無口な女の子とやっち ..
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361:ふみお
08/02/14 20:15:36 zAXvEo8u
早く、本題に―

「あの室長が年甲斐もなく、浮かれる理由がわかるね〜。年下だわ、清楚だわ、その上、こんな可愛いなんて!!」

―入れない。
目の前の彼女の、マシンガントークを、止めるすべを私は知らない。
呆然と彼女の発言を受け流す。
しばらくすると、彼女は途端に、しおらしくなった。

「―でもぉ、心配ですよね〜。室長、あんなことになっちゃって……」

あんなこと?
ようやく、発言する隙ができた。
「あんなことって……?」

もしかして。

いや、そんなことはないはずだ。
万が一なことがあれば、一番に連絡が来ることになっている。
それに昨日だって、ちゃんと携帯に電話をくれた。

目の前の彼女はさも意外そうな顔をしている。
私が知らないことが信じられないように。

「だって、一週間くらい前から、室長―」

     ◇  ◇  ◇

「(やれやれ)」
とうとう、屋上にも見張りが付いたようだ。
これでは、気持ちのいい一服が出来ないじゃないか。
しょうがないので。
僕は監視の目を誤魔化しつつ、一階に下りた。
そして、そのまま外で一服しようと考えたのだ。
「(高いところが一番気持ちいいんだけれど)」
ま、吸えないよりはましか。
僕は誰にも見咎められないように、外に出た。
「(さて、どこにいこうかな)」
あまり遠くにはいけないし、しょうがないのでこそこそと吸うか。
そんなことを考えたときだった。

「……なに、してるの……?」

ここでは聞こえるはずのない声がした。
聞いてはいけないはずの声が。

目の前に、彼女が、綾音君がいた。

……。
………………。
………………………。

国立総合病院の近くの喫茶店。
綾音君は女子社員の制服のまま。
僕は入院着のパジャマのまま。
「(異色のコンビ、誕生! といったところか……)」
当然、周囲の視線が、少しばかり気になる。
でも、目の前の彼女は珍しいことにそんなこと、気にもしないようで。
真剣に僕の目を見つめている。
否、睨んでいる。

362:ふみお
08/02/14 20:16:34 zAXvEo8u
この喫茶店に入る前から、沈黙を守り、睨み続けている。
まるで、あの頃のように。
あのときの、屋上のように。
僕はポケットからタバコを一本取り出した。
そして、火をつけて、一服。
すると、ウェイターが注文をとりに来た。
無言の彼女に代わり、紅茶を二人分。
注文を聞いたウェイターが去っていく。
僕はなんとなくその後姿を眺めつつ、また一服。
「どこから、話せばいいのかな……」

「……最初から、最後まで……」

そう言ってくると思ったよ。

………………………。
異変に気づいたのは、ほんの二週間ほど前。
夜、インスタントラーメンをかきこんでいる途中。

倒れた。

「目が覚めたら、もう、朝だったよ」
嫌な予感はした。
それでも、未だに借りている車で、彼女を送迎し、そのままの足で病院に向かった。
検査を受け、長い時間を待たされた。
その後、医者が言ってきた言葉。

「すぐさま入院しろ。そう言われたよ」

日本ではそれなりにありふれた病気。
それが、相当まずい具合に、体中に広がっているらしい。

「それでも、手術すれば助かる。医者はそうも言っていた」

僕は、引き止める医者を強引にねじ伏せ、病院を後にした。
一週間後に入院し、手術を受ける旨だけは伝えて。

「だから、君に嘘をついた」

助かるのならば、心配を掛けさせたくなかった。
ただでさえ、過敏になっている彼女に。
でも。

「一昨日、かな。手術をしたのは」

手術を担当した、医者は愕然としたそうだ。
切り取るはずだった部分を切り取ることなく、開けて、閉めただけ。

「“手遅れ”だったんだってさ」

今すぐ、とか、一週間とかいうレベルじゃなかった。
そんな段階は当の昔に超えていた。
病巣は、医者の検分よりはるかに深く、広く、僕の体を蝕んでいた。

「正直、年を越せるかどうかも、微妙らしいよ」

こんなはずじゃなかった。
コレは本音。
こんな未来は、完全に想定外。

363:ふみお
08/02/14 20:17:18 zAXvEo8u
「なまじ予定を立ててた分、動揺したよ」

あと4〜5ヶ月は持つはずだったのに。
僕の命。僕の人生。

でもまぁ、こんなところだろう。

正直な感想。
4〜5ヶ月が、1〜2ヶ月に変更になっただけ。
大したことではない。
でも。
目の前の彼女。
僕の説明を聞きながら、ただただ静かに涙を流すだけの彼女には。

「君には、今日にでも本当のことを話そうとは思っていたんだけれどね」

いつまでも隠し通せることではない。
だったら、出来るだけ長く。
出来るだけ一緒に居たかった。

「僕はもう、一生、病院からは出られない」

もう、体がいうことを利かないから。
自分でも、その事が、嫌というほどわかっているから。
未来予知するまでもなく。

「苦労を掛けるかもしれない。いや、掛けることになるだろう。それでも―」

パシンッ。

頬を張られた。
久しぶりの感覚。
しかし、今までよりも、随分と重い痛みだった。

     ◇  ◇  ◇

「……なんで、一番に言ってくれなかったの……!?」
その答えは、もう聞いている。
……助かるはずだったから。
それ以上に。
私を心配させたくなかったから。
苦しませたくなかったから。
でも。

「……あなたのことだったら、いくらでも心配したい……! 一緒に、苦しみたい……!!」

そんなのは優しさなんかじゃない。
傲慢な独断だ。

「……いのちに関わる、手術だったんでしょ……?!」

そんな重要なこと。
一人で背負って、一人で解決しようとして。
挙句、失敗して。

「……あなたのいのちが掛かった、話なのよ……!?」

それをさも笑い話のように、昔話のように、他人事のように、淡々と。
疑いたくなる。
彼の価値観を。彼の正気を。

364:ふみお
08/02/14 20:17:56 zAXvEo8u
彼にとって。

「……あなたにとって、私は、なに……!?」

あぁ、でも。
そんなこと、聞かなくても判る。
未来予知なんかなくても、判るに決まってる。

「僕にとって、君は命よりも大事な人、だよ」

言うと思った。
だから。

「……私だって、おなじ……!!」

でも、だからこそ許せない。
だって。だって、だって、だって。

「……自分のことを、もっと大切にして……! あなた、あなたは―」

そう言って、私は彼のタバコをもみ消した。
そして、空になった彼の手に、私の両手を重ねる。

彼が目を見開く。

「……見えた? 未来が……」

「君、もしかして、お腹に―」

こんな状況で言うとは思わなかった。
でも、コレぐらいしないと、彼は―。

「……二ヶ月、だって。赤ちゃん……。あなたの子……」

―自分の命を、率先して捨てようとするから。

そして、私の言葉を聞いた彼は―。

……。
………………。
………………………。

不思議と、彼が入院してから、私の『病院アレルギー』は起きなくなった。
それどころではなくなったと、体も判断してくれたらしい。

「―いやぁ、看護師さん。男だったら、こういう強い名前のほうがいいですかね?」
「竹内さん気が早い。まだ、性別もわかってないんですよね?」
「だってさぁ。ん? あぁ、もうこんな時間かぁ」
「あ、可愛い奥さんが来ましたよ」

