押し留め、手の甲、指先へと口付けを落としながら宥めすかした。
加世の身の内で熱く悩ましく暴れるものが何であるのか、一服盛った当人達からすれば分かりきったものではあるが。
「変……とは?」
「どういう、ことです」
「加世さん」
空惚けて問いかける薬売り達に、加世は頬を紅色に染めたまま、心細げな、縋るような涙目を向けた。
平素のきゃいきゃいとした、陽の気の塊のような加世の溌剌さは薬売りの好むところであるが、そんな娘が垣間見せるしおらしさ、弱さは、滅多にお目見え出来ぬものであるからこそ、男の心をざわざわと煽り昂ぶらせる。
ましてやそれが、自分(達)だけが見ることの出来る、自分(達)だけに向けられた媚態であるなら尚更。
「加世さん」
「加世さん……」
これ以上ないほど優しく甘く囁きかける薬売り達に、信頼かはたまた観念からか、加世は自らの吐息で湿った唇をわななかせながら、「からだがあついの……」と消え入りそうな声で白状した。
「あ、あつくて……苦し……っ、やぁん、なん、でぇ……!」
「落ち着いて」
「大丈夫、ですから」
「落ち着いて」
「そう、落ち着いて」
口々に宥められつつも、加世は男達の前で無意識に腰をくねらせ、閉じた膝をいっそうもどかしげに擦り合わせる。
汗に濡れた褐色の肌が益々熱を持ち、まるで色を混ぜ込んだように全身が赤味を増す。
温かそうで、実に美味そうな色、だ。
加世を見る薬売り達の目の色も変わっていく。いや、澄ました面を被り続けていることが既に、ままならなくなってきただけだ。


66:名無しさん@ピンキー
08/01/13 08:49:33 4uWp6GLF
続き



「加世さん」

一人のひと声が、合図となった。

「私、達に。……どうして欲しい、ですか?」
一人が、指先で膝頭から太腿にかけてをつぅとなぞった。
「ひぁっ!」
力んでいた膝が緩んだところへすかさず、一人が体を割り込ませる。
加世の脚の間を陣取った一人がとんと軽く肩を押せば、その体は簡単に傾げ、待ち構えていた一人が抱きとめた。
胸の膨らみの下から脇腹を通って腰、さらにその下へ、脚の付け根の線に沿って中心に向かうように、指を這わせる。
加世の腰がびくりと跳ねたが、その指は肝心なところへは触れず、引きかえしてしまう。
「やぁ……っ!」
泣きそうな声が加世の口から飛び出す。その声音に落胆が混じっているのは、決して気のせいではない。
その後も焦らすように、白い手がかわるがわる、軽く触れては離れてゆく。
「加世さん」
「教えて、ください」
「私に」
「私達に」
「して欲しい、こと」
柔らかな快楽も、熱を持て余した体で受け続ければ、それはもはや拷問に等しい。
加世の理性の箍は、そろそろ限界に達しようとしていた。
「お、おねが、い……」
切羽詰った、嗚咽を堪えるように途切れがちの、けれども甘い声。
「もっと、触って、ください……っ!」
その言葉を聞いた途端、脚の間にいた一人が加世の腰を抱え込み、下腹を押し付けてきた。
熱く硬く存在を主張する男そのものが、ぐっしょりと濡れそぼった娘の花弁に張り付き、肉の芽を擦り上げた。



がっつきながらも涼しい顔して痩せ我慢w
お返し焦らしプレイの後まだ突っ込んでねぇー
こんなところでヘイ、パース!

67:名無しさん@ピンキー
08/01/13 10:33:29 qBBHLst7
>>65-66
朝っぱらからなんというGJ!
やっべ萌えが止まらない。これから仕事なのにwww

68:727
08/01/13 13:34:57 YzAewvHY
業務連絡。
2スレ目、ここまでのリレーをまとめのほうに収蔵済です。
展開迷ってたらずんどこ話が先行っててアレヨアレヨという感じだw

しかし「がっつく」、職人さん達のツボに入っちゃったんだろうか。

69:名無しさん@ピンキー
08/01/13 19:06:11 eYQAQHBJ
727氏乙! ありがd。

>>65-66
GJGJ!!
職人様方、できればでいいんですがパイズリとかも見たいでs

70:ドS
08/01/13 20:22:38 5jG7DJZm
727氏乙です。
俺のイラストはまたupできるんだがここにupすればいいの?

71:337
08/01/13 20:42:45 qBBHLst7
>ドS氏
ああ、ご本人降臨よかったー!
ここでもいいし、直にWikiにうpでもだいじょーぶです。
Wikiの場合は、編集ページに画像うpフォームがあります。
ここにうpなら、掲載方法をお選びください。

1.本文とは別ページにまとめうp
2.本文とは別ページに1枚ずつうp
3.本文の最後にまとめうp
4.本文の該当箇所に適宜挿入うp

Wikiへの画像うpのやりかた、まだ自分でもよくわかってないんですがw
1枚ならわかるんだけど……。

72:名無しさん@ピンキー
08/01/14 04:26:17 0pkaT1vQ
>>69
シックスナイン乙w

パイズリは無論だが尻ズリも変態プレイ臭くて良いとは思わんか
いやイキナリ後ろ突っ込むのも可哀想だからさ
まずはそれで慣らすとかさ

73:名無しさん@ピンキー
08/01/14 05:15:09 XejC8MpX
もしかして薬売りsはこういう会話を脳内で交わしあってんのかw

74:名無しさん@ピンキー
08/01/14 08:05:55 JZV1wgYy
天秤ズだった住人たちが、いつの間にか薬売りズに…www

75:名無しさん@ピンキー
08/01/14 10:21:47 lTIU77N3
モノノ怪を退治できる住人が集まるスレはここですか?w

76:名無しさん@ピンキー
08/01/14 18:01:37 xV/NC4wr
むしろこの変態的執着と欲望はモノノ怪の域w
この因果と縁に感謝いたしたく候w

77:名無しさん@ピンキー
08/01/14 19:53:26 JZV1wgYy
某所のSSじゃないが、薬売りの中にもやっぱり男としての
モノノ怪はいるんだなあ

78:337
08/01/15 00:19:09 PI9DF8wV
エロエロな流れをぶたぎって、天秤の人参上ー。
生き残り組前半投下。たぶん全7レス。

79:前と後の事語り〜再び化猫〜 10
08/01/15 00:21:22 PI9DF8wV
〜木下文平〜

 貧相なちゃぶ台の上に、寄木細工のオルゴオルが乗っていた。
 木下はひとつ溜息をつくと、ねじ回しを手にオルゴオルの蓋を開ける。覚悟は
していたものの、中でぐるりと輪になっている猫たちが一斉に木下を見上げるのに、
思わず肩が強ばる。真鍮製だろうか。鈍い金色に光りながら、すました顔で座って
いるもの、腹をみせて転がっているもの、丸くなって寝ているもの、前肢を伸ばして
うんと伸びをしているもの。親指ほどの大きさだが、毛の一本一本まで彫り込まれた、
なかなか精緻な出来の猫たちだった。裸電球が放つ橙色の光を、目の位置に
嵌め込まれた硝子玉がきらりと反射して、木下は思わず視線を逸らす。
 そのまま視界に映る自分の部屋は、狭いが片づいてはいる。珍しいのね、と昼間
笑われたことを思い出した。身辺整理をしているなどと言えるわけもなく、曖昧に
笑ってごまかしたが、不審に思われていたようだ。田舎から母が上京してきたことに
でもすればよかったか。
 木下は意を決して目の前の猫と向き合うと、息を詰めるようにしてネジを探り外して
いく。こまごました部品を手順ごとに番号を振った空き箱へと分類し、雑紙に軽く
図面を引いた。猫の乗った細工部分が外れると、大急ぎで布を被せる。トパァズ色の
視線が遮られて、大きく息をついた。
 幼い頃から機械の類が好きだった。歯車やネジといった鉄屑を集めては、うっとりと
眺めたり、拙い手つきで組み立てようとしたものだ。長じるにつれ、整備そのものより、
大型機械を自分の手で動かす華やかさに憧れて電車の運転士になったが、玩具の
修理くらいならわけもない。それを知っている女が、動かなくなってしまったオルゴオルを
直せないかと、昼間持ち込んできたのだった。
 大叔母にもらったのだと言っていた。音楽にあわせて、猫たちがくるくると回転する
細工らしい。見た目からしてかなり高価なものだろう、西洋文明の洒落た気配がする
それは、うらぶれた男一人暮らしの部屋からいかにも浮いていた。
 そんなことないわよ、と女は楽しげに笑って、木下の制服にブラシをかけていた。
これだって十分にハイカラじゃない?という言に、それは仕事着だからと苦笑した覚えが
ある。身分違いというほどに差があるわけでもないが、良いところのお嬢さんと言って
いい程度に実家が裕福な女には、いまいちピンとこなかったようだが。
 オルゴオルの箱をひっくり返し、今度は裏からネジを外していく。箱の中に手を
突っ込んで支えると、内蓋の赤いビロオドが、つやつやと手先に触れた。
 出世したかった、と思う。今更言っても詮無いことだとわかっていても、繰り返すことを
やめられない。出世して、彼女に釣り合う男になって、堂々と先方の両親に挨拶に
行きたかった。しかし、それはもう叶わない。

80:前と後の事語り〜再び化猫〜 11
08/01/15 00:23:23 PI9DF8wV
 一昨日木下の元へやってきた門脇は、そんなに重い判決にはならないだろう、
情状酌量もつくはずだと言っていた。だが、それでももう運転士を続けることは
無理だ。職場はたちまちに居心地の悪い空気へと変わった。暗黙のうちにかかる
圧力に、自然と背中が曲がり、うなだれて過ごす。左遷か、辞職か、解雇か。
地下鉄開通だけを見れば世は華々しい変化を続けているが、その背後には不況が
暗い影を落としている。仮に会社を辞めたとして、すでにそこそこ年齢のいって
しまった木下に、再就職先があるだろうか。
 こんな状態で、結婚など望めるはずもない。
 ――していなくてよかった、と言うべきだろうか……。
 一人身ならまだなんとかなる。なんとかならずとも、野垂れ死ぬのは木下だけだ。
女や、もしかしていたかもしれない子供と、心中するようなことにはならない。
 懸案事はそれだけではなかった。
 今も時々背後から、底光りする猫の瞳が見つめている気がする。もし、もう一度
でも木下が何かを間違えたなら、即座に飛びかかろうと喉奥で低くうなり、爪を研ぎ、
牙を剥き出している。人の道理を解さぬ狂った畜生は、怒りのままに木下の周りをも
殺し尽くすかもしれない。
 あの鋭い爪に、愛しい者を引き裂かれるくらいなら。
 怯え惑いながら生きていくのは、木下ひとりでいい。
 入り組んだ作りからようやく内蓋を取り外すと、組み合った歯車が見えた。かりかりと
ぜんまいを巻いて動きを観察する。ひとつひとつはなんということもない金属片だと
いうのに、その切り欠きが噛み合い連動して大きな動きとなっていく様は、毎度のこと
ながら感心する。近代の象徴、無駄を削ぎ落とした美しさ。
 どうして人はこのように在れないのだろう。純粋に目的にのみ邁進していればいいのに、
見栄だの恨みだのと鬱陶しく、挙句に他人を巻き込んで人生をめちゃくちゃにする。
 木下の視線が止まる。美しい回転運動が一点で止まっていた。これのせいか、と
その周囲を見ると、バネがひとつ外れている。何かの衝撃で引っかかっていた部分が
落ちたのだろう。ピンセットでつまんで戻し、再度ぜんまいを巻いてみると、突起に
弾かれた金属がぽろぽろと音を立てた。
 直った、と木下は笑う。よかったな、と箱の外側を撫でた。音を奏でるためにある物が、
歌えないのでは辛かろう。これからは存分に、彼女とその家族へその澄んだ音色を
聞かせてやればいい。
 再度内蓋を戻し、順にネジを締めていく。布の下から取り出した猫も、もうさほどに
恐ろしくはなかった。取り付けると、なるほど金属の輪がゆっくりと回転して、その上の
猫たちも回る。硝子玉の目にあたる光の角度が変わって、きらきらと光るのが綺麗だった。
 木下は箱の中に封をした手紙を忍ばせると、そっとオルゴオルの蓋を閉じた。