看護師さんは私の顔を見るなり、さっさと病室から去っていった。
っていうか。

「……なに、してるの……?」

「何って、子供の名前考えてるに決まってるじゃない」
彼はさも当然のように言った。

365:ふみお
08/02/14 20:18:50 zAXvEo8u
今日は、クリスマスイヴ。
街中は何処もかしこも緑と赤で埋め尽くされる日。
もちろん、ここではそんなこと関係ないわけで。

「……きのう、決めたんじゃなかったの……?」
ベッドの脇の椅子に座りながら、呆れる。
「やっぱり、夜、違う名前がいいんじゃないかと思ってね」
ふぅ。
知らず、ため息がこぼれる。
そんな私の様子に気づくことなく、彼は言った。
「ねぇねぇ、やっぱり、これより昨日のほうがいいと思う? ……綾音?」
なんで、彼はこうも。

知らないうちに涙がこみ上げてくる。

あなた、あなたって人は―

「……今日のほうが、いい、と、おもう……」

―明日、生きてないかもしれないのに。

どうして、笑っていられるんだ。
どうして、私をこうも、元気付けてくれるんだ。

しゃくり上げながら泣く私を見て、彼は笑う。
「こんな泣き虫なママで、大丈夫かな?」
「……泣かせてるのは、あなた……」
彼はさらに笑った。
「ちがいない」
そう言いつつ、おなかを撫でる。
「うん。間違いなく、元気に生まれてくるよ」
「……あなたの未来予知は、あてにならない……」
あんなに自信満々に言っていた、自分の死期さえ、読み間違えたのだから。

「また、未来が見えたよ」

日課のような彼の言葉。
「……どんな……?」
日課のように答える私。

「君は綺麗に着飾っている。大きくなった子供を背負って。冬の駅の構内。そこで―」

彼が未来を語る。
どうにも信用性に掛ける未来を。

「………………」

たまに聞くのが辛いことがある。
なぜなら。

彼の語る未来に、彼が登場することが、無いから。

……。
………………。
………………………。

そして、2月14日がきた。

もうほとんど、起きることのなくなった彼。
私は、その傍に座り、文庫本を読んでいる。

366:ふみお
08/02/14 20:19:37 zAXvEo8u
本当は、彼から一時も目を離したくないのだが。

『これ、貸すから。読書感想文を後で書いて、読ませてよ』

彼がそう言って、押し付けてきたから。
たぶん、私が押しつぶされないように。
少しでも、気晴らしになるように。

でも。

彼が身じろぎを起こすたびに、意識が彼に向く。
集中なんて出来るはずがない。

「ん?」

彼の声がした。
すぐさま、彼に目をやる。

「だいぶ、寝たね……。きょう、は―」

「―2月14日、だよ……」
先回りして答える。
彼は反芻するように何度も頷いた。
そして、かすかに笑った。

「君と出会って、丁度、一年、か……」

「……うん……」
「いろんなことが、あった、ねぇ」
「……うん……」
今冬。
病院で、短い時間を二人であっという間に消化し。
秋。
私が選択し、彼が決断し。
夏。
あの海の日。彼のたくらみが脆くも崩れ去り。
春。
私の問題を彼が、命を賭けて解決してくれた。
そして、早春。
絶望した私と、そして彼が、出会った。


ベッドの上の彼は、私の目を見て、言う。
「今だから言うけど、実は僕は。あの日―

―死ぬつもりで、あの屋上に、行ったんだ」

衝撃の告白。
のつもりなのだろう。でも。

「……うん……」

私は、気づいていたから。
諸々の事情を聞いた、あの日に。
私が彼を選び、彼が私を選んでくれた、あの秋の日に。

……。
………………。
………………………。

367:ふみお
08/02/14 20:20:05 zAXvEo8u
曇り空が窓に映る社員食堂、隅の席。
私の目の前には空になった、A定食の容器。
目の前の工藤さんは、あくまで真摯に言った。
「ええ。その左遷です」
「………………」
「先輩は本当に有能な人間なんですけれどね。でも、完璧な人間ではない」
「……………?」
「あの人が有能であれば有能であるほど。やっかみは付いて回るわけで……」
「………………」
「それに、少し、大きな問題もありまして」
「……………?」
「先輩は、実は―自分が近い将来、死ぬと信じているようなんです」
僕の予想ですけれどね。
だから、と工藤さんは続ける。
「“僕といると不幸になる”とかいって、千埜さんを遠ざけようとしたんです」
遠ざけようとした?
そんなの身に覚えが無いが……。
「あの夏の日。先輩が唐突に『海に行こう』と言い出した日です」
ん?
それ、遠ざけることになるのか?
むしろ、彼が溺れることによって……。
……いや、いやいや。
私の中の彼に対する親近感も、親密度も上がってない! 上がってない!!
そんな、私の中の葛藤など知るはずも無い、工藤さんは構わず言う。

「あの時、溺れるのは千埜さん。あなただったらしいですよ?」

「……………!?」
「そして、それを僕が助けるはずだったんだそうです。そして、僕たちは親密になる筈だった、と言ってました」
まさか。
私と工藤さんが?
ちょっと、考えにくい。
「そんな信じ難いものを見る目をしないで下さいよ。僕だって、当て馬扱いされるのは嫌なんですから」
でも。
今にして思えば。
彼が、順子さんに対する態度。
まるで、見せ付けるようではなかったか?
『恋人同士』だと、思い込ませるように。
………………。
考え込みだした私を見て、工藤さんは言う。
「そして、関係ないかもしれませんが……。先輩が、左遷されるのは、2度目なんですよ……」
「……………?」
どういうことだ?

……。
………………。
………………………。

「僕は、そう、5年、位、前かな。都会で、大きなプロジェクトを。立ち上げて、いい気になって、いたんだ」
未来が見える自分には、大きな可能性があると信じていていたのか。
「で、大失敗」
起こりえるはずが無いほどの失敗だった。
そして、そこで。
「その当時、の部下を、部下といって、も、年上の人だったけれ、どね。……一人、殺しちゃったんだ、よねぇ」
自殺だったそうだ。
そのプロジェクトを推進するための、キーとなる人物だったらしい。
しかし、彼の人の家族にはそれは理解されなかったのだそうだ。
あげく、離婚。
彼は、別れた妻を見かえそうとしたのか。
必死で働いたそうだ。

368:ふみお
08/02/14 20:21:19 zAXvEo8u
そして、それは、大きく空回りし。
「自分の首を、絞めちゃったん、だろうね。頑張った分だけ」
そして、竹内悟は、プロジェクト失敗の責任を取る形で故郷の支社に飛ばされた。
「彼の分を、取り返そうと、したのかもしれない、ね」
支社で2年を掛けて、室長まで昇った。
そして、3年の歳月を費やす大きなプロジェクトに立ち上げから関係した。
でも。
「ここ、でも、大失敗」