81:前と後の事語り〜再び化猫〜 12
08/01/15 00:24:58 PI9DF8wV
「おい、新入り。客だぞ」
「客?」
 木下は機械油にまみれた顔をあげる。洒落た制服はあちこちに染みのできた
作業着に変わったが、なんとか職は失わずに済んだ。スパナを置いて新しい
上司を見上げると、頑固親父は倉庫の入り口のほうへ顎をしゃくる。かつかつと
高く靴音を響かせ、こんな場所には不似合いのスカート姿で現れたのは、
木下が先日手紙で別れを告げたはずの女だった。
「ど、どうしたんですか!?」
 目が腫れぼったいのはよほどに泣いたのか。何があったのかと、思わず
駆け寄ると、ばっちーん! という音とともに目の前に星が散った。
「ど、どうしたはこっちのセリフよ! な、何よこれぇっ!?」
 ぐしゃぐしゃに握りつぶされた手紙は、木下が書いたものだ。
 この女にだけは、どうあっても誠実でいたかった。
 悲恋に酔った気分もあったかもしれない。先日の事件のことを、化猫の件も
隠さず赤裸々に綴った。信じてもらえなくても仕方がないが、伝えておきたかった。
 いい加減なことを書いてと怒っているのだろうか。別れることには変わらない
だろうに、わざわざ職場まで押しかけて殴るほどに怒らせるとは思わなかった。
とりあえず激昂しすぎてまた泣き出した女を宥めようと、木下は慌てて口を開く。
「いや、これはあなたをからかおうとした訳ではなくて、本当のことで……」
「事故起こしたのは知ってるわよ! 市長汚職に関わりがあるんでしょ!?
新聞、国民日日も毎朝も東京も、売店に並んでるだけ全種類買ったんだから!」
「はぁ……」
 そうですか。
 迫力に押されて思わず口ごもると、ぎっ、と真っ赤に充血した目に睨まれる。
「だからってどうして別れなきゃいけないの!? し、しかもこんな、一方的に、
手紙だけで! あっ、あたしは別に、出世しそうだったから文平さんを好きに
なったわけじゃないわよ!!」
 しゃくりあげながら詰られて、木下はひたすらにおろおろする。そもそも木下は
女性に人気のある性質ではない。女の扱いには慣れていないのだ。こんなとき
一体どうしたらいいのか、皆目見当もつかない。
 わかってたけど、と女は泣きながら続ける。
「そういう、肝の小さいところが好きなんだけど! でもこれってあんまりよ!」

82:前と後の事語り〜再び化猫〜 13
08/01/15 00:26:43 PI9DF8wV
「……はい?」
 何が好きですと?
「いちいち世間体を気にして、なにかとおどおどびくびくして、なのに一生懸命虚勢
張って、人に裏切られるのが怖いもんだから、絶対言うこときく機械が好きな、
そんな文平さんが好きなのよ!」
 どう聞いても貶しているようにしか聞こえない言葉を吐ききって、女は少し
落ち着いたのか、ごしごしと目元を擦る。いつになく子供っぽい仕草に、木下の
鼓動が跳ねた。
「……だ、だって。電車の、運転手さんて、乗っているお客様、すべての命を
預かっているんでしょ。それで、時間も預かって。もし遅れたら、人生を変えるような
受験とか、会議とか、商談とか、もっと言うと親の死に目に間に合わなかったりする
かもしれないお仕事でしょ。小心なくらいでちょうどいいけど、竦んでしまっても
いけなくて、秒針とにらめっこしながらいっぱい心配して心配して、それでもぎりぎりで
踏み止まって、逃げずに勤めた文平さんは、立派だと思ってたの」
 脳天を、思いきり殴られたような心地がした。
 ――そんな。
 そんな上等な男じゃない、と反駁しかける。
 口を開いて、でも、何も言えぬまま閉じて。
 自分は何もわかってなかったのだと、今更悟った。心のどこかで、今も己は
被害者だと思っていた。巻き込まれただけ。不運だったと。
 違う、のだ。違った。自らが犯した過ちが、この期に及んで身に染みて、鳥肌が立つ。
 彼女は、木下の運転する電車に安心しきって乗っただろう。なんの心配もせず、
定刻に目的地へ着くことを疑いもせず、木下にすべてを委ねて。
 その、全幅の信頼を。
 自分は、完全に裏切っていた――のだ。
 運転士として新人の頃、うるさいほど言われた訓辞があった。命を預かるということ。
木下にとってこの女が大事であるように、電車に乗った一人一人に大事な人間が
いるという事実。否、本当はずっと言われてきた。慣れに任せて聞き逃してきた、
幾多の声の、その重み。
 取り返しがつかない――。
 じわりとせりあがった塊に喉を塞がれて、鼻が詰まって、声にできない。がばりと
頭を下げ、すまない、と心の中で何度となく繰り返す。
 彼女はそんな木下の頬に手を添えるとぐいと頭を起こさせた。

83:前と後の事語り〜再び化猫〜 14
08/01/15 00:28:43 PI9DF8wV
「そんな文平さんを誇りに思ってた。けど、文平さんは機械じゃないのよ、
わかってる? ひとつ疵がついたからってハイおしまいってんじゃないでしょう?
あたしだって機械じゃないんだから、たとえそれが文平さんの好みじゃなくっても、
そう簡単にこんな酷い言い様受け入れたりしないんだから。ご遺族に頭下げる
ならあたしも下げる。世間の人が罵るなら一緒に罵られてあげる。……だから、
この先の道がどんなに辛くたって、お願いだからあたしのために頑張って」
 次第にまた涙声になる言葉を、信じられない気持ちで聞く。白い柔らかな手が
頬から下りて、木下の機械油で黒く汚れた手を握った。濡れた目が木下を
見つめて、それがあまりにも綺麗だった。
「――生きて戻ってきてくれて、ありがとう」
 思わず強く握り返した手は、しばらくして「あー、」と空咳をした整備長と、
微笑ましげな同僚たちの視線に二人が我にかえるまで、つながれたままとなる。



〜山口ハル〜

 三角巾をかぶり、たすきをかけ、前掛けもつけて、ハルは掃除の支度を
万端整える。がさがさと古新聞を床に広げ、納戸を開けた。斜めに差し込んだ
日差しに、ちらちらと埃が舞い光る。
 納戸の中には、様々にガラクタが詰め込まれている。日頃さして多くを
買い求めているつもりはないのに、ただ暮らしているだけでずんずん物が
増えていくのは何故だろう。
 ハルは大小の箱をひっぱりだしては中身を検分する。季節の贈答品、古着の
端切れ、女ふたりで食べきれぬまま古くなった缶詰、昔いっときだけ嗜んだ
刺繍の糸束、
 夫の遺した昆虫標本――。
 こんなところにあったのか、とハルは標本箱を取りあげる。放っておかれた割に
さほど傷んではいないようで、埃に汚れた硝子窓を拭うと、つやつやと輝く甲虫
やら翅の薄い蜻蛉やらが姿を表した。
 真面目で物静かで、時に気が弱いふうだった夫が、唯一夢中になるのが虫だった。
旅行に出かけるときは必ず虫取り網とカゴ持参で、向けられる奇異の目に、
なんとも言えぬ気分を味わったものである。正直ハル自身は脚の多いものが
得意な性質ではなかったので、家の中に持ち込まれた虫カゴの中身に悲鳴を
あげたこともあった。服も靴も泥だらけにするわ、一旦標本作りに集中し始めると
生返事しかしないわ、そんなとき迂闊に部屋を掃除すると怒るわで、長きにわたり
夫婦喧嘩の種だった。いつまでも夫が虫などに夢中なのは子がないからだと、
姑に責められ泣いたこともある。