――――
「千埜さん。今年2月に終わった、数年越しの大プロジェクト、覚えてますか?」
当然だ。あれが私と彼を出会わせたキッカケなのだから。
「この支社の命運を掛けたプロジェクトと言っても過言ではなかった」
頷く私。でも、あのプロジェクトは。
「でも、記録的なほどに大失敗してしまった。プロジェクト」
「………………」
「彼はその立ち上げから関係していた。というより、中心人物だった。といってもいい」
『プロジェクトの総元締め? ていうのが、この僕だったわけだねぇ』。
今では遠い昔、そんなことを聞いた気がする。
……もしかして。
「先輩はその責任を問われて、飛ばされそうなんです」
――――


そして、あのバレンタインデイに、完全にプロジェクトは終了した。
頓挫、という形で。
その時、彼は。
「思ったんだ、よね。“ああ、もう、疲れちゃったなぁ”って」


――――
「先輩は、あんなふうに飄々としているけれど、結構、キていたらしいです」

「前回、都会での失敗もありましたし」

「だから、先輩は。自分はいつ死んでもいい。価値のない人間。“必要のない人間”だと、思い込んでいるんじゃないでしょうか?」

「まぁ、勘なんですけれど……。あの海の日。自分の心臓が止まったと聞いたとき、先輩、表情一つ変えなかった」

「あの時、思ったんです。僕の勘は間違っていないんじゃないか、って」
――――


そして。
あの世にいる、元部下に詫びにでも行こうとしたのか。
あの時、あの屋上に行ったのは。
「大仕事が失敗した、その一服のつい、でに、飛び降りよう、としたんだ」
懐に、遺書を持って。
自然と恐くはなかったらしい。
むしろ、足は急くように。
そして、屋上に続く扉は、前もって調べていたとおり、鍵が壊れていた。
で、そこで彼が見たものは。

「まさか、僕と同じタイ、ミングで飛び降りようとした人が、いる、なんて夢にも、思わないよ」

『―なにやってんだ!! あんた!!』

彼は叫びながら、すでに走り出していた。
とてつもない速度で柵にむかい、必死になって私にしがみつく。

369:ふみお
08/02/14 20:22:23 zAXvEo8u
彼は夢中で、私の腰を捕まえると、強引に床のほうへと引き寄せる。
私は指を柵にからませ、それに抵抗する。
先程まで階段を上って体力の落ちていた彼は、しかし、それでも驚くほどの腕力で私を引き剥がそうとする。
抵抗する私と、しがみつく彼。
古ぼけたビルの屋上で、滑稽なほど彼は夢中になっていた。
『こんなところから飛び降りたら、死ぬぞ!!』
当たり前だ。
私はそれを望んでいた。だからこそ、こんなことをしていたのだ。
『あんたはどう思っているか知らないが、あんたが死んだらきっと悲しむ人も居る!!』
彼の説教じみた言葉に、私はむしろ、逆に激しく抵抗した。
彼の腹に後ろ蹴りを何度も食らわせる。


「―そうだ。そんなこと、を、言われたいんじゃ、ない。僕はそれを、知っていた」


『あんたはそんな人がいないと思っているかもしれない! でも、でも―』
私のことなんて知らないのに、どうしてそんなことが言えた? でも、頭が真っ白な彼は―

『あんたが今、ここで死んだら、僕が悲しむ!! 世界中の誰よりも悲しむ!! その自信がある!!
あんたは、あんたはこの世でまだ必要とされている!! 間違いない!!』


「―あと、から考えたら、いや、いつ考えたって、きっとその言葉は。

―自分が言って、ほしかった言葉なんだ」


……。
………………。
………………………。

「君は今でも、僕の、未来予知、を信じるかい?」
私は大きく頷く。
それを見た彼は力なく笑った。
「こう、して大きく予知を、誤った今、では信じられない、かも、しれないけれど」
彼は、苦しげに喋る。
こうしていていいのだろうか?
でも。この機を逃したら。
もう二度と。
そんな予感がした。
だから。
「中学生、くらいの、とき、かな。突然、未来が見える、ようになったんだ」
「……うん」
ただ、聞こう。
彼の話を。彼の独白を。
「今よりもっと、正確に、精密に。その、人が死ぬ、瞬間をね」
「………………」
「ノイローゼに、なった、よ。会う人、会う、人の、死に顔が見えるん、だから。そりゃ、食欲も、なくな、るよね」
どんな世界だったんだろう。
たぶん、想像すらできないほどの壮絶な光景だっただろう、と思う。
「だからか、な。君と会った、とき、君が欠食気味だって直ぐ、にわかった」
“同病相憐れむ”じゃないけれどね。
彼はまた笑う。
自嘲するように。
「命が、軽く、見えた。人の命も、自分の命も。等しく、無価値だって、思ってた」
「…………そう」

「でも、違ったね。なんて、命って、愛おしいもの、なん、だろう。なんて、価値ある、ものな、んだろう」

370:ふみお
08/02/14 20:23:43 zAXvEo8u
……。
………………。
………………………。

「……覚えてる? 今日はバレンタイン……」

―去年の、2月15日。
人で賑わう、社員食堂。
『そういえば、昨日はバレンタインだったよねぇ』
お粥を片付けてきた男は、開口一番に言った。
『………………』
だからなんだ。
鬱陶しい。
目の前の男を、睨みつける。
『見える、見えるよ。恥じらいながら、僕にチョコレートを渡す、君の姿が』
はぁ?
正気を疑う。
なんで、こんなヤツにチョコを渡さなければならないのだ。
というか、この男に渡すくらいならドブに捨てる。
『そんなに睨まないでよ。照れちゃうよ』
馬鹿馬鹿しい。
本当に、馬鹿馬鹿しい男だ。
なんで、こんなのに関わられなければならないのだ。
『いつでも、受け付けるからね。待ってるよ』―

一年も経ってしまったけれど。
「……うけとって、ください。本命チョコ……」
昨日、徹夜で作った、チョコレートを彼に渡す。

371:ふみお
08/02/14 20:24:44 zAXvEo8u
彼は、笑いながら言う。
「いやぁ。待ってた、かいが、あったね。“本命”だなん、てねぇ……」
そして、ラッピングを剥がそうとする。
でも、指に力が入らないのか、なかなか、包装紙が取れない。
私は、ゆっくりとその手伝いをした。
そして、とうとう。
「……食べやすいように、なまチョコ……」
「泣かせ、るねぇ……」
形はいびつだが、味は大丈夫。
味見はしっかりしている。
「あのさぁ、言いにくいん、だけれど……」
「……………?」
なんだ。
言いにくい事って?
まさか、生チョコが嫌いなのだろうか?
「喋り、疲れたから、食べさせて、よ」
ああ。なんだ。そんなことか。
私は、チョコの箱を受け取り、指で摘んで彼の口に押し込もうとする。
でも。
彼は唇と閉ざしたまま、首を振った。
「……………?」
何か言いたいことでもあるのだろうか?
「口で、食べさせて」
クチで?
どういう……。

!!!!