84:前と後の事語り〜再び化猫〜 15
08/01/15 00:31:14 PI9DF8wV
 ……懐かしい。
 几帳面にひとつひとつ記されたラベルを指でなぞる。久しぶりに見る、夫の字だった。
 さらに奥を探ると、夫が愛用していた図鑑やらルーペやらの一式も出てきた。
丹念に埃を払い、黴びていないかひっくり返して確認する。あまり湿気のこもる
場所でなくてよかった。でなければ今頃、虫を苗床にキノコが生えていたことだろう。
 はらはらと、図鑑をめくってみる。白黒のペン画に夫が自分で彩色したもので、
昔はよく見せられた。やがてハルのひきつった顔に気づいたか、夫は無理に見せる
ことはなくなったが、はて、それは結婚してからどれだけ過ぎていただろう。ハルとしては
せいぜい蝶の頁くらいしか受けつけなかった。
 今見ても、やはり夫が心底慈しみ褒め称えたように美しいものだとは到底思えなかったが、
あちらこちらに書き込まれた夫の文字は、溢れるほどの情熱を伝えてくる。この関心の
何分の一かでもハルに向けてくれればよかったのだが、と苦笑して、折り癖のある頁に
出た。しおりのように、一葉の写真が挟まれている。
 こんなところに、とハルは眉を寄せた。滅多に撮るものでもないのに、きちんと
保存しなくては、傷んでしまうではないか。
 取り上げて、ハルはぎくりと体を強ばらせる。猫を抱いた若い女の姿に、先日の
出来事が一瞬まざまざと甦った。
 小さく悲鳴をあげて図鑑に叩きつけるように裏返す。大きく肩を上下させて深呼吸を
繰り返すと、恐る恐る、まためくってみた。
 なんのことはない、それはハルと夫の若い頃の写真だった。ハルはまだ二十か
そこらだろう。慣れないカメラに照れをにじませながら、幸せそうに笑っている。
 旅先――だったはずだ。
 懐こい猫を可愛がっていたら、カメラを下げた男が、一枚撮らせてくれと言ったのだ。
 虫ではなく鳥が好きだということだったが、好事家同士、夫と妙に話が合っていた。
旅行後この写真が送られてきて、しばらくは季節の挨拶もしていたように思ったが……。
 何故こんなところにこの写真が、とハルは再度図鑑に目をやる。
 深い、瑠璃色の翅を広げる蝶の頁。
 こればかりは、初めて見たときからハルも綺麗だと思った。確か南方の島々に
生息するものだったはずだ。本物はもっとずっと美しい色で、それこそ宝石を砕いて
惜しみなく降り注いだようなのだと、熱く語った口調を思い出す。まだ付き合い始めの
頃、だったような……。
 傍らに添えられた、青インクの走り書きに目を落とす。
『ハルさんが好きになってくれた。嬉しい。』
 がっ、と頬に血がのぼった。あわあわと周囲を見回し、再度読み直す。当たり前だが
文面は一文字も変わらなかい。思わず図鑑を閉じてしまう。
「……あなた」
 まったく、何を書き残しているのだ。写真と、ハルが好きになった虫と、走り書きと。
こんな、図鑑の中なんかに、心の内を揃えて閉まっておくなんて。
「――ハルさん、ハルさん。いないのかい」
 ふと耳に届いた姑の声に、はいと慌てて返事をする。出ていこうとしたが、足の
踏み場がない。急いで道筋を作るが、姑が顔を出す方が早かった。

85:前と後の事語り〜再び化猫〜 16
08/01/15 00:32:44 PI9DF8wV
「一体何をやって――おや」
「すみません、お義母さん。少し、納戸の整理をと思って」
 どんな小言が来るかと身構える。呼んだらすぐに来てくれなくては困る、年寄りの
方を歩かせるなんてと愚痴られるか、あるいは散らかし過ぎだと嫌みを言われるか……。
 しかし、姑が口にしたのはそのどちらでもなかった。
「忙しいとこ邪魔したね」
 拍子抜けするほどあっさりと、姑はハルに背を向ける。障子戸を閉めかけた、
細い手がふと止まった。
「……ハルさん、あんた、あの男とは別れたのかい」
 背を向けられたままの不意打ちに、ハルは中途半端に腰をあげたまま静止した。
肩越しに振り向いた姑が、なんて顔をしてるんだい、と荒く鼻息を吐く。
「あの子が死んで五年だ。出て行くってんならあたしも止めやしないよ、せいせい
するさ。だけどあんた、男を見る目がないよ。ろくな噂がないじゃあないか。どうせ
再婚するなら、あの子以上の男を見つけといで」
 ふん、と顔を戻し、去ろうとする姑に、ハルはへなへなと腰を下ろす。
 ――知って、いたのか。
 知っていて、黙って見守っていたのか。
「お義母さん」
「なんだい」
 ぶっきらぼうな声音に、謝罪など受け入れられないだろうな、と思う。迷いながら
言葉を探して、結局無言で頭を下げた。
 姑もまた何も言わずに息を吐き、体の向きを戻すと、はいよと手拭を出す。
きょとんと見あげると、ハルに無理やり押しつけるようにして、今度こそ去っていった。
 ゆらゆらと視界が歪む。
 その段になってようやく、ハルは自分が泣いていたのだと知った。
 古い写真の中で、猫はただ満足そうに目を細めている。



   つづく

86:337
08/01/15 00:34:54 PI9DF8wV
次回に正男と門脇がきて、ゲスト終了。
その次にチヨと薬売りの話が来て、全編終了(`・ω・´)
長くてごめん、もーちょい付き合ってね。

87:名無しさん@ピンキー
08/01/15 01:25:57 R/tH64Cb
みじゅえの生まれ変わり?がイイ女だぁぁぁ!
そして337氏の手にかかるとハルが可愛く思えて困るw

88:名無しさん@ピンキー
08/01/16 07:03:08 hL+QK/Np
元の話のイメージはそのままに話膨らませられるのがすごいなー!
標本のくだりにホロリ…

89:名無しさん@ピンキー
08/01/16 10:50:32 f+Onb4L5
お義母さんにぐっときた…!!