つ、つつつつ、つまり、く、くくく“口移し”、ということか……!?
いくらなんでも、病室でそんな破廉恥な……!!

「いい、じゃない。だれ、も、見て、ないよ」

それはそうだが。
………………。
しかたない。

私は口にチョコを含むと、真っ赤になっているであろう顔を、彼に近づけ―

ちゅ、れろっ。

―そのチョコを彼の唇に押し込んだ。

そして、しばらく、そのまま。

でも、あまりやりすぎると危険なので。
口を離した。
彼は、ゆっくりとチョコレートを咀嚼した。
そして、たっぷり五分間ほど置いて、言った。
「チョコって、こんなに、美味しい、食べ物だったん、だねぇ」
「……もっと、食べる……?」
もう、こんな食べさせ方は恥ずかしすぎるので却下だが。
彼は首を横に振る。
そして、私の目を見ていった。

「千埜君。君の作ったチョコ、美味しいじゃない。店に出せるね」

あの頃に帰ったように。あの時と同じ呼び方で。
「………………」
だから、私も、照れ隠しに、無言で睨んだ。

372:ふみお
08/02/14 20:25:37 zAXvEo8u
彼は笑った。
そして。

「―あぁ、もっと、生きていたいなぁ……!!」

彼は大きな涙を流した。

………………………。

そして、これが、私と彼の最後の会話になった。

     ◇  ◇  ◇

20××年、2月××日、09時××分。

容態が急変。

脳および心臓の活動、停止。

医師らの懸命の救命活動により、一時は蘇生。

しかし、意識を取り戻すことなく、再び、心停止。

そして、その後、脳死が確認された。

その場に駆けつけた近しい人たちに別れを告げれぬまま、

竹内悟は、その3×年の短い生涯を閉じた。

そして―。

     ◇  ◇  ◇

「なんで、止めるんだよぉ!」
「………………」
「手ぇ、離せよ! ×××!!」
「………………」
「もう嫌なんだよぉ……。苦しいんだよぉ……」
「………………」
「ひぐっ、うぅうぅ……」

……。
………………。
………………………。

「この書類に記入して、ポストに投函しといて」

彼がこの世を去ってから、三週間後。

彼のアパート。

遺品整理をしていた私に携帯で連絡が届いた。
相手は―

「よかった。一応、元気そうで」

―そう言って笑う、企業系弁護士の森下順子さん、と

「ね。心配しても杞憂だ、って言ったじゃないですか」

373:ふみお
08/02/14 20:26:35 zAXvEo8u
彼女と一緒に来た、彼の後輩の工藤俊さんだった。

………………………。

「おかまいなく」
と声を合わせて二人は言った。
でも、そういうわけにもいかない。
とりあえず、カップを取り出し、コーヒーを出す。
よかった。
食器類はまだ片付けてなくて。
コーヒーメーカーも作業の合間にでも飲もうと思って、作動させといてよかった。
そんなことに安堵する私を見て、二人は微笑む。
「もう大丈夫みたいね」
「……………?」
大丈夫、とは?
「あのときのあなた、尋常じゃなかったもの」
「………………」
彼が息を引き取ったとき。

覚悟はしていたとはいえ、やはり―。

少し、俯いた私を励ますように、工藤さんは言った。
「いやぁ、今日、元気があってよかったですよ」
ん?
そんなに強調されるほど元気ではないが。
というか、何か言いたいことでもあるのだろうか?
不思議に思う私を見て、二人とも吹き出す。
「いや、あのですね―」
「―今日、あなたの眼が死んでたら、ビンタ一発食らわせるつもりだったのよ」
「………………」
絶句。
「彼に選ばれ、それ以上にあなたが彼を選んだくせに、なに悄気てんのよ、バシーン! 、ってね」
そして、彼女はまるで眩しいものを見るように私を見つめる。
「でも、必要なかった。……あなたは、強いわね」
「…………そんな、こと」
無い。
今だって、遺品をダンボールにしまいながら、何度も手が止まった。

―アレは彼が、あの日に締めていたネクタイ。

―アレは彼が、面白いと言ってしきりに押し付けてきた本。

アレは、アレは―。

そして、それ以上に。
染み付いたタバコの匂い。
部屋に、服に、物に。
彼の香りが、した。
彼がそこにいるんじゃないか、と錯覚させるほど。

思い出に押しつぶされそうだった。
今だって、涙で頬が濡れていることはバレバレだろう。

だから、正直。
「つーか、出してもらってなんだけど、この豆、安物ね。アイツ、こういうところはケチだったものねぇ」
「タバコだけが、唯一の趣味みたいな人でしたからね」
二人が来て、空気が変わって。

助かった、と思った。

374:ふみお
08/02/14 20:27:37 zAXvEo8u
二人を見つめる私の視線に気づいた順子さんが、軽く髪を掻く。
「あぁ、ゴメンゴメン。別にアイツの悪口言ってるわけじゃ、ないのよ」
「………………」
判っている。
二人はやっぱり、友達だったのだろう。
私の知らない昔から、今まで。
それが少し、うらやましかったりもする。
そんな私の内心など知りもしないだろう、順子さんは、持ってきていた大き目のカバンに手を入れた。
そして、彼女が取り出したのは数枚の書類。
「……………?」
順子さんは、真面目な顔で言った。
「これ、アイツの入ってた生命保険の保険金請求申請書。申請すれば結構な金額が手に入るはずよ」
生命保険。
確かに彼は数社と契約していたようだが。
「アイツが生前、私に言ってきたのよ。『彼女は、出て行くお金には執着するくせに、入って来るお金には頓着しない』
とかなんとかいって、私にアナタのそういう方面での世話をしてくれ、って」
「………………」
たしかに、考えもしなかった。
ふん、と順子さんは鼻を鳴らす。
「アイツ、私に頼めること、頼むだけ頼んで、ツケを返してくれないんだものね。本当、ヤなヤツ」
でも、そんなことを言いながら、順子さんの目が潤んできている。
何かを思い出しているのだろうか?
私が彼女を見ていることに気づくと、順子さんは目元を拭い、言った。
「竹内夫人。あなたには保険金を請求する権利がある。ぜひ請求なさい。それに―」
彼女は私のおなかに目をやり、微笑む。
「―子供を育てるのに、いくらお金があっても困らない、と言うしね」


「“未来予知”なんて戯言、絶対に信じないけど」
「………………」
「もし、本当だったら。アイツがこの結末を予想していたのだったら」
「………………」
「だったら―」
「………………」
彼女は力を溜めて言った。
「―ずぃぶんと、がめつい、わよねぇ……」
「………………」
私も、頷くことで同意した。