90:337
08/01/16 20:53:57 KaKpRRn6
さと話書いた影響か、自分の中でハルさんは可愛いキャラらしいんだw
我がことながらよくわからない。

投下いきます。ゲスト話完結5レス+α2レス?
+αについてはもっかい下で書きます。

91:前と後の事語り〜再び化猫〜 17
08/01/16 20:56:11 KaKpRRn6
〜小林正男〜

 今月分だよ、と渡された封筒を、正男は深くお辞儀しながら両手で受け取った。
給料日の午後は、半日だけ休みがもらえる。月に一度自宅に帰る日、正男以外の
住み込みの少年たちも荷物を抱えて並んでおり、狭い店の中に浮かれた空気が
漂っていた。
 牛乳瓶がずらりと詰まった重量のケースを軽々持ち上げてみせる店長は、
今日も立派な力こぶを披露しながら、どんと少年らの前にハネ物の牛乳を詰めた
箱を置く。運送中に蓋が外れたり、瓶にヒビが入ったりしたが、飲む分には
問題ないものだ。一人三本、土産に持ち帰ることを許されていた。基本的に毎日
牛乳を配達させるような客は金持ちだ。その瓶が自分の物として手の中にあると、
その白さは仕事中見る以上に輝いて見える。
 声変わりも済まない少年たちは甲高くさざめきながら、もう少し年長の少年たちは
やや寡黙に格好をつけて、次々に自転車へまたがって町の方へ消えていく。
見送る正男の背に、店長が、野太い声をかけた。
「どうしたぃ正男。帰らねぇのか。言っとくが遅刻したら晩飯は抜きだぞ」
 はい、と正男は頷く。育ち盛りの少年たちの食欲の前に、用意された食事が残る
ことなどありえない。食事時はいつも戦争で、時間に間に合わない方が悪いのだ。
 正男の視線を辿った店長が、ああ、と頷いた。
「今日はあの姉ちゃんらが来る日か。言伝なら預かってやるぞ」
「いえ。今日は自宅に帰るって、こないだ言っておいたので」
 霧ヶ原陸橋の上では、供えられた花々が鮮やかだった。なんだろうと足を止めた
通行人が、花に埋もれるようにして重なった新聞に事情を悟ったように頷いて、
手を合わせるのが見えた。
「なら、とっとと行ってこい。日が暮れちまうぞ」
 はい、と正男は頷いて、吹っ切るように自転車へ駆け寄る。ぐいとペダルを
踏み込み体に加速がかかったとき、色気づいたかな、とおかみさんへ笑う店長の
声が、微かに背中に届いた。
 ――そんなんじゃない。
 チヨは綺麗だと思う。優しいし、いい匂いもするし、その割に気さくで、話しやすい。
あの事件の渦中でも、正男のことを結構気にかけてくれた。小学校を卒業した
年齢の男が泣くなんて、今思い返せばちょっと恥ずかしいが、チヨは軽蔑したり
しなかった。子供扱いされてはいるが。
 前回会ったときは、背ぇ伸びたねぇー!と驚いたようにイガグリ頭へ手を
乗せられた。男の子は伸び始めると早いから、きっとすぐに追い抜かれるわよ、と
ハルが笑っていたことを思い出す。

92:前と後の事語り〜再び化猫〜 18
08/01/16 20:58:44 KaKpRRn6
 ――子供、なんだなぁ……。
 ぐいぐいとペダルを踏み込み、風を切る。途中までは毎朝通う配達経路だが、
途中で角をひとつ曲がった。
 自分で金を稼いではいる。鞄に大切にしまいこまれた給料袋は、弟らの大事な
学費になるはずだ。持ち帰る牛乳も、競いあって飲むだろう。初めて給料の袋を
母に渡したときの誇らしい気持ちと、押し頂くようにして受け取った母の、
お疲れ様です、というそれまで聞いたことのなかった声の響きは、たぶん今日も
変わらずもたらされる。
 だが、やはり正男はまだ子供で、見えるところ、見えないところでたくさん大人が
助けてくれているのだ。
 あの事件の関係で、正男は一度警察に呼ばれた。そうして帰ってきた正男を、
少年らはまるで英雄のようにもてはやしたが、別にたいしたことがあったわけでは
ない。警察の事情聴取というのは同じことを何度も何度も繰り返し聞かれるので
うんざりしたが、門脇の口添えもあってか、若い刑事にお菓子やら丼飯やらを
やたらに勧められた方が、よほど記憶に残っている。たいしたことが話せるわけ
でもない正男に、しっかり食って大きくなれ、と、笑って背を叩いてくれた。
 保護者として店長もついてきて、仕事に穴を開けることに恐縮する正男に、
むっつりして腕を組みながら、気にするなと言ってくれた。正男は親御さんからの
大事な預かりものだと、店にいる間は俺が父親なのだから下げる頭は下げにゃ
なるまいと言ってくれた店長の背中はいつも以上に大きく、正男は己が急に
小さくなったような心地がしたものだ。
 同様に大きかった背中が、記憶の中に、もうひとつある。
 店長と違って、さして逞しさはない。おかしいほど派手な着物、女結びの帯と、
一つ目の模様。
 あの事件で、正男は随分汚いものを見た。
 大人だからといって立派とは限らない。そんなことはとうに知っている。正男の
父は借金を残して女と逃げた。正男が子供らしくあれたのは、母と兄姉たちが
懸命に働いてくれているからだ。
 ずるいことも、卑怯なことも、臆病で小心なことも、面倒で手を抜くことも、
人にはある。
 それを少年らしい潔癖さで拒絶するには、でろりと濁って自分の顔に嵌まって
いた目の記憶があまりにも鮮烈で、正男には無理だ。
 同類だ。自分も。誰もかれも。
 それでも、不思議とひねた気持ちにはならなかった。人間なんてみんな汚いと
言うのは簡単だが、見えなくなっていた目が見えるようになる寸前、瞼の裏に
弾けた金の光と色とりどりの花が、とてもとても綺麗だったのを覚えている。
人の醜さを見据えながら断罪もせず、ただなすべきことを淡々となして、
あまつさえ美しい光に変えて消えた背中。

93:前と後の事語り〜再び化猫〜 19
08/01/16 21:01:28 KaKpRRn6
 もう少し、話をしてみたかったな、と思う。
 あの人は、人間を好きだろうか。こんな人もいるんだよと、店長や正男の
家族を紹介したら、どんな顔をするのか見てみたい気もする。
 あれこれと考えながら坂を下る。ブレーキを少し緩めると、面白いほど
スピードが出た。めまぐるしく流れていく視界の端を、ふと見覚えのある
派手な着物がかする。
 慌ててブレーキをかけた。甲高く金属の軋む音。かなりの距離を行き過ぎて、
なんとか振り向いたが、確かに見たと思った鮮やかな色はどこにもない。
 ちりん、と微かに鈴の音がする。きょろきょろと辺りを見回すと、狭い路地
から白猫が一匹、実に鷹揚な足取りで姿を現した。ちりん、と首輪の鈴が鳴る。
 ……なぁんだ。
 正男はちょっと肩を落とすと、のろのろと自転車を前方に向ける。とん、と
地面を蹴った。
 帰ろう。彼を待つ、家族の元へ。