もし、申請したとおりの保険金が手に入れば。
医者1人を余裕で育ててなお、楽な余生を過ごせるお金になる、と順子さんは言った。

彼女に質問しながら、書類を製作していく。
空の色が青から、赤になる前にそれは終了した。
そして、帰り際。

「もし、保険会社がごねてきたら、直ぐに連絡して。このトップクラスの企業系弁護士が、どんなコネと手を使ってでも、解決するわ」

でも、彼女の出番は結局無かった。

……。
………………。
………………………。

時が過ぎた。

私は元気な赤ちゃんを無事出産し、彼が生前、決めた名前をつけた。
私は仕事を辞め、両親が残してくれた田舎の家に帰った。
あの地方都市にいれば、親しい人がたくさんいる。
でも、あの街には思い出が多すぎた。

375:ふみお
08/02/14 20:28:15 zAXvEo8u
彼の事を昔話にしたくなかったのかもしれない。

私の単なるワガママ。
順子さんや工藤さん、小林さんに佐藤さん。
みんな、最初は反対してたけれど。
最後には納得してくれた。

私は田舎の家で、出来るだけ、子供と一緒の時間を過ごした。

時に叱り、時に甘やかし。

時は瞬く間に過ぎていった。

そして、彼が旅立ってから―


―6年の歳月が経った。


その日、私と子供は、久しぶりにその町を訪れた。
理由は結婚式があったから。
順子さんと、工藤さんの結婚式。
順子さんが仕事上で独立するまで、二人は待ったのだと言う。
工藤さん(夫)は、彼女の秘書として、彼女を支えるのだそうだ。

「もし僕とあなたが、あの海の日にうまくいっていたら」
「………………」
「その未来の、順子のとなりには、誰がいたんでしょうね?」
「………………」
「もしかしたら、僕より相応しい人が隣にいたのかもしれない」
「………………」
「ま、順子にそう思われないように、これからも、日々精進、って感じでしょうか?」

そして、私は引き止める知人たちを後にして、会場を去った。

今日は、一応、大事な日なのだ。

彼の予知が正しければ。

冬の駅構内。
私はそれなりに着飾っている。
背中には、大きくなった子供。
ぐっすり寝ている。

私の住む田舎へと行く列車がゆっくりと駅に進入してきた。

ふらっ。

それに飛び込もうとする、人影が一つ。

でも。
知ってたから。

私はそれを、片手で引き止めた。

もともと、そんなに力を入れていなかったのか、簡単に引き止めることに成功。
そして、その人は言った。

「なんで、止めるんだよぉ!」
「………………」

376:ふみお
08/02/14 20:29:17 zAXvEo8u
「手ぇ、離せよ! ×××!!」
「………………」
「もう嫌なんだよぉ……。苦しいんだよぉ……」
「………………」
「ひぐっ、うぅうぅ……」

私は台詞をそらんじるように、怯える目を見つめながら、彼女に言う。

「あなたはどう思っているかは知らないけれど、あなたが死んだらきっと悲しむ人も居る」

彼女はむずがる子供のように、首を振った。
たぶん、思い当たる人がいるのだろう。
それでも、私は構わず続けた。

「あなたはそんな人がいないと思っているのかもしれない。でも……」

彼が、あのとき、私を救ってくれた言葉を。

「あなたが今、ここで死んだら、私が悲しむ。世界中の誰よりも悲しむ。その自信がある。
あなたは、あなたはこの世でまだ必要とされている。間違いない」

もしかしたら、この言葉たちは、私や彼のような人間にしか通用しないのかもしれない。
それでも、何かのキッカケにでもなればいい。

そう思う。

その人は―彼女は、人目を気にすることなく。大きく泣き出した。

……。
………………。
………………………。

寝ている子を起こさないようにベンチに座らせる。
そして、私は彼女に席を勧めた。
最初、躊躇していた彼女も、根負けしたのか、私の隣に座る。

そのまま、沈黙の30分。
その後。

彼女は訥々と語りだした。
それは世間的に見れば、ありふれた事態の、ありふれた事象だった。

でも、彼女にとっては。
彼女自身にとっては。
それを私はイヤと言うほど知っていたから。

ただ、聞いた。

私は、聖人でも、仙人でもない。
言える様な話も無くはないが、それでも、彼女が求めてはいないだろう。
とりあえず、今のところは。

2時間おきにくる田舎行きの列車が、再び構内にやってくる。

彼女はそれに躊躇しながら乗った。
私は彼女に、私の連絡先と住所の書いた紙を手渡す。

話はいくらでも聞くし、相談だったら出来る範囲、乗ってあげたい。

心からそう思った。

377:ふみお
08/02/14 20:30:10 zAXvEo8u
彼女にそれが通じたかどうかは判らない。

ドアが閉まり、彼女の乗った列車が行く。
それが見えなくなるまで、私は手を振り、見送った。
彼だったら、ここでタバコでも一服するのだろうか―。

「ねぇ、お母さん。ウチにかえるのに、のるでんしゃ、まだ?」

―あ。

そういえば、あの電車、私たちも乗るはずだったんだ。
気づいたときにはもう遅い。
むずがる子供を、もう一度寝かしつける。

これも彼の予知どおりだった。

……。
………………。
………………………。

どうにかこうにか家にたどり着く。
留守番電話が二件。
一件は、出来上がった順子さんの、先に帰った私への恨み節。
そして、もう一件は。

駅の彼女の父親からだった。

泣いている、ようだった。
涙声で何度も、何度も、私に礼を言った。

正式にお礼をしに、都合のいい日に家に来たいらしい。
お礼なんて、別にいらないのに。

でも。

私のときや、彼の場合だったらいなかった、肉親の助け。
彼女にはそれがある。
その事が無条件に嬉しかった。

そして、子供を布団に寝かせる。

仏壇の前に正座をし、心の中で彼に言う。

今日、あなたの予知が当たったよ。
自分のことはてんでダメだったのに、人のことになると、結構、当たるね。
それとも、彼女が美人だったから?
………私というものがありながら。

そして、報告が終わると、もう一度、子供のところへ。

あどけない寝顔を見ながら思う。

あなたは『未来予知』というものを信じるだろうか?
『未来予知』、つまりは『予知能力』で、『超能力』。
……『超能力』。
あの、今や誰も覚えていないであろう、世紀末を騒がせたあの『予言』と同じように、
持て囃され、使い古され、忘れ去られ、風化してしまった、言葉。
もちろん、あなたはきっと、そんなこと知りもしないだろう。
私だって、本当は、良く知りもしない。そんなこと。
………………。

378:ふみお
08/02/14 20:30:59 zAXvEo8u
それでも、私は信じている。
飽かれ、呆れられ、見下されても。
『未来予知』を。

―実は、僕は、未来を予知することが出来るんだ。皆には内緒だよ―

そう言って、笑った、あの人のことを。
なぜなら―

―これはあなたの父親の話。
私が生涯愛した、ただ一人の彼の話だから。

「“生涯愛した、ただ一人の彼”は言いすぎじゃない? 君にだって初恋とかあったでしょ?
それに、これから先、ステキな男性に出会う可能性もあるんじゃない?」

「………………」
五月蝿いな。

私は、心の中の彼を、無言で睨んだ。


でも、誤魔化すことはできなかった。

懐かしい声に、不意に流れた一筋の雫を。




379:ふみお
08/02/14 20:32:37 zAXvEo8u
以上です。

稚拙でやたら長いこのSSに、ここまで付き合ってくださった方々。
駄文の垂れ流しを許容してくださった方々。
あまつさえ感想まで書き込んでくださった方々。

此処までのお付き合い、本当に有難う御座いました。


では、また、いずれ此処か、何処かでお会い致しましょう。
その時まで御機嫌よう。

380:名無しさん@ピンキー
08/02/14 20:37:24 Pm5RO7KQ
乙でございます
思ったほど救いのない話じゃなかったのが救いだ

381:名無しさん@ピンキー
08/02/14 20:38:10 zAgKo5lH
リアルタイムGJ!