〜門脇栄〜

 ぷふー、と吐き出した安煙草の煙が苦かった。どっかりとベンチに腰を
下ろしたまま、門脇は空を見上げる。
「あー……晴れてんなぁ……」
 無意味に呟いて、しばし流れる雲を見るともなしに眺めた。と、その背後
から影が差す。
「あれ、門さんこんなとこでどしたンすかぁ?」
 聞き覚えのある声に、門脇はひらひらと片手をあげた。
「休憩だよ、きゅーけいっ」
「はーん? じゃァオレ隣お邪魔していッスかね?」
「勝手にしろ。俺のベンチじゃねんだから」
 相っ変わらず気の抜けた野郎だ、とぼやくと、男はへらへらと笑いながら
門脇の隣に座った。その横顔はまだ若い。どうにも背広が似合わない男で、
仕事に就いて数年経つというのに、いまだに背広に『着られている』ような
印象を受ける。門脇と違い、詐欺や横領といった知能犯を扱う部署に所属する
せいか、粗暴さもない。どこかの学者だと言っても通用するような容貌で、
門脇に倣ってか、うぅーん、と伸びつつ空を見あげる。
「あぁ……いーい天気ッスねぇ……。昼寝してェー」
「寝るなよ。起こしちゃやらんからな」
「はいはい」
「はいは一回ッ!」
「はっ、門脇警部補殿!」
 冗談のつもりだろうが、敬礼がいまいち様になっていないのがなんとも
泣けてくる。

94:前と後の事語り〜再び化猫〜 20
08/01/16 21:05:00 KaKpRRn6
「……ところで門さん、こなた旅館、ウラ取れました。いや、例の証拠は出て
こなかったンすけど、知り合いが忘れ物したってンで、それらしき封筒を取りに
来た人物がいたってェ証言が。写真を見せたところ、どうやら森谷で間違いねッス」
「……そうか」
 門脇は煙草を咥える。ふー、と長く煙を吐いた。
「なンで、森谷の自宅とブンヤの方へも家宅捜索入る方向で進んでます。
ブンヤの記者でやたら協力的なのが一人いるンで、案外早く決着つくかも
しれません」
「協力者?」
「えぇ、まァ。市川節子の恋人だか、なんだったかの男らしいッスよ。あれから
ずっと、ちまちま調べてたみたいで。……あー、そうそう、なんかコイツが
面白いこと言うンすよ。調べ始めたきっかけは、猫のお告げだったとかなんとか」
 男の言葉に、門脇は盛大にムセた。ウケを取れたと思ったらしい男が、
あはは、と屈託なく笑う。
「ね、ね、おっかしーでしょ? 酔っ払ってたけど、後から思い返すと、どう
考えても耳と二股の尻尾が生えてたなんて言うンすよ。あんだけ泥酔してた
のに、水の一杯でしゃっきりするなんておかしいと思うべきだった……、
なんて大真面目に言うモンすから、最初は信用していいのかどうか
悩んじまいましたよォ。や、調べ物は確かにきっちりしてたンすけど」
「そ……そうか……」
 門脇は新しい煙草に火をつける。大きく煙を吸い込んで、なんとか気を
落ち着かせようとした。
「……奴さん、どこでその猫又やらに会ったって?」
「えぇっと……あ、ほら、門さんの知り合いの坊がいる牛乳屋があるじゃ
ないッスか。あすこの前を行った先の、駅のガード下ッスよ。飲み屋の
屋台が並んでるトコ」
 あそこのご内儀は猫好きで、たまにハネ物で身内でも飲めないような
牛乳を猫に振る舞ってやったりする、と、門脇は正男に関わったせいで
無駄に増えた周辺情報をとっさに思い浮かべる。
 店の周りに居つかれると商売に支障をきたすから、残飯を漁りに猫らが
集まる、ガード下まで出張するのだ。
 ……いや、いやいや。
 まさか。そうともまさか。あんな前時代的で迷信じみた出来事、一生に
一度経験すれば十分だ。
 我ながらひきつった笑みを浮かべつつ、門脇はこの話題はもうやめだ、と
首を振った。

95:前と後の事語り〜再び化猫〜 21
08/01/16 21:07:05 KaKpRRn6
「……まぁ、何がきっかけでも、調べ物がしっかりしてりゃあいいじゃねぇか」
「そッスよねー。オレらも助かるし、お猫様と男の執念様さまッス」
「ふん。どーせ俺ァ大雑把だよ」
「あっ!? いや門さんをどうこう言いたいわけじゃ!」
 あたふたと手を振る男に、門脇は短く笑った。
「いんだよ。今回ばかりは、ちっと真面目に反省してる。……なァ、おまえ
なんで刑事になった?」
 唐突な問いかけに、へ?と訊き返して、男は腕を組む。
「なんで……なんでですかねェ。……うーん、なれちまったから、かなァ。
オレ、ガッコの成績は良かったですし、公務員だから、食いっぱぐれることもねェし」
「……期待を見事に外した回答、ありがとよ」
 投げやりに言うと、男は決まり悪げに頭をかいた。
「お題目は大事ッスけど、それで腹が膨れるじゃなし。警察だって組織ッスから、
あっちの思惑こっちの思惑あって、それに税金で食ってる以上、自分の興味で
勝手に迷宮事件追求するわけにもいかないじゃないッスか。やっぱ、それなりに
成果っつーモン挙げないと。遊びや趣味でやってンじゃないンすから」
 門脇はしばらく黙り込み、じろりと男を睨んだ。
「……俺を慰めようってんなら、百年早ぇぞ」
「や、そんなつもりじゃあ。あ、門さん見てくださいよあれ、猫が服着てら」
 話題を変えようとしたのか男が指差したのを、わざとらしいと指摘する余裕も
なく、門脇はぎくりと振り返る。体がとっさに半分逃げた。
 人間のことなど知ったことではないとばかりに、赤い服を着た茶色の縞猫が、
悠々と道を横切っていく。
「うわー。車に撥ねられンなよー。……あれ、門さん猫苦手ッスか」
「うるせぇ!」
 猫は渡りきった先でちらりと門脇らを振り返り、くあぁと大きな欠伸をした。
そのままのんびりと毛繕いを始める。
 ……ああもう、わかってるよ。
 門脇は心中でひとりごちた。
 伊達にお上の遣いを二十年以上もやってきたわけじゃねぇんだ。
 わざわざ監視なんてご大層な真似されんでも、人の世のことは人で片を
つけてやる。
 だから、頼むからお前らは関わってくれるな。
「さて、と……。門さん、そろそろ戻りましょーか」
「ちっ、しゃーねぇな。お勤め、お勤め、と」
 煙草の火を揉み消し、踵を返した一瞬、にゃあお、と揃って鳴く猫の大群が、
見えたような気がした。