注意書き把握。
……やっぱり、切ないよね。
でも、良い話だったと思う。
また是非ともお願いします。

382:名無しさん@ピンキー
08/02/14 20:41:39 qo5plxiF
GJ…………

たまにはこういうトゥルーエンドもいいなぁ……
あれ?目から水分が……

383:名無しさん@ピンキー
08/02/14 20:56:54 D2hu9TtC
GJ。せつないなぁ……。

384:名無しさん@ピンキー
08/02/14 21:19:36 joIMPg02
GJです。

なんていうか、切ないながらも愛を感じるよ。二人は幸せだったのかな…(´;ω;`)ウッ…
久しぶりに目が潤みました。本当に、ありがとうございました。
そして、またよろしくお願いします!

385:名無しさん@ピンキー
08/02/14 21:24:29 OIPBIPfI
あぁ・・・
いいものを読ませていただきました。
ありがとうございます・・・

386:名無しさん@ピンキー
08/02/14 22:35:56 LoU51ZyN
GJとか乙とか言いたいけどなんかもう言葉に出来ないっす……

387:名無しさん@ピンキー
08/02/14 22:45:05 EiAkqM8F
素晴らしいな…GJなんて言葉じゃ言い表せないくらいGJ!

388:名無しさん@ピンキー
08/02/14 22:50:29 iRMKgMiX
……言葉は無粋ですな。
本当に、良いものを見せてもらいました。有難うございました。

389:名無しさん@ピンキー
08/02/15 00:45:47 Hu/qZPZP
。・゚・(ノД`)・゚・。

どうせ予知が最後で外れるんだろ?ハッピーエンドじゃ無いなんて注意書き釣りだろ?
って思ってたのにそっち向きに外れるのかよぉ…
でもGJでした。 つか前後編合わせて書籍化してくれ。買うw

390:名無しさん@ピンキー
08/02/15 01:11:22 saH72KrE
この話を読んで、前に某ライトノベル文庫から発売されていた小説を思い出した。
その話もキーワードが未来予知でちょっと切ない話だった。
その小説は死んだ人(予知能力者)の思い出しか残らなかったけど、
こっちは愛する人の子供が残った分まだ救いがある……様な気がした。

とにかくいい話GJでした!

391:名無しさん@ピンキー
08/02/15 06:49:57 28Wf1bzt
泣けた、主人公を始め登場人物が魅力的だから物語に引き込まれた(つд`)

392:名無しさん@ピンキー
08/02/15 11:09:53 ySBNzWi9
GJ…なのか?
いや、確かに神レベルのSSであり、マイナス要因なんて
かけらほども予知できないではあるんだが…
トゥルーエンド過ぎて泣いた。
綾乃たん…orz

393:名無しさん@ピンキー
08/02/15 12:26:09 24WM4zYZ
GJでtu
なんつーか・・・目が・・潤んで・・
・・・涙が・・・止まら・・あぁッ!!!


394:名無しさん@ピンキー
08/02/15 12:44:07 WVozxJ3X
ふみお氏GJです。さすがです。
前後編共に読む集中力が途絶えることなく物語りに引き込まれました。
ヒロインにも弁護士さんにも魅かれます。
工藤君は良い男です。
主人公は水谷豊に演じてもらってドラマ化したいくらいです。
読むごたえのある作品をありがとうございました。

395:名無しさん@ピンキー
08/02/15 17:58:35 U0V46Ylm
>>水谷豊
それだ

396:名無しさん@ピンキー
08/02/15 19:06:06 iOr0DLcK
とりあえず乙。
また気が向いたら、このスレにも立ち寄ってください。

397:名無しさん@ピンキー
08/02/15 22:45:23 sNTzcV5K
そろそろ容量が寂しくなってきたな・・・。
そういやここの保管庫ってどうなったの?

398:名無しさん@ピンキー
08/02/16 00:06:10 Yt8Yst1B
>>397
>>1を見るのです。>>1

399:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:10:00 Yt8Yst1B
以下に投下します
二日遅れのバレンタインネタです
精霊シリーズ(と勝手に呼んでます)三話目ですが、今回もエロ無し
エロは他の話で頑張りますので御容赦を

400:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:10:58 Yt8Yst1B
『チョコレートケーキとバレンタインと』



 二月十三日。
 甘利紗枝が橋本家を訪れたのは夜九時過ぎだった。
 橋本風見はとりあえず幼馴染みを中に招き入れようとしたが、紗枝は玄関で立ち止まったまま上がろうとしない。
 怪訝な顔で相手を見ると、彼女はいたずらっぽく笑い、
「私ですよ、風見さま」
 普段の幼馴染みにはありえない言葉を囁いた。
「なんだ冴恵か」
 エプロン精霊の方だった。風見は小さくため息をつく。
「あー、そんなにあからさまにがっかりしないでください」
「ごめん。その恰好だったからわかんなくて」
 風見は冴恵の着ている厚手のコートを指差して言った。
 暖かそうな白いコートは風見が紗枝に贈ったクリスマスプレゼントだ。紗枝は登下校の際に必ずそれを着用していた。
 だからそのコートを着ているときは甘利紗枝であると、風見は思い込んでいたのだ。
 おそらくコートの下にエプロンを着けているのだろう。『冴恵』は、紗枝がそれを着用しているときしか現れない。
「で、こんな時間に何の用? 夕食はもう食べたんだけど」
 いつもどおり世話を焼きに来たのかと尋ねると、冴恵は首を振った。
「いえ、風見さまにチョコレートを差し上げたくて」
 意表を突かれた。別に明日の行事を―全国的な行事を忘れていたわけではないが。
「……バレンタインは明日だけど?」
「明日は無理なので今日参りました」
「無理?」
「明日は紗枝さんが風見さまにチョコレートをプレゼントなさるかと思います。私はお邪魔虫ですよ」
「別に気にしなくても、」
「何をおっしゃるんですか!」
 冴恵は風見にずいっ、と迫り寄った。
「紗枝さんは確実に風見さまに恋慕の情を抱いておいでです。だから明日はチャンスなのですよ」
 思わずのけぞる風見。気圧されながらなんとか言葉を返す。
「チャンスって、誰にとって」
「お二人にとってですっ」
 力強い主張に風見は呑まれるように口をつぐんだ。
「クリスマスのときも何もなかったのでしょう? なぜお二人はお互いに想い合っているにも関わらず、関係を深めようとされないのですか」
「おいおい……」
「イベント事は常に勝負のときたりえます。バレンタインデーですよ? 紗枝さんも気合い入れてました」
「なんでわかるんだよ」
「冷蔵庫にでっかいチョコレートケーキがありました。おそらく明日のためです」
「…………」
 チョコレートケーキ、と聞いて風見はため息をついた。
「どうしましたか?」
「いや、毎年変わらないなと思って」
「変えるのは風見さまですよ! 明日を境にお二人は恋人同士に、」
「わかったから」
 妙にけしかける冴恵に、風見はうんざりした気分になった。
 紗枝の体で、顔で、そんなことを言わないでほしい。

401:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:14:29 Yt8Yst1B
 風見は適当にエプロンメイドをあしらうと、もう遅いからと甘利家宅まで送っていった。
 別れ際に渡された箱には綺麗なチョコレートマフィンが入っていて、家に帰ってから風見は一人でそれを食べた。
 控え目な甘さは紗枝の作るそれによく似ていた。
(好き勝手言うなよ……)
 冴恵に対して内心で文句を言う。
(そりゃあきっかけになったらいいなとは思うけど、これまで一度だってそうはならなかったんだぞ)
 誕生日。クリスマス。バレンタインデー。イベント時にはいつだって何かしらの事をやってきた。
 プレゼントもパーティーも恒例で、二人にとって当たり前の過ごし方だった。
 だからといって、それが互いの距離を縮めるとは限らない。
(……バレンタインくらいで何が変わるのさ)
 幼馴染みという関係は本当に厄介なのだ。深い間柄でありながら、いやそれゆえに、想いを伝えるのは難しい。
 それに、彼女の作るチョコレートケーキは、
「……寝よ」
 風見は深いため息とともに自室のベッドに潜り込んだ。

      ◇   ◇   ◇

 翌二月十四日。
 早朝の二年三組の教室で今口翔子は意気込んでいた。
 気合いを入れて作ってきたチョコレート。これをあいつに渡すのだ。
 前から気になる相手ではあったが、いざこうして行動に出るとなると緊張する。
 教室には他に誰もいない。さすがに早く来すぎたか。
 翔子は深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。心臓の音が妙に体内に響いている。
「ほほう、翔子は手作り派かね」
 急に背後で声がして、翔子は椅子から転がり落ちそうになった。
 振り返って見ると、クラスメイトの安川小町(やすかわこまち)がニヤニヤした笑みを浮かべて翔子を見下ろしていた。
「おはよう翔子。勝ち気なキミでも緊張する?」
「な、何のこと?」
「橋本くんにチョコ渡すんでしょ?」
「―」
 翔子は絶句した。
「教室で一人でニヤニヤしているから何かと思ったよ。私が二番目でよかったね」
「……」
 こっそり背後に忍び寄った人間が何を言う。
 翔子は大きく息を吐き出すと、教室を出ようと椅子から立ち上がった。
「どこ行くの?」
「トイレ」
「私も行く」
 ついてこないでよ。
「怒らないでよ。謝るから」
「怒ってない」
「怒ってるよ。いや、怒ってもいいけど、実際どうするの?」
 教室のドアに手をかけようとして、翔子は動きを止めた。
「……どう、って」
「ただ渡すだけなのか、ちゃんと告白するのか、どっちなのかってこと」
「……」
 その問いかけに思わず押し黙る。
 それは―
「……迷ってるの?」
 頷いた。
 小町は肩をすくめる。翔子の代わりにドアを開けて廊下に出た。
 小町に続いて廊下に出ながら、翔子は呟いた。
「……あいつには、他に相手がいるんだよ」
「甘利さんのこと?」
 頷く。翔子は恋敵のことを思い浮かべた。
 誰よりも橋本風見の近くにいる少女、甘利紗枝。

402:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:17:29 Yt8Yst1B
 幼馴染みだと風見は言う。しかし翔子には、風見の心が透けて見えるように感じていた。
 橋本風見は、甘利紗枝が好きなのだ。
 風見がそう明言したわけではないが、翔子にはそうとしか見えなかった。
「まあ、橋本くんが甘利さんに何かしらの想いを抱いているのは確かだろうね」
「……小町にもそう見える?」
「まあね。でも、甘利さんはよくわからないかな」
 それは翔子も同感だった。
 甘利紗枝はいつも無口で、何を考えているのかわからないところがある。
 いい人なのだろうというのはわかる。クラスメイトや後輩にも好かれているようで、悪い噂は少しも聞かない。
 だが、特に親しいわけでもない翔子には、彼女の内面を窺い知ることはできなかった。
 廊下を歩きながら、翔子は顔を曇らせる。
「でも、それは関係ないでしょ?」
 不意に小町が言った。
 二人以外誰もいない廊下。早朝の寒々しい空間で、翔子は隣の友人を見つめた。
「翔子が想いを伝えることと、甘利さんは関係ない。翔子の気持ちは誰にも冒せない。伝えたいのなら伝えるべき」
「…………」
 簡単に言ってくれる。それは正論かもしれないが、できるかどうかはまた別のことだ。
「失敗するとわかってて告白するなんて……そんな勇気ないよ」
「失敗するかどうかなんて、まだわからないでしょ」
「勝手なこと言わないで」
「なんで勇気が出ないの?」
 尋ねてくる小町を翔子は睨んだ。
「傷つくことが嫌だからよ! そんなわかりきったこと訊かないでよ!」
 苛立ちとともに翔子は声を荒げた。冷たい廊下の壁に、声の波は吸い込まれて消える。
 今でも充分仲良くやっているのだ。その関係を壊したくないし、傷つくことがわかっていてどうして告白などできるだろう。
 小町にだってそれができるとは思えない。
「傷つくことって、そんなに駄目なこと?」
 しかし小町は、特に気にする風でもなく、そう返してきた。
「え?」
「傷ついて、でもそれが想いを確かにする。傷つくことが自分を強くする。決して悪いことじゃない」
「そ、そんなこと」
「少なくとも私はそうだったよ。現在進行形で今も、そう」
「―」
 翔子は驚いた。これは、今彼女は、かなりプライベートなことを話しているのではないか?
「ストップ! いいよそんなこと言わなくて」
「翔子になら話してもいいけど?」
「私が困るわよそんなこと……」
 どう返せばいいのか言葉に詰まった。
 小町は小さく笑う。
「私たち、これから受験だよ? 一年間そのすっきりしない気持ちを抱えたまま頑張れる?」
「……じゃあどうすればいいのよ」
「わかってるくせに」
「……」
 わかっている。実際、本当に迷っていたのだ。
 手作りのチョコまで持ってきた。義理だと言ってそっけなく渡すことも、冗談交じりに笑って誤魔化すこともできるが、しかし、
「……放課後まで、まだ時間あるよね」
「保留?」
「いや……」
 翔子は呟き、それきり口を閉ざした。
 小町ももう何も言ってこなかった。
 二人はそのままトイレに行き、教室に戻るまで何の言葉も交わさなかった。

403:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:25:01 Yt8Yst1B
 そう決意を固めていたのに。
「……」
 屋上に繋がるドアの前で、翔子は目を見張った。
 ドアのガラス窓から覗く屋上には、既に先客がいたのだ。
 制服を着た一組の男女。男の方は背が高く、目の前の女子とは結構な差があった。
(……て、あれ緑野じゃない)
 男子の方は同じクラスの緑野純一だった。風見と親しいので、翔子も比較的よく話す相手だ。
 女の子の方は見覚えがなかった。スリッパ色を見るに下級生、つまり一年生のようだ。
 二人は何事かを話している。女の子は恥ずかしそうにうつ向いているが、やがてポケットから小さな箱を取り出して、純一に差し出した。
 純一がそれを受け取っている。その顔は嬉しげで、教室ではあまり見ない心底からの笑顔のようだった。
(告白……じゃないみたいね。もう付き合ってるのかしら)
 女の子は真面目そうなタイプに見える。堅物で不器用な純一と似ているかもしれない。
 似合いのカップルだと思った。なかなか進展しそうにないが、大きく関係が壊れることもなさそうだ。
(あ……でもこれだと屋上は使えないな)
 まさか邪魔するわけにもいかない。翔子は気付かれないようにドアから離れて、ゆっくりと階段を降りていく。
「今口?」
 下の方から声がした。見ると、踊り場の手前で風見がこちらを見上げていた。
「は、橋本」
「出ないの? 屋上」
 間の悪いことだ。翔子は慌てて手を振り、
「あ……や、やっぱり別の場所にしよ! 屋上風強いし、寒いし」
 急いで風見のところまで駆け寄ると、そこから遠ざけるように風見の背中を押しやった。
「え? どこ行くの?」
「もっと別の場所! どっか教室くらい空いてるでしょ」
 困惑する風見を翔子は無理に押しやる。
 困惑しているのは翔子も同じだった。
(タイミング悪……)
 決心が鈍りそうだ。翔子は風見の後ろでぶんぶんと首を振り、弱気な心を追い払おうとした。


 二人は一階の物理講義室に入った。
 そこは鍵が壊れていて、自由に出入りできるのだ。
 ひょっとしたら誰かいるかもと思ったが、幸いなことに誰の姿もなかった。逢い引きには色気に欠けるためだろうか。
 翔子は安堵の息を吐くと、鞄を机の上に置いた。
「ねえ」
 風見は教壇の前に立ち尽くしている。
「用って、何?」
 その言葉に翔子は少し呆れた。こいつは今日が何の日かわかっているのだろうか。いい加減気付けよ。
 だが、そういうところも『しょうがないな』と思えてしまうということは―やっぱり翔子はそういうものなんだろう。
 やっぱり、こいつのことが好きなんだろう。
 翔子はふう、と息をつくと、鞄から小さな箱を取り出した。
「橋本」
「ん?」
「これ、あんたに」
 そっけない口調だっただろうか。一瞬後悔したが、その方がいつもの自分らしいかも、と翔子は思い直した。
 チェックの包装紙に包まれた小さな箱を、風見は呆けたように見つめる。
「……これは?」
「だから、バレンタインのチョコよ」
「……ぼくに?」
「いらないの?」
 風見は慌てて首を振った。
「い、いや、ちょっと予想外だったから」
「なんで」
「今口って、そういうのに興味ないと思ってた」
「……」
 やっぱりな、と翔子はため息をついた。
 こいつは私をそういう目では見てない。たぶん、他の大勢の知り合いと変わらない程度にしか。

404:かおるさとー ◆F7/9W.nqNY
08/02/16 11:30:43 Yt8Yst1B
 でも、もう決めたから。
「橋本」
「なに?」
 風見がぼんやりと顔を上げる。
 翔子は、

「私ね、あんたのことが好きだよ」

 自分にできる精一杯のことをした。


 風見はぼんやり顔のまま動かなかった。
「……」
 翔子は何も言わない。
 恥ずかしさでショック死することはあるのだろうか。左胸がどくどくとうるさくなる。
「……それって」
 風見はきっと困惑しているだろう。小気味よく感じるのは翔子の軽いいたずら心だ。
 長い沈黙。
 たまらない空白が翔子を襲い、彼女はそれをひたすらに耐える。
 長い長い時間の後、風見は言った。
「……ありがとう」
 ……たぶんその言葉が来ると思っていた。
 風見はきっとこちらの真剣さに気付いただろう。そしてそれに応えられる言葉を、彼は持っていない。
 きっとその言葉の後には、逆接が続くに違いないのだ。
「でもぼくは、」
「ストップ」
 だから、翔子は相手の言葉を遮った。
「ちょっとだけ待って。そのあとの言葉は」
「え?」
「ちゃんと最後まで言い切ってから、聞くから」
 翔子は一つ深呼吸すると、風見の目を見据えた。
「最初は廊下かな、橋本に会ったのは」
 風見の眉が怪訝そうに寄る。
 憶えていないのだろう。苦笑しながら翔子は続ける。
「私は次の授業で使うプリントを運んでいた。でも結構量が多くて、私は床に何枚か落としてしまった」
 憶えてなくて当然かもしれない。翔子も後で気付いたのだから。
「そのときあんたがそれを拾ってくれた。それから教室まで運ぶのを手伝ってくれた」
 そのときは別になんとも思わなかった。親切な人だな、くらいにしか思っていなかった。
「次は二年になったとき。私は屋上でたばこを吸っている男子を見つけた」
 同じクラスになって二ヶ月のことだ。
「私は注意したけど相手は聞く耳持たなかった。そのときあんたが現れた」
 翔子はそのときの風見を場違いだと思ったが。
「あんたは言った。『ここはもうやめた方がいい。教師のチェックが厳しくなってる』って」
 四組の委員長からの情報だ、と付け加えて、翔子は隣のクラスの甘利を思い出した。
「そいつはたばこを吸い終わってからあんたに礼を言った。ここではもう吸わないと」
 こいつもたばこを吸うのかな、と翔子は不審げに風見を見ていた。
「後で私はあんたに訊いた。なんでたばこ自体には注意しなかったのか」
 そのときの風見の顔を、翔子は今でも憶えている。
「あんたは言った。『そんなの楽しくないだろ』って。私は呆れたけど、あんたの笑顔に怒れなかった」
 楽しむ。その感覚は翔子にはなかった感覚だ。
「それから私はあんたの行動を気にするようになった。気付くといつも目で追っていた」
 正直、何が気になったのかはわからない。ただ、そのときから前より学校を楽しめるようになった。
「……楽しかったよ。すごく、楽しかった。なんでだと思う?」
「え……?」
「わからない? 誰かを好きになって、その誰かを想うだけで、嬉しくなったりしない?」
 反面苦しくもなるけれど、その想いを捨てようとは思わない。
「私があんたを好きなのは、つまりそういうことだよ。わけわかんないかもしれないけど、たぶん理由なんかどうでもいいんだ。要は―」
 翔子は吹っ切るように微笑み、言った。

「どうしようもないくらい、あんたに惚れちゃったんだよ」


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