  おわり

96:337
08/01/16 21:11:10 KaKpRRn6
これにてゲスト話終了です。

……で。当初鵺に入れるつもりで、いまいちだったから化猫に入れようと
回したエピソード、結局化猫より鵺のゲスト2本目の冒頭に入れた方が
収まりよさそうな感じでorz

投下するんで、すみませんが脳内で挿入してくださいorz


97:更に後(のち)の事語り〜鵺〜 1(追記)
08/01/16 21:13:50 KaKpRRn6
 薬売りさん、と呼ぶと、なんですか、といつもどおり穏やかな声が返ってきた。
 白く濁った視界に、ぼんやりと影が差す。加世が見当だけで手を伸べると、
案の定届かなくてふらふらと指が宙を掴んだ。それでも不安はない。一拍
待てば、変わらず力強くて温かい手が迎えてくれる。皺だらけの、思うように
動かなくなった手が、白い手に柔らかく包まれる様が、目に浮かぶようだった。
 見えないけど、と加世は微かに苦笑する。
 ここまで年齢を重ねてしまえば、もはや年を取ることに抵抗はない。ただ、
白そこひで薬売りの顔が、姿が見られなくなってしまったことだけが、どうにも
難儀だった。
 平気な声、出してるけど。
 無理、してないだろうか。元気だろうか。
 わずかな表情の変化が、姿勢の傾きが、どれほどこの人の心の内を伝えて
いたことだろう。
 たくさん、幸せにしてもらった。その人に、最後に大きな哀しみを背負わせる
ことが、唯一の心残りだ。
「あたしが、死んだら」
 加世さん、と薬売りが咎めるような声を出す。それにゆっくりと首を振った。
「お願い。聞いて」
 悲しませる。わかっている。けれど、伝えておかなくては。
「お墓に、木を、植えてほしいの」
 き、と薬売りが呟く。その響きに、ああやっぱり落ち込んでる、と思った。
取り繕ってもふとした折に、沈痛な気配がぽろぽろとこぼれる。憔悴している姿を
思うと、自分が歯がゆい。
「木、なら……少しは、長いこと、薬売りさんと同じ時間を過ごせるかなぁって」
 なかなか言うことを聞かない手になんとか力を込める。どうか、伝わって。
 たとえ体を失くしても、見てるから。傍にいるから。
 あなたは、ひとりじゃないから。
 口には出せない。出してはあんまり薬売りに対して酷(むご)い。どうしたって
妻を失くさざるを得ない夫に、なんと言えばいいのか。何ができるのか。考えて
考えて、これくらいしか思いつかなかった。
「実が、なるのが、いいなぁ……。食べられるやつ。それで、できれば花もきれいで、
それから、薬の材料にもなるようなの」

98:更に後(のち)の事語り〜鵺〜 2(追記)
08/01/16 21:18:34 KaKpRRn6
 欲張りですね、と薬売りがちょっと笑った。そうよ、知ってるでしょと返す。
 しばらく考えている気配がして、桃はどうです、と薬売りが言った。
 なるほど、邪気を祓うという桃の木はなかなかいいかもしれない……が。
「んん〜。できればもうちょっと、手間がかからないのが、いいな」
 旅から旅のあなたが、放っておいてもすくすく枝を広げて、花で、葉で、実で
迎えてくれるような木が、いい。
「……あ、あれはどう? ざくろ」
 柘榴ですか、と薬売りが少し首を傾げる気配。仏様が、人肉の代わりに
鬼子母神に与え、彼女を仏道の守護者たらしめた実。
 その身を捧げて悲しい魂を救い続ける薬売りに、少し、似ている。
 濃い緑の葉も、鮮やかな朱色の花も、いい。
「薬に、なる?」
 虫下しになりますね、と薬売りが言った。加世はほっと息を吐く。
「じゃあ、決まり、ね……」
 わかりました、と約束してくれる薬売りの声に、ありがとう、と呟く。すぅっと、
意識が遠くなった。



 ありがとう。
 大好きよ。

 この体も家も朽ちてなくなって、あなたがわたしを忘れるほど時が過ぎて。
 やがて、すべてが過ぎ去る後も。

 あなただけを、想っている。



そいで投下済みの同タイトル話の頭に続く、とゆーことでorz
チヨ話も大方書き終わったぜヽ(*´∀`)ノ

99:名無しさん@ピンキー
08/01/17 00:30:30 no7KMY8m
最後切ねぇー… 。゚(゚´Д`゚)゚。

毎回毎回良い話をありがとう
ますますモノノ怪のキャラ達のことが好きになったよ

100:名無しさん@ピンキー
08/01/17 02:49:10 q0Nli9AL
わあーん。・゚・(ノД`)・゚・。
目から鼻から怒涛の如く汁が溢れる〜
加世ちゃんの想いが暖かくて切ないよ…
いつか二人が何のしがらみもなく、穏やかに過ごせる時がくればいいなぁ
いや、この切なさもモノノ怪の醍醐味だけどさ!

…ちょっとティッシュなくなったから、取ってくる(性的な意味でなく)

101:727
08/01/17 21:45:43 FjLlD3x9
いつものことながら337氏の構成力は素晴らしい…!GJです。

ところで337氏作品、まとめにはまだ上がってないんだけど
そろそろ収蔵に入っちゃって良いのかな。
337氏さえよければ手持ちから時間見つけ次第順次上げていきますが。
どうしましょうかね?>337氏

102:337
08/01/18 22:35:40 1BT2qhxZ
へい参上!

>>727
ありがd。事語りも完結することだし、プレーンテキスト持ってるんで、
Wiki 研究がてら自分でガンガッテみる。
次回投下することがあったら、折り返し改行入れるのやめよかな……。

投下いきます! エロないどころかカップリングかどうかも怪しいorz
ぷ、プラトニックでストイックなエロスを感じてくだしあ。
冒頭2レスくらい、ホラー・流血表現が強いです。
全9レス+謝辞1レス予定。

103:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 1
08/01/18 22:38:52 1BT2qhxZ
 ぐちゃっ、とも、ごきゅっ、ともつかぬ、ひどく嫌な感じの、湿った音がした。
 長いような短いような浮遊感の後、固い地面へ背中から叩きつけられた。
激しい衝撃に肺の空気が丸ごと抜ける。同時に脳天までを激痛が貫いた。
ちかちかと目の前に光が飛んで、視界が暗転したあと真っ赤に染まる。
ごぽり、と口から飛び出したのは血だ。鮮烈な動脈血。その色に、さっきの
音は人体が壊れる音だと知る。
 痛い。痛い。
 叶うなら転げ回って絶叫したい。この痛みを僅かでも紛らわすためなら
何でもする。なのに、投げ出された指先一本、ぴくりとも動かせない。
「あ……」
 濁った声が、喉からこぼれる。ひゅうひゅうと肺が鳴った。自分のものでは
ない声に、チヨはようやくこれがいつもの夢だと悟る。
 だからといって痛みの軽減はない。体の自由もきかないまま、無機質に
固い鉄と石の地面に縫いとめられている。どろりと生温かいものが
流れ出していく感覚、ばらまかれた原稿用紙が微かな風にそよぐ。残酷な
までに晴れ渡った平穏な朝空、爽やかに鳴き交わす小鳥達の声。その一隅で
繰り広げられる痛みと恐怖に、気づく者は誰一人いない。
 ――やめて……。
 何度繰り返しても、この夢がチヨの願うようになったことはなく、どれほど
念じても目は覚めない。先の展開がわかっているだけに、全身が震えて
かちかちと歯が鳴った。
 ――お願い、許して。
 逃げられない。ならばせめて目を閉じたい。怖いものが来る。あと、もう
幾らもない。
 見たくない、見たくない。これ以上はイヤ。お願い助けて。
 誰か。
 必死に祈るが今夜もそれは叶わない。自分のものでない目がゆっくりと
瞬いて、視界に変わった服を来た猫が映る。
 やめて――やめて。お願いだから……!
 どうしようもない恐怖にチヨの心が縮みあがる。あれが来る、来てしまう。
無慈悲な鉄の塊、冷たい金属の車輪、絶対的な重量がぐちゃぐちゃに肉を
轢き潰す。あの、一瞬の――!
 臨界点を超えた涙が溢れた。線路が、大地が小刻みに振動して、あれの
接近を否応なく知らしめる。なのに動けない、逃げられない。

104:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 2
08/01/18 22:40:37 1BT2qhxZ
「許サ……ナイ……」
 掠れてぼろぼろになった声が耳に届く。チヨは心の内でひたすらに
ごめんなさいと繰り返した。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
だが戻ってくるのは怨嗟の言葉だ。

 許さない。

 限界まで見開かれた目が走りくる電車を映し、運転席で船を漕ぐ男を映す。
体に伝わる揺れがどんどん大きくなって、少しでも自分を守ろうと、気持ちだけは
必死で手足を丸めようとする。
 お願い――お願い気づいて!
 助けて、誰か!
 死にたくない! 死にたくないいい――っ!!


「いやあああああああああっ!!」


 絶叫して飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋だった。がんがんと頭が鳴る。
四畳半の安普請、夜中の悲鳴に抗議するように、どんと隣から壁を殴られる。
乱暴な音に、チヨの肩がまたびくりと跳ねた。ぼろぼろと涙がこぼれる。何かに
とり憑かれたように、震えていうことをきかない手を、必死で目の前にかざした。
 腕――ある。
 手のひらをゆっくりと開閉して、布団をめくる。
 脚も、ある。
 恐る恐る、胴体に触れてみる。乾いた寝巻きの手触り、赤錆臭い気配はなく、
どこにも怪我はない。
 チヨは震える指で己の肩をかき抱く。全身にねっとりした嫌な汗をかいていて、
寒くて寒くて仕方なかった。
 ……怖かった。
 みぞおちの辺りが凍えている。安堵と恐怖と痛ましさ、そして後ろめたさが
ぐちゃぐちゃになって、嗚咽が洩れる。声を殺しながら泣きじゃくった。
「……ごめん、なさい……」
 あんな、酷い死に様を。
 節子さんは、したのだ――。

105:後(のち)の事語り〜再び化猫〜 3
08/01/18 22:42:57 1BT2qhxZ
 チヨも一度死んだ。少なくとも死んだと思った。唇が腫れ上がって痛くて
痒くて、化猫の爪にずたずたにされて。
 けれど、その後取り込まれた化猫の――節子の目を通して見た光景は、
あまりに酷い。
 節子にだって、問題がないではなかったろう。見下されていたことを知って、
むかっぱらが立たなかったわけではない。なるほど新聞記者になるくらいだから、
学校の成績はよかったのだろう。勉強が得意ではなかったチヨからすると、
たぶん想像できないくらい。でも入社してからの仕事はお茶汲みや掃除や、
せいぜいが男性記者の走り書きの清書が中心で、あれならチヨにもできそうだ。
 だからと言って、人があんな風に死んでいい理由になんかならない。同期の
男たちが、ただ男だからといって次々仕事を任されていく悔しさ、置き去りになる
焦り、気負いが空回っては冷笑されて、それでも必死に歯を食いしばって。
ようやく掴んだと思った光明は手酷い裏切りに終わり、その上、あんな死に方。
 チヨの目にまた涙が盛り上がる。幻とはいえ経験した節子の人生。そりゃあ
恨みも憎みもするだろう。人には心があるのだから、当然のことだ。
 ごめんなさい、と繰り返す。節子は、猫は、成仏したろうか。命が許されたのは
何故だろう。ハルや正夫とも話をしたが、夜毎夢に見るのはチヨだけのようだ。
それともこれが罰なのだろうか。
 節子は、チヨを生かしたのを、後悔、しているのか……。
 目の前が暗くなる。己が情けなくて仕方なかった。唐突に絶たれた節子の人生、
比べて自分は生きている。その事実に後ろめたさを感じるのは、渇望と言えるほど
強い、節子の意志を知ったからだ。
 女優になりたいと口では言いながら、漫然と外から与えられる機会を待っていた。
いつか誰かが、埋もれている自分を見つけて褒め称え、磨きあげてくれる。本気で
信じているのかと言われたら自分でも笑うだろうが、心の奥底は確かにそんな
物語を期待していた。
 浅ましい。人の死を利用してまで名を売ろうとし、故人を貶めたにも関わらず
何の成果もなかった。自分の存在は見出される原石などではなく、路傍の石に
過ぎないと、目の前に突きつけられた気がする。
 こんなチヨが生き残るより、節子が助かればどれほど世のためになっただろう。
功名心に走るきらいはあったものの、節子は市民に真実を伝える仕事をしていた。
 対する自分はどうだ。ろくに学もなく、男どもに媚を売り、いやらしい手に体を
触らせて食べている、空っぽの女。
 それ、なのに。
 毎夜死にたくないと思う。それはもう強烈に、焼けつくような生命の叫びだ。
節子の無事を願うより、自分が死ぬかもしれないことが、怖くて怖くて祈るのだ。
 生きているからといって、何ができるわけでもないのに。
 それでも死にたくないのだと思い知り、されどどうしたらいいのかわからずに
立ち竦む。


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